魔法少女リリカルなのは~優しい嘘~   作:アマネ・リィラ

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最終章〝優しい嘘 前篇〟

 

 

 

 

 

 ――括目せよ。

 これが、英雄の生き様である。

 

 その最期、しかとその目で見届けたまえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――◇ ◇ ◇――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 時空管理局本局。そこに緊急召集された理事会は、最早、ただいるだけの集団であった。

 ミッドチルダと本局を核兵器で吹き飛ばす――クライムという男にはそれを行う意志があり、技術もあることを皆、理解していた。

 

 ――クライム。

 

 今より15年近くも昔。全く同じ名で生きていた男がいた。

 悪を以て、正義を為す。管理局ほどの組織になると、一枚岩となることなど望むべくもなく、結果、どうしても『調整役』が必要になる。

 レジアス・ゲイズの時代は、ファイム・ララウェイを中心にまだ管理局と繋がりを保っていたジェイル・スカリエッティ――正確には、彼が率いた戦闘機人によってそれが成されていた。

 正義のために行われる、非人道的手段による粛清。正義、という言葉の利便さは、最早語るべくもない。

 そしてその彼らが必要となった理由こそが、クライムという男。

 全ての――始まり。

 

「……管理局の、負の遺産」

 

 誰かが呟いた。クライムという男。死んだはずの――消えたはずだった男が管理局にとってどんな存在なのかは、その一言で説明できる。

 

 特殊制圧部隊――通称、屍部隊。

 

 不吉な名を持つその部隊は、表に公然と存在する部隊ではなかった。裏側の存在。文字通り、屍――死んだはずの者たちによって構成される部隊だ。

 その構成員の多くは、精神的に異常とみなされた者、管理局に逆らう意思ありと判断された者、元犯罪者など、管理局にとって不都合な者たちだ。その部隊は外で華々しく活躍する魔導師の裏側で、表立っては決して行うことができない行為に身を染めていた。

 犯罪者の抹殺、危険思想保持者の暗殺など、現代ではファイム・ララウェイさせられていたことを、彼よりも大々的に、組織で行っていた。

 

 そして、その部隊を率いていたのが――クライム。

 

 この男の素性はわからない。気が付けば存在していた男……それが当時の上層部の見解だった。一応、経歴はある。屍部隊に所属する前の経歴は――後に彼の死と共に無限書庫からも消されたが――残っていた。

 しかし、そこに書かれていたものは全てが虚構だった。

 名は屍部隊に所属する時点で消されるとはいえ――本名とされる名は、どこの記録にも残っていない。そんな人間がいた形跡すらないのだ。彼が生まれ育った場所は、第二管理世界というが……そこの彼の故郷とされる場所に、彼はいた形跡がない。

 何故なら。

 彼が生まれたとされる場所は、魔法生物の巣がある場所なのだから。

 ――そして、彼の男は反逆を起こした。

 誰にも気付かれない反逆。もう少し彼に時間があれば、今回の戦いに匹敵する被害が出たであろう事件。それが起こることなく闇に葬られたのは、今や英雄となった男の活躍があればこそだ。

 しかし、今。

 あの時以上の危機が、迫っている。

 

「……次元航行艦隊が、間もなく到着します」

 

 静まり返った会議室の中で、リンディ・ハラオウンの声が響いた。かつて『聖王のゆりかご』を消滅させた次元航行艦隊による魔導砲『アルカンシェル』の一斉掃射。しかし、今回はそれが行えない状況にある。

 旅団が内部に侵入しているということもある。しかし、それよりも、確証が得られないことが大きい。

 

「しかし、『失楽園シャングリラ』……あれを破壊したとしても、核兵器が止まる保証はありません」

「……止めてみせろ、か」

 

 理事の誰かが、ポツリと呟いた。そう――核兵器の解除方法があるとしたら、内部にある。破壊したからといって、止まる保証はないのだ。

 それに、もう一つ。そもそも、『アルカンシェル』が通用しない可能性が示唆されている。

 

「そしてもう一つ……強力なAMFの反応を確認しました。いえ、正確にはAMFではないようですが……いずれにせよ、干渉が阻害されています」

 

 侵入自体は可能だ。しかし、外部から魔力で干渉しようとすると、その全てが打ち消されるのだ。

 どういう理論かは不明だ。しかし、手が出せないというのも事実。

 

「クラナガンへの侵攻自体は、大方制圧しました。しかし、未だ内部制圧には……」

「八神准将からの連絡は?」

「クロノ・ハラオウン提督が通信に成功しました。その際、あのテンリュウ・シンドウをファイム・ララウェイ一佐が討ったと連絡が」

 

 ――ザワッ。

 

 予想外の報告に会議内がざわめく。そのざわめきには喜色の色が映っていたが、リンディはしかし、と厳しい表情で言葉を続けた。

 

「まだ核兵器の停止には至っていないとのことです」

 

 再び、沈黙。いかに『最強』を討ったとしても、核兵器を止められなければ意味がない。

 誰もが重い沈黙を抱く。そんな中、ミゼットが口を開いた。

 

「……最悪の場合の想定が必要だね。『アルカンシェル』が力不足というなら、それ以上の力を出すしかない」

 

 魔導砲アルカンシェル。それは、現在の管理局が保有する兵器では最強の威力を誇る。あまりの威力に使用制限が複数の項目に渡って設けられているくらいだ。

 しかし、更に。

 管理局には、その黎明期に生み出された表舞台からも消え去った兵器が残されている。

 

「xナンバー……確か、『アースラ』を改造していたはずだね、リンディ?」

「は、はい。万一に備え、衛星軌道上に多重迷彩をかけて飛ばしてありますが、しかし」

 

 リンディが言いよどむ。当然だ。xナンバー――その名の意味を知る者は、当然それがどんなものかも理解している。

 葬り去られた究極の兵器。その力は、圧倒的であると同時に。

 あまりにも――人道に反している。

 

「あの砲台は……その」

「――八神はやて」

 

 リンディの迷いを含んだ言葉に、断じるようにミゼットは言った。

 

