魔法少女リリカルなのは~優しい嘘~   作:アマネ・リィラ

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第三章〝集結、とある青年の迷い〟

 

 第47観測指定世界ワグリアの消滅。

 核兵器と呼ばれる質量兵器によって引き起こされたそれは、あらゆる次元世界に衝撃を与えた。

 JS事件やマリアージュ事件といった、質量兵器によって引き起こされた大規模な事件も記憶に新しい現在。『質量兵器』という単語は、イコールで恐怖となりつつあった。

 たった一発で、世界一つを消し飛ばす兵器。

 かつてジェイル・スカリエッティが起動させた『聖王のゆりかご』の主砲と並ぶレベルでの兵器に対して、管理局は対策を迫られる。

 対策手段など、ないに等しいというのに。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「申し訳、ございませんでした……ッ!」

「ファイムくん、頭上げて、な?」

「あの場にいながら、自分は……自分は……ッ!」

 

 特務部隊機動六課部隊長室。そこで、一人の青年が文字通り地に頭をこすりつけながら謝っていた。

 ファイム・ララウェイ。優秀な執務官でもある彼は、ワグリアの消滅の際の責任を、誰よりも感じていた。

 

「ただ、見ていることしか……逃げることしか、できませんでした……ッ! 生き恥など、いくらでも晒します。ですが、彼らを! 連れ帰らなければならなかった彼らを、自分は見捨てた!」

「ファイムくん!!」

 

 はやての、鋭い声が響き渡った。

 ファイムの鼻を、甘い香りが刺激する。気付いた時には、はやてに抱き締められていた。

 

「責任は、部隊長である私にある。ファイムくんは、出来る上で十分頑張ってくれたよ」

「ですが、自分は……」

「私らは神様とちゃう。全てを救うことなんてできひん。そうやろ?」

「……それでも、やらなければならなかったのに……」

 

 首を振り、ファイムは言う。

 

「捕まえるべき相手に敗北し、取り逃がして、そればかりか、待つ人がいる彼らを放置して。……愚か者です、自分は!」

「ファイムくん……。仕方ないなぁ……少しだけ、堪忍な?」

 

 はやてが言った瞬間、パンッ、という乾いた音が響いた。はやての右手がファイムを叩いた音だ。

 

「ああ、痛いなぁ。ホンマに痛いわ……。ええか、ファイムくん。わたしらがせなアカンことは、後悔してうずくまることでも、泣くことでもあらへん。もうこれ以上の犠牲を出さんことや。……泣くななんて言わへんし、自分の力のなさを恥じるなとも言わへん」

 

 そこで、ファイムは気付いた。はやての声も震えていて、まるで、必死に泣くのを堪えているかねようであるかのようであると。

 

「でも、立ち止まったらアカン。わたしたちが立ち止まったら、もっと多くの犠牲が出てまう。だから、立ち止まったらアカンのや」

「はやてさん……」

「これ以上の犠牲は、絶対に出さへん。……ええな、ファイムくん」

「――はい!」

 

 目の前にいる、自分より遥かに強い女性の言葉に、ファイムは頷いた。

 ――けれど。

 どこか……重いものが、心にのしかかっているのもまた、真実だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

『ヴォルフラム』の食堂。そこに、シグナムとヴィータの姿があった。二人とも真剣な表情で向かい合っている。

 

「ファイム、っていったよなあいつ?」

「ララウェイがどうした?」

「あいつ、なんつーか危なっかしくないか?」

「どういうことだ?」

 

 ヴィータの言葉に、シグナムが聞き返す。ヴィータは、ああ、と頷いた。

 

「訓練のメニューを組むために模擬戦をしたんだけどよ。あいつ……まるで命を投げ捨てるみてーな戦い方しやがる」

「……命を投げ捨てる?」

「『受け』のスタイルだってことはわかる。でもあいつ、必要以上に自分を犠牲にするみたいな戦い方をしやがるんだ」

「…………」

 

 その言葉に、ふむ、とシグナムは考え込む。そのシグナムに、ヴィータはなにか知ってんのか、と問いかけた。シグナムは頷く。

 

