魔法少女リリカルなのは~優しい嘘~   作:アマネ・リィラ

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外伝〝世界の終わり、あるいは始まり〟

 張り詰めた空気が漂う。吐く息が白い。当然だ。季節は冬。そしてここは、極北の地なのだから。

 

「……ホムラ。クロすけからの連絡はあったか?」

「ついさっき。準備完了らしいで」

 

 男――第二戦技教導隊隊長、カグラ・ランバードの言葉に、同じく副隊長であるホムラ・イルハートが頷きながら応じた。その口調こそ常の彼らしい軽薄なものだが、その表情は真剣そのものだ。

 そんな、親友であり、同時に誰よりも信頼する部下の言葉にカグラは頷く。

 

「そうか。なら準備しろホムラ。十分後、突入する」

「あいあい。……で、やっぱり今回はわしらだけか?」

 

 確認するような問いかけ。カグラは、ふう、と息を吐いた。

 

「正直、戦力不足だが……相手が相手だ。アイツら巻き込むわけにはいかねぇだろ」

「まあ、上層部からは確実に睨まれるやろうしなぁ。エリアもトモエも巻き込まん方がええやろ」

「その辺はクロすけ次第だけどな。あいつの働きに俺たちの進退がかかってる」

「ま、どうでもええけどな」

「出世なんざどうでもいいしな」

 

 くっく、と二人して笑みを零す。今でこそ教導隊の隊長と副隊長という立場にある二人だが、それはただの結果だ。立身出世のために、管理局へ入局したわけではない。

 視線を前へと向ける。見えるのは、隠蔽用の術式をかけることによって隠された洞窟の入り口だ。ようやくここまでこぎつけた。後はあの奥にいるであろう黒幕を捕まえるだけ。

 

「……そういや、ホムラ。うちの部隊連中はどうしてる?」

「……聞きたいんか?」

「…………」

 

 睨むようにしてカグラはホムラを見る。ホムラはため息を零し、肩を竦めた。

 

「……幸い、死者は少ないわ。けど、奇襲は流石に想定外やったんでな。復帰まではもうしばらくかかるやろうと思うで?」

「…………」

「――やるせない、そう思うわ。わしもな」

 

 ふう、と白い息をゆっくりと吐きながらホムラは苦笑を零した。

 

「わしらは救うために戦ってきた。それやのに、あの連中は――屍部隊の連中は、そんなわしらを背後から強襲してきよった。救ったはずの連中に、背後から襲われたんや」

「――〝光の下でなど、生きていけない〟」

 

 一歩を踏み出しながら、不意にカグラはそんなことを呟いた。ホムラが怪訝な表情を浮かべる。カグラは煙草を咥え、火を点けると――ゆっくりと紫煙を吐き出した。

 

「部下を――アイツらを守るために殺した連中の言葉だ。……なぁ、ホムラ。教えてくれよ。俺のやろうとしたことは、無駄だったのか?」

 

 問いかける。特殊制圧部隊――通称、〝屍部隊〟。かつて自分が配属されそうになった部隊であり、同時に、管理局最大の闇とも呼べる部隊の名だ。

 頭領の名は、クライム。正体不明の敵。いや、屍部隊そのものが謎多き部隊だったのだ。カグラ自身、自分の生い立ちにその部隊が関わっていなければ知ることさえなかっただろう。

 だが、知ってしまった。人としてのあらゆる尊厳を否定され、ただただ血と汚泥に汚れるだけの部隊……管理局のために、正義のために誰よりも悪へと手を染める部隊。

 そういう存在が必要なのはわかる。カグラは若いが、その程度の分別はある。

 だが――認められない。

 理由など、それ以外に必要ない。

 管理局が真に正義なら。そうであるならば――そんな部隊は、そもそも必要ないはずなのだから。

 

「さてな」

 

 つまらなさそうに、ホムラは肩を竦めた。背伸びをし、睨むようにカグラを見据える。

 

「せやけど、これはお前のやろうとしたことやろうが。その善悪の判断を他人に押し付けるんやない。ガキやないんや。正義の味方が綺麗でないことぐらいはとっくにわかっとるやろ? 要は、お前がどう思うかや」