「おそらく、現代の次元世界で最強の魔力を持つあの子なら砲台に成り得る。緊急事態で昇進し、随分と早く将軍職に就くことになったとはいえ……あの子はいずれ、理事になる器だった。そして、上に立つということは後ろ暗い闇を覗き、その闇に身を堕とすということ。――丁度いい機会じゃないかい?」

「しかし、理事長」

「リンディ。私たちは戦争をしているんだよ。情報操作など当然。あの子も、真実を知ったからといってどうこう叫びやしないよ。それが政治。あの子は賢い。あの子は自分自身の日常を守るために、全てを受け入れ呑み込むよ」

「――理事長、あなたは」

 

 リンディが、表情を険しくする。

 

「あなたはあの子を脅すつもりですか!?」

「脅す、なんてことはする必要もないよ、リンディ」

 

 ミゼットはため息を零しながらリンディの怒りを受け流す。

 

「あの子は賢い。何も言わずとも理解するさ。――そういう結末が待っている、ってね」

 

 そして、理事長は命を下す。

 あまりにも深い闇に鎮座するからこそ。

 それが、正義と信じて。

 

「――八神はやて准将に勅命を。砲艦『アースラ』を以て、『失楽園シャングリラ』を沈めよと」

 

 決着が――迫る。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 不意にはやてが足を止めた。ファイムは、首を傾げて振り返る。

 

「はやてさん、どうしました?」

「……ううん。ちょっと、連絡が」

「連絡……本部からですか?」

 

 ファイムの問いに、はやては頷く。そうしてから、少し、迷うような表情を見せた。

 

「なぁ、ファイムくん。一つだけ……聞いてもええか?」

「? はい。なんでしょうか?」

「――命を使うって、どんな気分や?」

 

 ドクン、と自身の心臓が大きく高鳴ったのファイムは確かに感じた。

 命を使う……最早常態と化してしまった、その行為。それを行う気分。

 

「そう、ですね。説明は難しいんですが……自分の中で、何かが少しずつ終わっていく、といった感覚でしょうか」

「終わって、いく?」

「はい。未来が少しずつ消えていくような、歩いていく道の先が少しずつ消えていくような……そんな感覚です」

 

 そう――消えていく。

 未来が消えていき、歩む先が明確に終わっていくイメージ。

 同時に、肉体が死んでいく感覚もある。

 

「過去を振り返らないと、潰れてしまいそうになるんです。体が死んでいく、未来が消えていく……そんな、そんな感覚です」

 

 十二年間。その重みを背負い続けてきた。

 無駄だとは思わない。その行為の果てに出会うことができたのだし、それで守れたものもある。

 ――けれど。

 自分以外に背負わせようとも、思わない。

 

「僕は後悔していません。こんな体になったことも。だけど、それを誰かに背負わせる気はない。はやてさん……その言葉の意味、問いかけの意味、お聞きしても?」

「――私も、命を使う時がきたみたいなんや」

 

 はやては、言った。

 静かに、寂しげな表情と共に。

 ファイムは、どういう意味ですか、と言葉を紡ぐ。

 

「命を使う、なんて。どういう意味です?」

「言葉通りの意味やよ。今、理事会から連絡……というよりは、命令が下されたんや。Xナンバー――禁断の究極兵器。それを使え、っていう命令や」

「xナンバー……」

「うん。それがどういうもんかはよくはわからへん。せやけど、ええもんでないのも確かなんやろうと思う」

 

 はやては苦笑する。その笑顔はやはり、どこか寂しげだ。

 

「『失楽園シャングリラ』……ここの動力炉を破壊すれば、核兵器は止まるんやろうと思う。あんな兵器を制御できるようなエネルギーがある場所は、いくらロストロギアでもここしかあらへん。せやけど、動力炉を破壊した後、ここはどうなると思う?」

「…………」

「迂闊やったわ。理事会も同じことを考えたんやろうね。――そうや。ここは、吹き飛ぶ」

 

 はやては天井を見上げながらゆっくりとそう言った。

 史上最強の概念兵器、『失楽園シャングリラ』――それが内包するエネルギーは膨大だ。今こうして立っているだけでも、圧迫されるような『何か』を感じる。

 照明があるわけでもないのに、内部が明るい。魔力が満ちているからだ。

 上位の魔導師でさえ、魔力を視覚化させることは魔法を使う時ぐらいしかできない。魔導師が戦闘体勢に入った瞬間、溢れ出る魔力が視覚に捉えられることがあるが、それができるのはオーバーSと呼ばれる一部の魔導師のみだ。そしてそれさえ、戦闘時のみ。

 それがここでは常に発動している。煌めくような魔力の渦。ただ纏うだけでこの魔力だ。ここを制御している動力炉には、どれほどの魔力が渦巻いているか想像もできない。

 

 はやては、わたしのミスや、とどこか悔しげに呟いた。

 

「この異様な大きさに呑み込まれてた。予測できた展開やったのに。……ミスの責任は、取らなアカン。幸いか、帳消しのための手段は理事会が用意してくれたみたいや。わたしは、今からそっちへ向かう」

「……それは、しかし」

 

 ファイムは唇を噛む。責任――それを口にされれば、何も言えない。

 

 指揮官、責任者というのは責任を取るために存在している。はやては今回の作戦における最高責任者の一人であり、旅団の長だ。それが責任を取るのは必然である。

 過去の歴史を紐解けばよくわかる。指揮官というのは敗北の度に死に、ミスの度に死んでいく。

 今回、命を使えという指令が出たのも、ある意味では頷ける。

 ただ、ファイムは内心で自身を叱責した。そう、確かにミスだ。だが、自分はそれに気付けたはずなのだ。『失楽園シャングリラ』がどれほどの力を有しているのか、知ることのできる立場にあったのだから。

 

「責任、そう、責任や。――それを口実に、わたしは引き金を引くよ」

 

 不意に、はやてはそう言った。ファイムは、えっ、と呟きを漏らす。

 

「口実、とは?」

「責任があるのも事実やし、わたしじゃなくても結局、誰かがやらなアカンかった事でもある。わたしがやるか、誰かがやるか……それやったら、わたしがやったほうがええやろ?」

「……はやてさん」

 

 ファイムは、咎めるような口調ではやての名を呼んだ。

 

