魔法少女リリカルなのは~優しい嘘~   作:アマネ・リィラ

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最終章〝優しい嘘 後篇〟

 

 

 戦争は終わる。

 数多の犠牲と、想いの終焉の果てに。

 

 青年が選んだのは未来ではなく。

 優しい――嘘だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――◇ ◇ ◇――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響き渡ったのは、後悔の慟哭。

 まるで獣のように叫ぶのは、その場で意識を有していた魔導師たち。

 

 フェイト・T・ハラオウン。

 八神シグナム。

 ソラ・ウィンガード。

 

 三人が三人、等しく叫ぶ。

 

「――――――――、」

 

 それは、理性を失った獣の叫び。

 

 ――どうしてと、彼女たちは慟哭する。

 

 英雄は死んだ。何度も何度も自分たちを救ってくれた男は、激闘の果てに沈んだ。

 床を叩く。

 ふざけるなと、叫び続ける。

 動けと、怒鳴る。

 

「動け……ッ!!」

 

 しかし、意に反して体は動いてくれない。

 

「どうして……ッ!?」

 

 彼女たちは、自問する。

 何のために、力を磨いてきたのかと。

 それは、守るためではなかったのかと。

 

 ――自分たちよりも弱い英雄に守られる。

 そのために戦ってきたわけでは、ないのだと。

 

 こんなところで這い蹲るために戦ってきたわけでは、ないのだと――

 

「…………」

 

 その最中、一人の女性が前に出た。

 ――高町なのは。

 溢れ出す魔力を身に纏い、彼女は言う。

 

「――許さない」

 

 静かに、燃えるような怒りを込めて。

 ツウッ、とその頬を一筋の滴が流れた。不屈のエースの瞳から、涙が幾筋も零れ落ちる。

 

「あなただけは――許さない!!」

 

 吐き出された魔力が大気を揺らし、衝撃波が世界を打ち据えた。通常ならば恐怖さえ覚えるその圧倒的な気配を前に、しかしグリス・エリカランは笑みを浮かべる。

 

「へぇ……だったら、どうするの?」

「――――」

 

 返答は――砲撃だった。

 

 凄まじい威力の砲撃が駆け抜け、グリスを飲み込んだ。グリスは右手を振るい、なのはの砲撃を打ち払う。だが、なのははすでに次の攻撃へ入っている。

 

「エクセリオンバスターA.C.S!!」

《Yes,drive!!》

 

 魔力刃を展開し、突撃を敢行する。グリスが障壁を展開したが、構わない。刃を食い込ませ、引き裂くようにして穴を開ける。

 

「――――ッ」

「ドライブッ!!」

 

 零距離から放たれるのは、桜色の砲撃。圧倒的な威力。しかし、そもそも『魔法は当たらない』という運命を自らに課しているグリスには、十全な威力を発揮できない。

 それ故の、オリヴェント式。今でこそ、なのはは魔法を感覚ではなく理論で紡いでいるが、そもそもの彼女は理論というよりも感覚で魔法を紡ぐ天才だ。オリヴェント式という術式の存在を知らずとも、感覚だけで彼女はそれを使いこなす。

 何故ならば。いつだって彼女は、命懸けで戦ってきた。

 そうして――奇跡を起こしてきた。

 今更、命を懸ける術式について学ぶ必要などない。

 

(……ごめんね、ヴィヴィオ)

 

 内心で、なのはは愛娘に対して呟くように言葉を紡いだ。ヴィヴィオ。大切な娘。宝物。

 見守ること、守っていくことを自らに課し、そして、そこに幸福を感じてきた。

 しかし、今、自分は命を使っている。

 あの子と共に在れる未来のいくらかを削って、立っている。

 

「レイジングハート!!」

 

 でも、となのはは思う。

 この戦い――戦争に近いこの戦いのために、多くの犠牲が出た。そして、グリス・エリカランという最悪の敵と相対するために、一人の魔導師が命を懸けた。

 繋げるために。

 遺すために。

 ――ならば、自分がすべきことは何だ?

 

 そうだ――その想いを、受け継ぐことだ!!

 

「全力!! 全開!!」

 

 吠える。息つく暇など与えない。相手が相手だ。油断すればこちらが喰われる。

 それに、この力をまだ十全には使い切れていない。ならば、相手が体勢を立て直す前に叩き潰す。

 

「――チッ」

 

 初めて、グリスの表情から余裕が消えた。同時、四十ものシューターが姿を現す。なのはは展開しようとしていた魔法を中断。シューターを展開する。

 

「――――ッ!!」

 

 ――放ったのは、同時だった。

 

 二つの光が至る所で激突し、その余波で周囲が砕け散っていく。

 轟音を立て、軋む世界。極限の戦いが幕を上げる。

 獣のような咆哮は、互いに退けぬことを示すもの。

 

 前へ。

 ただ、前へ。

 

 前へと――ひたすらに。

 

 掴むべきものは、その先にしかないのだから。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 失楽園シャングリラ――そこを抜け出したはやては、中空でその威容を眺めていた。

 圧倒的な存在感。戦乱の時代、古代ベルカにはこんなものが存在していたというのか。

 そして、同時に。

 

「こんなものを使わなアカン程に……世界は、混乱してたんか?」

 

 誰もが平穏を目指した時代だったという。しかし、それでも成し遂げられなかったものがある。

 そして今、かつて封じられた力を以て、終結した戦乱を再び起こそうとする者がいる。

 

 認めるわけにはいかない。認められるわけがない。

 ならば――

 

『――八神准将、聞こえますか?』

 

 声が届いた。はやてが振り返ると、そこには見覚えのある一隻の艦船が浮かんでいる。

 アースラ。

 かつて闇の書を打ち砕き、リンディ・ハラオウンからクロノ・ハラオウンへと受け継がれ、八神はやて自身もJS事件の際に艦長席へと座った伝説の艦。

 今の名は、

 

 Xナンバー12――〝アースラ〟

 

 来るべき災厄のためという名目で造られたという、古代ベルカの遺産――ロストロギアさえも凌ぎかねない禁断の力。

 あんなものがあったことに、正直、嫌悪を抱かずにはいられない。

 けれど、予測はしていたことだ。

 

 管理局は決して、正義ではなく。

 同時に、正義の味方でもない。

 秩序を守るということは、平和を願うということは、イコールで正義となるわけではないのだから。

 

『八神准将。理事会の指令です。――――…………』

 

 内容は聞かずともわかっている。撃て、ということだろう。

 手を汚し、闇を抱え、こちらに来いと。

 

『……はやてちゃん』

 

 意識を取り戻し、はやてとユニゾンしているリィンが呟きを漏らす。心配してくれているのだろう。

 だがはやては、もう立ち止まれない。

 だって。

 

