魔法少女リリカルなのは~優しい嘘~   作:アマネ・リィラ

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外伝〝日常のような、非日常〟

 

 目を開けると、軽い倦怠感と頭痛が体を襲った。こほっ、と小さく咳を零す。

 僅かに零れる、朱色。……隣で寝る女性に気付かれぬよう、隠すようにそれを拭う。

 もう慣れたものだが、やはり恐怖は拭えない。

 いつまで自分はこうしていられるのだろうか……と。

 

「……考えても仕方ないか」

 

 起き上がり、軽く伸びをする。……妙に体が軽い。体調がいいのか、それとも別の理由か。

 ベッドから降りると、違和感を覚えた。妙に床が近く、同時に周囲の風景が大きく感じる。何なのだろう、と首を傾げた瞬間。

 

「……ファイム、くん?」

 

 背後から声が聞こえた。彼女も目を覚ましたのだろう。

 おはよう、と挨拶を口にしながら振り返る。いつもなら寝惚けながらでも挨拶を返してくれる女性――八神はやてはしかし、こちらを見て固まっていた。

 どうしたのか、ともう一度首を傾げる。大丈夫――そう言葉を紡ごうとした瞬間、視界に一つのものが映った。

 大きな鏡。そこに映っていたのは――

 

「……ふむ」

 

 見覚えのある、一人の少年だった。

 

「体が縮んだ?」

 

 首を傾げる。それと同時に。

 

「ちょっ……何やこれぇぇぇぇぇぇっっっ!?」

 

 早朝から、一人の女性の叫び声が響き渡り。

 その悲鳴を聞いた騎士たちが得物を持って部屋に突撃を仕掛けてきたのだが……それは余談だ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「うーん……体には特に異常は見当たらないんだけどねぇ……」

 

 大騒ぎで運び込まれてきた、見た目十歳程度の少年の検査結果を見ながら白衣の女性――マリエル・アテンザ、通称マリーは首を傾げた。その彼女の正面では、苦笑を零す少年とその横で真剣な表情を浮かべる女性がいる。

 

「マリーさん。ファイムくんは大丈夫なんですか?」

「落ち着いて、はやてさん。……検査したところによると、特に異常はありません。むしろ、普段のファイムくんよりもよほど健康体よ」

「あはは」

「そ、そうなんですか……良かったぁ……」

 

 はやてが大きく息を吐き、安心した様子を見せる。マリーは、ただ、と言葉を続けた。

 

「原因はわからないわね……ファイムくん、何か心当たりはある?」

「まあ、十中八九『リバース・エンド』だと思います。多分誤作動でもしているのではないかと。僕は今、『歩くロストロギア』状態ですし」

 

 苦笑しながらそんなことを言うのはファイム・ララウェイだ。しかし、彼は普段のような青年の姿ではなく、推定で十歳程度の少年の姿をしている。

 これは本人以外でははやてしか知らないことだが、ファイムは今より約半年前に起こった『楽園戦役』において使用した魔法――〝ラスト・ティル・リリカル〟においてこれに近い姿を見せている。その魔法は過去に遡り、かつて存在していた彼自身の『命』を使うという術式だった。

 その際に利用されたのが、過去を再生するという能力を持つ『リバースエンド』と願いを叶える力を持つ『ジュエルシード』というロストロギアだ。

 ファイムが言うには、『リバース・エンド』がある意味暴走しているとのことなのだが……。

 

「多分、この状態はロストロギアの性質的にも『リバース・エンド』のせいだと思うんですよ。ただ、今の僕はロストロギアが体内で混ざり合った上に存在が概念化してしまっているので……自分でも確証はもてませんね」

「混ざり合ってる、ゆーのは……前に言うてたジパングのロストロギア?」

「うん、『時を止める』ロストロギア。ただ、三つのロストロギアは僕の中で混ざり合っているから……僕自身曖昧な部分が強くて」

 

 苦笑を零す。それを聞き、んー、とマリーは腕を組みながら唸り声を上げた。

 

「状況が特殊すぎて、私にはわからないわ……ごめんなさい」

「いえ、僕がよくわからないことになっているのは自分で自覚していますので……。とりあえず、異常はないんですよね?」

「ええ、それは大丈夫。むしろ普段のあなたよりは健康体と言えるくらいよ」

「……耳が痛い」

 

