玉座の間は主が座す場所だ。それ故に他の場所よりも強固な造りになっており、簡単に崩せない構造となっている。王を守るためには当たり前だ。
しかし、失われた楽園の玉座の間は、たった二人の魔導師によって蹂躙されていた。
振るわれるのは、圧倒的な力の奔流。まるで爆流のようなそれを、二人の魔導師がにぶつけ合う。
「「…………ッ!!」」
高速戦闘。二人の姿は、凡人には最早軌跡でしか追うことを許されない。
否、才あるものでさえ軌跡を追うことしか許されないだろう。
高町なのは。
ホムラ・イルハート。
互いに砲撃魔導師の頂点に立つ身であると同時に、歴戦の勇士とも呼ばれる戦士。
駆け抜けてきた死線や修羅場は、最早数えることさえできない。
その全てより手にした戦い方など万に届き、億に迫る。
《Chain Bind》
先に一手を届かせたのは、なのはだった。
桜色の鎖がホムラの右腕に巻きつく。なのははホムラがそれに対応する前に、思い切りその鎖を振り回した。
「――――ッ、おっ――!?」
鎖に体を引っ張られ、ホムラが宙を舞う。そしてそのままホムラは凄まじい音を立てて壁に直撃した。
ドンッ、という音を立て、ホムラが土煙を舞い上がらせながら地面に倒れる。なのははそこで止まらない。レイジングハート、と彼女の愛機に声をかける。
「エクセリオン――」
ここで決める――そんな必殺の意志はしかし、遮られた。
《Innocent Buster》
駆け抜ける銀色の一撃。なのはは咄嗟にそこから飛び退き、障壁を張る。
衝撃波で軋む障壁。レイジングハートが言葉を紡ぐ。
《――維持不可能》
――バァァァンッッッ――
吹き飛ぶ障壁。なのはは緊急退避を行うが、砲撃がその身を掠め、弾き飛ばされる。
痛み分け――単純な攻防に見えるが、極地に至った者の戦いなどこんなものだ。
細かい策など、弄するだけ無駄。むしろその隙に、死が忍び寄ってくる。
だからこそ、全力。
全身全霊の、正面からの殺し合いこそが、全てを決める。
あるのは、あまりにも濃密な基本技能のぶつかり合い。
「…………ッ、市中引き回しの刑、やったか? あれを思い出したわ。えげつないなぁ、自分」
「あそこで反撃が来るなんて……こっちこそ、やられるかと思ったよ」
互いに苦笑。流石に音に聞こえた『エース・オブ・エース』。その強さに偽りは欠片も見られない。
文字通りの一瞬の隙、判断ミスが全てを奪っていく。
不思議なものである。互いに、ほんの少しだけ胸が高揚している。純粋に楽しいと、心の底でそう感じている。
――天才とは、孤独である。
その才能があまりにも圧倒的であるが故に理解されることはほとんどない。たとえ相手が友人であろうとだ。自分の見ている景色が、他人には理解できない。
そしてそれを、誰よりも天才自身が知っている。故に、彼らはどこまでも孤独だ。
しかし、今。
ここに立つ二人は、互いの才能を理解しようとしている。ただ、理解が許されるのは片方のみ。
――人は、自らより劣っている才能しか推し量ることはできないのだから。
「時間も押しとる。……そろそろ、決着と洒落込もか」
「そうだね……そろそろ、決着を」
二人の視線が交錯する。そして、二人は同時に叫んだ。
「ブラスター3!! リミットリリース!!」
「オーバードライブ!!」
二つの魔力が吹き荒れ、その振動だけで室内が軋んでいく。その最中、ホムラが問いかけた。
「滅びは運命や。ここでわしを倒したところで、その消耗した体でどうやってここを潰す? テンリュウかておる。運命はすでに、定まっとるぞ」
滅びこそが、運命。
この戦いの結末は既に決まっていると、ホムラは語る。その言葉に偽りはない。
だからこそ、なのははそれを正面から否定する。
「運命なんて覆せるもの。未来はわからない。未来を創るのは、ここにいる私たち。だからこそ、私は諦めない」
未来などというものは、どこまでも不確定なものである。
運命?――それがなんだというのか。
わからないものである以上、定義があろうとなかろうと、結局同じ。
「未来は、自分の手で掴み取る。私は――私たちは負けない。世界も壊させない。必ず未来を勝ち取って見せる!」
「立派な台詞や。流石は英雄、やな」
「私なんて、まだまだだよ」
なのはは、言う。
「私は、ただちょっと、ほんのちょっとだけ魔法が使えただけの魔導師。私よりも凄い人はたくさんいる。だけど、英雄って、エースって呼ばれるなら……私は、そうなれるよう、そうであれるように努力する。そのための覚悟は、もう、持ってる」
そして――二人の『エース・オブ・エース』は、その力を賭した最大の魔法を紡ぎ上げる。
《Star Light Breaker》
《Moon Light Breaker》
星の光と、月の光。
