失楽園シャングリラ最奥部、玉座の間。
そこでホムラは、柱に寄りかかって座り込んでいた。
「……兵どもが、夢の跡。気分はどうや、仮初の王?」
ホムラの視線が玉座へと向く。彼と高町なのはの戦闘によって半壊した玉座には、一人の男が目を閉じて座っていた。
――クライム。
とうとう、ホムラも本名を聞くことのなかった男だ。もっとも、彼はすでに絶命している。ホムラが穿った胸の傷から流れ出ていた血は止まり、赤黒く変色している状態だ。
「結局……わしらが間違っとったんかな?」
ホムラは呟く。管理局が正しいとは今も思わない。しかし、こういう結果が出た以上、自分たちが正しかったことに対しても確信が持てない。
――想いは間違っていなかったと、思う。
だけど――やり方を、どうしようもなく間違えてしまったのだろう。
『叫べばよかったんだ!!』
あの、いけ好かない青年の言葉を思い出す。あの青年には力がなかったが、正しい。
成程、こんなこともあるのか。
勝者でなくても正しい、ということか。
「くくっ……まだまだ、修行が足らへんなぁ……」
ホムラは呟く。二十年。最前線で戦ってきた。死にかけたことは一度や二度ではない。信じた親友たちと共に、次元世界の危機を救ったことさえある。
しかし――まだまだ、未熟。
それが知れただけでも、僥倖だ。
――轟音。天井が崩れる音が響く。
降り注ぐ瓦礫の山。それはホムラの上ではなく、クライムの上へと落ちていく。
そして。
「…………」
かつて、管理局の闇の中心に立ち。
今回、次元世界の存亡をかけた戦いを引き起こした男の体が、押し潰された。
黙祷。数秒、目を閉じた後、ホムラは天井を見上げた。
「さて……名残惜しいけど、わしの生涯もこれにて幕か」
嫌な音を立てる天井。逃げることは難しくない。そこは歩んできた人生の苛烈さが違う。全てを懸けた戦いの中でも、きっちりと余力は残している。
だが――生き延びてどうしろというのだ。
先程からウィルやアリア……そしてエリアに念話を繋ごうとしている。しかし、一切繋がらない。その結果が意味することがわからないほどに、愚かではない。
――大切なものを、守れなかった。
言葉にすればそれだけのことであり、しかし、何より重い意味を持つ。
「後悔は山ほどあるが――それも重畳」
ピシッ、とホムラの頭上の天井が音を立てた。
もう、疲れてしまった。生きていくことに。憎悪を抱いて生きていくことに。もう、疲れた。
休んでしまおう。
世界は残酷で、理不尽で、どうしようもない。
あの後輩も、残酷な世界に食い殺されている。
もう……何もかもが、どうでもいい。
そう、ホムラが思った瞬間だった。
《Eternal Coffin》
声が響いた。同時に、肌を刺すような冷気が周囲を支配する。
「主ッ!!」
そして、響き渡る声。見ると、そこにいたのは一人の騎士。しかし、騎士甲冑はボロボロで、腹部には強引に血を固めて止血したであろう痕がある。満身創痍なのは、一目で見て取れた。
エリア・カリア。
大切と、ホムラが想う女性。
「エリア、か。……何しとるんや、そんな体で」
「すみません。到着が遅れてしまい――」
「そんなことはええ。……無理するんやない、言うとるんや」
言うと同時、こっちに来い、とホムラは手招きする。エリアは一瞬戸惑ったような表情を見せ、ホムラの傍まで歩み寄ると、膝をおった。まるで、跪くように。
それは、騎士たる彼女にとっては当然の行動。だからこそ、ホムラはその体を抱き寄せた。
エリアが、驚愕の表情を見せる。
「あ、主!?」
「――無事で良かった」
心の底からの言葉。ホムラは、エリアを強く抱き締める。エリアは、すみません、と言葉を紡いだ。
「烈火の将……彼の者に、私は敗北しました。無様にも」
「命懸けで戦ったことに、無様も何もあらへんよ。よーやった。大義やったで」
「……ありがとうございます」
エリアが微笑む。綺麗だな、とホムラは思う。同時に、嗚呼、と納得した。
燃え盛るような憎悪の心……それが、溶けていく。
消えてしまったと思っていた人が、もう、取り戻せないと思っていた人が、生きていた。生きていてくれた。それだけで。それほどのことで、こんなにも。
「……エリア。今まで、ホンマにおおきにな」
「――主?」
「わしみたいなドアホの、くだらん戦いに付き合ってくれて。……もう、ええよ。満足や。わしは、もう、満足してしもた。これからは、好きなように生きてくれや」
この女性を、自分の都合で縛りつけてしまった。それもまた、後悔だ。
だが、それもここで終わり。彼女ならば、ここから脱出して生き残る術があるだろう。もう、縛られる必要はない。
エリアが、ポツリと呟く。
わかった、と。
いつもの丁寧な言葉を捨てた、その言葉で。
――柔らかな感触が、ホムラの唇に触れた。
それがエリアの唇なのだと気付くのに、数秒の時間を要した。
「ホムラ。あなたは、ここにいるのですね。ようやく……ようやく、私はあなたに追いつけた」
エリアが微笑む。その時、ホムラは気付いた。エリアの瞳。美しい碧眼であるはずの瞳に、光がない。ホムラは、弾かれたように表情を変える。
「エリア、自分、目が」
「……血を流し過ぎました。しかし、命を懸けてこの程度ならば、十分に僥倖です。それに……今の私には、あなたが感じられる。それだけで十分です」
エリアが優しく腕を回してくる。ホムラも、エリアを抱き締める手に力を込めた。
「私は、愛する人に一人残され生きていける程に強い女ではありません。あなたを失い、どう生きていけというのです?」
「……そう、か。すまんなぁ、最後の最後まで。アホな男で」
「良いのです」
