魔法少女リリカルなのは~優しい嘘~   作:アマネ・リィラ

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第三十八章〝その背を、超える時〟

 

 響き渡る轟音の嵐。文字通り身を裂かれるような嵐の中を、五人の魔導師と一人のユニゾンデバイスが駆け抜けている。

 

 スバル・ナカジマ。

 エリオ・モンディアル。

 ティアナ・ランスター。

 リューイ・エンドブロム。

 ミリアム・エンドブロム。

 

 そして――カグラ・ランバード。

 

 管理局の英雄と、それに正面から挑むのは次代を担う若き魔導師たちの激突。その圧倒的な魔力の衝突は最早暴風である。周囲の壁は軒並み砕け散り、豪奢な造りであった内装は見る影もない。

 

「どうしたガキ共。この程度か?」

 

 その暴風の中心で笑うカグラ。その周囲には七色の弾丸が浮かぶ。

『虹色吐息』――あらゆる魔力光を纏い、幻想を撒き散らす力。無色という不可視の弾丸や、光の乱反射という現象により姿を隠すという行為まで行うという、白兵戦においてこれほど単純な意味で強力なスキルはそうそうない程の力だ。

 

「おおおっ!!」

 

 弾丸の嵐を踏破し、リューイがその大剣を振りかぶる。狙うは一撃の必殺。しかし。

 ――その一撃は、カグラの体をすり抜ける。

 

「ハズレだ、小僧」

 

 横から聞こえてくる、声。それと同時、リューイの顔面に拳が突き刺さる。

 吹き飛ぶリューイ。拳の威力のせいで視界が明滅している。

 ――光の屈折率の利用による幻術。偽りの姿を映し出す虚像。

 何度目かわからないそれに、リューイは再び膝をつく。

 

「ぐっ、あ……!」

『マスター前を!!』

 

 呻くリューイに突き刺さるような声が届いた。瞬間、リューイの顔の横をオレンジ色の弾丸が駆け抜ける。リューイに追撃を仕掛けようとしていたカグラに向かってその弾丸は一直線に迫るが、再びその体を通過するにとどまる。

 ――また、虚像。

 

「ふん……そろそろ飽きてきたな」

 

 カグラが言葉を紡ぐと同時、ヴンッ、という音と共に魔法陣がいくつも展開される。それと並行してカグラの姿も増えた。

 数は――七人。

 幻術であるとはわかっていても看破できない術式の制度を以て、英雄が立ち塞がる。

 

「超えられないならそれで構わねぇよ。ここで――死んでいけ」

 

 吹き荒れるは魔力の嵐。七つの魔法陣はそれぞれ虹のように別の色を纏い、光り輝く。

 

「煌めくは清廉。輝くは荘厳。泡沫の夢なれど、万物に触れし空想は具現に至る」

 

 七人のカグラがそれぞれ別の場所で同じ詠唱を唱和する。その場の全員が同時に表情を変えた。

 

 ――マズい!!

 

『マスターッ!!』

「わかってる!!」

 

 最初に動いたのはリューイとミリアムだった。ミリアムの力によりリューイの大剣『ブラッディハウンド』に暴風が宿る。それと同時に、リューイはそれを振り抜いた。

 

「吹っ飛べ!!」

『ウインドシュトローム!!』

 

 剣に宿った暴風に指向性を持たせ、広範囲を殲滅せしめる強力な一撃。ミリアムとリューイがイメージだけで扱ってきた即席の技だったが、ここに来てようやく形となる。

 暴風は周囲の壁を抉りながら一直線にカグラを狙う。しかし、リューイたちを囲むようにして佇む七体のカグラ全てを消し去ることはできず、一方向の三人に直撃した。また、その三人は幻影だったようですぐさま消える。

 その代わり――魔法陣の三つを消滅させた。カグラが笑みを浮かべる。

 

「――幻想の果てに真実を」

 

 だが、それをリューイたちが目視できたのは一瞬。詠唱が完了する。

 

「セヴンス・ヘヴン」

 

 ――世界が、染まった。

 視界の全てが七色の『何か』で覆い尽くされ、同時に体を凄まじい衝撃が駆け抜ける。

 

(――まず、っ、……これは……ッ……!?)

 

 飛びそうになる意識を必死で抑え込みながら、リューイは内心で焦りを募らせる。目を開けているはずなのに視覚は完全に潰されている。体も、今自分が立っているのかどうなのか、その確信が持てないくらいに不安定だ。

 意識が歪む。何もわからない。痛覚の許容量を超えたせいか、衝撃しか感じない。

 

 ――意識が――もう――……

 

「――ッ、ふざけんじゃないわよ!!」

 

 霞み行く意識を取り戻させたのは、そんな声だった。同時、七色に染まったの視界が急速に色を取り戻す。

 

《Star Light Breaker》

 

 紡がれるのは、星の光を受け継ぐ魔法。ティアナが構える彼女のデバイス、クロスミラージュが変形し、長距離砲撃用の形を見せる。

 

「スターライト・ブレイカー!! シフト《ファントム・ストライク》!!」

 

 歯を食い縛り、ティアナが吠える。その銃口に収束しているのは、彼女のオレンジ色の魔力を中心に固められたカグラの魔力。

 

「ほぉ……俺の魔力を飼い馴らすか。いいぜ、嬢ちゃん。やってみな。ただ、忠告してやる」

 

 バチン、という凄まじい衝撃音。ティアナの収束する魔力に、亀裂が入る。

 

「俺の魔力は、じゃじゃ馬だぜ?」

 

 ――ビキビキビキッ!!

