魔法少女リリカルなのは~優しい嘘~   作:アマネ・リィラ

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第四章〝力がなくとも、エースと呼ばれるならば〟

 

 断続的な金属音が響き渡る。音源は、地上本部のトレーニングルームだ。

 ファイム・ララウェイ。

 エリオ・モンディアル。

 この二人による模擬戦が、地上本部に轟音を響き渡らせる。

 

「はああっ!」

「…………!」

 

 エリオの一撃を、力点をズラして受け流す。本来ならここで体勢を崩したエリオに一撃を入れるべきなのだが、その余裕がない。

 

(――速い!)

 

 わかっていたことではあるが、わかっていても思わず舌を巻く。エリオのスピードは、ファイムが一撃を加える隙さえ与えてくれない。

 

(流石、一線級のストライカーはレベルが違うね……!)

 

 その人がいれば、どんな状況も覆せる。そんな魔導師に与えられる称号。

 溢れんばかりの才能と、それを開花させるだけの心の強さ。周囲の支え。良い師との巡り会い。

 

(なるほど、確かに『天才』だね)

 

 才能はあるだけでは育たない。それを開花させるだけの環境と努力。そして何より、それに巡り会える『運』が必要だ。

 それを彼は、いや、『彼ら』は持っている。

 羨ましいな、とファイムは少しだけ思った。

 努力が実を結ぶ。当たり前のはずのそれを実現できる彼らが、少しだけ羨ましかった。

 だって、自分は身を結ぶことがなかったから。

 でも、だからこそ。

 凡人――いや、それ以下でしかないからこそ。

 

(そう簡単には、負けられない。――行くよ、リンネ)

(Yes,my master)

 

 念話でリンネが応じる。それとほぼ同時に、エリオも決めにきたらしい。

 

「ストラーダ!」

 

 エリオの愛機であるストラーダがカートリッジをロードする。狙うなら、ここだ。

 

「紫電、一閃!!」

 

 烈火の将シグナムと同じ技。ただただ純粋に魔力を込めた強力な一撃が迫ってくる。

 スウッと、ファイムは息を吸った。魔力を全身に送り、薄く、薄く膜を張るような状態にする。

 迫り来るエリオ。ベルカ式のフェイトと表現される戦闘スタイルは、確かに速い。

 タイミングは――一瞬。

 衝撃は、一瞬。

 激突音が響く。衝撃が周囲を駆け巡り、見ていた者たちの視界を一瞬だけ奪った。そして、目を開けた時。彼らの前に現れたのは。

 

「…………」

 

 壁に陥没した穴を作り、そこに背を預けて座り込む二人だった。互いの衝突によって吹き飛び、ダブルノックアウトという状態だ。

 

「ここまでだな。引き分けか」

「ファイムくん!」

「エリオくん!」

 

 模擬戦を見守っていたはやてとキャロが――はやては仕事をほったらかして来ていた――それぞれのところに駆け寄った。

 それを眺めながら、ヴィータにシグナムが声をかける。

 

「ララウェイの戦法……確かに危険だな」

「あぁ。エリオの一撃を敢えて受けてのカウンター。ムチャクチャだぜ」

「確かにいかなる達人でも、攻撃の瞬間は動きが止まるものだが……だからといって、狙うものでもない」

「だな。……一応、防御はしたみてーだが、それにしたって無謀過ぎる」

「ふむ……危ういな」

 

 シグナムのその言葉に、ヴィータはああ、と頷く。

 生き残ることを考えないかのような戦い方。あまりにも、危う過ぎる。

 

「……しかも、矯正しようにも完成されちまってる。すぐに治せるレベルのもんじゃねー」

「厄介といえば、厄介だな。……主はやては、奴に好意をもっているようだ。だが……」

「あぁ。だからこそダメだ。あんな戦い方する奴に、はやては任せらんねー」

 

 ヴィータは表情を険しくする。詰まるところ、二人の騎士がファイムに対して関心を寄せる理由はそこだ。

 八神はやての騎士であり、家族でもある四人の騎士――『ヴォルケンリッター』。その絆と主を思う気持ちは、何よりも、誰よりも強い。

 

「まあ、結局は主はやてが決めることなのだがな」

「……まーな」

「不服そうだな?」

「別に」

 

 ヴィータはそっぽを向き、シグナムはやれやれと肩を竦める。

 二人の視線の先では二人が目を覚まし、色々と騒がしくなっていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 痛む体をさすりながら、ファイムは自室にいた。その顔には、苦笑が浮かんでいる。

 

「いたたたた……あれ? なんかデジャヴ?」

《騎士シグナム殿との模擬戦時も、同じようになられていました》

「あ、そっか」

 

 リンネの言葉に、ファイムは納得する。そういえばあの時ははやてと話をしたのだったか。

 まあ、なんにせよ、一つだけ確認できた。

 

「リンネ、僕は凡人かな?」

《……それは、暗に自らが天才だと言っておられるので?》

「キミのマスターは、そういう人?」

《……失礼しました》

「ふふ、いいよ。冗談だから。……それで、どうかな?」

《……マスターの人とは異なる手足を除けば……そちらに入るかと》

「うーん、やっぱりそっか」

 

 あはは、とリンネの言葉に苦笑を浮かべるファイム。リンネは慌てて、申し訳ありません、と言葉を紡いだ。

 だがファイムは、いいよ、と首を振る。

 

