魔法少女リリカルなのは~優しい嘘~   作:アマネ・リィラ

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第六章〝避け得ぬ、未来〟

 

 

『管理局はお前を裁かない。理由がわかるか?』

『…………』

『だんまりか。ま、気持ちはわかるけどな。理由は単純だ。利用できるからだよ』

『利用、ですか?』

『そーだ。お前は管理局においては限りなく黒に近いグレーだ。存在的にな。だが、ゲイズのシジイは利用できると踏んだ。だから、選ばせてやるよ』

『…………』

『そう身構えんな。単純な二択だ。……ここで俺に殺されるか、生きて管理局のために死ぬか、選べ』

『……どういう、意味ですか?』

『管理局ってのは、正義じゃなくちゃいけねぇんだよこれが。でも、いつもそう上手く事が運ぶわけじゃねぇ。局員もまあ、命だしな。だから、お前さんには命を懸けてもらう。そのための術式は教えてやるよ』

『……何故、僕を?』

『汚ぇからだよ。血塗れで、薄汚れて、地獄を見てきたからだ。太陽が輝くにはな、対比物がいるんだよ。お前にはそのための礎になってもらう。なに、別に薄汚い仕事しろってわけじゃねぇ。お前はお前の思うようにやりゃあいい』

『それで、いいんですか?』

『いいさ。どうせ命を懸けることになる。つーかな、難しく考える必要はねーんだよ。こんなこと言わなくても、どうせ命懸けてただろうしな、お前はよ』

『どういう……?』

『単純明快だ。……償いをする気は、あるかい?』

 

 

 ふと、始まりの日を思い出した。

 スカリエッティから逃げ出した後、管理局に拾われた直後のことを。

 殺さねば生きられなかった日々の終わりの時を。

 あれが、始まり。

 そして、ここまできた。

 償うために、戦ってきた。救うために、全てを捧げてきた。

 

 いつしか、それが理由になっていた。

 

 執務官を目指したのも。

 ランクを上げようとしたのも。

 

 全て、償いのため。

 自己満足のため。

 

「なんというか……寂しいな。僕の人生は……」

《マスター?》

「なんでもないよ。行こう、リンネ」

 

 もう戻らない。

 戻れやしない。

 

 始まりから、間違っていたのだから。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「つあ~……効いたぜ」

 

 頭を押さえつつ、のしかかってきた瓦礫をどけながら、カグラは言った。

 その視線の先には、飛竜とそれに乗る少年、そして一人の美女がおり、その傍らには傷つきながらもデバイスを構えているギレンの姿もある。

 一言で言うなら、失態だ。

 重要参考人を、奪われた。

 

「ナメた真似しやがって……そんなに死にてぇのかよ?」

 

 言いつつ、カグラはデバイスを構える。今の彼は、バリアジャケットを纏っていた。

 腰にあるのは、漆黒の甲冑。上半身には同じく漆黒のジャケットを羽織ったその姿は、黒い騎士。

 だが、漆黒の騎士が持つのは剣ではなく、銃だ。

 マシンガン型のアームドデバイス『ヘルダスト』。会話はできず、簡単な応対機能しか持たない、カグラの愛機である。

 

「結界を張らせてもらった。逃げたきゃ俺を殺しな。解析は無駄だ。できるわきゃねぇ」

「はっ、この状況じゃ負け惜しみだぜ?」

「あぁ? 何を言ってやがる。……逮捕すべき対象が、わざわざ飛び込んできてくれたんだ。むしろチャンスだよ」

 

 カグラの銃が火を噴き、無数の弾丸がばら撒かれる。テンリュウたちはそれをそれぞれの障壁で防ぐと、カグラに向かって攻撃を仕掛けた。

 最初にギレンのライフルが火を噴き、砲撃がカグラに迫る。カグラはそれを避けるが、避けた先に飛竜『サリヴァ』の砲撃が向かってきていた。

 

「ちっ!!」

 

 カグラが呟くと同時に、20もの魔法弾が敵に向かって放たれた。

 その光景を見て、カグラはヒュウ、と口笛を吹く。

 

「お早いお着きだな。そんな体でよくやるよ。……けどま、そうだよな。ここで来なければ、お前さんじゃないわな」

「……ご無事ですか?」

「なんとかなー。いや、キツいわやっぱり。あれだな。バケモンの相手はしんどいよ」

「加勢に入ります。他の方々は?」

「下がらせたよ」

 

 立ち上がりつつ、カグラは言った。

 

「相手はオーバーSランクが二人に、AAランクが一人。更に飛竜だぞ? 地上の魔導師連中じゃ次々落とされんのがオチだ。地上の魔導師たちには避難誘導をしてもらってる。俺たちの仕事はその間の時間稼ぎだ……来るぞ!!」

 

 ファイムの魔法弾によって発生した煙を突き破り、一筋の砲撃が二人を狙い撃った。

 二人はそれを避け、砲撃の主を見る。そこにいたのは、先程までとは装いが変わったテンリュウだった。

 

「ファイム・ララウェイ殿に、カグラ・ランバード殿。強者を相手に、手を抜くなど無礼の極み」

 