 ――予感している。

 もう自分は、彼とは――……

 

「行こうか、リィン」

 

 呟くように、はやては言った。

 黒き翼が宙を舞い、世界を染める。

 

「世界を、救おう」

 

 そうして、戦いは終局へ。

 世界が終わるまで、後、一時間を切っていた――……

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ファイム・ララウェイがその場所に辿り着いたのは、外でアースラが到着するのとほぼ同時だった。

 

 無残に壁が抉られ、吹き飛び、原形さえとどめていない場所。

 そこに倒れ伏すのは、幾人もの魔導師。

 

「やあ――遅かったね?」

 

 楽しそうな声が聞こえた。血塗れだが、目立った外傷は見られない。グリス・エリカラン――そいつがこの場所にいて、この状況を作り出していることに、ファイムはどこか納得していた。

 思えば、この戦争が始まってから、幾度となくこいつとは向かい合った。

 結局――そういうことなのだろう。

 クライム。あの男とは結局向かい合うことがなかったが、それはそれだ。自らが相対すべき敵。殺すべき怨敵は、今、目の前にいる少年だ。

 人の心を弄び。

 全てを狂わせてきた、絶対的な敵。

 

 ――グリス・エリカラン。

 

「正直、危なかったよ。もしも『エース・オブ・エース』が万全で、オリヴェント式を使うことに慣れていたなら、負けていたかもしれない。けれど……そうならなかった。キャハハ♪ やはり運命は――この手の中にある」

 

 最初に目に映ったのは、悔しそうに這い蹲る三人の魔導師。

 

 フェイト・T・ハラオウン。

 八神シグナム。

 ソラ・ウィンガード。

 

 歴戦の魔導師であるはずの、自分よりも遥かに強いはずの彼女たちが、這い蹲っているという事実。

 

「何度砕こうとも、ボクの体は壊せない。さあ、カウントダウンだ。世界は終わる」

 

 次に目に入ったのは、震える体でレイジングハートを杖とし、立ち上がろううともがく女性の姿。純白のバリアジャケットは血で朱に染まり、限界なのは一目でわかるほどだ。

 不屈のエース・オブ・エース。

 彼女でさえ、管理局の誇りである彼女でさえ、勝てない相手。

 

「祈るのか、抗うのか。まあ、全部が全部、無駄だけど……それで、あなたはどうするの?」

 

 最後に目にしたのは、一人の英雄の姿。

 座り込むようにして壁に背を預けるのは、誰よりも誇り高く、誰よりも傷つきながら、戦ってきた英雄。

 たとえ力を損なっていようと、彼を英雄と呼ばぬ者はいない。

 そういう生き方をしてきたのであり、そんな彼だからこそ、信じてきた。

 

 だが、その、英雄は。

 

「弱者であろうと、僕は差別しない。かかってくるならきなよ。徹頭徹尾、全身全霊、殺し合おう」

 

 ――笑っている。

 微笑んでいる。

 

 満ち足りた笑顔で。

 静かに。

 静謐に。

 侵すことを許されない聖域に佇む、聖人のように。

 

 嗚呼、そうか。

 そういう、ことか。

 

 今、自分がすべきことは――……

 

「――――」

 

 ――ゴウンッッッ!!!!!!

 

 凄まじい轟音が世界を叩いた。同時、グリスの体が宙を浮き、壁に叩き込まれる。グリスが体を起こし、前を見る。瞬間、その眼前にファイムの拳が現れた。

 

「一点突破――」

《――Wind Buster》

 

 轟音。

 零距離からの、一切の容赦もない一撃。壁を撃ち抜く一撃は、グリスの体を焼け焦がす。

 

「――――ッ」

 

 追撃へ――そう自然に考えたファイムの真横を、鋭い切っ先が駆け抜けた。壁の欠片を材質としてグリスが創った、鋼の刃だ。

 

 ――――ッ!!

 

 大気を引き裂き、駆け抜けていく刃。背後の壁へと突き立つそれは、掠めただけでファイムの頬を深く切り裂いた。

 

「キャハハ!! 問答無用か!! いいね――いいよ!!」

 

 グリスの掌が突き出される。それを足を振り上げ、蹴り上げることで回避。そのままグリスの腹部へと両掌を添えると、ファイムは短く息を吸い――

 

「――フッ!!」

 

 思い切り、押し込んだ。

 寸勁、と呼ばれる技だ。透し、と呼ばれる技術で、相手の防御を『鎧の上から抜く』ための技術である。今や実践で使える者がどれだけいるかもわからない技術だが、そこはファイム・ララウェイだ。

 修練で辿り着ける極地へ、極限の人生を経て辿り着いた究極の凡才。

 天才に勝つことは叶わない。それが不可能であるということは、彼自身が理解している。

 

「ぐ……ぶっ……!?」

 

 グリスが呻き声を発した。口から血を滴らせている。当然だ。骨を打ち抜く感覚がある。無事で済んでいるはずがない。

 前を見る。ただただ、ひたすらに――

 

 ――この戦争が始まってから、ファイム・ララウェイは勝利らしい勝利を得ていない。

 旅団発足の時に殺したグリスは結局殺したところで意味がない存在だったし、先程のテンリュウとの戦いとてあちらはまだ戦えたはず。

 つまり、彼は勝利を得ることなく、しかし、それでも戦っている。

 

 ――何故か?

 

 彼は弱者であるが、愚者ではない。故に理解している。目の前の敵がどんな存在なのかを。

 しかし、それでも彼は前へと進む。――何故か。

 

 解は、単純。

 退けぬ理由が――あるからだ。

 

 ここで退けば、何も残らない。人類のため、世界のため、誰かのため――違う。そんなものを掲げて戦う日々は、歩んできた過去に置いてきた。

 

 浮かぶのは――彼女の姿。

 あの人を守るために、ただそれだけのために、自分は――

 

「おおおっ!!」

 

 右手にミッド式を。

 左手にベルカ式を。

 過去から繋がり、未来へと進んでいく系譜を。

 

 この手で――融合させる。

 

「吹き飛べ!!」

《Burst Storm!!》

 

 掌底を叩き込んでから、術式の発動まで十秒足らず。グリスは障壁を咄嗟に展開するが、ダメージによって揺れた意識が、一歩、踏み出すことを遅れさせる。

 

 

 ――凄まじい轟音が、世界を包んだ。

 

 

 圧倒的な魔力の奔流。オリヴェント式の全力を注いだ一撃は、彼の体を老化させる。今の彼の肉体年齢は――十六歳。

 ファイムは寿命を十九歳で迎える。ならば、使える命は後、三年分。

 

「…………」

 

 地面に着地するファイム。粉塵の中に魔力を感じる。感じていた違和感。あの右腕……どういうものかはわからないが、これでは崩れてくれないらしい。

 