「それが事実なんだと僕も思うから。……今日、エリオと戦って改めて理解したよ。天才……というよりは、才能って言葉の意味が」

 

 努力を行う意志と、それを支える周囲の環境と、偉大な教官と、そして何よりも、努力が身を結ぶという事実。

 それこそが、才能。

 

「まあ、確認だから。気にしないで、リンネ」

《……マスターは、御自身の力に満足しておられないのですか?》

「してるわけがない。……救えなかった命を思い出す度に、思うよ」

 

 12年。もうそんなに経ってしまった。

 そしてその中で満足したことなど、一度もない。

 自分自身が救われた身だから、誰かを救うことでそれを返そうと思って。

 そうして、生きてきて。

 いつも――思うのだ。

 

「届かないと、分不相応と理解してても、わかっていても」

 

 届くなら、届いている。

 届かないなら、きっと届かない。

 ただ、それだけのことを。

 認めずに、諦めきれずに、ここまできたから。

 生きて、きたのだから。

 

「強くなりたい。もっともっと……って」

 

 不条理で、腐った世界で。

 それでも、生きてきたのだから。

 

《マスター……》

「ごめんね。女々しいマスターで」

《いえ……あなたは、私の誇るべき主です。私を生み出し、機械である私を家族と呼んでくれた貴方は、誰よりも私のマスターなのです》

「……ありがとう」

 

 ファイムは微笑み、呟いた。

 そして、それからは無言がしばらく続き。

 それを打ち破ったのは、緊急警報だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

『海上の第七輸送艦より、緊急の応援要請が入った。わたしたちは今から現場に向かい、襲撃者の撃退及び捕縛に向かいます』

 

 整備が済み、明日の朝には出る予定だった『ヴォルフラム』のブリッジに辿り着いたファイムは、はやてからそんな言葉を聞いた。

 海上を航行し、地上本部を目指していた輸送艦が何者かの襲撃を受けたというのだ。

 しかもその輸送艦には、とある犯罪組織から押収したロストロギアがあるという。

 おそらく――奴らだ。

 すぐさまメンバーは出動を命じられ、輸送機に乗り込んでいる。また、その中でも先行することを命じられたらファイム、ヴィータの二人はバリアジャケットを纏った状態で他のメンバーに最終確認をとっていた。

 

「では、僕たちは先行して輸送艦へ行きます。ザフィーラさん、エリオ、キャロ、アギトはシグナム一等空尉の指揮下で後から援護をお願いします」

「心得た」

「はい!」

「はい!」

「おう!」

「任せておけ。……お前たちも、気をつけろ」

「わかってるよ」

 

 ヴィータがグラーフアイゼンを担ぎつつ、適当に返事をする。ファイムは敬礼し、勿論です、と頷いた。

 

「では、武運を」

 

 言葉と同時にファイムは飛び降りる。ヴィータもそれに続き、二人は飛行を開始した。

 

「ララウェイ」

「ファイムでいいですよ? ヴィータさん」

「あたしもさん付けはいらねー。じゃあ、ファイム。……足手纏いになるなよ」

「その時は構いません。捨て置いてください」

 

 ヴィータの言葉に、ファイムは至極真剣な口調でそう返す。ヴィータはなっ、と固まった。

 だがファイムにしてみれば、当然のことだ。

 

「空の人間である以上、覚悟はしていますから。……単純な計算です。巻き込まれてヴィータが被害を被るなら、僕など捨て置いて頂いたほうがいい」

「なっ、ふざけんな!!」

「至って真剣です」

「…………ッ」

 

 歴戦の戦士であるヴィータでさえ怯むような目で、ファイムは言い。

 ヴィータは、ちっ、と舌打ちを零した。

 

「そんなだから、テメェを……」

 

 ファイムにその言葉は届かない。

 ただ、目的の場所は近付いていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ふんふんふふ~ん♪」

 

 鼻歌が響き渡る。唄っているのは白衣を纏った少年で、その歌を聴いているのは床に倒れた管理局員たちだ。

 少年の白衣には、返り血であろう赤い模様が付いているが、少年は気にしていない。

 いや、そもそも頬にべっとりと付いた血液さえ気にしていないのだから、衣服の血などそもそも気付きさえしていないのかもしれないが。

 少年の名は、グリス・エリカラン。

 7年前に公式上死んだとされていた、かつての広域指名手配次元犯罪者。

 当時の年齢を考えても異例だった実名による指名手配犯で、当時未成年でありながら危険度S級と認定された人物だ。

「ふんふ~ん♪ はい、おしまいっと♪」

「失礼します」

 

 グリスが満足そうにうんうんと頷くと、不意に横合いから声が飛んできた。グリスがそちらを見ると、いつからそこにいたのか、そこには一人の女性が立っていた。

 肩まで伸ばした、艶のある黒髪のポニーテール。その身に纏っているのは青のジーンズと白いシャツ。その上からは漆黒のコートを纏っている。

 その女性は鋭い目つきでグリスを見つめながら、言葉を紡ぐ。

 

「艦内の掃除は終わりました。現時点において、艦内に戦闘可能な者は存在しません」

「ヒュウ♪ 流石だねぇ~! 全員殺したの?」

「いえ。殺すまでもありません」

「あ、そうなの?……ちなみに、どれくらい前からここにいたの?」

「20分程前からになります」

 

