「僕に……教導をお願いします」
いきなり現れたその少年の言葉に、第二教導隊隊長――カグラ・ランバードは眉をひそめた。目を通していた資料を机に置き、少年へと視線を向ける。
まだ幼い少年だ。年の頃は十二、といったところか。ただ、その雰囲気は十二歳のそれではない。
管理局には十歳で就労している者もいるので、目の前の少年が大人びていることに対して特に驚きはない。カグラは士官学校の出身だが、自分より年下の上司というのも何度も経験している。
「……珍しい客が来たと思えば、いきなりだな。司書長」
「お願いします」
カグラが司書長と呼んだ相手――ユーノ・スクライアは、もう一度深々と頭を下げた。その様子があまりに必死で……カグラは、はぁ、と思わず息を吐く。
……理由は何となくわかるがなぁ……。
彼がここへ来た理由は予想できる。丁度カグラはその件についての事後処理を行っていたのだ。
……もっとも、上からの圧力がかかっているためにできることなど少ないのだが。
「……俺の教導は教導官の中じゃ一番厳しい。やり遂げられる人間は年間に十人を下回るレベルだ。そうだな、最近だと……高町なのはぐらいか。一年、きっちり越えやがったのは」
「…………ッ!!」
高町なのは――その名前を出した瞬間、ユーノは拳を強く握り締めた。カグラは、やっぱりか、と内心で呟く。
今年中の教導隊入りも確実視されていた『不屈のエース』高町なのは。彼女が正体不明のエネミーの襲撃を受け、大怪我をしたのはカグラも聞いている。
不幸な事故だ、とカグラはその事故に対してそう感想を抱いた。高町なのはという少女はあまりにも『頑張り過ぎた』。自身の限界を超えて任務をこなし、疲労が蓄積した結果、反応が遅れた――そして、それが致命的な隙となった。
更に最悪だったのは、彼女が『天才』であったことだ。理論よりも感覚が先行しており、その才覚で魔法を紡いでいた彼女は咄嗟に砲撃を放とうとし、しかし過って収束砲を紡いでしまったと報告書にはある。魔法を間違える――普通ならあり得ないことであり、同時にそのありえないことが起こってしまう状況に彼女は置かれていたということだ。
「それでもいいってんなら、やってやるが。……どうする?」
「お願い、します」
ユーノは頭を下げたまま、血を吐くようにそう言った。カグラは、そうかい、と頷くと立ち上がる。
「今日はこれから『ヴォルケンリッター』たちの教導があったんだが、まあいいだろ。付いて来い。――お前さんの力、見てやるよ」
重い声で言い放つカグラ。ユーノは顔を上げると、真剣な表情で頷いた。
「――ありがとうございます」
◇ ◇ ◇
教導には大きく分けて二種類のやり方がある。一つは短期型。これはある程度の基礎能力がある魔導師に対して施されるもので、少人数に対して行われることが多い。主にAAランク以上の魔導師に対して行われる。
もう一つは長期型。基礎段階から徹底的に鍛え上げ、一人前の魔導師とする。カグラはこちらの教導を任されることが多い。もっとも、耐えられる者はそう多くないのだが。
しかし、本来のカグラは短期間での教導の方が得意だ。その方が相手も自分も真剣になるし、カグラ個人としても成果が挙がると思っている。そもそもカグラは一定以上のランクの教導をするのが基本であるため、必然短期型のものばかりになるだけなのだが。
そして、今――……
「……ここがお前の限界だ、司書長」
ボロボロの状態で床に這い蹲るのは、一人の少年――ユーノ・スクライア。模擬戦ルームの床や壁はところどころ壊れており、相当激しい戦闘が行われていたことが容易に想像できる。
そしてその模擬戦の端には、四人の人影が伺える。
――ヴォルケンリッター。