「いや、詳しく聞いたわけではないが……。おそらく、原因は奴の生い立ちだろうな。命を懸ける、もしくは捨てる……それが当たり前の世界で生きてきたのだろう」

「よくわかんねーな」

「すまんな、許せ。本人が語らねば、意味がなかろう?」

「まーな」

 

 食事を胃に入れつつ、ヴィータ。そうして目の前の食事を全て胃に入れると、思い出したように言った。

 

「そういや、六課メンバーがまた集まるんだよな?」

「全員ではないがな。エリオとキャロは明日に到着する。スバルとティアナはまだしばらくかかるそうだ」

「テスタロッサは?」

「一週間以内には出向してくるそうだ。なのはについては、言わずともわかるだろう?」

 

 真剣な表情でシグナムは言う。ヴィータは頷いた。

 

「ああ。わかってる。あいつはようやく休めるようになったんだからな」

「もっとも、これ以上に状況が厄介になるなら、なのはも召集されるだろうが」

「させねーよ。あたしが、そんなことは絶対に」

「ふっ……頼りにしているぞ」

「ああ」

 

 微笑を浮かべるシグナムに、頷いて応じるヴィータ。

 二人の騎士の話し合いは、そこで幕を閉じた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 地上本部艦船ドッグ。

 ファイムが出向しているLS級艦船ヴォルフラムは、整備のためにそこを訪れていた。

 また、ヴィータ教導官による午前中の(文字通り)地獄のような訓練を終えたファイムは、空港に来ていたのだ。

 

「ええっと、二人は……」

 

 キョロキョロと周囲を見渡しながら、ファイムは呟く。ここにきたのは、とある二人の迎えだ。

 

「ファイムさ~ん」

 

 と、不意に声が聞こえてきた。見ると、そこには赤髪の少年と、薄いピンクの髪の少女の姿がある。

 エリオ・モンディアル。

 キャロ・ル・ルシエ。

 共に14歳という若さでありながら、それぞれ陸戦AAランク、同A+ランクを保有する二人だ。

 

「二人とも、久し振りだね。覚えててくれたんだ」

「はい、ファイムさん」

「もちろんです」

 

 二人は笑顔を浮かべる。かつての戦技披露会でこの二人の保護者であるフェイトと戦ったファイムは、この二人とも縁があった。

 

「光栄だね、僕みたいなのを覚えててくれるなんて」

「そんな、謙遜しすぎですよ」

「そうですよ」

「あはは……そう言ってもらえるのは嬉しいけど、エリオは僕よりランク上でしょ? キャロだって僕と同ランクだしね」

 

 苦笑しつつ、ファイムは言う。陸戦と空戦の違いこそあれど、ランクは同じだ。なら、エリオたちの言葉は嬉しくはあるが、お世辞に聞こえる。

 

「まあ、それはともかく……二人とも、特務部隊機動六課へようこそ」

「「はいっ!!」」

 

 元気よく二人は敬礼する。ファイムはそれを見ながら頼もしいと思うのと同時に、何かひっかかるものを感じていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 特務部隊機動六課部隊長、八神はやて。

 一部では『地上本部の切り札』とも呼ばれる彼女は、現在、『ワグリア』の消滅の件について陸・海・空、それぞれの管理局上層部に対して説明を行っていた。その隣には、エリオとキャロを案内し、送り届けたその足でここへきたファイム・ララウェイの姿もある。

 

「今回使われたのは、核兵器と呼ばれる質量兵器です。第97管理外世界『地球』には現代最強の兵器として、第55管理外世界『サーマ』ではその技術の片鱗らしき記述が発見されています」

「核兵器……?」

「世界を破壊する質量兵器だと……?」

「そんなものが……?」

 

 会議が俄に騒がしくなる。ファイムは、その中でも冷静に言葉を紡いだ。

 

「無限書庫に調査依頼はしていますが、おそらく情報は期待できないでしょう。兵器として現存する『地球』でさえ、使われたのは僅か2度であり、失敗しています。……もっとも、本来の威力の数%しか威力を発揮しなかったにも拘わらず、都市が2つ吹き飛び、何千万人という数の――いえ、犠牲者というのであれば、何億人という犠牲者が出ています」

 

