Fate/guardian of zero   作:kozuzu

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お話の前に。
熊本大震災で被災された皆さま。この度はまことにご愁傷様でした。
微力ながら、震災募金に募金させていただきました。それでどうなるとも分かりませんが、どうか、一刻も早く日常の風景を取り戻される事を、心からお祈り申し上げます。


第四話 誘惑と驚愕 その十三

 一矢一矢に塗られた、毒液がぬらりと怪しげに艶めく。

 空中を滑るようにして飛んでいるこれらを一矢でもその身に受ければ、体の自由と共にルイズの身柄まで失うことになるだろう。

 それは、想像することさえ(はばか)られる最悪の未来であり、絶対に避けねばならない仮定だ。

 だがしかし、アーチャーにはその身を矢が貫くビジョンが一つたりとも連想できなかった。

 

 

(……これが、このルーンの神髄、といったところなのか?)

 

 

 一つ、また一つと彼の後ろへ流れてゆく矢に目もくれず、その矢を放った射手たちへと距離を詰める。

一歩、また一歩と足を出すたびに、射手たちの表情筋が緊張し、顔が強張っていくのが見える。

 矢を一矢射るごとに、その表情はさらに深く、濃くなっていく。

 焦燥。驚愕。恐怖。

 それらの感情が、射手たちの身を焼き、次矢を取る手を震わせている。

 そして、射手達の中の一人とその距離がゼロになる。

 

 

(剣の峰で殴れば、身体ごと吹き飛ぶ。かといって、刃で斬りつけるのは論外だ。で、あるなら)

 

 

 剣を握ったままの手を僅かに開き、射手の衣服を掴む。そして、そのまま切り拓かれた一本道へと投げ出す。

 これらの動作を、何度も繰り返す。

 相手が矢を射ろうが、杖から炎を迸らせようが、お構いなしに続ける。

 一本道に投げ打たれた男達は、身体を丸め苦しげに呻きを上げる。

 誰一人欠けることなく。誰一人その命を散らすことなく、だ。

 

 

(別に、生かしておく理由もない。彼らも、このような稼業に手を出した時点で、覚悟は出来ているだろう。私が手を下さなくとも、役人に引き渡せば自然にその首は飛ぶだろう)

 

 

 分かっている。アーチャーが手を下さなくとも、彼らは役人の手に渡ったが最後、確実な死を迎える。

 因果応報。悪因悪果。

 各々に事情はあるだろうが、成してきた事柄は変わらず、そしてこれからも彼らはその行いを改めることはしないだろう。

 だが、だとしても、

 

 

(それは、私が下すべき誅ではない)

 

 

 心の中で独白し、その上でまた自身に問いかける。

 その行いは、責任逃れではないのかと。

 そもそも、体と心が正常でない今この時に下した決断が、本当に正しいのかと。

 結論は、先と変わらない。

 確かに、命を狙われた。ルーンによる精神汚染の影響とはいえ、庇護対象と断じた命を狙われた。

 生かしておく理由はない。

 だが、殺すべき理由もない。

 ある種の精神異常。精神疾患なのだろう。彼女風に言えば、心の贅肉(ぜいにく)という類のものだ。

 ……あるいはルーンが「彼女に重荷を背負わせるべきではない」と判断し、甘い決断へとこの身を誘導しているのかもしれない。

 

 

(……ある意味、これが理想的な思考と行動なのかもしれんな……)

 

 

 そうして、アーチャーは全ての射手を一本道に晒し終えた。

 一つの動作を終え一呼吸挟んだアーチャーを見計らったかのように、今の今まで沈黙していた剣―――デルフリンガーが大きく振動し、声を発する。

 

 

「あんちゃん! 何かやべぇのが来んぞ!!」

 

「何?」

 

 

その刹那、

 

 

 

 

 

 

 

――――ゾワリ。

 

 

 

 

 

「ッッッ!?!!?」

 

 

鳥肌が立つ。

 

体中が泡立つ。

 

 神経という神経が、捕捉した存在に向けてリソースを大量に消費していく。

 呻きを上げる男達の声が、木々のざわめきが、耳を撫でる風の音が、総てが、悉く、遠退いていく。

 アーチャーが捉えたその存在が立てる音のみが、彼の耳に届く。まとわりつく。

 ざり、ざり、と砂利を踏みしめ、次第にその身を地に深く這わせ、前傾姿勢を取るそれに、意識が引き戻される。

 今までどこかぼんやりとしていた意識の靄が晴れ、頭がスッと軽くなる。

 そうして代わりに、左手甲に刻まれたルーンがこれまで以上の熱を孕む。

 腕の中のルイズ(契約者)を守り通せと。

 

 

「何故、貴様が……!!」

 

 

 正面のそれを睨み、アーチャーは吠える。

 

 

「終わったのでは、なかったのかッ!?」

 

 

 その叫びが届いたのか否か、それはニンマリと口角を上げ、口を開く。

 

 

「Grrr……Guyyyyya―――‼」

 

 

 そうして、その口から洩れたのは、おおよそ声帯から発せられたとは到底思えぬ(けだもの)の咆哮。

 耳をつんざくような咆哮を上げたそれは、手に握られた朱槍と共に空へと跳躍する。

 

 

(もし本当にあれが、ヤツだと仮定するならばッ!!)