夜空に瞬く二つの光が、激突する。
「全力!! 全開!!」
「月夜に堕ちろ!!」
互いの全てを懸けた、必殺の攻防。
決着が、迫り来る。
「スターライトッ――」
「ムーンライトッ――」
視線の交錯は、一瞬。
「「――ブレイカァァァッッッ!!」」
――玉座の間が、崩壊していく。
まるで、もうここは必要ないとでも言うかのように。
◇ ◇ ◇
駆け抜けたオレンジ色の弾丸が、男の腕を弾いた。続け様、風が唸る音と共に大剣が振り抜かれる。
「おらあっ!」
「はっ――」
轟音。大剣を振り抜いた青年――リューイは、目の前の光景になっ、と声を漏らす。当たり前だ。相手は素手の拳で抜身の刃物を正面から殴り、
「――足りねぇよ」
――あろうことか、吹き飛ばしたのだから。
衝撃で宙に放り出されるリューイ。しかし彼は空中で姿勢を取り戻すと、追撃を仕掛けようと構えた。だがその視界に、七色の弾丸が映り込んでくる。
「ファイア」
短く紡がれた言葉と共に、一斉に魔法の弾丸が放たれる。リューイは即座に吠えた。
「ミリアム!!」
『イエス、マスター』
冷静な声。彼とユニゾンしているユニゾンデバイス……ミリアムが応じる。瞬間、竜巻のような風がリューイの刃に纏わりつく。
「らああっ!!」
――一閃。
振り抜かれた刃より放たれた暴風が、弾丸の嵐を吹き飛ばした。男の――カグラの表情が変わる。彼はすぐさま大きく後退し、暴風から逃れた。
そこへ――狙撃手の一撃が迫る。
「クロスファイヤー・シュート!!」
迸るのは、オレンジ色の軌跡。凄まじい数。咄嗟には避け切れないであろうそれを、あろうことか相手は全て拳で叩き落とした。
凄まじい反応速度。そして魔力だ。
「威力が足りねぇな。速射を優先して威力を削ったか。馬鹿野郎。速射は最初の数発でいい。一気に全部放ったところで、威力が低けりゃ意味がねぇ。牽制の数発だけ速さを。他は威力を。『ストライカー』の一人ならそれぐらいやってのけな」
まるで教官のような言葉を投げかけてくる。いや――そうだ、そうなのだ。この男は、そういう男だ。
カグラ・ランバード。
かつて十代も半ばという若さで管理局の闇に立ち向かい、あの高町なのはでさえ成し遂げられなかった十代での教導隊隊長の一角を務めた男。
――正真正銘の、英雄。
だが、その男を前にリューイは眉をひそめた。
「ん、どうしたリューイ? まさか、何故俺がこっちにいるのか、なんて聞かねぇだろう――」
「――あんた、誰だ?」
パシュン、という音と共にリューイはユニゾンを解く。カグラは眉をひそめた。
「どういう意味だ?」
「言葉通りだよ。あんたがあのおっさん――カグラ・ランバードだと? ふざけんのも大概にしろボケ」
「全くですね。演技にしてももう少し上手くやるべきでしょう」
ミリアムまでもが冷ややかな視線で言う。そのまま彼女は近くに倒れ、気を失っているエリオとスバルに結界を張った。側に来たティアナが、どういうこと、と言葉を紡ぐ。
「どうもこうもないんですよ――俺とミリアムの保護観察者、誰だと思います?」
「保護観察?」
「私とマスターは扱いとしては元犯罪者の危険人物です。それを教育するために教導隊の指導教官でもあったランバード統括官を保護観察者としていたのですが……」
「この事件が起こってからは、それどころじゃなくなってたけどな」
吐き捨てるようにリューイは言う。その後、彼はカグラを睨み付けた。
「保護観察っつっても、五分くらい会話するだけ。別に深い話をしてきたわけじゃねぇ。けどな、わかるんだよそれでも。あの人は俺を名前で呼ばない。あの人が名前で呼ぶのは、認めた時だけだ」
ティアナはハッとなる。カグラが名前を呼ぶ人物……それは、本当に僅かだ。
大抵『若造』だの『小僧』だの『嬢ちゃん』だの……他には役職で呼ぶばかりだ。彼が本当に名前を呼ぶのは、僅か数人。
八神はやて。
高町なのは。
フェイト・T・ハラオウン。
しかし、彼女たちについても『嬢ちゃん』という呼称を付ける。そうなれば――
――ファイム・ララウェイ。
カグラが名を呼ぶのは、たった一人の青年のみ。
肩書きも何もかもを無視して真剣な時に名を呼ぶのは、彼だけ。
「あの人は俺を名前で呼ばねぇんだよ。誰だ、テメェ」
「――さてな」
男――カグラは煙草を咥えた。そのまま魔法で火を点ける。
それもまた、普段の彼はしないこと。
火を点けないタバコを咥えるのが、彼の癖だ。
「結局、詮索に意味はねぇだろうよ。……さあ、殺し合いだガキ共」
「……ここに来て、あの人の真似すんじゃねぇよ」
リューイは大剣の柄を握り直す。そうしてから、チラリとティアナに視線を送った。同時に念話を送る。
(ティアナさん。一旦態勢を整えます。隙を作りますんで、後お願いします)