数日前、あの事件が起こったその日にカグラへと短期の教導を依頼してきた者たちだ。その彼らは、皆一様に心配そうな表情を向けている。
「二時間か。……この程度しか耐えられねぇんだったら、俺の教導を受ける意味はねぇ」
叩き付けるようなその言葉に、ユーノが体を震わせた。彼は震える体で立ち上がろうとする。
カグラの表情は冷たい。火の点いていない煙草を咥えたまま、両手をポケットに突っこんでいる。
そう――カグラは、一度もユーノに対して両腕を出していない。それどころかただの一歩も動かず、ベルカ式の魔導師でありながらミッド式の術式だけでユーノを制圧してしまった。
この圧倒的な力こそが、管理局の誇る〝二人のエース・オブ・エース〟の一角。
『英雄』と呼ばれる、男の力。
「帰れ。鍛え直してから出直しな」
吐き捨てるように言葉を紡ぐ。そうしてカグラが背を向けようとすると、その足首に何かが触れた。
「……ッ、うぐっ……ッ!」
声が出ないのか、それとも別の理由からか。唸るような声と共に、ユーノが足首を掴んでいた。
その姿を見、カグラは吐息を零す。そして、足へと力を込めた。
――鈍い音が、室内に響き渡った。
ユーノの身体が、血を撒きながら宙を舞う。
「ユーノォッ!!」
そこからは一瞬だった。バリアジャケットを纏った紅の鉄騎――八神ヴィータが自身のデバイスを起動し、カグラに向かってその槌を振り下ろす。しかし、カグラは鬱陶しそうにそれを一瞥すると、その一撃を蹴りによって弾いた。
軌道をずらされ、思い切り地面を抉るグラーフアイゼン。ヴィータはそのまま横殴りにグラーフアイゼンを振り抜くが、カグラの展開した障壁によって防がれてしまった。
「堪え性のないヤツだな。黙って見てられねぇのか?」
「うるっせぇ!! テメェふざけんな!! これのどこが教導だよ!? ただのリンチじゃねぇか!!」
「そう見えるんならそう見ればいい。どの道、そんなとこで女に抱えられてる奴は失格だ」
カグラは視線を前に向ける。そこではシャマルがユーノを抱きかかえ、治癒魔法を施していた。
「テメェ……!!」
ヴィータがまるで親の仇でも見るような視線を向けてくる。バチバチと散る火花は、彼女が未だに得物を引いていないためだ。
同時、シグナムとザフィーラもこちらを睨み据えてくる。ふう、とカグラは息を吐いた。
「何だ? 言いたいことがあるんなら言え」
「ランバード殿、これはやり過ぎです。これのどこが教導なのですか」
問いかけてきたのはザフィーラだ。カグラは煙草を投げ捨てると、腕を伸ばしながら肩を竦める。
「さぁな。そもそもソイツは教導を受ける以前の問題だった。だから叩きのめした。それだけだ」
「スクライアは強い。ランクも十分なはずです」
「――騎士シグナム。じゃあ問おうか。その言葉を戦場で紡げるのか?」
その言葉に、全員が口を紡ぐ。カグラは未だ沈黙したままのユーノへと鋭い視線を向けた。
「ユーノ・スクライア……お前が目指してんのは戦場だろ? 戦場ではな、殺さなきゃ殺されるんだ。お前は強い。だがな、そのお前が持つ防御の力はこうも簡単に破られる。その理由がわからねぇんなら、お前は戦場に出たところで犬死するだけだ」
ピクリと、ユーノの体が反応した。そのまま、ユーノは震える体をゆっくりと起こす。シャマルが生死の言葉を吐くが、ユーノは聞いていない。
「…………ッ」
「――諦めろ、って言ったはずだがな」
轟音が轟いた。全力で振り抜かれたカグラの拳。それを割って入ったシグナムが彼女のデバイス『レヴァンティン』で受け止めた音だ。
「……不満そうだな?」
「……一手ご指南、お願いします」
「ああ、いいぜ。――今のお前らじゃあ、どれだけ足掻こうが俺には勝てねぇよ」
そして、カグラが再び拳を振るう。