「……厳しい野郎だなテメェは」

「わしはまだトモエとのことは認めとらんぞ」

「黙れシスコン」

「じゃあかあしい! 兄が妹を想うて何が悪いんや!」

「気持ち悪ぃんだよテメェはよ! トモエも迷惑してんだ!」

「そんなはずがあるかァ!」

「その自信の根拠はどこだボケ!?」

 

 敵の本拠地の目の前だというのに、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる二人。そうして一通り叫んだ後、さて、と二人はほとんど同時に吐息を零した。

 

「――往くか」

 

 同時に呟き、二人は内部へと侵入していく。

 その二人の退路を断つように、外では吹雪が激しさを増し始めた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……もっとこう、侵入者撃退用の罠とかがあると思ってたがな」

 

 洞窟とは思えないほどに内部の改造された――見た目で言うなら、本局の研究施設と変わらない――場所を敢えて音を響かせるようにして歩きながら、カグラはそんなことを呟いた。その呟きを聞き、ホムラはそうやな、と頷く。

 

「余裕かましとんのか、それとも手駒がおらへんのか。……何となく、前者のような気がするなぁ」

 

 前回、別の施設をこうして襲撃した時は総力戦になった。あの時に敵の主戦力を多く潰したので、手駒がいない可能性も否定できないのだが……何となく、それは違う気がする。

 ――何故なら。

 前回の戦いでは、あの男と接敵していない。あの、戦争狂と。

 

「まあ、手っ取り早く大将とやり合えんのは望むところだが」

「それについては同意見やな。無駄な戦闘ほど、やる気の萎えることも――……」

 

 不意にカグラの足が止まり、ホムラもその言葉を途中で止めた。

 

 コツン。

 

 響くのは、靴音。次いで、じゃらりという鎖の音が響き渡る。

 現れたのは、禿頭の男。巨大な戦斧を携えた、戦場の狂気。

 

「来たか……遂に、ここまで辿り着いたか」

 

 その男――リヴァイアス・バルトマカリはこちらの姿を認めると、体を震わせながらそんなことを口にした。そのまま、戦斧をこちらへと向けてくる。

 

「さあ、戦争だ」

 

 ズンッ、という音と共に、地面が揺れた。

 床へと叩き付けられた戦斧。そのあまりの威力により、地面がかすかに揺れたのだ。

 

「戦争だ、戦争だ――戦争だッ!!」

 

 咆哮。凄まじい声量を伴って放たれたそれが、ビリビリと体を揺らす。

 

「ここにいるのは誰だ!? そうだ敵だ!! 怨敵だ!! 愛しい愛しい怨敵だ!! 世界中に存在するあらゆる繋がりにおいて最も強固な関係を築くモノ!! 殺すか!! 殺されるか!! さあ始めるぞ――始めるぞッ!!」

 

 壮絶な笑みを浮かべ、そんなことを言い放つリヴァイアス。カグラがデバイスを取り出し、構えに入ろうとする。しかし、ホムラはそれを自身のデバイス――杖型のデバイス、ライジングサンをカグラの前に出すことで押し留めた。

 

「ホムラ?」

「ここはわしに任せろや。お前はさっさと大将の首、獲りに行け」

「……いいんだな?」

 

 カグラの決断は早い。こういうところで迷わずに結論を出せるこの男を見ると、やはりこう思う。

 

 ――お前が親友で良かったわ。

 

 信頼しているからこそ、してくれているからこそ、決断が早いのだ。

 カグラ・ランバードという天才に信頼されている――その事実は、素直に嬉しく思う。

 故に。

 

「わしを誰やと思うとる?」

 

 返答はこれだけでいい。この言葉だけで、全てを任せてくれる。

 

「いらねぇ心配だったか。――任せる」

「任された」

 

 カグラが走り出す。その際にリヴァイアスの横を通り過ぎたが、リヴァイアスは一瞥をくれるだけで何もしなかった。

 

「見逃すんか?」

「貴様が相手なのだろう? ならばそれでいい。貴様を殺してから後を追えば良いだけだ」

「……さよか」

 

