Fate/guardian of zero   作:kozuzu

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第四話 誘惑と驚愕 その七

浴槽に、桃色が広がっていた。

どこに行くでもなく、ただただ湯船の中をゆらりくらりと桃色が揺蕩(たゆた)う。

その桃色の持ち主の心を湯船に移しこんだかのように、行き場もなく、ただただ揺蕩っていた。

 

 

「ぶくぶく……」

 

 

湯船というのは半身浴が基本であるが、今のルイズは半身どころか鼻まで湯に沈めてその温かみを殆ど全身で享受していた。

時折、鼻と口が浮き沈みして酸素を補給してはまた湯船に戻っていゆく。

浮き、沈み、浮き、沈む。

傍から見たら、何をやっているんだろう、この子は。と、心配になるが、安心してほしい。

 

 

(あたし、何やってんだろ……?)

 

 

当人も何をしているか理解していないのだから。

何度かそれを繰り返している内に、だんだん意識が朦朧(もうろう)としてきた為、これは拙いと、ルイズは湯船から身体をざばあ、と浮上させた。

突然身体を上げたものだから、健康的だがややスレンダーな肢体からしぶきが飛び、ピンクブロンドの髪が空気でふわりと広がる。

見るものが見れば、妖精のようだ、とその光景に目を奪われるだろうが、ここは、貴族の令嬢たちが使用する学院共用の浴室である。なので、目はこちらに向くが、しぶきが鬱陶しい、と非難の視線しか飛んでこなかった。

ルイズは少しバツの悪そうな顔をしたが、すぐに湯船から離れ、身体を洗う大理石から削り出した琥珀色が全面に広がり、令嬢たちはその琥珀の中で一日の垢を落としてゆくのだ。

浴槽から上がったルイズは、洗い場の空きスペースの一つへと身体を滑り込ませ、洗い場に備え付けられた宝石に手をかざす。呪文はいらない。魔力を当てるだけで良い。これだけなら、流石のルイズも爆発は起こさなかった。

石鹸を魔法で生み出された水に浸し、十分に濡らした後に、両手で泡立てた。

 

 

「はあ……」

 

 

泡立てながら、湯船で「ぶくぶく……」とやっていた溜息を、こんどは水中ではなく、空中に吐き出した。

しゃかしゃか、しゃかしゃか。

こすればこするほど、石鹸の泡は増え、増していく。

泡立てる間に、ルイズは思考の海へと沈んでいった。

 

 

(なんなのよ、あいつは……)

 

 

今日一日、ずっとルイズの頭にあるのは、彼女の使い魔である、彼の事である。

身体に張り付くような革の服に、血が滲んでいるんじゃないかと思うほど紅い外套。

肌はゲルマニア人のように浅黒く、髪はそれとは逆に、降り積もる初雪のように真っ白だ。

最初は、傭兵か何かかな?と推測していたのだが、使い魔であるという事に文句ひとつ言わず、それどころか自分の求める水準以上の仕事をこなす。

理解力、洞察力もおおよそ傭兵のものとは思えないほど優秀だ。それは、昨日彼にハルケギニアの常識やら歴史やらを教示した自分が一番よく理解している。

だからこそ、

 

 

(なんで、あんなこと言うのよ……)

 

 

 

『魔法とは、さっき私が言った通り、手段の一つでしかない。火なんてものは、魔法がなくても幾らでも起こせる。魔法で出来ることは、そのほかの手段でも十分に再現が可能だ。であれば、わざわざ回り道をする必要はない』

 

 

 

はっきりと、まるで吐き捨てるかのように、彼は言った。

実際、彼が伝えたかったのはその後の力を過信するな、の部分なのだが、魔法を信じ、光り輝くことはもう生涯ないのではないか。それでも、ただひたすらに自分を磨いてきたルイズは、その言は到底看過出来るものではなかった。

だから、

 

 

『……でも、私は魔法がうまくなりたいの! 今は出来ないけど、出来るようになりたいの‼ だから、邪魔しないでよっ!』

 

 

自分では、間違ったことは言っていないと、今でも思っている。

だけど、

 

 

(なんでこんなに、頭がもやもやするのよ……)

 

 

はあ、と無意識に息が漏れる。

これだ。これを、ルイズは一日中繰り返していた。

自分は間違ったことは言っていない。だから、自分は悪くはない。悪いのはアーチャーだ。

だが、何かが心に引っかかる。

まるで、身なりを整えパーティに向かう途中、何かが不足している、と不安になるあの心境に似ている。

自分はベストを尽くした。でも、それは本当にベストだったのだろうか。

これで良いはずなのに、これじゃあだめだと、自分が頭の中で二人に分裂してしまったのでは?と懸念するほどに、ルイズの心はかき乱されていた。

 

 

 

『魔法がすべてじゃない』

 

 

 

だったら、自分の今までの努力は何だったのか?