 ――クスッ。

 

 笑い声が聞こえた。忍ぶような笑い声。それはすぐさま、哄笑に変わる。

 

「キャハ、キャハハッ、キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!」

 

 空に浮かぶグリス・エリカランは、笑っていた。

 同時、ファイムは眉をひそめる。焼け焦げたようなグリスの体の損傷。それが、みるみるうちに修復していくのだ。

 

「妙だとは思ってたけど!! 変だとは、おかしいとは、異常だとは看破したけれど!! そういうことかッ!! キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!」

「――――」

 

 哄笑を響かせるグリスと、対し、無言のファイム。

 

「そこまでしたの!? こんな世界のために!? こんなくだらない戦いのために!?」

「……くだらない……」

「そうさくだらない!! 争いを失くす!? 秩序を守る!? 不可能だよそんなこと!! できるはずがない!! できるわけがない!! 争いとは人の本質だ!! 人の本能だ!! 幾年幾月、どれだけの血を、涙を、悲劇を嘆いてきた!? それでも変わらない!! 変わらないのが人だ!!」

 

 グリスは言う。自分こそが、その具現だと。

 

「無限の欲望――!! ボクの欲望の源泉は、人という存在!! ならば!! ボクの望みは人の願い人の望み人の欲望!! 目を背けるなよ管理局!! 必要ないんだよお前たちは!! ボクが害悪!? ドクターが害悪だって!? それは人類の否定だ!!

 人は欲望の果てにこうして生きている!! そうして世界を回している!! 争いは本質だ!! 人の業だ!!

 何故それを否定する!? 管理局は混乱する世界を『武力で統制して』今の世界を創った!! 偽善だ欺瞞だ醜悪だ!! そんなものが平和であるはずがない!!」

「…………」

「そもそも!! そもそもだ!! どうしてボクやドクターは生み出された!?――そうだ管理局だ!! 管理局が必要としたからだ!! こんなにも――こんなにも醜悪なものを!!」

 

 管理局のために生み出された、負の遺産。

 ジェイル・スカリエッティ。

 グリス・エリカラン。

 彼らの意識は、質量兵器と争い、そして人造生命にしか向いていなかった。それは管理局の理念において許されるようなものではなく、しかし、生み出したのは管理局だ。

 その矛盾。表には出せない矛盾。

 

 管理局の矛盾そのものを、グリス・エリカランが糾弾する。

 

「進化には争いが不可欠だ。どんな生物でもそれは変わらない。より強く、より繁栄を。『産めよ増やせよ地に満ちよ』――神様が与えてくれた命令とやらは、そういうものだったはずだ。だけど、管理局がそれを阻んだ。突然現れたその組織が、その全てを否定した。

 質量兵器を否定し、進歩を否定して。どこまでも理解に苦しむよ。平和のためと言って進歩を捨て、緩やかな滅びに向かおうっていうんだから。

 今更、世界の一つや二つが消えたからってどうしたっていうの? 甘んじて受け入れるべきだよ。それが滅びを回避する方法なら、キミたちは」

「――滅びなんて、知らない」

 

 拳を握り締め、ファイムは言った。

 

「人をなめるな――前に言ったはずだ、グリス・エリカラン。滅びに対し、人は抗う。戦うことができる。たとえ滅びに直面しようと、人は必ず乗り越える」

「平和ボケした世界で?」

「人は強い。お前なんかよりも」

「――それが、キミの理由?」

 

 そんな体に成り果てた理由かと、グリスは問いかけてきた。

 ファイムは、違う、と言葉を紡ぐ。

 

「背負ったものがあるんだ。背負って、ここに来てる。

 多くのものを背負ってきた。僕なんかには、荷が勝ち過ぎてるけれど――だからこそ、負けられない」

 

 魔力が渦を巻く。

 

「来い、グリス・エリカラン。見せてやる。――ここが終焉の地だ!!」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 人々は、もう、逃げることを諦めていた。

 どんな映画や小説でも、重大な危機において逃げることが許されるのは権力者や金持ちのみ。彼らが本当に必要な存在なのかどうかは別として、そういう物語が出来上がっている。

故に――逃げることが叶わなかった者たちは、ただ、ここにいる。

 

「――――」

 

 どうしようもなくなった時、人はどうするのか。

 ただ――祈るしかない。

 戦っている者たちがいることも知っている。だが、絶望は近付いている。

 

「……頑張れ」

 

 誰かが、呟いた。

 

「……頑張ってくれ」

 

 また、誰かが呟いた。

 

「私たちを――助けてくれ!!」

 

 今度は、誰もが叫んでいた。

 その声は届かない。しかし、想いは届く。

 

 戦う者が誰なのかはわからない。けれど、彼らにはわかるのだ。

 自分たちの全てを背負い、戦っている者がいる。

 

 絶望の楽園で、戦う者たちが。

 

「世界を――救ってくれ!!」

 

 ――世界が終わるまで、後、五十二分。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 不快だった。

 どう考えても、絶望しかない。勝てるはずがない。妙なことに、あの青年には干渉が働かないが、それは慣れの問題だろう。すぐにどうにかできる。

 英雄も、エース・オブ・エースも、墜ちた。

 どうしようもないはずだ。世界は滅びる。仮に突破できたとしても、この先にある動力炉の破壊をすれば、膨大な魔力が撒き散らされて世界が吹き飛ぶ。

 結局、世界は終わってしまう。

 

 なのに――何故だ?

 何故、立ち向かってくる?

 

「背負ったものがある?――戯言だね」

 

 フン、と鼻を鳴らしてグリスは言った。

 

「魔導師の強さは魔力量とその操作技術に左右される。そんな精神論――根性論でどうにかなるような話じゃない」

「…………」

「ああ、そういえば例外がいたねぇ? けれど、オリヴェント式も結局は魔力量の上乗せ。……キミたちはいつだってそうだ。自分自身の向上を諦めて、〝心〟なんていうものに縋り付く。まるで、そんなものが本当に掌の上にあるとでも言うかのように」

 

 グリスは嘲笑の笑みを零す。対し、ファイムは息を吸い。

 

「――それがわからないから、お前は所詮、そこまでなんだ」

 

 ――ヒュン。

 

 耳元を通り過ぎた風切り音。瞬間、左肩に凄まじい熱が走った。斬られた、と思うと同時、グリスは背後を振り向く。そこに突き立つのは、一本の刀。

 

(あれは――!?)

 

 最強の侍の愛刀、血桜――!!