 誰かが傷つくくらいなら、その代わりに自分が傷つけばいい。その考え方は、あまりにも危険だ。

 美しいことではあるし、称賛されることでもあるだろう。

 自己犠牲は、確かに尊い。だが、その果てにあるものをファイムは知っている。

 

 そう――ファイム自身。

 

 彼自身に後悔はない。しかし、やはり過ちであったと彼は思う。自分自身が死ぬことで悲しむ人が――昔は思ってもみなかったが――確かにいるのだ。自己犠牲は、その人たちを傷つける。

 だからこそ、ファイムははやての手を掴んだ。

 

「行かせません。そんな理由で、命を使うことは許さない」

「……ファイムくん」

「あなたにまで、背負わせない。生きてもらいます、あなたには」

 

 もしも、とファイムは言った。

 それでも行くと、言うのなら――

 

「――僕が引き金を引きます。今のこの体ならば、全力を以て力を使えばあなたの魔力量さえ超えられる」

 

 決意の言葉。大切な人。大切だからこそ。大切なればこそ。

 命を懸ける――意義がある。

 はやては、小さく微笑み。

 

 ――不意に、唇に柔らかいものが触れた。

 目の前にあったはやての顔が離れる。はやては、堪忍して、と呟いた。

 

「惚れ直してしまうやんか。……こんな場所で、そんな目で言われたら。私は」

 

 不意に、はやてを掴んでいた腕が離された。はやてはファイムから数歩離れると、静かに微笑む。

 

「別に、今すぐ死ぬわけやあらへんよ。死ぬためやない。生きるためにやるんや。精一杯、生きるために。命懸けで生きていくために」

 

 決意の瞳。そんな、燃えるような瞳を携えて。

 

「――あなたとの未来のために」

 

 はやては、言った。

 生きるために。生きていくために。

 

 そうやって――いくのだと。

 

「…………」

 

 ファイムは、目を伏せ。

 そして――頷く。

 

「……わかりました」

 

 ん、とはやては頷いた。

 そして、ファイムに背を向ける。彼女の戦場はここではない。

 

 この先は――ファイム・ララウェイの戦場だ。

 

「――武運を」

 

 

 重なる言葉。

 その言葉を最後に、二人が触れ合うことはもう、なかった――……

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……不死、か」

「ええ、そうです。それが、この子の背負った業ですよ」

 

 内部を黒竜サリヴァルムの背に乗って移動しながら、カグラの言葉にソラは頷いた。広い空間を高速で突き進むサリヴァの両隣にはフェイトとシグナムがおり、襲い来る機械兵器の軍団を強行突破している。

 

「時間がないので詳しく話している暇はありませんが、結論を言えばそうです。『聖人』オリヴェント――歴史の上にもほとんど姿を見せないその存在は、そもそも『死なない』存在だったんです」

「死なない存在、だと?」

 

 シグナムが眉をひそめる。ソラは頷いた。

 

「事実であるかどうかは、彼女の状態を見ればわかります。『運命改変』……その破格の能力については先程話しましたが、しかし、どう考えてもあれはおかしい」

「おかしいって?」

「フェイト隊長。そもそも、『運命』などというものを人間が制御できると思いますか?」

 

 ソラは言う。できるはずがない、と。

 

「そもそも、『運命』というものは人に観測できるようなものではありません。そもそも見えやしない物語を改変するなんて、どんな文豪であっても不可能です。……時間がないので省きますが、『聖人』とはそういう存在だったんですよ」

 

 チラリと、ソラは自身が腕に抱く少女を見た。右腕を奪われた後、応急処置もなく長時間放置されたであろうにもかかわらず、死の気配はない。それどころか、時間が経てば経つほどに状態が良くなっていっているようにさえ感じる。

 

「未来と過去……その全てを掌握し、その上でそれを捻じ伏せる能力。『調停者(バランサー)』とも呼ばれる彼女は――」

 

 ――――ッ!!

 

 ソラが言葉を紡ごうとした瞬間。突如、壁が吹き飛んだ。同時、人影が飛び出してくる。その姿を見て、まず最初にフェイトが反応した。

 

「なのは!?」

 

 現れたのは、白きバリアジャケットを紅の血で染め上げた――『エース・オブ・エース』。

 彼女は鬼の形相でフェイトたちに視線を向けると、怒鳴るように叫んだ。

 

「二人をお願い!!」

 

 同時、転移魔法が展開され、フェイトたちの進路上に二つの人影が現れる。

 ユーノ・スクライア。

 八神ヴィータ。

 二人共、浅くない傷を負っている。フェイトとシグナムはすぐさま急停止すると、二人を抱き上げた。

 

「ユーノ!?」

「ヴィータ!! どうした!?」

「早く二人を!!」

 

 なのはが叫ぶ。しかし、彼女以外は状況の展開に追いつけない。

 どう動けばいい――迷いは一瞬だった。しかし、その一瞬がソラ・ウィンガードの動き出しを致命的に悪くする。

 背後で、何かが跳ねた。

 

「どけガキ共ッ!!」

 

 咆哮が轟く。叫んだのはカグラだ。彼はそのままフェイトとシグナムの前に割って入ると、魔法陣を展開する。

 

 ――直後、世界が爆ぜた。

 

 圧倒的な力の奔流。全力で展開したであろうカグラの障壁が一瞬で軋み、亀裂が入る。保たない――誰もがそう直感した瞬間、桜色の魔力が世界を染め上げた。

 

「ブラスター1!! エクセリオン――バスターッ!!」

 

 轟音。そして、遅れて衝撃波が駆け抜ける。

 力の奔流を更なる力の奔流が捻じ伏せる。全力の砲撃。誰に向かって放たれたものなのか――その答えは、すぐさま現れた。

 

 

「――流石だねぇ♪ これだけの差があって、まだ諦めないんだ?」

 

 

 現れたのは、白衣を血で紅に染め上げた一人の少年。

 ――グリス・エリカラン。

 

「まあ、諦めてもらっても興醒めだけど――って、あれ? ああ、誰かと思えば。増援かな? 数が増えたところで、何かが変わるわけじゃないと思うけど」

 

 グリスはカグラたちを一瞥すると、楽しそうにそう言った。ソラは、そんなグリスの右腕を凝視する。

 

(……そういうこと、か)

 

