魔法少女リリカルなのは~優しい嘘~   作:アマネ・リィラ

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第五章〝束の間の休息―命の価値と、使い方―〟

 

 管理局地上本部拘置所。

 その場所で、一人の男が拘束椅子に座らされていた。

 ギレン・リー。先の輸送艦襲撃事件の主犯格であり、『ワグリア消滅』にも大きく関わっている人物だ。

 

「気分はどうよ?」

「最悪だな」

 

 質問に対し、ギレンは拘束されている身にもかかわらず笑みを浮かべている。その口調に、拘束されていることに対する怯えや恐怖といった感情は微塵も感じられない。

 その様子を受け、質問をした男は椅子の背もたれをギレンのほうに向け、背もたれによりかかるようにして座った。正直、行儀が悪い行為だが……本人が気にした様子はない。

 

「あ、ちなみに俺はカグラ・ランバードね。地位は一佐。役職は多すぎて説明できないから、あれだ。今回は特別捜査官として接させてもらうぞ」

「はっ、テメェが何者なんて興味ねぇよ」

「それはお互い様だ。美人のおねーさんならともかく、野郎相手じゃこっちもやる気が出んよ」

 

 はっ、と面倒くさそうにカグラは言う。ギレンは、あぁ? と眉を吊り上げた。

 

「ウゼェなテメェ……ぶち殺すぞ?」

「AMF体に埋め込まれて、尚且つ拘束されてる状態じゃ負け犬の遠吠えにしか聞こえね――な」

「野郎……!」

「ははっ、からかいがいがあるねぇ、お前さんは」

 

 楽しそうにカグラは笑い、ギレンはギリッ、と音が聞こえるほど強く歯軋りをする。

 

「ま、そんなこたーどうでもいいのよこれが。お前さんをからかうのも楽しいっちゃ楽しいんだけど、こっちも忙しいんでな。ちゃっちゃと片付けさせてもらおーか」

 

 言い終わると同時に、カグラの拳がギレンを打った。音を立て、その体が床に倒れ込む。ギレンは鋭い目でカグラを睨み据えた。

 

「テメェ……!」

「挨拶代わりだよ。吠えんな。……今回の事件な、流石に規模が大き過ぎるんだよ。だから八神はやてとファイム・ララウェイを地上本部は動かし、本局と協力して『奇跡の部隊』の復活を決めたんだが」

 

 パキパキと拳を鳴らしつつ、カグラは言う。

 

「その部隊にも弱点があってなぁ。……あいつら、綺麗過ぎんだよ」

 

 どこか自嘲するように、カグラは笑みを浮かべる。

 

「汚ぇことを知らん。まあ、ファイムは別だけどな。……綺麗でいられるなら、綺麗でいたほうがいいんだよ。ま、俺のエゴなんだけどな。つーわけで、俺がわざわざ尋問に来たわけだ」

「…………」

「事情説明は以上。質問は認めん。お気楽査察官がいりゃ一番早かったんだが、そうもいかん。……手荒になるが、覚悟しろよ」

 

 洗いざらい、吐いてもらうぜ――カグラは、そう言葉を紡いだ。

 ――非公式の尋問が、始まる。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 地上本部医務局。戦闘などで傷を負った魔導師がよく世話になる場所だ。本局にも負けず劣らずの機材があるこの場所は、全次元世界でも屈指の医療技術を誇っている。

 そんな医務局の入院棟、その一室に一人の青年がいた。

 

「…………体中が痛いなぁ」

《当然です》

 

 青年――ファイムの呟きにさらりと応じるのは、彼の愛機であるリンネクロウズだ。常の彼女とは違い少々冷たい口調の彼女は、更に言葉を続ける。

 

《運び込まれた時は、生死の狭間を彷徨うような状態だったのです。シャマル先生には感謝しなければなりません》

「うん。それは確かにそうだね」

 

 ヴォルケンリッターが一角、『湖の騎士』シャマル。あれだけの無茶をしたのにこうして生きていられるのは、彼女のおかげだ。

 ……まあ、説教は勘弁して欲しいところだが……。

 

「それで、リンネは大丈夫なの? AMFの影響とか出てない?」

《問題ありません。エレン・ローグ技士に確認していただいたところ、特に問題はないと。メンテナンスもしていただきました》

「そっか……良かった」

 

 ホッと一息を吐く。AMF……ファイムにとっての切り札であるそれは、あまりにもリスクが大きすぎる。対策があるとはいえ、魔導機械であるリンネのことはやはり心配だ。

 だが、問題ないというのなら良かった。エレンにも後で礼を言わねば。

 そして――

 

「わかっていたとはいえ……右腕が動かないなぁ」

 

 チラリと、自身の右腕を見る。右足も動かしにくいが、それよりも右腕だ。

 ストームブレイカーとAMFの影響で、全く動かない。

 

「マリーさんのとこに行かなきゃなぁ。……こんなんじゃ、また迷惑かけちゃうよ」

 

 苦笑するファイム。そのファイムに、リンネは言葉を紡いだ。

 