ピシリと、氷の世界に亀裂が走る。
いかに最強の騎士『氷姫』エリアとはいえ、この深手で『エターナル・コフィン』などという大魔法を維持できるはずがない。発動さえも不完全だ。
世界が――終わる。
しかし、そんな中でもこの二人に揺らぎはない。
「私は、そんなあなたを愛すると決めたのですから」
「……あはは、おおきにや。――随分、待たせた」
閉じていく世界。ホムラは、微笑む。
「一緒に生きようか。ずっと、ずっと――……」
――そして、世界が壊れていく。
◇ ◇ ◇
『概念』へと至る時は、世界と契約するというのが摂理だ。その際、その者は世界と同化――いや、一部と成る。しかし、一部とはいえ、世界というものはいくら存在のランクを上にシフトさせようと、人が背負いきれるものではない。そのために、それを望んだ者は一つの行為を為す。
それが、『世界を呑み込む』という行為。
その際の『世界の定義』は不明である。しかし、生半可なものではない。それはテンリュウやファイム自身が理解している。世界とは、人にとっては己の周囲、己を中心とする物語に他ならない。
それは他者からも観測できるからこそ、物語なのである。しかし、呑み込んだ者は他人からは観測できないようになる。
それが、どういう意味を示すのか。答えは単純だ。
物語が――空想へと堕ちる。
空想は物語となることで他人の目に触れることができる。しかし、空想は空想だ。それは誰にも見られない物語である。
事実、『神道天龍』が呑み込んだ世界――万の軍を唯一人で打倒したという古代ベルカの事実は『空想』となったことで、歴史の表舞台から消えた。ただ、万の軍隊が消えたという事実は残るのみである。
そして、ファイム・ララウェイが呑み込んだ『世界』とは。
彼の過去と、未来。
即ち――人生だ。
「……ロストロギア『リバースエンド』と『ジュエルシード』。過去の再生と願いを叶えるその二つを用い、無理を通しましたか。しかし、『リバースエンド』は砕け散ったはず。何故ここに?」
「――あの時願ったのは、破壊じゃない。『制圧』だ」
七歳ほどの外見をした少年。その人物がファイム・ララウェイ本人であることを、その場にいるはやてもテンリュウも確信していた。面影がある上に、バリアジャケットも同じ。
何より――身に纏う静謐な殺気が、彼が彼自身であることを雄弁に物語っている。
ファイムの側に浮かび上がる、黒い砂を内包した砂時計。――『リバースエンド』だ。それを手に掴み、握り締めると、その砂時計は脆くも崩れ去る。
「このロストロギアはあまりにも危険だった。だから、封印の必要があった。ロストロギアの中には、転生を繰り返すものもある。封印処理が必要だと。……そのあと、魔力封印されたり、謹慎を受けたりで封印することができなかったけど――丁度良かった」
「…………」
「僕の……僕たちの使う魔法、『オリヴェント式』は、命を使う術式。そういう力だ。けれど、僕にはもう、戦力のあてになるような命は残っていない。なら――引っ張ってくればいい」
もう一度。
歩んできた道の全てを否定し、歩むはずだった未来を否定し。
命があった、あの頃を。
「僕はどうしようもないほどに間違えた。間違えてきた。悪意で悪意を塗り潰して、そうやって正義を――張りぼての正義を演じてきた。僕は地獄に堕ちるだろうし、死ぬ時は、悪意の刃に抱かれて死ぬことになると思ってる。僕はそれだけ罪深い。
でも、僕は。それでも、僕は。はやてさんを――守りたい」
ガシャン、というカートリッジをロードする音が響く。同時に、ワイヤーが弾けるように飛び出した。
「届かないことは理解しているし、意味がないこともわかってる。未来も過去も否定して、僕には何も残らないことも、ずっと前から理解してる」
ファイムが定義した世界は単純だ。十二年前――カグラ・ランバードに出会う前。そして、魔法を……たった一度の奇跡を使った後の未来。
その全てを呑み込み、世界から抹消した。
管理局に入る前のファイム・ララウェイという存在は消滅し、同時に、十九歳以降のファイム・ララウェイというのも存在しなくなった。
いずれ他の者たちの記憶からも消えるだろう。未来はともかく、過去の彼を覚えている者はいなくなる。
「それでも、さ。それでも、どうしようもないんだ」
自身の全てを否定して。
それでも、届かないとわかっていて。
しかし彼は――力を求めた。
「泣いて欲しくないんだ。生きていて欲しいんだ。この世界だってそうだ。滅ぶなら滅べばいいと思う。だけど、ここははやてさんが生きる世界だ。だから、守る。それだけだ」
世界を守るという理念も、正義という信念も、もう、必要ない。
必要なのは――守る意志。
「行くぞ最強。最後の意地だ。あなたを倒して、世界を救う」
「吠えましたね。一人の女性を世界と称するその覚悟、確かに受け取りました」
風切り音。振り抜かれた刀の一閃が、壁を切り裂き、粉砕する。
「私も世界を開くのが道理なのでしょうが……流石に一日に二度世界を開くことは不可能。故に、全身全霊、徹頭徹尾、我が全力の絶技を以てお相手しましょう」
張り詰める空気。全身が泡立つような感触。叩き付けられるように感じるこの感触が殺気なのだと理解するのに、時間は必要なかった。
ギシッ、と空気が軋んだような気がした。瞬間。
――轟音。
一瞬でファイムの背後に回ったテンリュウが、腰の刀から居合を放ったのだ。彼女の得意とする絶技、『夢魔龍閃』とは違う。ただの居合。
しかし、『ただの居合』で世界は裂ける。魔力を飛ばしたわけでもないのに、延長線上の壁に亀裂が入った。あまりにも鋭過ぎた一撃のせいで、崩壊は起こらない。
――速さを!!