 びっしりと不可思議な文様が刻まれた右腕。グリスの体とは明らかにそぐわないその腕。

 そしてこの、言い知れぬ圧迫感。

 つまり――奴が。

 

「――――」

 

 無意識のうちにソラは拳を握り締める。そんな様子がグリスの目に映ったのだろう。グリスが笑った。

 

「キャハハ♪ ずっと見てたよ? 宗主を討つなんて随分やるもんだ♪――だけど、その程度じゃボクは倒せない。運命はこの手の中にある。さあ、やろう?」

「――レイジングハート」

 

 諸手を広げ、グリスが言う。瞬間、いくつものシューターが駆け抜けた。グリスは、笑みを浮かべる。

 

「そうだね。あなたとの決着がまだ着いてない」

 

 グリスが右腕を振るった。すると、なのはが放ったシューターが不自然な軌道を描き、壁に直撃した。

 なのはは止まらない。限りある天井の中とはいえ、広さは十全。空へと駆け上がる。

 グリスはそんななのはを見上げながら、楽しそうに笑った。

 

「大空を舞う不屈の翼……鳥籠の中じゃ、飛べる高さも知れてるよ」

 

 異音。世界が軋むような音が響く。

 そして現れたのは、異常な光景。

 

 室内を覆っていた壁の表面が剥がれ落ち、すぐさま黒光りする鋭利な刃へと変換された。刃の葬列。その光景に、ソラは見覚えがあった。

 

「これは――」

「……ふざけた力だな」

 

 カグラもサリヴァから降りながら呟いた。クライムのレアスキル、『異端狩りの刃』。それとよく似た光景だ。

 そんな二人の反応を受け、グリスは嬉しそうに笑う。

 

「さあ、踊ろうか。決着は見えているけど――精々、楽しませてよ」

 

 対し、なのはは魔法で応じる。

 

「――――!」

 

 極限の戦闘が、幕を上げた。

 全身全霊。文字通り、命を投げ捨てる戦いが。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 高町なのはの敗北は、管理局の敗北である。

 いつしか謳われるようになった文句の根拠は、彼女の武勇にある。奇跡としか言いようがないほどの偉業の数々。こと戦闘においては、現代で管理局に並び立つ者は数えるほどしかいないとされる。

 よく彼女と並び立つ魔導師としてフェイト・T・ハラオウン執務官や八神シグナム一等空尉の名が挙がるが、その当人たちも「彼女には勝てない」と断言している。

 

 ――高町なのはの敗北は、管理局の敗北である。

 

 それは最早公然の事実であり、実際のところ、高町なのはが真っ向勝負で打ち負けるような魔導師が現れた場合、他に勝てる者などいないのだ。

 だからこそ、彼女は敗北を許されない。

 どんな状況であれ、その不屈の魂で勝ち続けなければならない。

 しかし。

 今、目の前にいる敵は――……

 

 

「アクセル――シュウタァァァッッッ!!」

 

 放たれるのは、三十二発の弾丸。高町なのはの能力であれば、その全てを精緻なコントロールを以て操れる。

 グリスに向かって直進する弾丸。しかし――

 

「外れ♪」

 

 謡うようにグリスが呟くと同時、確実に直撃するコースで飛来していたはずのシューターが突如制御を失い、全て外れたのだ。見当違いの方向へ飛んで行ったそれらは、壁に直撃して霧散する。

 

(また……!?)

 

 なのはは内心で舌打ちする。まただ。また、外れた。

 突然制御を失い、必ず逸れる弾丸――まるで、『当たらないことが決まっている』かのようだ。ユーノとヴィータを抱えて退避していた時もそうだった。

 なのはの頬を一筋の汗が伝う。それを見透かしたように、グリスが笑った。

 

「焦ったかな?――じゃあ、次はボクのターンだね」

「――――ッ!!」

 

 凄まじい音を響かせながら、無数の刃がなのはを狙って飛来した。材質は壁面でこそあるが、そもそも亜音速に近い速度で飛来する武器はそれだけで危険だ。

 なのはは高速機動に入り、それらを避けようとする。数が多いせいか、精緻なコントロールはない。避け切るのは難しくない――そう、判断した瞬間。

 

「まあ……甘いというか、何というか」

 

 グリスの声。それと同時に。

 

 ――鮮血が宙を染め上げ、純白のバリアジャケットが紅に染まった。

 

「なのはっ!!」

 

 フェイトが叫ぶ。なのはは驚愕に目を見開いた。

 回避行動にミスはなかった。全てを避け切れたはずだ。しかし、結果として駆け抜けた刃の悉くがなのはを掠め、その肌を切り裂いた。

 

「ふぅん……? 回避能力の見積もりが甘かったか。まあでも、十分かな」

 

 致命傷ではない。しかし、全身に走った傷は動きを奪うには十分だ。

 

「…………ッ」

「流石は『エース・オブ・エース』。遊んでたらボクが喰われそうだ――」

 

 だから、とグリスは言い。

 前に突き出したその異様な右腕を握り締める。

 

「ここらでフィナーレといこうか。後がつかえてる」

 

 紡がれるのは、巨大な刃。グリスは左腕を掲げると、それを中心に刃を組み上げた。そして、それを全力でなのはに振り下ろす。

 

 ――ゾンッ!!

 

 その質量からは想像できないような速度で振るわれた刃が、凄まじい音を立てて振り抜かれる。

 そして。

 再び、鮮血が世界を染め上げた。

 

 同時。

 桜色の奔流が、少年を押し潰す――!!

 

 放たれた砲撃魔法により、壁が大破した。グリスは、へぇ、と呟きを漏らす。

 

 

「――やっぱり、凄いね」

 

 

 大破した、左腕の刃。砲撃を喰らい、焼け焦げた左腕を見ながら、グリスは呟いた。

 なのはを見る。なのはの右腕には、深い裂傷が走っていた。

 しかし不屈のエース・オブ・エースの表情に苦痛はない。痛む右腕を無視し、左腕だけでレイジングハートを構える。

 あの一瞬、なのはは避けることを考えず、文字通り差し違えるつもりで踏み込んだ。振り下ろされる刃に対して一歩も退かずに、だ。

 その代償として右腕を斬られたが、代わりに左腕を吹き飛ばすことに成功した。

 

「…………」

 

 なのはは表情を僅かに歪める。血が止まらない。思ったよりも傷が深いらしい。だが、代わりに一つの成果を得た。

 

(届く)

 

 不可思議な力で攻撃が延々と逸らされていたが、それも完璧ではないとわかった。ならば――届く!

