真竜『ガンゲイル』。
とある次元世界において神として崇められると同時に、災厄とも呼ばれ、恐れられる存在。
その力は凄まじく、一度暴れれば都市の一つや二つは壊滅するという。
『最強』とも一部で呼ばれるその竜はしかし、数年前より目撃の情報が途絶えていた。
しかし、現在。最強の真竜は、一つの明確な脅威としてそこにいた。
「ッ、緊急事態や!! 市民の避難を!! あと、結界魔導師の出動要請!! わたし一人では支えきれへん!!」
周囲を保護するためではなく、純粋に『ガンゲイル』という名の怪物を抑えるための術式。
展開されたそれはしかし、あまりにも強力な力を前に、悲鳴を上げる。
ミシッ、とはやての腕から鈍い音がした。総合SSランクという凄まじい魔力をもつはやてでさえ、抑えきれない力。
だが、はやては強引にそれを押さえ込む。
だって、破られれば。
全てが、壊されてしまう。壊れてしまう。
「キャロの技能封印解除の許可は!?」
『まだです!! 承認がおりません!!』
そんなシャーリーの返答を聞き、はやてはギリッと歯を食いしばる。
「ヴォルテールなしで止められる相手やないのに……!」
キャロ・ル・ルシエが従える、彼女が一族を追われる理由ともなった真竜、ヴォルテール。
その召喚許可が下りない。このままでは、クラナガンは壊滅する。
『主はやて。我らが参ります』
『任せろ!』
『行ってくるよ、はやて!』
どうするか――そう考えた瞬間、三人の念話が入った。同時に、ユニゾン状態のシグナムとヴィータが、はやてたちの上空を飛行していく。
「シグナム! ヴィータ! アギト!」
『三人共! ダメです!』
声を張り上げる、はやてとリィンフォース。
それを聞いてか否か、シグナムとヴィータの二人は口元に笑みを浮かべ、速度を上げた。
はやての背筋が、凍る。
まさか、二人は――
「…………ッ、アカン! 私も!」
「いけません!! 主はやて!!」
前に出ようとしたはやて。しかしそれを、人型になったザフィーラが止めた。
「あなたを失えば、部隊は総崩れです!!」
「でも! ザフィーラ!!」
『シグナムとヴィータちゃんが!!』
声を張り上げるはやてとリィンフォース。
落とされ、生死不明のファイム。彼のように、誰かを失うことは耐えられない。
今だって、彼を探し出し、助けたいのを必死で堪えているのだから。
「……主はやて。我らヴォルケンリッターは、一騎当千の騎士です。あの二人ならば、必ず生きて帰ってきます」
ザフィーラは、はやてを守るように立ちながら、言葉を紡いだ。
「我らを、信じてください」
何も……言えなくなった。
そうだ、あの二人は強い。そして、自分は。八神はやてという人間は、あの二人のマスターであり、家族なのだ。
――信じなくて、どうする。
「……おおきにな、ザフィーラ」
「その言葉は、全てが終わってから改めてください。……主はやて。私が守ります。奴を討つための魔法を」
「うん!!」
『はいです!!』
はやてとリィンフォースが応じ、盾の守護獣はその力を発揮する。
はやての張った結界が破られたのは、それと同時だった。
◇ ◇ ◇
「ぎィあががギギギギぎあッがががががかギアああああああああ――――ッ!!!!」
ガンゲイルの叫びが響き渡る中、シグナムは冷たい目でそれを見下ろしていた。
「……今まで向かい合ったどのような存在よりも強力な力を有しているようだな」
『いけるかな? シグナム?』
「無論だ。己が信ずる武器を手に、必殺の一撃をもって敵を沈めるのが我らベルカの騎士だ」
ガチャン、という音と共に、レヴァンティンがカートリッジをロード。その音を聞いてか、ガンゲイルが叫び声を上げながらシグナムに照準を定めた。
『シグナム!!』
「むっ!!」
アギトの警告。シグナムの眉が跳ね上がり、ガンゲイルがいくつもの火球を召喚。それを放った。シグナムは、体を引き、力を込める。
『「飛竜一閃!!」』
連結刃となったレヴァンティンが火球を打ち、更にガンゲイルへと伸びていく。
「――――ッ!?」
だが、シグナムの刃はガンゲイルが展開している障壁によって弾かれた。
ガンゲイルは吠えると、シグナムに向かって拳を振るおうと拳を振るう。対し、シグナムは受ける構え。
『来るよシグナム!!』
「案ずるなアギト。……忘れたか? 私たちは囮だ」
――ゴギィィィイン!!!!!!