 とある管理外世界の島国で、『袴』と呼ばれる装いの上に、紅蓮の胸当てを付け、頭部には額当てを装備。括られていた髪はバラけ、風に舞っている。

 そして何より目を引くのは、桜の紋様が刃に刻まれた、巨大な薙刀。

 

「故に、我がデバイス『桜花』にて相手をしましょう」

 

 凛とした声と、佇まい。そして、吹き荒れるような魔力。

向き合っただけで、理解させられる。

 相手が――悪すぎる。

 

「……最悪だ」

 

 テンリュウを見て、カグラは苛立たしげに呟いた。

 テンリュウ・シンドウ。

『最強の侍』と呼ばれる、古代から脈々と受け継がれるとある術式の正統継承者にして、最後の継承者。

 その力は、文字通り鬼神の如き。

 そして何より、カグラはその力を身を以て知っている。

 

「……ファイム?」

 

 ふと、カグラはファイムを見た。

 魔力量がいつものフルドライブ時に比べて低い。おそらく、ギアを落としているのだろう。

 だが、そこではない。

 気になったのは、そんなところではない。

 

(恐れて、いない?)

 

 テンリュウの実力は、向かい合っただけで感じたはずだ。

 ――なのに。

 だというのに、この青年は。

 何の躊躇もなく、踏み出そうとしている。

 

「行くよ、リンネ」

 

 静かで、落ち着いた声だった。

 その背を見つめながら聞いたこちらの背筋が、僅かに凍る程に。

 

《……yes,my master》

 

 対し、デバイスの声には迷いがある。

 

 どちらが、人間なのか。

 思わず、迷ってしまうような会話を終えて。

 

 ――手負いの騎士は、己が適わぬと理解する敵へと、向かっていった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「今動ける子は急いで準備や!! わたしも出る!!」

 

 悲壮な表情ではやては叫ぶ。今彼女がいるのは『ヴォルフラム』の中だ。

 この緊急事態に対し、はやてたちも出動を命じられた。

 だが、元々待機命令という名の休暇を与えられていた彼女たちは間の悪いことにそのほとんどが現場から遠い場所にいた。

 また、はやてのユニゾンデバイスであるリィンフォースもメンテナンス中であり、すぐに出撃できる状態ではない。

 

「ハラオウン執務官の飛行魔法使用許可承認!! 現場到着まで約25分!!」

「シグナム一等空尉及びヴィータ二等空尉の飛行魔法使用許可承認!! 現場到着まで約30分!!」

「ルシエ陸曹の技能封印解放許可得ました!! フリードリヒ召喚可能です!! 現場到着まで、約40分!!」

 

 次々と紡がれる情報。それを聞き、はやてはギリッ、と音が出るほど強く歯軋りをした。

 

(――遅過ぎる!!)

 

 ファイムが向かってからすぐに指示を出すために転移してきたが、ここまでもってくるのに一時間もかかってしまっている。

 このままでは、ファイムが危ない。

 すぐに飛んでいきたい。だが、自分は部隊長だ。指示を出さなければならない。彼のために、他の隊員を無視できない。

 はやてはデバイスルームへと通信を繋ぎ、言葉を紡ぐ。

 

「シャーリー!! エレン!! 調整はあとどれくらいかかる!?」

『あと一時間ぐらいは……いえ!!』

『30分で終わらせます!!』

 

 二人は叫ぶように言った。30分。あまりにも、長い。

 はやての中に、焦りだけが積もっていく。

 

 ズドン、という爆発音が響き渡った。

 画面の中で本部が砲撃を浴び、火を噴いていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……っとと。危ないなぁ。意外とムチャクチャするんやな、テンリュウも」

 

 管理局地上本部技術局。

 職員たちが避難しているその建物の中を、一人の男が悠然と歩いていた。

 茶髪のその男は、右手にトランクを携えていた。そこには、封印と書かれた紙が張られている。

 

「目的は果たしたし、楽勝やね~♪」

 

 チャリン、という音が響いた。男が手にしている鍵の束の音だ。

 だがその鍵は、通常のものとは少し変わった形状をしていた。一言で言うと、大きいのだ。

 そして、次元航行艦に乗る者なら気付いただろう。それが、魔導砲『アルカンシェル』の起動キーに似ていることに。

 

「こうも上手くいくと、拍子抜けやな。さっさと帰ってまうか。それとも――」

 

 ――宣戦布告を、していくか。

 獰猛な笑みと共に、男は呟く。

 と、その時。

 

「おいそこのあんた!! なにやってんだ!?」

 

 一人の青年が、こちらへ駆け寄ってきた。男は、うん? と首を傾げる。

 

「どないしたんや? そんな大声張り上げて」

「頭沸いてんのか!? 今ここは襲撃受けてんだよ!! Aランク以上の魔導師は結界の外で待機!! それ以外は市民の誘導と避難!! 知ってんだろ!?」

「ああ、そういうことかいな」

 

 ポンッ、と手を叩き、納得する男。青年は綺麗な金髪を掻きあげながら、面倒臭そうに言った。

 

「おっさん、ボケてんのか?」

「む。わしはまだ20代やで? おっさん違う」

「あっそ。俺は18だよ。……俺が護衛すっから、さっさと出るぞ」

「年上と知った上でタメ口かい。まあええけど。自分、地上本部の魔導師かいな?」

「じゃなきゃここにいねぇだろ。陸士108部隊所属、リューイ・エンドブロム三等陸尉だ」

「ほう、その歳で大したもんやないか」

 