 そう言われ、グリスは笑った。

 

「人が悪いよ~。言ってくれればいいのにさ?」

「集中を乱してはならないと思いまして……。余計でしたか?」

「ん、ん、んーん? まあ、どうせ僕の作業が終わるまでテンリュウさんにはしてもらうことなかったしね。問題なしなし♪」

「それを聞いて安心しました」

 

 恭しくテンリュウと呼ばれた女性は頭を垂れる。グリスはあはは、と笑った。

 

「悪い気はしないんだけどさ、いいの? あなたほどの人が頭なんて下げてもさ?」

「私の頭に価値などありません。目的のためならば、なんとも」

「にひひ♪ いーい感じに歪んでるねぇ♪」

 

 テンリュウの言葉に、笑顔を浮かべるグリス。そしてグリスはよし、と呟くと、テンリュウに言葉を紡いだ。

 

「ボクの方も、セキュリティーは完全解除したから、目的の場所に行こっか。空からの敵はギレンがなんとかしてくれてるだろうしねぇ?」

「はい」

 

 二人は歩き出す。瞬間、二人が向かっていた扉が吹き飛ばされ、一人の戦士が殴り込んできた。

 

「時空管理局だ!! 武器を捨て、投降しろ!!」

 

 現れたのは、管理局員。

 ――ファイム・ララウェイ。

 グリスにとって因縁ある、若き執務官だ。

 

「ありゃりゃ? どしてまた? 変だねー、妙だねー?」

「ギレン殿が落とされたということでしょうか?」

「それはないでしょ、多分。強いし? ん、んー……ちょっと、確認してみるねん?」

 

 テンリュウの影に隠れるようにしながらグリスは言うと、ギレンに念話を飛ばした。それは、即座に繋がる。

 

『あぁ!? 何の用だテメェ!? こっちは忙しいんだよ!』

『おお、のっけからテンション全開、本気モードじゃんか♪ 元気そだねぇ?』

『殺すぞクソガキ』

『あはは♪ そう怒んないでよ? いやね、ギレンの標的がこっちきちゃったから、どしたのかなって思ったわけなんだよ』

『んだと!? ちっ、やっぱりこのガキは囮かよ!』

『あ、やっぱり交戦中?』

『あぁ。JSんときに活躍した赤髪のガキだ。まあ、これはこれで楽しめるんだけどよぉ?』

『え゛? ギレンってばロリコン?』

『ぶっ殺す』

『あはは♪ じょーだんじょーだん♪ ん、んー、でもそれじゃ、テンリュウさんが相手するけど、いいのかな?』

『……ちっ。仕方ねぇな。他で我慢してやるよ』

『おけおけ。じゃね~♪』

 

 若干不満そうなギレンの返事を受けると、グリスは念話を切った。そして、テンリュウに小さな声で語りかける。

 

「なんかね~、ギレンはギレンでオモチャ見つけたんだって~? 生かしとくと厄介だし、相手したげてよ♪」

「それは『殺せ』という、依頼ですか?」

「必要があると判断したらね~♪ っとと、なーんか、こっち睨んでるねぇ?」

 

 ニヤニヤと笑いながら、グリスは無手の騎士を見る。その瞳は、真っ直ぐにグリスを捉えていた。

 

「本当に、生きていたのか。グリス・エリカラン」

 

 その騎士は――ファイムは、確認するように、そう言った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 時間はファイムが殴り込む10分前に遡る。

 

「…………ちっ」

「酷い、ですね」

 

 輸送艦を視認したファイムとヴィータの二人は、その惨状に思わず絶句した。火を噴く甲板。吹き飛んだ装甲。無事なところなど一つもない。

 とにかく、突入を――そう思った瞬間。

 

(魔力反応! マスター!)

「ちっ!」

 

 ファイム目掛けて砲撃が飛んできた。ファイムは防御をしようとしたが、ヴィータが割って入り、代わりに受け止めた。

 

「すみません……助かりました」

「気にすんなよ。……あいつか、撃ってきたのは」

 

 ヴィータの鋭い視線が射抜く先には、銃口から煙を吹く巨大な銃を構えた男がいた。

 

「報告にあった奴だな」

「はい。ギレン・リー。強敵です」

 

 ぐっ、とファイムは拳を握り締める。それを見て、ヴィータはファイムの前に出た。

 

「あいつの相手はあたしがする。ファイム、お前は突入しろ」

「ヴィータ?」

「いいから行け。もう少し経てばシグナムたちもくる。ここで時間くってる場合じゃねー」

「……わかりました」

 

 こういう時、ファイムの判断は早い。ファイムはそのまま、艦内へと砲弾の着弾のように突入する。

 この艦にはロストロギアがある。まずはそれを確保しなければならない。

 ギレン・リーがいるということは、そういうことだ。

 

 ――そして、時は経って。

 

「妙だ。お前はあの時、確かに死んだはずだ」

「あはは♪ 無理してそんな硬い言い方しなくてもいーのに♪ んっとねー、ドクターとやったことは同じだよん? スペアつくっといたの♪」

「スペア?」

「そそ、スペア。ボクはボクが善人だなんて欠片も思ってないし『そんなもの』には吐き気さえ覚えるんだけどね? まあ、だからいつだって死ぬ可能性なんてありありなんだよん♪ でもそんなの嫌だし? だから造っといたの♪」