 

 綺麗な球体を描いていた魔力が、急激に歪み始める。ティアナは片膝をつき、しかし、震える体で暴発しそうになる魔力を強引に抑え込む。

 

 目が、合った。

 

 リューイの今の立ち位置は、カグラとティアナの間だ。このまま撃てばリューイは巻き込まれる。スバルとエリオがそれに気付くが、その二人はすでにティアナの後ろにいる。前には出れない。

 そして――リューイが下がる時間もまた、ない。

 

「――――…………」

 

 短く、リューイは呟いた。魔力が吹き荒れ、凄まじい音を立てる戦場において、その声はきっと届かない。

 しかし、ティアナにはわかった。目で、彼女が問う。

 ――いいのか、と。

 この状況下、手加減などする余地はない。それでも良いのかと。

 リューイは、頷く。

 笑っている。

 

 迷う時間は――ない。

 

「――ブレイカー射出!!」

 

 抑え込むのも困難。故に、ティアナは引き金を引いた。

 圧倒的な魔力の奔流が駆け抜ける。カグラの言っていた『範囲の攻撃』――これがその解答だ。

 

「ミリアム!!」

『イエス、マスター!!』

 

 対し、リューイもただ黙ってやられるわけではない。目を凝らし、五感を研ぎ澄まし、前を見る。

 ――目に入るのは、僅かな歪み。透明な何かが蠢いて見えるように感じる空間。

 

「おおおっ!!」

 

 駆け抜け、剣を振り抜く。硬い何かに当たった感触。即座にリューイの足下に魔法陣が展開された。瞬間、空間が軋みを見せる。

 現れたのは、魔力で強化した腕で剣を受け止めるカグラの姿。

 

「……テメェ」

 

 呻くように、カグラが呟きを漏らす。リューイは左手を柄から話すと、カグラの腕を掴んだ。

 

「俺の――いや、俺たちの勝ちだよ偽物野郎」

『チェックメイトです』

 

 ――膨大な魔力の奔流が、二人を押し流すように包み込んだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 スターライト・ブレイカーが吹き飛ばした通路。一部は壁が吹き飛び、外の光景が見て取れる状態になっていた。それだけで、どれだけの威力を誇っていたのかがよくわかる。

 

「……ティア」

「……ティアさん」

 

 スバルとエリオがもどかしそうに声をかける。ティアナは、ぐっ、と強く唇を噛み締めた。

 直撃の瞬間、ティアナには見えた。リューイが体を張ってカグラを射線上に固定したところが。いかに範囲を攻撃するものとはいえ、直撃しなければ意味がない。そういう意味でリューイの行動は正しかった。そして、状況を打破するために引き金を引いたティアナもだ。

 だが――割り切れないこともある。

 その行為が正しかろうと、納得できないことはあるのだ。

 

「…………ッ」

 

 俯くティアナ。何れにせよ、引き金を引いたのは彼女である。正しかろうと正しくなかろうと、彼女自身が納得できないのであればその括りに意味はない。

 ただ、勝ったことは事実だろう。いかにカグラ・ランバードとはいえ、あの砲撃を食らって無事とはいかない。

 

《相棒、前を》

 

 だが、緩みかけた空気を引き締める声が響いた。スバルのデバイス『マッハキャリバー』だ。瞬間、声が響き渡る。

 

「いい魔法だ。だが、威力が少しばかり足りねぇな。俺を沈めたければ、あそこから更に畳み掛けてこい」

 

 煙が晴れる。姿を現したのは、健全な姿のカグラだ。彼は煙草を咥えると、火を点ける。

 紫煙をゆっくりと吐き出し、彼はその視線を三人に向けた。

 

「……で? 次は何を見せてくれるんだ、そこの三人――いや、四人は」

 

 ――風が吹いた。砕けた壁から差し込んでいた陽の光。夕焼けの色を帯びていたそれを遮り、大きな影が姿を現す。

 

「フリード!! ブラストレイ!!」

「ギャオッ!!」

 

 現れたのは、ピンク色の髪を有した竜使いの少女と、その飛竜。

 竜の口から放たれる熱線が、世界を歪める。カグラは、ふん、と鼻を鳴らした。

 

「プロテクション」

 

 カグラが手を翳すと、障壁が展開される。若齢とはいえフリードリヒは竜である。それこそ暴走でもすれば街一つ破壊するほどの力を持つ。しかしカグラは、平然とその竜の一撃を受け止める。

 

「はああっ!!」

 

 だが、この戦場にいるのはその竜のみではない。高速で走る紅き騎士が、全力でその槍を振り抜く。

 ちっ、という舌打ちを零し、カグラはその場を飛び退いた。そこへティアナの放った魔法弾が飛来する。カグラはそれを避け、フリードが陣取る場所とは別の場所から中空へ躍り出た。

 

「ふん……JS事件のFW共の集合か。丁度いい。お前たちに教えてやるよ。空戦魔導師の頂点の力をな」

 

 失楽園シャングリラ。空に浮かぶそれから一歩外に出れば、そこは無限の空が広がる自由な世界だ。そして同時に空はその場所を戦場とする空戦魔導師の独壇場。

 そして、大地を駆け回る陸戦魔導師にとってはただ見上げるだけの――死地。

 

「室内はどうも窮屈でやり辛ぇことこの上ねぇ。――さあ、来いよ。格の違いを教えてやる」

 

 魔力の圧力が増す。同時にカグラの背後に再び七つの魔法陣が展開された。全てが別の色を宿すそれは、先程全員の意識を奪おうとした魔法と同じもの。

 

「――スバル」

「うんっ!」

 

 躊躇はない。戦場は常にその様相を変えていく。有利な状況で戦えるならばそれは願うべきことだが、常にそんな状況で戦えるわけがないのも事実。ならば、敵の領域に飛び込む覚悟も必要だ。

 

「ウイングロードッ!!」

 

 描かれるのは、無数の軌跡。空に描かれた蒼い軌跡は、カグラを中心として戦場を形作る。

 紡がれた数多の道。その全ては、カグラを終着点として交錯している。

 

「ふん……陸戦魔導師としちゃあ、これが最上の選択だろうな」

 

 デジャヴ――微かに感じたそれを意識の隅に追いやり、スバルは疾走する。それを見送りながら、ティアナが指示を出した。

 

「キャロ!! こっちへ来て!! リューイとミリアムの治療をお願い!! エリオ!! スバルと一緒に攻撃開始!! あたしが援護する!!」

「「はいっ!!」」

 

 二人が応じ、それぞれの居場所が入れ替わる。キャロはティアナの側へと転移すると、倒れているリューイとミリアムの下へと駆け寄った。意識して視界から外していたが、あの二人の状態は良くない。この戦いでの復帰は絶望的だ。

 エリオはフリードに飛び乗ると、スバルと共にカグラへと突撃を敢行する。その二人が到着する前に牽制のために放ったティアナの弾丸がカグラに直撃したが、片手で振り払われた。

 

「固定開始。――展開。掃射」

 

