魔法少女リリカルなのは~優しい嘘~   作:アマネ・リィラ

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第三十六章〝エース・オブ・エース〟

 

 管理局の英雄といえば、誰だろうか?

 

 黎明期に管理局を築き上げた、伝説の三提督か?

 史上唯一SSSランクという破格の魔導師ランクにまで到達した歴戦の魔導師、ギル・グレアムか?

 史上最初にエース・オブ・エースを名乗った英雄、レスティア・G・グランツか?

 永き不在のエース・オブ・エースの座についた、二人の天才。カグラ・ランバードとホムラ・イルハートか?

『史上最悪のロストロギア』とまで呼ばれた『闇の書』を破壊した若きエースたちを率いた奇跡の女神、リンディ・ハラオウンか?

 

 それとも――不屈の心と星の力を携えしゆりかご戦役の英雄、高町なのはか?

 

 わからない。きっと全てが正解で、全てが過ちであるのだろう。

 英雄とは、人々が望んだ時、現れるものなのだから。

 

 人の想いだけでは、力だけではどうにもできない危機が迫った時。英雄は誕生する。その英雄自身はただの人間だ。しかし、彼、或いは彼女は人々の期待という力を背負い、奇跡を起こす――否、起こさざるを得なくなる。そうして、英雄が生まれる。生まれてしまう。

 それはきっと、とても悲しいことだろう。

 英雄となってしまった者の意志など関係ない。人々の――ひいてはその世界の意志により、個人は英雄へと祀り上げられるのだから。

 

 そして、今。

 世界は英雄を望んでいる。

 

 楽園を終わらせる、英雄を――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――◇ ◇ ◇――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 煌めくは、青と赤、そして七色の軌跡。

 ある種幻想的な光景。しかし、その美しさと裏腹に戦場と化したその場所には鋭い音が響き渡っている。

 

「ふっ!」

 

 地面を削りながら、赤髪の少年――『竜騎士』エリオ・モンディアルが限界まで上げた速度を落とした。そのまま耳を澄ませる。視覚はこの相手に限ってはむしろ不都合。目を閉じ、音を頼りに――

 

 ――右ッ!

 

 ダンッ、という音と共にエリオは自分の体を前に投げ出す。瞬間、その頭上を『何か』が通り過ぎた。

 音が響き、壁が爆発によって抉られる。魔法弾だ。不可視の……透明の魔力を以て紡がれたそれは、視認できないという規格外の魔法だ。これに対処するには音と感覚を頼りに相対するしかない。

 そんな、エリオがその生涯で一度も見たこともないような魔法を操るのは――カグラ・ランバードだ。

 

「うおおおおおっ!!」

 

 咆哮と共にローラーが地面を走る音が響き渡る。彼女の出せる全速力その身に纏った『銀制服のエース』スバル・ナカジマがその拳をカグラへと叩き込もうとカグラに迫る。

 しかし、カグラはスバルの姿を一瞥するだけだ。何十にも渡って展開された障壁が、スバルの拳を拒み続ける。

 

「――――ッ!」

 

 すぐさま、スバルはその場を飛び退いた。瞬間、先ほどまで彼女がいた場所に無数の弾痕が刻まれる。放たれたのはやはり――不可視の魔法弾。

 

「――――♪」

 

 鼻歌。楽しそうにカグラの口から紡がれたそれは、二人にとってはまるでレクイエムのようにさえ聞こえる。

 

 ――七色の、世界。

 

 二人は、内心でほとんど同時に呟いた。それなりの広さはある通路だ。ここで何度か出くわしている戦車型の機械兵器が横に二台並んでも余裕がある横幅と、十メートル以上はある縦幅。相当な広さだ。しかし。

 スバルとエリオの二人と、カグラ。彼我の距離は、十メートルとちょっと。

 ――そこにまるで壁でも作るかのように、七色の弾丸が無数に展開されていた。

 

「「――――ッ!?」」

 

 二人の全身から、汗が噴き出す。あれほどの量の魔法弾。あの高町なのはとの訓練でさえ経験がない。いや、訓練である以上、彼女も本気を出していなかったのだろうが。

 それにしても……これは。

 いくらなんでも――理不尽過ぎる。

 

 これが――管理局何千万の魔導師、その頂点に立つエース・オブ・エースの力。

 

 力を損ねた?――ふざけるな。これは、正に。伝え聞く『英雄』の姿ではないか。

 不屈と呼ばれる現代の英雄とは違う、ただただ絶対的な力を持ったとされる英雄が――そこにいた。

 

「さて――願いましては」

 

 そして、弾丸が放たれる。始まるのは、死のダンス。

 放たれる千を数える魔法弾。無論、精緻なコントロールはない。しかし、それでも数が数だ。微妙にタイミングがずらされたそれは、最早点ではなく面の攻撃になる。

 

 ――轟音。

 

 二人とも、避け切ることは最初から放棄していた。躱すのはギリギリのラインで。障壁を展開し、嵐の中を耐える。高町なのはと八神ヴィータ。二人の英雄に、JS事件の際に叩き込まれたのだ。

 生き残るため。無事に帰るための力。

 ただ勝つのではなく、自らを生還させるための技術は。

 

 それに、自分たちには。

 信じてくれる人がいる。待っていてくれる人がいる。

 信じている――人がいる。

 

 だからこそ、耐える。相手が強大な力を持っているのは今回が初めてではない。いつだって、どんな時だって泣いてる誰かを救うために。貰った優しさを届けるために戦ってきたのだから。

 しかし――

 

「――チェックメイトだ」

 

 響いたのは、そんな言葉だった。眼前、カグラの姿が見える。

 カグラは親指を立て、サムズアップの形を作ると、それをゆっくりと下に向けた。まるで見せつけるように。

 

「若いな、魔導師共」

 

 ――二人の頭を脳天から不可視の一撃が叩いたのは、その言葉が紡がれるのとほぼ同時だった。

 虹色吐息――カグラのみが持つ、レアスキルという名の『特別』が、猛威を振るう。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「…………ッ、ああ、くそッ、この程度の傷で……」

 

 呻くような声が漏れた。小さな通路。人がギリギリ一人立って通れるくらいの、他の通路に比べて明らかに細いその道に影がある。

 黒い影。闇の中に浮かぶのは、一つの人影だ。

 壁に寄りかかり、土気色の顔で苦悶の表情を浮かべるその男は、体を引きずるように進んでいく。

 

 ――ドサッ。

 

 不意にその体が地面に倒れ伏した。その口元から、乾いた笑い声が響き渡る。

 

「……一時は、『不死身』だなんて呼ばれてたが……いや、死んでねぇなら、まだ悪運残ってるか……はは、怖ぇなぁ、オイ……。悪運、尽きたら……とんでもねぇ、しっぺ返しが待ってそうだ……」

 