《マスター……もう、やめにしませんか?》

「えっ?」

《マスターの魔力量は決して多くありません。フルドライブ状態であってもです。……それでもSランクの砲撃が撃てるのは、魔力を右腕の中で乱反射させ、暴走に近い状態を人為的に引き起こしているからです》

「…………」

《機械の腕ならば、付け替えれば替えが効きます。しかし、マスター。それでもマスターへの負担は決して軽くはないんですよ? そもそも、マスターがあの威力の――》

「リンネ、そこまでだよ」

 

 続けようとした愛機の言葉を、ファイムは遮った。

 

「確かに、退くのも選択肢の一つだと思う。『奇跡の部隊』に、僕の居場所はないかもしれない」

 

 天才たちが集まるあの場所に。

 居場所など、あろうはずがない。

 わかっている。わかりすぎているほどに。

 そして、誰も決してそんなことは言わず、思いもしないことも理解している。

 ――だって、彼女たちは優しいから。

 あまりにも綺麗で、優し過ぎるから。

 

「でもね、リンネ。僕はそれができないんだ。立場や風評、そんなものじゃなくて……ファイム・ララウェイという一個人が、命を懸けて戦いたいんだ」

《マスター……》

「それにね、はやてさんを放っておけないよ」

 

 彼女にはいっぱい世話になったから、とファイムは言った。

 

「恩返しとか、できないかもしれないけど。それでも、少しでも力になりたい」

《……それは、恋慕の感情ですか?》

「僕なんかじゃ釣り合わないよ。だから、違うさ」

《……嘘吐き》

 

 リンネは、言った。

 

《マスターは、嘘吐きです》

 

 構わないよ、とファイムは言った。

 それが自分の生き方だからと。

 ――沈黙。

 それを打ち破ったのは、ノックの音だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「………………」

「………………」

 

 沈黙がとても重く、辛い。空気に重さがあれば、間違いなくファイムは潰されている。

 チラリと、ファイムは愛機を見た。しかしリンネはスリープモード。助けてはくれない。

 

「…………ファイムくん」

「…………はい」

「…………言いたいことは、わかってるやんな?」

「………………はい」

 

 ベッドの上で正座しながら、ファイムは応じる。目の前には、ご立腹のはやてがいた。

 

「……なんでなん?」

 

 そんな雰囲気の中、ポツリと呟くようにはやては言った。

 

「一歩間違ったら、ううん、そうでなくても、普通は死んでるんやで? どうして、そんなになるまで戦うん?」

「……必要、だったからです」

 

 それだけです、とファイムは言った。

 はやては、そっか、と呟く。

 

「なあ、ファイムくん。わたしはな、部隊長なんや。みんなを死なせるわけにはいかん。……頼むから、無茶はしんといて」

 

 ファイムが意識を取り戻すまでの時間――約三日。はやては、時間を見つけてはファイムのところへ来ていたという。

 ファイムは、はい、と頷いた。

 それが、守れない約束と知りながら。

 

「ん、ならええよ。ほな、ファイムくん行こか」

「えっ?」

「魔法の使用は一週間の間、厳禁。それ以外はシャマルの魔法で大方回復に向かってるさかい、退院や」

 

 言って、はやてはバッグを差し出す。そこに入っているのは、ファイムの衣服だった。

 

「わたしも今日はこれからはオフや。一緒にお出かけしよ?」

「えっ? えっ?」

 

 未だに状況が読めないファイム。そのファイムを置き去りに、はやては病室を出る。

 

「ほな、急いで着替えてな~?」

 

 カバンを手に、呆然とするファイムを残して。

 

 

《……デートと言わない辺り、八神部隊長も不器用ですね》

 

 ……全てを見守っていたリンネのそんな呟きは、誰にも届かなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 場所は変わり、次元空港。

 そこに、旅行トランクを引く青髪の銀制服の女性がいた。

 

「スバル!早かったわね!」

 

 その女性――スバル・ナカジマを呼ぶのは、オレンジ髪の執務官服を着た女性だ。

 

「ティア! 久し振り~!」

 

 スバルはその女性、ティアナ・ランスターを見つけると、嬉しそうに駆け寄る。その姿は、まるで主人を見つけた犬のようだ。

 スバル・ナカジマ防災士長。

 ティアナ・ランスター執務官。

 かつての『奇跡の部隊』に所属していたコンビであり、名実ともに『ストライカー』と呼ばれる二人だ。

 

「この後本局で色々申請しなきゃいけないから、もう少しかかるけどね」

「それはあたしもよ。引き継ぎとかが多くて……」

 

 ティアナは肩を竦める。執務官とは激務だ。ティアナもその例に漏れず、忙しい日々を送っている。

 二人は並んで歩きながら、自分たちが出向する部隊のことについて話し合う。そう――機動六課のことだ。

 

「また集まることになるなんて思わなかったね?」

「それが一番だしね。しかも今回は、なのはさんもいないし……」

「そうだね……」

 

 不屈の心を携えし、誰もが認める『エース・オブ・エース』高町なのは。

 彼女は今回、部隊に召集されていない。

 なのは抜きの部隊……そこに不安がないことはない。

 ――しかし、それでも。

 

