暁美ほむらとのファーストコンタクトはまずまずの結果だったと言える。警戒されながらも、あっさりと協力関係を結べたのは大きい。世界に裏切られ続けた彼女だから、得体の知れないイレギュラーに対して問答無用で敵対してくる可能性もあった。しかし、予想よりも性格や姿勢は頑なではなかった。おそらく俺に対して希望を見出しているのかもしれない。鹿目まどかを救える可能性が僅かにでもあるならと、そう思っているのだろう。何度繰り返しても鹿目まどかを救えなかったという事実は、想像以上に彼女から希望を奪ってしまっているようだ。原作でも、彼女は「冷徹で頑なな自分、誰にも何にも頼らない自分」を無理矢理演じようとしていたに過ぎない。既に心は悲鳴を上げているのに、聞こえないふりをしている。張り詰め続けていないと、すぐに絶望して魔女化してしまう状況だったのだろう。
敵対しなかったのは評価できるが、俺に依存して頼るようになるのはまずい。このまま何も考えずに協力していけば、おのずとそうなってしまう恐れがある。それでは彼女の物語にオチをつけることが難しくなる。ワルプルギスの夜撃破後、張り詰めた糸の切れた彼女は近いうちに魔女化してしまうだろう。その時、きっと鹿目まどかはインキュベーターと契約をしてしまう。
彼女には、ある程度緊張感を持っていてもらう必要がある。これから鹿目まどかと接触し彼女を守るつもりだが、多少ピンチを「演出」して、俺に頼り切るのはまずいという印象を与えなくてはならないかもしれない。
さて、その鹿目まどかとの接触だが、いまだ方針を決めかねている。彼女と接触するということは、必然的に美樹さやかと巴マミと接触するということだ。鹿目まどかには優しくて頼りになる、不思議な力で魔女と戦うクラスメイトとして接すればいい。俺に憧れと嫉妬という対極の感情を同時に抱いてしまって焦燥を感じてしまうだろうが、それでいい。彼女は悩み葛藤し苦悩してそれを乗り越える必要がある。美樹さやかは・・・鹿目まどかに優しく接する俺を邪険にはしないだろう。最初は警戒するかもしれないいが、それ以上に上条恭介への思いでその他のことは目に入らなくなるだろう。一応アドバイスという形で魔法少女化の危険性やその先に待つ展開を示唆していこうとは思っているが、おそらく無駄に終わると見ている。彼女の魔法少女化は半ば世界の意思だ。彼女は自分の意志で上条恭介のために契約したと思っているだろうし、事実としてそうではあるのだが、大局的な視点で見るとそうではない。彼女の魔法少女化、そして魔女化も『魔法少女まどか☆マギカ』の「シナリオ」上の記号として存在している、と俺は考えている。そして巴マミだ。彼女が魔法少女の真実を知ってしまうのはまずい。多くの二次創作で描写されているように、彼女のメンタルは潔癖かつ脆弱すぎる。ソウルジェムが魔法少女本体であるという事実には耐えられるかもしれないが、魔女化の事実は完全にアウトだ。かといってその事実を隠し続けても、悟い彼女は隠し事をされていることに気付き、真実にたどり着くか、たどり着かなくても疎外感や孤独感を味わうことになる。それがトリガーとなって魔女化してしまう可能性は大いに有る。
考えれば考えるほどに詰んでる状況に辟易する。『魔法少女まどか☆マギカ』の巧妙に練られたシナリオ、悲劇の歯車。オリ主泣かせの設定群。あちらを立てればこちらが立たない。
鹿目まどかの因果、魔法少女としての素質は暁美ほむらの度重なるループで莫大なものなっている。インキュベーターの言っている通り、ほぼ“何でも”奇跡を起こせるだろう。が、願う奇跡は純粋な祈りでなければならない。感情の振れ幅がインキュベーターの言うところのエントロピーを凌駕しないと願いは叶わないと考えられる。原作での鹿目まどかと巴マミとの会話であった「ケーキ」などでの魔法少女化は、できないようにも思えるがおそらくできるだろう。その時点での鹿目まどかは何もできない自分を変えたいと思っていた。推測だが、魔法少女化の条件は「それを叶えるために必要なエネルギーロスを上回る感情」であると考えられる。自身の変化を願う思春期少女の感情が、たとえ「ケーキ」といったような大したことのない願いを媒体にしたとしても魔法少女化に十分なエントロピー減少を達成する。願いの質が低いから魔法少女としては弱体化してしまうかもしれないが。それはさておき、鹿目まどかの「純粋な願い」と「それを達成するだけの感情」の2つの要素をうまく誘導することによって、彼女達の物語のオチとして相応しい結果を導くことができるかもしれない。