 

 

 跳躍のしたその直後、アーチャーはそれの跳躍の意味を推測──否、それを、思い出す。

 そして、瞬時にデルフリンガーを地に突き立て、拳を開いた状態で左手を正面に突き出す。

 その状態から、口早に一節の呪文を唱える。

 

 

「――――I am the bone of my sword.(体は  剣で 出来ている)

 

 

 そのアーチャーの詠唱と動作が完了したと同時に、それは跳躍の最高点で弓の弦を引くかのように、その身を人体の限界まで引き絞る。

そうして、

 

 

突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)ッ――――‼」

 

“熾天覆う七つの円環”(ロー・アイアス)――――!」

 

 

 投擲された朱き魔槍と、七つの花弁を象った紫色の大楯が、暮れゆく空に火花を散らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうしたの?」

 

 

 タバサは、殆ど日の落ちて薄暗くなった空を飛んでいた。彼女の使い魔であるシルフィードの背に乗って。

 いつもはどこか抜けた調子で、天真爛漫な性格のシルフィード。そんな彼女の様子が、今はどこかおかしい。

 

 

「キュイイ……!」

 

 

 まるで、何かに身体を支配されたかのように、シルフィードは一心不乱に羽ばたきを繰り返す。自身の身体を強打する風に姿勢を低くして目を細める。明らかに、シルフィード様子がおかしい。こんなことは、魔法学院に来てからは初めてだった。

慣れているはずのタバサでさえ、背びれに掴む手に力を込めるレベルなのだから。常人ならば、三十秒も経たぬうちに振り落されてしまうだろう。

 

 

「シルフィード……?」

 

「キュイ……キュイイイイ!!」

 

 

 流石にこれは尋常ではないと判断したタバサ。シルフィードに制止をかけようと声を上げた瞬間、シルフィードが甲高い叫びを上げて雲海に突入する。

 細めた瞼のまつ毛に、雲の中の水滴が張り付く。

 そのうち、視界がぼやける。眼鏡が水滴で曇っているのか、瞼の中に入り込んだ水滴が視界を冒しているのかもいるのかもわかならい。

 これでは視界が役に立たないと判断したタバサは思考を切り替えて、手に感じるシルフィードの固い鱗と背びれの感触を頼りに、力の限りその背に張り付く。

 そうして、幾分か経た後。身体を叩く風の感触と、自身を引き剥がそうと牙を剥く慣性が、静かにそのなりをひそめる。

 

 

「なん……だったの?」

 

 

 体中に水滴が付着し、にわか雨にやられた様な状態のタバサは、曇った眼鏡をブラウスの袖で乱暴に拭き取ると、自身の使い魔を見やる。

 そこに、いつものお気楽な使い魔の表情はない。

 鬼気迫る。その表現をそのまま身に宿したかのように牙を剥き、身体を強張らせるシルフィードの姿が見えた。そして、その視線はただただ、地上に向けられている。

 

 

「……なに?」

 

 

その視線の先にあるのは、

 

 

「……アー、チャー?」

 

 

 街道に続く森の一本道。

 その一角で、赤い閃が奔っていた。閃が翻り、道を横断するたびに何やら盗賊のような身なりの男達が一本道へ打ち捨てられてゆく。

彼だ。間違いなく。

 その速度に、目が追い付いていけずに全容は分からないが、それでも特徴的な紅い外套だけは、見間違えようがなかった。そうしてアーチャーの存在に気づき、更に周囲の状況を確認してゆく。

 先も確認した鬱蒼(うっそう)と茂る森と、拓かれた一本道。そこに、先程は日暮れの薄暗さで見えなかったが、何やら大穴が空いており、これまた粗野な格好の男が前方で巻き起こる旋風を前に独り、呆けていた。ただ、何をするでもなく前方を見据えていた。大方、自身の目の前で巻き起こる光景が信じられないと見える。

 まあ、自分でもこのような光景を口頭で聞かされようものなら、無視して本の世界に没頭するはずだから。

 そして、身じろぎ一つしない男を視界から外そうとした瞬間――

 

 

 

――――ドクン

 

 

 

 何かが、胎動する。

 いや、違う。

 

 

 

 

―――ドクン

 

 

 

 

 これは、

 

 

 

――ドクン

 

 

 この、感覚は―――

 

 

 

―ド、――クン――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

獣が、牙を剥いた。

眠りについていた獣が、ふと目を醒まして、口端を上げた。

 

 

 

その感覚が、タバサの身に刻みこまれる。

 今まで、いくつもの絶体絶命の窮地を脱してきた。

 死ぬかもしれない。そう思うことは多々あった。だが、まだ自分は死ぬことは出来ない。こんなところで、死んでなど誰がやるかと心を鼓舞し、心の中にいる大切な家族の顔を思い出し、前に進んできた。

 だが、これは、この感覚は。今まで掻い潜って来た死線が生ぬるいとさえ思わせるこの濃密なコレは。

 

 

――――殺気

 

 

 これが、殺気。

 喉に剣を突き付け、眼球に針先を翳したところで、ここまでの恐怖と圧力は生まれないだろう。それほど濃密な殺気。

 そうして、男の在り方が変わってゆく。

 身体の心臓辺りから靄のようなものが噴き出て、男の全身に纏わりつき、次第に形を成してゆく。

 最初に心臓から始まり、左腕、右足、左足、胴、首、頭、右腕の順に、靄が固定化され、紺色の素肌に張り付くような衣服、それに次第に銀のラインが奔っていく。

 そうして、最後に開いた右手に靄が集約し、集約されたそこから、何かを掴む。掴んだ瞬間、最後の靄が一気に取り払われ、それは顕現した。

 どこまでも刺し貫くような長槍。何かを欲するような、その朱い色に、タバサは目を奪われた。

 その刹那、一本道にアーチャーが姿を現し、それを確認したのか、雄叫びを上げながらソレは空へ跳躍する。

 耳をつんざくその咆哮に眉を顰めるタバサ。それでも、その視線は二人を離さない。

 そうして、投擲された朱き魔槍と、七つの花弁を象った紫色の大楯が、タバサの視界を彩った。

 

 

 

 

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