 ファイムは苦笑を零す。そうすると、それでは、と立ち上がった。

 

「無限書庫にでも行ってみます」

「あ、そうやね。あそこならなんやわかるかもしれへんし」

 

 はやても立ち上がる。マリーは頷いた。

 

「私の方でも一応、いろいろ調べてみるわ。ただ、何が起こるかわからないから……無茶はしちゃダメよ?」

「心得てますよ。監視もいますし」

「無茶しようとしたら、わたしが止めます」

 

 ファイムの言葉にはやてが応じる。マリーは微笑を零した。

 

「ええ、お大事に」

「はい」

「ありがとうございました」

 

 二人が部屋を出て行く。それを見送ると、マリーはポツリと呟いた。

 

「……今の身体の方が、永く生きられる可能性があるなんて……私たちはあの子に、どれだけのモノを背負わせてしまっていたのかしらね」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 管理局地上本部に設置されている、大型シュミレート装置。かつて『奇跡の部隊』と呼ばれた『機動六課』が訓練のために用意した巨大な訓練施設。

 現在は増築や改良が繰り返され、地上の魔導師たちの訓練施設となっているその場所。懐かしげにそれを眺めるはやてに、ファイムは微笑ながら言葉を紡いだ。

 

「懐かしい?」

「……もう、五年位前のことやからなぁ。わたしの夢の第一歩は、ここから始まった」

「色々あったんだね」

「お互いにな。あの頃は、こうしてファイムくんと一緒に歩いてるとこなんて想像もしてへんかったけど……」

「それはお互い様だよ」

 

 はやての手を握る。身長差から考えるとまるで親子のように見えるが、それはそれでいいのではないかとファイムは思う。

 想いはずっと、変わらないのだから。

 

「ん、そうやね。……今日の晩御飯、何にしよっか?」

「今日はアリアたちも来る予定だから、大所帯になるよ? ミウラさんも来るし、ソラが例のあの子も連れてくるって言ってたから」

「ああ、そういえばわたしはまだ会うてへんねんなぁ。どんな子なん?」

「いい子だよ。どことなくヴィータさんに似てるかもしれない」

「そうなん?」

「方向性は違うけどね。素直じゃないところが似てるかも」

「あはは、ヴィータは素直やないからなぁ。……っと、言うとるうちにヴィータや。おーい、ヴィータ~!」

 

 

 とあるビルの屋上に出た二人の視界に、見覚えのある姿が映った。視線の先、ヴィータはこちらに気付くと声を張り上げてくる。

 

「はやて! ちょっと待ってて! もうすぐ終わるから!」

「はいな」

 

 微笑みながらはやてが頷くと、ヴィータは自身のデバイス――グラーフアイゼンの形状を変化させる。彼女は丁度教導中らしく、相手をしている魔導師たちが一斉に青い表情をした。

 

「ちょっ、教導官!? それはヤバいですって!?」

「死ぬ! 死んじゃう!?」

「うるっせぇ! アタシが教えた方法で防いでみろ!」

「ちょっ――うわあああああああっっっ!?」

 

 爆音と悲鳴がこだまする。シュミレーションとはいえ、ビルが一つ倒壊していく様は実に見事である。

 

「ヴィータさんの攻撃を防げるのって、管理局にもそういない気がするんですが……」

「うーん、でも手加減はしてるはず。なんやかんやで、ヴィータ凄い優しいし」

「ですね」

「全くです」

 

 いきなり聞こえてきた声に、二人が驚きながらも振り返る。そこにいたのは、薄い蒼の髪を有した少年――『正真正銘の天才』と謳われ、同時に『本気を出さない天才』とも呼ばれる『楽園戦役』で活躍した魔導師、ソラ・ウィンガードだ。

 

「どうも、八神准将」

「こんにちは。教導中?」

「ヴィータさんがやってくれてるんで、俺は楽にやらせてもらってます。……っと、そちらの人は……」

 

 ファイムに気付き、ソラが眉をひそめる。そして。

 

「……隠し子ですか?」

 

 ゴンッッッ!!!!!!