 ライジングサンを回転させ、構える。別にリヴァイアスはこちらを侮っているわけではないだろう。油断もない。慢心もない。ただ――自身の実力に対する絶対的な自信が、彼にその言葉を紡がせたのだろう。

 ならば、こちらはいつも通りに冷静に。静かに、静謐に戦えばいい。

 動く必要はない。座して動かず、絶対の守護と圧倒的な火力で全てを制圧する力。それこそが、ホムラ・イルハートの辿り着いたミッド式の究極。

 

「ほな、始めよか」

「ふん。難儀な男どもよな。我らに手を出さなければ、貴様も苦しむことはなかったろう」

「ほざけ。自分らみたいなんから目を逸らして生きていける程、わしらはまだ腐っとらんのや」

 

 犠牲の上に成り立つ平和。そんなものは認めない。

 

「理想論でもええ。夢見がちと笑われても仕方あらへん。せやけど、わしらは。管理局に入った人間は、誰だって『それ』を願ったはずなんや」

 

 現実を知り。

 悲劇を知り。

 夢、破れて忘れ逝くそれを。

 

「――世界中の人たちが、幸いでありますように」

 

 そう、願ったのはそれだけ。

 ――世界がもう少し、優しくありますように。

 

「願いはそれだけや。お前らもその世界の一部。それが苦しんでるゆーのに、諦められるわけがあらへん」

「ほう。吠えたな小童。世界を救うなど……そんな戯言を本気で口にするのか?」

「実現できひんうちはただの夢。そう、ただの夢や。せやけど、それを実現できた時――その夢は空想から現実へと燃え墜ちる」

 

 それでええ、と。

 ホムラ・イルハートは言い切った。

 

「邪魔すんのやったら構わへんよ。ぶちのめして目を覚まさせたる」

「くっく、吠えるじゃあないか。素敵だ、これはこれは実に素敵だ。――覚悟は良いな?」

 

 吹き荒れる魔力。常人ならば無意識の間に下がってしまうその圧力を前に。

 

「――上等」

 

〝正真正銘の天才〟と呼ばれる男は、笑みさえ浮かべて――踏み込んだ。

 衝突。

 

 天才と狂気の戦いが――始まる。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 辿り着いたのは、最奥の場所。そこにいたのは、一人の男だった。

 

「……テメェが頭領か?」

 

 確認のための問いかけ。趣味の悪い、無駄に装飾の為された椅子に座るその男は問いかけに対しくっく、と笑った。

 

「そうだ。私の名はクライム。特殊制圧部隊の隊長。……よくここまで辿り着いた、と一応は褒めさせてもらおうか」

「俺たちの要件はわかってるな?」

「ふむ、要件? 何かね? 最高評議会からの伝言でも伝えにきてくれたのかな?」

「……テメェらの部隊の解散だよ。わかってんだろうが」

「『わかってんだろうが』……くっく、随分と自惚れた台詞を口にするものだね。キミは自分が物語の主人公にでもなったつもりかね?」

「あァ?」

「世界とは自分以外の者の方が多い。むしろ自分以外で構成されていると言ってもいい。故に世界とはあらゆることが起こるしあらゆる理不尽を内包している。そんな中で『わかってんだろうが』? くっく、これを滑稽と称さずになんとすればいいというのかね? あろうことかキミは、キミ以外の存在にキミの理解を押し付けようとしているというのに」

 

 はははっ、とクライムは笑う。カグラは、チッ、と舌打ちを零した。

 

「ウゼェ野郎だなテメェ」

「そう、その態度こそが傲慢だ。いやいや、実に面白い。気に入らない事象があれば容赦なくそれを唾棄すべきものとして吐き捨てる――ははっ、キミは管理局の傲慢そのものではないかね?」

「テメェは管理局を否定するのか?」

「否定も肯定もせんよ。そもそも興味がない。逆に聞くが、キミはいちいち地面を這い回る蟻のコミュニティーに思いを馳せるかね? 馳せんだろうさ。そんな行為には欠片も意味がない。私にとってはキミもそこらを這い回る羽虫も同格だ。どうかね?――これが平等だ」