 

「――余所見をしている暇が?」

 

 幾度目かわからない轟音が世界を叩いた。グリスの腹部へと叩き込まれた肘。体が宙に浮くと同時、その視界にそれが映った。

 

「色々と――背負って、託されて、ここにいるんだ」

《Storm Line》

 

 折れた杖。それが、グリスの体目掛けて投擲される。速い。避けられない。避けることは不可能だ。

 突き刺さる。衝撃。ただでさえ吹き飛ぶような衝撃を受けていた体が、それによって更なる加速を受け、壁に激突する。

 そして――爆発。

 折れた杖が、その生命の最後の仕事として、内包していた暴風を一気に開放する。吹き飛ぶ五体。しかし、すぐさまその体が再生する。

 

「もう、人間じゃないな」

「それはお互い様。――そうでしょう、人間を辞めた人?」

 

 右腕以外が、全て紅の硬質的なものに変わった。不思議な感覚。なんだこれは、と思うと同時、満ち足りてきた感覚が体を覆う。

 無駄を全て排除した状態。再生、という行為は、進化をも孕んでいるということか。

 同時、グリスは理解する。幾度の衝突により、ファイム・ララウェイという存在を。

 人を捨て、概念に至った存在。それは世界と同化するに等しい。そして、運命というものは世界を書き換える行為。世界そのものであるファイム・ララウェイには、運命操作が通じない。

 

(なら、周囲を砕けばいい)

 

 ファイムの魔法は運命操作によって防ぐことはできない。厄介な相手だ。立て続けに攻撃を喰らったのもそれが理由。おそらく、天敵と呼ばれる部類の相手だ。

 なればこそ――ここで殺さなければならない。

 

「重力変換。――起動」

 

 呟く。同時、周囲の壁が爆ぜた。高町なのはと殺し合いをした時のような、壁を材料とした刃を無数に展開する。魔法で殺すよりも、切り刻んだ方がいい。

 対し、ファイムはワイヤーを使って血桜を引き戻すとそれを構えた。大した男である。まさか剣術の心得まであるというのか。

 

 まあ――関係ない。

 

 断ずると同時、グリスはその全てを投擲した。ファイムも応じる。

 

 そして、極限の戦闘が幕を上げた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 襲い来る刃の群れ。それを目にしたファイムは、内心で恐怖さえ抱いていた。

 

 ――エースたちは、こんなものを。

 こんなものを相手にして、戦っていたのか。

 

「――――ッ」

 

 歯を食い縛る。

 たとえ相手が何者でも、戦ってきた。死さえも予定調和とされ、戦ってきたのではないか。

 

 前に出る。

 足を出す。

 身を屈める。

 前を見る。

 手に力を込める。

 刃を――振り抜く。

 

 不思議な感覚だ。世界が止まって見せる。走馬灯とは違う。体が動く。

 ならば――どうするか。

 

 振り上げた刃が、一瞬にして敵の刃を斬り捨てた。凄まじい切れ味だ。流石は最強の侍が有する刃。

 

 斬り捨てる。

 斬り捨てる。

 斬り捨てる。

 

 空を駆け上がり、その眼前に到達する。そして――

 

「――紫電」

 

 振り抜く刃は、全力の一撃。

 刃を使う騎士の中で最強はあの人だ。その力を――借りる。

 

「一閃――ッ!!」

 

 ――ザンッッッ!!

 

 凄まじい音。感じたのは確かな手応え。八神シグナム――彼の騎士とは何度も手合わせをした。自分の力は自覚している。だが、信じていない。

 非力な自分が信じるのは、いつだって誰かの力。

 共に戦う人の力こそを、信じなければ。

 

「――甘いよ!!」

 

 咆哮が響いた。同時、ファイムの頭上に影がかかる。

 見上げる暇はない。感覚で理解する。質量だ。頭上から、何かで押し潰す気か。

 

 ――させない!!

 

 加速する。宙を蹴り、世界を駆ける。

 駆ける。駆ける。駆ける。

 だが――間に合わない。

 

「潰れろ」

 

 声が聞こえた。誰が、と大気を震わせない返答を返す。

 ワイヤーを射出。張力により、自身を飛ばす。

 

 ――何かが背を掠った。だが、直撃はない。

 眼前。舌打ちを零しそうな表情のグリスがいる。その体へ、拳を叩き込む。

 

 固いものを叩いたような感触。当然だ。最早グリスの体は、人のものではない。

 だが、だからなんだという。こいつを超えなければ、先はない。

 

「――――ッ!!」

 

 極限の集中力でワイヤーを操作する。全神経を注ぎ、グリスの体に巻き付ける。

 

(――右腕は無理か……!!)

 

 何の魔法か、右腕には届かないらしい。くそっ、と呟くと同時に、ファイムはワイヤーの固定を終える。

右腕以外の全てを拘束し、縛り上げる。

 

「ぐっ……! キャハハ、縛り上げて収束砲でも撃つ気?」

「――いや」

 

 ファイムは、その右腕を、振り抜く。

 

「――刻む」

 

 ――――――――。

 

 形容しがたい音だった。全身を引き裂いた音。グリスの異様な体が、粉微塵に吹き飛ぶ。

 やった、と誰もが思う。だが――

 

「甘く見られてるねぇ」

 

 鈍い音を立て、その体が再生した。

 

「不死というもののの絶望、味わってもらうよ?」

「…………」

 

 ファイムは無言。加速の術式を発動する。

 限界が、近付いていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 二人の戦闘。極限のそれを見ながら、なのはは呟いた。

 ――このままではマズい、と。

 ファイムの速さも力も、明らかに彼の能力を超えている。あれは最早オーバーSランクの力だ。彼の身には余る力。

 

 けれど、止めることはできない。

 

 わかる。高町なのはだからこそ、理解できる。どれほどの代償が待っていようと、決して彼は止まらない。そういう道を選んでしまっている。

 かつての――いや、今も尚、そういう道を選んでしまっている自分と同じように。

 

 ならば、手を貸すのは自分の役目。

 

「いくよ……レイジングハート」

《Yes,Master》

 

 相棒の言葉。本当に頼りになる。

 道を開くため、運命を打ち破るため。

 これは、そういう戦いだ。

 

 ならば。

 ここで自分が動かねば――魔導師として生きると決めた、意味がない!!

 

 ――そして。

 高町なのはの力が、炸裂する。

 

 

 ――ガドンッッッ!!