「私たちがいる。なのはさんの不屈の心を受け継いだ私たちが」

「その通りよ。必ず、解決してみせる」

 

 決意を新たに、歩き出す二人。その途中で、スバルがティアナに問いかけた。

 

「そういえば、新しい人がくるんだよね?」

「ええ。というかいるんだけどね。ファイム・ララウェイ。『地上本部のエース』よ」

「へぇ……」

 

 スバルが感心したような声を漏らす。ティアナは、まあ、と口を開いた。

 

「実力は確かよ。信頼もできる。何気にあんたと同い年だしね」

「そうなの?」

「ええ。……まあ、そんな風には感じないんだけど」

 

 ティアナは、含みを持たせるように言う。

 カードは、揃いつつあった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……つまり、上からの指示があるまで待機してろということですか?」

「うん。そういうことやね」

 

 地上本部技術局へ向かいながら、二人は――というよりファイムがはやてから経緯を聞いていた。

 

「ギレン・リーを逮捕したやろ? 本来なら事情聴取は私たちがすべきなんやけど、今回は事件の規模が大き過ぎるからって、カグラさんがすることになったんよ。そのまま議会に持っていくためらしいわ」

「カグラさんですか……なるほど、大事になってきましたね」

「全くや」

 

 どこか疲れた様子で、はやては言う。部隊長である彼女は、そういったいわゆる『上とのやり取り』が多い。ファイムと比べても、格段にだ。

 だからファイムは、一言だけ口にした。

 

「お疲れ様です、部隊長」

「……また部隊長っていう」

「はやてさん」

「ん♪」

 

 コロコロと変わる表情。それが、どこか可愛い。

 はやての笑顔を見、知らず微笑を浮かべていたファイム。彼はその後、申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「すみません……付き合わせてしまって」

「へっ? いや、ううん。ええんよ? 気にしんといて」

「いえ、申し訳ありません」

 

 深々と頭を下げるファイム。はやては、仕方あらへんなぁ、と苦笑を浮かべた。

 

「なら、なんか買って? それでチャラや♪」

 

 悪戯っぽくはやては言う。しかし、彼女にしてみれば冗談だったのであろうそれを、ファイムは真面目に受け取った。

 

「わかりました。買わせて頂きます」

「へっ、ホンマに?」

「えっ、はい。本気ですが」

 

 詰め寄るようにしながら聞いてくるはやてに、ファイムは頷いて答える。はやては、やった、と笑顔を浮かべた。

 それからは常に笑顔を浮かべた状態のはやてが先を行き、ファイムもそれにつられて笑顔を浮かべ、歩いていくという光景が生まれた。微笑ましい光景だ。

 そして目的の場所に着いた時、はやては急に廊下に備え付けられたソファーに腰掛け始めた。

 

「わたしはここで待ってるさかい、マリーさんによろしく言うといてな?」

「はい。ありがとうございます」

 

 その礼は、気遣いに対するもの。

 やはり優しいな、と内心で思いつつ、ノックをして部屋に入った。

 

「失礼します。マリーさん」

「は~い。あら、ファイムくん。どうしたの?」

「突然すみません。実は、腕が故障しまして……」

 

 頬を掻きつつ、ファイムは苦笑する。

 マリーはそれを聞き、ファイムの右腕へと視線を移すと、ああ、と頷いた。

 

「聞いてるわ。危険度Sランクの犯罪者を捕まえたのよね?」

「いえ、捕まえたのは僕じゃありませんよ」

 

 ファイムは苦笑を浮かべ、首を左右に振る。

 

「むしろ、僕は、やられてしまいました」

「そうなの? 私が聞いたのとは違うわね」

 

 部屋の中を何かを探しながら、マリーは首を傾げる。

 

「フェイトちゃんから、『ファイムのおかげで逮捕できた』って聞いたんだけどな」

「……むしろ僕は、助けられた側です」

 

 少し自嘲を含んだ笑みを零す。

 そう、あの時、フェイトが来てくれなければ死んでいた。

 計算していたとはいえ、である。

 所詮……そんなものだ。

 

「そうなの……っと、あったわ、これね」

 

 言いつつ、マリーは少し大きめのケースを取り出し、机の上に置いた。そのままマリーがそれを開けると、現れたのは――武骨な色をした、機械の腕。

 ファイムは、それに見覚えがあった。

 

「その腕は……」

「そうよ。ファイムくんが昔付けていた腕。今の腕を直す間は、これで代用して頂戴」

「わかりました」

 

 ファイムは頷き、上半身の服を脱いでいく。そして現れた身体に、マリーは僅かに眉を顰めた。

 身体中に残る、大小様々な無数の疵痕。無事な部分を探す方が困難なぐらいの傷が、刻まれている。

 かつて、まだ幼かった『エース・オブ・エース』が墜ちた時、全身に傷を負うことになった。しかし、『ゆりかご戦役』でも更に傷を負った彼女の身体に、表面上、傷は見られない。