 

 両手を広げ、立ち上がりながら言い放つクライム。カグラはそんな彼に鋭い視線を向けた。

 

「平等、だと? テメェのそれは平等なんかじゃねぇ。傲慢だ。神にでもなったつもりか?」

「人は己の世界しか認識することはできない。そして己の世界とは、思い描く空想そのもの。くっく、私は私の世界において神だよ。そう、絶対神だ」

「そのテメェの傲慢で……どれだけの人間を殺してきた?」

 

 危険かもしれないから。

 罪を犯すかもしれないから。

 そんな曖昧な理由で、この屍部隊というものは数多くの人間を闇へと葬ってきた。そしてその全ての善悪に対する線引きをしてきたのは、ここにいるクライムという男。

 故に、カグラはここへ来たのだ。

 この男こそ――〝悪〟と断ずるために。

 

「神だと? 絶対神だと? そんなもん――望んだ覚えはねぇ!!」

「キミの世界はそうかもしれん。だが、キミ以外の世界は望んだのだよ。明確な線引きを。ここまでは正義、ここからは悪――定義できないものを定義する、明確な線引きを。それが私だ。クライム、というのは〝罪〟という意味を有している。どうかね? 禁断の果実を食んだ罪深き存在には相応しい名だろう?」

「ほざけ!! テメェは悪だ!! 俺が――俺たちが裁く!!」

「元来、人に人を裁く権利などない。相手が神なら尚更だ。私を裁く権利は私のみが有している。だが、まあ、それでキミは納得しないのだろう。戯れるのもやぶさかではないが……これでも忙しい身でね」

 

 パチン、とクライムが指を鳴らした。直後、洞窟が大きく揺れる。同時に、周囲に無数の――魔力を栄養とする触手型の魔法生物が何体も現れた。

 

「ここは元々廃棄するつもりだったのでね。私にまで辿り着くということは、キミは相当優秀なのだろう。そんなキミを失うのは管理局にとって大きな損失なのだろうが……何、興味はない。私のことを知り、生かしておく意味もないのでね」

「逃げんのかテメェ!?」

「どうとでも。世界とは自身の観測する偏見の塊だ。キミがそう思うならキミの世界にとってそれが真実なのだろう。どうでも良いがね」

 

 直後、轟音と共にクライムの背後が吹き飛んだ。そこから現れたのは――小型の、次元航行艦。

 クライムはそれを確認すると、一瞥さえくれずにそれに乗り込む。同時に、ドクン、という心臓の鼓動のような音が響き渡った。

 

「ああ、そうだ。この場所は間もなく自壊する。……死にたくないのであれば、逃げた方が良いのではないかね?」

 

 クライムが次元航行艦へと乗り込む。それと同時に、無数の魔法生物がカグラを襲い始める。

 

「待てテメェ!!」

 

 カグラが吠える。しかし、クライムは振り返ることさえしない。

 ――そして。

 小型次元航行艦が飛び去ると同時に。

 

 ドクン、と。

 巨大な音を立て、洞窟内が大きく揺れた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「――はっ。こんなもんか、戦争狂?」

「くっく、まだよ。まだ終わらぬ」

 

 ライジングサンを杖代わりにし、辛うじて立っている状態のホムラが紡いだ言葉に対し、壁に背を預け、座り込んだ状態のリヴァイアスが応じる。先程から二十発ほど零距離から『イノセントバスター』をフルドライブ状態で叩き込んでいるのだが、まだ意識があるらしい。

 

 ……ふざけたタフさやな。勘弁して欲しいわ。

 

 被弾数で言えば、ホムラの方が圧倒的に少ない。しかし、相手はどうやらベルカ式を中心にしている術者だ。その一撃の威力はこちらより遥かに上。

 強い。だが、軽い。

 威力は桁違いだ。その魔力量も気迫も、今までホムラが相対してきたどんな敵よりも上だろう。

 しかし――軽いのだ。

 その根本が、あまりにも軽過ぎる。

 