(……わかったわ)
詳しい説明をしている暇はない。それを察してくれたのだろう。ティアナが応じてくれる。
そして――リューイが踏み込む。
「おおおっ!!」
両手で握った大剣を、全力で振り下ろす。それは金色の炎を纏いながら、しかし、カグラではなく床を打ち砕いた。
《explotion》
リューイのデバイス、『ブラッディハウンド』が吠える。大剣の一撃はそのまま地面を打ち砕き、大爆発が起こった。
「サイクロン!!」
そこへミリアムの魔法が追撃をかける。吹き荒れる暴風。視界を奪われたカグラは、そこでリューイたちを見失うことになる。
「……転がってた二人も連れて、か。ふん。上等だよ」
穿たれた巨大な穴を眺め、カグラは呟く。
追うか、そう呟いた瞬間。
『誰だ、テメェ』
あの――騎士の格好をした、生意気な青年の言葉が脳裏を過ぎった。知っている。知識として。あの青年がどういう男なのかは。
だが――
「だからどうした。……殺せばいい」
英雄の姿をした何者かが、戦場に舞い降りる。
その表情は、どうしようもなく苦渋に満ちていた。
◇ ◇ ◇
「……つう……一日二度の自爆はやっぱキツい……!」
「本当に馬鹿ね。ほら、手。見せなさい」
「あ、ども」
「べ、別にアンタのためじゃないわよ。乗り切るのに、アンタの力が必要なだけ」
笑顔で礼を言うリューイに、ティアナは顔を逸らしつつそんなことを言う。その様子を見て、「ツンデレ」とミリアムが呟いたのは余談だ。
あのリヴァイアス・バルトマカリさえも討ち取ったリューイの一撃。『エクスプロージョン・ブレイク』――技というにはあまりにも醜いそれは、自分を犠牲にして敵を討つためだけの技だ。
もう一度使えば、文字通り腕が吹き飛ぶ。
「結局、どういうことでしょうか?」
ティアナがリューイの腕に応急処置を施した後、ミリアムがポツリと呟いた。何がだよ、とリューイが問う。ミリアムは頷いた。
「あの時はマスターに追従しましたが……あのカグラさんが本物ではない、という根拠はありません」
「ちょっと待てや。テメェもハッタリかましたのかよ?」
「待ちなさいリューイ。『テメェも』ってことは、まさかアンタも」
「いや、あの一瞬で偽物なんて判別できませんて。とりあえずこのくそ忙しい、ってか大変な時に行方不明になってる上にわけわかんねぇことしたからとりあえず喧嘩売ろうと」
「アンタ常識ってもんがないの!?」
「マスターが常識の通じないほどに鈍感なのは執務官が一番知っておられるかと」
「まあ、それは確かに」
「おいコラどういう意味だ」
「言葉通りですが、何か?」
「よし決めたテメェ泣かす」
「落ち着きなさい」
スパン、という小気味のいい音と共にリューイの頭が叩かれる。そうしてから、それで、とティアナはため息と共に言葉を紡いだ。
「どうするつもり? スバルとエリオ……二人がやられたってってことは生半可な相手じゃないわよ」
「そうですね。よくわかんねぇけど……多分、ありゃオーバーSと見た。ミリアムはどうよ?」
「マスターと同意見ですね。高町教導官と同クラス、と見て間違いないかと」
「……でも、妙ね」
ティアナ自身、二人の意見には納得している。だが、それならばおかしい点がいくつもあるのだ。
「確か、カグラさんは魔力の半分以上を失ったって聞いてるわよ?」
「それでも技術は相当なもんですけどね。勝てる気しませんし」
「あの魔力と技術が合わさるとなれば……文字通り最悪の難敵ですね」
「それが『エース・オブ・エース』だろうよ。……まあ、心当たりがないでもないんだけどな。魔力があるってことは偽物ってことだろうし」
「心当たりって?」
ティアナが問いかけてくる。リューイは推測ですよ、と肩を竦めた。
「憶測で語ったものが刃を鈍らせるわけにはいきませんし。……さて、どうするか」
チラリとリューイはスバルとエリオの二人を見る。もう少しすれば意識も戻るだろうが……それでどうするというのか。
こちらは消耗した魔導師四人。対し、相手は文字通りの『エース・オブ・エース』。体調も万全ときた。
正面からやり合ったところで、返り討ちに会うのが。オチだ。
――ピピッ。
策を巡らせようとするリューイ。そのリューイのデバイスが、不意に電子音を鳴らした。
着信。
通信の相手は――ソラ・ウィンガードのデバイス、ヴィクトリア。
◇ ◇ ◇
駆け抜ける二筋の光。それは進む先にある壁という名の障害を気にも留めず、突き進んでいく。
「ふっ」
短い、吐息。それと共に凄まじい風切り音を響かせながらソラ・ウィンガードがその手に持った他者のデバイス――アルガンツァを振り抜いた。
響き渡る金属音は、二つ。
返す刃で振り抜いた一撃さえも防がれた。ソラはちっ、と舌打ちを零す。
「フォトン……ランサーッ!!」