 届くのならば、打つ手はある。

 諦めるのは――まだ早い!!

 

「……ふぅん、成程」

「…………?」

「舐めていたねぇ、これは。流石に天下の管理局。その『エース・オブ・エース』。侮れる相手じゃない」

 

 覚悟を新たにしたなのは。その目の前で、グリスは呟いた。同時、いきなりグリスは自身の左肩を掴む。

 

「邪魔だねぇ、どうも。まあ……換えればいいか」

 

 ――メギッ。

 

 思わず生理的な嫌悪感を抱かずにはいられない、そんな音が響いた。グリスが、あろうことか自身の左腕をもぎ取ったのだ。

 鈍い音を立て、地面に転がる左腕。その場の全員が、息を呑んだ。

 グリスの左肩から血が噴き出す。

 

「究極の力っていうのは、理を捻じ伏せるもの」

 

 グリスが、その右腕で握り潰すように左肩を掴んだ。

 血が、ただ噴き出すだけだった血液が、形を成していく。

 

「自然治癒の運命を改変した。腕一つ治すことなんて、造作もない」

 

 それは棒状の形をとり、徐々に人の腕の形に変わっていく。

 数秒後には、紅の腕が新たにグリスの左肩から生えていた。

 

「命とか使うわけだけど、まあ、別に。ボクの体ってスペアあるし。右腕さえ付け替えれば代わりはいくらでもあるしねぇ」

 

 なのはの顔に、笑みが浮かんだ。それは――絶望の笑み。

 不可思議な現象のせいで、そもそも攻撃が当たらない。当てたとしても、その傷は容易く戻ってしまう。

 

「もう、人間じゃないね」

 

 苦し紛れのように、なのはは言った。グリスは笑う。

 

「それは、あなたも似たようなものでしょ?」

 

 グリスが言うと同時、再び無数の刃が展開される。

 

「『避けられない』という運命を付加した。どこまで踊れるか――見せてよ」

 

 ――放たれる、死の刃。なのはは息を吸い、括目する。

 先程の砲撃――あれだけがどうして届いた? 特に変わったことはしていない。

 運命……グリスが何度も口にするそれが、おそらくキーワード。それを操作する?

 

 わからない。わからないが――感覚が告げている。

 数多の戦場を駆け抜けてきた経験が、どうすべきかを告げている。

 

「レイジングハート」

 

 なのはは呟いた。同時、彼女の愛機はすぐさま応じる。

 

《Divine Buster》

 

 展開される砲撃魔法。グリスが笑みを浮かべた。余裕の笑みだ。自分には当たらない――そう、高を括っているのだろう。

 それは正解だ。故に、なのはの狙いはそこではない。

 

(何の工夫もない。これが教導だったら、あの子は零点だね)

 

 向かってくる刃を冷静に見つめながら、なのはは呟いた。数は多いし速度も速い。しかし、単純すぎる。

 そして。

 高町なのはが、その魔導を開放する。

 

「ディバイン――バスターッ!!」

 

 桜色の砲撃。グリスは右腕を突き出し、すぐさまそれを逸らそうとしたが、その前にその表情が変わった。

 

「まさか!」

 

 ――消滅。

 文字通り、なのはを狙い撃とうとしていた刃の全てが消滅したのだ。

 単純な話である。グリスではなく、『グリスの放った刃』を狙い撃ったのだ。なのはにしてみれば、防御の一手だったわけだが――

 

「ぐっ!」

 

 あろうことか、その砲撃はグリスに直撃した。爆発の煙。なのはは驚愕の表情を浮かべるが、同時に反射とも呼べる速度で叫んでいた。

 

「フェイトちゃん!!」

 

 同時、『雷光の死神』が駆け抜ける。真・ソニックフォーム。出し惜しみなしの全力だ。

 

「バルディッシュ!!」

 

 叫ぶと同時、振り抜かれる二刀の刃。金色の雷を纏うそれは、グリスを穿ち、弾き飛ばす。

 ――当たった。その場の全員がそれを判断した瞬間、更なる追撃が行われる。

 

「『紫電!! 一閃!!』」

 

 紅蓮の炎を纏う騎士の一撃。しかし、それはグリスの展開した障壁によって阻まれる。だが、障壁だ。先程までは回避行動さえも取ろうとしなかったのだ。それが、受けに回った。

 

 ――勝機!!

 

 動きは早い。距離を取ろうとしたグリスに対して次いで放たれたのは、巨大な火球。黒竜サリヴァルムの一撃だ。

 

「へぇ……!」

 

 グリスはそれを身を捻って避ける。その背後で、魔法陣が煌めいた。

 

「――転移魔法ってのは、扱いが難しいな」

 

 現れたのは、この中で唯一バリアジャケットを纏わない少年。『陽光』が、その手に握った一本の刀を振り抜く。

 ――鮮血。

 その斬撃は、正確にグリスの正面を斬りつけた。噴き出す鮮血。それを浴びながら、しかし、ソラはちっ、と舌打ちを零した。

 

 ――ズンッ!!