 カグラが短く言葉を紡ぐと、魔法陣より出現した無数の魔法弾がスバルたちに向かって降り注いだ。スバルとエリオは直進を諦め、それを避けながら歩を進めていく。

 カグラが先程放った魔法――『セヴンス・ヘヴン』は空間魔法だ。非殺傷設定の究極とも思える魔法とティアナは理解した。何しろ視覚を始めとした全ての感覚を閉ざされた中で凄まじい魔力に押し潰され、魔力ダメージでノックダウンさせられるという代物なのだ。多人数を制圧する魔法としては、これ以上ない魔法である。

 ティアナが先程それを打ち破れたのは、収束砲である『スターライトブレイカー』を形成するための魔力スフィアを予め用意していたからだ。それで強引に魔力を集め、術を止めた。

 二度やれるような手ではない。向こうがどういう気か知らないが、こちらは全員がもう限界に近いのだ。

 

「スバル、エリオ、キャロ。聞こえる?」

 

 物陰に身を隠しながら、ティアナは三人へ指示を飛ばす。そうだ。これが自分たちのスタイルだ。相手が格上でも戦術面でそれを補い、制圧する――JS事件で偉大な先輩たちが自分に求めたのはそういう力だ。

 ならば――やってやる。

 ――『エース・オブ・エース』を、制圧してみせる!!

 

「相手はカグラさんの偽物。そこを突くわ。タイミングをずらせば終わりよ。いいわね?」

 

 返事は待たない。待つ余裕もない。後は、信じるのみ。

 自身よりも圧倒的に強大な相手に向かって突き進む二人と、自分自身を。

 

「作戦は――――」

 

 喉が渇く。口の中が乾いて痛い。緊張する。それはそうだ。相手はあのカグラ・ランバード。偽物であろうとなんであろうと、その実力は本物だ。

 

「――――――――、…………――――」

 

 しかし、超えなければならない。いつまでも、いつまでもあの人たちに甘えるわけにはいかない。

 

 浮かぶのは、背中。

 

 自分たちに強さの意味を授け、夢に立ち向かうための力を教導してくれた不屈のエース。

 当然のように自分の手を引き、夢を叶える手助けをしてくれた、優しいエース。

 自分たちのような当時はただの新人だった有象無象を見出し、導いてくれた強きエース。

 

 そして。

 

 その三人とは全く違う『弱者としての強さ』を持つ、ただのエース。

 

 その遠い背中にそう簡単に追いつけるとは思えない。しかし、決めたのだ。追いつくと。追い越すと。ランスターの弾丸は、どんな相手だろうと撃ち抜けると証明するのだと、そう決めて。

 

 ――けれど、何ができた?

 

 ただ思い描くだけならば猿でもできる。だから、必要なのは踏み出す勇気だった。たった一歩でいい。全てを背負い、リスクを理解し、それでも尚、前へと進む僅かな勇気。

 そして、それを示すのは――今。

 今こそ、あの背中を追うための一歩を踏み出す!!

 

「――行くわよ!!」

 

 放たれる弾丸。それに後押しされるように、フリードが熱線を吐き出した。それはカグラを襲うが、障壁に阻まれて届かない。しかし、それでいい。目的は他にある。

 ストライカーたちが、その真価を問われる。

 

 

 ――――。

 ――――――――。

 ――――――――――――。

 

 

「……ちっ、煙幕のつもりか?」

 

 カグラが吐き捨てる。フリードの一撃の余波により、カグラの周囲に粉塵が舞い上がったのだ。それは煙幕のようにカグラから視界を奪う。

 

「だが……悲しいかな。そこが陸戦魔導師の限界だ」

 

 目を閉じ、カグラは耳を澄ませる。聞くのは、ローラー音。視界が潰された程度で焦り出すほど彼の神経は優しくできていない。

 

「そこだな」

 

 魔法陣が一斉に輝きを増す。現れるのは巨大な魔力スフィア。巨大な魔力にものを言わせたそれは、Sランク魔導師の全力砲撃。

 待ち受ける。そして、煙と共に現れたのは。

 

《Hello,BOSS》

 

 マッハキャリバー。スバルのデバイスが単機でこちらに突っ込んできた。それが駆け抜けた直後、背後に違和感を感じる。

 

「――――ッ!!」

 

 振り向き様に回し蹴りを叩き込むが、いない。そして。

 

「――ISッ、発動!!」

 

 戦闘機人モード。カグラを逃がさぬため、金色の瞳を有して現れた蒼き魔導師が、全力でその拳を構える。

 時間差攻撃――先にマッハキャリバーを行かせ、その後を少しだけ遅れてスバルが追撃する。騙された相手は、自身の死角から攻撃が来るであると予測して自ら背を晒すという寸法だ。

 もっともこれは三年前に行われた模擬戦でスバルが使った戦法の改良版である。プロジェクトF、という単語を聞き逃さなかったティアナが『カグラの偽物であるならばその戦法を記憶として知っている』と推測し、指示した作戦だ。

 自身で一度見ているが故に、カグラは反射的に背後を振り返ってしまう。それを衝く――そういう戦法だ。

 

「振動破砕ッ!!」

 

 ――ガドンッ!!

 

 最早人間同士の接触とは思えない音が響き渡った。咄嗟に張ったカグラの障壁は一瞬で吹き飛び、スバルの拳がカグラの腹部へと叩き込まれる。

 

「が、あっ……!?」

 

 体の骨が軋み、折れる音が響き渡る。それでもカグラは咄嗟に魔法を展開。右手から放った即席の砲撃魔法でスバルを吹き飛ばした。

 

「おおおっ!!」

 

 次いで、エリオの一撃が迫り来る。スバルが用意したウイングロードという足場を縦横無尽に駆け回り、自分自身にさえも負荷を与える一撃を繰り出す。

 高速の乱打。亜音速に近いその速さから繰り出される一撃は、スバルの一撃によって深いダメージを体に刻まれたカグラに更なるダメージを与えていく。

 

「ライトニング・インパルス!!」

 

 中空に描かれた無数の軌跡。それはエリオ・モンディアルがウィル・ガーデンズを打ち倒したのと同じ技。故に、最後の一撃もまた用意されている。

 

「紫電――」

 

 雷撃を纏うエリオのデバイス、ストラーダ。しかし、その一撃が放たれる瞬間、その腕が掴まれた。

 

「――舐めるなよガキが」

 

 エリオがカグラに向かっていくのと同時に突撃を敢行し、その腕を掴んだカグラが言うと同時、カグラの背後の魔法陣のうちの三つが煌めく。

 

「――――ッ!?」

 

 バインド。中空に縛られたエリオに、砲撃魔法を避ける手段はない。

 

「堕ちろ」

 

 エリオが砲撃に飲み込まれる。しかし、その寸前にエリオは叫んでいた。

 ――フリード、と。

 

「ギャウッ!!」

「ぐっ!?」

 

 今度はブレスではなく、その巨体を生かした体当たり。すでにボロボロの体でそれが受け止められるわけがなく、カグラは弾き飛ばされる。同時に、大きく血を吐いた。

 

「か……ッ、……舐め、るなッ!!」

 

 持ち直す。流石は音に聞こえた『エース・オブ・エース』。不死身とも呼ばれるその耐久力は称賛に値する。本来であればスバルの振動破砕が入った時点で決着が着いているはずなのだ。

 カグラは視線を巡らせる。感じるのは魔力。出所は――!!