 

 ケラケラと笑いながら、自分のオモチャを自慢する子供のように、楽しそうにグリスは言う。

 

「…………」

「あ、納得したの? そうそう、これはプロジェクトFの技術でねー。厳密にはボクであってボクでなかったりするんだけど……知ったことか」

 

 雰囲気が一変。冷笑を浮かべるながら、グリスは言う。

 

「ボクはボクであり、それを否定する手段がないのなら、グリス・エリカランはここにいる。それだけだよ」

 

 言い切ったグリス。それに対し、ファイムは無言。

 言葉を返す必要はない。

 かつて死んだはずの――否、殺したはずの犯罪者が生きていた。それだけなのだから。

 故に、すべきことは……一つ。

 

「グリス・エリカラン。輸送艦襲撃の現行犯で逮捕します」

「投降しろとか言わないんだねぇ?」

「二度言う必要はない」

「うんうん、確かにそれは道理だ♪」

 

 グリスが笑い、ファイムは拳を握り締める。

 敵は二人。グリスと、黒髪の女性。ニ対一。不利と一目でわかる。

 しかも、グリスは技術者としての力以外に、魔導師として7年前の時点で推定AAランクの力を有している。

 そして、もう一人。黒髪の女性に至っては。

 

(リンネ、あの人はどうかな?)

(推定で、オーバーSランクです。バリアジャケットも纏わずにいるにも拘わらず、とてつもない魔力を有しています)

(……強いってことか)

 

 12年も管理局にいるのだ。一目見れば、何となくで危険度がわかるようになる。

 あの女性は、今まで出会った誰よりも強い。そう感じさせるだけのものがあった。

 息を、吐く。

 ――最初から全力で行かねば、捕まえるなど夢のまた夢。

 

「フルドライブ!! モード・フェザーナイツ!!」

《Full drive, mode Feather Knight》

 

 ズドン、という衝撃音が響き渡った。ファイムの体から魔力が噴き出し、その背には白い翼が宿る。

 その状態のファイムを見たグリスが、口笛を鳴らす。

 

「ヒュウ♪ のっけから手加減なし? あはは♪ お約束を破ってくるねぇ?」

「出し惜しみをして敗れるぐらいなら、最初から全開でいくほうがいい」

「うんうん♪ 道理道理♪ でもでも、一つだけだいごさ~ん♪……その程度じゃ、最強の侍には適わない」

「――――ッ!!」

 

 グリスが言い終わるとほぼ同時に、凄まじい金属音が響き渡った。一言も声を発さぬままにファイムに接近してきた女性が、いつの間にか手にした刀でファイムを斬りつけ、ファイムがそれを障壁を展開して防いだ音だ。

 ガラスの割れるような音が響き、ファイムの障壁が砕け散る。ギリギリで展開したとはいえ、フルドライブ状態の障壁を、一撃で砕かれた。

 女性は無音のまま後ろへと、文字通り瞬間移動のように後退。今の一撃で折れた刀を一瞥すると、それを投げ捨て、ファイムを見据えた。

 

「まず、いきなりの非礼をお詫びします。私は言葉が苦手故に、刀で語らせて頂きました」

「…………」

「強者と認め、我が名を名乗ります。我が名は、テンリュウ。テンリュウ・シンドウ。今はただの無頼の身にございます」

「……時空管理局執務官兼、特務部隊機動六課戦闘部隊隊員、ファイム・ララウェイ」

 

 ファイムは、反射的に名乗る。それを聞き、テンリュウは頭を軽く下げた。

 

「我が流儀に沿っていただき、感謝します。ファイム・ララウェイ……その名、胸に刻ませていただきます。……では」

 

 ――空気が、変わる。

 刺すような魔力が、殺気が吹き荒れ、ファイムは思わず体を震わせる。

 

「――推して参る」

 

 ガンガガガガギィガギィン!!

 

 二人の衝突と同時に、凄まじい音が吹き荒れた。

 ビリビリと、ファイムの腕に衝撃が走る。同時に、テンリュウの周囲に刃が舞った。

 

「所詮は十把一絡げの安物ですか……しかし」

 

 キン、という音と共に、テンリュウの背後に魔法陣が現れる。ミッド式ともベルカ式とも微妙に違うそれは、召喚陣だ。

 

「まず……」

 

 い、とファイムが言い切る前に、召喚陣より現れた刀の柄を手に取り、抜き放つ。

 凄まじい速度の一撃。両の手からそれぞれ繰り出される斬撃は、リンネが展開した障壁を打ち砕く。

 同時に、折れる刀。だが、テンリュウはそこでまた別の刀を手にする。

 

「くっ……!」

《sonic move》

 

 移動魔法によって距離をとる。だが、テンリュウはぴったりとそれについてくる。

 

(見たところデバイスもないのに……!)

 

 ファイムは内心で焦りを覚える。テンリュウという女性が使う刀はただの刀だ。誰でも使える量産品。

 だからこそ脆いのだが、それはそれでおかしい。ただの刀が相手なら、ファイムの障壁が破られるわけがない。

 だが現に破られている。それは即ち。

 

(デバイスなしで、こんなに高度な魔法運用を……!?)