空より飛来した赤髪の少女が、渾身の力でガンゲイルを叩いた。
障壁が砕け、ガンゲイルに一撃が入る。しかし、倒すまでには届かない。
「ヴィータ!!」
「ちっ!!」
シグナムが叫び、ヴィータは全力で下がる。ガンゲイルは怒りの叫びを上げながら、周囲に火球をばらまいた。
「くっ……!」
「くそっ!!」
二人はガンゲイルを挟むような位置を飛び回り、それを避ける。
周囲の被害は、考えていられない。
今の一撃は申し分ないものだった。それが通じないとなると――
「…………」
チラリと、シグナムは自身の後方にて魔法を展開するはやてを見る。
浮かぶのは、白銀の髪を宿したかつての友。
辛く重い、悲しい運命を共に生き、そして、満ち足りた笑顔と共に消えた人物。
「ぐるルぁオオぁぉぉアああッッッッ!!」
ガンゲイルの尾が割れ、無数の鋭利な先端を持つ触手となる。シグナムはレヴァンティンを構え、呟いた。
「……案ずるな。お前との約束は、必ず果たす」
烈火の将が、吠える。
「おおおっ!!」
ミッドチルダという世界の命運さえも左右する戦いが、激化する。
◇ ◇ ◇
目を開けた先に映ったのは、燃え盛る世界。
――視界が悪い。右目が開いていない。
「…………ッ、えほっ」
腹の奥からこみ上げてきたものを、吐き出す。
鮮血が、地面を染めた。
「……くそっ……」
通じなかった。
届かなかった。
全力でやっても。右腕を捨てても。
「…………ッ!?」
目から、一筋の涙が零れた。
青年は、ファイム・ララウェイは、目を閉じそうになる。
だが――
「……逃げるな」
片方の目しか開かない中で。
片腕を失い、立つことさえままならない中で。
ファイム・ララウェイは、前を見た。
あまりにも圧倒的な存在を、睨むように見上げた。
――認めろ!!
ファイムは、自身に怒鳴るように言う。
――これが、敵と自分の力の差!!
そしてこれを埋めなければ、誰一人として守れない!!
「おいファイム!」
静かな覚悟を決めるファイム。そのファイムに向かって、カグラが声を張り上げた。
「生きてるか? 生きてんなら退くぞ。直ここに、『アルカンシェル』が撃たれる」
「なっ、どうしてですか!?」
「上の判断だよ。嬢ちゃんたちにも撤退命令が出てるはずだ」
ファイムは、今現在、命懸けで戦っている彼らを見た。
そして、燃え盛る瓦礫の山を。
魔導砲アルカンシェル――闇の書をも蒸発させたその砲撃を、ここに撃てば。
最早この場所は、『死んで』しまう。
ファイムはギリッ、と音がするほどに強く歯を食いしばると、カグラに言った。
「カグラさん。……デバイスを貸してください。あと、予備を含めてカートリッジをありったけ」
「……何をする気だ?」
「奴を撃ちます。……こういう時、誰かに変わって命を捨てるために、僕はここにいる」
ファイムの目に、怯えはなかった。
あったのは、覚悟。
あまりにも悲しい、覚悟だけ。
「……わかったよ。貸してやる。やってみろや」
「はい」
カグラからデバイスを受け取り、ファイムは一度、大きく息を吸う。
――覚悟は、決まった。
ただ、それだけのことだった。
◇ ◇ ◇
時空管理局本局第一会議室。
理事会が開かれる時や、緊急事態の時のみ使用されるその場所に、管理局を文字通り束ねる理事たちが集まっていた。
たが、普段からして多忙な理事たちだ。集まれたのも極僅か。故にそのほとんどが、通信によって会議に参加していた。
今回の議題は勿論、地上本部の件だ。
「避難はどうなっている!?」
『あと一時間はかかります!!』
「『アルカンシェル』の準備は!?」
「すでに位置についています!! 発射準備が整うまで、20分です!!」
『現場の魔導師は!?』
『撤退命令を下しましたが……』
「馬鹿者!! 彼らがいなくなれば、誰が一時間もの間、ヤツを止めておくのだ!?」
会議室はまとまりがなく、ただただ怒号が響いていた。
そんな中、凛とした声が響く。
「皆さん、落ち着いてください」
発言の主は、金髪の美女。カリム・グラシアだ。
理事の一人である彼女のその発言は正しい。しかし、それが今は通じない。
「教会の者は黙っていろ!!」
「…………!」
「ッ、どういう……!?」
理事の一人が叫び、カリムの護衛として本局に来ていたシャッハ・ヌエラが声を荒げる。男は、吐き捨てるように言った。
「これは管理局の問題だ!! 口出しせんでもらおうか!!」
「ッ、ミッドチルダの危機なのですよ!? そんなことを言っている場合ではないはずです!!」
「はっ、どうせこの機に発言力を高めようとでも思っているのだろう? 卑しいものだ」
「なっ……!?」
「無礼な!! 取り消しなさい!!」
男の言葉にカリムは絶句し、シャッハが自身のデバイスを起動させようとする。
だが、その前に別の声がそれを止めた。
「……やめんか。みっともない」