 急ぎ足で歩きながら、二人はあまり緊張感のない会話をする。

 そうしてしばらく歩くと、前方から声が聞こえてきた。

 

「マスター!! ご無事ですか!?」

「ミリアム。お前な、まだ中に残ってる奴がいたぞ」

 

 ミリアム、と呼ばれた緑髪の女の子はえっ、と声を漏らすと、男を見た。男は苦笑を漏らす。

 

「なはは、どーも」

「ったく、下手すりゃ大惨事だぞ?」

「そんなはずは……」

「まま、えーやんか」

 

 男は笑ってフォローする。リューイは、そんな男の手を見て、ん? と首を傾げた。

 

「なあ、それなんだ?」

「ああ、これかいな? これはあれや。……『ジュエルシード』。封印指定のロストロギアやな」

「なっ!?」

「えっ!?」

 

 二人が身構える。男はケラケラと笑った。

 

「えー反応や。そうでないとアカン」

「おいおっさん。テメェ、何者だ?」

 

 リューイが声を低くして言う。男は、ふむ、と頷いた。

 

「人に名乗らすときは先に名乗るのが礼儀――ってあれやな。すでに名乗ってくれとったな」

「…………」

 

 ミリアムも、目つきを鋭くする。

 

「わしの名は、ホムラ。ホムラ・イルハート。元時空管理局第二教導隊副隊長及び、先代『エース・オブ・エース』や」

 

 瞬間、ゴウッ、という音と共に風が吹いた。

 魔力の余波。それだけで風が起こる程の魔力。

 

「『緑風事件』の主犯とその融合騎やな? 相手したるわ。かかってきぃ」

 

 男は――ホムラは、笑う。

 リューイは、無言でデバイスを起動した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……ディバインバスター」

「…………ッ!!」

「うおっ!!」

 

 放たれた紅蓮の砲撃を、ファイムとカグラはなんとか避ける。

 かの『エース・オブ・エース』の十八番、純魔力砲撃『ディバインバスター』。単純であるが故に使い手の技量が現れる魔法。

 テンリュウが放つその砲撃は、『エース・オブ・エース』と比べても差がない。それはつまり、最強の砲撃魔導師と同格ということだ。

 

「おっそろしい威力だなオイ!! ファイム!! 受け流せねぇのか!?」

「無理です!! 単純な威力が違いすぎます!! 腕が吹き飛びますよ!?」

「くっそ……!」

 

 カグラは舌打ちする。彼の視線の先には、ギレンと飛竜、そして少年の姿。

 そして少年は、今は何やら装置を取り出し、ギレンに触れている。

 

「マズいな……AMFを解除されるぞ」

「わかっています。しかし……」

 

 ファイムは自身の斜め上を見上げる。そこには、傷一つない体で宙に佇む『最強』の姿。

 この立場。見上げる側と、見下される側。それが、実力差そのものだった。

 だが、しかし。

 そんなことは、理解していたこと。

 ファイムは、鈍色に輝く右腕を振る。

 

「……ステージ構築は終わりました。カグラさん、チャンスは一度です。ご協力、お願いします」

「はっ、言うようになったじゃねぇか。いいぜ、手ェ貸してやんよ」

「……何をする気かは存じませんが」

 

 テンリュウの言葉。そして、ブン、という音と共に、薙刀が振るわれる。

 紡がれるのは、二つの魔力スフィア。

 

「構いません。我が一撃にて沈めます」

 

 二つの魔力スフィアが、臨界点を迎える。

 

「ディバインバスター・ツインシフト」

 

 紅蓮の砲撃が、二つ同時に放たれる。

 受ければ、落ちるのは必定。しかし、二人は動かない。

 

「…………!?」

 

 テンリュウの表情が、僅かに変わる。

 二つの砲撃が――逸れた。

 ディバインバスターは直射砲である。故に、曲がるということはありえない。

 しかし、曲がった。

 最初は徐々に、そして、最後には大きく。

 そうして逸れた一撃は、当然、二人には当たらない。

 そして、それを見逃す二人ではない。

 

「ブラスター1!! いくよリンネっ!!」

《Yes,my master》

 

 ファイムの魔力が跳ね上がる。カートリッジなしでのブラスターシステム起動は、あまりにも無茶な行為だ。

 だがファイムは、それをする。

 命を使う、行為と知りつつ。

 

 

「――ふっ!!」

 

 魔法陣の足場を蹴り上げ、ファイムは宙に飛ぶ。そして。

 

「カグラさん!!」

「任せな。――いくぜ、ヘルダスト」

《OK,Boss》

 

 ヘルダストが応じ、形状を変える。両手のマシンガンが消え、腕を覆う手甲が現れる。

 

《Soldier mode》

「歯ぁ食い縛りな!!」

 

 ファイムの背後から届く、その言葉。そのままカグラは、足を引く。

 ――そして。

 

《K&F,combination. humans cannon bullet〝F&R〟》

 