 軽口。それが紡げることに、安堵した。

 まだ、やれる。

 死ぬのは――まだだ。

 

「姫さんにも……借り、できちまったしな…馬鹿にも、貸して、借りて、利子だってもらってねぇし……あの野郎、麻雀の負け分、払えっつーの……」

 

 本来この世界にはなく、別の世界から持ち込まれた遊びを思い出す。意外と頭を使う上に凄まじい勢いで時間が過ぎていくので、どハマりしたゲームだ。

 賭け事を管理局の人間ががしていいのかどうかは、知らないが――

 

「……何だよ、さっきまで――忘れてたのに」

 

 ずっと忘れていた。そんなことは。

 なのに、今、思い出したのは。

 

「走馬灯、か」

 

 死の間際に起こるという、人生の回想。成程、可能性は高い。

 今正に、自分は死にかけている。だが。

 

「ふざ、けんなよ」

 

 無理やりに、立ち上がる。痛みはもう、感じない。

 どれだけ自分が危険な状態かは、理解している。それでも。

 

 やはりまだ――死は早い。

 

「さあ……願いましては。俺が、管理局にとっての何なのか」

 

 答えは何だと、呟いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 砲撃魔導師……それは現代の魔導師の中では最も基本系の術者であると同時に、意外と数が少ない魔導師の系統である。理由は単純で、究極的に要求されるのが『出力の大きさ』であるが故だ。

 砲撃魔導師というのは、強固な守りを中心に立ち止まって展開・射出が基本となる。その際に必要とされるのは敵から『逃げない』という精神力と、防ぎきるだけの技能、そして何よりも魔力だ。故に、砲撃魔導師としての技術を習得している者は多くとも、純粋な砲撃魔導師は少ない。

 しかし――今。

 この場所にはその砲撃魔導師の究極ともいえる二人が向き合い、戦っていた。

 

「アクセルッ……シュゥタァァァアッ!!」

 

 放たれるのは、高町なのはの誘導弾。量よりも精緻なコントロールを中心として編まれた45発のそれは、容赦なく空間を蹂躙する。

 

「ふっ――」

《Moon Field》

 

 対し、ホムラは受ける構え。薄い銀色の光を放つ結界が、シューターを全て遮断する。

 

《Inoccent Buster》

 

 そして、間髪入れずに反撃の砲撃が放たれた。なのははそれをシールドで防ぐ。受ける際、盾を僅かに斜めにすることで、受け流すように受け止める。

 

 ――轟音。

 

 魔力に対し、強固な耐性を持つはずの壁が砕けていく。戦いが始まってから、約一時間。しかし、互いに浮かぶ中空より欠片も移動していない。

 これが――砲撃魔導師の極致。

 何が来ようと動かず受け止め、強固な守りには僅かな綻びさえも許さない。対し、敵を撃ち抜く一撃は、当たれば正に一撃必殺。

 

 砲撃魔導師の原型を構築した魔導師、ホムラ・イルハート。

 現代において最強を謳われる砲撃魔導師、高町なのは。

 

 この二人の戦いは、見る者が見れば文字通り震えが止まらなくなるだろう。互いに撃ち合った魔法の数はすでに百を数えようとしている。だというのに、この二人は息一つ乱していないのだ。

 圧倒的な魔力量に加え、鍛え上げられた肉体。それを裏付ける数多の修羅場、死線を潜り抜けてきた経験。

 おそらく、この二人もまた、間違いなく『最強』なのだ。

 

「……わしがこの世界に来た時はな、ミッド式もベルカ式も特に差はあらへんかった。まあ、遠距離主体か近距離主体かの差があったくらいでどっちも普及率は似たようなもんやったんや」

 

 不意に、ホムラは語り出す。

 今でこそミッド式は多人数を制圧することを目的とした『現代の魔法』などといわれているが、ホムラがこの世界に来た二十年前などはまだそんな地位を確立していなかった。

 遠距離を主とするミッド式。 

 近接戦闘を主とするベルカ式。

 この二つに大きな差はないとされ、しかし、明確な差があった。

 ――定型の存在。

 ベルカ式というのは今でこそ古代ベルカの時代より形を変えてしまったが、目指すべき到達点というものはその古代ベルカの時代から定められている。

 一騎当千の騎士。

 今も昔もそれは変わらない。『己の信ずる武器を以て必倒の意志の下、敵を討つ』――それは、ずっと変わらないことなのだ。

 しかし、それを聞いた当時のホムラには疑問が生まれた。

 

 ならば――自分が扱うミッド式は、どこに到達すればいい?

 

 多人数相手にも立ち回れる術式。いいだろう。実用性は確かに高い。

 数を制圧する力。いいだろう。しかし――足りない。

 当時のミッド式の術者は、ある一定のラインに到達すると誰もが立ち止まらざるを得なくなった。最終的な形がわからないため、鍛える方法がわからなくなるのだ。

 無論、そこで悩むのは一流の術者たちだけであり、普通はその境地に達することさえない。しかし、逆に言えばそんな彼らでさえ悩むほどの命題だったのだ。

 明確な目標――それは、極める上では最も大事なものなのだから。

 

「せやけど、二つの間には一つ大きな差があった。……到達点がミッド式にはなかったんや。ベルカ式のような明確な到達点がな。わしは教導隊に入ってすぐそこにぶち当たって――そして、完成させた。ミッド式の目指すべき究極系を」

 

 それこそが現代魔法の雛型、砲撃魔導師。

 目指すのは、ただ一騎で全てを制圧する頑強さ。

 ベルカ式の一騎当千とは少し違う。個人対個人ではなく、個人対軍隊で戦うことがミッド式の究極。

 それを思い描き、完成させた男。それ故に、誰もが彼をこう呼び称える。

 

 ――正真正銘の天才、と。

 

「なんや、後輩がわしの戦い方をマスターしてくれとんのは素直に嬉しいわ。名誉は不滅に非ず。されど、技術は永遠なり。うん、嬉しいもんや。……せやけど、お前は勘違いしとる」

 

 ホムラの瞳が炎を宿す。その瞳に込められているのは、怒りでも憤りでもなく、もっと単純なもの。

 ――殺意。

 ホムラ・イルハートが目で語る。――高町なのはを殺す、と。

『高町なのはの敗北は、管理局の敗北である』――事実上最強の魔導師たる高町なのはを示す言葉にこれ以上の言葉はない。実際はそう簡単には管理局を打倒することはできないが、こう謳われている以上、高町なのはを倒す――いや、殺すことはホムラたちにとって至上命題である。

 世論、というのは人が思っているよりも遥かに影響力が強い。世論が『管理局の敗北』を認識すれば、それだけで世界が荒れる程に。

 

 ――滅べばいい、とホムラは思った。

 自分のような男が一人、憤りを覚えただけで。それを発端として起こった戦い程度で滅びる世界など、もう、滅べばいい。

 