それを迎え撃つは、古代ベルカの騎士――ヴォルケンリッター。
通常なら、この上ない好カード。それどころか『エース・オブ・エース』であるカグラでさえ落とされる可能性の方が高い状況。
――しかし。
決着は、おおよそ誰も想像もしていない形で着くことになる――
◇ ◇ ◇
「調査の打ち切りってのはどういう意味だ!?」
「言葉通りの意味だ、カグラ・ランバード一等空尉」
「ふざけんな!! 正体不明のエネミーだぞ!? 一人戦闘不能にされてんだぞ!? 調査も何もしねぇってのはどういう了見だ!?」
「破片を調査したが、有益な結果は出なかった。これ以上は時間の無駄だ」
「…………ッ!! 一般人に被害が出たらどうするつもりだ!! レジアス・ゲイズ!!」
「中将を付けろ。そして、言葉遣いもだ」
「テメェが尊敬できる相手だってんならそうしてやるよ……!!」
「……安心しろ。一般人に被害が出ることはない」
「何だと……!?」
「わかったならば早く出て行け。貴様と違い、私は忙しい」
「おいテメェ、まさか――」
「――もう一度言う。これ以上は時間の無駄だ」
「ふざけんな!! テメェのしてることは犯罪だ!! それで何が守れるんだよ!?」
「ならば貴様に救えるというのか!? 貴様に何ができる!? 何が『エース・オブ・エース』だ!? あの事故で千人を超える人間を救った!?――万人を殺したの間違いだろう!!」
「…………ッ!?」
「管理局本局!? そんな存在に何ができる!! 我々は地上を守らねばならん!! 何があっても!! 何としてでもだ!!」
「こんな方法で人を救って……!! それで胸が張れるのかよ!? あんたは!?」
「この犠牲が後の千人を救う!! 救えるはずだ!!」
「今の犠牲を切り捨てて!! それであんたは笑えるのか!?」
「もう戻れんのだ!! 貴様のような男にはわからん!! 決してわかるはずがない!!――出て行くがいい!!」
「…………ッ、あんたは……ッ、あんたはゼクトさんのことを忘れたのか!? あんたは――!!」
「黙れッ!!!!!!」
「…………ッ!!」
「出て行くがいい……!! 調査は打ち切りだ!!」
「くっ――」
…………。
……………………。
……………………………。
床に倒れ伏すのは、五つの人影。
立つのは、エース・オブ・エースのみ。
「……普段のお前らなら、俺ぐらいどうにでもできるはずだ。けどな、今のお前らに負けるわけにはいかねぇんだよ」
カグラ自身も体はボロボロだ。しかし、倒れ伏す五人と違って両足でしっかりと床を踏み締めている。
「お前らが見てんのは、『何もできなかった自分』だ。そんな奴に負けるわけがねぇ。俺を見てねぇんだ。相手を見ようともしねぇ奴に負けるわけがねぇだろうが」
吐き捨てるような言葉。カグラは叩き付けるように言う。
「……認めろよ。これが現実だ。いつまでも逃げてんじゃねぇ。そもそもだ司書長。――テメェはこんなところで何をしてんだよ?」
倒れているユーノの胸倉を掴み上げ、カグラは言い放つ。
「支えるって決めたんだろ? お前は俺にそう言ったじゃねぇか。そんな奴がこんなところで何を無様に倒れてるんだ? テメェは俺とは違う――こんな俺とは違って!! まだ取り返しがつくだろうが!!」
あの日、カグラが救えなかった大切な人と違って。
高町なのはは、まだ生きている。
「こんなところでボロボロになってる場合か馬鹿野郎!! 逃げてんじゃねぇ……!! 逃げてんじゃねぇぞボケが!! 俺に拳を向けて何になる!? 自分で自分を傷つけて何になる!? 俺はテメェの断罪器じゃねぇんだよ!!」
「………………僕が……ッ!!」
ユーノが、絞り出すように言葉を紡いだ。
震える声で、声を張り上げる。
