Fate/Grand Order Emiya The Third 作:黒崎士道
『父さんは、正義の味方になりたいんだ』
遠い日の月夜の晩、まだ幼かった自分は縁側に座り満月を見上げていた父にそう言われた。正義の味方。それは日本人であれば誰もが子供の頃に憧れ夢見る、平和を愛し、人々を守る為に悪を挫く存在だ。
『なりたいって、父さんは正義の味方じゃないの?』
自分は父に問いかけた。自分が小さい頃から他人を助けてばかりいる父は自分の誇りであり憧れの正義の味方だった。
『ああ、残念ながらな。小さい頃からその夢に近づこうとしてきたけど、人助けと正義の味方は別物なんだ。だから、どうしたらいいのか分からないんだ』
それは憧れだった父が珍しく零した言葉だった。自分がかっこいい正義の味方だと思っていた父でも本当の正義の味方になるのは難しいと言う。でも、だからこそ言いたかった。自分も父と同じようにかっこいい正義の味方になりたいから。
『じゃあ、俺も正義の味方になるよ!』
自分がそう言うと、父は驚いたように目を見開きこちらを振り向いた。
『強くなって、いつか父さんと母さん、藤ねえや桜ねえ、慎二にいをまもれるような正義の味方になる!』
全ての人々を救う、とは言わない。だからせめて、大事な人達を護れるような正義の味方になりたかった。
『そうかーーーなら父さんも負けられないな』
そう言って父ーー衛宮士郎は笑いながら夜空に浮かぶ満月を再び見上げた。
この日、『正義の味方になる』という理想は二代の衛宮の名を持つ男たちから、三代目の正義の味方を目指す少年ーー衛宮空に受け継がれた。
♦︎
視界が点滅する。頭の中がミキサーみたいにゴチャゴチャになったように気持ち悪い。俺、今何をしていたんだっけ……?
ーーフォウ……?キュウ……キュウ?フォウ!
不意にペロリと、何かが頬を舐めた感触が走った。そこでやっと自分が目を閉じたままの状態だと理解した。それにしても今のは一体何の鳴き声だ?
瞼を開き目を見開く。目の前に認識したのは先程の鳴き声の持ち主ではなく、薄紫色のボブカットで眼鏡をかけ、ジャンパースカートの上にパーカーのようなものを羽織っている少女だった。
「……えっと、君は?」
いきなりの事で軽い思考停止状態に陥り少女を見つめ続けてしまう。そして、それは相手も同様のようだ。
「…………あの。朝でも夜でもありませんから起きて下さい先輩」
そう言われて自分の状態を確認すると、床に寝転んでしまっているようだ。ああ、それで彼女を見上げている形なのか体を起こしながら辺りを見渡す。うっすらと見覚えのあるような、ないような場所だがやはり見覚えが無い。
「ここ…どこなんだ……?」
顔の前に差し出された手を掴んで立ち上がり、それから目の前の少女に問いかける。
「はい。それは簡単な質問です。私は、マシュ・キリエライトと申します。ーーここは正面ゲートから中央管制室に向かう通路ですが、より大雑把に説明するとカルデア正面ゲート前ですね」
「カルデア……」
カルデアという名を頭の中で反芻させる。そうだ、カルデアとは魔術師の貴族「アニムスフィア家」が管理する確か未来における人類社会の存続を保障する事を任務とする機関。そのカルデアから招集状を受けて日本の冬木市から遥々ここに来たんだ。
「ところで質問なのですが……何故通路の床でお休みになられていたのですか?硬い床でしか眠れない性質なのですか?」
寝ていた?この通路の床で?
「……ちょっと待って、俺ここで寝ていたのか?」
身に覚えの無い事を聞かれても何が何だかといった風に問うが、相手は口元を緩めて、さも当たり前のように答えてくれた。
「ええ、すやすやと。
そこまで気の緩んだ顔を見せていたのか、恥ずかしくなって赤面する。少女も微笑ましそうに笑っていることが更に顔を熱くさせる。
「フォウ!キュー、キャーウ!」
「んっーーうぷっ⁉︎」
頬を掻いていると突然何かが声を上げ顔に飛びかかってきた。フサフサした何かは顔にしがみつき俺は何がどうなっているのか状況が理解できない。
「……失念していました。紹介がまだでしたね。そのリスっぽい方はフォウ。カルデア内を自由に闊歩する特権生物です。私はその方に導かれてお休み中の先輩を発見したんです」
「せ、説明はいいから何とかして!」
フォウという動物に顔や頭を揉みくちゃにされながら動き回られた挙句、そのまま飛び降りて逃げ去っていった。
「ハァ、はぁ…何だったんだ……」
「……またどこかに行ってしまいました。でも懐かれましたね。あのように法則性無く、カルデア内を散歩しています」
「……不思議な動物だな」
「はい。私以外にはあまり近寄らないのですが、先輩は気に入られたようです。おめでとうございます。カルデアで二人目の、フォウのお世話係の誕生です」
「いや、お世話係って……」
あのリスもどきーーもといフォウはこの子以外の人間には近寄らないため、彼女が一人でお世話係を務めていたらしい。まあ、ちゃっかり二人目に認定されたのはなんとも言えないが。
「ああ、そこにいたのかマシュ。だめだぞ、断りもなしに移動するのはよくないと……おっと、先客がいたのか。すまないね」
そこに介入者が現れた。19世紀でのヨーロッパ地方の貴族の様な格好をした男性だ。恐らくは彼の特徴的な髪もそのイメージを助長させている。