 

 受け止めた衝撃をそのままに、壁に激突して砂塵を巻き上げるグリス。ソラの背後から、カグラが声を飛ばした。

 

「やったか?」

「いえ。斬る瞬間にこちらに突っ込んできました。腕はまだです」

「なら――俺の番だ」

 

 言うと同時、カグラが床を掴んだ。全力の肉体強化により、床を持ち上げ、巨大な塊を持ち上げる。

 

「うらあっ!!」

 

 咆哮。思い切り投げつけられたそれは、純粋な質量による攻撃だ。

 ――轟音。グリスがいるであろう場所に着弾したそれを見届け、カグラは息を吐く。その結果を見届けたなのはたちも降りてきた。

 

「……終わったのかな?」

 

 ポツリと、フェイトが呟いた。それに対し、わかりません、とソラが応じる。

 

「ただ、ダメージは通ったはず。『運命改変』――使い手が本物でない以上、やはり弱点はありました。不意に弱い」

「不意って?」

「隊長には話していませんでしたね――まあ、皆さんに話したのもさっきなんですが。……『運命改変』。それが、奴が手にした能力です。本来は、この子の能力ですね」

 

 ソラは、サリヴァの背に乗った状態で眠っている少女を見、頭を撫でる。そうしてから、言葉を続けた。

 

「レアスキルと呼んでいいのかどうか……あまりにも規格外過ぎ、てその判断さえ難しいのですが。不死の存在たる『聖人』には運命が見えたようです。世界がどう動いていくかの物語。しかも、『聖人』はそれを覆す能力まで有していました。

 なのはさんの攻撃が当たらなかったのも、おそらくはそれが原因です。

『当たる』、という運命を『当たらない』という運命に改編する――無論、言葉で言うほど容易いことではありませんが。どちらにせよ、規格外の力です。

 しかし、グリス・エリカランには運命を見るほどの能力はない。ならば、不意を衝けば――グリス・エリカランに見えない場所からの打撃は、何よりも効くはずです」

 

 ソラの言葉。それに対し、全員が成程、と頷いた。その中でもなのはは、少し考え込む。

 

 ――自分の撃っていた攻撃は、全て精緻なコントロールを以て放っていた。

 それが悪いということはない。だが、人の意志で操れるということは、予測ができるということだ。何せ、どう動くか、の答えがあるのだから。

 予想外の攻撃――それについて、なのはは本能の部分で理解していた。あの連撃の口火を切った砲撃も、グリスではなくグリスの放った攻撃を狙ったためにグリスは反応が遅れた。

 その後の不意打ちの連打もだ。――結局、そういう能力なのだろう。

 運命改変。

 そんなふざけた能力、あるのかどうか疑わしいが……グリスが正体不明の能力を有しているのも事実だ。

ただ――

 

「……私たちの目的は、グリス・エリカランじゃない。私たちの目的は、あくまで動力炉の破壊だよ」

 

 なのはが確認するように言う。そう、目的は核兵器を止めることだ。それを忘れてはならない。

 

「だな。時間もねぇ。グリスの生死確認は――」

「――――」

 

 ドサッ、と何かが倒れる音が響き渡った。全員が弾かれたようにそちらを見る。

 ――ソラ・ウィンガードが、口から血を吐いて倒れていた。

 

 

「ご高説、ありがとう。……魔法弾の一発でノックアウトか。随分、ボロボロだねぇ?」

 

「……ぐっ……」

 

 ソラは呻き声を漏らす。だが、それが彼の限界だ。

 そもそも、ソラはここに至るまでに相当なレベルで自身の体を傷つけている。立っているのが不思議なほどの状態だったのだ。それでも尚、戦えたのは偏に彼の心故。意地に近い。

 しかし、それも限界だ。

 

「グリス!!」

 

 カグラが吠える。対し、グリスは口元に笑みを浮かべ、言葉を紡いだ。

 

「――リンク接合。コード・インペリアル。――並列高速演算、開始――」

 

 吹き荒れる魔力。なのはたちは即座に動いた。しかし。

 

「遅いよ」

 

 声が聞こえたと同時、シグナムが吹き飛ばされた。目に見えない力によって吹き飛ばされ、壁に叩き付けられる。

 シグナム、とフェイトがそちらへ視線を送る。だが、それが致命の隙。

 

「――かっ……!?」

 

 突如、全身を何かが押し潰そうとしている感覚に襲われた。地面に押さえつけられる。重力魔法、違う。これはもっと凶悪なものだ。

 

「お返し」

 

 ――ガドンッ!!

 

 残酷な笑みと共にフェイトに向かって放たれたのは、先程カグラがグリスへと投げつけた大質量の塊だった。上空より凄まじい速度で落下してきたそれに、フェイトは押し潰されそうになる。

 

「フェイトちゃん!!」

 

 だが、間一髪なのはがフェイトの手を引いて救い出した。しかし、この極限の戦場。運命などというものを操る怪物を相手に、他者を気遣う余裕など本来ならあり得ない。

 

「甘いね、本当に」

 

 ドスッ、となのはは自身の腹部から衝撃を感じた。見ると、彼女の腹部から一本の腕が生えている。

 背後から――貫かれた。

 

「他人救って自分がやられてちゃ、世話がないよ」

 

 呆れたような、嘲笑を含んだ言葉。しかし、なのははここで止まるほど安くはない。

 

「フェイトちゃん!!」

「バルディッシュ!!」

 

 叫びと共に、雷光の一閃が迸った。容赦のない一撃は、なのはを貫いていたグリスの左腕を斬り飛ばす。グリスはふう、と息を吐いた。

 

「無駄だって言ってるのに」

 

 グリスが二人に右手を翳す。同時、砲撃が放たれた。

 二人を呑み込む凄まじい威力の砲撃。グリスは、笑う。

 

「まあ、実際こんなものだよね。本気になれば相手にすらならない。万全ならともかく、キミたちはボロボロだ。負ける要素はないよ」

「……管理局のトップエースを相手に、言うじゃねぇか」

「この右腕があるからねぇ。……あなたは来ないの?」

 

 煙草を咥え、紫煙をくゆらせるカグラに対し、グリスは挑発するように問う。その問いに対し、カグラは無言。グリスは、キャハハ、と笑った。

 

「まあ、無理か。かつての『エース・オブ・エース』も、今は翼をもがれた有象無象。運命なんかに勝てるわけがない」

「……運命、ね」

「そこの天才くんの言葉は正解だよ? 事実も事実、大正解♪ 流石に一人の脳味噌じゃいくらボクが天才でも限界があってねぇ。――だから、繋げた」

 

 グリスは、酷薄な笑みと共に言葉を続ける。

 

「ボクのスペアはさ、万を超える貯蔵がある。それと繋げて、分割演算思考をした。……どうかな?」

「――運命を演算したか」

「正解。ボクは弱いからねぇ。……けれどまあ、今回は逃げるわけにもいかない。全力で勝たせてもらうよ」

 

 狂気の瞳。カグラは了解、と頷いた。

 そして、拳を握る。

 