「ようやくだ、ようやく俺様は――俺様は、存分に殺し合えるのだ。こんなところで蹲っている暇などない!!」

「それがお前の理由か」

「そうだ!! 戦争を――もっと、戦争を!! 全身全霊!! 徹頭徹尾!! ただただ殺し合うためだけの戦場を!! ただそれだけを――俺様は欲する!!」

 

 ごふっ、という不快な音を立て、リヴァイアスの口から血が溢れた。しかし、そんなことは些事であるとでもいうかのようにリヴァイアスは立ち上がり、こちらを睨んでくる。

 その様子を眺め、ふう、とホムラはため息を吐いた。そのまま、上等や、と呟く。

 

「そんなに死にたいんやったら、こっちに来い」

「なに?」

「用意したるわ。ドロドロで、グチャグチャで。ここで死んどいたほうが遥かにマシやと思えるような戦場を用意したる。そこで後悔して後悔して後悔したら――やり直せ」

「後悔だと? この俺様が?」

「ここでお前の首撥ねんのは容易いけどな。それやとわしが納得できひんのや。――返事は?」

「……くっく」

 

 含むような笑いがリヴァイアスから零れる。そして、それはすぐに哄笑へと変わった。

 

「くくっ、ははははははははははははっ!! 貴様が!! 貴様が言うのか!! 管理局の英雄たる貴様が!? 良いだろう良いだろう良いだろう!! 見せてみろ英雄!! この俺様が満足できる戦場を!! それまで俺様は貴様の走狗となってやる!!」

「……ふん」

 

 吐息を零し、魔法を解除するホムラ。

 

 ――ドクン。

 

 そのホムラの耳に、不意に心音のような音が響き渡った。リヴァイアスも気付いたらしく、二人は同時にカグラが向かって行った通路の奥へと視線を向ける。

 直後。

 轟音と共に――洞窟が、崩れ落ちた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 次元世界と次元世界の間には、虚数空間と呼ばれるものが存在する。所謂宇宙空間とは別――時間軸、次元などが異なる世界との間に横たわるものだ。

 そこに呑み込まれた者は例外なく零と一に分解され、次元航行艦の技術が発展した現代でも、『転送事故』という悲劇によりそこで命を落とす者は少なくない。

 だが、その虚数空間はそこに顕現し続ける手段さえ見つけることができれば最高の隠れ家と成り得る。これより少し未来において発見される、大魔導師プレシア・テスタロッサの『空中庭園』などはその典型例の一つだろう。

 そして、屍部隊という『公には存在しない部隊』の頭領であるクライムもここ虚数空間に隠れ家を有していた。それは管理局――それも最高評議会が用意したものであり、政治的にも堅牢さを誇る場所。侵入者などありえないはずの場所だったのだが――

 

「……次元航行艦にしがみついてきたのかね? 随分と無茶をする」

「若いうちは無茶をしろってのが俺の教導方針でね」

「ほう。キミの年齢は?」

「どうでもいいだろそんなこと。……今度は逃がさねぇ」

 

 拳を構える。それと同時に、カグラの両手足に彼の愛機であるヘルダストが装備された。

 その様子を見て、ふむ、とクライムが呟いた。振り返り、腕を組んだ状態で相対する。

 

「異常な力だ。キミレベルの魔力量であるならば、多くはないだろうが確実に存在する。そもそも破格の魔力量といえばSSSランク魔導師、ギル・グレアムが最高峰。彼に比べればキミは羽虫のようなもの」

「ジイサンと比べんじゃねぇよ。次元が違う」

「――だが、キミはそのギル・グレアムにさえできないであろうことをやってのけた。次元航行艦にしがみつく? 虚数空間の中で、分解されずに実体を保ち続ける? できるはずがない。……何者だ、キミは?」

「カグラ・ランバード。第二戦技教導隊隊長だ」

「肩書きなど聞いてはいないのだが……まあ、構わんだろう。成程、『彼』が言っていたイレギュラー、不文律、因果崩壊……その一部か」

「あァ?」

「こちらの話だよ。だがね、カグラ。一つ、問答といこうではないか。少々、興味が沸いた。――キミは、この世界をどう思う?」

 