そして、距離を取ると同時に雷撃を纏った弾丸を七発、同時に放つ。変換資質を持たない――正確には雷の変換資質を持たない――ソラだが、訓練を積めば魔力変換はそれなりに早くなる。ましてや彼は本人が認めようとしないが正真正銘の天才を謳われる人物だ。努力し、それが実を結ばないという道理はない。
努力したという過程を通り、結果としてそれが必ず実を結ぶ……それが天才という存在なのだから。
衝撃と爆音。大気が揺れる。
全弾命中――しかし、まだだ。全て防がれた。
「――――ッ!!」
ソラがその身を大きく逸らす。瞬間、虚空を紫色の軌跡が薙ぎ払った。
「ふむ、『エース』でも『ストライカー』でも『英雄』でもない魔導師がこれほどの力を誇るか……中々、管理局というのも侮れん」
クライム。そう名乗る男の周囲に浮かぶのは、無数の刃。
紫色の、まるで十字架のような両刃の剣。刀身の色さえも濁った醜い紫色のそれは、クライムの能力。
――レアスキル、『異端狩りの刃(ブレイズ・オブ・セント・クロス)』
効果は至極単純。使用者が望む限り、無限の刃が紡がれ続ける力。そこに代償はない。正に破格の能力だ。エネルギー保存の法則を何だと思っているのか。
「この刃の全ては墓標だ。私がこの手で葬り、あるいは私の指示によって葬られた者たちの。そして――この世に墓標を刻むことが許されなかった、我が同志たちの墓標でもある」
シャン、という音と共に刃の葬列が現れる。いつの間に展開したのか、千を数えようという刃がソラとクライムを取り囲んでいた。
「数は――我が同志、ウィル・ガーデンズとリヴァイアス・バルトマカリ。ギレン・リーを加え、966本と……半分となる」
ヒュン、という風切り音と共に、刀身が半分しかない剣がクライムの手に握り締められる。
「この刃は私だ。この刃を持って相対するのは、キミを含めて三人目。一つは、我が配下となる条件に刃を突きつけてきた『戦争狂』。一つは、今日の管理局を支える『英雄』……一つは、『何者でもない』キミだ」
刃の葬列が角度を変える。その切っ先の全てが、ソラを狙う。
「死の嵐を生き残れるか、管理局」
「――――」
一閃。陽光の輝きが、一本の剣を砕いた。クライムが眉をひそめる。
「……この世に、墓標を刻むことが許されなかった?」
静かに、ソラは呟くように言う。その瞳は、自身が纏う光の如き美しさを以て輝いていた。
「ざけんな……ふざ、けんなッ!!」
咆哮。噴き出すような魔力。満身創痍であるはずの少年は、しかし、彼が一度も発揮できなかったその本領を、本気を、その身に纏う。
「墓標ならある!! 侮辱すんじゃねぇよ……させるかよ、させてたまるかよ!! あいつは俺なんかよりもずっと、ずっと生きてたんだよ!! あいつの墓標はここじゃねぇ!!」
何故、これほどまでに怒っているのか。激昂する意識とは別の酷く冷めた意識は、その理由を理解していた。
――羨ましかったのだ。
死に瀕したその瞬間に、自分の命よりも大切なものを迷わず口にできるその姿が。ましてや、敵である自分に躊躇なくそんなことができる心が。
あの少年にはきっと、喝采されるべき何かがあった。語り継がれるべき物語があった。ならば、その墓標は少年の果てであるあの場所に建てられるべきなのだ。
決して――こんな場所ではない。
「熱いな少年。思い出すよ。英雄がまだ英雄ではなく、ただの若造の姿で私の前に立った日を。そうか。管理局……まだ、いるではないか。次代を担う英雄候補が」
「…………」
ソラは無言でアルガンツァを構える。だが、そんな姿を見たクライムは静かに首を左右に振るだけだ。
「しかし――なればこそ私はキミを殺さねばならん。英雄など必要ないのだ。英雄が必要なのは乱世のみ。私たちの勝利の後に訪れる地獄にこそ、英雄は必要になる」
「……させるかよ、そんなこと」
「キミの意見など求めてはいないよ、少年。いずれにせよ、キミの命運はここに尽きる。966――いや、965本の刃。無限には程遠いが……なに。キミ一人を塵芥に帰すのに、これ以上は必要なかろう?」
そこで、クライムが初めて笑った。
嘲笑。こちらを完全に侮った笑み。
対しソラはその瞳を細め、吠える。
「――上等!!」
爆発するのは、紅蓮の炎。自らの魔力を通常の変換プロセスを通し、炎へと変換させる。
同時、刃が唸る。
「エクスプロージョン!!」
ソラが吠える。彼が振るった技――魔法は金色の炎を纏う騎士のもの。振り撒かれる炎。それらは剣を吹き飛ばしていくが、時間差によって放たれているそれは一撃では焼き切れない。
「――くっ!」
体を捻り、致命傷を避ける。だが、避け切れず身を掠める刃がその身を削り取っていく。
噴き出す鮮血。その中でソラはいまだ炎を纏う槍をもう一度振り抜いた。