 

 

 駆け抜けた桜色の流星は、戦闘中の二人にとっても予想外だった。その奔流に呑み込まれたグリスが、その顔を再生しながら吠える。

 

「な、っ……フルドライブ!? 命が惜しくないの!?」

「――今更、お前がそんなことを口にするのか?」

 

 そして、再びワイヤーがグリスを拘束する。縛り上げられたグリスは、再び自由を失くす。ファイムが、呼びかけてきた。

 

「なのはさん。――十秒。時間を」

 

 酷く冷静な言葉だ。やはり彼は凄い。戦場において的確な答えを導き出している。

 十秒――それは、最早限界に近いなのはが、ここからの脱出という余力を残した上で凌げる時間だ。

 

 もっとも――その時振るわれる力、なのはの命については、度外視されているが。

 

「――うん。わかった」

 

 頷くと同時、シューターを展開した。同時に、オリヴェント式を展開。圧迫するような感覚が薄らぐ。おそらくだが、グリスあたりがそういう操作を行ったのだろう。

 故に、フェイトたちは動けない。動けるのは、託されたものを受け取ることができた自分だけ。

 

 ――なのは、と自分を呼ぶ声が聞こえた。

 ――ごめんね、と謝った。

 

 体は限界。気合だけで立っていたのは、倒れたら意識ごと持っていかれると思ったから。万全には遠く、砲撃も今のが最後だろう。

 だけど。

 立ち上がらなければならない。

 

 世界を、救うために――!!

 

「――不屈、か。上等だね」

 

 最早姿さえも化け物と化したグリスが、呟く。

 その、最中。

 

「――起動、収束」

 

 ファイムが左手に血桜を持ち替え、右手を前へと突き出した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 何をする気かはわからない。ただ、グリスは直感した。

 

 ――早急に抹殺する。

 

 高町なのはは虫の息。いつでも殺せる。厄介だが、放置してもいい。

 だが、ファイム・ララウェイは違う。あれは何かを企んでいる。放置してもいい敵じゃない。

 

 殺す。

 判断は一瞬。しかし、実行は阻まれる。

 

「――――ッッ!?」

 

 眼前に展開されたのは、無数のシューターだった。コントロールを捨て、数を優先してきたらしい。隙のない弾幕が張られる。

 

 ――マズい!!

 

 突破を試みる。しかし、オリヴェント式を用いて展開された術式だ。運命操作が上手く働かない。

それに、もう一つ。

 何故か、少しだけ体が重い。だが、問題ないと判断する。

 

 シューターを弾く。そして気付く。大した威力ではないと。

 ならば、と正面突破を目指した。しかし、それでも数は数。突破は容易ではない。

 

 荒れ狂う弾雨の中を駆け抜け、高町なのはを視認する。酷く憔悴しきった顔だ。あれは放っておいても自爆する。ならば、標的は――……

 

 

「――花鳥風月」

 

 

 足下から、声が聞こえた。そこにいるのは、右手に翡翠の刃を携えた魔導師。

 

 ――収束砲を、剣に……!?

 

 圧縮、という技術がある。一種の魔導技術だ。これは圧縮する対象の規模が大きければ大きいほどに困難な技術となる。ちなみに高町なのははこの手の術式が一番苦手である。

 

 わかる。ファイムの右手。その手に握られた剣は、膨大な魔力が圧縮されて造られた剣だ。ファイムの手によって作られたそれを喰らえば、凄まじいダメージを受けるだろう。

 だが――こちらは無限の再生力を誇る存在だ。すぐに再生する。肉を切らせて骨を断つ――そうだ、それでいい。

 

「――――!!」

 

 振り抜かれた。血桜と、収束砲を圧縮した高密度の剣。体が深く斬られ、一刀は腹より下を。一剣は左腕の肩から先を奪い取った。

 衝撃と激痛。だが、それもすぐさま――……

 

「…………あれ?」

 

 再生……しない。

 いや、再生はしている。だが、遅い。致命的なほどに。遅すぎる。

 どういうこと、とグリスが呟くと同時に、ファイムが言った。

 

「限界だ」

「限、界……?」

「いくら不死でも、限界はある。あれだけ無茶な再生を、そう何度も何度も繰り返せるわけがない」

 

 荒い息を吐きながら、ファイムは言った。グリスは、馬鹿な、と言葉を漏らす。

 限界? ありえない。ありえるはずがない。これは、この力は――

 

「そんなはずがない!! ボクは究極の力を手にした!! 運命さえも捻じ伏せたんだ!!」

「そう思っているのはお前だけだ」

「ふざけるなッッッ!!」

 

 突き出された拳。だがそれは、合わせた二本の刃によって防がれる。そして、グリスは気付いた。体が重い。再生も、途中で止まっている。

 

「聖人の――究極の!! 聖王と覇王がようやく封印したほどの力だ!! 最強の力だ!! それが、お前程度の力で――!!」

「負けたんだ、聖人は。それはつまり、万能じゃないということ。運命を操ろうとどうしようと、結局神様にはなれなかったんだ。――それに」

 

 ギリギリと軋む刃の向こう。ファイムは、凛とした表情で言い放つ。

 

「僕だけの力じゃない」

「…………!?」

「なのはさんの、カグラさんの、フェイトさんの、シグナムさんの、アギトの、ソラの力だ!!」

 

 ――鈍い音。

 ファイムの拳が、グリスを殴り飛ばした。最早人の姿を留めていない顔がへこむが、再生はゆっくりと進むのみ。

 衝撃で吹き飛んだグリスは、酷く緩慢な動作で立ち上がる。何故だ、と叫び続ける。

 

「何故!? どうして!? これは王の力――世界を統べる力のはずなのに!!」

「それがお前の敗因だ、グリス・エリカラン。有限を無限と信じたこと。この世に無限なんて、都合のいい話はありはしない。永遠もない。有限だから、限りがあるから、だから、生きるんだ」

「敗、因……?」

 

 ファイムの言葉が、酷く、響く。

 

 敗北?――この、ボクが?

 有り得ない。あり得ない有り得ないアリエナイイイイィィィッッッ!!

 

「ボクは究極の力を手にした!! 負けるわけがない!!」

「見苦しいね」

「認めない……認めてたまるかッッッ!!」

 

 絶叫が響く。同時、グリスの左腕が変質し、巨大な剣が形作られた。ファイムがやったように、大気から強引に魔力を収拾。その暴力を纏い、刃が振り下ろされる。

 

「負けるか――負けるわけがない!! ボクはグリス・エリカラン!! アンリミテッド・デザイア!! 世界をこの手に!! 消えろ!! 消えてしまえ!! 負けるものかァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――ッッッ!!」

 

 対し、ファイムも剣を構えた。

 

「終わりにしよう、グリス・エリカラン。こんな戦い――もう、十分だ」

 

 静かな闘気。そして、激突。

 

 

 ――――――――ッ!!

 

 

 大気を震わせる咆哮は、二人のもの。

 二つの力が、激突した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

『はやてちゃん!! 失楽園シャングリラが!!」

「……見えとるよ、リィン」

 

 アースラの外部。砲門のすぐ上に、はやてはいた。

 失楽園シャングリラ――圧倒的な魔力を撒き散らしていたそれが、突如、魔力を失ったのだ。

 

 ――なんや、これは?