決して大きな声ではなかったが、その声は確かに響き渡った。
声の主――伝説の三提督の一人であるミゼットは、威厳のある声で言葉を紡ぐ。
「そんなことを言い合うために集まったわけじゃないよ。……リンディ、現場の指揮官は?」
「はい。八神一佐と、ランバート一佐ですね」
「……なるほど。カグラの坊やに通信は繋げられるかい?」
「すぐに」
統括官という地位にあり、『奇跡の女神』とまで呼ばれる女傑、リンディ・ハラオウン。彼女は、すぐさまカグラと連絡をとる。
通信が繋がり、カグラに繋がる。カグラが、おっ、と声を漏らした。
『お、ミゼットのばーちゃんか。撤退命令なら聞いたぜ?』
「それなんだけど、あと少し粘れないかい? 避難が済んでないんだよ」
『いやいや、無茶だろ流石に』
カグラは肩を竦めた。
『待機してた魔導師たちまで下がらせといて、そりゃ虫が良すぎだろ?』
「貴様!! 状況がわかっているのか!?」
理事の一人が声を荒げた。カグラは、はっ、と挑発するように息を吐いた。
『俺は魔力切れでリタイア。待機してた魔導師共は撤退。今は機動六課が抑えてるが、二人リタイアした。まあ、保たないだろうよ。……状況なんて、わかり過ぎるほどにわかってんだよこっちは。最低だってな』
酷く冷めたセリフだった。会議室が、一瞬、静寂に包まれる。
そんな中、まあ、安心しろ、とカグラが言った。
『ファイムがいる。感謝しろよ? あいつが止めてくれるらしいぜ?』
「ファイム……? まさか、執務官の?」
リンディが呟いた時、オペレーターが声を張り上げた。
「魔力反応です!! これは……」
「……あの坊やね」
ミゼットの脳裏に浮かぶのは、一人の青年。
レジアスが利用すると決め、誰もが目を逸らしつつも利用してきた存在。
「カグラ。今すぐ止めなさい。彼が『無駄に』命を消費する前に」
『……無駄、ときたか。こいつぁ笑うしかねぇな』
ははっ、とカグラは、乾いた笑みを浮かべ、そして、冷たい目でミゼットを見た。
『……耄碌したな。ばーちゃんよ。まさか、『無駄』とまで言うとは思わなかったぜ』
「ランバート一佐!!」
リンディが声を上げる。カグラは、あぁ? と片眉をつり上げた。
『あー、『奇跡の女神』か。なんだ? あんたもファイムの行為を無駄だと言いてぇのかよ?』
「…………」
リンディは無言。この中で、ファイムの名を知らぬ者はいない。
そして同時に、彼がレジアス・ゲイズの下、どのように戦ってきたのかを、みな、知っている。
それがわかるからこそ。わかってしまったからこそ。
カグラは、呟くように言葉を紡いだ。
『あれだな。怒りってのは、度が過ぎると逆に冷静になれるんだな。……権力ってのは、麻薬と同じだ。まさかあんたらからこんな理不尽な命令聞くとは思ってなかったよ』
カグラは、笑っている。
笑いながら、言葉を紡いでいた。
『その命令は聞けねーよ。自分で言えよ。『お前の今までは全て無駄だった。だから止めろ』ってさ』
「私たちはそんなつもりで言ってるんじゃないんだけどね?」
『同じだろ。命を懸けさせといて。死ねと言っといて。虫が良すぎんだよ。大体よ、そんなことを今更言うんなら、もっと前に止めてやれよ。……遅過ぎるだろ』
カグラは、そのまま通信を切った。
数秒の間が過ぎて。
――今度は、八神はやてに通信が繋がれた。
◇ ◇ ◇
「……ゴメンね、リンネ」
《それは、何に対しての謝罪ですか?》
「全てに対して、だよ」
ファイムは、片手でカートリッジをカグラのデバイス『ヘルダスト』に込めながら、そう言った。
「不出来な主であったこと。僕が弱かったこと。たくさん迷惑をかけたこと。そして何より……こんなことに、付き合わせたこと」
《……そんなことを、言わないでください》
「それでも、言っておきたかったんだ。……ねぇ、リンネ。キミは優秀なデバイスだ。この後、全てが終わったら、新しい主の下で頑張って欲しい」
《マスター!!》
「キミは僕にとって最初で最後の家族だから。だから、幸せになって欲しい」
一部の者は、笑うだろう。
デバイスに、命などないと。
けれど、リンネクロウズというデバイスは、ただの道具ではなく、ファイム・ララウェイにとっては『家族』だったから。
カートリッジがロードされ、『ヘルダスト』が姿を変える。
失った右腕を媒介に、カートリッジのロードによる魔力増強で砲身を形成。バリアジャケットも消し、そちらは砲身を支える柱へと変える。
《Burst mode,RINNECLOSE&HELLDUST》
紡がれるは、命を懸けた砲撃。
生きていられる、保証はない。
《Burst Storm》
リンネが魔法を紡ぎ。
ファイムが、吠える。
「おおおおおっ!!!!!!」
獣の叫びのようなそれが、天を震わせ。
世界を駆ける一筋の光が、ガンゲイルを穿った。
―――――――――!!!!!!!