 

 直後、ソラの後頭部に強烈な一撃が入った。真上からの叩き付けるような一撃。ヴィータの全力の一撃を受け、ビルの屋上から屋内へと床を突き破りながらソラは堕ちていく。

 その様子にはやてとファイムは頬を引き攣らせるが、ヴィータはつまらなそうな表情を浮かべている。

 

「アタシに教導全部押し付けて逃げやがって……どこに行ってやがった?」

「まあ、色々ですかね?」

 

 背後からの声に、はやてとファイムは驚きながら振り返る。そこでは、バリアジャケットに汚れ一つない状態でソラが柵にもたれかかっていた。

 ヴィータの一撃は間違いなく当たっていたはず――はやてとファイムは驚きを隠せないままだが、ヴィータは別段驚いた様子はない。

 

「テメェ、次にサボったら本気でブッ叩くぞ」

「勘弁してくださいよ。元々俺は教導苦手ですし」

「うるせぇ。……ったく、真面目にやりゃあ優秀なくせにサボりやがって」

「過大評価ですよ、過大評価です」

 

 ひらひらとソラは手を振る。ヴィータは不機嫌そうに鼻を鳴らすだけで、その言葉には応じなかった。

 

「え、ええと、ソラは大丈夫なの……?」

「ん、ああ、大丈夫ですよ。これ、最近開発した魔法でして。ちょっと手間がかかるんですけど、『質量のある幻影』を生み出せるんです」

 

 ファイムの問いかけに対し、ソラはそう言うと魔法陣を紡いだ。そして現れるのは、ソラそっくりの存在。

 通常、幻影魔法というのはあくまで『幻』であるために質量を持たない。熟練の魔導師であればその微妙な違和感などで見分けることができるのだが、ソラの幻影魔法は違う。ファイムやはやての目から見ても、確かに質量が存在しているのだ。

 

「ティアナさんと一緒に考えてみたんですが、扱いが難しくて。接近戦で使えるようになるまではもう少しかかりそうですねー。実際、ヴィータさんには見切られてましたし」

「そうじゃなきゃ全力でブッ叩いたりしねー。……まあ、そうじゃなくてもブッ叩くけどな」

「こら、ヴィータ。アカンよ、そんなこと言うたら」

「……むー」

 

 ヴィータがそっぽを向く。それをはやてが宥めようとし、ファイムとソラは苦笑を零した。

 そしてソラは再びファイムへと視線を戻すと、それで、と鋭い視線を向けながら言葉を紡ぐ。

 

「ファイムさんに何があったんですか?」

「……わかるんだ?」

「見た目からはわかりませんけどね。魔力の質でわかります。前に言いませんでしたか? 魔力の流れと過失とかが見える、って」

「そういえば言ってたね。魔力の流れを理解できれば、その術式を理解することもできるって」

「魔法は結局のところ高度な数式ですからねー。その数式さえ理解できれば、それを模倣することも可能なわけで」

「……他の魔導師が聞いたら怒りそうな台詞やな」

「というより、呆れる。相変わらず規格外な野郎だ」

 

 はやてとヴィータが呆れた表情を浮かべる。ソラは苦笑を零すだけだ。

 

「まあ、俺のことはどうでもいいんですけど……ファイムさんはどうなんです? そんな体になって大丈夫なんですか?」

「うん。楽観するのもどうかと思うけど、とりあえずは大丈夫みたい。詳しいことは無限書庫で調べてもらうつもりだから、まだわからない部分も多いけど……」

「そうなのか? じゃあ、何で直接無限書庫に行かずにここに来たんだよ?」

「とりあえず当面の心配はあらへんから、散歩がてら色々と回ろうってな。元々今日はファイムくんとデートに行く約束してたから」

「……惚気ッスか」

「……これでもまだマシな方なんだぜ?」

 

 はやての言葉に、ソラとヴィータがそんなことを小声で言い合う。ファイムは苦笑を零すと、それじゃあ、と言葉を紡いだ。

 

「僕たちは行くね。ソラも、サボりは程々に」

「ほなな、ヴィータ。今日はご馳走を作る予定やさかい、頑張って帰ってくるんやで?」

「善処しまーす」

「うん、わかったよはやて」

 

 こちらを見送ってくれる二人に別れを告げ、二人は手を繋いだまま歩き出す。

 