「飛竜!! 一閃!!」
ヴォルケンリッターが一角、烈火の将シグナム。
騎士の中の騎士たる彼女の技を、ソラは不恰好に再現する。騎士たる彼女本来の技は炎を纏った連結刃による広範囲の攻撃だが、ソラのそれは炎を放つだけの技。
しかしそれでも、効果は十全。
剣が燃え落ち、炭となる。いける、ソラがそう感じた瞬間。
「――――ッ!?」
ドンッ、という衝撃音と共に、右腹部へ一本の剣が深々と突き刺さった。続けて、数十本の剣が飛来する。
「――かふっ……!?」
呻き声が漏れた。刃を咄嗟に弾きはしたが、防ぎきれなかった。左腕を深く切り裂いた刃のせいで左腕はもう動かず、右足も同様にやられた。貫かれた腹部は熱を持ち、全身を気怠さが襲う。
――ツウッ。
切り裂かれたこめかみから夥しい量の血が流れ出し、右の視界を塗り潰す。一瞬、ほんの一瞬、炎で焼き切れなかった刃を見逃しただけでこの有様。
情けない、とソラは内心で呟く。恐ろしいことに、こんな状況でも彼の精神は安定を保っていた。
心臓が高鳴ることはなく。
恐怖を覚えることもない。
ただ寒々と、冷静にして冷徹なる心で自身の状態の把握に努めている。
――怪物。
酷く鮮明に、その単語がソラの脳裏を過ぎった。
「――勝負とは、刹那に決まる」
声が響く。残った左の視界に映るのは、刃の葬列。気配でわかる。360度、全方位を囲まれた。
「如何なる強者であろうと、敗北など一瞬に過ぎん。我が刃……60も砕いてくれた返礼、させてもらおうか」
「……別に、わたしが死んだところで何かが変わるわけでもなし」
不意に、ソラが言葉を紡いだ。だらりと手を投げ出し、無防備な体勢を取る。
「世界は変わりませんよ、自称・変革者殿。こんなことで変わるほど、この世界は甘くない」
「ほう……どういう意味だ」
「誰も彼も、自分を特別だと思い過ぎです。人はどこまで行こうと一人きりなんです。あなたがどれほどの力を持とうと、たった一つの事件で世界を変えることはできない」
「……一人ではない」
クライムは、ふっ、と微笑みを浮かべた。
「我が手にはいくつもの同志がいる。手札は揃った。揃ったはずだったからこそ、私はこうしている」
「手札、ですか」
「将たる者は非情であらねばならん。まさかそれがわからないというほど愚かでも無かろう? キミは優秀だ。故にここで殺しておかなければならない。キミだけではない。ここに集う管理局の英雄たち……彼らにもまた、ここで死んでもらう」
――ヒュン。
風切り音。ソラの頬を浅く切り裂く位置を駆け抜けた刃が視界に映る。
切り裂かれた頬から、血が流れ出した。
「英雄とは大衆にとって寄る辺となる。なってしまう。その英雄が乱世の英雄であれば私も望むところであるが……管理局となれば話は別だ。管理局に英雄は必要ない。嘘偽りの英雄など」
「英雄に嘘も偽りもないでしょうに。私自身、英雄を奉る弱者の身でありますからわかります。ここにいる英雄の中に、偽物などいない」
「吠えたな、少年。ならば自身さえも偽り無き英雄と語るのか?」
無数に並ぶ刃が、その威容を増す。下手な受け答えは死に繋がる。というより、すでに死は定められた運命。
故にソラは、吐き捨てるように言い切った。
「――俺はただの魔導師だ。英雄じゃない」
クライムは一言、そうか、と呟く。そして。
――空間が、爆ぜた。
全方位より迫り来るは、バリアジャケットを纏わぬソラなど容易く切り裂く無限の刃。しかしその全ては、ソラに到達する直前に動きを止める。
「…………ッ!?」
呻き声が漏れた。見ると、クライムの背――それも彼が体を貫かれ、癒えていない傷口に一発の魔法弾が突き刺さっていた。
「敵殺す直前にベラベラベラベラと……あんた、馬鹿だろ?」
――パチン。
指を鳴らすその音と共に魔法弾が炸裂する。そもそもクライムは体を貫かれるような重傷だったのだ。その傷口を広げるような一撃に、流石のクライムも意識を飛ばしかける。
「――――!」
だが、それでもクライムは意識を振り絞り、刃を操作。ソラへと狙いを定める。しかし、殺到した刃はあろうことかその体を通過した。
「…………幻、術……ッ……!!」
クライムが呻き声を漏らす。その背後から、ソラの声が響いた。
「ご高説ってのは信念持ってる奴に言えよ。俺みたいな『何もない人間』には何の重みもない」
酷く冷たい目。彼をよく知る者――例えば、ファイム・ララウェイならば気付いただろう。ソラ・ウィンガードが自身を『わたし』と呼称する時は、文字通り自身を偽る時。
彼にとって大儀など意味はない。それでも彼がそれらしく言葉を紡いだのは、時間稼ぎのため。
ソラがしたことは単純だ。クライムと話をしている間に幻術と転移魔法の準備を進め、魔法弾に気を取られたその一瞬の隙に同時発動。背後を取る。口にすれば簡単だが、多少魔法に明るい者なら、これが不可能な絵空事であることがわかるだろう。