風が荒れ、世界が怒り、ガンゲイルの腕が吹き飛んだ。
しかし――
「…………ッ!?」
吹き飛んだ右腕の付け根から、突如触手のようなものが生え、腕が再生した。
そして、ガンゲイルの瞳がファイムを捉え。
――閃光が、ファイムを撃った。
◇ ◇ ◇
「…………ッ!?」
ガンゲイルより放たれた閃光に、はやては思わず目を閉じた。
そして目を開け、叫ぶ。
「ファイムくん!?」
ガンゲイルの一撃が着弾した地点は、巨大なクレーターができていた。
あれでは、おそらく――
『魔力反応確認!!』
絶望に心が折られそうになったその瞬間、リィンフォースのそんな声が届いた。
はやては、ぐっ、とシュベルトクロイツを握る手に力を込める。
『まさか、ララウェイか!?』
『無茶だ!!』
『あのバカ、死ぬ気か!?』
シグナムたちのそんな声が届いた。はやてに、マルチ通信による指示が入る。
『はやてさん、フェイトさん、聞こえる!? 今すぐララウェイ執務官を連れて撤退して頂戴!! 彼がこれ以上、『無駄に』命を消費する前に!!』
リンディの、その言葉が。
はやての中の何かを――貫いた。
……無駄?
命を懸けて償うと言っていた彼。
そのために生きてきたと言った彼。
ボロボロになって死ぬことこそが人生と言った彼。
それが――無駄?
『はやてちゃん?』
リィンフォースが、心配そうな声色で言う。はやては、絞り出すように言葉を紡いだ。
「……いえ。私は、彼の援護をします」
そう――否、と。
だって、そうしなければ。
――彼を、否定してしまうと思ったから。
◇ ◇ ◇
「…………ッ」
カートリッジは全て使った。もう、魔力強化はできない。砲身も、維持するのがやっと。撃つだけの魔力は、残っていない。
しかし、彼には。
ファイム・ララウェイには、まだ命が残っている。
ならば――それを使えばいい。
《……マスター。魔力が足りません。このままでは、撃つことすら……》
「僕の命を、全部使う。届かなくてもいい。それでも……やるんだ!!」
そのための術式は、知っている。
《……それでも、計算上不可能と出ています》
「いい。やる」
迷いはなかった。リンネは何かを堪えるようにマスター、と呟くと、意を決したように言葉を紡いだ。
《わかりました。精々派手に終幕を飾りましょう》
「ありがとう、リンネ」
ファイムは、笑う。
とても清々しく、同時に、とても寂しい笑みだった。
「ファイム・ララウェイ最後の演目。演じきってみせるよ」
《Yes,my father》
父、とリンネはファイムを呼んだ。
最後だから。
だからこそ。
「待って、ファイムくん」
「……はやて、さん?」
不意に、ファイムに背を向けながら、はやてが眼前に現れた。ファイムは、はやてさん、とその背中に呼びかける。
「退いてください」
その言葉に、はやては無言。そのまま、障壁を展開する。
そして、気付く。はやてのユニゾンが、解けている。
「わたしの障壁で、一発分くらいの時間は稼ぐよ。それにわたしの魔力を足したら、届くかもしれへん。……安心してや。リィンは置いてきた。ここにいるのは、わたしの勝手や」
『はやて!? 何を!?』
通信で、フェイトが叫ぶ。それに続き、リンディの通信が入った。
『はやてさん!! やめなさい!! あなたまで『無駄に』命を捨てる気!?』
ぐっ、とファイムは唇を噛み締めた。そうだ。自分一人なら無駄に死ぬのも構わない。だが、はやてまで――
「…………やない」
ぽつりと、はやてが呟く。
その肩は……震えていた。
「ファイムくんがしようとしてることは、無駄なんかやない!! ごちゃごちゃとうるさいわ!! ちょっと黙っててくれんか!?」