 ファイムを、蹴り飛ばした。

 文字通り弾丸となって飛ぶファイム。人間砲弾――文字通りのそれが、テンリュウを狙い撃つ。

 そして、テンリュウの正面に辿り着いた瞬間。

 

「……見事です」

「ストーム……!!」

《storm breaker》

 

 テンリュウは微笑。その笑みを前にファイムは、拳を放つ。

 

「ブレイカアァァァッ!!」

 

 翡翠の砲撃が、空を覆った。

 ――そして。

 

 

「………………そんな」

 

 

 呆然とした声が、漏れた。

 それはあまりにも、残酷な現実。

 

「人間砲弾……その覚悟、確かに受けました」

 

 そこにいるのは、未だ健在なテンリュウの姿。

 

「…………ッ!!」

「遅い!!」

 

 裂帛の気合いと共に、薙刀が振るわれ、ファイムを叩く。

 ――鈍い音。

 戦闘不能は免れない一撃を受け、ファイムはビルに着弾した。

 

「ファイム!!」

「貴方もですよ。――夢想演舞」

 

 一瞬でカグラの眼前に到達したテンリュウは、多口砲撃――一撃の威力では『ディバインバスター』に匹敵、あるいは凌駕する一撃で、カグラを撃つ。

 地面に巨大なクレーターを作り、カグラは落ちる。一目でノックアウトと判断できる状態だった。

 テンリュウは一度薙刀を振るうと、周囲に視線を走らせた。

 

「……なるほど、ワイヤーですか。それも、魔力を含んだ」

 

 空中で僅かに光ったそれ――テンリュウが切り落としたワイヤー――を手に取り、テンリュウは呟いた。

 ファイムとカグラを襲ったディバインバスターが逸れたカラクリは、これである。

 魔力同士は干渉し合う。そこを利用した、ワイヤーによる三次元的な魔力干渉。カートリッジシステムを導入する前のファイムにとって、切り札であった装置である。

 だが、弱点も多い。ワイヤー自体が脆いため、何発も作用させられるものではなく、何より、魔導ではなく質量兵器としての側面が強すぎるのだ。

 だが、そうまでしても、通用しない。

 管理局法に触れる方法を、とってさえ。

 

「管理局法に触れる行為のはず……裁かれる覚悟を抱いてというのなら、見事。その一言です」

 

 届いているかどうかはわからない。だが、テンリュウは言葉を紡ぐ。

 

「故に私もお見せしましょう。『最強』と呼ばれるその所以を」

 

 テンリュウの魔力が吹き荒れる。そうして出現するのは、巨大な魔力スフィア。

 直径数十メートルという魔力スフィアが、出現する。

 

「忠告です。守らねば、全てが吹き飛びますよ」

 

 そして、テンリュウは薙刀――『桜花』を振るう。

 

「高キ御心ココニ在リ、紡ガレヌ歴史ハ真実ノ語リ手。我ガ血、魂、信念、願望、欲望、無念……全テハ悠久ノ楽園ガタメニ。今ココデ我ハ乞ウ。破壊ヲ。創造ヲ。来タレ、忘レラレシ都ノ遺産」

 

 古代魔法――現代ではもう、使用されないそれを、テンリュウは紡ぐ。

 ファイムの視界にも、それが映った。

 止めなければ、と、ぼんやりとした思考で考える。

 しかし、それで終わりだった。

 

「クロノクルセイド」

 

 時の聖戦――その言葉と共に。

 世界が、閉ざされた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 それは、一瞬の出来事だった。

 張られていた結界――範囲内のものを保護することを目的としたそれが、一瞬で砕け散り、同時に、世界が白に染め上げられた。

 結界の外で待機していた者たちはその光で目を閉じ、そして、目撃する。

 瓦礫の山となった、管理局地上本部の姿と。

 それを覆い隠すように広がる、砂塵のカーテンを。

 

 そして、別の場所では。

 それを楽しそうに眺める男の姿がある。

 

「『神は惨劇を包み隠す。まだ、見るべきではないと』……はは、こら凄いわ。ゾクゾクするで」

 

 体を震わせながら言うのは、ホムラだ。

 そうだ。これが、魔法だ。

 非殺傷などという言葉で誤魔化された、純然たる『力』の正体。

 これこそが、見たかったものだ。

 

「リミットなしのSSSランク……管理局の歴史でも一人しかおらんような怪物。そもそも、敵に回す方が間違っとる。なあ、そう思うやろ? おにーさん?」

「…………」

 

 ホムラが振り返った先。そこにいるのは、瓦礫に背を預け、座り込んでいるリューイと、その側で小型化し、気絶して倒れているミリアムの姿だ。

 リューイは、最後の気力を振り絞ってホムラを睨んでいる。

 だが、できるのはそれだけだ。

 真正ベルカの騎士であり、AAA+ランクという力を有するリューイでさえ、まるで赤子のように易々と沈黙させるこの男。

 管理局の魔導師、その頂点たる名前――『エース・オブ・エース』、その先代と名乗った男が、ははっ、と笑う。

 

「ええ目をしとるなぁ、自分。せやけど、気力だけじゃあどうにもならんよ。だから、そうして這いつくばっとるんやもんな?」

 

 嘲笑うように、ホムラは言う。

 どこか、憎むように。

 