「僕がッ!! なのはを巻き込んだ!! あんな風にしてしまった!! 僕が……僕がなのはと出会わなければ!! なのはが墜ちるなんてこと……なかったのに!!」
「その通りだな。で、その懺悔をしたくてこんなことをしてんのか? 俺は神父じゃねぇ。そういうことがしたけりゃ聖王教会にでも行きやがれ!!」
「だったらどうしたら良かったんだよ!!」
カグラの腕を強く、強くユーノは掴む。
そしてそのまま、右の拳を振り抜いた。しかし、あまりにも頼りないその拳は容易に受け止められてしまう。
「なのはを助けることも!! 背中を守ることもできなくて!! 強くなるしかないじゃないか!! 今度こそ守れるくらいに!! 強くなるしか……ッ!! ないじゃないか!!」
「それを嬢ちゃんが望んだのか?」
カグラは、ユーノの顔へ拳を叩き込んだ。ユーノ、とヴィータが声を上げる。
「一人で悩んで、一人で決めて突っ走って。そんなことをしてっから嬢ちゃんはああなったんだろうが。……お前らは嬢ちゃんの味方なんだろう? なのに嬢ちゃんを一人にしてんのか?」
「…………ッ!!」
「結局テメェは怖いだけだ。嬢ちゃんに責められんのがな。だから逃げた。そしてここに来た。……だが、残念だったな。俺の教導方針はまず徹底的に『折る』ことから始まる。今日はお前ら全員、徹底的に圧し折ってやるよ。そうしたら、自分のできること……始めて来いよ」
ヴォルケンリッターが立ち上がり、ユーノも魔法陣を展開する。カグラは、ここで初めて笑みを浮かべた。
「来いよ、ガキ共。――遊んでやる」
◇ ◇ ◇
管理局の廊下に設置されたベンチで、二人の少女が並んで座っていた。
フェイト・T・ハラオウン。
八神はやて。
共に将来を嘱望される魔導師だ。……もっとも、共に前科歴があり、特に八神はやては今後長きにわたってその償いをしていかなければならないのだが。
「……なのは、元気なかったね」
「……うん。そらそうやよ。もう二度と歩けないかもしれない……なんて」
二人の表情は暗い。それは当然だろう。彼女たちにとって誰よりも大切な親友が、もう二度と歩けないかもしれないというのだから。
正体不明のエネミーの襲撃による負傷。その調査は進んでおらず、このままでは打ち切られる可能性も高いらしいと聞かされた。
その現実もまた、彼女たちの表情を暗くする。
「ユーノ、どこに行ったんだろう……」
「……一度もお見舞いにも来てへんしなぁ……。ウチの子らは今頃カグラさんの教導か……」
ポツリと、はやてが呟いた瞬間だった。
「――ちょっとええかな?」
一人の男性がこちらへと話しかけてきた。管理局の制服――それも教導官の制服を着ている。階級章を見れば、階級は一等空尉。
フェイトとはやては慌てて敬礼をしようとするが、男はそれを苦笑して押し留めた。
「ええよええよ、そんな固くならんでも。ちょっと、聞きたいことがあってな?」
「聞きたいこと、ですか?」
フェイトが首を傾げる。男は簡単や、と頷いた。
「――お嬢ちゃんたち。魔法、好きかいな?」
その問いかけに、二人は心臓の鼓動が跳ね上がったのを感じた。普段なら即答できる問いかけだ。迷うことなく堪えられる。
――けれど。
今、この時は。
親友が苦しんでいるのは、その魔法が原因だから――
「……ちょいと意地悪な質問やったかな? ええよ、忘れて。ほなな」
答えられないでいる二人に背を向け、男が立ち去って行く。二人は再び顔を見合わせ。
「「…………」」
ただただ無言で、その視線を俯かせた。
◇ ◇ ◇
控えめなノックが、室内の静寂を打ち破った。どうぞ、と声をかけると、一人の少年が入って来た。
「……ユーノくん」
「……遅くなってゴメン、なのは」
