Fate/guardian of zero   作:kozuzu

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第四話 誘惑と驚愕 その十五

 重力に身体が囚われる。

臓物が体内で揺れ、得も言われぬ浮遊感となって身を苛み、叩きつけられる強風に紅い外套がバタバタとけたましく音を立てる。

まるで生前に数度乗ったことのある絶叫アトラクションのような浮遊感だったが、それを享受していられるほどアーチャーに余裕は与えられていなかった。

 

 

「フッ!」

 

 

強風に呼吸を阻害されながらも、鋭く短く息を次ぐ。そうして自由落下に身を任せながら、投影した黒の洋弓に大小様々な刀剣を番え、矢として目にも止まらぬ早さで速射していく。

常人であれば半秒足りとも持たないであろう矢の嵐。矢が着弾した箇所はまるで月のクレーターを想起させ、その矢の的である槍兵はなすすべもなくそれらを回避することに専念している。

……一見、この状況はアーチャー優勢にも見える。

 

 

しかし、その実は真逆。

 

 

三次元的な挙動が可能な手段を持つ者を除き、殆どの者は自由落下中は大きな方向転換が出来ない。

 一瞬でも隙を与えれば、それが命取りになる。

ルーンによって規格外の膂力と五感を与えられてはいるものの、所詮その身は非才の塊でしかない。まして姿形は変わってはいるものの、宝具の真名解放をしてみせたのだ。奴はアイルランドの光の御子、クーフーリンに相違ない。

 であればこそ、慢心と思考の隙はそれそのまま(敵宝具の真名解放)へと直結する。

ならば油断を抹消し、常に最善策を取り続ける。

イメージするのは常に最強の自分。そこには外敵も、油断も慢心も必要ない。

 

 

「Gruuurrraaaaaaaaa!!」

 

 

 降りやまぬ刀剣の嵐。しかし、槍兵は未だに戦意を失うどころか、獰猛な笑みすら浮かべる。

 突風が吹き付け、常人であれば目を開くことさえ困難な状況の中、アーチャーは神業がごとき精度で矢を連射し続ける。

そうして自由落下に身を任せ、ある程度の高度まで降下したところで、アーチャーは剣の柄を足場に着地の衝撃を抑え一本道へと降り立った。

 元の場所からはやや学院側に寄っている。

 見れば、街道に続く一本道はにはそこらかしこにアリ地獄のようなすり鉢状の穴が穿たれており、まるで巨人か何かが一本道を踏み鳴らして歩いていったかのような様相を呈していた。

 それらに一瞥もくれず、アーチャーは牽制と思考を続ける。 

 

 

(何とかルイズは安全圏、とまではいかないが多少なりともマシな場所へ移した。気色悪いの事この上ないが、幸い奴の目線は私に釘付けだ。このまま、身体強化とルーン魔術の効果に物を言わせ、離脱を試みるのも手だが……となれば、この理性のない獣を野に放つわけだ)

 

 

野に放たれた理性なき獣畜生。その闘争本能の進む先は街か、学院か。

それとも、この街道に留まるか。どちらにせよ、最低で人死に、最悪は街か学院が血に染まって地図から消える。

何やら訳ありで理性を欠き、ある程度弱体化しているとはいえ、神話の英雄クラスの猛者と立ち会えるような実力者がそうそういるとは思えない。

 ならば、離脱は悪手でしかない。

アーチャーはその両手に夫婦剣、干将・莫耶を投影。

僅かに腰を落とし、両腕をだらりと下げて無形の構えを取る。

 

 

(魔力も、そう多く残っているわけではない。……なれば早期決着。それも、相手に反撃の隙を与えぬ必殺の一撃。それを急所へと確実に叩き込まねばならない、か)

 

 