 ごくり、と誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。それを聞いてか、はやてが言葉を紡いだ。

 

「『地球』ではそれを保有できる国を制限して、尚且つ抑止力として用いてます。しかしそれは、『地球』だからこそ通じる道理。ここでは通用しません」

「しかし、それほどの威力であるならば、そう簡単に製造はできんのではないか?」

「そうでもありません」

 

 上官の言葉に、ファイムは首を左右に振って言葉を紡ぐ。そしてモニターに某かの設計図を出した。

 

「これが件の核兵器の――特にこれは水爆と呼ばれるものの設計図です」

 

 一気に会議室がざわめく。その中から、声が飛んだ

 

「そのようなものを、どこから手にしたのだ?」

「『地球』でです。ちなみにこの設計図はとある大学生が卒業論文で描いたものです。……『地球』の文明力は、ミッドチルダに比べて魔法技術の面で劣っています。その世界で一学生が描けるものを、この世界の学者が描けないと思いますか?」

「…………ッ」

 

 その言葉に、全員が言葉を止めた。ファイムは、更に言葉を続ける。

 

「また、核兵器にはプルトニウムという物質が必要になるのですが……おそらく相手はそれさえもクリアしているのでしょう。……報告は、以上です」

 

 静かな声が響いた。声を発する者はいない。

 

「……私たちは、全力を上げて犯行グループの逮捕、そして事件解決を目指します。質問がなければこれで、会議を終わらせていただきます」

 

 ファイムがそう締めくくると、上官たちは次々と部屋を出て行った。結局、こちらに全てを任せるという腹積もりだろう。

 大規模テロであったJS事件も記憶に新しいこの現状で、その神経は理解できかねるが――仕方ない。

 そうして上官たちが全員出て行くと、はやては大きく息を吐いた。

 

「お疲れ様やなぁ、ファイムくん」

「はい、お疲れ様です。……結局、増員はなしのようですね」

「まあ、私らは『奇跡の部隊』らしいからなぁ。それも仕方あらへんよ」

 

 どうせ、また何とかしてくれると思てんのやろ――はやては面白くなさそうに言う。ファイムは、思わず問いかけた。

 

「はやてさんは、どう思いますか? 僕たちで、解決できると思いますか?」

「思わへんな」

 

 即答だった。思わずファイムは言葉に詰まる。

 

「まず相手の規模がわからへん。ジェイル・スカリエッティはなんやかやゆうても単独犯やった。でももし、これが多次元世界を巻き込んだ犯罪組織なんかが起こしてる事件やとすれば……対応できるかどうかはかなり怪しいんが現実やよ」

「なるほど……」

「集まるにしても、どうしても時間がかかってまうからなぁ。手掛かりも、この『ギレン・リー』しかあらへんし……」

 

 はやては顔写真が貼られた一枚の紙を取り出す。そこには、一人の男について記されていた。

 ギレン・リー。危険度S級指定の広域次元指名手配犯罪者。傭兵として多くの次元世界を渡り、その過程で民間及び管理局へ重大な被害をもたらしている男だ。

 ファイムが戦い、敗れた相手でもある。

 

「この男は傭兵です。金さえ積まれれば、管理局さえ敵に回すほどの。……ここから探るのは、難しいでしょうね」

「せやろな。……さて、どうしたもんかな?」

「……一つだけ、提案が」

 

 悩むはやてに、ファイムは言葉を紡いだ。なんや、とはやてが首を傾げて問いかけてくる。ファイムは頷きつつ、言葉を紡いだ。

 

「今回の事件は、管理外世界でしか見られないような兵器が用いられています。故におそらく、相当な技術力を有した科学者がいるはずです。そして、裏には裏の繋がりというものが少なからずあります」

「なるほど、それで?」

 

 わかっているであろうに、はやては聞く。ファイムは、頷いた。

 

「ここ数十年で最も凶悪で厄介だった次元犯罪者に聴取を行いたいと思います」

 

 そして、ファイムは口にする。

 自身にとっても因縁ある、その人物の名を。

 

「ジェイル・スカリエッティに、話を聞きに参りましょう」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 軌道拘置所。凶悪な次元犯罪者が収容されるその場所に、その男はいた。