マルチタスク……平行同時独立思考。一度に複数の考えを巡らせるというのは魔導師にとっては基本技能である。例えるなら右手と左手で別々の絵を同時に描く、といったものだが、これは訓練でどうにかなる。しかし、同時にいくつも思考できる、というのは決して同時にいくつも魔法を紡げるということにはならない。
この世界における魔法とは科学の究極系である。凄まじい演算を必要とするそれは同時にいくつも展開できるものではない。
いかな天才とて三次関数や四次関数の入り乱れる数式を二つ以上同時に脳内で展開するなど不可能だ。
しかし、ソラはそれをする。
あのホムラ・イルハートでさえ辿り着けなかった領域へ。何人も侵すことが許されない領域へ足をかけることが許される。
「フルドライブなんて一日に二度もするもんじゃないんだよ。寿命縮むし。だから……一撃だ」
クライムが、その手に唯一握った折れた刃を振り抜く。
打ち込まれる一閃。その一撃とソラの握るアルガンツァの一閃が、宙で激突する。
――二つの刃が砕け散る。そこへ。
「我流極星――」
圧し折れた、受け継いだ槍。切り離されてしまった刃の部分を魔力で強引に操り人形のように動かした左腕で掴み、腰を回す。
傷口から体が悲鳴を上げるかのように血が噴き出しているが――知るか、そんなもの。
――死んだなら、それはそれだ。
「――流れ星ッ!!」
駆け抜ける、二筋の閃光。
『陽光』の名に違わぬ夕暮れの色を映したの一撃が、クライムという男の最後の抵抗である障壁を食い破る。
――轟音。
勝者は、英雄でも、エースでも、ストライカーでもない人間。
敗者は、世界を変えようとし、多くの混乱を生み出した管理局、かつての闇。
だったのだが――……
「……逃がしたか。ま、いいか別に。右腕はきっちり頂いたし」
ふう、と息を吐く。痛みはない。正直かなりヤバいのだろうが、知らん。死ぬならそれはそれ。
パキンッ、という澄んだ音が響いた。粉々に……文字通り、金属の粒となって消えていく。
残ったのは、罅の入った小さな宝石。
アルガンツァの――コア。
「お前の主はこれで納得してくれるかな……? してくれると嬉しいんだけどねぇ……」
視界が霞む。血を流し過ぎた。というか、今まで意識が飛ばなかっただけでも十二分に奇跡である。
「……つーか、運命とか……あの小さい体にキツいもん、背負ってるよな……ホントに。出来りゃあ……うん……? 出来りゃあ、何だ……?」
意識が、途絶える。
体が、墜ちていく。
――薄れゆく意識の中。
何かが受け止めてくれた感触を、感じた。
◇ ◇ ◇
「聞こえるか、おい。聞こえてんなら返事しろ。くそ、こっちもダメか。おい、ヴィクトリア。次――」
『いや待て少しくらい待てよ!』
怒鳴り声が聞こえた。その声に対し、カグラは馬鹿野郎、と言葉を紡ぐ。
「こっちにゃ重傷者がいるんだ。大声出すなタコ」
『テメェ誰だ!? ソラはどうした!?』
「ああ、そこから説明しなきゃなんねぇのか。俺だよ、カグラ・ランバード。色々あってな。ちょいと手ェ借りてぇからこうしてんだよ」
頭を掻きながらカグラは言う。今、彼はアリアとソラが呼んだ少女と共に物陰に隠れている状態だ。少女に応急処置は施したとはいえ、このままでは危険であることも明白。
そのため、援軍を呼ぼうとしていたのだが――
『はぁ!? 嘘吐きやがれ!』
「おいコラ小僧。テメェ、口のきき方を――」
『おっさんは今俺たちと戦ってんだ! そこにいるはずがねぇんだよ! この非常時にわけわかんねぇこと言ってんじゃねぇ!』
ピクリと、カグラの眉が跳ね上がる。真剣な表情。彫刻のような冷たさを纏うその口から紡がれた言葉は、先程までとは雰囲気が違った。
「おい小僧、詳しく説明しやがれ」
『はぁ!? だからテメェ――』
「ぐだぐだ言わずに回答だけを口にしろ。時間がない。俺がそこにいるんだな?」
ぐっ、という呻き声が聞こえた。こういう時、この男は聡い。
『ああ、けど魔力値がおかしい。明らかに俺より上だ』
「……完璧に偽物じゃねぇか馬鹿野郎」
『……私たちもそう結論付けましたが、カグラさんが行方不明という事実もあります。故に、完全に偽物だと断じるわけにはいきません』
「じゃあ俺が証明してやる。俺はここにいるぞ、嬢ちゃん。カグラ・ランバードはな、『英雄の残滓』だ。相棒だと信じた男に墜とされ、這いずり回って戦い続けてる馬鹿だ。少なくとも、ことここに及んでお前らと正面切って戦うようなことはしねぇ」
ミリアムの言葉に、強い口調でカグラは言い切る。……誰かは知らないが、上等なことをしてくれる。
「俺の偽物はデバイスを持ってたか?」