 だから、確かめるのだ。

 管理局は――高町なのはは、『答え』を見せてくれるのかと。

 

「わしの考えた戦い方で、わしに勝てるわけがないやろうが。わしに勝ちたいなら見せてみろや。わしが去った後、お前らが磨いてきた技術を。魔導を。その果てに何を手にしたのかを。――正義を語るなら、その真実を証明してみろや」

 

 なのはは、無言。

 ただ、自らのデバイスを――唯一無二のパートナーを、握り締める。

 

 戦闘は激しさを増し。

 楽園が、戦場となっていく。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 フェイト・T・ハラオウンは自分自身に歯噛みしていた。『失楽園シャングリラ』――そこを目指して地上より単独で飛んでいるのだが、空を飛ぶ無数の機械兵器たちに足止めされ、思うように進めない。

 

(地上も今は踏ん張ってくれてる。急がなくちゃいけないのに……)

 

 フェイトの長所はその高速機動にこそある。しかしだ。いくら早く動けても、道の全てを覆う壁を突破することはできない。今の彼女は、正にその状態だった。

 無数の、敵。

 まるで黒い壁でもあるかのように隙なく配置されたその軍団を踏破することは、速さだけでは叶わない。

 

(ブレイカーを撃つ……? ううん、駄目。辿り着く前に魔力が尽きちゃう)

 

 ギレン・リー……あの男との戦いは相当な消耗をフェイトに強いた。ここで大規模な砲撃魔法を展開でもすれば、辿り着く前に限界を迎えるのは目に見えている。

 しかし、このままでは辿り着けないままにタイムアップ、という可能性もある。

 どうするか、フェイトが思案を始めた瞬間。

 

 ――――――――。

 

 轟いたのは、竜の咆哮。

 駆け抜けたのは、一筋の閃光。

 

 ――爆発。

 機械兵器たちによって形作られた壁に、巨大な穴が開く。

 

「飛竜――?」

 

 フェイトは、その表情に驚愕を浮かべながら呟く。黒竜――確か、あのテンリュウ・シンドウが従えていた竜だ。

 マズい、とフェイトは内心で呟いた。今の一撃は、おそらく外しただけ。あれは敵だ。

 前も、後ろも閉ざされた。逃げ場は――ない。

 自身のデバイス、バルディッシュを握る手に、更なる力を込めるフェイト。しかし。

 

《……サー、どうやら違うようですよ》

「えっ?」

 

 愛機が、どこか優しさを称えた声でそう言葉を紡いだ。どういうこと、とフェイトが言葉を紡ごうとした瞬間。

 

「ハラオウン隊長!」

 

 聞き覚えのある声が聞こえた。飛竜の背に、二つの人影を確認する。

 

「ソラと……リューイ!?」

「隊長、ご無事でしたか!?」

 

 声を上げるフェイトに被せるように、ソラが叫ぶ。ソラはそのまま、身を乗り出して手を差し出した。

 

「説明は後です! 掴まってください!」

 

 通り過ぎる刹那、フェイトはソラの腕を掴む。ソラはそのままフェイトを引っ張り上げると、サリヴァへと指示を出した。

 

「――突き抜けろ、サリヴァ」

「ギャオウッ!!」

 

 咆哮。意志無き機械たちでさえ僅かに竦むような咆哮を轟かせ、飛竜サリヴァルムが直進する。サリヴァはソラの指示通り、自らのブレスによってこじ開けた道を進んでいく。

 その最中、フェイトは二人に問いかけた。

 

「ど、どういうこと? どうして二人が? なんで飛竜に乗ってるの?」

「あー、落ち着いてください。……おい、ソラ」

「今手ェ離せないんで先輩、説明お願いします」

「はぁ? サリヴァに関しては何も知らねぇぞ。つかテメェ。お前の方が先輩だろうが。局勤めの年数的にはよ」

「いいですけど……じゃあ、指示出し代わってくれますか?」

「……わかったよ」

 

 ソラの言葉にリューイはため息を吐いて応じる。瞬間、サリヴァが大きく動いた。ソラは右手でサリヴァの首筋に触れて自身を固定すると、左手で槍型のデバイス――アルガンツァを構えた。そのままアルガンツァを一回転させ、いくつかの誘導弾を生み出す。

 

「掴まっててくださいよ――」

 

 ソラが言うと同時、サリヴァが大きく体を大きく急降下させ始めた。落ちる速度に加速を加えているその速さは凄まじく、フェイトとリューイはサリヴァにしがみつくことになる。

 そして、海面すれすれで急停止――いや、急激に正面へと方向展開を行い、風圧で海面が裂ける。その背後からは、無数の機械兵器たちが追いすがっていた。

 

「……チッ、しつこいねぇ。しつこい男は嫌われるってのに。なあ、サリヴァ?」

「ギャウ!」

 

 ――上昇。凄まじい速度で上昇するサリヴァに、流石の機械兵器たちも一瞬戸惑う。だが、彼らは意志無き人形である。そのまま追いすがってくる。

 その戦闘機械たちの眼前に、そいつは現れた。

 

「……人型じゃなくて良かったな、とか思ってみたり」

 

 ――一閃。技と力。上空より飛来した魔導師の一撃により、一瞬でその一団は蹂躙される。

 墜ちていく魔導師――ソラ・ウィンガード。それを回収するようにサリヴァが大きく旋回。ソラが海へ落ちる前に、その背でソラを受け止める。

 

「じゃ、頼んます。……お二方」

「おうよ」

『はい』

 

 着地したソラが間髪入れずにそう言うと、すでに準備を終えていた二人が応じる。そのまま紡がれるのは、金色の閃光。

 

《Blaze Cannon》

 

 空を駆け抜ける、風を纏った金色の焔。その一撃は瞬く間に敵の一団を蹂躙。追いすがっていた者たちを一掃する。

 

『掃討完了しました』

「流石♪」

「……ソラ、お前手ェ抜いただろ?」

「何がですか?」

 

 振り向かぬまま、変わらずサリヴァに指示出しをするソラ。とぼけんな、とリューイは刺すような視線をその背中に向けた。

 

「どうしてテメェのデバイスを使わねぇ? しかも本気のテメェなら俺に頼らなくてもあれくらい一掃できたはずだ。……用意してた誘導弾も、いつの間にか消してやがるし」

「……鈍い割には、よくわからないところで目敏いですよねー」

 

 ソラは苦笑する。しかしそれは、フェイトも気になったことだ。

 今の攻防においてソラは彼のデバイスとは違うデバイスを用いた。何故なら、ソラは『バリアジャケットを纏わなかった』のだ。

 バリアジャケットというものは、使い手の体格や性質によって変わってしまうものである。そのため、官給品であっても基本的に専用のものとなるのが普通だ。

 デバイスの武器としての部分……たとえば杖や槍などは扱い辛いとはいえ使うこと自体は可能である。しかし、バリアジャケットを纏うことはほとんど不可能。第一、武器にしても本来自分のものではないのだから、扱い辛くて当然だ。なのに、ソラはそれを選んだ。