 

「――――!」

 

 目が合う。ティアナ・ランスターだ。その後ろにはキャロ・ル・ルシエもいる。先程自分を巻き込んでくれたあの金髪の騎士はもう動けない。ならば。

 

「堕ちろ!!」

 

 残る四つの魔法陣から、臨界点を迎えた砲撃魔法が放たれる。一発一発が致命の一撃。非殺傷などという甘えは存在しない。

 

 

 ――――――――ッッッ!!

 

 

『史上最悪の概念兵器』とまで謳われる『失楽園シャングリラ』――一部とはいえ、その外壁が吹き飛ばされる。しかし、何故か直撃したその場所に、ティアナとキャロの姿があった。

 

「――くそったれが!!」

 

 カグラが吠える。それと同時に二人の姿が霞み、消えていった。

 ――幻術!

 

「……あの野郎の物真似は、相当癪に障るんだがな」

 

 カグラの耳に、そんな声が届いた。見ると、中空に佇むリューイが頭部や口元から血を滴らせながら腰を捻って『ブラッディハウンド』を構えている。

 カグラは知る由もないが、その構えはソラ・ウィンガードがかのリヴァイアス・バルトマカリを討ち取る際、両腕を奪った技に似ていた。

 それは、つまり。

 ――極限まで魔力を追求した得物の投擲!!

 

「この際だ――ごちゃごちゃ言ってる余裕はねぇ!!」

 

 ゴウッ、という音と共に金色の焔がその刃に宿る。そしてカグラがリューイの一撃に対して迎撃の構えを取る前に、その一撃が放たれた。

 

「おおおおッ!!」

 

 名などない、ただただ全身全霊を懸けて投擲するだけの魔法。単純。しかし、それ故に強力。

 

 ――轟音。

 

 放たれた一撃は、カグラに直撃。しかし、カグラは強引に身を捻り、直撃を避けた。当たり前だ。あんなものをまともに喰らえば文字通り命を持って行かれる。

 しかし、避け切れるものでもない。貰ってしまった一撃は左腕を持っていった。血が噴き出す。

 

「――――」

 

 その時、空を見上げたのは偶然だった。しかし、カグラは空を見上げた自身を、何となく、良くやったとそう感じた。

 

 空に浮かぶは、一人の魔導師。

 風を纏い、オレンジ色の砲撃をこちらに放とうと銃口を向けてくる、一人の女性。

 

 チラリと、カグラは視界を動かした。自身が落としたスバルとエリオの二人はどうしているのか。海に墜ちたか、と思ったが、そうではなかったらしい。

 キャロ――あの少女が、『ホールディングネット』で二人を受け止めていた。リューイもだ。

 

「……チッ」

 

 舌打ち。短いそれをカグラは零す。その視界の先には、もう一度紡がれたオレンジ色の、星の光。

『星の光の継承者』――物騒なものを、現代の『エース・オブ・エース』は遺したものだ。

 管理局。『記憶』の中では、随分とくだらない組織だと思ったが。

 何だ――いるではないか。

 

 英雄の、後継者が。

 

 その時の笑みはきっと、本当に満足したもの。

 だからこそ、受け入れた。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

『チャージ完了。射出可能です』

《Star Light Breaker》

 

 自身の内部から聞こえてくる声に、ティアナは小さく頷いて応じた。これが、ユニゾン。成程、とんでもない力だ。体の底から力が溢れてくるような錯覚を覚える。

 しかし、ミリアムとのユニゾンの相性はあまり良くないらしい。目に見えない圧迫感とでもいうべきものを感じる。だが、構わない。元々ユニゾンは出力強化のための策ではない。ティアナ・ランスターを空へと上げる。そういう策だ。

 スバル、エリオ、フリードの攻勢により、どうにかしてカグラの意識を集中させる。ここでの集中とは目の前のこと以外に気を配る余裕を失くさせることだ。先程の『スターライトブレイカー』を耐え切られた理由。それはチャージ不足だ。一瞬で組み上げた収束砲は、その真価を発揮できない。

 故にチャージの時間の確保と、射線上に相手を固定するための方法が必要だった。そのためにスバルとエリオにはギリギリのラインを走ってもらい、幻術まで使用した。

 その中で僥倖だったのはミリアムとリューイだ。チャージ不足だったおかげでダメージが思ったよりも浅く、二人は目を覚ました。そのおかげでカグラを撃つ際に『空中から』という方法――陸戦魔導師であるティアナがすれば、これ以上ない奇襲となる――を成すことができたし、リューイの一撃によって時間稼ぎとカグラの固定ができた。

 後は、自身にカグラを撃ち抜くだけの力があるかどうか。

 

(……なのはさん)

 

 最大の目標である人のことを思い浮かべる。あの人のようになりたい。不屈の心で誰よりも強く、誰よりも気高く、誰よりも自由に空を舞うあの人のように。

 ――だから、今。

 あの人と同じ場所にいるという英雄を、撃ち落とす。

 

「スターライト――!!」

 

 光が臨界点を迎える。放つ一撃は必殺。

 

 受け継いだもの。

 託されたもの。

 その二つを胸に――今こそ。

 

『「――ブレイカァァァッッッ!!」』

 

 放たれた砲撃がカグラ・ランバードを飲み込み、海へと突き刺さった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 感じたのは、柔らかな感触。カグラは、ため息を漏らした。

 

「甘いな。……敵を助けるなんてよ」

 

 ホールディングネットの上でカグラは身を起こした。当然のようにバインドがかけられている。

 

「…………」

 

 全員が無言。カグラはもう一度息を吐くと、苦笑を漏らした。

 