 

『烈火の将』シグナムや『鉄槌の騎士』ヴィータ、『盾の守護獸』ザフィーラなどには及ばないが、ファイム自身も用いるベルカ式の基本にして奥義である肉体強化の魔力運用。通常はデバイスありきで行うそれを、彼女はなしで行っている。

 どれほどの――力を持つというのだ。

 

(僕は、間違いなく劣ってる)

 

 致命的な一撃を貰わぬよう、綱渡りのように立ち回り、『受け』に徹しながら、ファイムは思う。

 敵は強い。明らかに、自分よりも遥かに強い。

 

(けれど、それでも、僕が『エース』であるならば!)

 

 ファイムの瞳がテンリュウの瞳を射抜く。

 そして。

 

《Feather shoot》

「ファイア!!」

 

 ファイムの翼、その羽全てを弾丸とし、周囲にバラまく。

 一発一発の威力は知れている。だが、数が集まればその威力は跳ね上がるのが道理。

 周囲の機器が吹き飛び、爆発する。煙が、空間を支配した。

 

「…………」

 

 目を凝らし、敵が見えるのを待つ。この状態なら、敵もこちらを見えな――

 ――閃光が煌めいた。ファイムの翼、その左翼が斬り飛ばされる。

 

「…………ッ!」

 

 バランスが崩れ、体が傾くファイム。だが、ファイムは今の一撃で敵の位置を把握。バリアジャケットを右腕だけ消し、機械の腕を露わにする。

 そして更に、ガキン、という音と共にカートリッジを二発ロード。一時的に跳ね上げられた魔力を、右腕に集中する。

 

「一点突破!!」

《wind buster》

「ウインドバスターッ!!」

 

 煙を引き裂き、壁をぶち破り、翡翠の砲撃が室内から空を駆け抜けた。

 バシュッ、という音を響かせ、ファイムの右腕が煙を吹き出す。

 その後、バリアジャケットを再構成。ファイムは前を見る。

 ――そこにあるのは、二つの人影。

 

「危なかった~!! ありがとね、助かっちゃったよテンリュウさん♪」

「いえ、ご無事ですか?」

「元気元気、傷一つないよん♪」

「それは重畳」

 

 テンリュウは障壁を展開しつつ、グリスとそんな会話を繰り広げる。彼女の額からは、一筋の血が流れていた。

 しかし――それだけだ。

 多少服にダメージがあるが、それ以外には何もダメージがない。

 効いて、いない。

 

「いい一撃でした。次はこちらがお見せしましょう」

 

 そして、一閃。

 ファイムの翼を切り落としたのと同じ一撃が放たれ、ファイムを叩く。

 

「……ッ、あっ……!?」

 

 残っていた翼を使い、ガード。視界の端に、テンリュウの刀が砕けている光景が映った。

 ファイムは床を滑りつつ、体勢を立て直す。ようやく、目が慣れてきた。

 

 ――ズガガガガガガガガガガギィン!!

 

 次から次へと現れるテンリュウの刀と、それを魔力で固めた拳で受け流し、あるいは受け止めるファイム。防戦一方たが、しかしそれでも凌いでいる。

 

「…………」

 

 テンリュウの目が、より一層鋭くなる。瞬間、斬撃のスピードが上がった。

 

「…………ッ!?」

 

 突然のスピードアップに対応できず、ファイムの腕が斬られる。だが、ファイムはそこにカウンターを合わせにいき、拳を突き出す。

 

「むっ……!」

 

 テンリュウはそれを避け、後ろに下がる。ファイムはこみ上げてきたものを吐き捨て、テンリュウを睨む。

 べちゃり、という音と共に、床に赤い血が広がった。斬られたのは腕だけ。それも右腕だったので、ダメージは特にない。だからこれは、別の要因。

 フルドライブと、カートリッジによる身体への過負荷によるダメージだ。口元から血が滴る。しかし、止まるわけにはいかないのだ。

 

「……前にも思ったけど、無茶するよねぇ?」

「……『エース』、なんだって」

 

 どこか嘲笑するような調子のグリスに、ポツリとファイムは呟いた。

 

「僕は、『エース』なんだって。そんな力、ありはしないのに。……でも、そう呼ばれるなら。弱くても、『エース』と呼ばれるなら」

《jacket purge》

 

 リンネの言葉と共に、右腕のバリアジャケットが弾け飛ぶ。

 機械の腕が、そうして露わになる。

 

「その嘘を、吐き通す」

 

 カートリッジが四発ロードされ、魔力が跳ね上がる。正真正銘の切り札を発動するためだ。

 

「……血桜」

 

 テンリュウが呟き、召喚陣から一本の刀が現れる。刀身が赤く染まった、見るからに禍々しい刀だ。

 

「一点突破!!」

《Storm Breaker》

 

 ファイムを中心に、風が吹き荒れる。変換プロセスを経なければならないため、溜めに時間がかかる。

 

「…………」

 

 対し、テンリュウは無言。ただ、膨大な魔力が研ぎ澄まされていく。

 そして、二人は衝突する。

 

「ストーム……ブレイカァァァッ!!」

「夢想演舞」

 

 

 ――音が、消えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ッ、なんだ!?」

「あぁ!?」

 