 管理局の制服を纏い――上着は脱いでいるが――血に濡れたカッターシャツの姿で、戦場にいる。

 フェイトもリューイも、バリアジャケットという自身の身を守る鎧を纏っているのに、ソラはそれさえも纏わずに。

 リューイは、うるせぇよ、と少し苛ついたような声を上げる。

 

「質問に答えろ。テメェ死ぬ気か?」

「まさか。死にたくはないですよ。死んでもいいかなー、とは思いますけどね。……ま、色々と事情があるんですよ」

「はぐらかすなよ」

「まま、別に死ぬ気はありませんよ。……なんていうか、通さないといけない筋みたいなもんです。男ってのは、馬鹿な生き物ですし?」

「男であるテメェが言うんじゃねぇよ」

「あはは。……じゃ、リューイ先輩、ミリアムさん。隊長に説明を。こっから先は……ちょっと、余裕がなさそうだ」

 

 ソラの声色に、真剣な色が宿る。彼らが進む先に聳えるのは、楽園。

 ――失楽園、シャングリラ。

 

リューイはふう、と息を吐くと、隊長、と言葉を紡いだ。

 

「時間がないんでかいつまんで説明します。まず、この竜……サリヴァルムですが、どういうわけかそこの馬鹿に懐いてます。そいつによると『利害の一致』だそうスけど……どちらにせよ、今は心強い味方だ。地上の方は、他の皆さんに任せてきました」

「ええっ? だけどこの竜は――」

「気持ちはわかります。けど、時間がない。信じるしかないんです」

 

 ぐらりとサリヴァの巨体が揺れた。『失楽園シャングリラ』より放たれた砲撃を避けるため、身を捻った結果だ。

 リューイはその背に掴まりながら、チラリとソラに視線を送る。

 

「リヴァイアス・バルトマカリは……討ち取りました。こっちの被害も相当でしたが……」

『ウィル・ガーデンズという少年を始め、数多の味方を失いました』

「…………」

 

 フェイトは無言。ウィル・ガーデンズというのは、確か捕虜となっていた少年だったはず。それをまるで味方のように語ることについて思うところがあったが……相応のことがあったのだろうと納得した。

 ――なんにせよ、だ。

 今は、そのことよりもすべきことがある。

 

「さあ――正念場です」

 

 ソラが呟き。

 黒竜が、速度を上げる。

 

 ――戦場となった楽園が、近付いていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ――まるで、砲弾の着弾だった。

 内部に突入する者と、残って帰還用の艦を守る人員を編成していた八神はやては、思わず戦闘体勢を取っていた。敵の増援――思考が一瞬でそれに切り替わる。

 そんな中で土煙が晴れ、不意にそこから声が聞こえてきた。

 

「…………ッ、テメェ、最後の最後にしくじってんじゃねぇ!」

「いやまあ、サリヴァも頑張ったし」

「キュウ~」

『できればもう少し穏やかに着地をしたかったですね……』

「確かに」

 

 聞こえてきたのは、聞き覚えのある声。はやては思わず声を上げる。

 

「フェイトちゃん!?」

「はやて!」

 

 驚くはやての側にフェイトが駆け寄る。その光景を見て、んー、とリューイが首をひねった。

 

「……俺ら無視?」

「まあ、下っ端ですから」

『ソラさんはともかく、マスターなど一兵卒ですから。仕方ないかと』

「そんなもんか」

 

 言いつつ、リューイは歩き出す。そのリューイのところに、オレンジ髪の女性が走り寄ってきた。

 

「リューイ! あんたこんなところまでどうやって……」

「あ、どもティアナさん」

 

 リューイは軽く会釈し、ミリアムとユニゾンを解除する。オレンジ髪の女性――ティアナ・ランスターは、二人を見て呆れたように言葉を紡いだ。

 

「ちょっと、ミリアム。あんたこの馬鹿が暴走したら止める役なんじゃないの?」

「お言葉を返すようですが、執務官。私のマスターは止めて止まるような方ではありません。ならばその身に付き従い、その身が滅びぬように最善を尽くすことこそ我が誉れです」

「……よくそんな恥ずかしい台詞が平然と吐けるわね」

「羨ましいですか?」

「誰が!」

「まあ、それはともかく……マスターは、選んでこちらまで来られました。そうですよね?」

「おう」

 

 ガチャリ、とその得物を握り直した音が響く。

 

「終わらせないとな。……こんな、ふざけた戦い」

 

 決意を新たに言うリューイ。ティアナは、ふう、と息を吐いた。

 

「ま、精々無理しないようにね。病人なんだから」

「あ、心配してくれるんですか?」

「違うわよ! 倒れられたら迷惑っていう話!」

「…………これが噂のツンデレですか」

 

 ぼそりとミリアムが呟いた言葉が届かなかったのは、幸運だったのか、どうなのか。

 

「まあいいわ。それで、アンタたちはどうやってここに来たの?」

「ああ。ソラが――」

 

 ティアナの言葉に応じようと、リューイが振り返る。しかし。

 

「――あれ?」

 

 そこには、誰もいなかった。

 

 ――僅かに、血の痕だけを残し。

 ソラ・ウィンガードは、姿を消していた。

 

 

「――今から、指示を出すよ」

 

 

 首を傾げるリューイ。その耳に、そんな声が届く。

 

「この戦いを、終わらせる」

 

 その言葉を、告げたのは。

 ――八神はやて。

 

 英雄の器を持つであろう、人物だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 おそらく、ここだ。

 壁に寄りかかりながら、小さく呟いた。事前の情報がほとんどなかったから苦労したが、これほどの規模の建造物――要塞とでも呼ぶべきここには、やはりというべきか隠し通路が存在した。

 

「……まあ、当然だわな」

 

 重い扉を押し込む。これほどの施設だ。万一に備え、最深部から重要人物が脱出できる方法を用意するのは至極当然のことである。

 そう、当然。当たり前。

 だからこそ――気になる。

 

(だが……『当然』であることはおかしい。ここはたった二人のためだけの場所。ここが落ちれば二人に行く場所などなかった。それなのに、逃げ道なんざ用意するか?)

 

 そう、それだ。ここは『聖人』にとっては最後の砦となるべき場所だった。そして事実、ここが落ちた時に『聖人』もまた、歴史の表舞台から姿を消している。ならば、何故?

 

(ここは……本当に『聖人』が創った場所なのか?)