「次はどこに行こうか」

「そうやなぁ……ザフィーラは教え子皆とトレーニング中らしいし、シグナムのとこ行こか。あの子、ああ見えてファイムくんのこと凄い心配してたし」

「了解。シグナムさんは首都防衛隊だから……」

「あ、ううん。今日はそっちじゃないんよ。合同訓練や。やから、地上本部の方やね」

「そうなの?」

「『楽園戦役』の時のようなことを繰り返さへんために、大部隊での連携訓練やて。ヴィータやソラは午後からで、午前中の今はシグナムたちが参加してるはずや」

「ああ、そういえば僕の所にも参加要請が来ていたかも。断ったけど」

「ファイムくんは数少ない指揮官適正持ちの執務官やしなぁ」

「そう言うはやてさんはいいの?」

「今回は地上の部隊持ちが中心なんよ。今のわたしは『海』の人間やから」

「成程。……じゃあ、とりあえず向かいましょうか」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 大規模模擬選ルーム。かつてカグラ・ランバードとクロノ・ハラオウンが中心となって企画された大隊戦が行われた場所。そこで文字通りの大規模戦闘が行われていた。

 訓練のスケジュールは、まずは全体の避難及びその誘導。その後、襲撃者に対する集団での迎撃訓練だ。

 今回の仮想敵はガジェットを中心とした『数の暴力』がテーマである。指揮官クラスには本局から派遣された十人程度のAAランク以上の魔導師が配置されており、その中でも『エース・オブ・エース』と『雷光の死神』の存在は異常に目立っている。

 というか……目立ちすぎている。

 

 

『全力!! 全開!! エクセリオンッ――バスターッ!!』

『総員退避――――ッ!! 巻き込まれれば死ぬぞ――――ッ!!』

『ガジェットなんざどうでもいい!! 放っとけ!! とにかく『エース・オブ・エース』を誰か早くなんとかしろ――――ッ!?』

『なのはには近付かせない……!!――ジェットザンバーッ!!』

『無理無理無理無理!! 一人ならともかくハラオウン執務官までいるんですよ!?』

『往くぞテスタロッサ!――紫電!! 一閃!!』

『もうこれ訓練になってねぇよ!? ただのトップ魔導師の戦闘に巻き込まれてるだけだよ!?』

『行くぜティアナさん!! フルドライブ!! エクスプロージョン――ブレイクッ!!』

『風よ――!!』

『受け立つわリューイ!! ミリアム!! 行くわよクロスミラージュ!! ファントムブレイブ!!』

『行くよ!! マッハキャリバー!!』

《All right,Bady!!》

『先へは行かせないッスよ!! スバル!! アタシたちが止めるッス!!』

『ちょっ……誰か止めてくれぇぇぇぇぇっっっ!?』

 

 

 色んな意味で地獄絵図である。思わず、ファイムとはやての表情も引き攣る。

 

「……もう訓練になってない……」

「これ、午前に戦力集中し過ぎちゃうか……? 午後は……ああ、ヴィータにソラ、クロノくんもいるんか……いや、それにしても無茶苦茶やな……」

 

 次々と運び出される負傷者たち。魔力ダメージによるノックアウトだが、数が多過ぎる。

 その光景を見守っているゲンヤ・ナカジマも、二人の側で苦笑を零していた。

 

「訓練になってはいると思うが、それにしたって大概だわな。……大隊戦を思い出すねぇ」

「次を企画されていると窺いましたが、どうなんですか?」

「あくまで企画段階だ。あれはカグラのカリスマがあったからこそできたこと。情けない話だが、今の管理局にああいう人材はいない。……オメェさんたちが動けば、話は変わるかもしれないがな」

「その時は協力しますよ、師匠」

「僕の場合、出ても足手纏いでしょうけれど」

「どの口が言うんだかな。……で、ファイムよ。オメェ、その身体はロストロギアのせいだってのは本当か?」

 

 ソファーの正面に座るゲンヤの問いかけ。ファイムは苦笑を崩さぬままに頷く。

 

「僕自身、その辺は曖昧ですが……間違いないかと」

「今のところ、命に別状はないらしいんですけどね」

「成程なぁ……そりゃ重畳だ。オメェが今倒れると、色々と厄介なことになるだろうしな」

「買い被りですよ。僕なんて、大したことはできません」

「自己評価が低いのは相変わらずか。……まあいい。とりあえず、あの連中はもうしばらく戦いそうだが、どうする?」

「待つのもええですけど、お暇させてもらいます。あの感じやと、皆くたくたで帰って来そうですから」

「確かにな」

 