 

 

 

『わざわざ遠回りする必要はない』

 

 

 

遠回りも何も、私はこの道しか知らない。

 

 

 

「何よ……何なのよ……」

 

 

 

ふと、気づけば。手元には、石鹸と自分の両手を覆い隠さんばかりの泡が立っていた。

まるで、今の自分のようだ、とルイズは自嘲し、その泡を肌の表面に乗せるように、身体を洗っていく。

 

 

「……どうしちゃったのよ、私…」

 

 

ふと、湯気で曇った備え付けの姿見を、泡だらけの右手で拭う。

そこには、眉を寄せ、眦のつりあがった、おっかない自分の顔があった。

 

 

(ひっどい顔ね……はあ)

 

 

鬱窟とした気持ちが、更に高まる。

姿見から目線を逸らし、泡を流す。

シャアアーと、魔法で制御された水管が、火の魔法と融合し、丁度いい温度で身体を叩いて泡を流していった。

この泡と一緒に、自分のもやもやも洗い流してくれれば、と益体もないことを考えたが、もう一度溜息を吐いて、湯を止めた。

浴場から上がり、水気を取ってあとは部屋に戻って寝るだけだ。

だが、

 

 

(部屋ってことは、勿論あいつもいるのよね……)

 

 

憂鬱である。

そんな時、

 

 

「くおらぁ! クバーシル! 夜中に勝手に出てくなって!!」

 

 

同じクラスの男子、マリコルヌがフクロウの使い魔、クバーシルの夜遊びを咎め、何やら躾をしていた。

使い魔は、契約が成功すれば、主人に絶対服従。だが、人間や貴族のルールを何も知らない為、少々躾が必要なこともある。

 

 

(躾…?……そうよ、何一人でへこんでたのかしら! ダメなことがあったら、おかしいことがあったら躾をすればいいじゃない! 私は主人。あいつは使い魔。使い魔に振り回される主人なんて、主人失格だわ! 幸い、私の使い魔は平民。言葉は通じるし、頭も悪くない。だったら、躾をすればいいじゃない。あの言葉も、きっと記憶喪失で常識とかが欠落してるだけなのよ。だったら、私が教育しなきゃ!)

 

 

これは名案!とばかりに、ルイズの瞳に光が宿る。

そして、思い立ったが吉日とばかりに自室への帰路を急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

部屋にたどり着き、部屋に入ると、アーチャーは窓から月を見ていた。

月の光がその白銀の髪に反射し、幻想的な雰囲気を醸し出していたが、この際それは頭の隅に追いやって、得意の爆発で四散させておいた。

 

 

「今戻ったわ」

 

「ああ、お帰りルイズ。さて、今日の洗濯物はどこかね? 銀行の金貨と違い、洗濯物は溜めても得はない。寧ろ、汚れと言う利子がついてしまうからね」

 

 

皮肉気な表情で、肩を竦めるアーチャー。

口の減らない使い魔である。だが、今日のルイズは一味違う。

 

 

「そう、今日の分はこれよ。そうね、洗濯物は溜めないに限るわ」

 

 

怒るでもなく、言い返し、アーチャーに洗濯物を預けたルイズは、今度はこちらの番だとばかりに口を開いた。

 

 

「そういえば、アーチャー。今日の授業の事についてなんだけど……」

 

 

髪を指に絡めて適当にいじりながら、何でもない風を装い、アーチャーに話題を投げた。

 

 

「……ああ、あれか」

 

「そう、あんたが魔法で出来ることは他の手段でもできるとかなんとか言ってたあれよ」

 

 