「君は……そうか、今日から新しく配属された新人だね。私はレフ・ライノール。周りからは教授と呼ばれているがここで働かせてもらっている技師の一人だ」
「よろしく。俺は衛宮空」
俺は名乗り笑顔でレフ教授から差し出された手を握り返す。
「ふむ、空君か。君は招集された48人の適性者、その最後の一人というワケか。歓迎するよ、ようこそカルデアへ」
「ありがとう」
その言葉に、思わず苦笑を返す。ようこそ、と言われるにはここの通路は少々殺風景な場所だ。
「ところで一般公募のようだけど、訓練機関はどれくらいだい?一年?半年?それとも最短の三ヶ月?」
訓練?聞きなれない言葉に首を傾げた。招集状には訓練なんて言葉はどこにも書かれていなかった気がする。記載されていたのはカルデアへの招集報告と場所だけだ。
「く、訓練……?いや、俺はこの招集状を受けてここに来たんだけど」
そう言ってポケットに入れていた招集状をレフ教授に手渡すと、レフ教授はそれを広げて眉をひそめる。
「これは……そういえば数合わせに採用した一般枠があったんだな。君はその一人ということか」
「……え?数、合わせ…?」
レフ教授が言うには、このカルデアでは魔術師の名門から38人、才能のある一般人から10人の合計48人のマスター候補が集められていたのだ。俺の母、遠坂凛は御三家の一つと言われる魔術師の名門、遠坂家の魔術師だが、父の衛宮士郎は魔術師としては三流だという。そして息子である俺はその三流魔術師の跡取りとしてその10名から引き抜かれたということだ。
「……数合わせ………数合わせ………」
名門として選ばれたのではなく、ただの数合わせに呼ばれた。そう思うとしょげずにはいられなくなり、その場に座り込む。それを見たレフ教授がフォローしようと言葉をつなぐ。
「だ、だが!そう悲観しないでくれ!むしろこれは喜ばしいことなんだ!この2020年において霊子ダイブが可能な適性者がすべてカルデアに集められたのだからね」
「あ、ありがとう……」
レフ教授の言葉で少し立ち直れて強張った笑みを浮かべると、あちらも邪気のない笑顔を見せる。
「わからないことがあれば私やこのマシュに聞いてくれ。ところで、マシュは空君と何を話していたんだい?らしくないじゃないか」
「いえ、先輩がこの区間で熟睡していたので、つい」
「熟睡していた?空君がここで…?」
マシュの言葉にレフ教授は目を丸くし、次にはあははは……と愉快そうに笑った。
「ははは……空君、さては入館時にシュミレートをうけたね?霊子ダイブは慣れていないと脳にくる。シュミレート後に意識が覚醒しないままここまで歩いてきたんだろう、まあ一種の夢遊状態だよ」
「夢遊状態……?」
そういえばうっすらと見覚えのあるような場所だと思ったらあれは寝ぼけてここに歩いてきたからなのか。だとしたら相当恥ずかしい。
「まあ見たところ異常はないようだが一応医務室に運びたいところなんだがね、すまないがもう少し我慢してくれ。じきに所長の説明会が始まる。君も急いで出席しないと」
「所長……?」
「ああ、このカルデアの責任者にして
「え、えっと……うん」
言えない。母さんに渡されたカルデアのパンフレットを読まずにそのまま引き出しに放置していたなんて言ったら、ただじゃすまない。
「そのようですね。所長のプロフィールは一般公開されてませんから。所長は『アニムスフィア家』と呼ばれる百年以上の家系の魔術師なんです」
「まあ所長のことを知っていようと君のマスターとしての任務に支障はないしね。五分後に中央管制室で所長の説明会がある。君たち
レフ教授がそう言ってさあ、こっちだよと先導しようとする中、マシュがすっと手を挙げた。
「レフ教授、私も説明会への参加は許されるのでしょうか?」
「うん?まあ、隅っこで立ってるくらいなら大目に見てもらえるだろうけど……なんでだい?」
「先輩を管制室まで診るべきだと思ったのです。途中でまた熟睡される可能性があるので」
「流石にもう寝ないって……」
苦笑してマシュに言い返す。先ほどはまあ、シュミレートのせいで寝ていたけど、流石に大切な説明会で寝ることもないだろう。
「……でも君を一人にすると所長に叱られるからなあ……結果的に私も同席する、ということか。まあ、マシュがそうしたいなら構わないが、空君もそれでいいかい?」
「うん。まあ、それはいいんだけど……」
「……けど?」
「……なんでこの人は俺のことを先輩って呼ぶんですか?」
「……………」
そう言った途端にマシュが黙り込んだ。なぜか若干頬も赤くなってる気がする。
「確かに、空君は見た感じ年下だけどはっきりと口にするのは初めてか。ねえ、マシュ。なんだって空君が先輩なんだい?」
「理由……ですか?空さんは今まで出会ってきた人の中で一番人間らしいです。ですので、敵対する理由が皆無です」
「なるほど、それは重要だ!カルデアにいる人間は一癖も二癖もあるからね!私もマシュの意見に賛成だな。空君とはいい関係が築けそうだ!」
「は、はあ……」
レフ教授はマシュに同意して愉快そうにしているけど、こちらとしてはまったく理由がわからない。なんなんだ?出会ってきた人の中で一番人間らしいって、どれだけカルデアには変人がいるんだ。
「さあ、そろそろ行こうか空君。なに、所長は慣れれば愛嬌のある人だから大丈夫さ」
本当に大丈夫なのだろうか?そんな不安を抱きつつ、空とマシュはレフ教授の後をついていった。