 ゲンヤも苦笑する。映像の中の戦闘は更に激化し、最早連携も何もあったものではない。目の前の相手を倒す――最早目的など忘れているのではないかという有様だ。

 部屋を出るファイムとはやて。二人が廊下に出た瞬間、入れ違うように一人の女性と遭遇した。

 

「おや、今日は非番と聞いておりましたが」

 

 相手の女性は、はやてを見るとそう言って少し驚いた表情を見せる。

 ――テンリュウ・シンドウ。

 裏社会において『世界最強』を謳われていた人物であり、その存在そのものが『伝説』とも言える程の怪物。

 現在は管理局の嘱託魔導師としてかのギル・グレアム以来となるSSSランク魔導師として次元世界を飛び回っている女性だ。

 

「お久し振りです。今日はゲンヤさんに用でも?」

「はい。午後の訓練に参加して欲しいという要請がありまして……と、それよりも。一体どうしたのです?」

 

 テンリュウの視線は十歳程度の少年になってしまったファイムへと向いている。ファイムは苦笑し、簡単に事情を説明した。

 

「冗談のように聞こえるかもしれませんが……朝起きたらこんな風になってました」

「……まあ、あなたは私と違って世界への固定方法がかなり歪なようですから。想定外のことも起こるでしょうが……大丈夫なのですか?」

「一応、体に異常はないと。戻れるかどうかは不明ですが」

「ふむ……一応、私の方でも調べてみます。私の中の記憶を探る程度しかできませんが」

 

 顎に手を当てつつ、テンリュウはそんな提案をしてくる。それを受けてファイムが何かを言う前に、はやてが頭を下げた。

 

「あ、ありがとうございます」

「礼を言われるほどのことではありませんよ。アリアのこと、私のこと……あなたたちには多大な恩があります。この程度で返せるものとは思いませんが、少しでも助けになれれば」

「ありがとうございます」

 

 ファイムも頭を下げる。テンリュウは苦笑した。

 

「では、何かわかれば連絡させていただきますね」

「はい。……そうです。あの、今日うちでアリアも一緒にご飯食べるんですけど……テンリュウさんも一緒にどうですか?」

 

 はやての提案。それを受け、テンリュウは驚いた表情を浮かべた。彼女はその表情のまま、いいのですか、と問いかけてくる。

 

「私などがお邪魔しても」

「勿論です。アリアとも会ってあげてください」

「そう、ですね。この後一目会いに行くだけのつもりでしたが……お邪魔させていただきます。ソラ・ウィンガードにもアリアのことについて色々と聞いておかなければなりませんし」

「あはは……」

 

 テンリュウの言葉にファイムは苦笑を零す。またソラが逃げ出しそうだな、と思ったが言わないことにした。

 そして時間だけを確認すると、テンリュウは一礼して部屋に入って行った。かつては敵だった彼女も、味方である今はこれ以上ないくらいに頼もしい。

 その彼女を見送り、二人は再び歩き出す。次はどこに行こうか、とファイムが問いかけると、はやては微笑ながらファイムの手を握り返した。

 

「一旦、帰ろう」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 昼間に家にいるというのは、正直かなり珍しい。ファイムもはやても仕事熱心なこともあり、日中家にいることなど稀なためだ。

 だから、微妙に落ち着かない。ソファーに並んで座りながら、ファイムはそんなことを思った。

 ……小さくなった両手を見る。本当に、随分遠くまで来たものだ。

 こんなところまで、よくもまぁ壊れずに来れたものだと思う。いや、本当はもう壊れてしまっているのかもしれないが……それは言っても仕方がない。

 

「…………ッ」

 

 不意に、背後から抱き締められた。柔らかな感触と温もり。心地良い香りが鼻腔をくすぐる。

 

「大丈夫やで、ファイムくん」

 

 優しい声と、気持ち。

 幾度となく自分を救ってくれた人の言葉が、耳に届く。

 

「ファイムくんは、いっぱいいっぱい苦しんできた。辛くても、しんどくても、痛くても、哀しくても……踏ん張って、歯を食い縛って耐えてきたんや。そんなファイムくんが報われないなんて、ありえへんよ」

「……それは、どうなんだろう。僕は決して綺麗な人間じゃない。多くの命を奪ってきたし、汚いことだって繰り返してやってきた。苦しいのも辛いのもしんどいのも……その報いだったのかもしれない」

「真っ白な人間なんておらへんよ。世界中のどこにもな」

 