「ユニゾンした状態で、Sランクってとこか? 強いなぁ、自分。せやけど、勝てん。そんなもんや。……魔法には、限界がある」

 

 言って、ホムラは空へと駆け上がる。

 そして、リューイを見下すように見つめると、手を翳した。

 魔力が、収束する。

 

「ま、いずれわかるわ。魔法は最早、誰も守れない力やってな」

 

 そして、白銀の閃光が、リューイを包んだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 古代魔法――最早失われた力であるそれは、文字通り最強と呼ぶに相応しい。

 かつての古代ベルカと呼ばれる時代の更に前の時代において、魔導師という存在は『存在する』という、ただそれだけで世界に影響を与えていた。

 そんな時代から時が流れ、現代。古代魔法はそのほとんどが失われ、同時に実用的でなくなっていた。

 しかし、たった今。

 忘れ去られた力が、たった一人の魔法使いによって、蘇った。

 

「…………」

 

 テンリュウは自身が生み出した惨状を、ぼんやりと眺める。弱い魔力の反応。あの二人は、死んでいない。

 一応、手加減はなし。非殺傷などという生易しい手段もとっていなかったのだが……。

 

「まだ向かってくるというのであれば、大したものですが……」

 

 そう、呟き。

 視線を外した瞬間。

 

《Jet Zanber》

 

 雷の刃が、彼女を襲った。テンリュウは咄嗟に『桜花』を盾にするが、威力を殺しきれず、後方へと弾かれる。

 

「…………!」

 

 衝撃でビリビリと震える手を黙らせ、テンリュウは新たな敵を見る。金色の髪と、白いマントを羽織った漆黒のバリアジャケットを纏ったその姿に、見覚えがあった。

 ――フェイト・T・ハラオウン。

『雷光の死神』とまで謳われる、執務官だ。

 フェイトは何も言わず、彼女のデバイスであるバルディッシュを構えた。説得の余地はないと判断したのだろう。

 そしてそれは、正解だ。

 視線を交錯させる二人。互いに踏み込むタイミングをはかっていた二人はしかし、乱入者によってそのタイミングを失ってしまう。

 

「ハッハァ!! 吹っ飛べオラァ!!」

「ッ、バルディッシュ!」

《yes,sir》

 

 ギレンの言葉と共に放たれた砲撃を、フェイトは障壁で防ぐ。だが、相手はオーバーSランクの魔導師だ。防ぐのに手一杯になってしまう。

 そして、その隙をテンリュウは見逃さない。距離を詰め、フェイトに迫る。

 

「くっ……!」

 

 しかし、テンリュウが桜花を振るおうとした瞬間、テンリュウの眼前に連結刃が出現した。

 いや、出現したというのはおかしい。テンリュウの足下より、伸びてきたといったほうが正しいだろう。

 テンリュウは、即座に後退。連結刃はそれを追わず、持ち主の下へと戻る。

 そして、炎の翼を纏った騎士が、侍に迫る。

 

「紫電!! 一閃!!」

 

 空に、轟音が響き渡った。圧倒的な威力の一撃が、それを引き起こしたのだ。

 

「フリード!」

「ギャウ!」

 

 そして、それに注意を奪われた一瞬の隙に、ギレンにフリードの熱線が放たれた。

 

「クソが!」

 

 魔法を解除し、それを避けるギレン。そして、それを見てフリードに一撃を加えようとサリヴァを駆るウィル。

 だが、彼にも上空からの騎士が迫る。

 

「はああああああっ!!」

 

 ストラーダのブースターを使って加速したエリオが、上空から突撃。ウィルは慌ててそれを受けるが、威力に負け、サリヴァの背中から弾き飛ばされる。

 

「うあっ!?」

「…………!」

 

 弾き飛ばされたウィルは、旋回してきたサリヴァの脚に掴まり、落下を回避。対し、エリオはストラーダのブースターを使い、キャロが乗っているフリードの背中に戻った。

 そして、犯罪者たちに対する攻撃はまだ止まらない。

 

「轟天爆砕!!」

 

 叫び声と共に、テンリュウたちの頭上に影が差す。

 巨大。そうとしか表現できない鎚が、振り下ろされんとしていた。

 対人用では決してない、対艦用の一撃。

 それが、振り下ろされる。

 

「ギガントシュラーク!!」

 

 振り下ろされる一撃。身構えるギレンとウィル。その二人に、テンリュウが声を張り上げた。

 

「私が防ぎます! お二人は下へ! 防いだ後、反撃をお願いします!」

 

 それだけ叫ぶと、テンリュウは桜花を構え、圧倒的な威力を誇るその一撃に向かっていく。

 轟音と共に迫る一撃。テンリュウは、桜花を構え、魔力を集中する。

 

「……夢幻天声」

 

 ゴゥン、という音と共に、巨大な障壁が展開される。

 グラーフアイゼンはそれに直撃。あまりの衝撃に、グラーフアイゼンが砕け散り、障壁も吹き飛ぶ。

 そして、砕けたグラーフアイゼンの瓦礫の隙間を抜い、ギレンと、ウィルが駆る飛竜、サリヴァが砲撃を放つ。

 しかし、今度はそれを、ヴィータの前に現れた青き狼の姿をした『盾の守護獣』ザフィーラが防ぐ。

 