原作通りのオチと近いものになってしまうかもしれないが、贅沢は言っていられない。改めて考察することで、どれだけ原作のオチが最良だったかが浮き彫りになってくる。鹿目まどかの神化、あるいはそれに近い形での『まどマギ』世界の条理の破壊をこれからの指針とするならば、俺が関わることによって起きてくる外的要因をかなりの精度でコントロールし、鹿目まどかをオチへ向けて誘導する必要がある。鹿目まどかの精神的な成長と覚悟は、途方もない願いを達成するために必要な感情の強さを満たす上で欠かせないものとなってくるだろう。
原作での鹿目まどかの成長は、巴マミ、美樹さやか、佐倉杏子のある意味での犠牲があったからこそのものだ。俺の介入で彼女達はワルプルギスの夜戦まで生き残ることになるだろう。美樹さやかは今のところどうなるかわからないが。となると、鹿目まどかの精神的な成長は別の方面から促していくしかない。
だが、ここで改めて気を付けなければならないことがある。先ほどの暁美ほむらとの邂逅で気付かされたことだ。どうやら俺は彼女達に対する勝手なイメージに基づいて対応を考えてしまっているらしい。これは気を付けなければならない。彼女達は未完成の少女達だ。俺がどれだけ考えを巡らせ、最善だと思える策を弄したとしても、彼女達は俺の意図通りに考え行動してくれるとは限らない。所詮男で歳も離れている俺が思春期の少女達の思考を読んだとしても、たかが知れている。人生経験も少なく、理性よりも感情の影響が大きい少女達の思考は、俺の予想の斜め上を行くことも多いことだろう。
翌日、学校に初めて登校した。といっても捏造した記憶は自分にも暁美ほむらを除くその他の人間にも埋め込まれているので、大した問題は起きない。そもそも設定では俺はあまり人付き合いをするタイプではないことになっている。周りにいるのは中学生達。聞こえてくる会話は、まさに思春期の少年少女達のもの。昨日のくだらないTV番組の話から、ひそひそと他愛のない恋愛話をしているのまで聞こえてくる。俺が中学生の時もこんな感じだったのか、などと考えてみるが、よく思い出せない。
鹿目まどかと美樹さやかを気付かれないように一瞥する。鹿目まどかの傍にインキュベーターは見えない。どうやら魔力を使用できる俺にも、魔法少女の素質というものは存在していないようだ。これは好都合だ。もしインキュベーターが見えてしまったら、見えていることによる僅かな不自然さを察知され、俺の存在を警戒されてしまいかねない。とはいえ、すぐに鹿目まどか達と接触するのでインキュベーターに気付かれても問題ないといえばないが。
暁美ほむらが教室に入ってきた。鹿目まどか達をはっきりと睨みつけている。それに対し、鹿目まどかは多少不安そうに、美樹さやかは警戒しながらも強い視線でもって応えていた。授業中も、鹿目まどかはしきりに暁美ほむらに注意を向けているようだ。
昼休み、鹿目まどかと美樹さやかは屋上へ向かったようだ。その様子を、『想像実現』で作成した能力『認知不可の観察(insensible ovservation)』で監視する。『認知不可の観察』は、H×Hの念能力として「実現」したものである。この能力は文字通り、絶対に察知されることなく、対象とした人物を遠隔で観察できるものだ。『魔法少女リリカルなのは』シリーズでおなじみであるサーチャーの念能力版みたいなものである。
魔力を使う能力だとインキュベーターに察知される危険性があると考えた。俺のこの世界での立ち位置は「魔法少女の系統とは違う魔力を用いる魔法使い」で行こうと考えている。魔法少女やインキュベーターの前で魔力以外の能力の使用は控えるつもりだ。魔力を用いた能力でも、あまりにも強大な能力は彼女たちの前では使用しない。圧倒的で理不尽な、それこそ“どんなことでも”実現可能な要注意人物と警戒、あるいは依存されるのは本意ではない。その点、念能力で、しかも秘匿性の作用を持った能力であれば、例えインキュベーターと言えど察知することは不可能なはずだ。
屋上でのやりとりは概ね原作通りといえるものだった。俺が暁美ほむらと接触したことによる影響は見受けられない。
次のイベントは魔法少女体験コースと、廃ビルでのゲルトルート戦だったはずだ。俺のこの世界への本格的な介入はここから始まる。そのための準備を念入りにしておくことにする。
考察不足、描写不足