 後ろから抱き締めてくるはやての手をファイムは小さく握り返す。はやては、更に言葉を続けた。

 

「人はな、誰だって幸せになりたいと思ってる。そのせいでぶつかって、苦しんで、傷つけて……生きているだけで人は誰かを傷つける。それはどうしようもないことなんよ。せやけど、それだけじゃない。それはファイムくんにもわかるやろ?」

「……そうかもしれない。僕ははやてさんに、色んなものを貰った。はやてさんだけじゃない。皆から、身に余るくらいにたくさんのものを貰ったよ」

「身に余るものなんてないよ。幸せには上限がない。幸せ、っていうのは誰かから貰ったものを少しだけ増やして誰かにあげることを言うんやで? 少しずつ、少しずつ人の間で増えていくもの。それが〝幸せ〟。わたしはファイムくんから、いっぱいいっぱい幸せをもらってる」

 

 だから、毎日が――輝いている。

 そんな風に、はやては言った。

 

「永遠なんてない。けれど……永遠がないから、毎日が美しい。その一瞬の美しさを教えてくれたんは、ファイムくん。あなたの背中が――それを教えてくれたんやで?」

 

 ずっと怖がっていた、八神はやてという幼き少女。

 否定され、蔑まれ、闇へと堕ちそうになった時。

 ファイム・ララウェイという青年が、救ってくれたから。

 

「大丈夫。今度はわたしが守る。だから、大丈夫」

「……ズルいよ」

 

 ファイムは、苦笑。

 

「僕にも、守らせて欲しい。頼りないかもしれないけど……」

「ファイムくんが頼りにならないなんて、思ったことは一度もあらへん。前にも言うたはずや。わたしが守る。だから、ファイムくんがわたしを守って」

「うん。約束する」

 

 何度したかもわからない、二人の約束。

 それを、胸に抱いて。

 

 ――いつしか、二人はその瞼を閉じていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ぐっすり寝ているな。主はやてもファイムも」

「相変わらず仲睦まじいですね、お二人は」

「てか、ファイム元に戻ってんじゃねぇか」

「調べた資料は無駄になったみたいだね。良かった良かった」

「それで、どうしよう。起こした方がいいのかな?」

「うーん、もうちょっと見ていたい気もするけど……」

「わぁ……お二人共、抱き合って寝てるんですね……!」

「お二人の爛れた関係が……!」

「ミウラ、アリア。あまりそうまじまじと見るな。全く……」

「ねー? お醤油何処にあるんだったかしらー?」

「ちょっ、シャマル駄目ですよ!? 料理は私とアギトがやりますからー!」

「アギト、リィンと一緒に受けてた今日のメンテナンスどうだった?」

「おう。問題なかったぜ。……そういや、ソラはまだか」

「ああ、ソラならミオを連れてくると言っていたからもう少しかかるだろう」

「きゃー! 火が! お鍋が焦げてる~!」

「あわわシャマル! 早く火を消すですよ!」

「にゃはは、賑やかだね~」

「でも、らしい……かな。こんな大人数で集まるのも久し振りだしね」

「なのはママ~。ソラさんとミオさんが着いたみたいだよ~」

 

 薄く、目を開く。

 そこに広がっているのは、温かな光景。

 誰もが笑って、言葉を交わし合う――幸せな世界。

 

 ……寝ちゃってたのか。

 

 体を起こそうと力を込める。すると、温かなものがあることに気付いた。

 目の前にいたのは、愛しい人の――安らかな寝顔。

 

 ……もう少しだけなら、いいかな。

 

 騒がしい声を聞きながら。

 青年は、もう一度微睡へと落ちていった。





というわけで、最後の短編。
これを以て、『魔法少女リリカルなのは~優しい嘘~』は完結となります。

十歳児となったファイムと、それと共に行動するはやてを中心としたキャラクターたちの日常です。
まあ、正直甘々成分が足りなかった気がしますが……それは次回作で。ええ。苦手ですが頑張りたいと思います。

さてさて、次の予告をもちまして完結、続編は四月からの予定です。
宜しければ感想・ご意見など頂けると嬉しいです。好きなキャラクターとか、もしいたら教えてくださると今後の参考になるのでお願いしたいです。

……小説家になろうで連載中の『英雄譚―名も亡き墓標―』もよろしくお願いします。

それでは、またお会いできることを祈って。
ありがとうございました!!
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