 

 運命改変、もしくは運命操作。

 数少ない資料から読み取れるその能力は、字面だけでも凶悪な能力であることがよくわかる。運命などという人には認識できないものを視るどころか操作してしまうなど、それは最早、人に許された能力の範疇を超えている。

 しかし、だからといってその能力一つで、こんなものを生み出せるのか。

 

「いや……それは今考えることじゃねぇ」

 

 呟く。今必要なのはどうやってこの戦いを終わらせるかである。疑問について考えるのは、この戦いから生き延びてからだ。

 扉が――開く。

 昏い、闇の底のような部屋。踏み込んだ瞬間、思わず顔をしかめた。

 

「…………ッ」

 

 漂ってきたのは、思わずむせ返りそうになるほどに濃い、血の匂い。

 昔、事件捜査で惨殺死体の現場に踏み込んだことがあるが……あの時と同じくらいに、いや、硝煙の匂いが上乗せされている分、こちらの方がキツいくらいの臭いが漂っている。

 

「何があった?……ん?」

 

 目が慣れるまで入口で佇んでいたのだが、不意にその視界が何かを捉えた。

 気配を殺し、慎重に近付く。誰かが倒れているようだが――……

 

「――子供……?」

 

 思わず、呟く。そこに倒れていたのは、一人の少女だった。

 長い黒髪を携えた女の子だ。しかし、カグラはその姿を見て思わず舌打ちを零す。

 

「……惨いことを」

 

 倒れていた少女には――右腕がなかった。

 暗闇に慣れてきた目で見渡せば、戦闘の痕がある。争ったのか、それとも一方的だったのかはわからないが……結果としてこの少女は敗北し、その右腕を奪われたのだろう。

 ぴちゃり、という音がした。水溜り……違う、血の海。少女の流した血によって生まれたそこからは、むせ返るような臭いが漂う。

 

「…………」

 

 ここで少女の首元に手を伸ばしたのは、ただの反射行動だったのだろう。この傷だ。生きているはずがない。

 しかし、結果としてそれが運命の分かれ目となる。

 

 ――トクン。

 

 指先で感じたのは、微かな鼓動。……生きている。

 

「……嘘だろ、おい」

 

 思わず、呟いた。当たり前だ。右腕を奪われるほどの傷。つい先程というならまだ命を繋ぎ止めていてもおかしくはない。しかし、おそらく奪われてからは結構な時間が経過している。この血溜りが何よりの証拠だ。

 だというのに、この少女は生きている。

 失血死していてもおかしくはない……いや、失血して然るべきほどの出血をしながら――……

 

「……仕方ねぇ」

 

 

 死んでいるならともかく、生きているというなら話は別である。その体を抱き上げ、応急処置を施す。こんな場所では治療など不可能。そもそもここは戦場だ。下手を打てば、自分もやられる。

 

「う……?」

 

 少女が、薄くその瞳を開けた。その体を優しく抱き上げながら、精一杯、微笑みかける。

 

「王子様、ってわけにはいかねぇが……安心しな、嬢ちゃん。俺は英雄だ」

 

 言いながら、エリアサーチを飛ばす。そこで、何かが彼の探知に引っかかった。

 

 ――コツン。

 

 靴の音が響く。身構え、音がした方向を凝視する。

 そこに、いたのは。

 

「ほう……生きていたのかね?」

 

 深淵の闇から姿を現した男は、そう言って笑った。だが、その体は血に塗れている。

 返り血かと思ったが、違う。男の腹部から溢れ出る鮮血が、そうではないと告げている。

 少女を抱きかかえる手に、力を込める。男は――クライムと名乗る、本名を世界の闇へと葬った男は、その様子を見て笑った。

 

「情けない話だ。たった一人に反旗を翻されただけで……この有様とは」

「テメェには相応しい末路だよ」

「ふふっ、そうかもしれんな。……さて――」

 

 クライムは笑い、そして、その眼を細める。

 ――殺気。ここで、一戦交える気だ。

 

「決着を着けようか。あの時の……因果を。ここに終結させよう」

 

 クライムの身体から魔力が噴き出す。しかし、傷を負っているからか、クライムの魔力にかつてのような強大さはない。

 対し、こちらは逃げる構えを取る。この手の中には守らなければならない少女がいるのだ。

 その様子を見、フッ、とクライムが笑みを零した。

 

「キミはあの時から変わらんな。あの時もそうだった。私を殺し切るよりも、次元震を食い止めることを優先した。その上で結果、防ぐことは叶わなかった……いい加減、理想を捨てたまえ。守れるものなど知れている。全てを守ることなど、たとえ神であろうとできはしない」

「知るかボケ」

 

 吐き捨てる。そういうことじゃないのだ。そういうことでは。

 

「小難しい理屈なんざいらねぇし、必要ねぇな。達観してテメェのことしか考えねぇような屑になるくらいなら、いくらでも喰らいついてやるさ」

「……やはり、キミと私はどこまでいこうと平行線か。残念だ。敵同士であり続けたとはいえ、いや、敵同士であり続けたからこそ、キミのことを私は誰よりも評価しているつもりだったが」

「他人の評価なんざいちいち気にしても仕方ねーよ。俺の価値は、俺自身が決める」

 

 それだけでいい、と言い切った。

 クライムは、そうか、と薄く笑った。

 

「ならば……祭に華を添えるとしよう。観客などいない、舞台裏の戦いだがね」

 

 そして、クライムは言う。

 

「カグラ・ランバード。前時代の英雄。ここが、キミの死に場所だ」

 

 対し、カグラは――管理局の英雄は、笑う。

 

「違うな。ここは俺の死に場所じゃねぇ。俺は、あの日に。トモエを喪った日に死んだんだ」

 

 そして。

 命がけの逃走劇が、スタートする。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 八神はやてたちは少数精鋭の部隊を編成し、内部へと突入していた。決して多くなかったが、AAランク以上の魔導師のみを選別、踏み込むことを選んだ。理由は単純で、やはり『ヴォルフラム』を守る必要があったからだ。ここを制圧した後、どちらにせよ退避の手段は必要になってくる。はやてはそちらに戦力を裂くことを決定した。

 更に、はやてはギリギリの決断をし、自分自身も内部に突入するという道を選んだ。無論、連絡のためのラインは確保している。しかし、本来彼女は指揮官、それも旅団を束ねる立場にあるのだ。それが指揮を放り捨てるようにして前線に出ることは、あり得ない。

 

 ――しかし、彼女はそれを選択した。

 

 JS事件……かつての事件で、彼女は英雄の一人として祭り上げられた。しかし、彼女にとってそれは重荷にしかならないという結果を生む。

 彼女自身が自身を英雄と認めなかったのだ。決着に間に合わなかった……全てを他人に背負わせた、と。

 ――それは己の未熟故と。

 

(……ファイムくん)

 

 そして、今の彼女はあの時よりも強くなったはずだ。

 何もできなかったあの日よりも、強くなれたはずだ。

 

 だからこそ、彼の下へ。

 

 一人にはさせない。あんな顔、もう二度とさせやしない。

 

(ファイムくん)

 

 あの人に誇られるような自分でいたいから。

 誇れる自分に、なりたいから。

 

(――ファイムくん!)