 両手を広げ、クライムは問いかける。その右手には赤い宝石が乗っており、それはすぐさま杖へと形を変えた。

 

「神などというものが存在するのであれば、随分と酷なことをする。争い、殺し、奪い、奪われ、傷つけ、傷つけられ……自身の分身として生み出したという人間に、そんなものを与えるとは」

「自分を神だと称してた野郎の台詞じゃねぇな」

「私の称する神など、子供の戯言のようなものだよ。天上にいる愚者に比べれば可愛いものだ」

「……神なんてのを信じるつもりはねぇよ。けどな、だったらテメェは何のために屍部隊なんざ率いてるんだ」

「屍部隊……その名自身、実に嘆かわしい名前だ。敵とは己を映す鏡。屍部隊、その名を与えたキミたちこそが、まさしく死を振り撒く亡者の群れだというのに」

「なんだと……!?」

「では問おうか。管理局とは何だ? 管理とは何だ? 支配とは違うのか? 圧倒的な武力を背景に、手前勝手な平和を押し付ける組織が正義だと? 歪みだよ。歪み切った論理だ。――そんな組織が正義を! 善を謳う! これを茶番と呼ばずしてなんとする!?」

「管理局は――俺たちは! いつだって平和のために! 笑顔のために戦ってきた!」

 

 それが管理局の理由。混乱する世界を束ねた組織は、そのためだけに存在してきた。

 

「その業の果てがこの私だ! キミが殺そうとしている、キミたちにとっての〝悪〟! 生み出したのはキミたちだというのに!」

 

 しかしそれを――管理局の闇は、否定する。

 

「正義と信じ! 逃げ、聞かず! その果てがこの私だ! 屍部隊――その名を与えられた亡者たちは、キミたちの罪の証!」

「それでも……そうであったとしても! 俺たちの正義に偽りはない!」

「悪にさえなれぬ偽善に意味などない! キミたちの論理が、正義が、業が! 誰にわかる!? 理解できる!? できはしないさ! 誰にも理解などできない! 管理局そのものが――世界の矛盾であるが故に!!」

 

 轟音が響き渡った。カグラの拳をクライムが受け止めた音だ。あまりの威力に地面がめくれあがり、衝撃波が決して小さくはない庭園を微かに揺らす。

 

「素晴らしい力だ……! だが、だからこそキミはあってはならない!」

「何を!」

 

 クライムが右手に持った、管理局においてはよく見かけるデバイスの一つ、《魔導師の杖》より放たれた砲撃魔法を飛び上がって避け、そのまま踵落としを叩き込む。だが、それをクライムが容易く避け、そのまま二人は高速の戦闘へと突入した。

 

「キミの姿を見た者は! キミの背中を見た者は! 誰もがこう思うだろう! キミのようになりたいと――キミのような英雄でありたいと!! 誰もが憧れを抱くだろう!! 英雄とは戦場がなくば生まれないというのに!!」

「どういう……意味だッ!!」

「キミのようになるために!! 彼らは戦場を欲するのだよ!! どうしようもない矛盾だ――キミは争いを失くすために戦ってきたのに!!」

 

 魔力の嵐が暴風となり、世界を食い荒らす。『虹色吐息』――魔力光を自在に操る己のレアスキルを、カグラは何の躊躇もなく展開する。そうしなければ、この男には追いすがれない。

 

「キミの力が強大であればあるほどに!! 誰もがキミに憧れる!! キミになるために!! 英雄となるために!! そのために――戦場を望む!!」

「ほざけ!! 人は馬鹿じゃねぇ!! 争いを繰り返すようなことはしねぇんだよ!!」

「有史以来、一度でさえ――一時でさえ、争いが止まったことがあったと言えるのかね!? 言えぬよ、それが人の業!! 人の本質であるが故に!! 殺すために――殺してきたが故に!!」

「違う!! 人は育んできた!! 壊すばかりじゃねぇ――創り出せる!! いつか、きっといつか!! 世界から争いは消える!!」

「いつかは!! きっといつかはと!! どれだけの月日、その戯言を口にしてきた!?」

 