 つまり、それだけの技術が管理局にはあるということであり、同時に、それでも消せない程にファイムの傷は深いということである。

 痛む体を動かして神経を一度切断。腕を取り外すと、ファイムはもう一つの腕を取り付け、神経を繋ぐ。

 そうした後、調子を確かめるように腕を動かすファイムに、マリーは思わず言葉を紡いだ

 

「いつ見ても、痛々しいわね」

「返す言葉もないです」

 

 ファイムは苦笑。そして、あるものに気付く。

 

「ワイヤーは付いたままなんですね」

「当時のままだから、カートリッジシステムはないけどね」

「いえ、これはこれで使い方次第ですから」

 

 かつての事件で活躍した装置を確認しながら、ファイムは微笑を浮かべる。管理局法では限りなく黒に近いグレーだが、それぐらいしなければ勝てないのだから仕方ない。

 

「……マリーさん。ワイヤーの機能を本来の腕の方へ付けることはできませんか?」

「……難しいわ。それに、できたとしてもただでさえカートリッジシステムで強度が落ちてるのよ? 更に強度が落ちることになるから、正直……」

「できるんですね?」

「……不可能ではないわ」

「なら……お願いします」

 

 言って、ファイムは頭を下げる。更に。

 

「もう一つ、頼み事があるんです」

 

 必死さを滲ませた声で、ファイムはそう言った。

 

 ――バタン。

 

 ファイムが閉めた扉の音が、室内に響く。一人残されたマリーは、顔に手を当てながら呟いた。

 

「間違ってる……彼は、間違ってるのに……」

 

 彼の頼み事。それを否定した時の、彼の言葉。

 間違っている。彼は根本的に間違ってしまっている。

 ――なのに、否定できなかった。

 自分は、彼にそれを『決めさせた側』の人間だったから。

 

 マリーは、しばらくそうして俯いていた。

 そうすることしか……できなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「お待たせしました」

「ううん。ほな、行こっか?」

「はい」

 

 そうして、二人は歩き出す。最初に目指すのは、昼食の場所だ。

 

「それにしても……ファイムくん」

「なっ、なんですか?」

 

 ズイッ、と顔を寄せられ、ファイムは思わず顔をひきつらせる。

 はやては、その服や、と言葉を紡いだ。

 

「もしかしてファイムくん、私服持ってないん?」

 

 ファイムが着ているのは、スーツだ。ただし上着は着ていないし、ネクタイもしめていない。機械の右腕を隠すために右手には黒い手袋をしているが、それだけだ。オシャレのおの字もない。

 

「謝らなアカンのやけど、『ヴォルフラム』のファイムくんの部屋に入らせてもろたんや。せやけど……服もそれしかないし」

「一応、寮にはジャージとかがあるんですが……確かに、私服はあまり持ってないかもしれません」

 

 執務官であるファイムは本来なら、本局の寮に住むのが通例なのだが、ファイムは執務官としては珍しく、地上の仕事を受けることが多いので、ミッドチルダの地上本部の寮に住んでいる。

 まあ、それはさておき。

 そもそも、休みというもの自体が稀であるファイムは、私服を着て出掛けるという行為そのものが意識の中になかったりする。故にというべきか、私服らしい私服などほとんどない。

 だがはやては、それが許せないようで。

 

「そっか……ならせっかくやし、ファイムくんの服を買おか。お昼ご飯はそれからや」

「えっ、いいですよ。気を使ってもらわずとも……」

「えーからえーから」

 

 はやてはファイムの手を取ると、歩き出す。ファイムは手を握られたことに驚き、僅かに赤面。そのまま、連行される。

 

《……マスターは、尻に敷かれるタイプですね》

 

 今更のことを、誰にも聞こえないようにリンネは呟いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 尋問は、カグラにとって拍子抜けするくらいにあっさりと進んだ。

 知られたところで関係ない――そう言って、ギレンが驚くほどあっさりと話したからだ。

 もっとも、一発殴ったことは根に持っているらしく、度々こちらを挑発してくるが。

 

「……なるほど、お前さんを含めてメンバーは九人と。……少なくね?」

「俺が知るかよ。雇われに期待してんじゃねぇぞバカが」

「ぶっ潰すぞテメェ」

「やってみろよ。拘束してねぇと俺と向き合うことさえできねぇ臆病者のくせに吠えんな」

 

 剣呑な空気が流れる。二人ともが、言葉以上の殺意を放っていた。

 しかしそんな中でも、尋問は進んでいく。

 

「で、そいつらの名前は?」

「そいつは言えねぇ」

「ふざけんなよ?」

「ふざけちゃいねぇよ」

 

 くっくっ、とギレンは笑う。カグラはちっ、と舌打ちした。

 

「痛めつけりゃ吐くか?」

「そう思うなら、やればいいじゃねぇか」

 

 カグラの言葉に対し、ギレンは不遜な態度を崩さない。逸れに対し、カグラは今度は内心で舌打ちを零した。

 おそらく、ギレンは吐かない。

 そもそもの前提条件として、ギレンはそこらの犯罪者ではない。傭兵、それも凄腕とくれば、多少の拷問では吐くまい。

 それこそ指でも落とせば話は変わるかもしれないが、非公式とはいえそこまではできないのが実情だ。

 

(やりすぎると議会がうるさいからな……あー、面倒臭ぇ)

 

 自分から志願しておいてなんだが、投げてしまいたい――そんなことを思った時。

 

 ――ピピピッ!!