淡々と、あくまでも淡々とした口調で続けるルイズ。

アーチャーはと言えば、ルイズに背を見せて洗濯物を素材順に仕分けしていた。仕事には忠実な使い魔である。

ルイズは、ベッドに座って足を組み、「着替えをとって」とクローゼットを顎で示すと、アーチャーはこちらを見ることなくクローゼットからネグリジェ一着と下着一式を取り出し、ルイズがベッドから立ち上がれば、何も言わずともアーチャーは彼女を召し変えた。

本当に、勤務態度だけなら、そこらの執事と遜色ないレベルなのだが……。

 

 

「あんたには、教育が必要ね……。いい? あんたがいたのが、どこの田舎だか知らないけど、この国では魔法が生活の基盤になってるの。……昨日も教えたわよね?」

 

 

暗に、「忘れてないでしょうね?」と自分を着替えさせ終わったアーチャーに目線で訴えると、「ああ、覚えているとも」と頷いた。

着替えが終わったルイズは、ベッドに腰かけ、足を組む。

 

 

「じゃあ、今日のあれはなに? ねえ、私言ったわよね? 貴族たるもの、優秀なメイジであれ。って」

 

「……ああ、そうだな」

 

「そうだな、じゃないの。私が聞きたいのは、どうしてあんなことを言ったのかってこと」

 

「……一時の気の迷いだ。気にするな、と私が言ったら?」

 

「へえ、一時の気の迷いで、あんたはあんなこと言っちゃうんだ? へえ、そう……」

 

 

知らず知らずのうちに、口調が冷たくなっていくのを、ルイズは感じた。

まあ、直すつもりはないが。

 

 

「じゃあ、次も気の迷いでああいうことを言っちゃうかもしれないってことね?」

 

「そうは言っていない。私自身、今日のあの発言は、私にも非があったと認識している」

 

「私、にも?」

 

 

ギン!と、ルイズは視線を尖らせ、アーチャーの全身に突き立てる。

アーチャーは、「ああ、なるほどな」と何やら納得したように頷き、

 

 

「失礼した。あの時は全面的に私が悪かった。ああいったことは、もう言わないと約束しよう」

 

 

左胸に拳を当て、上半身を前傾に頭を下げた。

ルイズはこの仕草と態度に、手ごたえを感じていた。

 

 

(やっぱり、これよ! 躾、そう躾。今までこいつは、躾がなっていなかっただけなのよ。何よ、簡単なことじゃない。……あと、前に読んだ本だと…)

 

 

うんうんと頷き、ルイズは表情と視線をそのままに、足を組み替えて再び口を開く。

 

 

「よし、解っているならいいのよ。……でも、次はないわよ?」

 

「……肝に銘じておこう」

 

 

使い魔の躾方。その一。失敗したら、頭ごなしに怒るのではなく、何故ダメだったのかを根気よく伝え、後悔させること。

その二。

 

 

「……じゃあ、この話題はおしまい。……そういえば、明日は丁度虚無の曜日ね」

 

「そう、みたいだな」

 

「じゃあ明日、あんたに剣を買ってあげる。ギーシュの時にあんた、剣を持った瞬間、すごいことになったじゃない?」

 

「そう、みたいだな」

 

「ええ、そうみたいね。だから、護身用と、私の警護用に、あんたの剣を買ってあげるわ」

 

 

しっかりと叱って反省させた後は、褒美を取らせて、きちんと反省すれば、良いことがあると思い込ませよう。

これを、「飴と鞭」といいます。

これを聞いたアーチャーは、少し考える素振りを見せた後、

 

 

「そうか、それはありがたいな……ありがたく頂戴しよう」

 

「明日の朝一に出発よ。だから、今日はさっさと寝なさい。わかったわね?」

 

「ああ、了解した。私も早めに床に就くとしよう」

 

 

アーチャーは頷き、藁束の上に収まり、背を壁に預けて目を閉じた。

それを確認したルイズは、杖を一振りして、部屋の明かりを消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(眠ったか……)

 

 

ルイズが眠りについたのを気配で確認したアーチャーは、ゆっくりと瞼を開いた。視線を真横に向けると、天蓋付のベッドで、今現在の主人であるピンク髪の少女が、静かに寝息を立てていた。

彼女はこちらに背を向けていたが、アーチャーの優れた視覚と聴覚が、彼女は深い眠りに落ちていることを確信させていた。

 

 