来訪者――ユーノ・スクライアに、高町なのはは少し驚いた様子で応じる。ユーノは頷くと、なのはが横になっているベッドの側にある椅子に腰かけた。
「ごめんね、ユーノくん。私……起き上がれなくて」
「ううん、いいよ。僕の方こそ、ごめんね。ずっと来れなくて」
「……ううん」
静かな会話が紡がれる。しかし、誤魔化すような会話はいつまでも続くものではない。
沈黙が流れた。重い沈黙。
差し込む陽の光が、どうしようもないくらいに眩しい。
「…………私ね、もう復帰できないんだって」
ポツリと、なのはは呟いた。ユーノは、強く拳を握り締める。
「立てるようになるかどうかもわからないって。今日、リハビリを始めたの。……辛かった。凄く凄く辛かった。ねぇ、どうしてこんなことになったのかな?」
なのはの顔はこちらを向いていない。淡々と、彼女は言葉を紡ぐ。
「ねぇ、どうして? どうして私は……こんなことになったのかな?」
あまりにも痛々しく、冷たい告白。
その全てが自分を責めているように思えて、ユーノは拳を握り締めた。逃げたい。逃げてしまいたい。全ては自分のせいだ。自分がなのはを巻き込んだ。
逃げたい。逃げたい。逃げてしまいたい。
そうできたらどれだけいいか。けれど、だけど――……
――逃げちゃ、いけない。
巻き込んだから。巻き込んでしまったからこそ。
始めなきゃ……いけないんだ。
「ごめん」
ユーノは椅子から降りると、その額を床に擦り付けた。
「ユーノ、くん?」
「僕のせいだ。僕がなのはと出会ってしまったから。僕が巻き込んだから。僕のせいで……僕のせいで、なのはが傷ついた。僕と出会わなければ、なのははもっと幸せだったはずなのに」
どんな償いでもすると、ユーノは言った。
「なのはが望むなら、何だってする。どんなことでも受け入れる。僕にできるのはそれぐらいだから。僕が、僕が……ッ……!」
瞳から涙が零れた。怖い。顔を上げることができない。なのはの顔を見ることができない。
拒絶されたくない。嫌われたくない。だって、なのはは。
高町なのはという少女は、自分にとって――……
「……酷いよ、ユーノくん」
言葉が、聞こえた。
「そんなこと、言わないで。私、ユーノくんと出会えてよかったって思ってる。ユーノくんに出会えたから……だから、私はここにいるんだよ?」
顔を上げて、となのはは言った。
ユーノはゆっくりと顔を上げる。そこにいたのは、大粒の涙を流す一人の少女。
「私たちの出会いを、否定しないで。……っ、そんなの、やだよ……。ユーノくんのおかげで、私、私はっ……!」
その時動いたのは、最早反射の行動だった。
抱き締めた体はあまりにも小さく――そして、折れてしまいそうなほどに頼りなかった。
「……痛いよ、ユーノくん」
「……ごめん。でも、離せない」
「……うん。離さないで。優しく……抱き締めて」
感じる温もりは、彼女の涙か。
頬を伝うのは、何の感情が紡いだものか。
「……ねぇ、ユーノくん。何でもするって、言ったよね?」
「……うん」
「……なら、私を支えて」
腕を動かすことさえこんなんな少女は。
縋るように、言葉を紡ぐ。
「私、一人じゃ何もできなくなっちゃったから……。だから、お願い。私を支えて。私を……見捨てないで」
「……見捨てるもんか!!」
抱き締める力が強くなる。ユーノは涙を纏った声で言葉を紡いだ。
「僕が支える。僕がなのはの手を引くから。いつだって傍にいるから。だから、なのは。一つだけ……約束して欲しいんだ」
「……うん」
「笑って、欲しい」
なのはは、涙を流しながら笑顔を浮かべる。ユーノは、そのなのはへとゆっくりと口づけをした。
――幼き日の、小さな誓い。
それは全て、この日から始まった――……
◇ ◇ ◇
高町なのはのリハビリは、過酷を極めた。