 

 ――届けたい、言葉があるから。

 

 だから、彼女は進む。

 彼女の騎士たる烈火の将はここにはいない。彼女にははやてにとっての親友でもある執務官と共に別行動をさせている。

 当然、ごねられたが押し通した。……これは私情を含んでいる。巻き込めない。

 

 ――そして、はやてはそこへ辿り着く。

 

 途中、彼女の行く手を阻もうとした全ては、薙ぎ払った。

 その歩みに、翳りはない。

 

『はやてちゃん! こっちです!』

 

 ユニゾン中のリィンが言う。広間に出、三つに分かれた道が目に入った。そのうちの一つを、リィンが示す。

 豪奢な扉とは違う、素朴な作りの扉の先へ進めと。

 

「行くよ、リィン」

『はいです』

 

 はやてが呟き、二人が進む。

 そして――

 

 

 ――――。

 ――――――――。

 ――――――――――――。

 

 

 考えていた。思案していた。ただ、耽っていた。

 

(……私の名前。あの方がくれた、大切なもの……)

 

 呟く。奴隷だった自分に、名前などなかった。その自分を救い出し、助けてくれた人が名前をくれた。

 ずっと、それだけを名乗ってきた。なのに……

 

「桜花」

《あんたの名前なら、あたしにもわかんないよ?》

 

 発した言葉は必要なうちの一割にも満たないのに、的確な返答が返ってきた。テンリュウ・シンドウ――『概念』に至り、究極に至った絶対的な『最強』は、ため息を吐く。それに対し、彼女の愛機である『桜花』はそもそも、と言葉を紡いだ。

 

《そもそも『神道天龍』っていうのはそういう存在だもん。自分自身の境界を失っていくことで世界に近付いていく。力の代償と思えばまあ、わかり易いかな。……そもそも代々受け継いでいくのもそれが原因だしね》

 

『桜花』が苦笑するように言う。そう、そうなのだ。

 人としての殻を捨て、『概念』に至る。それはつまり『肉体』という防壁を捨てるのに等しい。人の心……精神というものは酷く脆弱だ。それを守るためには『固定対象』や『誓約』といった肉体の代わりに精神を守るためのものを必要とする。

 しかし、そうしていくつかの問題をクリアした古代の人間たちも、たった一つのことだけはクリアできなかった。

 

 ――『自我の消失』。

 

 人の心というのは、摩耗していき、擦り減っていくものだ。また、『概念に成る』というのは世界の一部となるに等しい行為である。世界とは『意志無き意思の集合体』だ。人だけではない。あらゆる生命の魂が地表を埋め尽くすこの世界で、たった一人の意識というのはあまりにも脆弱に過ぎる。

 故に――失っていく。

 自らが何者か。どこから来て、どこへ行くのか。

 アイデンティティと呼ばれるものが、一切合財、消滅していく。

 

「自らを失う前に次代へと引き継ぐ……理には適っていますね」

《個人差があるんだけどね。七十年近くそのままでいた奴もいるし。実際、あんたも名前だけでしょ? やっぱり破格ね》

「まあ、十年以上前からこの姿に変化がないのはいささか奇妙ではありますが……」

 

 テンリュウは苦笑する。『神道天龍』が続いていく存在とされるのはそういう理由からだ。自我を全て失った時、『神道天龍』は世界の奴隷となる。そういう契約だ。しかし、それを認めることはできない。だからこそ、何度も何度も新しくなり続けてきた。

 そして『神道天龍』というのは、『完全な状態』であることを常とする。そのため、今のテンリュウの肉体は彼女にとって完全な状態――全盛の状態、ということになる。

 テンリュウに成長という過程はなかった。いや、十年前まではあったが、一気に階段を飛ばし、この状態に至ったのだ。

 そこに後悔はない。ないのだが……思い出せないその辛さが、心を占める。

 頭が痛い。思い出すことを拒否しているかのようにガンガンと、頭痛が鳴り響く。

 

《無理をしないほうがいい。思い出せないなら、思い出せないもの。そういう『』世界に逆らう気?》

「師の、教えですから。――――ッ」

 

 変わらず苦笑を浮かべるテンリュウ。しかし、不意にその表情が大きく変わった。

 

「桜花!!」

 

 テンリュウが吠え、薙刀と装束が展開される。その瞬間、無数の刃が彼女に向かって降り注いだ。

 ブラッディ・ダガー。単純な魔法だが、それ故に効果は高いそれを。

 

 ――ザギギギギギギギギギギギギギンッッッ!!

 

 襲い来る刃の全てを打ち払う。一発一発は正直大したことのない威力だ。しかし、その数が多過ぎる。ただでさえ一度世界を『開いた』ために消耗しているというのに、畳み掛ける時に災難というものは畳み掛けてくるらしい。

 

《遠い――! 距離、二千!》

「遠距離砲撃――これは!?」

 

 テンリュウが吠える。彼女の足下が突如氷結していた。すぐさま飛び上がるが、一瞬にして空間が氷に閉ざされる。

 極冷魔法――エリアが得意とするそれだが、彼女よりも規模が大きい。おそらく『そういうタイプ』の魔導師だ。

 ――ならば。

 

「――――」

 

 一息。それと共に空を蹴り飛ばす。空間に魔法陣による足場を作り、それを蹴り飛ばしたのだ。

 まるで矢のような速度で駆け抜けるテンリュウ。それを迎え撃つように、一筋の閃光が駆け抜けた。

 

 ――直撃。

 

 二つの力が衝突し、轟音が世界を支配する。その果てに、テンリュウは見た。

 飛来する、堕天使の甲冑を纏う一人の女性を。

 

「「――――」」

 

 互いに視線を合わせど、言葉を交わすことはない。

 ――金属音。

 互いのデバイスを打ち合わせ、二人の女性は距離を取る。テンリュウは、ふう、と息を吐いた。

 

「たった一人で私と相対するのが指揮官とは。……血迷いましたか?」

「迷ってなんか、あらへん」

 

 対し、八神はやては毅然とした表情で言い切る。

 

「こうすることが私の決めたことや。そこに迷いなんかあらへん。――ファイムくんをどこへやったんや?」

「永遠の、幸福たる牢獄へ。夢と現実の狭間です」

 

 夢と現実の狭間――その言葉に、八神はやては聞き覚えがあった。そうだ、その場所はかつて闇の書がフェイトを閉じ込めようとし、自分自身も閉じ込められた場所。

 ――そして、ファイムが自分を救い出してくれた場所。

 

「なんやろな……どうしてこう、行き着くところは一緒なんやろう」

『はやてちゃん?』

 