 

 だが、あまりにも突然のことにはやては眉をひそめる。不気味過ぎる。なんだ、この、嵐の前の静けさのようなものは。

 

「――ファイムくん」

 

 呟く。すでに、旅団のほとんどは脱出していた。残っているのは、最深部に向かっている者たちのみ。

 故に、彼女は案じる。大切な親友たち。大切な家族たちの無事を。

 ――何より。

 誰よりも愛する、彼のことを。

 

 

 ――引き金を引く時は、着々と迫っている。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 終わった、とファイムは思った。

 これで、後は動力炉を破壊するだけだ。

 

「…………」

 

 流石に負担をかけ過ぎたのか、口元から零れる血をファイムは拭い去る。剣は展開したままだ。この先、必要になるだろう。

 

「ファイムくん」

 

 背後から声が届いた。なのはだ。彼女は、大丈夫、と問うてくる。ファイムは頷いた。

 

「大丈夫です。それよりも急ぎましょう。早く動力炉を破壊しないと」

「そうだね。この先にあるはずだから――」

 

 なのはが言葉を紡ぐ。視界の端で、フェイトやシグナム、ソラが立ち上がるのがわかった。しかし、カグラは動かない。

 

 ――カグラさん。

 

 内心でファイムは呟いた。英雄として戦い続けてきた男。彼は、この場所で何を見たのだろう。

 行方不明と聞いていたが、生きていて、そして、果てた。

 問いたいことも、教えてもらいたいことも、いくつもあった。

 だが、もう――

 

 

 

 ――――――――――――ッ!!!!!!

 

 

 

 不意に、建物内が大きく揺れた。何だ、と誰ともなく声を漏らす。

 おぞましい轟音。思わず、声を上げた。

 

「この揺れは……!?」

 

 遂にタイムリミットがきたのか、と全員が同時に思った。しかし、時間の余裕はまだある。ならば、これは何だ。

 軋むような咆哮を上げる楽園。

 

「――教えて欲しい?」

「――――ッ!?」

 

 不意に割り込んできた声に、全員が同時に振り返った。抉れ、砕け散った壁の奥。そこに、体の八割を失い、最早頭部と右腕だけになった少年がいた。

 

 狂気が。

 倒したはずの、最悪の敵が。

 

「……まだ、生きていたのか」

「キミたちが思う以上に、しぶとかったみたいだねぇ? キャハハ♪」

 

 グリスは笑う。だが、限界なのは明らかだ。傷一つつけること叶わなかった右腕も気にはなるが、どちらにせよ致命傷。スペアがあるのかもしれないが、ここにいるグリスの命は風前の灯火だった。

 

「残念だったな。お前がここで死ねば、その右腕はお前のものじゃなくなる」

 

 言い放ったのはソラだった。グリスは、キャハハ、と笑う。

 

「殺すの?」

「――捕まえる」

 

 問いに答えたのは、なのはだった。彼女はフラフラの体で、しかし、凛とした表情を浮かべて言葉を紡ぐ。

 

「私たちの仕事は、殺すことじゃない」

 

 その答えは、グリスの予想とは違ったものだったのだろう。グリスはその表情を歪め、言い捨てる。

 

「ふん。勝者の驕りか、管理局の義務か――気持ちいいものじゃないね、偽善なんて。だけど、高町なのは……いや、管理局。ボクの敗北が、キミたちの勝利だとは限らない」

「どういう意味だ?」

「簡単だよ。この揺れは――失楽園シャングリラの、暴走だ」

「――――!?」

 

 全員がその言葉に表情を凍りつかせた。唯一人、グリスを除いて。

 

「良い表情だねぇ。そんなものが見れるなら、まあ、上場かな。……薄々気付いてるんだろうけど、ボクの右腕はそこで寝てる聖人から奪ったものだ。ああ、取り戻そうとしても無駄だよ? もう固定したから。――この右腕はね、所持者と共に失楽園シャングリラを統括してた。それなのに、ボクがこうしてやられちゃったから……指示系統が、崩壊しちゃったんだよね」

「…………」

「今、外から見たここは随分と静かだと思うよ? だって、内部の魔力をぜぇーんぶ、動力炉に集めるように指示したから。指示系統が壊れる前にね。いくら動力炉、っていっても、ボクにキミたちの言う限界があるように、限界があった。じゃあ、膨大なエネルギーはどうなると思う?」

「――まさか」

 

 全員が同時に、悪寒が走るようなその結論に到達した。グリスのみが、キャハハ、と、笑みを零す。

 

「理屈は単純。爆発だ。まあ、二〇〇〇キロが吹き飛ぶくらいじゃない? 世界の滅びには程遠い。ああ、そうそう、核兵器を止めるには動力炉を破壊しなくちゃいけないんだけど、そうすると動力炉が爆発しちゃうねぇ」

「――――ッ」

 

 全員が歯を食い縛る。ここまできて、そんな絶望的な結果が待っているとは。

 半径、二〇〇〇キロ。クラナガンは無論のこと滅びるし、おそらく二〇〇〇キロというのは爆発の範囲だ。それを超える地域にも無論、影響が出る。

 核兵器を止めても、結局、この世界が消えるというのか。

 

 どうすればいい――そんな、答えの出ない問いかけが充満する中。

 一人の青年が、歩み出た。

 

「動力炉へは、どう行けばいい?」

「…………」

「答えろ、グリス・エリカラン」

 

 鋭い瞳。グリスはふう、と息を吐くと、右手の指を動かした。同時、部屋の奥に一つの通路の入り口が現れる。

 

「運命操作で場所を組み替え、動力炉の場所は移してある。あれは、そこへ通じる扉だよ」

「嘘ではないという証拠は?」

「どうせ滅びるのに嘘吐いてどうするの? このボクだって死ぬのにさ」

 

 笑うグリス。真偽のほどはわからないが、しかし、今は議論している暇はない。進むしかなかった。

 入り口を凝視する魔導師たち。そこへ、グリスの言葉が届いた。

 

「ああ、そうそう。中に入れるのは、一人だけだよ。そしてそいつは、確実に死ぬ」

「……一人?」

「うん。こればっかりは弄れない場所でねぇ。そもそも踏み込むとして、その必要があるのが聖人一人だけだったから、そういう風になってるの。複数の生体反応が入ると、進路も退路も封鎖されちゃうんだよねぇ。

 更に、進む先にはボクでさえどうなってるのかわからない防衛プログラムと、高濃度の魔力汚染に包まれた世界だ。万一、動力炉を破壊できたとしてもその悪条件を突破して逃げ出すなんてできない。その前に爆発するだろうしね」

「そんな……」

 

 呟いたのは、誰だったのか。

 状況の変化とは、常に起こる。起こり続ける。

 