「今です! 主はやて!!」

 

 生まれた一瞬の隙。その隙を、大威力魔法の単純な威力ならばかの『エース・オブ・エース』をも上回る、『地上本部の切り札』が、畳み掛ける。

 

「……遠き地にて。闇に、沈め――」

 

 リィンフォースとユニゾンした状態のはやてが、魔法を紡ぐ。

 

「ディアボリック・エミッション!!」

 

 空間魔法――あまりにも圧倒的な威力を誇るその一撃が、三人と一匹を飲み込んだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 半壊どころか、七割方崩壊した地上本部の一角。そこに、二人がいた。

 

「つっ……生きてるか?」

「……すみません。助かり、ました」

 

 カグラの言葉に、ファイムは口元から血を滴らせながら応じる。テンリュウの一撃。あの古代魔法の中を、カグラは自身の全魔力を使い、ファイムと共に生き延びた。そのせいで、魔力はもう残っていない。

 しかし、それで良かった。ファイムにはまだ、やってもらわねばならないことがあったから。

 

「俺は魔力が尽きた。お前さんは、まだやれるか?」

「……魔力そのものは限界ですが、まだ、やれます」

 

 けほっ、とファイムは血を吐く。しかし、目は死んでいない。

 いや、どこか狂気じみた色さえ宿していた。

 それを見て、カグラは笑う。

 

「上等だ。それでいい。……今ので決まりゃあ一番いいが、そうもいかないだろうしな」

「はい。……リンネ、大丈夫?」

《……はい。まだ、動けます。魔力制御に集中することになるので、バリアジャケットの出力は落ちますが……》

「うん。ありがとう。……リンネは、飛行魔法の制御をお願い。後は、全部僕がやるから」

 

 そう言って、ファイムはポケットからカートリッジが六発入ったリボルバー型の弾倉を取り出す。

 本来の腕の時に使う、予備のカートリッジだ。

 今のファイムは、カートリッジが使えない。しかし、取り出した。

 その理由と意味は、一つ。

 

「……今、お前にこんなことを聞くのは間違ってるんだろうけどよ、聞かせてくれ」

「何を……ですか?」

「どうして、そこまでする?」

 

 カグラは、懐から煙草を取り出しつつ、言った。

 

「始まりは、選択肢がなかった。俺たちが押し付けた。けどよ、今は違うだろ? 今なら、選べるだろ? どうしてお前は命を捨てる?」

「……今更、聞かないでくださいよ」

 

 ファイムは苦笑。

 その瞳にあるのは、覚悟。

 

「償いをすると決めたんです。命を懸けて。……知っていますか? 『白』という色は、周囲に『黒』という色がなければ、自分が『白』だと気付けないんです。そしてそれは、『黒』という色も同じです」

 

 カグラに背を向けて、ファイムは、そう言った。

 

「みんな、綺麗なんですよ。あまりにも綺麗で、美しくて、真っ直ぐで……憧れてしまうんです。そんなこと、望む資格もありはしないのに。場違いにも、思ってしまうんです」

 

 あんな風に生きたいと。

 あんな風になりたいと。

 なれるはずがないのに。

 なれるわけがないのに。

 

「でも、それも終わりです。僕は罪人。戦って戦って戦って、ボロボロになって死ぬことこそが相応しい。それだけです」

「地上を守るのは、どうすんだよ? お前がいなくなりゃ、地上は」

「大丈夫ですよ。ナカジマ三佐がおられますし、リューイとミリアムもいます。カグラさんもいるじゃないですか」

 

 ファイムは、そう言って笑った。

 あまりにも、悲しい笑顔だった。

 それに、とファイムは言った。

 それに――

 

「はやてさんもいる。僕一人がいなくなっても、問題はありませんよ」

 

 そして、ファイムは飛び立った。

 未だ戦いが続く、空へ。

 それを見送ったカグラは、火のついていない煙草を投げ捨てると、呟くように言葉を漏らす。

 

「……だから、言ったんだよ……!」

 

 苛立たしげに、吐き捨てる。

 

「向いてねぇって……そう言ったんだよ!! ふざけんなよ!! 認められねぇよ!! あいつが死んだら、地上は終わっちまう!!」

 

 ファイム・ララウェイ。

『本局』執務官である彼が、どうして『地上本部のエース』と呼ばれるのか。

 どうして、そうとまで呼ばれる程の実績を残せたのか。

 その意味を、本人も、管理局も理解していない。

 

「反抗してくれりゃ良かったんだよ!! そうすりゃこんなことにはならなかった!! あんなガキに死に方を決めさせて、何が先代『エース・オブ・エース』だ!?」

 

 あの青年を死に追いやった人間の一人であるカグラに、そのようなことを言う資格はないのだろう。

 だが、カグラは。

 カグラ・ランバードという男は、やりきれない気持ちにとらわれる。

 どうして――こんなことになってしまったのかと。

 彼女との約束は――どうなったのだと。

 

 ――上空で、八神はやての魔法が発動した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 空間魔法――圧倒的な威力のそれは、大気を歪め、空気中の水蒸気を強制的に結合させ、大量の煙を生み出した。

 それを見つめるのは、六課の面々。

 

「やった、かな?」

『直撃はしたはずですが……』

 