『いえ……持っていませんでした』
割り込んできたのは、別の声。聞き覚えがある。この声は――
「執務官の嬢ちゃんだな? ならそれが答えだ。俺のデバイスは昔から『ヘルダスト』だけ。第一、デバイス無いなら気付け馬鹿共」
『でも、バリアジャケットは纏っていましたし……』
「防護服なんざデバイスなしでも作れる。……他には?」
『そういや、なんか魔力光が一定じゃなかったような』
「――俺のレアスキルだな」
吐き捨てるようにカグラは言う。そして、それが偽物の証明だと言葉を紡いだ。
「俺のレアスキル……『虹色吐息』。魔力光を自在に操り、幻術魔法を常時展開する能力だ。知っているのは俺を含めて数人。そして俺は全盛期にそれを使ったことは一度しかない」
だからこそ、それが証拠だ、とカグラは言った。
「読めてきたぜ、クソッタレが。そこまで完成してるとはな……」
『どういうことです?』
疑問の声。カグラは頷いた。
「時間もねぇだろう。手短に話す。そっちの面子は?」
『私とリューイ、ミリアムと、気絶してるスバルとエリオが……』
「その二人、叩き起こせるか?」
『おそらく』
「ならやってくれ」
ふう、とカグラは息を吐いた。通信の向こうから、呻き声が聞こえる。
「目ェ覚ましたか? いいか、気を引き締めろ。テメェらが相手してる俺は偽物であって偽物ではない――『プロジェクトF』の産物だ」
『『プロジェクトF』……』
呻くような声が聞こえた。エリオのものだ。だがカグラは敢えてそれを封殺し、言葉を続ける。
「お前らが目にしてんのはその完成形。本来ならあってはならないものだ。……この完成が意図的なものか偶発的なものなのかは知らん。知る気もねぇ。今必要なのはどうやって俺を殺すかだ。もう理解してると思うが、俺は強い。はっきり言って全盛期の俺がレアスキルまで持ち出したら高町の嬢ちゃんとも互角以上にやり合える」
ごくっ、と唾を飲み込む音が通信越しにカグラに届いた。しかしこれは基本なのだ。これを理解した上で対策を立ててもらわねばならない。
カグラ・ランバードの自己評価に過ちはない。かつての彼はホムラ・イルハートが反旗を翻した際、レアスキルを封印した状態で五人のSランク魔導師と殺し合い、そのうちの二人を絶命させている。結果として魔力の大半を失うこととなったとはいえ、その能力を考えると過大評価にはならない。
「レアスキル――『虹色吐息』はお前らが思ってる以上に厄介な能力だ。常時幻術化……無色の魔法弾と、光の乱反射で俺の実像を覆い隠す。対策は二つ。一つは俺個人を狙って攻撃するんじゃなく、空間そのものを攻撃すること。そこに俺がいる以上、空間ごと吹き飛ばされたら幻術も意味がない。そしてもう一つは――――…………」
説明は手早く。正直、話すのも辛いのだ。
故にこそ。
『わかりました、やってみます』
代表するように、リューイが言い。
カグラは、微笑む。
「気張れよ、ガキ共。……今回、管理局がこうしてやり玉に挙げられた。悪評が立っちまったもんは仕方ない。だがな、覆せるのは次世代のお前たちだけだ。英雄はすでに英雄なんだ。嬢ちゃんたちがどれだけ活躍しようと、結局それは英雄が相応の活躍をしたに過ぎねぇ。いいかお前ら。そこにいるのはかつての俺であり、過去の残滓だ。――打ち破れ」
笑みと共に、カグラは言い切る。
「俺の答えはとっくに世界に示した。次はお前たちの番だ。さあ、願いましては。お前らの掛け金は――信念は、何だ?」
答えは返ってこない。だが、それでいい。
通信の向こうで、轟音が響いた。カグラは、吠える。
「さあ行けガキ共!! 捻じ伏せてみせろ、管理局の力を証明してみせろ!!――返事はどうした!?」
『『『『『応ッ!!』』』』』
デジャウ。かつて真竜を倒した時も、同じことをした。
嗚呼、とカグラは納得する。
自分の役目は、これなのだと。
後継者に託して、自分は――
…………。
……………………。
………………………………。
バサッ、という翼のはためく音が聞こえた。人影。黒き飛竜――サリヴァルムに寄りかかるように立つ少年が、こちらを見る。
「――勝ったか?」
「無論」
ボロボロの体で、少年は頷いた。そして、言う。
「逃げられましたが、右腕を頂いてきました。そちらは?」
「……若い奴の、背中をな。年取ったな俺も」
「来年三十ですもんね」
「違ぇねぇ」
くくっ、とカグラは笑う。そうしてから、ふう、と息を吐いた。
「ちょっと、眠いな」
「……ですね。それそろ、限界が」
ドサッ、という音。ソラの体が、地面に横たわる。
同時に、懐から煙草を取り出したカグラの手からも、それが落ちた。
『ギャウ!?』
《ちょっ、二人共!?》
サリヴァとヴィクトリアが叫ぶが、二人は応じない。