「まさか、ガキ共の相手をして俺を無視するなんてこたぁねぇよな?」

「……やるんだ?」

「当たり前だボケ。――さあ、やろうぜ」

 

 魔法陣が展開される。そうして構えを取りながら、ああ、とカグラが呟いた。

 

「後輩共。お前たちの先輩として、俺が戦ってやろう」

 

 なのはの目に、その背が映った。

 力を奪われ、堕ちたとされる英雄。

 

「お前たちの戦い方を見てたが。なってねぇな。そんな戦い方、俺は教えた覚えはねぇ。見せてやるよ、ガキ共。戦うということはどういうことなのか。運命に抗うというのはどういう意味なのか」

 

 七色の光が噴出する。

 美しい輝きが、世界を染め上げる。

 

「その目を開いて焼き付けな。英雄の戦い方を」

 

 そして、カグラが駆ける。

 

「――これが、カグラ・ランバード最後の教導だ」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ――運命は変えられる。残酷な未来は、打ち壊せる。

 誰よりも大切だった――いや、大切な人に教えてもらった言葉だ。それを為す時が、今なのだろう。

 

(ただ、速く!!)

 

 思い切り床を蹴り飛ばし、交錯様に蹴りを叩き込む。だが、外れ。

 

「…………♪」

 

 楽しそうな笑みを浮かべるグリスの顔が見えた。なめるな、と呟く。

 壁を蹴り、更に速度を上げた一撃を叩き込む。しかし、また避けられる。

 

 突撃。避けられる。

 突撃。避けられる。

 突撃。避けられる。

 

 当たらない。その事実が重い。しかし、これはまだ天秤がどちらにも傾いていない証拠といえる。グリスがカグラの動きを完全に掌握したならば、避ける必要さえなくなる。『勝手にカグラが当てなくなる』という状況になるからだ。

 故に、カグラは全力で地面を蹴り飛ばす。

 

 ――速さだ!! 考える暇を与えるな!!

 

 自身の魔力を姿勢制御と足裏の強化に全て注ぎ込む。全身の筋肉の防護には気を払っていないため、実は凄まじい勢いで筋繊維が千切れ、内出血を起こしているが――知ったことか。

 

 ――もっと、もっとだ!!

 

 思考演算、それも万人の並列を相手となれば余計な小細工など無駄。ならば思考の時間を稼がせないよう、全速力を持ってい相対するのが望ましい。

 加速。

 加速。

 加速。

 空を切る幾多の一撃。速さとは極限まで至ればそれだけで必殺となる。しかし、グリスはまるで申し合わせたようにその全てを避けていく。

 その、互いに一撃を加えることのない戦いがどれだけ続いたか。

 限界を迎えたのは――英雄だった。

 

 ――足が……!?

 

 壁を足裏で掴んだ瞬間、太ももの皮膚が破裂した。血が噴き出す。それを見て取ったグリスが、キャハ、と醜悪な笑みを浮かべる。

 

「チェックメイトだ」

 

 一瞬でカグラの眼前に辿り着いたグリスが、その右手をカグラの腹部に押し込んだ。

 

 ――ズドンッ!!

 

 カグラの体を衝撃が走り抜ける。駆け抜けた衝撃はカグラの背後にあった壁をも打ち砕き、カグラの口端からは血が零れ出す。

 

「――――」

 

 声が聞こえた。何と言っているかはわからない。だが、おそらく自分の名を呼んでいる。

 馬鹿だな、とカグラは小さく呟いた。

 自分たちも相当傷ついているというのに、こんなポンコツの心配をするとは。

 

 ――嗚呼……そうだな。

 まだ――やれるな……!!

 

 自分は言った。教導をしてやると。最後の教導だと。

 ならば、ここで動かずしてどうするか。ここだろう、カグラ・ランバード。お前が残したいものは、この一瞬にこそ紡ぐべきものだろう?

 

 ならば――突き進め!!

 

「――よう」

 

 グリスの右腕を掴み、カグラは言う。

 彼の背後に展開されるのは、奇怪な魔法陣。ミッド式ともベルカ式とも違う、禁断の術式。

 その力を、グリス・エリカランは知っている。

 運命を変える力。名を――

 

「――オリヴェント式!!」

「正解だ!!」

 

 ――――――――ッッ!!

 

 強烈な拳がグリスを打ち抜いた。吹き飛ぶグリス。だが、そこで勝負は終わらない。

 魔法陣を展開。空中に足場を形成。そのまま、全力で蹴り飛ばす。

 

「――――」

 

 音さえ置き去りにした高速の一撃。だが、それはグリスに避けられる。感覚の消えてきた両足のせいで、満足な動きが許されない。

 それでも、カグラは前へと進む。

 拳を振るう。

 肘を放つ。

 砲撃は――ない。

 

 余力がない。ここで決められなければ、おそらく詰みだ。

 だからこそ、突き進む。

 

 ――運命は、変えられる。

 

 言葉さえ紡げなくなっていくほどに壊れていく体。限界の、極限の領域。

 ここに至り、ようやくカグラは理解する。あの男は、最弱の青年は、ずっとこんな思いをしてきたのかと。

 これは、辛い。

 命が消えていく感覚は、何より――怖い。

 

 ――悲しい未来は、打ち壊せる。

 

 しかし、だからこそ止まれない。

 伝えたいことも伝えなければならないことも、まだまだ多く残っている。大体、自分自身が未熟者。全てを伝えても十全とは至らない。

 だというのに、伝える時間は残っていない。

 

 なら、どうすべきなのか。

 どうしたらいいのか。

 

 ただ――語ればいい。

 歩んできた道を。背負ってきた背中を、見せればいい。

 だからこそ、これが最後だ。最後の――教導。

 

「捉えた♪」

「――――ッ!?」

 

 腹部に強烈な衝撃が走った。触れないままの打撃。重力操作――いや、空間操作。流石に運命操作などという破格の大技だ。こんな規格外のことも平然とやってのける。

 悲鳴よりも、吐血が先だった。凄まじい量の出血。だが、カグラの瞳はグリスを捉えて離さない。

 

 ――ざけんな!!