 はやての呟きに、怪訝そうな様子でリィンが応じる。はやては彼女が持つ杖――シュベルトクロイツをテンリュウに向けた。

 

「永遠とか、幸福とか……そんなもん、定義なんてできひんのにな」

「…………」

「永遠なんてこの世に存在せぇへん。そもそも『永遠』の極致はただの『孤独』や。わたしも、あなたも、リィンも、みんなも……この世界を生きてる。永遠に比べたら、刹那に等しい時間なんやろうと思うよ。せやけど、だからこそ――奇跡なんや」

 

 この時代、この時、この瞬間を生きていること。

 そしてそれが、独りきりではないということ。

 

 それこそが――奇跡。

 

「いつ、終わってしまうかわからへんから、だから『生きる』っていうんや。その奇跡を歩んでいくからこそ、人は――美しい」

 

 ……かつて、八神はやては孤独に泣いたことがある。

 闇の書――守護騎士たち。彼らが現れるまで、彼女はどうしようもなく孤独だった。だからこそ、彼女は誰よりも孤独の辛さを知っている。

 同時に――幸福の美しさも。

 孤独だったからこそ、幸福の素晴らしさを知っているのだ。

 

「ファイムくんを、返してもらおか」

「……私を屈服させれば、あるいは可能かもしれません。もしも彼が幸福を否定したのならば、その場で世界は割れるでしょうが……」

「――なら、わたしのすることは決まったな」

 

 キィン、という音と共にはやての足下に魔法陣が展開された。そうして紡がれるのは、何重にも渡る障壁による結界。

 そして、同時に無数の刃の葬列が展開される。ブラッディダガー。彼女が好んで用いる、刃の魔法。

 

「ファイムくんは帰ってくるよ。だから、それまで耐えるのがわたしのすべきことや」

 

 八神はやての戦闘能力は決して高くない。テンリュウと正面からやり合っても、おそらく倒すことは不可能。

 なればこそ、彼女は信じる。リィンと自分だけでは勝てない相手を倒すための、ヒーローの登場を。

 

「……その心、いつまで保てるか。見せて頂きましょう」

「――帰ってくるまで」

『はいです!』

 

 そして、戦いの幕が上がる。

 勝利のない――敗北を避け続けるだけの戦いが。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 カグラ・ランバードは走っていた。迫り来る敵。相手は深い傷を負っているといっても、それはカグラ自身も同じである。しかも、今の彼には守るべき対象がいる。逃げの一手を打つのは、当然ですらあった。

 

「くそっ、理不尽だなおい」

 

 悪態をつく。そうしなければ、虚勢を張っていなければどうにかなってしまいそうですらあった。

 

 ――閃光、そして轟音。

 

 駆け抜けた一閃は、カグラと彼が抱える少女を撃ち抜いた。しかし、その姿が突如、霧散する。

 

「幻術か。――本物はそこだな」

 

 更に、一閃。放たれた砲撃は壁を砕き、辛うじて直撃を避けたカグラが転がるようにして出てくる。

 

「ふっ……これが英雄の姿とは、情けないものだとは思わんかね?」

「英雄の残滓にできることなんざ、限られてるんだ――よッ!」

 

 牽制のための魔法弾。しかし、それは障壁によって防がれる。クライムはそれを一瞥すると、その人差し指をカグラに向けた。

 

「残念だ。一時代の英雄がここまで堕ちた姿を見るのは忍びない。せめて、一思いに終わらせよう」

「――――ッ!?」

 

 ――先程までのの砲撃魔法に比べ、明らかに威力が上がったその一撃が世界を蹂躙する。

 凄まじい轟音。一応魔力対策を施されている壁や床も、一撃で蹂躙される。

 そして、一瞬で爆心地のような状態にされたただ広い廊下を眺め、ふむ、とクライムは呟く。

 

「下に逃げたか。したたかだな。……やはり、侮れん」

 

 彼の視線の先には、床に人が一人通れるくらいの穴があった。おそらく、あの咄嗟の一瞬でカグラがこじ開けたのだろう。

 しかし、避け切ることは叶わなかったらしい。穴の近くには、大量の血痕が残されていた。

 追うか――クライムが、そう考えた瞬間。

 

 ――ズグンッ。

 

「…………ッ!?」

 

 激痛が走った。クライムの腹部――そこから、血が噴き出している。どうやら傷口が開いたらしい。

 

「……少し、待つか」

 

 呟くその瞳は、どこまでも空虚だった。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 カグラは今にも座り込みそうになる頼りない足に内心で舌打ちを零した。体力の限界と、魔力の限界。体の傷も深く、どうしようもない状態だ。

 

(そういや、姫さんも言ってたな……応急処置ってよ……)

 

 内心で呟く。命の恩人の言葉は正しいのだろう。だが、だからといってここに来ない理由にはならなかった。

 だが、これは少々、厳しい。

 

 ――ギョムン。

 

 無機質な、駆動音。向けられる銃口の数は――数える気が失せた。合計、十以上のガトリング砲がこちらを狙っている。運が悪い。落ちた先が、機械兵器の巣窟とは。

 

(不死身だ不死身だ言ってきたが、死ぬ時は呆気ねぇもんだ)

 

 人生五十年――相棒と信じた男が好きな過去の偉人の言葉らしいが……この世界では魔導師の人生などそれ以下だ。どいつもこいつも、前線に立つ間に死んでいく。

 本当に――ままならない世界だ。

 変えようと思ったのは、一体何度目だったのか。

 

「う……っ……?」

 

 不意に手元から声が聞こえた。少女が目を薄く開けようとしている。カグラは自身の背を機械兵器たちに向け、少女の瞳にそれが映らぬようにした。

 

(あー、くそ。守れねぇ……)

 

 呟く。だが、その時、彼は気付いていなかった。

 腕の隙間――そこから、少女が見ていたことを。

 絶対的なまでの死の嵐を、目撃していたことを。

 

 ――音が、消えた。

 

 カグラは遂に来たのだと観念する。諦めるも何も、冷静な目で見てどうしようもない状況なのだ。

 だから、彼は見えなかった。

 かつて天才と呼ばれた彼に続く、新たな天才の姿が。

 正真正銘の天才――彼がそう評価する、次世代の天才。

 

 その者が、ここに来ていることに。

 

「――ウィル?」

 

 少女が呟いた。直後――爆発が起こる。

 来たか――そう思い、体を強張らせるカグラ。

 しかし。

 

 その体を覆うのは、銃弾ではない。

『陽光』。

 鮮やかな、夕暮れの光。

 

「――――…………」

 

 カグラは振り返り、そして、驚愕する。

 燃え上がり、紅蓮の炎を上げる質量兵器たち。それとカグラたちの間にに割って立つ、血染めの制服を纏い、その肩に竜を背負う一人の少年。

 