 ジェイル・スカリエッティ。戦闘機人を率い、『聖王のゆりかご』を甦らせ、聖王さえも甦らせた稀代の天才。

 しかし、アンリミテッド・デザイアという名の通りの結末の果てに、夢敗れた男。

 

「ほう、私に面会とは実に珍しい」

 

 拘束椅子に座らされた状態のスカリエッティが、楽しそうに言う。そしてファイムとはやての姿を見ると、僅かに目を見開いた。

 

「ほう! これはこれは、私の夢を砕いてくれた奇跡の部隊、その部隊長殿ではないかね!」

「久し振りやね、ジェイル・スカリエッティ。尋問の時以来やな」

 

 はやては冷たい声色で言う。スカリエッティはふふふ、と笑みを漏らした。

 

「辛辣だねぇ。実に態度が冷たいじゃないか」

「嫌なんやったら、さっさと協力してもらえへんかな?」

「それは断るよ。それとも、協力すれば奉仕でもしてもらえるのかな?」

「ありえへんな。そんなんはただの悪夢や」

「……冗談さ。だからそこのキミ、私を殺そうとするかのような目で見るのはやめてくれないかね?」

 

 スカリエッティの言葉に、はやては自身の隣を見る。そこには、スカリエッティを睨みつけるファイムの姿があった。

 

「低俗な冗談は好きではありませんので」

「怖い怖い。その制服は、『彼女』と同じ執務官の証だろう? 執務官がそんなに短絡的でいいのかね?」

「あなたに言われることではありません」

「ふふっ」

 

 スカリエッティは笑う。そのスカリエッティに、ファイムは言葉を紡いだ。

 

「ジェイル・スカリエッティ。あなたにいくつか質問があります」

「なにかな? キミたちがJS事件と呼ぶ事件については、何も語るつもりはないが?」

「それはこっちも理解しとるよ。今回は別件や。……自分、核兵器を持ち出すような次元犯罪者に心当たりはあらへんか?」

「はやてさん?」

 

 ファイムは思わず声を上げる。それは、いきなりすぎる。

 だがはやては厳しい表情のまま、言葉を紡いだ。

 

「時間があらへんのや。ぼかして回りくどくやる余裕はあらへん」

「……わかりました」

「ごめんな?」

「いえ……。それで、スカリエッティ。心当たりはありますか?」

 

 ファイムが問いかけると、スカリエッティは笑みを浮かべつつ、こちらを侮るように見た。

 

「キミたちも大変だねぇ。私のところに来るために、いくつも許可をとって時間をかけたのではないかね?」

「あんたに心配されることやあらへん」

「それも道理だ。……結論から言えば、核兵器を持ち出しそうな者なら、何人か心当たりがあるねぇ」

「ホンマか?」

「嘘を吐く理由がない。私たちの世界はキミたちが思っている以上に繋がりというものがある。マリアージュの件でもそうだっただろう?」

 

 マリアージュ事件――その時も確かに、この男の情報が役に立ったのも事実だ。

 だが――

 

「だが、知っているといっても、語るかどうかというのは別の話だね」

「そう言うと思っていましたよ」

 

 ファイムはため息でも吐きたげな表情でそう言うと、木箱を取り出した。ほう、とスカリエッティが言葉を漏らす。

 

「ドゥーエ、でしたか? 彼女の命日が近いのでしょう?」

 

 入っていたのは、赤ワイン。血のように赤い、ヴィンテージものだ。

 

「ほう! これはこれは実に素晴らしいものを! 良いのかね? このようなものを犯罪者に渡しても?」

「結果として人命が救われるなら、安い買い物ですよ」

「なるほど、合理的だ」

「……それで、話していただけますか?」

「ふむ、いいだろう。情報提供をしようじゃないか」

 

 スカリエッティは笑う。場合によっては他のナンバーズも巻き込もうと思っていたが、その必要はなさそうだ。

 

「だが、情報が少ないねぇ。ただ核兵器を作る技術というだけなら、それこそ何十と心当たりがある」

「……次元航行艦を保有し、同時に傭兵を雇うような奴や」

「ほう……それはまた随分と過激だね。キミたちも苦労している」

「心当たりは?」

 