 はやての言葉に、ユニゾン中のリィンフォースが応じる。今の一撃は、間違いなく決まった。普通なら、ここで落ちて然るべきなのだが……。

 ――煙が、晴れる。

 そして、全員が目を見開いた。

 

 

「はーい、皆さんちゅーもーく」

 

 

 球状の結界。ディアボリック・エミッションを防いだのであろうそれを解除しながら、先程までいなかった男が、そう言葉を紡いだ。

 その手には、管理局で魔導師が多用する杖型のデバイスがある。

 

「初めまして、と一応言うとこか。何人かは会うたことあるけど、まあええやろ」

 

 周囲を見回しつつ、男は言う。はやては、眉をひそめた。

 

(なんや……? 見覚えがある……それに、関西弁……?)

 

 関西弁という表現方法は、かなり独特なものだ。それを聞く機会は、ミッドチルダではまずない。

 しかし、昔一度、はやてはどこかで聞いた覚えがあった。

 一体、どこで――

 

『なあ、お嬢ちゃんたち。魔法、好きかいな?』

 

 懐かしい声を聞いた。いや、思い出した。

 そうだ。もう10年以上前、フェイトと共に本局を歩いていたら、声をかけられたのだ。

 確か、名は――

 

 

「ホムラアァァァッッッ!!」

 

 

 絶叫のような声が、響き渡った。

 その場にいた全員が、声の主を見る。

 瓦礫の山の一角。そこにいたのは、カグラだった。

 ホムラはその姿を認めると、笑みを浮かべる。

 

「ははっ、久し振りやなぁ、カグラ。元気にしとったか……ってのは、聞かんで良さそうやね」

「黙れ!! ふざけてんのかテメェ!!」

「なはは、魔力も限界のくせによー言うで。まあ、ちょいと待っとき。相手したらなアカン坊主がおるようやし――」

 

 ――風が、舞う。

 

 ホムラの背後。四人と一匹が集中するそこに、一人の騎士が現れた。

 その騎士は、拳を握り締め、一切の躊躇もなく放つ。

 

「――ファイムくん!!」

 

 はやての叫び声が、響くと同時。

 ファイムの拳が、ホムラの右手で掴まれた。

 

「自分も、久し振りやな? 『地上本部のエース』くん?」

「…………」

 

 ボソリと、ファイムが何事かを呟いた。

 ファイムの、鈍色に輝く右腕。その拳の中から、光が溢れ出す。

 ホムラは、眉を跳ね上げた。

 

「まさか自分!!」

「吹き飛べ!!」

 

 カートリッジの暴走。

 繊細な造りをしているカートリッジというものは、外部から薬莢に直接魔力を叩き込んでやれば、いとも簡単に暴発する。

 意図的にそれを起こしたファイム。使われたカートリッジは、6発分。

 

 ――空に、魔力爆発が起こった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 魔力爆発。テンリュウたちは咄嗟にその場を離れたが、ホムラはそうもいかなかった。

 とてつもない爆発。誰もが固唾を飲んで見守る中、不意に声が響いた。

 

「あー、驚いた。よーやるで自分。ムチャクチャやな」

 

 そこにいたのは、健在な姿のホムラと、肘から先の右腕を失い、ボロボロの状態で二の腕を掴まれ、掴まれている部分以外の手足をだらりと下げた状態のファイムだった。

 

「ファイムくん!!」

 

 はやてが、泣きそうな声で叫ぶ。ホムラは、はぁ、とため息を吐いた。

 

「『無駄に』命を使うもんやないで、自分?」

「………………い」

 

 ファイムが、呟くように言った。ん、とホムラが首を傾げると、ファイムはホムラを睨み、声を絞り出しながら、左の拳を振るった。

 

「……うる…さい…ッ……!!」

 

 ――ポスッ。

 

 しかし、その拳は、あまりにも弱かった。

 ホムラは、はっ、と吐き捨てる。

 

「腹立つわ。ホンマにムカつくで。苛々が止まんわ。自分見とるとな。……失せろや」

 

 ホムラが、ファイムを投げ捨てる。いきなりのことに誰も反応できず、ファイムは瓦礫の山に着弾した。

 

「ファイムくんっ!!」

「てめぇ!!」

「貴様っ!!」

 

 はやてが叫び、ヴィータとシグナムがホムラに迫る。だが、ホムラに到達する前に、それぞれギレンとテンリュウに足止めされてしまった。

 

「どけよてめぇ!!」

「はっ、そうして欲しけりゃ俺を倒しな!!」

「貴様……!!」

「『将を欲せんとすれば、まず馬を射よ』……違いますか? 烈火の将?」

 

 そして、その少し上空では、フリードに乗るエリオとキャロが、サリヴァに乗るウィルと向き合っていた。

 

「自分が何をしているか、わかっているんですか!?」

「なんのためにこんなことを!!」

「あぁ? お前ら馬鹿かよ? わかってるからやってんだろうが」

 

 エリオとキャロの必死の言葉に、そう返すウィル。その光景を眺め、ふむ、とホムラは呟いた。

 