間一髪、小柄な体――リバースエンドを利用して再現した、七歳の姿――を回転させ、ファイムはそれを避けると、続けざまに蹴り上げを放った。しかしそれは紙一重で避けられ、代わりに薙ぎ払うようにテンリュウの持つ薙刀の形状をしたデバイス――『桜花』が振り抜かれた。
通常なら躱し切れない一撃。だが、今のファイムなら避けられる。
キィン、という音と共に、魔法陣がいくつも展開された。翡翠と紅。それぞれファイムとテンリュウのものだ。形状はミッド式ともベルカ式とも違う、命を使う禁忌の術式――オリヴェント式。
《ロール!! コネクト!!》
ファイムが纏うバリアジャケット、リンネクロウズが叫ぶ。杖はもう消えている。過去の姿を再現したと同時に体の傷は消えたが、流石にデバイスまでは修復できない。
ワイヤーが煌めき、何本かが『桜花』に巻き付く。だが無論、それで止められるほど優しくはない。故に、狙いはそこではない。
「――――」
テンリュウの腕に走る、僅かな軋み。どんな達人でも、その斬撃の軌道上に障害物が突然現れれば多少なりとも力を込める。狙いはそこだ。今のファイムには、そんな僅かな動きさえも見える。
ファイムは体が浮き上がった状態で、右手を差し出す。狙うは桜花。その柄だ。
「――――!?」
テンリュウの表情が驚愕に染まる。だが、そんなことに気を払う余裕はない。ファイムは柄を掴むと、思い切り弾いた。これにより、桜花の軌道がずれ、ファイムの体が更に浮く。
交わされる視線。
言葉は――必要ない。
「――夢魔龍閃」
しかし、驚愕の直後、瞬時に技を放ったのは流石に最強を謳われるテンリュウ・シンドウ。その一撃はファイムの首を穿たんと迫り来る。
対し、ファイムも黙っていない。回避行動と共に編み上げていた、ワイヤーの布陣による防御壁。それによって、その一撃を防ぎ切る。
爆音のような音が轟いた。テンリュウが打ち込んだのは、必中、必殺の一撃。しかし、ファイムはその全力を以てそれを受け止めた。
そして、更なるテンリュウの追撃。未だ地面に着地できていないファイムに、更なる一撃を叩き込む。
「夢想演武――」
「――バーストストーム!!」
だが、そこで黙ってやられるほどファイムも甘くはない。オリヴェント式の全力起動によって強引に術の構築スピードを強化。同時に、威力も底上げする。
――――ッ!!