 はやてが問う。すると、スカリエッティは少し考えるように息を吐き、そして言った。

 

「4年前ではそれほどの規模の組織はなかったねぇ。……その核兵器の破壊力はどのくらいの規模だったんだい?」

「次元世界が一つ吹き飛ぶくらいです」

「なるほど、それほどの完成度となれば、流石に限られてくるねぇ。おそらく……グリス・エリカランだろう」

「グリス・エリカラン!?」

 

 はやてが声を上げ、ファイムは目を見開いた。スカリエッティは、笑みを浮かべる。

 

「ありえへん! グリス・エリカランは――」

「死んでなどいないさ。私と同じで、クローン体で生き残ったのだろうね。現に私は、4年前に彼と一度再会している」

「…………」

 

 ファイムが厳しい表情を浮かべる。スカリエッティは笑った。

 

「まあ、今の私にわかるのはこれくらいだ。満足して頂けたかな?」

「……心当たりがあるという者たちについては、リストを作って頂きます」

「それぐらいなら構わんよ」

 

 スカリエッティが応じる。ファイムは頷くと、では、と口を開いた。

 

「……はやてさん。少しで構いません。僕とこの男を、二人きりにしていただけませんか?」

「なっ、何を言うとるんや?」

「個人的に因縁がありまして。……心配でしたら、監視していただいて結構です」

 

 強い意志を宿した瞳を、ファイムに向ける。はやては、数秒悩んだ後、ファイムに背を向けた。

 

「終わったら、話、聞かせてな?」

「はい」

 

 はやてが出て行く。ファイムは息を吐くと、改めてスカリエッティを見た。そして、言葉を紡ぐ。

 

「お久しぶりですね、ドクター」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「あなたは覚えておられないかもしれませんが、昔、世話になったことがあるんです」

「ほう?」

「あなたにしてみれば、実験のモルモットだったのでしょうがね」

 

 言いながらファイムは上着を脱ぐと、右腕の袖を捲り上げ、手袋を外した。

 そこにあるのは、無骨な機械の腕だ。

 スカリエッティの表情が、大きく変わる。

 

「ほう、なるほど……記憶しているよ。12年ぶりかな?」

「覚えて頂いていたとは、恐縮ですね」

「キミも私にとっては作品の一つ。作品を覚えているのは当然だよ」

「そうですか」

 

 それを聞き、ふう、とファイムは息を吐く。

 

「話とは、その件についてです。……確認しますがドクター、僕にはIS――インヒュレート・スキルはないんですよね?」

「ああ、ISは戦闘機人の特権だからねぇ。半機人とでも言うべきキミには備わっていないよ」

「そうですか……」

 

 僅かに、ほんの僅かに落胆した声音で呟く。普通なら気付かない程度の起伏――だが、スカリエッティは気付いた。

 

「どうしたねかね? ISが必要にでも?」

「あなたには関係ありませんよ」

「いやいや、そうでもないよ。……ふむ、なるほど。先程の部隊長殿か」

 

 くっく、とスカリエッティは笑う。ファイムは、どういうことですか、と問いかけた。

 

「なに、単純な話さ。あの部隊が再結成されれば、キミはお荷物になる。そういうことだろう?」

「…………ッ!」

「図星かね? ふむ、なるほど確かにその通りだろうね。ニアSランク以上がゴロゴロしているような部隊だ。キミ程度では、足手纏いになってしまうだろうね?」

 

 ニヤニヤと、楽しそうに笑いながらスカリエッティは言う。

 対しファイムは、表情を強ばらせていた。

 それは、考えないようにしていたこと。

 目を背けてきたことだから。

 

「12年前、私たちのところから逃げ出した時、ドゥーエに手も足も出なかった実力から成長したとしても、所詮は知れている。違うかね?」

「…………僕は」

「キミの身体スキャンは行ったが、精々がAランク程度だったと記憶しているよ。一般の魔導師としては優秀でも、かの部隊では役立たずだろうねぇ?」

「ッ、うるさい!」

「ふふっ、そう熱くならないでくれたまえ。私はキミのためを思って言っているんだよ。……あの部隊から、キミは離れるべきだ」

 