その叫びは、通信に乗り、大気に乗り、全てに届いた。
「わたしはわたしにとって一番納得できる選択をしたんや!! ファイムくんが命の使い方を決めたように、わたしも使い方を決めたんや!! 何が『無駄』や!! 何が『無意味』や!! ファイムくんにそれを決めさせたんはそもそもわたしたちやないか!!」
はやては叫ぶ。
己の想いの全てを乗せて。
「わたしたちが弱いから!! だからファイムくんは決めたんやろ!? 選択肢を押し付けられて!! でもな、それでもファイムくんは選んだんや!! 間違ってるって、自分は間違ってるって笑って言うんやで!? そんな答えが正しいわけがないやないか!! でも、それでも決めたんや!! だからわたしはファイムくんを助けるんや!! ファイムくん自身が選べるようになるまで!! よう言えたもんやな!? 『無駄』やなんて!? 高いところから見てるだけの自分らに、否定はさせへん!! 理解なんてしてもらわんでええ!!」
はやては吠える。その背にいる人のことを想って。
彼を――否定させないために。
そして、彼女は言う。
理解してほしいなどとは思わない。
――ただ。
ただ――
「理解できないなら黙って見てて!!」
はぁ、はぁ、と息を切らしながら、はやては言い切った。
ファイムは目尻を下げ、砲身へと命を送り込む。
それが、選んだことだから。
はやては一歩下がり、二人を包むように結界を展開しようとする。だが、元々魔法の展開がその巨大な魔力故に遅い彼女だ。時間がかかる。
だが、それをガンゲイルは待ってくれない。触手のような無数の尻尾が、二人に伸びた。
「…………ッ!!」
「鋼の楔っ!!」
焦りがはやてを襲った瞬間、白き光を放つ楔が触手を穿ち、縫い止めた。
「たかが蜥蜴の上位種如きが我が主に触れることを、この『盾の守護獣』が許すとでも?」
ガンゲイルは叫び、今度はその口から先程ファイムを撃った熱線を吐き出す。
そしてそれは、三人には届かず、紅の鉄騎に防がれる。
「ああ。許すわけがねー」
そして飛来するのは、祝福の風。
「はやてちゃん!! 酷いです!!」
「リィン!?」
「私を置いていくなんて……我ら守護騎士は、いつだってはやてちゃんの味方ですよ?」
そう言って、リィンフォースははやての胸に飛び込み、ユニゾンを行う。その様子を見て、ザフィーラが言葉を紡いだ。
「主はやて。守りは我々にお任せを。あなたはララウェイと共に、砲撃の準備をお願いします」
「ザフィーラ? でも……」
「ご安心を。頼りになる援軍が来てくれました」
ザフィーラが笑みを浮かべる。それとほぼ同時に。
「ウイングロード!!」
「クロスファイアー・シュート!!」
空に青き軌跡が描かれ、同時にオレンジ色の魔法弾がガンゲイルを襲った。そして更に、ガンゲイルの眼前を走る青い髪の女性が、拳を握り締める。
「ディバイン……バスター!!」
《Divine buster》
閃光がガンゲイルを襲い、その巨体が揺れる。だが、ガンゲイルは踏みとどまると、両の腕を振り回してウイングロードを破壊した。
青い髪の女性――スバル・ナカジマはオレンジ髪の女性、ティアナ・ランスターと共にすぐさま退避。距離を取る。
その、見覚えのあるかつての部下に、はやては目を見開いた。
「どうして二人が?」
『元々、あの二人は召集されてただろーが。なあ、嬢ちゃん?』
その疑問に答えるのは、カグラだ。魔力がすでに限界のはずの彼はしかし、通信越しでもわかるほどの魔力に包まれていた。
『なんだよ? 不思議そうな面して。ファイム。お前にその術式を教えたのは誰だ?』
カグラは、笑った。
そして、ファイムは絶句する。
それは、つまり。
カグラは、命を使う術式を発動したというのか?