(今日のあの発言は、どうやら彼女の中で戯言として処理されたようだな……)

 

 

ルーンが暴走し、口から滑らせてしまった言葉だったが、あれはあれでアーチャーの本心であった。

あの時こうしていたら、こうじゃなかったら、という彼の自責の念の一つだった。

 

 

 

 

 

正義の味方でありたい。

 

 

 

 

 

 

それが、彼のたった一つの願いであり、願望であり、幻想だった。

人々を救いたい。ただ、泣いている誰かを見たくない。その為に、力が必要だった。

だから――――

 

 

(いや、もういい。私は、答えを得た。であれば、この禅問答は今すべきではないな……)

 

 

安らかな寝息を立てる主人をもう一度だけ見やり、アーチャーは意識を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルイズは、夢を見た。

そこは、見たこともない場所だった。

 

 

(何? この場所?)

 

 

きょろきょろと、周囲を見渡し、次第に彼女はぼんやりとだが、この世界での視覚を得た。

そこは、荒野だった。

ぱさぱさと、やせ細った大地。枯れた木々。

そこに、一人の男が立っていた。

黒い革の服装に、ボロボロになった旅人用のローブ。その人影は、動かない。一歩たりとも。動いているのは、風に揺れるボロボロのローブだけだった。

何をしているのかと、怪訝に思ったルイズは、その背後から正面に回る。

そして、

 

 

「う、ぁう……?」

 

 

夢の中であるにもかかわらず、ルイズは胃を引き絞るかのような吐き気に襲われた。

その彼は、手に赤ん坊だった(、、、)ものを抱いていた。

その赤ん坊は、異様な姿を呈していた。

まず、頭部が半分しかない。眼球があった場所は抉れ、その断面からはピンク色と、血の赤が入り混じった脳漿であった物が溶けた飴のように垂れてきている。それが時折、びちゃ、びちゃと地面に滴る。

腕も、右腕は肘から先が吹き飛び、骨と筋肉だった筋がむき出しになっている。

腹からは腸だったものがはみ出し、壊れたオーディオ機器のように外界へその管を投げ出していた。

一言で言い表すなら、悲惨。

もはや、人間である部分を探す方が難しい有様。

そんな赤子を、その男は、自分の腕が汚れることも厭わず、愛おしげに、悲しげに抱いていた。

 

 

 

――――狂っている。

 

 

 

この光景を観ていられなくなったルイズは、顔を顰めたまま、目線を外す。すると、今までぼんやりとしていた世界が、鮮明に色を映す。

嗚呼、何なのだ、この光景は!?

ルイズは、気が狂いそうになった。いや、もう既に狂っているのかもしれない。

頭はぐるんぐるんと回り、吐き気は常に自身を苛む。だが、目を閉じようとも、耳を塞ごうとも、世界は彼女にその凄惨な光景を映し続ける。

 

 

「いやああああああ!!!」

 

 

ついに耐え切れなくなったルイズは、頭を抱え。声を上げた。

絶叫。まさにその言葉が相応しい。

咽がつぶれそうになることも厭わず、叫び続けた。

そして、ふと世界が暗転する。

 

 

(何? 今度は何よ……!?)

 

 

半狂乱で周囲を見回すと、そこにあの凄惨な光景はなく、ただただ暗い闇が広がっている。

そして、どこからか、声が聞こえてきた。

ルイズは、顔を上げた。

抱えていた頭を離し、声に聴き入った。

何故なのかは解らないが、とにかく、それが大切な何かだと、ルイズは悟った。

 

 

聴かなければならない。

 

 

半ば強迫観念にも似た何かに背中をせっつかれる。

でも、その声は、非常に不明瞭で、何を言っているのか、さっぱりわからない。

 

 

 

「―――――う――――ていい――に――――ように

やさ―――――ち――――って―――

 ―――――る――を作って―――

 あたた―――――やかな―――

 ―せを―――――すように」

 

 

 

(何!? 何なの!? なのが言いたいの!? ねえ! ねえってば!!)

 

 

聞こえない声を必死に聞き取ろうと、手を伸ばし、耳を澄ませ、声を上げる。

しかし、この世界では、ルイズに知覚することは許されたとしても、干渉は許可しなかった。

よって、どれだけルイズが声を上げようが、手を伸ばしそうが、それは何の意味も成すことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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