 ガツンと、頭を殴られたかのような衝撃を感じた。

 勿論、錯覚だ。しかし、そう感じさせない何かがあった。

 

「思い出したよ。キミは確か一度、我が研究所の一つを襲撃したのだったね? そして、結果敗れた……それが答えだよ」

「……僕は、でも……」

「キミも大事な作品だからね。壊れて欲しくはないのさ。それに、キミが足手纏いであれば、キミの仲間が傷つく。違うかね?」

 

 ファイムは唇を噛み締める。スカリエッティは笑った。

 

「嗚呼、嗚呼、哀れだねぇ!! 愚かだねぇ!! 自分の力を過信した愚か者のために死んでいく!! 実に無価値じゃないか!!」

「…………ッ!」

 

 脳裏に浮かぶのは、はやてたちが倒れる姿。

 それを、傷ついた自分は眺めているしかないという悪夢。

 いや――起こりうる現実。

 

「まあ、それでもいいというのなら話は別だがね。私は今回、部隊の役者ではない。精々観客として楽しませてもらうよ」

 

 ――バタン。

 扉が閉じられる。残されたのは、スカリエッティ一人だ。

 

「実に心が脆いねぇ、彼は。楽しませてもらえそうだ」

 

 

 ――――◇ ◇ ◇――――

 

 

「……ファイムくん? 何を、言うてるん?」

「勝手とは理解しています。しかし僕がいては、皆さんに迷惑をかけてしまいます」

 

 ファイムは、頭を下げる。

 

「僕を、部隊から外してください」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 時空管理局地上本部。

 その近くにある公園で、ファイムは空を見上げていた。

 考えるのは、はやてのこと。彼女の泣きそうな表情が、頭から離れない。

 

「…………はぁ」

《マスター、これでよかったのですか?》

「良かったもなにも、これしかなかったよ。確かに僕があそこにいても、できることなんて迷惑をかけることだけだから」

《マスター、そんなことはありません。マスターは……》

「ありがとう、リンネ。けれど、これで良かったんだよ」

 

 顔を手で覆うようにしながら、リンネは言った。

 そう、これでいい。

 自分の存在が人を傷つけてしまうなら、自分などいないほうがいい。

 

 ――ジャリッ。

 

 不意に、地面に敷き詰められた砂利を踏みしめる音が聞こえた。ファイムがそちらに視線を送ると、そこには彼の友人、リューイ・エンドブロムの姿があった。

 

「こんなとこでなにしてんだよおめーは? 仕事はどうした?」

「リューイ……」

「しっかりしろよテメェよ。陸士108部隊もお前らが担当してる事件に協力することになったから、おめーにゃ頑張ってもらわねーといけねぇんだよ」

「……それなら、もう僕にはすることがないよ」

「あぁ?」

 

 リューイが眉をひそめる。ファイムは、呟くように言った。

 

「抜けたんだ。僕には、あそこにいる資格はないから」

「んだと」

「あそこにいたら、迷惑をかけちゃうから。僕は弱いから、そのせいで迷惑をかけちゃうんだ」

「……テメェ」

 

 リューイが底冷えする声で呟いた。そのままリューイはファイムの目の前に立つと、胸倉を掴み上げる。

 

「誰に吹き込まれた? んなくだらねぇこと言ったのは誰だよ?」

「誰でもないよ。僕自身が決めたんだ。弱者が、迷惑をかけてしまわないように」

「……テメェ、あれだ」

 

 それを聞いたリューイは、右拳を握り締める。

 

「歯ぁ喰い縛れこのボケがっ!!」

 

 ドガッ、という鈍い音が響いた。手加減なしの一撃が、ファイムを吹き飛ばした音だ。

 殴り飛ばされ、ファイムは地面に倒れ込む。ファイムは上体を起こして口元を拭いながら、リューイを見上げた。

 

「……何を」

「あぁ? ボケにゃいい薬だろうが。で、何だって? もっぺん言ってみろよテメェ」

「……僕は、弱いんだよ」

 

 立ち上がろうとするファイム。そのファイムの胸倉を、リューイは掴み上げる。

 