 海上で戦闘をしていた二人――ヴィータとギレンは、その光景に思わず動きを止めた。

 輸送艦のブリッジが、翡翠の閃光と紅の閃光によって吹き飛んでいく。

 推定でAAAランク以上の魔法が衝突した――ヴィータはそう判断。同時に、急がなければ、と彼女は思う。

 おそらく、翡翠の方はファイムだ。そもそも彼はA+程度のランクのはず。その彼がこれだけの魔法を使って、負荷がないはずがない。

 しかし、目の前の敵の強さが、それを許してくれない。

 

「どけテメェ!!」

「はぁ!? こっからが楽しいんだろうが!!」

 

 ヴィータの振るうグラーフアイゼンを、ギレンは自身の巨大な銃で受け止める。

 

「オラァ!!」

 

 そして、空いている左手で砲撃魔法を展開。ヴィータはギリギリでそれを防ぐ。

 

「くっそ……」

「流石は『ゆりかご戦役』の英雄!! 楽しいなぁオイ!! そらそらそらそらそらァ!!」

「アイゼン!!」

 

 次々と撃ち出される弾丸を避け、あるいは防ぎながら、ヴィータは叫ぶ。グラーフアイゼンはカートリッジをロードし、片側が針のように鋭く、逆側には噴出口が形成される。

 

「らあああああああっ!!」

「うおっ!?」

 

 速度、威力共に上がったその一撃に、ギレンは耐えきれない。

 鉄槌の騎士の一撃は、歴然の傭兵を撃ち落とした。

 ズドン、という音と共にギレンは甲板に着弾。姿が見えなくなる。

 

「…………」

 

 追うか――そうヴィータが考えた時、念話が入った。

 

『ヴィータ。聞こえるか?』

『シグナム。ああ、聞こえてる』

『ララウェイはどうした? 念話が通じんのだが』

『……あいつは、ちっと厄介なことになってるみてーだ。あたしは今からあいつの援護に行く』

 

 今しがた落とした相手――ギレンも気になるが、それよりもファイムだ。

 そう思い、グラーフアイゼンを握る手に力を込めるヴィータ。しかし、それをシグナムが押し止めた。

 

『いや、お前はそのままギレン・リーを捕らえろ』

『どうしてだよ? このままじゃファイムが』

『ララウェイのほうには、頼りになる援軍が向かっている。直に私たちも到着する。一網打尽にするぞ』

 

 シグナムが念話でそう言ったとほぼ同時に、ヴィータの視界の端にとあるものが映った。

 それは、金色の光。

 雷光の――死神の姿。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……ご無事ですか?」

「うん、元気元気~♪ 傷一つないよん?」

「何よりです」

 

 吹き飛び、青い空と青い海が見渡せるようになったブリッジに、そんな会話が響いた。

 ニアSランクレベルの砲撃魔法の衝突、爆発から『無傷で』生還したテンリュウとグリスの会話だ。

 

「ただあれだねぇ。目がチカチカするよん」

「それはご容赦を。威力の相殺と衝撃の拡散で手一杯でしたので」

「あはは♪ いいよいいよ~♪ 助けてくれたことにはすっっっごい感謝してるんだからさ~♪ というか、デバイスなしであの砲撃防ぐとか。ムチャクチャだよねぇ?」

「……師ならば、このような手段を取らずとも、丸ごとねじ伏せました」

「それはそれでムチャクチャだけどねぇ」

 

 少し沈んだ調子のテンリュウに、彼にしては珍しく苦笑しながら言うグリス。

 そのまま、でさ、とテンリュウに声をかける。

 

「彼、殺したの?」

「……夢想演舞は、魔導師風に言えば、いわゆる『多口砲撃』です。……そのうち、少なくとも二発は直撃しました」

 

『多口砲撃』――通常、砲撃魔法というのは一つの砲口、例えば拳やデバイスの先端から放出されるのが基本である。

 しかし、『多口砲撃』という方式は、魔力スフィアやそれに類するものからも同時に砲撃を行うという、超高等技術である。

 かの『エース・オブ・エース』が聖王を止めた一撃、『スターライトブレイカー』もブラスタービットを用いた『多口砲撃』の一種である。最低でもAAランク以上の魔力操作技術が要求される他、威力を持たせるには莫大な魔力を必要とするという前提条件があったり、どうしても一つの砲口から放たれる一撃が若干ながら弱くなるというデメリット(もっとも、総合的な威力は明らかにこっちが上であるし、その形式から応用範囲はかなり広い)があったりと扱い難いが、圧倒的な力を有する術式である。

 

「ふーん……そりゃ、ふつーは死ぬねぇ?」

「はい。通常ならば」

 

 グリスは『最強の侍』の実力を客観的に分析してそう結論を出し、テンリュウも自身の実力を冷静に分析してそう結論付ける。

 だが、二人とも言葉の割には表情が厳しい。その理由は――……

 

「まあ、ふつーじゃなかったと」

「……そのようです」

 

 二人の視線の先には、何故かバリアジャケットではなく、ボロボロになった執務官の制服を着たファイムがいた。

 

「AMF……ですか」

「みたいだねぇ。まあ、衝撃までは消しきれなかったみたいだけどねん?」

 

 目の焦点が合っていない様子のファイムを眺めながら、二人は言う。その中で、テンリュウはしかし、と呟いた。

 