 勝利を得たと思った矢先、進むも地獄、戻るも地獄の命題を叩きつけられた。

 避難は済んでいない。このままでは、世界が滅びる。なのに。

 

「キャハハ、どうしたの?――醜いよねぇ、ホントに。もうすぐ世界が終わるその瞬間に、その滅びと自分自身の命を天秤にかける愚かさ……醜いよ、本当に」

「――――ッ、こんなの、どちらを選んでも滅びだろうが!!」

「キミたちの信念や正義なんて、所詮こんなものだよ。圧倒的な絶望の前には膝をつくしか、屈服するしかない」

 

 キャハハ、とグリスは心から愉しそうに笑っている。

 この死に体を見れば、誰もが負け惜しみと断じただろう。この場の当事者たちを除けば。

 

 あと一歩だった。あと一歩で、世界が救えた。なのに。

 勝者が追い詰められ、敗者が笑っているこの状況。それでも、時間は確実に進んでいく。

 

 だからこそ――『彼』は、笑った。

 静かに。

 静謐に。

 まるで――聖者のように。

 

「――人をなめるな。グリス・エリカラン」

 

 言ったのは、青年だった。彼はグリスに背を向け、言い放つ。

 

「動力炉の破壊。それと同時に、暴走を抑え込む手は用意されている。はやてさんが、用意してくれている」

 

 その時、彼の手を誰も掴むことができなかったのは、何故だろうか。

 

「僕が行きます」

「――待って」

「止めても無駄です。今この場で余力があるのは僕だけ。それが、結論です」

 

 振り向かぬまま、制止の言葉を振り払うファイム。その背に、シグナムとアギトが言葉を投げつけた。

 

「待て、ララウェイ。行くならば私も」

『そうだよ! ファイム!』

「――一人しか、進めないんですよ」

 

 バッサリと、ファイムは切り捨てた。フェイトが、ファイム、と言葉を漏らす。

 

「はやてはどうするの? 一人で、残していくつもりなの?」

「僕のような未来のない者といても、不幸なだけですよ」

 

 そう、不幸なだけ。

 彼女には、幸せになってもらいたい。

 

「大丈夫」

 

 ファイムは言う。振り返った横顔は。

 ――幸せそうに、微笑んでいた。

 

「必ず、帰ります」

 

 それは、嘘。

 誰もがわかる、嘘。

 

 命懸けで彼が吐いた嘘であり。

 世界を包む……優しい嘘。

 

「ファイムさん。――これを」

「……これは?」

「通信機です。長時間は無理ですが、少しくらいは」

 

 ソラは止めようとしなかった。ファイムは、ありがとう、と頷く。

 そして。

 

 希望のために。

 未来のために。

 絶望を叩き潰すために。

 

 明日なき青年が、最後の戦場と飛翔した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 失楽園シャングリラ外部。

 突如様子が変わった失楽園シャングリラを、はやては睨み付けるようにして見ていた。すると、その視界に一匹の竜が映る。

 あれは――……

 

『はやてちゃん!! なのはさんたちです!!』

 

 リィンの報告。その最中、はやては気付いた。

 竜の背に乗っている者が――足りないと。

 

「……ファイムくん」

 

 はやては呟く。彼の姿がなく、他の者たちが脱出してきたということは。

 それは、たった一つの理由を示している。

 

 彼は。

 あの人は。

 

 どうして、こんな風にしか。

 こんな風にしか、生きられない――?

 

「――はやてちゃん」

 

 竜が、アースラの側に飛来してきた。なのはがそこから飛び降り、はやてに小型の通信機を渡す。

 

「まだ、繋がってる。……だから」

 

 言って、なのはは竜と共に後方へと下がった。はやては、小さな通信機を握り締め、膝をつく。

 

 結末がどんなものか――彼女には、見えてしまっていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 崩壊を始める楽園の中を、一人の侍が歩いていた。迷いのない足取りは、彼女を容易に最深部へと運んでいく。

 

「――無様ですね」

 

 呟き。それと同時に、腕が宙を舞った。

 上半身だけで無様に進んでいたグリス・エリカランが、苦悶の呻き声を上げる。

 

「あ、がっ……!?」

「大方、死んだふりでもして逃れましたか? 無様ですね、実に無様です」

 

 蔑むような目で彼を見るのは、テンリュウ・シンドウだった。

 

「ボクの、ボクのッ……腕、どうして……!?」

「我が刃――桜花は、概念と化しています。運命を断ち切るなど造作もない」

《まあ、本来の持ち主相手ならこうもいかないけどね。偽物相手で良かった良かった》

 

 響くのは桜花の笑い声。グリスは呻き声を漏らす。

 

「……殺しなよ」

「…………」

「そのために来たんでしょ? だったら、殺せばいい」

 

 グリスは言う。彼には代わりの体があるのだ。ここで殺されようと、続くことはできる。

 尤も、失ってしまった右腕は辛い。しかし、それはまた新たな道を探せばいい。

 我はアンリミテッド・デザイア。そのために生きている。諦めるという事象は、プログラムにインプットされていない。

 対し、テンリュウは静かに応じた。

 

「――申し訳ありませんが。私はあなたを殺しません」

 

 ――直後、世界が歪んだ。

 圧倒的な魔力。その手が、最早人とは呼べぬ姿になったグリスを掴む。

 

「化け物の身に堕ちてなおその執念……感服に値しますが。どちらにせよ、愚か、の一言に尽きます。殺さず生かさない方法など、万に等しい手法がある」

「――――ま」

「夢幻抱擁」

 

 グリスの言葉を聞く気はなかった。光に包まれるグリス。テンリュウは、ふう、と息を吐く。

 

「その世界を抜けられるのは、己の欲望を超えた滅私ができる者のみ。アンリミテッド・デザイア……百年経とうと、あなたはそこから抜け出せない」

 

 言い切り、テンリュウは奥の通路へと目を向けた。

 

「死が救いというほどに、前を見てきたわけではありませんが……」

《どうするの?》

「……どうしようもありませんよ」

 

 呟き、そして。

 テンリュウは、目を閉じる。

 

「楽園も終わりを迎え……私はどこへ行くべきでしょうか」

 

 終焉が――近付く。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 長い、長い通路の先。

 異空間をどれぐらい歩んだのか。時間の感覚さえもおかしくなってしまいそうなその先に見つけたのは、絶望だった。

 

「…………ッ」

 

 ごくりと、唾を呑み込んだ。目の前に広がるのは、それだけの光景だった。

 機械で形作られた兵士たち。この失楽園シャングリラを守ってきたのであろうそれらが、無数にそこに佇んでいた。

 

 そして、その奥。

 紅蓮に輝く強大な存在は――動力炉。

 