「見事なり、だな。……俺は偽物。泡沫の夢。消え逝く身には、重畳だ」

 

 不意に、カグラの体が砕けた。その体が砂と化し、崩れていく。スバルが息を呑んだ。

 

「カグラさん!?」

「偽物と知って、その名で呼んでくれんのか。嬉しいねぇ。……これはな、自然の摂理だ。俺は存在しないはずの形。生まれてはならなかった罪、そのもの。プロジェクトFの是非についてなんてのはどうでもいいが、今生きてる人間と全く同じもんを創ることは、やっぱり異常なんだよ」

 

 カグラは微笑を浮かべる。その姿は、彼らが知っているカグラ・ランバードという存在そのもので。

 誰も、何も言えなかった。

 

「細胞にはすべての設計図が刻まれている――そういうコンセプトでな。俺は創られた。グリス・エリカランにしてみれば急場凌ぎのための駒だ。だから寿命なんてどうでも良かったし、任務を果たせれば消えて構わない存在だった。使い捨ての道具だよ」

 

 それでもカグラ・ランバードの全盛期を制作できたのは奇跡に等しい。『同一の存在』というものは同次元に存在できない。本物のカグラがその魔力を失っていたからこそ再現できる可能性があったとはいえ、だ。

 かの大魔導師プレシア・テスタロッサでさえも成し得なかった、完全なるクローン……いや、『代替物』の精製。成程、グリス・エリカランは本当に化物だったらしい。

 この技術は、本来なら実現できるはずがない技術なのだから。

 

「レアスキルまで再現して……本当に化物だ。使い捨ての道具にどれだけ命を懸けたのやら」

 

 カグラは笑う。エリオが、どうして、と言葉を紡いだ。

 

「道具とわかってて、どうして」

「……意味が欲しかった」

 

 嘆くような問い。それに対し、カグラは静かに応じる。

 

「俺の記憶の全ては借り物だ。俺のものじゃない。なら、俺とはなんだ? 俺は何を以て俺と認識すればいい? 俺はここにいるのに。仮初であろうと道具であろうと、生きているのに」

 

 カグラは微笑んだ。その体はもう、半分しか残っていない。

 

「お前らと戦い、勝つならいい。お前たちを潰したのは俺。そういう証が生まれる。けれど、負けたなら……未来に何かを繋げたんじゃないかと、そう思うんだ」

 

 未来へ、何かを。

 過去も未来もなく、ただ現在だけを与えられた人形だからこそ。

 だからこそ、最後は真っ向勝負を仕掛けた。幻術など使わずに。

 まあ、その幻術に足下を掬われたわけなので少しスッキリしない部分もあるのだが。

 

「馬鹿野郎。泣く奴があるか。道具のために泣いてどうする?」

 

 知らず、頬を伝う涙。スバルたちは、慌ててそれを拭う。

 カグラは、最後だ、と呟く。

 

「スバル・ナカジマ。エリオ・モンディアル。ティアナ・ランスター。キャロ・ル・ルシエ。リューイ・エンドブロム。ミリアム・エンドブロム」

 

 全員の名を呼ぶ。それは、彼が認めた証。

 カグラ・ランバードは、認めた相手の名前しか呼ぶことはない。

 

「自信を持て。俺の記憶が告げている。お前らが本気になれば『エース・オブ・エース』にだってなれる。高町なのはだろうがフェイト・T・ハラオウンだろうが八神はやてだろうが超えられる。……じゃあな」

 

 笑み。そして、カグラは空を見上げた。

 

「短い、刹那の人生だったが……その涙、手向けに貰っていく」

 

 七色の粒子となって溶け行く体。その体が消える瞬間、カグラは呟いた。

 

「――重畳なり」

 

 そして、その姿が消えて逝く。

 カグラ・ランバードであり、何者でもなかった存在。

 

 その存在の最後は、肉片の欠片一つ残さず……されど、生きた証を残したものだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 見つけたのはボロボロの状態で倒れている三人だった。シグナムは慌ててその三人の下へ駆け寄る。

 

「ランバード殿、ソラ!」

 

 近付き、脈を確認。……生きている。隣で倒れている少女もだ。

 

「テスタロッサ、治癒魔法の心得はあるか?」

「応急処置ぐらいなら……」

 

 フェイトが頷く。シグナムは十分だ、と言葉を紡いだ。

 

「急いでくれ。私はその類の魔法が使えない」

「わ、わかりました」

 

 フェイトが三人に駆け寄り、応急処置のための魔法を紡ぎ始める。それを確認すると、シグナムはさて、と呟いた。

 

「そこの飛竜。案ずる必要はない。私たちは味方だ。警戒を解いて出て来い」

《――大丈夫だよ、サリヴァ。この人たちはあんたの味方さ》

 

 聞こえてきたのは竜の声ではなく、女性の声。その声が届くと同時に小型の黒い竜とその体に括り付けられた宝石型のデバイスが姿を現した。シグナムはふん、と鼻を鳴らす。

 

「ヴィクトリアか。……何があった?」

《色々。正直一言では説明できないねぇ。……あたしゃ、説明とかは苦手でね。ウチの坊やに聞いてくれた方が手っ取り早い》

「ソラにか? だが、奴は今――」

《ウチの坊やを甘く見ない方がいいよ、連隊長殿。――ほぉら、目覚めた》

「何?」

 

 シグナムが振り返る。彼女の目に映ったのは、一人の少年。

 ソラ・ウィンガードが、目を覚ましていた。

 

「ギャウ♪」

 

 サリヴァが嬉しそうにソラの下へと飛来する。ソラは苦笑を漏らした。

 

「すまん、取り逃がした。ごめんな、サリヴァ。助けてくれてありがとうな」

「ギャウ♪」

 

 ソラに撫でられ、嬉しそうに唸るサリヴァ。シグナムは、ソラ、と少年に声をかけた。

 

「無事なのか?」

「……正直、満身創痍です。けれど、退けません」

「十全だ。命令を聞かないままでの単独行動についての説教は後にしてやる」

 

 シグナムは頷く。そうしてから、未だ眠ったままの少女へと視線を向けた。

 

「だが……あちらはそうもいかないようだ。ソラ、説明はあるのだろうな?」

「勿論です。むしろ、聞いていただかなければなりません」

 

 頷き、少女へと視線を向けるソラ。そこへ、呻き声のような声が届いた。

 