 轟音を立て、庭園の地面が吹き飛ぶ。カグラと暗い身はそこから内部へと堕ちていき、そこで、一つの巨大な蒼い宝石を目にした。

 青く煌めく巨大な宝石――それを間に挟んで、三十メートルほどの位置で互いに動きを止める。

 

「これが人の業の果てだよ、カグラ・ランバード。虚数空間にこの庭園を固定するロストロギア……ジュエルシード。願いを叶えるロストロギアだ」

「願いを……!?」

「美しいロストロギアだ。だがね、これはまやかしに過ぎないのだよ」

 

 バキン、という澄んだ音が響き渡った。蒼い宝石が砕け散り、二十以上の欠片となってクライムの周囲を旋回する。

 

「キミは思ったはずだ。これが〝欲しい〟と」

「…………ッ!」

「そうだ。それが人の本質だ。人は争う。これを求めて。これは火種だ。願いを叶えるロストロギア――正しく世界中の誰もが平和を求めているのなら、こんなものは必要ない。こんなものがある時点で、人は平和を放棄していると同義なのだよ」

 

 ズンッ、という轟音が響き渡った。庭園が大きく揺れ、カグラは思わずバランスを崩す。

 

「まだまだキミとは語り合いたいと思ったが、それも叶わん。ここは直に崩壊する。共に滅びようではないか」

「テメェ……!!」

「これだけの質量が、突如虚数空間で防護を失うのだ。その影響は計り知れん。次元震となり、多くの世界を揺るがすだろう。そうだ、これこそが――今日この瞬間こそが!! 人類が数多持つ予言の日だ!!」

「させるかよ!!」

「どう止めるというのだ!? 今更私を殺したところで何も変わらん!! キミもまた業を背負いし存在!! その手でどれだけの命を奪ってきた!? 今更なのだよ全てが!!」

「ふざ、けんなァ!!」

 

 轟音と共に、クライムの顔面を捉えた拳が振り抜かれる。

 

「それでも、俺は――――ッ!!」

 

 庭園が、崩れていく。

 

 

 その日、時空管理局本局において巨大な次元震が観測された。

 いくつかの世界を巻き込むと思われたそれはしかし、不可思議な現象を引き起こす。自分自身の暴走を、自分自身が抑え込む――そんな、有り得ない説明しかできないような現象が起こったのだ。

 その真実を知る者は、後の時代――再び〝罪〟が現れた時に、こう語る。

 

 これが――始まりだったのだ、と。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ――2years later――

 

 

「……よっ、と。ふう。ここで合ってるはずなんだけど……」

 

 手に資料を持ち、汗を拭いながらそんなことを呟くのは、金髪の少年だ。民族衣装――次元世界でもよく知られる、スクライア一族のそれを纏った十歳程度の少年は、右手に持った紅い宝石を見て首を傾げる。

 

「でも、どういうことなんだろう? こんなところにデバイスがあるなんて……」

 

 見た目にはただの赤い宝石だ。しかし、この少年の持つ解析能力によれば、それは間違いなくデバイス――それも、最新式のものであるということがわかる。

 データは全て消えており、残っているのは名前だけ。魔力が足りないせいで、今は休止状態だ。

 

「……レイジングハート、か……」

 

 呟いた瞬間、少年の足下で何かが光った。

 

「えっ――うわあっ!?」

 

 凄まじい音を立て、蒼い宝石が飛び出してくる。そしてそれは少年を巻き込み、この世界から消え失せた。

 

 

 ――こうして、物語は新たな世代へと受け継がれる。

 物語の舞台は、第97管理外世界――『地球』。

 

 

「私に教えて。魔法の上手な使い方!」

 

 

 後に不屈の魂をもつエース・オブ・エースと呼ばれる、一人の少女の物語。その幕開け。

 ――そして。

 

 

「おい坊主、しっかりしろ。……名前は?」

「う……」

 

 

 後に世界を揺るがす大事件において、その生き様を示した二人の英雄。その邂逅。

 

 

「……ファイム・ララウェイ」

 

 

 

 英雄たちの物語は一度終わりを迎え、新たな世代へと受け継がれる。

 後に待つ困難を――この時はまだ、誰も知らない。

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