じわりと、血が滲んでいく。
――二人が動く気配は、なかった。
◇ ◇ ◇
「……十七分と、五十二秒。直接戦闘には恵まれないその才能で、よくここまで耐えたものです。流石はゆりかご戦役の英雄が一人、八神はやてとそのユニゾンデバイス、リィンフォース」
静かな声色。それは純粋な賞賛と、それとは別の哀しみを纏っている。
立っているのは、テンリュウ・シンドウ。倒れているのは、深いダメージによりユニゾンが解けてしまった八神はやてとリィンフォース。
勝敗は、ただその事実だけで理解できる。
「やはり人間というのは素晴らしい。絶望を前にしてそれでも向かっていくことができるだけの力を……勇気を持っています。ただ悲しいことに……あなたの勇気は、蛮勇としてここに果てる」
「……ッ、うっ」
はやては起き上がる。だが、立つことはできず、痛む体で床に座り込んだままだ。だがはやてはそんな状態でも意識を失っているリィンフォースを抱き上げた。
「リィン……」
「死んではいません。殺す気もありません。しかし、これ以上抗うのであれば私はあなたたちを殺害の必要があると認識せざるを得なくなる」
紅に染まった刀、血桜。その刃を眼前に突きつけられる。
認識せざるを得ない――その言葉は、まるで。
懇願しているように、はやてには聞こえた。
「私に命じられた絶対の命令は『何者であろうと生きてこの先へは進ませないこと』。その方法は私に一任されていますが、いずれにせよ敗北しない限り私は誰も通すことはできません。そしてここが『私たち』にとっての楽園である以上、神道天龍は敗北を許されない」
それが枷。この地において彼女が――『神道天龍』が敗北する時は、『死ぬ時』以外に許されない。ここはそういう場所だ。終わりの地であり、最後の地。
「退くならば追いません。選びなさい。ここで死ぬか、逃げ延びるか」
首筋に当てられる刀。皮膚が薄く裂かれ、血が流れる。
はやては、ギュッ、とリィンを強く抱き締め、そして。
前を――見る。
「――どちらも、選ばへん」
八神はやての回答は、それだった。
ほう、とテンリュウが言葉を零す。
「自らが吐いた言葉の意味……理解していますか?」
「理解しとるよ。たしかに、わたしでは勝てへん。けど、それでもや」
刃を、はやてはその手で掴む。手が斬られ、血が滴るが……そこに怯えは欠片もない。
ギシッ、という刃が軋む音。テンリュウは、内心で呟いた。
――動かない。
物理的にも。精神的にも。
勝者であるはずのテンリュウが、気圧されていた。
「諦めはせぇへん。絶対、絶対にや。ここで立ち止まったら、わたしはわたしを許せない。彼の……彼の命を擲ってまで、わたしはこっちを選んだ。この道を選んだ。戦い続けることを選んだ。今更――止まらへん!!」
吹き荒れる魔力。折れぬ心。
不屈のエースは、ここにも。
――いや。
これほどの強さを彼女に与えたのは、きっと……。
「もう、戻らへん。選択の時は過ぎ去った。だからわたしは戦い続ける。誰に言われたわけでもない、わたし自身の意志で。わたしは生きてるんや。生きてここで、戦えるんや!!」
展開される術式。それは、空間魔法。
(装填術式――こんな高度なものを!?)
紡がれる魔法に、テンリュウは驚愕する。装填術式――それは、戦闘魔導師によって開発された極めて実践的な術式だ。予め詠唱をしておいた術式を、自身の中へ固定。それを放つ。
一言でいうと簡単な術式だが、無論、そんな生易しいものではない。固定するために常に魔力を消費する必要がある上、固定することにも演算能力を裂くことになるため、実戦的と言われながらも実用には至らなかった術式でもある。
しかし、たった一度。最後の切り札としてならば。
「――遠き地にて、闇に、沈め――」
加えて、巨大な魔法を維持できるだけの魔力量を有しているならば。
或いは――実用は不可能ではない。
「ディアボリック・エミッション!!」
――――――――!!
音が消え、空間が制圧される。空間そのものを打ち砕く、大魔法。その威力は破格の一言だ。
崩れゆく石柱や壁。部屋の形が丸ごと変わる中、紅蓮の煌きが迸る。
「……見事」
――一閃。
その身に傷を負いながらも、しかし、衰えぬその刃の一撃により、はやての体は正面から斬りつけられる。
深い傷。はやては短い声を漏らし、その体から夥しい量の血を流し、倒れ込んだ。
「流石に私も余裕がありませんので……一刀の下、沈んで頂きました」
血が飛び散る。珍しく息を乱している彼女は一度大きく深呼吸をすると、虚空を見つめた。
そして。
――ピシッ、と虚空が割れる音が響いた。
世界が――割れる。
「この世への未練を、未だ持ち得ているのですか?」
テンリュウはその手に持つ得物を握り締め、言い放つ。
「――孤独なる英雄よ」