「恐ろしい手段をとるものですね。一歩間違えれば、跡形もなく消し飛んでいたでしょうに」

「確かにねぇ♪ いくらテンリュウさんのが純魔力砲撃だっていっても、威力の桁が違う。ガジェット程度のAMFなら、間違いなく吹き飛んでただろうし?」

 

 クスクスと笑いながら、グリス。そう、その通りだ。

 かつてJS事件で難敵として存在したガジェットと呼ばれる兵器は、AMFと呼ばれる魔力結合を阻害する装置が付いていたからこそ、難敵とされた。

 だが、一見無敵に思えるAMFにも弱点がある。範囲外の魔法を阻害できなかったり、例えば魔法で加速された物質の加速そのものを消すことができないことや、雷や炎などに変換されたものも消せなかったりする。

 そして、一番重要なのは出力だ。これは単純に力の問題で、AMFで消される前にそれ以上の力でねじ伏せれば貫けるというものである。

 JS事件において『エース・オブ・エース』が純魔力砲撃でAMFを抜くことができた理由も、そこにある。

 そして、今回。

 ファイムは、オーバーSランクの砲撃魔法を打ち消す程のAMFを発動した。

 

「とてつもない出力だねぇ。自分のバリアジャケットの構成さえできない程のAMF……あはは♪ 古代魔法とかそーゆーのの世界だよ♪」

「同感です。しかし……ここが限界のようですね」

 

 二人が、目の前にファイムがいるのにどうしてここまで余裕なのか。

 逆にファイムは、どうして黙っているのか。

 その答えが、出る。

 

 ――ビチャッ。

 

「あ゛っ、うっ……」

 

 呻き声が漏れ、ファイムの口から夥しい量の血液が溢れ出す。ファイムは口元を右手で押さえながら、左手を地面につく。

 テンリュウの一撃、その衝撃が内臓にダメージを与え、それによる吐血が、床を赤く染める。

 見るからに、限界だった。

 

「魔導師のスキルとしてのAMFが使われない理由はここだよねぇ。……『使用者本人も魔法が使えなくなる』。更にバリアジャケットの構成さえもシャットアウトしちゃえば、モロに衝撃を生身で受けちゃうのが道理だ♪」

「…………」

 

 オーバーSランクの砲撃だ。衝撃だけでも凄まじい威力を誇る。

 魔導師が頑丈なのはバリアジャケットと魔法のおかげだ。それを失えば、ただの人間。

 耐えられる、道理はない。

 

「ま、それでも十分っていえば十分だけどねん? テンリュウさんの砲撃をまともに相殺しようとしたら、それこそ『エース・オブ・エース』でもなければ不可能だしね~? そういう意味では、良く良く耐えた耐えた、凄い凄い♪」

 

 まあ、キミの負けだけどねん、とグリスは笑って言う。テンリュウも、静かに目を閉じた。

 

「――……」

 

 しかし、不意なファイムの言葉に、二人は反応する。

 

「……いい、や」

 

 途切れ途切れに、ファイムは言う。

 

「僕の……勝ち、だ」

 

 金色の雷が降り注いだのは、それとほぼ同時だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「にゃわわ~っ!!」

「…………」

 

 いきなりの攻撃に声を上げるグリスと、冷静にグリスごと守るための障壁を張るテンリュウ。降り注いだ雷は、魔法によるものだった。

 

「……時空管理局だ。武器を捨て、投降しろ」

 

 現れたのは、金色の美しい長い髪と、黒のバリアジャケットの上に白いマントを羽織った女性。

 時空管理局本局執務官、フェイト・T・ハラオウン。

 

「……フェイト、さん」

「ファイム、無事?」

「……何とか」

 

 壁にもたれるようにして座り込みながら、ファイムは苦笑しつつそう返した。

 だが、これでこちらの勝ちだと、ファイムは内心で思う。

 テンリュウの実力は圧倒的だった。防ぐことさえ、満足にはできないほどにだ。

 故にファイムは、時間を稼ぐことにした。

 そもそも、シグナムたちも後からこちらへ来る手筈だったのだ。自分一人で逮捕できればそれが一番だったのだが、それが不可能と判断し、時間稼ぎと足止めに終始した。

 こちらはロストロギアを奪われず、相手を逮捕すれば勝ちなのだから。

 

「ありゃりゃ……まんまと嵌められたねぇ♪ 時間稼ぎが目的だったなんて。あはは♪ 『雷光の死神』までご登場とは、びっくりぎょーてん♪」

「…………」

 

 笑うグリスと、沈黙を通すテンリュウ。二人は追いつめられている側だというのに、焦りは見られない。

 

「……従う意思はないみたいだ」

《Foton lancer》

「ファイアッ!!」

 

 フェイトの周囲にいくつもの魔力スフィアが現れ、二人を狙い撃つ。

 着弾。ボロボロの艦が、大きく揺れた。

 そして、煙が晴れ。

 二人は、目を見開いた。

 

「ギレン殿の回収は如何しますか?」

「ん、ん、んー、放っといていんじゃない? 自分の後始末ぐらいはするでしょ」

「……承知しました」

 

 無傷のまま、転移魔法を展開する二人。フェイトは慌てて踏み込む。

 

「待て!」

「確か、『全力全開』ででしたか? かの『エース・オブ・エース』の口癖は」

 

 大気の振動。そして、テンリュウの右掌に魔力が集中する。

 

「……ディバインバスター」

 