紅蓮と翡翠が衝撃波を撒き散らし、大気を大きく揺らした。衝撃波によってファイムは大きく吹き飛ばされ、テンリュウも僅かに後退。自然、二人の距離が開く。
沈黙が流れ、魔力の余波が空気に満ちる。その静寂を打ち破るように、テンリュウが言葉を紡いだ。
「どうしました?――歳を取られたようですが」
「…………」
ファイムは無言。だが、僅かに眉が跳ねあがる。そう、彼の姿はテンリュウが言ったように僅かに成長していた。七歳相当だったものが、今は九歳相当。僅かだが、確かな違い。
「成程……そういう世界ですか。理解しました。たった一人の命で私に抗う――その言葉の意味、あながち間違ってはいませんね」
「…………」
「私たちの使う術式――『オリヴェント式』は、命をそのまま力に変える術式。その力の大きさは、通常の魔法など軽々と凌駕します。その代償として、寿命が削られていくわけですが……あなたはそれを許容するだけではなく、積極的に使うことを選んだのですね」
そう……ファイム・ララウェイは、『リバースエンド』の能力『過去の再生』により、『まだ命を残していた自分』を再生。ジュエルシードの能力『願いの成就』により、『過去の自分に記憶と意志、力を引き継ぐ』ことを思いついた。
そして更に、概念となることで過去を消滅させ、未来――つまりは、自分の終着点を固定することにより、その思いつきを魔法にまで昇華した。今のファイムは子供の姿であり、過去の姿であるが、その体に宿った戦闘機人の右腕と右足。右の瞳は、彼がこの事件が始まってから手に入れたものだ。
そして、その意志もまた。
改めて命を使い直す。彼が詠唱した通りに、人生をやり直す。それがファイムの選んだ方法。
だが――無論、限界もある。
「そうやって歳を取っていくということは……成程、未完成というわけですか。時を遡ることができても、停滞させることはできないと、そういうことですね。――何故、そこまで?」
彼女は言う。
それはあまりにも、間違っていると。
「怖くはないのですか? 自分自身の命が尽きようとしているこの瞬間が。私と渡り合えば渡り合うほどに、終焉が近付いている現実が。私とどうしても相対する必要はなかったはずです。世界を救いたいならば、ここを吹き飛ばせばいい。私は倒すべき敵将ではありますが、必ず倒さねばならない相手というわけでもありません。――そしてあなたは、そうまでしても私には届かない」
彼女は、言う。
「あなたに私は殺せない。人の理を踏み越えようと、摂理を捻じ曲げようと、私はその遥か上位に屹立する」
対し、少年も応じる。
「たとえそうであっても、僕が諦める理由にはならない。勝てないとはわかっている。それでもここへ来たんだ」
最強は、問う。
「未来を諦め、自らの過去さえも否定したあなたに、何が残るというのです?」
最弱は、答える。
「想いが残る。僕は確かにここにいた。僕の紡いだ思いだけは、誰にも奪わせない」
そして、二人の意志は交わらない。
「刹那を生きるあなたと、永遠を定義する私。在り方が違う身でありながら、どこまでも近く」
「だからこそ相対する。僕の想いも戦いも、全てが全て、僕のものだ」
「それは私とて同じ。そして、あなたは違う。あなたは――誰かのために、戦えたでしょう?」
「それこそ同じ。あなただって、誰かのために戦っている」
「この戦争、どちらに正義があり、悪があるか。そんなことに興味はありません。私は刃でいい。刃でいられれば良かった。そうであれたなら、私は。――神道天龍は、最強のままに刹那でいられた」
「僕はこちら側だから。僕たちの行いが正義だと定義する。僕は刃だった。けれど、今は。僕は僕の意志で生きている。生きていこうとしている。だからこそ――ここまで、強くなれた。強くなるために、永遠を捨てた」
相反するようでいて、似通う二人。
決着は……文字通り、血を見るまで終わらない。
強くなるために、力を求めるために、自分自身の終焉を定めた魔導師と。
強さの究極であるため、最強であるため、自分自身を捨てて永遠を掴んだ侍。
どちらも正しく、等しく過ち。
なればこそ、相対する。
「最後に問いましょう。あなたの人生を、あなたが定義したあなた自身の始まりの以前を記憶できる者の一人として。あなたは辛い人生を歩んできました。どれほど苛烈だったか私には想像しかできませんが……それだけでも眉を顰めざるをえません」
最強は、言う。
「力があれば、と何度もあなたは叫んだのでしょう。しかし、あなたに許された力は命を削る禁術でした。世界の――管理局のために。そのためだけに戦ってきたのでしょう。しかし、あなたはそんな自分を捨てた。管理局を敵に回してしまうかもしれないようなことをしてまで、あなたは戦おうとしています。勝てぬと理解していて。最強たる私の前に立っています。――何のために?」
問いかけ。何のために、戦うのか。
その問いに対する答えを、すでにファイムはもっている。
「――世界を敵に回しても、守りたい人がいる」
理由などというのはそれだけでいい。それ以上は必要ない。
大切だと思える人がいる。たったそれだけで。それだけの理由で、生きていける。
テンリュウの言う通りだ。誰かのために戦える。それだけで、たったそれだけで。
――全てを懸ける、価値がある。
「――――」
吠える。咆哮する。全てを吐き出すように。
未来も過去も捨て去って。それでも、戦うのだ。
この世界が、続いて欲しいから。
続いて行って、欲しいから。
彼女に――笑っていて、欲しいから。
◇ ◇ ◇
二人の戦闘。それを、はやては眺めていることしかできなかった。
彼女自身が限界で、回復を待たなければならないということもあるが、それよりも二人の戦闘速度だ。残像しか映らないような速度の戦闘。いかにはやてが援護型とはいえ、文字通り視認できない速度で戦闘されては援護などできない。
ギュッ、とはやてはシュベルトクロイツを握る手に力を込めた。
『世界を敵に回しても、守りたい人がいる』