アーチャーの脳裏に、一つの戦術案がよぎる。

そうして、二人の男が相対したと状況が確定した直後、両者の足元が()ぜた。

舞い上がる土煙に紛れ、金属と金属が激突しあった証たる火花が散る。

一つ、二つ、三つと数えるのもバカらしくなるほどの剣閃が弾けては消え、弾けては消える。その様はまるで、四方八方に火の粉を散らす線香花火がごとく。

しかして、線香花火にはない苛烈な戦場の雰囲気を孕んだ二人の戦いは、さらに高速化してゆく。

 

 

(……理性を失いながらも、その速度と技の鋭さに衰えはない。少々落ち着いてきたとはいえ、ヘラクレスの膂力の半分程度の力が今の私にはある。しかし、それを推してなお、善戦するか。やはり腐ってもアイルランドの光の御子、ケルトの大英雄か)

 

 

 木が根元から弾け飛ばない程度に木の幹を蹴って跳躍、同様にして槍兵も加速。

槍兵がすれ違いざまに一撃、とみせかけた体幹への刺突三連撃を、アーチャーは三段突きの要領で力任せに迎撃。

衝撃に耐えきれず、両剣に(ひび)が入る。

迎撃の反動で独楽のように回転しながら、罅の入った両剣を回転投擲。宝具「夫婦剣・干将莫邪」の特性、引き合いを利用したギロチンが、左右から槍兵に迫っていく。

 しかし、槍兵はそれを予期していたかのように空中で腰を回し、右からを朱槍、左からを足で──回転している干将の中心を正確に蹴り抜き──迎撃。両剣を粉砕。その反動で態勢が崩れたかと思えた瞬間、近場にあった樹木でキックターン。息を吐く暇もなく、攻守が逆転。風を抜き去り、音を置き去りに、二者か駆け抜けた軌跡がなぎ倒される木々によって森に刻まれていく。

 もし上空から俯瞰していたとしても、その戦いの軌跡はそう簡単に辿り切れるものではなかった。正確に不規則に蛇行し、直線的かと思えば円運動のように一定周期で衝突、また蛇行。

 光の交わりが幾度も火花と被害を撒き散らし、その後静寂が訪れた。

 両者が木々の合間に降り立ち、それぞれの武器を相手へと構えた。

 

 

「ランサー。いや、ケルトの大英雄クー・フーリン。貴殿にまだ返答できるだけの知性が残っているのなら、一つ問いたい」

 

「Graarrrr……!」

 

「……やはり、答えはしないか」

 

 

 問いに槍兵は答えず、代わりに己が武器に溢れんばかりの闘争心を乗せ、こちらに向けてくる。

半ば諦めていたとはいえ、この世界に呼ばれた理由への大きな手がかりになるかと期待したアーチャーは、落胆しながらも素早く頭を切り替える。

 如何にこの獣を手早く効率的に処理するか。命の灯を消し去るか。

 算段を下し、荒く息を吐き黒い靄のようなものに巻かれたクー・フリンを前に、アーチャーは両剣でXを形作るように構え両足のバネを活かし後方に飛びす去った。当然のように間合いを一足で詰めた槍兵に、跳躍と同時に放たれていた陰陽の剣が胴と首を斜めに両断すべく飛来する。

それを槍を横軸に独楽のように回転しながら踏み込むことでかわし、一息に心臓を刺し穿つたんとする。

が、そうは問屋が下ろさない。

踏み込んだ先には更に飛来する剣の番。これには槍兵も後退せずにはいられず、両足を鉄杙のごとく地面に穿ち転身を試みる。これにより仕切り直しかと思われたが、槍兵はその獣のような勘でもって、自身の死地を予見する。

 

 

「Gruaaa!?」

 

「悪いが、決めに行かせてもらう」

 

 

槍兵が転身を試みた後方のそのルートに、予め設置された夫婦剣のギロチンが回転しながら待ち構えていた。

 

 

「変則、鶴翼三連」

 

 

前方、後方へ飛び出せば飛来した剣に四肢を両断され、かといって上下左右にかわせばアーチャーにより両断される。

己の詰みを感じ取った槍兵は、怒りの咆哮を上げることなく頚を落とされた。


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