『そんな面すんなよ。……嬢ちゃん。お前さんの言うことは、綺麗事だ。しかも感情論ときてる』
「…………」
はやては、無言。それは、否定できないことだったから。
言葉を待つはやて。そのはやてに、カグラはだが、と言葉を紡いだ。
『綺麗事は大好きだ。綺麗事だと何も言わずに俯くくらいなら、綺麗事吐いて前向くほうがいい。ま、そういうわけだ。こっからは俺も参戦する。……あと、ファイム。少し待ってな。心強い援軍が直に到着すんぜ』
「援軍?」
ファイムは首を傾げる。カグラは笑みを浮かべ、それとほぼ同時に転移魔法陣が展開。そこから、一人の女の子が現れる。
ミリアム・エンドブロム。AAA+というランクを誇る魔導師、リューイ・エンドブロムの融合騎だ。
ミリアムはファイムの下まで歩いてくると、手に持っていたものを差し出した。
それを見、はやてが目を見開く。
「それは……!」
「ジュエルシード、シリアルⅦです。ファイムさん、これを使ってください」
「……どういうこと?」
その一言の中に多くの疑問を込めつつ、ファイムは問うた。
ジュエルシード。封印指定のロストロギア。それを何故、ミリアムが持っているのか。
そして、使えというのはどういうことなのか。
「……私たちが不甲斐ないために、これしか取り戻せませんでした。しかし、それがこうして役に立つなら、私たちの行動は意味がありました」
「ちょっ、ちょっと待って。ロストロギアをそんな簡単に使ったら……」
『構いやしねぇよ』
ファイムが抱いた当然の迷いを切り捨てたのは、カグラ。
『ロストロギア・ジュエルシード。願いを叶える古代の遺産……今使わずに、いつ使う?』
「ですが……」
『要は『価値』と『使い方』だよ。封印すべき力。だが、何故そうする必要がある? 今ここに、必要としてる奴がいんのによ』
己自身の言葉を使われ、ファイムは言葉を詰まらせる。そのファイムに向かって、今度はミリアムが言葉を紡いだ。
「マスターより、言伝です。……『勝手に死ぬことは認めねぇ。死んだら楽になるとか思ってんなら、俺はテメェをぶん殴る。テメェが俺たちにくれた言葉を、今度は俺たちがくれてやる』」
すうっ、と、ミリアムが息を吸った。
そして。
「『生きたいと言え。その言葉をくれたなら、俺たちは全力でテメェを助ける』」
少し乱暴な言い回しになったその言葉は、かつてファイム自身が言ったこと。
ファイムの目から、涙が一滴、零れ落ちた。
その言葉は、言ってもらいたくて、しかし、もらえなかった言葉だから。
「私も同意見です。……ファイムさん。受け取ってください」
ジュエルシードが差し出される。ファイムはトリガーから左手を離し、それを受け取った。
それを見たはやてが、問う。
「ファイムくん。何を、願うんや?」
「……何を、願えばいいのでしょうか?」
「それは、自分で決めなアカン」
願いを叶えるロストロギア、ジュエルシード。
それを手にしたファイムは、惑う。
力を望むべきと知りつつ、僅かに。
はやての言葉を聞いたから。
聞いて、しまったから。
はやてはファイムの左手を両手で包み込むように握ると、優しい笑顔を浮かべた。
「わたしは、ファイムくんが決めたことを手伝うよ? だから、ファイムくんは見つけなアカン」
選ぶ、ではなく、見つける。
はやては、そう言った。
「自分のことを罪人やって、そう言ってたやんな? だから、償うんやって。でもな、ファイムくん。自分がしてることは、償いであって、償いでないんよ?」
八神はやては語る。
彼女こそが、罪人として今も尚償いを続ける人だから。
「罪は、自分で背負うもんや。償いは、自分でするもんや。……他人が決めたことに従うのは、償いとちゃうんよ」
はやては、微笑んでいた。
微笑みながら、泣いていた。
「もちろん、ファイムくんが自分で決められる状況やなかったのもわかる。せやけど、今なら。今やったら、選べるやろ?」
「…………僕は」
ファイムは、俯く。
はやてに言われたことは、気付いていたことだ。人の言う通りに動いても、償いにはならない。
けれど、それでも。
そうするしか、なくて。
そんな自分を否定したら、全てを失ってしまいそうだったから。
「僕は……」
「辛いやろ? 難しいやろ? しんどいやろ? けどな、それが真実で、それだけが現実なんや。でも、それでも今ここで、ファイムくんは選ばなアカン。自分で見つけて、背負って、抱えて、決めなアカン」
「僕は!!」
ファイムは、思わず耐えかねたように叫んだ。