その相手が誰なのか、ことここに及んでわからないほどにはやては愚かではない。
――わたしのために。
彼は、あれほどまでに。
テンリュウの言葉や、ファイム自身の言葉から、ファイムの状況は朧げであるが理解した。おそらくだが、彼は自分自身の寿命を定義したのだろう。
あの、魔法。幼くなる直前を終焉として。
もう一度、人生をやり直すように。
どんな――覚悟があるのだろう。
こうして戦っている間にも、過剰なまでに命を消費する彼は少しずつ歳を取っていく。放っておけばまだ十年以上は生きられたはずなのに、彼はそれを否定してまで戦っている。
「どうして」
その言葉はきっと、彼に紡いではならない言葉。彼を否定してしまう言葉。
だからこそ彼に届かないところで、はやては呟く。
「どうして、なん?」
彼なりの葛藤があったのだろう。彼なりの決意と覚悟があったのだろう。
しかし、それでも思ってしまう。
――どうして、と。
「わたし、は」
優しい笑顔。自分を救い出してくれた彼を想いながら、はやては呟く。
「あなたと一緒に生きられたら、それだけで……それだけで、良かったのに」
望んだのはささやかな幸せ。
それさえも――許されないのだろうか。
そして。
はやての下に、通信が入る。不安定な魔力力場が形成されているために、通信が酷く不安定だ。更に、それが外からのものだとすれば余計にである。
ただ、聞き取れる声で、その言葉が紡がれた。
『……聞こ…るか……こちら…………クロノ……』
クロノ・ハラオウン。次元航行艦隊の提督。ようやく、次元航行艦隊が到着したのか。
『……応答を』
はやては、ゆっくりと二人の戦いを見つめる。
彼の覚悟も、自分の悲壮も。
その、全てを内包し。
決着が――近付いている。
◇ ◇ ◇
床を蹴り飛ばし、テンリュウに迫る。ヒット・アンド・アウェイなど考えない。できるだけ密着した位置で、加速と反射だけを頼りに拳を突き出す。
テンリュウの得物は刀と薙刀だ。両方とも、密着されると相手を斬ることが難しくなる。そこを利用する。
踏み込み、放つ。単純。小細工は必要ない。この距離では、小細工など弄した時点で隙になる。
「――――」
意識が加速する。流石は音に聞こえた最強の担い手。その力は圧倒的。満足に武器を振るえない間合いでも、問題なくこちらの攻撃を捌いてくる。
加速する。もっと、もっと。
魔法陣が展開される。ミッド、ベルカ、そして――オリヴェント。
持てる全てを叩き込む。相手に勝る部分――そんなものはない。ならば、それを認めて、しかし、踏み込むしかない。
一歩、更に、一歩。
突き出した拳を受け止められる。マズい。拳を掴まれた。テンリュウがこちらの右拳を――戦闘機人の腕を、そのとんでもない握力で握り潰そうとしてくる。
――させない。
展開するのはベルカ式の魔法陣。ベルカ式の神髄にして奥義である身体強化は、近代であろうと古代であろうとその重要度を変えることはない。
体を捻る。高速回転。遠心力に加速を乗せて、全力で左の肘を叩き込む。
ミシリ、と右の腕から嫌な音が響いた。無理な体勢のツケがが回ってきたらしい。だが、知るか。
「――――ッ!!」
轟音が響いた。振り抜いた肘がテンリュウの桜花の柄に直撃した音だ。二人の距離が開く。その一瞬でファイムは追撃を行わず、両手を広げた。その掌に、魔法陣が展開される。
右腕には、ミッド式の方陣を。
左腕には、ベルカ式の方陣を。
脈々と受け継がれてきた術式。その二つを。
「いくぞリンネッ!!」
《Yes,master!!》
――合成する。
紡がれるは、円の中に三角形の方陣を取り込んだ強大な魔法陣。吹き荒れる翡翠の魔力。ファイムの姿は、すでに十二、三歳のそれ。この状況において、彼は彼が戦い続けていられた最大の理由を放り捨てた。
闇に消えた禁忌の術式、オリヴェント式ではなく――管理局の魔導師としての魔導を、使ったのだ。
「ミッドとベルカ。現代の魔導。相反する二つを、オリヴェントを橋渡しに融合させましたか。器用な真似をするものです。――成程、気が利いている」
対し、テンリュウが展開するのは、彼女の魔導であるオリヴェント式。
運命を覆す力。誰よりも守りたいと願った君主を守るため、一人の侍が辿り着いた極地の術式。
「かつて私が――神道天龍が破れたのは、戦いを極めし『覇王』。その再現をしてくれるとは。ただ両方を使うわけではなく――統合させ、新たな力を紡ぐとは。いいでしょう。ならば、私もお応えします」
紅の魔力。疲弊していても、流石に最強。吹き荒れる魔力に、付け入る隙は窺えない。
だが、そんなことはわかっていたことだ。この、合成術式。ずっと前から考えていて、ようやく、この土壇場で強引に形にできたこれは――確かに切り札。しかし、これでもきっと、届かない。
どこまで行こうと、自分は才能のない凡夫だ。対し、相手は最強を背負う天才。
ただの天才なら、付け入る隙もあっただろう。しかし、『神道天龍』というのは究極の熟練者だ。過去の経験の全てを受け継ぎ、受け継ぐ際にも極限の修練を課されている。
どれだけ命を削ろうと、凡夫がどうこうできる相手ではない。だが――
「名乗りを。第108魔導旅団第零小隊隊長、ファイム・ララウェイ。階級は、一等陸佐」
「――神道天龍。使える君主を失った、無頼なり」
自嘲するように言うテンリュウ。ファイムは、違う、と呟いた。
「僕が聞きたいのは称号じゃない。あなたの名だ」
テンリュウの表情が、僅かに歪み。
そして――微笑を浮かべた。
返答は――命を奪う、全力の一撃。
互いに、互いの全てを懸けて。
力と力が――交錯する。
「一点突破ッ!!」
「――推して参る!!」
全力で――後のことなど全てを度外視して、魔法を紡ぐ。
奇跡を、望んで。
「バーストストーム!!」
「夢想演武!!」
――衝突。
◇ ◇ ◇
想像を絶する威力の衝撃。二人の丁度中立地点で直撃した砲撃魔法は、その衝突で撒き散らされる衝撃だけで世界を食い荒らす。
駆け抜ける衝撃。歯を食い縛り、テンリュウはそれに耐える。
――何という力……!!