「……ふざけんなよテメェ。どの口がテメェが弱いなんてほざきやがる?」

「事実、でしょ?」

「ふざけんな! テメェは十分に強ぇだろうが!」

「……リューイには、わからないよ」

 

 グッ、とリューイの腕を掴みながら、ファイムは叫んだ。

 

「どれだけ僕が悔しい思いをしてきたと思ってるの? 魔導師ランク空戦A+――12年前から、入局してからどれだけ頑張っても一歩も進めない僕の気持ちがわかるの!? 昇格試験を20も落ちてる僕の気持ちが!」

「それでもA+なんてランクなら、十分だろうが!」

「AAA+のリューイに言われたくないよ!」

 

 その言葉に、リューイはハッとなる。ファイムは、尚も続けた。

 

「『普通より優秀?』そんなの、望んでない! それじゃダメなんだ! フェイトさんに引き分けたのも、所詮は時間切れ! ホントなら勝負にもなってない! 僕なんてその程度なんだよ!」

「ッ、だからといって逃げていい理由にはならねぇだろうが!」

 

 殴り合いが始まる。互いに、想いをぶつけ合う。

 その中で、ファイムは呟くように言った。

 

「……思い知ったんだ。敵の傭兵には、僕のフルドライブも通用しなかった。当然だよね。AAA-になれるくらいじゃ、通じないんだ。……体にカートリッジを積んで、使うなって言われるフルドライブを使って……命しか賭け金がないからそうしたのに、それさえ通じないんだ。僕にできることなんてないんだよ。いつだってそうだった。救った命より、救えなかった命のほうがずっと多くて、だから強くなりたくて、でも、少しも強くなれない」

 

 必死に訓練しても、昇格試験は一度も突破できなくて。

 執務官試験もランクを誤魔化すくらいの筆記試験の成績を出すしかなくて。

 凶悪事件を担当していても、制圧の時は部隊の協力を得るしかなくて。フェイト・T・ハラオウン執務官や、ティアナ・ランスター執務官のように単独での制圧はできない。

 嗚呼、とファイムは思った。

 こんなにも自分は――弱いのだ。

 だがそれを、リューイは否定する。

 

「いい加減にしろよテメェッ! テメェは、俺たちをたった一人で救ってくれたじゃねぇか! 管理局が殺すしかねぇって判断したなかで! 暴走した俺たちを命令違反してまで止めてくれただろうが! 助けてくれただろうが!」

 

 一際強烈な拳が、ファイムに入る。

 

「言わせねぇ。たとえテメェ自身であろうと。ファイム・ララウェイが弱ぇだなんて、絶対に言わせねぇ!!」

「買い、被りだよ。僕は……」

「だったら、嘘なのかよ?」

 

 ファイムを見下ろしながら言うリューイの言葉に、ファイムは顔を上げた。

 

「『死ななくていい命を救う。それはつまり、全ての人を救うことだよ』なんて言ってやがったのは! あれは嘘かよ!?」

「嘘じゃない! けど、僕は!」

「一緒だろうがよ! 動かねぇってんなら! テメェは何も見えてねぇ! 管理局には、テメェをヒーローと思ってる奴が大勢いるんだよ!」

 

 リューイは怒鳴る。必死に、思いを届けるために。

 

「俺たちを救った『緑風事件』! この間の、37人をたった一人で救い出したホテルの爆破テロ! それだけじゃねぇ! 管理局の奴らは口を揃えてお前を『エース』だと! 『ヒーロー』だと呼びやがる! お前はそういう奴なんだよ! 命を懸けて自分にできる以上のことをしてきたから! だから、テメェは強いんだよ!」

 

 立てよ、とリューイは言った。

 

「本当に強いかなんて関係ねぇ! 弱くていい! でも、テメェを信じてる奴を裏切んな! 女を泣かせんな! 立てよヒーロー! 立てっつってんだよ!」

「あああっ!!」

 

 何かを絞り出したかのような叫び声。

 ファイムの拳が、リューイの顔面を捉え、殴り飛ばした。

 

 

 

 

 八神はやては、地上本部の寮に部屋がある。基本的には任務期間中に艦船が整備に入った時の仮眠室代わりである。

 そしてそこで、はやては来客者に背を向けて座っていた。

 