 

 カグラの胸ポケットから電子音が鳴り響いた。カグラは立ち上がると、ギレンを見据える。

 

「小休止だ。休んどきな」

「くくっ、いいのかよ?」

「喋る体力ぐらいは残しておいてもらわねーとな」

 

 言い捨てて廊下に出ると、カグラは通信機を取り出した。防音は完璧なので、聞かれることはまずない。

 空中に画面が現れ、一人の男が映し出される。黒髪の、バリアジャケットを纏った男だ。

 ――クロノ・ハラオウン。

 かつてのPS事件や闇の書事件に関わり、今は提督を務める管理局の人間なら十人中十人が『エリート』と評する人物だ。

 カグラはそれを確認すると、よっ、と軽く挨拶した。

 

「相変わらず仏頂面で可愛げないなぁ、クロノ」

『うるさい。余計なお世話だ』

 

 カグラの言葉に、目を閉じ、頭痛を堪えるように返すクロノ。カグラは、ははは、と笑った。

 

「ま、いいや。……尋問の様子を聞こうってんだろ? 大変だねぇ。『クラウディア』の点検中は、議会のパシリかよ」

『……パシリではない。いいから報告を』

「はいはい、っと。未来の理事様には逆らいませんよ」

 

 カグラは肩を竦める。その表情には、苦笑が張り付いていた。

 ハラオウン一派――PT事件に始まり、数多くの事件を解決した彼らは、管理局でも重要な立ち位置にいる。本人たちに自覚はあまりないだろうが、バックにいる統括官たちはそれを利用している部分があったりする。

 まあ、一派のほとんどが管理局のトップエースなのだ。力が集まるのは、むしろ当然である。

 カグラは、ふぅ、と息を吐くと、クロノに報告を始めた。

 

「とりあえず人数は吐いた。あっさりしてっから、信用できるかどうかってのはビミョーだけどな」

『そうか……構成員の名前は?』

「尋問中~。吐くとは思えんけどなぁ。あーやだやだ。面倒臭いなぁ」

『……そうなると、わかっているのは三人か』

「その三人が既に鬱だけどな」

 

 カグラは肩を竦める。六課の報告、特にファイムのデバイスである『リンネクロウズ』のデータによると、わかっているのは三人。

 グリス・エラカラン。

 ギレン・リー。

 そして……テンリュウ・シンドウ。

 三人が三人共、危険な存在だ。

 

「つーか、グリス・エラカランとギレン・リーはともかく……テンリュウ・シンドウはどうしてだろうな?」

『……それについては、議会でも結論が出ていない。彼女と『剣聖』は管理局に積極的な協力こそしてこなかったが、敵対することもなかったからな』

「厄介だよなぁ……」

 

 カグラはボヤく。それほどまでに、テンリュウ・シンドウという名は重い。

 真正古代ベルカとはまた別系統の流れを継承する、いわゆる『裏』の存在だ。少人数で脈々と受け継がれ、鍛え上げられたその実力は、管理局の『エース・オブ・エース』に匹敵、あるいは上回るとさえいわれる。

 なにせ、今は故人となってしまった『剣聖』と呼ばれる人物は、先代の『エース・オブ・エース』を打ち破った程なのだから。

 しかも彼女たちは裏の存在であるが、『噂』として知名度が高い。

 そんなものが相手となると、流石に厄介だ。

 

「風評にも影響でるしなぁ。あー、やだやだ」

『だが、捨て置けない』

「わーってるっての」

 

 いちいち言うんじゃねぇ、とカグラは肩を竦めた。

 

「確か……『エース・オブ・エース』の嬢ちゃんはいないんだよな?」

『議会は召集しようとしたが……今は、はやてが呼ばないと決めた』

「なーるほど。まあ、今は無茶だろ。もう少しぐらいは休ませないとな」

『同感だ。……だが、このままでは』

「呼ぶことになる、と。世知辛いねぇ。傷ついた兵士一人休ませてやれないか」

 

 クロノは、何も言わない。

 傷ついていても、高町なのはという人物は、間違いなく『エース・オブ・エース』と呼ぶに相応しい力を有している。

 しかし、それでも彼女は休ませるべきだ。

 娘も、いるのだから。

 

『キミが……』

「おん?」

『キミならば、あるいは――』

「無理に決まってんだろ」

 

 クロノの台詞を、カグラは一蹴する。

 

「全盛期ならともかく、今の俺じゃどうにもならんよ。俺の翼は、あの時にもぎ取られた」

『そうか……。わかった。引き続き尋問を頼む』

「あいよ~」

 

 ひらひらと手を振り、カグラは通信を切る。

 一人残された彼は、ふぅ、と息を吐いた。

 

「歯痒いねぇ……思うように戦えないってのは」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「うんうん、格好ええよ。ファイムくん♪」

「あ、ありがとうございます」

 