「僕は、人を殺したんです。機械なんかじゃない、何十年と続いたはずのその人の人生を、そこで終わらせた。終わらせてきた。そんな僕が今更、偉そうに『こう償おう』なんて言えるわけがないじゃないですか!!」
結局は、そういうこと。
見つけられないのではなく、その資格すらないと、そういうこと。
死人に償う方法など、ないのだから。
だから。だからこそ。
ファイム・ララウェイは、これほどまでに間違ってしまったのだから。
だが、しかし。
はやては、それを否定してくれる。
「人、っていうんは、いつだって気付くのが遅い生き物なんや。けどそれは、いつ気付いても遅くないってことでもあるんやで?」
「……詭弁、です」
「かもしれへん。でも、もしそうやったら。世界は、もう少し優しくなるやろ?」
残酷で理不尽な世界が、優しくなる。
はやては、そう言った。
――そして。
「それでも、ファイムくんが罰を受けたいなら、わたしが罰をあげる」
はやてはファイムから手を離し、ファイムを、優しく抱き締めた。
「生きること。忘れないこと。それが罰や。ええか、ファイムくん?」
「…………ッ」
「世界中の誰もが許さなくても、わたしはファイムくんを許すよ。だから、生きて」
はやては、ファイムを抱きしめる腕に力を込めた。
「こんなになるまで頑張ってここを守ってきたファイムくんになら、幸せになる権利がある」
幸せになっていい。
ずっと、言って欲しくて。言われたくて。
でも、拒絶してきた言葉。
それを、くれた。
この人が。
この人――だけが。
八神はやてという女性が、『許す』と、そう言ってくれた。
「……僕は……」
ファイム・ララウェイは、突きつけられる。
この短い間に、選択を迫られる。
罪人として生き。
罪人として償ってきた。
しかし、償い方を間違え、そして、選択を迫られる。
今までの生き方を貫き通し、ここで果てるか。
それとも、別の答えを出すのか。
「……僕は……」
ファイム・ララウェイの。
――出した答えは。
◇ ◇ ◇
「……すまねぇなぁ、嬢ちゃん。ここまですっ飛んできてくれたんだろ?」
「いえ……こんなの、見過ごせませんから」
カグラの言葉に応じたのは、白きバリアジャケットを纏う魔導師。威風堂々たる姿は、管理局の誇り。
現代の――『エース・オブ・エース』。
「……嬢ちゃん。お前さんも無理する必要はねーからな?」
「大丈夫、わかっています」
そして、高町なのはが空へと上がる。
「いくよ、レイジングハート」
《Yes,my master》
「エクセリオン……」
高町なのはの真骨頂。一部では『白い悪魔』と呼ばれる砲撃が、収束する。
「バスターッ!!」
凄まじい威力の一撃がガンゲイルに直撃し、その巨体がバランスを失う。そこへフェイト、シグナムが追撃の一撃を叩き込むと、ガンゲイルは仰向けに倒れた。その光景を見、カグラはヒュウ、と口笛を吹く。
「怪物だねぇ……。全盛期の俺より強いんじゃねー? まあいい。俺は俺の仕事がまだ残ってる」
キィン、という音と共に、カグラの足元に紡がれるミッドチルダ式の魔法陣。
カグラは通信機を取り出すと、片っ端から魔法で繋いだあらゆる場所へと声を飛ばした。
「あー、あー、聞こえるか? この緊急事態において指揮を執るカグラ・ランバードだ。俺たちは現在、物凄く厄介な状況にある。だが安心しろ。手は打った。しかし、こいつはもう少しだけ時間がかかっちまう」
カグラは、真剣な表情で言葉を紡ぐ。
「だから、それまで時間稼ぎをしてぇんだが、それには手が足りん。そこでだ。――お前さんたちの力を借りたい」
その言葉は軽く紡がれたようで、必死の想いが込められていた。
「上の決定によれば、アルカンシェルを撃つために俺たちは撤退しろとのことなんだが……クソ喰らえだ。俺はそんな結末は認めねぇ」
カグラは、言葉を続ける。
「俺たち時空管理局のすべきことはなんだ? 弱きものを守ることだ。アルカンシェルを撃って地図を書き換えちまったら、それは最早管理局のするこっちゃねぇ。俺たちの目的は敵を潰すことではなく、か弱き市民を『守る』ことだ。確かに相手は強大だ。けどな、関係ねぇんだそんなこたぁよ!!」
カグラは叫んだ。
皆の覚悟と想いを、無駄にせぬために。
「ランクが低い? 関係ねぇよ!! 今ここで踏ん張ってる奴の中に、精々がAランクの奴がいる!! 魔力がもう限界の奴もいる!! けど、そんなこたぁ関係ねぇんだ!! そういう次元の話じゃねぇんだよ!! 無理だってんならそれでもいい!! 命も懸かる!! だが、頼む!! 助けてくれ!! 陸も海も空も地上も本局も支部も関係ねぇ!! この場所が!! 明日からまた多くの笑顔が行き交う場所になるように!! そうするために!! 頼む!! 手を貸してくれ!!」