「錚々たるメンバーやね~。『地上本部のエース』……はリタイアしとるけど、『ヴォルケンリッター』からは『烈火の将』、『鉄槌の騎士』、『盾の守護獣』。『竜騎士』に、『真竜使い』。ユニゾンデバイスも二つおるし、更には――」

「――ハアッ!!」

 

 上空より高速で飛来したフェイト。ザンバーフォームによる大剣の一撃を、ホムラはシールドを展開してガード。笑みを浮かべる。

 

「『雷光の死神』もおると。凄まじい力やね。あの変態ドクターご執心の理由、なんとなくわかるわ」

 

 距離を取ったフェイトが、その言葉を聞いて眉をひそめる。ホムラは、チラリとはやてを見た。

 

「下におる奴は置いといて……流石やな、『最後の夜天の主』。部下が墜ちても、そちらへ行かずにわしらを睨んどる」

「…………」

 

 ギリッ、と歯軋りする音が聞こえてきそうな形相で、はやてはホムラを睨んだ。ホムラは肩を竦め、んー、と声を漏らす。

 

「『銀制服(シルバー)のエース』と『星の光の継承者』……何より今の『エース・オブ・エース』がおらんのが残念やけど、それは言うてもしゃーないな。ま、目的は達成したし、退こか?」

 

 ホムラは、戦闘を行う寸前のメンバーたちにそう言葉を紡ぐ。だが、ギレンはあぁ? と片方の眉を吊り上げた。

 

「ふざけてんのか? これからが楽しいんだぜ?」

「……首領としての命令や。あとギレン。自分『ワグリア』で嘘吐いたやろ? その辺もきっちり話せなアカンしな」

「あぁ!? テメェ――」

「ええから従え。わしを怒らせんな」

 

 有無を言わせぬ迫力だった。ギレンは、ちっ、と舌打ちする。

 

「……仕方ねぇな」

「ん、素直でよろしい。ほな、テンリュウ。『あれ』召喚しよか。そのうちに撤退や」

「正気ですか?」

「正気やったら、管理局に喧嘩売ったりせーへんよ」

 

 ひらひらと手を振りつつ言うホムラ。そのホムラに向かって、カグラが声を張り上げた。

 

「テメェ!! 逃がすと思ってんのか!?」

「逃がすもクソも、現状わしらを捕まえられんやろ? 手負いの自分にわしは止められんし、まあ、他の面子もまともにやりあったらわからんけど、『逃げ』に徹したらそう難しいことやない」

 

 ホムラがそう言い切ると同時に、彼めがけて一筋の砲撃が駆け抜けた。だが、ホムラのデバイスがオートで障壁を展開。それを防ぐ。

 撃ったのは、はやてだ。

 

「おーおー。容赦ないなぁ、お嬢ちゃん」

「気安く呼ばんといてくれへんか? 管理局の裏切り者、ホムラ・イルハート」

「なはは、辛辣やねぇ」

 

 ウォン、という音を響かせ、ホムラを中心に球状の結界が展開される。また、ホムラのすぐ側ではテンリュウが目を閉じ、魔法の起動に入っていた。

 それを横目で確認しつつ、ホムラははやてに向かって言葉を紡いだ。

 

「せやけど、一個訂正や。わしが裏切ったんやない。管理局が裏切ったんや」

「……展開。来たれ、荒ぶる災厄」

 

 ホムラが言い終わると同時にテンリュウが詠唱を終え、巨大な魔法陣が展開される。

 直径にして、数十メートル。そこから姿を覗かせるのは、巨大な鎖で縛られた、一体の竜。

 その大きさは、キャロ・ル・ルシエが従える真竜『ヴォルテール』をも上回る。

 それを見たカグラが、三度、絶叫のようにホムラの名を呼んだ。

 

「ホムラァァアッ!! ホムラ・イルハートッ!! どうしてだ!! テメェは何がしたい!! 何が目的だ!?」

「……まさか、自分にそれ聞かれるとはなぁ」

 

 ホムラは、微笑――否。

 冷笑を、浮かべた。

 

「忘れたとは言わせん。自分には尚更や。……逆に聞くけどな、自分は何でそっちにおるんや? 何で、未だに管理局におるんや?」

「何だと?」

「……トモエを殺したのは、時空管理局や。そうやろ? なのに何故、お前はそちらにいるんや?」

 

 そう言った時のホムラの瞳は、あまりにも悲しい色を宿していて。

 

「……まあ、ええわ。敵同士とはいえ、再会できて良かった」

 

 言って、ホムラはデバイスと共に右手で持っていたケースを左手で持ち直す。

 僅かに破損しているそれは、遺失物管理課で使われる、ロストロギア封印用のケース。

 

「わしらは退くけど、代わりに土産を置いてくわ。……ほな、さよならや。カグラ・ランバード」

 

 ホムラのデバイスが、転移魔法を起動。四人と一匹の姿が、消えていく。

 

「……かつて友だと信じた男よ」

 

 カグラたちの姿が、消える。それと同時に、己の中の全てを込め、カグラは吠えた。

 

「ホムラァァァァァァァァァアアッッッ!!」

 

 カグラの叫びが、空を震わせ。

 

「ギギギギぃぃィィあアアあああアアアアアアッッッっっッ!!!!!!!!」

 

 

 断末魔のような竜の叫びが、天を引き裂いた。

 

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