 上機嫌なはやてに言われ、ファイムは若干照れながら応じる。

 慣れないオシャレというものに戸惑っているが、はやてが選んだ服装は確かに似合っていた。

 

「ファイムくん、髪の毛が黒いし背も高いから、少し明るいくらいのほうが似合うね」

「あはは……」

 

 普段こういったことを言われる機会がないので、ファイムは照れ笑いを浮かべる。

 はやても、笑顔を浮かべていた。

 そんな二人は今、昼食を終え、約束であるはやてへの贈り物を探している。

 

「どんなものがいいですか?」

「せやなぁ……アクセサリーとかあんまり持ってないから、欲しいかもしれへん」

「なるほど」

 

 はやての言葉にファイムは頷き、周囲を見回す。そして、その店を見つけた。

 

「では、あのお店に入りましょう」

「ん、了解や」

 

 見つけたのは、小さな宝石店。二人は、店内へと足を踏み入れる。

 

「どんなのがいいですかね?」

「ファイムくんが選んで?」

「……責任重大ですね」

 

 はやての言葉に、ファイムは苦笑しつつ、はやてに似合いそうなものは……と店内を見回す。

 そして、それを見守るはやて。

 

 ――その姿は、恋人同士に見えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 首都クラナガン次元空港。そこに、二つの人影があった。

 テンリュウ・シンドウ。

 ウィル・ガーデンズ。

 片方は、艶のある黒髪をポニーテールにした美女であり、もう片方は、年の頃14、5くらいの薄い青髪の少年である。

 

「あー、もう。面倒臭ぇ。パッと転移でもすりゃ早ぇのによ」

「仕方ありません。転移魔法を使えば、間違いなく気付かれますから。……警備部隊に囲まれてもよいというなら話は別ですが」

「うっ……すみません」

「謝られることではありませんよ」

 

 ウィルの言葉に僅かに微笑してそう応えると、テンリュウは歩き出した。それに続き、ウィルもついていく。

 組織において、ウィルはとある例外を除いて最年少である。それもあって反抗的な態度をとることが多いのだが、先日の一件から、テンリュウに対しては従順になっている。

 そうして歩きながら、二人は言葉を交わし合う。今後のための――そう、目的のための会話だ。

 

「バレないんだな。こんなに堂々としてんのに」

「むしろ、堂々としているからですよ」

 

 テンリュウは偽装のための旅行トランクを引きながら、そう答える。

 

「あなたの名と顔は割れていませんし、私も名前を偽っていますから。気付きませんよ。そうですね……指名手配の写真と同じです」

「指名手配?」

「はい。人の記憶というのは、不完全なものでしてね。写真程度なら、気付かないのです。何年も前のものがずっと残っているのはそれが理由です。しかも、今回はこれだけ堂々としています。木を隠すなら森の中、ですよ」

「はぁ……凄ぇな」

「特に技術がいることではありません。人の記憶の欠陥を突いただけですよ」

 

 その言葉を紡いだ瞬間、テンリュウの表情が僅かに、本当に僅かに曇った。

 

「……大切なことさえ、思い出せなくなる程に」

 

 その呟きには、あまりにも深い哀しみが込められていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……寝てしまいましたか……」

 

 日は昇りきり、むしろ落ち始める時間。

 地上本部のすぐ側にある公園のベンチで、ファイムは呟いた。

 彼の膝の上には、はやての頭がある。いわゆる、膝枕というやつだ。

 ここで一休みしようと座ってから少しして、はやては眠ってしまった。

 部隊長として激務に追われる彼女は、きっとまともに休んでいない。

 だから、と、ファイムは膝を貸すことにした。

 ……最後のは、言い訳だけれど。

 

「…………」

 

 規則正しい寝息を立てるはやての寝顔を見て、ファイムは微笑を浮かべる。

 可愛いな、とファイムは思った。

 寝顔は天使という。正に、その通りだ。

 狸と一部で呼ばれる彼女は、しかし、こうして見ると幼い少女のようにも見えた。

 そして、その胸元には十字架のネックレスが下げられている。

 ファイムからの……贈り物だ。

 

「女々しいんですが、ね……」

 

 ――ファイム・ララウェイは、神を信じない。

 もしそんなものがいるならば、不幸などという言葉が存在するはずがない。

 こんなにも世界が理不尽なわけがない。

 こんなにも、『こんなはずじゃなかった』ことばかりのはずがないから。

 でも、それでも。

 信じていない神様を頼ってでも、気休めでも、贈りたかったのだ。

 

「…………」

 

 ファイムは、無意識に手を伸ばし……はやてに触れる前に、手を止めた。

 そして、自身の右手を見つめる。

 あまりにも見えない血に汚れた、手を。

 

《触れないのですか?》

「……リンネ。スリープモードじゃなかったの?」

《メンテナンスは終わっていますので。……マスター、八神部隊長に触れないので?》

「……触れられないよ」

 

 ファイムは、自嘲の笑みと共に首を左右に振った。

 

「僕の手は、どうしようもないほどに汚れてるから。触れたら、汚してしまう」

《マスター。マスターは汚れてなどいませんよ》

「ありがとう。でもね、僕は人を殺してる。理由はどうあれ、ね」

《しかしマスター。マスターは罪人ではありません》

「裁かれなければ、罪じゃないの? 違うよ。罪は自分自身が背負うものだ」

 