「あぁ……? ここは……天国か……?」

 

 薄く、カグラが瞳を開けた。フェイトがカグラへ声をかける。

 

「カグラさん!」

「んあ……? おお、嬢ちゃんも天国へ来たのか」

「んなわけねーでしょうが。馬鹿かあんた」

 

 カグラのとぼけた発言にソラがつっこみを入れる。カグラはおお、と声を上げた。

 

「やっぱりお前も死んだのか」

「……サリヴァ」

「ギャウ」

 

 ――パクッ。

 

 この緊迫した状況には似つかわしくない、そんな音が聞こえてきそうな行動。小型状態のサリヴァが、カグラの頭を思い切り食べていた。

 

「ぬおおおおおおおっ!?」

「目ェ覚めましたか?」

「――ッたりめぇだァ!!」

 

 サリヴァを引きはがし――小型とはいえ竜だ。どこにそんな力が残っていたのか――ソラに拳を叩き込むカグラ。その疾風の一撃はしかし、ソラに受け止められる。

 

「今はんなアホなことしてる場合じゃねーでしょう」

「……よしわかった。テメェあれだ。帰ったら死なす」

「生きて帰れたら覚えておきますよ。……とりあえず、状況はかなりヤバいです。この子の右腕がない――それはつまり、『ここ』の所有権が奪われたことを意味します」

 

 少女の側にしゃがみ込みながら、ソラは言う。どういうことだ、とカグラが言葉を紡いだ。

 

「失血死して当然の出血量で生きてることといい、ただの子供とは思ってなかったが」

「ただの子供も何も、彼女がここの『本来の主』ですよ。……まあ、敵さんのボスの口振りとかその辺から下手人は予測できますが……今は良いでしょう」

 

 ソラは肩を竦める。そうしてから、少女を抱き上げた。

 

「おい、ソラ――」

「この子には最奥部まで来て頂かなければなりません。もう手遅れかもしれませんが」

 

 カグラの言葉を遮り、ソラは言う。待て、とシグナムが言葉を紡いだ。

 

「その子が何者かは知らないが、重傷であることはわかる。時間がないのはわかるが、その子だけでも『ヴォルフラム』へ送るべきではないのか?」

「そうだよ、ソラ。それにソラだって平気そうな顔してるけど、実際は立ってるのも辛いはずだよね?」

 

 続くフェイトの言葉。ソラはため息を吐いた。

 

「俺もそうしたいんですが……そうもいかないんですよ。それに、どんな状況になろうとこの子は死にませんよ」

 

 そして、ソラは告げる。核心たる言葉を。

 

「この子の名は、アリア・シュヒテンダーク・オリヴェント」

 

 託された刃。そこに記されていた秘密を。

 

「『失楽園シャングリラ』をこの世に創造し、『唯一人からなる無敵の軍勢』を従え、『聖王』と『覇王』の軍勢にたった二人で渡り合った存在。『聖人の末裔』? 違う。そんなものじゃない。彼女自身が、彼女こそが『聖人』なんです」

 

 何百年という永い時を繰り返し続けてきた存在。ソラが託された秘密は、あまりに重い。

 

「痛みもある。苦しみもある。けれど、死ねない。『聖人』が背負った業――『不死』。この状態で生きていることが、何よりの証明です」

 

 痛みも苦しみも残したまま、只々生きていく。それが――『不死』。

 

「……詳しい話は進みながらします。急ぎましょう。サリヴァ」

「ギャウ!」

 

 ソラの足下に魔法陣が浮かび、同時にサリヴァの足下にも魔法陣が現れる。数秒後、サリヴァは本来の姿を取り戻していた。

 サリヴァはソラと契約したわけではない。故に、魔力供給のラインは設定されていない。また、テンリュウという規格外と契約しているサリヴァとラインを繋ぐことなど、普通は不可能だ。

 しかし、ソラにはそれができる。正真正銘の天才――ソラの魔力は実を言うとリューイよりも若干低いというレベルで、確かに強大だが絶大というわけではない。それでも彼が『陽光』とまで呼ばれるのはその応用力。おそらく彼に魔導の演算能力で勝てる者はあらゆる次元世界を見渡しても数えるほどだろう。

 本人が自覚しているかどうかはわからないが、その圧倒的な天才性こそがソラの武器である。これで本人にやる気があれば、『エース・オブ・エース』の名を冠していてもおかしくはない。

 サリヴァの背に乗るソラ。優しく少女――アリアを抱き上げ、彼は前を見る。

 

「正直、ここに来た目的はこの子を守ってくれって頼まれただけなんです」

 

 誰に言うでもなく、ソラは言葉を紡いだ。カグラが、何だと、と声を上げる。ソラはそれに応じることをせず、言葉を続ける。

 

「最初はここから連れ出せばいいのかと思いましたけど。どうやら違う。……あんまり、こういう理由は得意じゃないんですけどねー。俺みたいなのが、『誰かを救う』なんて。本当に――らしくない」

 

 苦笑を漏らし、ソラは言う。救う。救い出す。きっとあの少年は、自分にそれを託したのだ。

 どうすればいいかはわからない。しかし、この場所は『聖人の領土』。終わることのない永遠の呪縛から救い出す方法はきっと、ここに眠っている。

 

「俺は行きます。皆さんは――」

 

 振動。言葉を紡ぎ切る前に、カグラがサリヴァの上に乗っていた。

 

「おお、意外に乗り心地良いな。竜は狩ったことはあるが乗るのは初めてだ」

「私は飛行してついて行こう。テスタロッサはどうする?」

「私もそうしますよ、シグナム」

 

 サリヴァの両隣に立ちながら二人が言う。ソラは、わかりました、と頷いた。

 

 そして――竜が吠える。

 終幕は、近い。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「――アンロック」

 

 魔法陣を展開すると同時、ユーノ・スクライアは魔法を紡いだ。扉にかけられていたロックを外し、先へと進む。

 アンロック――開錠の魔法は、実はかなり高度な魔法である。だが、ユーノ・スクライアは考古学者であり、また、遺跡発掘に長けたスクライア一族の出身だ。遺跡発掘において必須となるトラップ解除能力やサバイバル能力など、こと考古学の分野において彼に敵う者は管理局にいない。