疲弊しているのは認めよう。ロード――師匠にして先代であった男との戦闘で世界を開き、その上でギレン・リーを絶命させ、更に八神はやてという膨大な魔力の持ち主が放った自滅覚悟の一撃を、力技で耐えた。その上で、文字通り命懸けで限界を超えてきた眼前の少年と、限界速でやり合った。
魔力が底を尽きかけている。しかし、自分の力の原点は、歴史から名を消された万の命。
対し、目の前に屹立し、最強と相対する男はいかに覚悟を決めたとて所詮は一つの命。飛べる高さは知れており、限界もまた、定まっている。
だというのに、今、目の前で抗っている男は。
「――――!!」
呻き声の一つも漏らさず、強い光の灯った瞳でこちらを睨んでいる。まるで、勝利を確信しているように。
バチン、と余波で何かが吹き飛んだ。
バキン、と壁に亀裂が走った。
――天井から、崩壊の音が轟いた。
崩壊が近い。こちらの拮抗も限界が近付いている。
――押し込む!!
テンリュウは、更に二つ、周囲にオリヴェント式の魔法陣を展開した。保険として残しておいた力を注ぎ込む。貯蔵している命はこの程度では消えはしない。しかし、操るテンリュウ自身の精神力がそろそろ限界だ。意にそぐわぬ行動を――ここを守るという縛りを受けているせいで、調子が上がらない。
ここを守れ、という命令はあっても、全力でここを守れという命令はない。
要は――そういうことだ。
抗おうという気持ち。クライムと、グリス。憎悪さえテンリュウが抱くあの二人に従うことを是としない自分が、本能の部分で命令に抗おうとしている。それが、精神力を削っている。
しかしそれでも彼女は、最強を背負う者。
目の前に立つものが何者であろうと、敗北を喫することはない。最強とは不敗。更に言えば、目の前にいるのは、
エース・オブ・エースでもなく、
死神と謳われる天才でもなく、
切り札と叫ばれる奇跡の指揮官でもなく、
如何なる状況をも踏破するストライカーでもなく、
ましてや――英雄でもない。
ただの、周囲からエースの一人と囁かれるだけの、凡夫。
命を懸けなければ、エースにさえなれない、凡夫の極致に立つ男。
自らにできること、自らが可能とすることを極限まで極め、それでも、天才の高みを見上げることしかできない者。
そんな凡夫を相手に、最強が破れる道理はない。
「――――!!」
叫んだ声は、どちらのものか。あるいは両方が叫んだのか。
衝突する力が、加速する。
翡翠と紅蓮が混ざり合い、しかし、紅蓮が世界を覆っていく。
――押し切る!!
勢いを加速させ、テンリュウは吠えた。最早、自身の声さえ聞こえない。圧倒的な轟音。その果てに、テンリュウは勝機を見出す。
一度目は、相対する価値もないと思った。
二度目は、ただ会話し、殺すと宣言するだけだった。
三度目は、殺すと決めて、しかし、殺せなかった。
四度目は、弱者を斬るが忍びなく、逃げるように彼を地獄へと叩き込んだ。
――しかし、彼は戻ってきた。
認めることにしよう。この男は、神道天龍の長い歴史においても、数えるほどしかいなかった強敵だ。その強さは単純な戦闘能力とは違うところにあるが……それがどうしたというのだ。
力など、如何程のものか。何よりも重要なのは、その心。
この男の心の強さは、唯一人で世界を敵に回して尚、笑える程の高みにある。孤独であったとしても、前に進み続けることができる。
そして、その強さは。
かつて、数多の神道天龍が望み、手に入れることが叶わなかったもの。
どれほどの技を継承しようと。
どれほどの魔力を貯蔵しようと。
あの時――『覇王』に敗れたように、たった一つの想いには勝てない時がある。
だけど。
だからこそ――!!
――負けるわけにはいかない!!