 ファイムは、きっぱりと言い切った。

 リンネは、沈んだ声音でマスター、とファイムを呼ぶ。

 ファイムは、首を横に振った。

 

「それにね、リンネ……最初の一人は、明確な殺意をもって殺したんだよ?」

《マスター、それは……》

「知らなかったから? それが当然である世界だったから? 理由にならないよ、そんなこと。人を殺した事実は変わらない。それに……」

 

 ギュッ、とファイムは拳を握り締めた。

 

「グリス・エリカランも……僕は、殺意をもって殺した。そしてあの時、当たり前のように思ったんだ」

 

 ――もう一度、殺せばいい。

 そう、思ってしまった。

 当然のように。

 当たり前のように。

 捕らえるでなく、殺す、と。

 あまりにも許せない、存在だったから。

 ファイムは、はやてを見つめる。

 泣きそうな――表情だった。

 

「触れられや、しないよ」

《マスター……》

「こんな手で、触れられやしない。守ることさえできないんだよ? 命を懸けても、自分自身を守ることさえできないんだよ?」

 

 その言葉は、声は、あまりにも涙に濡れていた。

 泣いていないのに、泣いていた。

 

「救えた命より、救えなかった命のほうが多いんだよ? そんな僕が、言えるわけがないじゃないか。そんな資格が、あるはずないじゃないか」

 

 信じてもいない神様を頼るしかない身で。

 何を望めるというのか。

 

《だから》

 

 リンネが、言葉を紡ぐ。

 

《だからマスターは、自らの命を――》

「それしかないから。そうするしかないから。だから、やるんだ」

 

 自己満足でいい。

 何と言われようと構わない。

 だって、そうしなければ。

 そうしなければ、償いにならない。

 死など、恐れていられない。

 

「やるよ。僕は。はやてさんとの約束を破ることになっても、戦う。たとえ、その先に。みんなの笑顔の中に、僕がいなくても」

 

 ファイムは、あまりにも悲しい決意を、口にする。

 

「僕の、未来がなくても」

 

 リンネは、何も言わない。いや、言えなかった。

 間違っている主に、何も言えなかった。

 ギュッ、とはやてが拳を握り締めたのに、ファイムは気付かなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 管理局地上本部上空。そこに、テンリュウとウィルの二人は浮かんでいた。簡易結界で魔力反応を消している二人は、ギレンが捕らえられているはずの場所を見つめている。

 

「確か、あそこだよな?」

「はい。グリス殿によれば。……頭目も、準備は終わった頃ですね」

「じゃ、始めるか」

「はい」

 

 頷き、テンリュウは手を前に出す。

 すると、ミッド式とは微妙に細部が違う小さな魔法陣が手の前に展開され、更に二人の前方に直径10メートル程の魔法陣が現れる。

 

「我が呼びかけに応えよ。……来たれ、サリヴァルム」

 

 ゴウッ、という音が響き渡り、魔法陣より一体の黒い飛竜が現れる。

 全長はかの『龍騎士』が駆るアルザスの飛竜『フリードリヒ』と同じくらいの大きさを持つ黒き竜が、吼える。

 サリヴァルム――テンリュウが従える黒竜で、その火力は竜という名に恥じない力を有している。

 

「サリヴァ。ウィル殿を背に乗せ、戦ってください。指示は出しますが、基本的には思うように戦ってください」

「ギャウ」

 

 体を撫でられながらの指示に、サリヴァは応じる。そして、テンリュウはウィルを見た。

 

「ウィル殿。今ので管理局も気付いたはず。これより行動を開始しますが、構いませんね?」

「おう」

 

 ウィルは頷くと、サリヴァに飛び乗り、更にバリアジャケットを起動した。

 藍色のパンツに、藍色のアンダーシャツ。肩から先の袖はなく、非常に簡素な造りだ。そして手に持っている槍も、特に装飾のない簡素なものである。

 

「やっぱり、簡易デバイスだと違和感あるな……」

「贅沢は言えませんよ。……ご安心を。いざとなれば、私がカバーします」

 

 テンリュウの背後に魔法陣が現れ、そこから刀の柄が出現する。テンリュウはそれを二本、それぞれの手で引き抜くと、目的の場所を見据えた。

 

「一応、非殺傷設定で参りますが……運が悪ければ、死ぬでしょうね」

 

 平坦な声音で言い、テンリュウは刀を振るう。

 テンリュウの周囲に、20もの魔力スフィアが展開される。それらは徐々に肥大していき、やがて、臨界点を迎える。

 

「夢想演舞」

 

 推定、SSランクもの威力を誇る砲撃が、放たれた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 あまりにも凄まじい轟音と衝撃に、公園にいたファイムとはやての二人は飛び起きた。

 その視線の先にあるのは、煙を吹き上げる地上本部の一角。

 