「キミが、アリア?」

 

 振り返らぬまま、少年は言った。そして、横顔だけをこちらに向け、呟くように言う。

 

「守りに来た。キミの騎士の代わりに」

「キュウ」

 

 小型状態の竜――サリヴァが鳴く。少女が、呟いた。

 

「……ウィルじゃ、……ないの……?」

 

 呟くように言う少女。その少女の下へ小型の竜が飛来した。その光景を見、少年はこの少女が探し人だと確信する。

 

「そうだったら一番だったんだけどな。……大丈夫だ。代わりに俺が守って見せる。死に間際の言葉だ。命を懸ける理由としちゃ、十分すぎるってな」

《心の底からかい、坊や?》

「さーて、ね」

 

 カグラにも見覚えのある槍型のデバイスを構え、そいつは言う。カグラは思わず声を上げた。

 

「色々つっこみてぇとこが溢れてるが――何しに来た?」

「騎士様の代わりですよ、教官」

 

 冗談めかした調子で少年――ソラが肩を竦めた。カグラは更に言葉を紡ごうとしたが、その彼にソラのデバイス『ヴィクトリア』――待機状態なので指輪型――が投げ渡された。ダメージがあるようで、所々ひび割れが発生している。

 

「一から十まで説明したいとこですけど、そうもいかないみたいですし。詳しい話は『ヴィクトリア』にでも聞いておいてください」

 

 苦笑して言うソラ。そのソラにカグラが更に何かを言おうとしたが、その前に女性の声が響き渡った。

 

《厄介な仕事押し付けてくれるねぇ、坊や?》

「じゃ、変わる?」

《いやぁ、それはゴメンだねぇ。折角マスターが珍しくやる気なんだし、手伝えないのが未練だけど……まあ、次の機会にってことにしとこうか》

「次ってことは……」

《あんたは勝つだろう、坊や?》

 

 確認する――違う、断言するように、『ヴィクトリア』が言った。

 ソラは、頷く。

 

「――当然!!」

 

 同時、『陽光』が爆ぜた。

 夕焼けのように鮮やかな光が、空間を占拠する。

 

 そして現れるのは、紫の光を纏う昏き光。

 ――クライム。

 

「ほう……カグラ・ランバードを追ってきてみれば、妙な客だ。キミは誰だね?」

「んー、『エース』でも『ストライカー』でも『騎士』でも……『英雄』でもない魔導師。……敵の黒幕倒すには役者不足だけど、ま、それも運ということで」

 

 口調は、変わらず不遜。戦場であろうと、彼の言葉は変わらない。

 変わるのは、その気配だ。

 

 必殺の意志。死にたいとは思わず、されど、死んでも良いと定義する。

 あまりにも外れてしまったその信念の前に慈悲などなく。

 あるのはただ、その場だけに通じる理由のみ。

 それだけで、少年は戦う。

 

「……で、教官。アリアを守るには、こいつを潰せばいいと?」

 

 アリア、というのが自分が抱きかかえる少女のことだとはカグラも理解していた。だから、彼は頷く。

 

「そうだな」

 

 再び目を閉じ、眠ってしまった少女。その少女に僅かに視線を向け、言い切る。

 

「そいつは過去の亡霊だ。――引導を渡してやれ」

「Yes,sir」

 

 言葉と同時に、響き渡るは轟音。

 圧倒的な魔力。互いにその力はオーバーSの高みにある。

 

「そのデバイス……少年、持ち主はどうした?」

「死んだ」

 

 互いに睨み合う中で交わされた言葉。ソラは酷く簡潔に答える。

 守ろうと思っていたわけではなく。

 友だったわけでもない。

 

 だが――あの少年は、自分にはないものを持っていた。

 

 死の間際に、自分ではない誰かを想う――目指すべきものに、見えた。

 だから、戦うのだ。

 それを理由とし、ソラ・ウィンガードは刃を持つ。

 

 クライムは、そうか、と頷いた。そして――もう一度呟くように、そうか、と言葉を漏らす。

 

「キミが、奪い取ったのかね?」

「託された。あの子を守って欲しいと。――右腕、奪ったのはテメェか?」

 

 声の質が変わる。クライムは、ふっ、と息を漏らした。

 

「私ではないが……結果として、そう変わらんよ。その力は私が望んでいたものだ」

「――知ってるさ。どういう力かも、なにもかも。教えてくれた」

 

 ピクリと、クライムの眉が跳ね上がった。

 ソラは、吐き捨てるように言う。

 

「くだらねぇ。くだらねぇよテメェら。こんなことのために、人が死ぬのかよ」

「こんなこと、というのは心外だ。私の欲したものは、おおよそ万人が同じ思いを抱くほどの普遍性を持っていると思うが?」

「だったら俺は万人の一人じゃなくていい。――そろそろ、やろう。一瞬で決める」

「同意だ」

 

 そして、二人は激突する。

 前時代の遺物と、現代の天才。

 時代が、重なる。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 カシャン、と愛機が床に落ちた音が響いた。

 鉄槌の騎士、ヴィータ。その名を持つ幼き容貌の騎士は、全員全霊を以て突き進んできた。

 迫る敵を打ち払い。

 襲い来る刃を退けて。

 

 ――そして、辿り着いた。

 

 失楽園シャングリラ――その動力炉に。

 

「…………ッ、あ、アイゼン……ッ」

 

 ヴィータが言葉を紡ぐが、その声に覇気はない。当然だ。今の彼女はまさに満身創痍。バリアジャケットも多くが裂け、その血が体を濡らしている。

 そして、彼女の相棒たる『鉄の伯爵グラーフアイゼン』もその身に数多くの罅を刻み、文字通り崩壊寸前に至っていた。

 彼女たちを襲ったのは、一騎の強者ではなく、無限のような『数の圧力』であった。

 戦闘機人、質量兵器、機械兵器……終わることなく襲ってきたそれは確実に彼女の気を削ぎ、肉体に傷を負わせていった。

 その全てを突破したことは驚嘆に値するだろう。しかし、その代償も大きい。

 その体が、前に進むことを拒否するほどに。

 

「――こいつを、壊さねぇと」

 

 紡がれた言葉は、まるで泣きそうな子供のような声だった。

 彼女を襲ったのは冷たい鉄の刃だけではない。彼女が知る『誰か』の姿をした偽物も、数多く彼女を襲ってきた。

そしてその全てを、ヴィータは打ち砕いてきたのだ。

 その代償として。

 

「はやてが、困るんだ」

 

 ――八神はやて。ヴィータにとって、誰よりも大切な人。主。

 その偽物を――彼女は、『破壊』した。

 

 心はもう、壊れる寸前だった。

 

「だから、だから――……ッ」

 

 その体が、床に伏す。

 その瞳が――閉ざされる。

 

 

 世界が滅ぶまで、あと6時間――……

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