「今更、都合がいい話だとは理解しています」

 

 その来客者は、頭を下げながらそう言った。

 

「迷惑をかけます。しかし、自分はここにいたいのです」

「…………自分から辞める言うといて、勝手やとは思わへんか?」

 

 はやては振り返らぬまま、来客者――ファイムに向かってそう言った。ファイムは、はい、と頷く。

 

「それでも、やるべきこと、自分が果たすべきことを見つけました。自分は弱いです。でも、それでも戦うことに意味はあるのだと、そう知りました」

 

 許していただけないでしょうか――ファイムは、そう問うた。

 はやてはしばらく無言でいたが、意を決したように口を開く。

 

「許さへん。もう二度と、そんなこと言わへんって誓ってくれへんのやったら、絶対に許さへん」

「二度と言いません」

「なら、ええよ」

 

 はやてがファイムのほうを向く。その目は、赤かった。

 

「……申し訳、ありませんでした」

 

 ファイムは、もう一度頭を下げた。

 そんなことしか、できなかったから。

 でも、それでも。

 決意は――変わらなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ガラッ、という音と共に扉が開く。扉の内部は研究施設で、そこにはグリス・エリカランがいた。

 グリスは振り返ると、来客者に声をかける。

 

「あ、ギレンだ。どしたのどしたの?」

「俺様のデバイスを取りに来たんだよ」

「あぁ~、なるほど了解。メンテナンスなら完璧に終わってるよん♪ でもいいの? 言ってくれれば滅茶苦茶に改造したげるよん?」

「遠慮するよ。テメェにやらせるとろくなことになりゃしねぇ」

 

 ギレンは肩を竦める。グリスはキャハハ、と笑った。

 

「ちぇ~、つまんないなぁ。他のみんなも体をいじくらせてくんないし、つまんないんだよねぇ」

「だったらまず、自分の言動を改めろ」

「それは無理だよん♪ キャハハハハハハ♪ これは僕のプログラムだからねぇ。変えらんないの」

「ああ、そうかよ」

 

 キャハハ、と尚も笑うグリス。そんな彼に対し、ギレンは肩を竦めるだけだ。

 

「でさー、一つ聞いていいかな、ギレン?」

「なんだよ?」

 

 グリスの言葉に、眉をひそめてギレンは返す。グリスは、少しだけ真剣な表情で言葉を紡いだ。

 

「ギレンはさー、なんで『あんなの』に協力するの?」

「『あんなの』ねぇ……」

「正直、ただの馬鹿でしょあれは? 夢を語ることしか、理想しか見てない子供。協力するだけのものがないでしょ?」

「そういうテメェはどうなんだよ?」

「ボク? ボクは単純だよん♪ ここなら思う存分実験できるし、世界を玩具にできる。あんなにイカレた人にも中々出会えないしねぇ♪」

「はっ、狂人が。……俺は単純だよ。理由なんざただ一つ。金がいい。そんだけだ」

「ふーん。らしい台詞だね?」

「はっ」

 

 ギレンは肩をすくめる。それに対してグリスは笑うと、そういえば、と思い出したように口を開いた。

 

「次の作戦きーてる? なんかまた、とんでもないこと考えてるみたいだけど? 我らのりーだーはさ?」

「それについては今更だろうが。……『シャングリラ』の起動キーの確保だろ?」

「最終目的のためには絶対に必要だからねぇ。キャハハ♪ 楽しくなってきたなぁ♪」

 

 グリスは笑う。ギレンは、ふん、と鼻を鳴らした。

 

「どちらにせよ、俺はあの野郎をぶち殺す。久々だ。心の底から殺してぇって思える相手はよぉ」

「『地上本部のエース』ファイム・ララウェイだよね? キャハハ、大物だぁ♪」

「あぁ?」

「ありゃ、知らないの? ランクこそそこそこだけど、それからは想像できない実力をもってるって有名な人だよん♪ キャハハ、『奇跡の部隊』に組み込まれたんなら、厄介だよ~?」

「へぇ……」

 

 ギレンの瞳が、怪しい光を宿す。

 

「相手にとって不足なしじゃねぇか。ぶち殺してやるよ」

 

 戦いの時は、近い。

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