「事故!? リンネ!! 状況は!?」

《情報が混乱していて正確なことは不明です!! しかし上空に推定オーバーS及びAAランク相当の魔力反応を確認!! おそらく襲撃です!!》

「緊急事態や!! わたしはすぐに出る!! ファイムくんは、安全なとこに――」

「僕も出ます!!」

 

 ファイムの身を気遣い、待機命令を出そうとしたはやてに、リンネはそう言葉を紡いだ。

 はやては、なっ、と表情を変える。

 

「何を言うとるんや!! ファイムくんはドクターストップがかかってるんやで!? 出させられるわけがあらへんやろ!?」

「では傷が癒えるまで相手は待ってくれるんですか!?」

 

 ファイムは声を張り上げた。そうだ。傷如きで、待機などできない。

 だって、決めたから。

 自分の在り方を、決めているから。

 

「はやてさんの言う通り緊急事態です!! 推定でオーバーSランクなんて今本部でまともに相手ができる人などいません!! 少しでも手がいるんです!!」

 

 そもそもAAAランク以上の魔導師など管理局には全体の5%程しかいない。そしてそのほとんどは常に散っている。

 元々地上本部は本局に比べて高ランクの魔導師が少ないこともあり、このような本来想定されていない状況に対応できる者などいないのだ。

 だが、今なら。

 今なら、自分がいる。フルドライブを起動すれば、時間ぐらいは稼げる自分が。

 だがはやては、首を振る。

 

「アカン!! フェイトちゃんたちもいるんや!! ファイムくんが無理する必要はあらへん!!」

「到着までの間、被害が出ない保証なんてない!! 僕の命より一般市民の命の方が重いんだ!!」

「――――ッ!!」

 

 乾いた音が響いた。はやては目に涙をいっぱいに溜めながら、ファイムを睨む。振り抜かれた手が、震えていた。

 叩かれたファイムは、すみません、と呟く。

 

「はやてさんが、僕を心配してくれているのはわかります。でも、僕は。『ファイム・ララウェイ』という一個人である前に、『管理局本局執務官ファイム・ララウェイ』なんです。動かなければ、ならないんです」

「…………ッ、なんで、なんでそんなこと言うん?」

 

 はやては、涙を零しながら、ファイムの胸を叩いた。

 大した力ではないのに、酷く、痛かった。

 

「自分の身を、大切にせんで……なんで、なんでそんな風になってまで戦うん?」

「…………怖いと、思ったことがないんです」

 

 ファイムは、呟くように言った。

 

「物心ついた時から戦場にいて、死ぬかもしれないと思ったことはあっても、死を怖れたことはないんです」

 

 ずっと、思っていた。

 いつか自分は、ボロボロになって死ぬのだろうと。

 歳をとった自分というものが、想像できなかったから。

 

「いつか、ボロ雑巾のようになって死ぬのだろうと、そう思っていました。いえ……そうなるんでしょうね」

 

 それが、命を削って戦う代償。

 覚悟は、できている。

 

「でも、そんな人生も、悪くはありません。そう思えるようになりました」

「なにが……なにが人生や!! そんなん、悲しいだけやんか!!」

「罪人に望める人生なんて、ありませんよ。むしろ、こんな身でも何かができるなら、上等な人生です」

 

 だから、とファイムは言った。

 だからこそ――

 

「僕は、両手では数え切れない数の人を殺しています。血に汚れた手と、冷たい手足。だからこそ、みんなが喜んでくれるんです」

 

 命を捨てる戦いを、とファイムは言った。

 罪人だから、だからみんな、死に向かって走っていく自分を喜んでくれる。

 そういう、ものなのだ。

 だがはやては、それを否定する。

 

「間違ってる!! そんなんおかしいわ!! ファイムくんの命はそんなに軽いものやない!! みんなと変わらへん価値がある!!」

「『命の価値』……その言葉も、最近ようやく理解できました。価値があるということは、つまり、『使い方』があるんです」

 

 はやてに背を向け、ファイムはリンネを起動。バリアジャケットを纏った。

 

「管理局は正義でなくてはならない。そうでなければ、ならないから。だから、僕は命をそのために使うんです」

「……そんなん、間違ってる……」

 

 弱々しく、はやては言った。

 知っています、とファイムは応じた。

 

 ――そして。

 傷ついたボロボロの騎士は、それでもなお、空を飛ぶ。

 顔も知らぬ『誰か』を守ると言って。

 償いを、するために。

 

「お願いします。行かせてください。はやてさん……いえ」

 

 その言葉は、あまりにも、悲しい色を帯びていた。

 

「……八神部隊長」

 

 はやての手の力が、僅かに弱くなり。

 ――その瞬間、風を纏った手負いの騎士が、戦場へと飛び立った。

 まるで、そこが居場所とでもいうかのように。

 はやては、その場に崩れ落ちる。

 

「――――――ッ!!」

 

 あまりにも悲痛な叫びが響き、悲しみの雫が、地面を濡らしていた。

 どうして、どうして……。

 その言葉が止まらない。

 

 自分の将来を、未来を……結末を決めた一人の青年。

 間違っていても、彼は進む。

 それが、彼自身が決めた道ではなくとも。

 

 ――それは、彼が『選んだ』道だから。

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