カグラは、目撃する。
空を駆ける魔導師が。
大地を走る魔導師が。
明らかに力不足と知りつつ、向かっていく姿を。
「これは『命令』ではなく『頼み事』だ!! 俺たちは今から『切り札』の準備完了まで奴の足止めに入る!! いいか!? 目覚めが悪ぃ!! 死ぬんじゃねぇぞ!! さっさと終わらせて祝勝会だ!!」
そこでカグラは大きく息を吸い込み、そして叫ぶ。
「てめぇら返事はどうした!!」
『『『応ッ!!!!!!』』』
――決着は、近い。
◇ ◇ ◇
本局の会議室は騒然となっていた。
命令違反と取れる、地上本部近くで待機していた魔導師たちによる戦闘参加。これにより、事実上『アルカンシェル』は撃てなくなった。
緊急事態宣言が発令された、今回の事件。管理局の理事たちは、大きなことを忘れていた。
――局員法。
警察と司法、更には軍隊としての側面も持つ管理局は、その命令系統を明確にするためにそんなものが定められている。
そして、その中には緊急事態宣言が発令された際の指揮系統の決定も含まれている。
「ナカジマ三佐!! 貴様理事会を無視する気か!?」
理事の一人が、今回の件でカグラたちに協力している陸士108部隊の部隊長、ゲンヤ・ナカジマに怒鳴る。だが、ゲンヤは肩を竦めて応じた。
『しかし、それを聞けばそれこそ局員法に触れ、命令違反になりますが?』
局員法に記載されている一つの事柄。
それは、『緊急事態宣言が発令された場合、現場の最高指揮官に最終的な全ての決定権が委ねられる』というものだった。
今現在、現場で指揮をとっているのはカグラである。彼に従わなければ、むしろゲンヤたちが命令違反になるのだ。
ミゼットは、ふう、と息を吐いた。
本来この法は、上からの指示を待つ余裕がない現場のための法。 それを、カグラは利用した。
普段なら障害になることはない局員法。しかし、現場が上に逆らえば、それは障害となる。
何より――
(一時的なものであるとはいえ、今の坊やは私たちよりも決定権が上。罰せられる要素もない)
他の者たちもそうだ。彼らは命令違反などしていない。彼らは『頼み事』を聞いているだけ。そもそも命令を受けていない。
ならば彼らにこちらの命令を出せばいいかといえば、そうもいかない。カグラは片っ端から通信を繋ぎ、彼の言葉はあらゆる場所へと届いた。それを真っ向から否定すれば、世論を敵に回す。
カグラ・ランバードという男は、かつて『エース・オブ・エース』と呼ばれた存在であり、その知名度は計り知れないのだ。
(頭は冷静に、自分に有利な状況を用意……相変わらず、恐ろしい坊やだわ)
ミゼットは、戦場を映すモニターを見る。
そこにあるのは数多の魔導師たちによる戦いであり、そして、管理局のあるべき姿。
地上、海、空。
本局、地上本部、支部。
手を取り合うべきでありながら取り合わなかった者たちの共闘だ。
――滑稽なものである。
理事と呼ばれる、優秀なはずの局員が何人集まっても良くできず、むしろ悪化させていた関係を、たった一人の男がこの時だけではあるが、繋げたというのだから。
ミゼットは、目を凝らし。
結末を見届けるため、モニターを見据えた。
◇ ◇ ◇
《魔力供給、完了です》
『いつでも撃てます』
『お願いするです、ファイム!!』
リンネと、ファイムとユニゾンした状態のミリアム。そしてはやてとユニゾンしたリィンフォースが、こちらにそう言葉を紡いできた。
ユニゾンにより、髪と瞳が綺麗な翡翠色になったファイムは、引き金に指をかける。
はやてはファイムの体を支えるように寄り添い、片手でファイムを抱き締め、片手でファイムの左手に手を添えながら、言葉を紡いだ。
「みんなに、お礼言わなアカンなぁ」
「はい。でも、その前に」
ファイムは敵を見据えながら、穏やかな表情で言葉を紡ぐ。
「ありがとう、はやてさん」
心の底からのそれを。
たくさんの言葉をくれた貴女に。
足りないけれど。
こんなものじゃ、弱いけれど。
それでも、伝えたかったから。
そして、ファイムは。
――引き金を、引いた。
――終幕の、音が鳴り響く。
◇ ◇ ◇
バラバラと、砲身が砕けていく。それと同時にファイムも倒れかけたが、踏みとどまった。
まだ、倒れたくなかったから。
はやては、そんなファイムの手を握り、問う。
「結局、ファイムくんは何を願ったんや?」
わかっているくせに、彼女は言った。
ファイムは、微笑を浮かべる。
「そんなもの、決まっているじゃないですか」
遅すぎたけど。
今更だけど。
それでも――願った。
「〝生きたい〟」