元より立つことができるかどうかさえ怪しいと言われていたぐらいだ。立ち上がるどころか、再び魔導師として復帰できるようになるまでに至るのは『奇跡』としか呼びようがない。
――だが、カグラはそう思わなかった。
彼女の傍らに立つ、一人の少年。彼の存在が、この奇跡を実現したのだ。
〝運命は変えられる。残酷な未来は打ち壊せる〟
あの日失ってしまった、大切な人。彼女が遺してくれた、大切な言葉。
その言葉を実現したのだ。きっと、あの少女は自分たちが持つ称号――『エース・オブ・エース』を引き継いでくれるだろう。
「お、嬢ちゃん復帰したんやねぇ」
「……ホムラか」
背後からかけられた声に、カグラは静かに応じる。ホムラはカグラに背を向けたまま、なぁ、と言葉を紡いだ。
「裏が取れたで。糸引いてんのは最高評議会とレジアス・ゲイズ。……証拠も掴んだ」
「何してんのかと思えば、打ち切られた調査を続けてたのかよ」
「まぁな。……で、どうする?」
「どうもしねぇな」
煙草を咥える。火は点けない。
「どうしようもねぇよ。結局、何にもならねぇ」
「……それがお前の答えか、カグラ」
「そうなるんだろうな」
そう言葉を返すと、ホムラは何も言わずに立ち去って行った。消えてしまった友の気配。それに対し、カグラは呟くように言う。
「どうにかできるんならしたいがな……守りたいもんも、手放せないもんもできちまったから」
呟いて。カグラは前を見る。
そこでは、高町なのはの退院祝いに旅行に行こうという計画を練っている後輩たちの姿があった。
「約束は果たすよ、トモエ。けど……ちょっとだけ、寄り道するのを許してくれ」
見上げた青空は、あまりにも澄んだ色で。
目に染みるように、眩しかった。
◇ ◇ ◇
旅行のため、次元空港に集まるなのはたち。和気藹々とする彼女たちの下に、一つの人影が近付いてきた。
教導官の制服を着たその男に、何人かが首を傾げる。ただ、誰かが言葉を紡ぐ前に、フェイトがその男に声をかけた。
「あなたはあの時の……」
「久し振りやなぁ。覚えててくれたんか」
「はい。覚えとりましたよ」
はやても頷く。そんな二人を見て、男はさよか、と頷いた。
「それは嬉しいなぁ。……答え、聞いてもええかな?」
問いかけ。それは、迷いを抱えていた少女に問うたもの。
けれど、今の彼女たちは――
「――大好きです!」
その言葉に、男は笑みを浮かべ。
ありがとう、と頷いた。
「満足やわ。……ああ、そうそう。わしの名前やけど――」
背を向け、男は静かに告げる。
「――ホムラ・イルハートや。縁があったらまた会おうや」
『二人のエース・オブ・エース』の一翼はそう名乗り。
この場から、立ち去って行く。
この翌日、管理局史上最悪の事件が幕を上げた。
最悪の裏切り。その首謀者の名は。
――ホムラ・イルハート。
というわけで、外伝その二です。
なのはさんが堕ちた時の物語と搦めて、カグラの教導の仕方とギリギリのラインで管理局に残っていたホムラが管理局に反逆するきっかけです。
カグラ自身は一度レジアスに調査について喰ってかかっており、それもあってこれ以上の深入りはすべきでないと判断していました。それを知らないままホムラはカグラに前話の時のような単独で行動することを暗に問いかけましたが、それを断られ……親友でさえ、トモエのことを忘れてしまったと思ったわけです。
物語の中でホムラが言っていた台詞は、こんな小さな擦れ違いからくるもの。彼のきっかけは、存外小さなものでした。
ではでは、外伝はもう一つだけ投稿し、続編の予告で『優しい嘘』は簡潔としたいと思います。
感想お待ちしておりますので、よろしければお願いします。
……好きなキャラクターとか教えていただけると、嬉しいです。
ではでは、ありがとうございました!!