 

 吠えた。声となったかはわからない。だが、それでも。

 しかし。

 次いで――カグラの頭部に、凄まじい衝撃が走った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「――カグラさん!!」

 

 その場の全員が叫んでいた。吹き飛ばされたカグラが壁に激突し、それを破砕し、瓦礫に押し潰されていく。

 グリスは、終わり、と首を傾げた。瞬間。

 

 ――ズドンッッッ!!

 

 砲弾のような勢いで、何かが着弾した。カグラだ。しかし、彼は見当違いの方向へと着弾している。グリスが再び首を傾げた。

 

「どういうつもり――」

 

 ――ゴンッッッ!!

 

 グリスの腹部に、カグラの肘が直撃した。たまらずグリスは吹き飛ばされる。だが、その異様な再生力によって傷はすぐに修正された。

 そして、カグラは笑みを浮かべながら……言う。

 

「ああ、そこにいんのか。歳かね。目が悪くなってる」

 

 ポタリと、紅の滴が斑点を作った。頭部から流れ出る血と、今の言葉。

 ――カグラは、目が見えていない。

 そんな状態で、音を頼りに戦っているのだ。

 グリスが、初めて笑みを消し、言葉を紡ぐ。

 

「無様だね。そんな姿に成り果てて、何を望むの?」

「――未来」

 

 迷いのない言葉だった。グリスはふう、とため息を吐く。

 

「少しは……マシな言葉を、期待したのに」

 

 ――轟音。

 空間操作により、カグラが吹き飛ばされた音だ。壁に減り込む体。悲鳴。グリスは、しかし、止まらない。

 

「死になよ」

「…………」

 

 カグラが何かを言った。声帯がやられたのか、声は聞こえない。ただ、彼が諦めていないことだけはわかった。

 ――突撃。

 再び、高速の突撃が敢行される。しかし、やはり避けられてしまう。それどころか、突撃の速度も制度も滅茶苦茶だ。確かな意識があるかどうかさえ分からない。

 

 カグラ・ランバードは、英雄である。

 しかし同時に、彼は力を失った魔導師でもある。

 今の彼は総合AAランク程度の力しかない。それでも十分高い方ではあるが、しかし、この場においては力不足であることは否定できない。

 それでも、彼は進む。同時に、あり得ない力を発揮する。

 

 ――何故か?

 

 あの魔法陣だ。普通の魔法陣とは違う、得意な形をした魔法陣。あれが、規格外の力を吐き出している。

 しかし、きっとその代償は大きい。

 あれが、命を使う――術式。

 

 ――何故?

 

 なのはは、拳を握り締めた。立てない体。こんなのでは駄目だ。こんなところで這い蹲るために、ここに来たわけではない。差し違えてでもグリスを止めなければ。

 ……最後の教導、とカグラは言った。

 ならば、知らなければならない。学ばなければならない。

 

 何のために。

 誰がために。

 どうして――諦めない?

 

 何故、あそこまでボロボロになって――

 

「――――」

 

 ――それが見えたのは、偶然だった。

 笑み。

 カグラの口端に浮かんだ、僅かなそれ。

 

 彼は意地で諦めていないのではない。

 彼は、見えているのだ。

 

 希望が。

 未来が。

 だから、彼は。

 

 彼が、戦うのは――……

 

 

 ――辿り着くことができたのは、彼女が天才と呼ばれる魔導師であったため。

 そして、カグラ・ランバードの背を見てきたが故。

 

 刺し違える?――馬鹿を言うな。それでは駄目だ。命をドブに捨てることになる。

 そうじゃない。魔法とは、悲しい今を撃ち抜く力。

 

 未来を見ろ。

 希望を抱け。

 

 命懸けで――生き抜いて見せろ!!

 それが答えだ!!

 

「――――ッ!!」

 

 咆哮が響いた。それは、管理局が誇る天才が更なる段階へと踏み込んだ証。

 命とは、懸けるもの。

 

 未来のために命を捨てるのではない。

 未来を生きるために、命を懸けるのだ。

 ――命懸けで、生きていくために。

 

 そうして――英雄が、更なる力を振り絞る。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 体が動かない。もう、目も見えない。音も聞こえない。話せもしない。

 死んだのか、と思った。

 けれど、そうじゃない、と音を出せない喉で呟いた。

 

 生きるために戦っているのだ。死ぬために戦っているのではない。

 自己犠牲など、掃いて捨てればいい。未来を歩むために、命を懸ける。

 

 命懸けで――生きていく。

 それが、オリヴェント式の真髄。

 

 おそらく、ファイムのオリヴェント式にはそれが欠けていた。だから、あんなにも歪な未来を紡いでしまった。

 それはきっと、教えを過った自分のせい。

 

 ならば――せめて。

 ――こいつらには、さぁ。

 

 そんな未来、歩かせたくねぇだろう?

 未来はさ、明るくて。

 とても――美しいんだから。

 

 嗚呼。

 嗚呼。

 嗚呼……けれど。

 

 もう、無理かもしれない。

 せめて、伝えることはできたのだろうか?

 

 ……頬が、温かい。

 無様な、涙。

 

 ――されど。

 もう見えないはずの瞳に、光が映った。

 

 桜色の、全てを包み込むような優しさと強さを持った光。

 そして、それを纏う不屈の背中が。

 

 笑みを零す。――なんだ、伝わってるじゃねぇか。

 流石に、優秀だな。

 

 まだまだ、伝えたいこともあったけれど。

 ファイムに……詫びを、入れたかったけれど。

 

 

 〝――カグラくん〟

 

 

 声が、聞こえた。

 久しく聞く、片時も忘れたことのなかった声。

 

 ――悪いな、と呟いた。

 遅刻に遅れたような口調で、静かに。

 

 

 ――今、そっちへ行くよ。

 随分――待たせた。

 

 そいつは。

 笑っていて。

 

 ゆっくりと、首を左右に振った。

 

 

〝――お疲れ様〟

 

 

 ああ、とカグラは頷いて。

 ゆっくりと――微笑んだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ――気配が、死んだ。

 高町なのはは、それを背中越しに理解した。

 

 英雄が、ここで。

 

 私は、また――!!

 

 

「――――――――――――、」

 

 

 ――守れなかった。

 獣のような咆哮が、大気を震わせる。

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