 ちなみに彼は途中までキャロと共に進んでいたのだが、分かれ道で別々の道を行くことになった。

 そして、その技術を生かした彼は一人、最奥部に辿り着いていた。

 本来なら簡単には入れない場所。直通で行こうと思えばテンリュウ・シンドウが陣取る制御ルームを通過するか、玉座の間を通らなければ辿り着くことが許されない場所へ、彼は辿り着いた。

 その能力故に、ただの一度も戦闘に巻き込まれず、だ。

 

 ――それが幸か不幸かを決めるのは、彼ではない。

 

「……ヴィータ?」

 

 不意に目に映った少女の姿を受け、ユーノは呟いた。そこに倒れているのは、『紅の鉄騎』、『鉄槌の騎士』と謳われる魔導師。

 

「ヴィータ!?」

 

 一目見てわかった。マズい、と。ユーノはヴィータに駆け寄ると、その体を抱き起こす。息はしている。意識もある。どうやら気を失っているだけらしい。

 ユーノはすぐさま治癒のための結界を展開。そうしてから周囲を見回す。

 

(広い空間だ……だけど、それ以外に特徴がない。壁の装飾も、他の場所とそう変わらないし……)

 

 文字通り何もない空間。ただ広いだけの場所。

 ――違和感。

 何もない。その事実に、痛烈な違和感を感じた。

 

(ここはあらゆる意味で完成された場所だと文献には記されていた。なら……ここにも意味がある。意味がない場所なんて存在しない)

 

 完成された場所。それ故に、『意味がない場所は存在しない』という結果が成り立つ。

 なんのための場所なのか――そう、考えた時。

 

「――ふぅん。まさか最初にここに到達したのがあなたとはね。少し予想外……だけど、考えれば当然か」

 

 声が響いた。同時に、ユーノの視界に一人の少年が現れる。

 異様な――少年だった。

 

「ユーノ・スクライア。管理局が誇る無限書庫司書長。管理する膨大な情報と重要度から、ミッドチルダ書庫統括官――大臣待遇を受けている。遺跡攻略にこれほどの人材もいないか」

 

 血に染まった白衣。乾いた血が赤黒く変色し、より一層生々しさを見せている。ただ、その白衣は右腕の方から先がバッサリと切られており、血に濡れた不可思議な文様がびっしりと刻まれた異様な右腕が見えている。

 更に、その表情だ。恍惚とした、焦点の合わない瞳。

 

「結界魔導師としての能力はオーバーSランク。キャハハ♪ これは凄いや。守りにおいては最強ときたか♪」

 

 ――狂気。

 

 例えようのない、寒気がするその存在を前に。

 ユーノは、言いようのない感覚に囚われた。

 

 これは、そうだ。

 

「ん、ん、んー……予測からは外れたけど、前哨戦としては申し分なし。準備運動には、贅沢この上ない感じだけれど」

 

 ――恐怖。

 

「ああ、そうそう。勘違いしないでね? そこの騎士さんはボクがやったんじゃないよ? ただねぇ、動力炉を潰されると困るからここに移動してもらったんだよん♪ 凄いでしょ、ここ? ここはね、戦場だった場所なんだよ。初代『剣聖』と『覇王』――文字通り次元を揺るがす二人の戦いに耐えるためにここは創られた。故にここは終着点だ。さっき少しばかり内部をいじってねぇ。――動力炉を潰したければ、ボクを倒さなくちゃいけないようにしたんだ」

 

 少年――グリス・エリカランが笑う。

 楽しそうに。

 愉快そうに。

 

 ――卑しく、笑う。

 

「世界を救うんでしょ? だったらボクを倒せばいい。単純だ。わかりやすい」

 

 風が、吹いた。

 グリスが纏う魔力。大きなものではあるが、強大というわけではないそれ。

 

 ユーノならば、抗うには十分な圧力。だというのに。

 

「さあ、キミが最初のチャレンジャーだ。――Are you ready?」

 

 冗談めかした言葉と共に、冗談ではない殺気をグリスは叩き付けてくる。

 ユーノは、一度大きく深呼吸をする。

 

 ――第一ラウンド、開幕。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 収束砲同士の激突。それが生み出す衝撃波は想像を絶するほど強力なものだ。玉座の間の外壁は吹き飛び、瓦礫という名の質量の暴力が撒き散らされる。

 

「――――ッ!!」

 

 その暴風の中、ホムラ・イルハートは冷静に自分の状態を確認した。彼が放った『ムーンライトブレイカー』と高町なのはが放った『スターライトブレイカー』。この二つは全く同種の魔法だ。故にぶつかり合った時は、その技量の勝負となる。

 

 結果は――互角。

 

 ただし、相殺しきれるような規模ではない。ホムラ自身、何割かは被弾した。無論、高町なのはもだが。

 

「――次の一撃や。次の一撃を」

 

 魔力ダメージと、魔力の全力放出のせいで体が重い。しかし、それは相手とて同じはずだ。

 ならば――次の全力を先に叩き込んだ方が勝つ!

 

 

「レイジングハート」

《All right》

 

 

 聞こえてきた声。思わずホムラは身を竦ませる。

 濛々と立ち込める煙の中。見上げた空に、そいつがいた。

 

 不屈の魂を持つ英雄――エース・オブ・エースが。

 

《ブラスターモード、リミッター解除。残存カートリッジ全魔力解放》

「星よ――――!!」

 

 煌めき。天を見上げたホムラの瞳に映るのは、数多の星の瞬き。

 そう。

 

 まるで、天の川のような――

 

「…………なんと、まぁ」

 

 ホムラは、呟く。星の光は一色ではない。高町なのはの桜色の他に、銀色の光が混じっている。

 それは、ホムラの光。

 高町なのはは、ホムラ・イルハートの力さえ、そのまま従えた。

 

「……世の中、広いなぁ……」

 

 呟くホムラ。そこへ、なのはの魔法が降り注ぐ。

 

「スターダストッ――」

 

 振り上げられるなのはの手。それが、一気に振り下ろされる。

 

「…………わしの負け、かぁ……」

 

 その時浮かべた笑みは、きっと。

 とても、清々しいものだった。

 

「――メモリーズ!!」

 

 

 ――――。

 ――――――――。

 ――――――――――――。

 

 

 降り注ぐ無数の星。それは、本来ならばホムラの命を奪うには十分過ぎるほどのものだった。

 しかし、高町なのはは管理局の魔導師である。

 

 なればこそ。ホムラは、生き残る。

 

「甘いなぁ、自分」

 