 伝わってくる。成程確かに、これなら世界さえも滅ぼせそうだ。

 そして同時に理解する。これがそうだと。偽物ではない。これを壊せば、核兵器を止めることができる。

 

「……ははっ」

 

 もう、笑うしかない。

 

 金属独特の軋みを上げ、機械兵士たちが一斉にこちらを振り返る。数が多過ぎる。数える気にさえならない。

 

《マスター》

「――わかってる」

 

 応じると同時、ファイムを見つけた機械兵士たちが一斉に銃弾を放ってきた。面の攻撃。

 その全てをワイヤーによる障壁で受け切り、ファイムは言う。

 

「――邪魔をするな」

 

 放たれたのは、殺気と呼ばれるもの。しかし、意志無き人形たちにそれが理解できるはずがなく。

 しかし。

 次いで放たれた咆哮は、人形たちでさえも理解した。

 

 

「世界を救うんだ――――そこを、どけええぇぇぇッッッ!!」

 

 

 これは、害為すものと戦闘人形たちが理解する。

 故に、全身全霊で排除する。

 

 

 

 

 ――激戦が、繰り広げられている。

 

 

 

 

 命無き鋼の軍団。爆流の如きそれに逆らい、駆け抜けながら、青年は吠えている。

 その進んだ道には幾多の残骸が積み上げられ、ただ標的を目指している。

 

 痛みなどどこかへ置き去りにした。

 血が全身を染め、命を使い続けたその姿は、もう、十八歳のそれとなっていた。

 

「あああああああああああああああああああああ――――――――ッッッ!!」

 

 何体目かわからない敵を斬り捨てた時、ファイムの脳裏に不安が過ぎった。

 

 ――まだなのか。まだ、いくら、どれだけたおせば――……?

 瞬間、その肩を銃弾が貫いた。

 

「――――ッ…!?」

 

 息が詰まる。痛みはないが、衝撃が体を傾ける。

 そして、同時に無数の弾丸が叩き込まれた。ファイムの体が、傾き――

 

 ――ザシャアアアッッッ!!

 

 しかし――倒れなかった。

 倒れることは、できなかった。

 

 ――倒れない。

 

「どけよ」

 

 血に染まったその体で、手負いの獣が咆哮する。

 

「そこを、どけぇぇぇええええええッッッ!!」

 

 咆哮が響く。

 敵の機械兵士たちが、一瞬、その動きを鈍らせた。プログラムによってしか動かない兵器が、恐怖を覚えたというのか。

 

 潮が引くように遠ざかる機械兵士たち。その奥に、その威容はある。

 幻想的で、同時に狂おしい輝きを纏うもの。

 圧倒的であると同時に、異様である存在。

 

 ガクン、と膝が折れた。しかしファイムは、剣を杖とし、倒れるのを拒む。

 

「――別に、英雄になれるなんて思ってない」

 

 ヒーロー、正義の味方。

 そんなものが自分からは程遠いものだとはとっくの昔に理解していたし、なれるわけがないとも理解している。

 

 それでもここへ来たのは、世界のヒーローなんかじゃなくて。

 あの人の、たった一人の――……

 

 それが、ファイムの答え。

 揺るぎ無き、理由。

 

「おおおっ!!」

 

 吠えると同時、収束砲を圧縮した剣を突き立てた。狙う場所は既に決まっている。おそらくは、鉄槌の騎士ヴィータが罅を入れたのであろう一か所だ。

 突き立てた剣が爆発し、大きく亀裂が入る。ファイムは、更に血桜を同じ場所へと突き刺した。

 

「砕けろぉぉッッッ!!」

 

 そしてその柄を、押し込むように全力で殴りつける。

 

 ――ビキビキビキッ!!

 

 凄まじい音を立て、崩れていく動力炉。衝撃で吹き飛ばされたファイムは、壁に叩き付けられ、壁に背を預けた状態で座り込む。

 終わった、と彼は呟いた。そこへ。

 

『……ファイムくん』

 

 最後の……本当に最後の、通信が入った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……ファイムくん」

 

 震える声で呼びかけた。祈るように、応答を待つ。

 ノイズだらけの通信機。その向こうから、その人の声が届いた。

 

『……無事、任務は終了です。はやてさん……撃って』

 

 こんな時までそんなことを。はやてはそう思ったが、溢れ出しそうになる涙を堪え、はやては言う。

 

「まだや!! ファイムくんがまだ戻ってきてない!!」

『戻る時間は……ありません』

「そんなことは――」

『――足が』

 

 遮るような言葉。ファイムの、苦笑を含んだ言葉が聞こえる。

 

『足がもう……動かない。機械の足も、人の足も、潰れて……しまって……』

 

 辛そうな声。はやては、唇を噛み締めた。

 どうしてだ。どうして、どうしてこんなことに。

 望んだのは小さな幸せだけだった。

 それ以上は望まなかった。

 

 世界は――それさえも、赦してはくれないのか。

 

『――大丈夫』

 

 溢れ出る涙。ファイムは、言った。

 もう、言葉を発することができなくなってしまっているはやてに。

 優しい、彼女が大好きなその声で。

 

『生きて帰る。――約束だ』

 

 約束。

 それは、嘘。

 彼が吐いてくれた、命懸けの嘘。

 

 汲み取らなければならないのか。

 汲み取らなければならないのか。

 

 どうして、こんな結末しか待っていない?

 

『ほら――涙を拭いて、はやてさん』

 

 死の足音が聞こえているはずの彼は。

 笑って、そう言った。

 

『祭りの最後は――誰もが笑っていなくちゃ、ダメだよ?』

 

 ノイズが酷くなる。はやては、反射的に叫んだ。

 

「待っ、待って!!」

『……はやてさん』

 

 彼の言葉は、どこまでも優しい。

 そして彼は、その言葉を告げた。

 

 

『あなたを心から――愛してる』

 

 

 そして、通信が途絶える。はやては、崩れ落ちるように膝をついた。

 これが現実か。こんなものが現実か。

 こんなもののために、戦ってきたというのか。

 

 折れそうになる心。しかし――

 

「――――ッ!!」

 

 涙を拭い、はやては立った。

 ここで折れたら、全てが無駄になる。ファイムの覚悟も犠牲も、全てが。

 

 そんなことは、それだけは――させない!!

 

「…………」

 

 吐息のように、か細く、はやては彼の名を呼んだ。

 そして。

 

 その引き金が――引かれる。

 

 

「――――――――――――――――、」

 

 

 彼女の口から放たれた咆哮は、魔導師でも、戦士でもない――ただ一人の女性の、悲痛な叫び。

 楽園を包み込む、禁じられた力。それは、戦いの終焉を告げていた。

 

 

 後に歴史に刻まれるであろう戦いが、幕を降ろした瞬間だった。

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