 ズドン、という轟音が大気を引き裂いた。フェイトは障壁を展開し、それを何とか凌ぐ。

 だが、そのせいで時間を与えてしまった。

 

「……イレギュラーではありましたが、お会いできて良かった。大魔導師、プレシア・テスタロッサの遺児である貴女に」

「なに?」

「待て……!」

 

 その言葉にフェイトが反応し、ファイムが静止の声をかける。

だが、そこまでだった。

 

「焦らずとも、いずれ再び向かい合います」

 

 二人の、姿が消える。

 ファイムの意識もまた、そこで落ちた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 コツ、コツと足音が響き渡る。地中深くの、光が射さぬ場所で人工的な光に照らされる、いくつもの影があった。

 

「ごめんねボス~? とってこれなくってさ~?」

 

 グリスの、申し訳なさそうな声が響く。グリスは両手を合わせ、頭を下げつつ、集まっている者たちの中で唯一椅子に座っている男に謝っていた。その隣ではテンリュウが膝をつき、頭を下げている。

 その様子を見、別の声が上がった。

 

「はっ、大したことねぇなテメェらも」

「……仰る通りです。言い訳はしません」

 

 挑発的なその言葉に、テンリュウはひどく冷静に応じる。声の主――まだ14かそこらの少年は、ちっ、と舌打ちした。

 

「けっ、そんなんじゃ、『剣聖』ってのも大したことねー……」

 

 ――風が、流れた。

 文字通りの一瞬で少年は床に押さえつけられ、刀を首に押し当てられた状態にされる。

 

「…………ッ!?」

「私のことであるならば、どれほどの罵声を浴びようと受け入れましょう。しかし、その名を。『あの人』に対する冒涜だけは許しません」

 

 ツッ、と少年の首筋から血が流れる。少年は、声を出そうとして、出せない。

 テンリュウの瞳が、あまりにも冷たかったが故に。

 

「やめとき。テンリュウ、ガキの言うことやろーが」

「……頭目」

「お前もやウィル。調子に乗るんやない」

「……おっさん」

 

 ガンッ!!

 

「っっ痛って――――ッ!?!」

「わしはまだ20代やアホ!! 何遍言うたらわかるんやおのれは!?」

 

 テンリュウが離した少年――ウィルに、容赦なく頭目と呼ばれた男は拳骨を叩き込む。男の言葉が終わっても未だにウィルがのたうち回っているところから、どれほどの威力だったかを推し量れる。

 

「……主。話が逸れています」

「おお、アカンアカン。ついついやってまうな」

 

 それを、ずっと黙っていた一人の女性が静止し、男は思い出したように頷く。

 そして、ケラケラと笑っているグリスと、真剣な表情のテンリュウへと向き直った。

 

「さて、と……ってかグリス。笑いすぎや」

「あはは♪ いやー、ウィルウィルが馬鹿すぎて♪」

「んだとテメェ!!」

「やめんかアホ。おのれは触れるものみな傷つける思春期か。……それとテンリュウ。そんな堅くならんでえーよ?」

「いえ……これが常なので」

「ああ、さよでっか」

 

 やりにくいなホンマ、と呟き、男はさて、と言葉を紡ぐ。

 

「まあ、今回の失敗やけど、成功さすのが一番やったとはいえ、取り返せんわけやない。グリス、ギレンは捕まっとるんやんな?」

「うん。そのはずだよん。簡易デバイスなんか使うからああなるんだよね。自分の使ってたら負けなかっただろーにさ。馬鹿だよねぇ♪」

「楽しそうやなオイ。まあええ。それやったら、利用させてもらおか。そのついでに目的のモン手に入れたら、それで全部チャラやしなぁ」

「……なるほど♪ 楽しくなりそうだねぇ♪」

 

 男の考えにいち早く気付いたグリスが、楽しそうに笑う。それに対して男は、しかし、と言葉を紡いだ。

 

「お前は行かせへんぞグリス」

「えぇ!? なんで~!?」

「お前にはバックアップってゆー仕事がある。テンリュウには、引き続き出て貰うで」

「……承知しました」

「ええ返事や。あとは、ウィルも行ってこい。でかい口叩きたかったら、結果出せ結果」

「上等」

 

 ウィルが獰猛な笑みを浮かべる。その中で、主、と先程の女性が口を開いた。

 

「私は……?」

「エリアは待機や。ま、今回はそんな人数もいらんやろうしな」

 

 エリア、と呼ばれた女性は、承知、と頷いた。

 

「ほな、やろか」

 

 笑みを浮かべる男。その男は、内心でそれにしても、と言葉を紡ぐ。

 

(八神はやてときよったか。……親近感湧くなぁ。同じ地球の島国、それも関西とは。ま、敵同士なんやけど)

 

 男は、ゆっくりと歩き出す。

 

「さてさて、『あいつ』は起きとるんかいな? 人に頭目なんざ押し付けおってからに……」

 

 口調とは裏腹。その瞳は、楽しそうに輝いていた。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 報告。

 海上での戦闘における被害。

 輸送艦の乗組員のうち、

 負傷者79名。

 重傷者22名。

 奇跡的に死者はゼロ。しかし、主犯格と思われる者たちとの戦闘で、局員が一名、意識不明の重体。

 また、犯行グループの一員と思われる男を逮捕。

 

 名を、ギレン・リー。

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