何のために続いてきたのか。そうだ。このためだ。この瞬間のためだ。あの日守れなかった理由。強さを、大切な君主を、守れる力を手にするために。
そのために――続いてきた!!
「――――――――ッ!!」
咆哮。同時、均衡に耐え切れなくなった砲撃が同時に爆発した。凄まじい衝撃が駆け抜ける。その最中、テンリュウは見た。閃光が迸る中、陣を描く翡翠の戦が走るのを。
――あれは、彼の防御陣……!!
一気に押し込めるようになったのは、あれを構築していたからか。しかし、何故だ。あんなもので押し切られた砲撃を止められやしない。爆発した魔力さえもだ。
そもそも、彼自身、あんなもので防げると思っていないはず。
衝撃が抜ける中で、浮かぶ疑問。それは、彼の叫びで解決される。
「――はやてさん!!」
「ラグナロクッ――」
聞こえてきた声。この状況下でその言葉を拾えたのは僥倖だった。マズい、と、テンリュウの口端から言葉が漏れる。
だが、間に合わない。衝撃で怯んだ体は、魔法による防御を許してくれない。
そして、魔法が迫る。
「――ブレイカァァァッッッ!!」
壮絶な威力の収束砲が、テンリュウを穿った。吹き飛びそうな意識。しかし、意地とでもいうべき何かが――彼女が、最強たるテンリュウ・シンドウであるという誇りが、彼女の意識を押し留めた。
――目を閉じるな!!
自らに向かって吠えると、テンリュウは前を見た。目に映るのは翡翠の光。やはりだ。彼もまた、こちらへ向かってきている。崩壊する楽園。その最深部で、決着を望む。
崩れゆく部屋。テンリュウの視界の端で、制御ルームへと通じる扉が瓦礫で押し潰されていくのが見えた。時間も残り少ない。最早、あそこに行くのは不可能。そうなれば、動力炉を粉砕するしかないだろう。核兵器――とある管理外世界ではコンピュータで完全管理しているらしいが、ここにはあれほどの兵器を制御するだけの魔力を備えているのは動力炉しかない。
だが――そんなことは、もう、関係ないのだろう。
煌めきが目に映った。漆黒の光。翡翠を纏って現れたのは、剥き出しの機械の腕。戦闘機人の腕といっても、大抵の戦闘機人はそれをスキンで覆っている。だが、彼は敢えて晒している。
ワイヤーや、カートリッジのためという理由はあるだろう。しかし、それとは違う理由で、彼は人とは違うものを選んだのではないかと、テンリュウは思う。
自らを彼がどう定義したのかはわからない。
固定対象として、自分自身と八神はやてを選んだと聞いた。
矛盾を自ら選んだ彼に待つのは、滅びだけ。
それでも彼は、向かってくる。
姿はもう、十四そこらにまで達している。
耐えるために、そこまで支払ったか。
――ならば、応じるのが矜持!!
右の手に力を込める。神速の突き。全力で突き出した桜花の刃が、ファイムを穿たんと迫る。だがそれを、ファイムはまるで予測していたかのように顔を横に傾け、避けた。
しかし、速度が速度だ。掠めた一撃はこめかみを裂き、肩を切り裂いた。しかし、止まらない。
ならば、とテンリュウは刀を抜いた。居合術。間合いが近く、完全な威力は出せないが、受け止めることはできるだろう。
だが――ファイムは、テンリュウの予測を超えてくる。
放たれた拳。それは、しかし、テンリュウを狙ったものではない。
――まさか!!
テンリュウは驚愕。抜き放たんとしている刃。それをファイムは狙っている。抜身の刀を、拳で。
「――――ッ!!」
咆哮が大気を振るわせた。甲高い金属音が響く。同時、かち上げられた刀――血桜が、宙を舞う。
ヒュンヒュンと、風を切る音が響かせながら血桜が宙を舞う。
――瞬間。
テンリュウの脳裏に、閃くように、何かが駆け抜けた。
〝刃は、人を斬るためだけに存在する。まずはそれを自覚しろ〟
響く声。これは――そうだ。まだ神道天龍になる前、初めて血桜を握った日の思い出だ。
〝侍などと名乗っても、所詮は人斬り包丁を振り回すだけの人殺しだ。だから、私たちには確かな理が必要になる。最強であるために。最強であることに、驕らぬために〟
そうだ。あの日も、こうして。
血桜を、跳ね上げられたのだったか。
〝何れお前も理解する。私たちがどういう存在なのか。――世界から外れるというのが、どういう意味なのか〟
あの時、師匠は笑っていた。
遠くない未来、自分に全てを譲ると同時に死ぬとわかっていたのに。
〝さあ、もう一本だ。血桜を拾え〟
血桜が、床に突き刺さる。同時、テンリュウは、その言葉を聞いた。
〝強くなれ、未来のお前のために。――オトヒメ〟
カチリと、テンリュウの中で何かが噛み合った。
そうだ。そうだった。
――私の、私の名は。
忘れてしまった、大切なものは――
テンリュウの表情に、笑みが灯る。
同時。
ファイムの体が、吹き飛ばされた。
◇ ◇ ◇