 呟くように言うホムラ。なのはは、そうですね、と頷いた。

 

「だけど、私は。高町なのはは、管理局の魔導師ですから」

 

 殺さず制圧する力。魔導。

 それがどういう力なのかを、なのは自身、実は理解していた。

 しかしそれでも、なのはは魔導を信じる。それが、選んだ道であるが故に。

 

「管理局は絶対的に正しいわけじゃない。それは私もわかっています。だけど、管理局でなければ守れないものがある。私は守るもののために戦う存在でありたい。そう在り続けたい」

「……敗者のわしに、語る言葉はありはせん。負けた以上、わしの想いが間違っていたと認識するしかない。ただ、一つだけ。お前にわしから餞別を送るわ」

 

 体を起こし、座り込んだ状態でホムラはなのはを見据える。勝者たるなのはが見下ろし、敗者たるホムラが見上げている構図。

 

「今まで、わしの教え子でわしに似た奴は一人もおらへんかった。わしに似んように、わし自身がそこを留意しとった。……せやけど、何の皮肉やろな。わしの考えた魔導、砲撃魔導師――わしを超えてその完成形を見せてくれた奴が、誰よりも似てしまうなんて」

「似てる、ですか。私と、あなたが」

「嫌なんはわかる。わしかて嫌や。同族嫌悪やな。わしもお前も、『こんなの』は自分一人でええと思っとる」

 

 ホムラは苦笑。言葉を続けていく。

 

「こっちに来たの、いくつや?」

「……九歳の時です」

「わしと変わらんか。なら、そうなったんもわからんでもないな。……自分、勘違いしてへんか。一人で何もかもをやろうとすることはないんやで?」

「……そんなこと、ありません」

 

 なのはは、首を振る。

 

「私には信じる仲間がいて、大切な友人がいます。一人でなんて」

「それが半分、嘘やな。誤魔化さんでええよ。自分は頼りにしとるんやろうさ。その仲間をな。せやけど、それに甘えたらアカンとも思っとる。――自分、自分以外の仲間が邪魔やと思うとるやろ?」

「――――ッ、そんなことは!」

「激昂すんのは図星の証や。別に責めとるわけやない。天才なんてのは得てしてそういうもんや。ただ、自分は普通の天才とは違った。自分の才能を自分のためじゃなく、他人のために使おうとした。……先輩からの忠告や。力があるからって全てを背負う必要はあらへん。最も辛い想いをするのは自分やないとアカン、誰かが傷つくんやったら自分が手酷く代わりに傷つかなアカン――そんなんは、ただのエゴや」

 

 射抜くような視線。なのはは、違う、と言葉を漏らした。

 

「私はそんなこと、思ってない」

「すぐに認めろとは言わんよ。そう簡単に認められるようなもんでもない。……自分で気付いとるか? 心を決めとるんか知らんけど、何もかもを振り切ってどこかへ行ってまいそうな目をしとるで、今の自分」

 

 どこへでも。どこまでも。命が果てようとも、高く、遠く。

 高町なのはは、時折、そんな目をする。

 

「わしは負けた。29年も生きてきて、ようやく自分の限界を理解した。せやけど、自分は? 敗北を経験したことがない無敵の『エース・オブ・エース』は、どこまで突き進む?」

「……限界なら、知っていますよ。一度は墜ちた身ですから」

 

 なのはは言う。雪の日に、自身の限界故に落ちた彼女。限界なら、あそこで知ったと。

 

「……なら、ええか。――さあ、行け」

 

 ホムラは、自身の背後を指差す。その先にあるのは、最奥部へと通じる扉。玉座の裏に隠された隠し通路だ。

 

「振り返るな。敗者は灰に。塵は塵に。止めるんやろう?――世界を救え」

 

 ――風が、舞う。

 空へと上がる高町なのは。彼女はそのまま、振り返らずに進んでいく。

 そして。

 

 ホムラ・イルハートは――……

 

「……無様な姿やなぁ、クライム」

「ふむ。キミに名を呼ばれるのは、初めてだね」

「余裕かましとるなぁ、ギリギリのくせに」

「それはお互い様ではないかね?」

 

 現れたのは、一人の男。

 ――クライム。

 この戦いの全てを仕組んだ男であり、ホムラも同志と信じた男。

 

 右腕を失くしたその男を見、ホムラは笑う。

 

「だから言うたのになぁ。ろくなもんやないって。……グリスか?」

「謀反を起こしたのは彼だが……この右腕は違う。新しい時代の波に、攫われた」

「そいつは重畳。……もう限界やろ? わしが送ったる」

 

 立ち上がり、ホムラがデバイスを構える。クライムは笑った。

 

「頼もうか。……最後の最後に裏切られ、同志と信じた男に送られるならそれもまた、一興だ」

「やろうな。――わしらの負けや、クライム。どうやらこの世界、まだまだ捨てたもんやないらしいで?」

「そのようだ。……そこに私たちの居場所がないことが、少々心残りだが」

「同感やけど……まあ、ええんちゃうか? この世界がまだ価値あるものと知れて良かったわ」

 

 そして、ここに幕は下りる。

 物語は奏者を変え、混迷へと堕ちていく。

 

「ほなな。地獄で会おうや」

「――先に地獄で待っていよう」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 高町なのはは駆けていた。もう時間がない。急いで中枢を破壊しなければ、世界が滅びる。

 辿り着くまでに、そこまで時間は必要にならなかった。最奥部。広大な空間に、なのはは飛び出す。

 

 ――そして。

 

「――――」

 

 目にした光景に、彼女は言葉を失った。

 そこにいたのは、ユーノ・スクライア。

 

 彼女にとって誰よりも大切な人が、重傷を負い、首を掴まれて宙吊りにされていた。

 

「おっ、ようやく本命が来たみたいだねぇ♪」

 

 少年が笑う。ユーノは投げ捨てられ、床に無様に転がった。すぐさま助けに行きたかったが、できない。

 ――動けない。

 魔法で縛られているわけではない。ただ、高町なのはの戦士としての本能が、警鐘を鳴らしていた。

 

「さあて、それじゃあ戦おうか。運命……キミはよく、それを覆してきたと言われるけど。本当にそうなのかな? 本当にそうなら、証明してよ」

 

 血に濡れた体で、少年が壮絶に笑う。

 

 そこにいたのは、狂気の具現。

 無限の欲望の継承者。

 

 ――グリス・エリカラン。

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