テンリュウの手が触れた瞬間、ファイムの体に衝撃が駆け抜けた。透し、と呼ばれる技法だ。零距離から、装甲を無視したダメージを叩きつけてくる。
ファイムは、肺から空気を吐き出した。同時、前を見る。
そこでは、酷く清々しい表情でテンリュウが微笑んでいた。
「――最後に一つ、問いましょう」
刀が消えた右手をゆっくりと開き、同時にファイムを見据えながら、テンリュウは言った。
「きっと、あなたは――あなたたちは、世界を救うために決断を強いられます。それは酷く残酷でしょう。何故なら、答えとは得られるものではなく、突きつけられるものだからです。たった一つの冴えたやり方……そんな甘いものは、望むことさえ許されないでしょう。
あなたたちは、必ず、後悔する。絶望する。必ず、世界を呪う。
――残酷ですが、言いましょう。奇跡は、今ここに起こりました。我が刃を弾く……最強に一矢報いたことが何よりの奇跡だと、他ならぬあなたたち自身が理解しているはず。
奇跡は二度、起こらない。
誰にでも一度起こる奇跡は、しかし、たった一度しか起こらないからこそ、奇跡なのです。命を懸けた先に掴んだ奇跡は、今ここに起こりました。ならばもう、あなたに奇跡は残っていない」
崩壊していく空間。その中で、最強の侍は問いかける。
「それでも、あなたたちは世界を救おうとするのでしょう。たった一つの、世界を。ここまでの力を、意志を見せられたのです。私にも理解できます。あなたの世界は、たった一人の女性――八神はやて。彼女が生きる世界。だからこそ、あなたはあなた自身を否定できた」
ファイムは、無言でゆっくりと頷いた。そう、その通りだ。
彼にとっての世界の定義は、『八神はやての生きる場所』だ。だからこそ幸福に背を向けることができたし、過去に遡った後の終焉に対する恐怖さえも打ち払った。
そして、そこには。
その、世界には――
「問いましょう。――その世界に、あなたの姿はありますか?」
一息。はやてが息を呑んだのがわかった。ファイムは、息を吸い、逡巡し。
それでも、答えを口にした。
「――ない」
はやてが震えた。テンリュウは微笑を消した。
それでもファイムは。
愚か者は、笑っていた。
「僕は、悪意を抱えて戦ってきた。命を使ってきた。全てを救えないと理解していたから、悪意を以て、百人救うために一人を、千人救うために十人を、万人救うための百人を殺してきた。等しく等価な命を、踏み躙って、握り潰して生きてきた。それを正義と定義した。
だけど、僕はもう、正義なんて語れない。
等しく等価だった命が、いつの間にか、そうじゃなくなった。
なのはさんも、フェイトさんも、カグラさんも、シグナムさんも、ヴィータさんも、シャマルさんも、ザフィーラさんも、リィンも、アギトも、リューイも、ミリアムも、スバルさんも、ティアナさんも、エリオも、キャロも、ギンガさんも、ゲンヤさんも、ソラも、ユーノさんも、クロノさんも、僕の中で、大切な命になった。
そして、何よりも。誰よりも。
はやてさんが――僕にとっての、ファイム・ララウェイにとっての、全てになった。なってしまった。それを僕は誇りに思うけれど――だからこそ僕は、僕が生きることを許容できない。
僕は死ぬよ。悪意を抱えて。いつかきっと、僕の悪意が世界を喰らうなら。
その前に――僕は死ぬ」
あまりにも悲しい答え。しかし、それが、ファイム・ララウェイの答え。
彼にとっては最善の、たった一つの冴えたやり方。
悪意を抱いてきたからだからこその――善。
テンリュウは、そうですか、と一言だけ呟いて。
静かに、目を閉じた。
天井から、彼女の下に圧倒的な質量の瓦礫が降り注ぐ。
二人が、目を見開いた。だがテンリュウは一言、降り注ぐ瓦礫を受け止めるように屹立し。
「――我、名を得たり。答えを、得たり――」
謡うように呟いて。
最強は、瓦礫に埋もれて消え去った。
「…………」
沈黙が流れる。ファイムは歩み寄ると、血桜を引き抜いた。そして、言う。
「――借り受けます」
両手で持ち上げ、差し出すように。
そして紅の刀を携え、歩み出す。その背に、はやてが言葉を紡いだ。
「――今更、わたしの言葉では止まらへんのやろね」
「ごめん」
すれ違う直前に、並ぶようにして。
違う方向を向きながら、二人は言葉を交わす。
「――逃げたら、良かったんかな?」
「わからない。どちらにせよ、僕の死は定まっていたことだから」
「……そっ、か」
同時に、二人が互いへと視線を向けた。
触れ合う唇。その唇が離れた時、互いの目に宿るのは、覚悟。
「行こうか、ファイムくん」
「行こうか、はやてさん」
幾度となく、終焉に対する言葉は交わし合ってきた。
だから、もう。
「わたしはあなたと共に」
「僕はあなたと共に」
残酷な現実へ。
非情な未来へ。
大切な――人のために。
「世界を――救おう」