魔法少女の騎士   作:アンリ

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第13話 再起

 彼は笑って許してくれた。

 年下だというのに大人びた表情で、頭を撫でてくれた。

 一本芯の通った声色はどこまでも人を安心させてくれた。

 戦いの場においては魔法少女の私に、辛うじてではあるが、付いてこれるだけの身体能力を持ち…

 そして的確な判断で、私に危険が迫り来るのを事前に防ぐ。

 今思えばではあるが…、あの時も彼は油断しないよう、私に注意を呼びかけていた。

 決して私を1人にさせず、傍にいてくれる大切なパートナー。

 大切であるからこそ、私はより一層護りたいと強く願う。

 

 3人に…いや、彼にすくい上げてもらった次の日、私は普段通りの学生生活を送ることが出来ていた。

 ぎこちなくはあったかもしれないが友達には笑顔を振りまき、優等生の自分を模倣できていたと自負もある。

 でも…ほんの少しではあるが、心がざわついていた。

 確実に自身の責任で、大切なパートナーが一生治ることはない傷と欠損を負ったのだ。

 平気なわけがない。

 それでも彼がそんな私を望んでいない。

 それなら私は普段通りを演じなければならない。

 周囲を誤魔化すのには十分すぎる笑顔を振りまき、移動教室のためクラスメイトと談笑を 繰り広げながら廊下を歩く。

 

(そうだ…今日はこの前のお礼にそうま君達を家に招待しよう。今日は体験コースはお休みにして…)

 

 その時、不意に視界に映る影に目を奪われた。

 中学生にして一つ抜け出した身長の彼。

 遠くからでもひときわ目立つその容姿は困ったような笑顔を浮かべ、クラスメイトに囲まれていた。

 ふと教室の中を見ると鹿目まどかや美樹さやか、暁美ほむらの姿もあった。

 いつの間にか彼らの教室の横を歩いていたみたいだ。

 薄い透明の壁は教室の中の様子を鮮明に映し、ドアが開いているからか会話の内容もはっきりと聞こえてきた。

 

「おい!? どうしたんだよ、そうま!?」

「だからちょっとお腹をすかした少女に食べさせてあげただけだって。」

「お前はどこぞのパンのヒーローか!? そんな冗談聞きたいんじゃないんだよ!」

 

 男子生徒の怒鳴りつけるような声が耳に入り、そしてその声の合間に聞き覚えのある声が聞こえた。

 私はつい耳を傾けてしまう。

 

「休み明けに学校来たら、親友がっ! …その…なんだ、腕を…」

「俺のこと親友だなんて…瀬津そうまは涙が止まりませんよ~。よよよっ~…」

「茶化すな! 俺は本当に心配してんだぞ!」

「なぁ、そうま。コイツも無神経に聞き出そうとはしてるけど、本当に心配してのことなんだ。言いたくなかったら言わなくてもいいから、せめて真面目に答えてくれないか?」

「…本当にお前らいい奴らだよ。マジで涙ぐんじまうじゃねぇか。」

「それじゃあ、そうま。どうして…」

「でもこれは言えない。この件に関しては誰にも言うつもりはない。悪いが退いてくれ。」

「そうま…」

 

 まだ残暑が続く秋の日。

 私は学校に行くことを止めた。

 

 

 

 

 

 

 

第13話 再起

 

 

 

 

 

 

 

 全てを飲み込む暗闇。

 耳は多数の爆音にキーンと耳鳴りを起こしていた。

 全方位同時射撃。

 澱んだソウルジェムで出来る最大級の複撃は、辺りを囲んでいた邪悪を薙払った。

 体力と魔力の限界からか、巴マミはその場に座り込んでしまった。

 先程までよりも荒々しい息遣いが、この戦いがどれほどまでに過酷だったかを表していた。

 ひとまず息を整えるために、ゆっくりとした深呼吸を繰り返す。

 

「…あと3発。」

 

 身体には力が一片も入らない。

 それでも強い意志を秘めた瞳は、虚空を睨みつける。

 いまだ暗闇に包まれた虚空を。

 

 確かに巴マミの複撃は大多数を殲滅した。

 その証拠に巴マミの身体を舐め回すような気配は薄れている。

 

 何か動き回るような物音も聞こえない。

 それでも魔女が形成した筈の結界が崩壊しない。

 それだけで魔女が生きていることが充分に理解できた。

 何度か確かめるように手を握っては開く。

 若干ではあるが感覚がぼやけている印象を抱かせた。

 

「さぁ…1対1ね。…って使い魔を産み出せるのよね。」

 

 一本マスケット銃を具現する。

 それを杖代わりにしてやっと立ち上がることが出来た。

 

「あと3発…ううん。この一撃で全て終わらす!」

 

 巴マミは身体をマスケット銃で支えながら、静かにゆっくりと目を閉じる。

 暗闇で見えないのなら視覚は必要ない。

 ならば視覚に割いていた感覚を第六感へと回せばいい。

 それが巴マミの考えであった。

 そしてその考えは実を結ぶ。

 

(うん…ぼんやりとだけど、魔女の位置が分かるわ。角度は約30°、距離は…15mくらいかしら。)

 

 巴マミはぼんやりとではあるが、魔女の存在を頭の中で捕捉した。

 今巴マミの頭では宙を動き回る魔女を大きな光点として、魔女の位置を捉えていた。

 あとは動き回る光点目掛け、引き金を引くばかり。

 あまりに深い集中に、動かずとも頬を汗が一滴流れ落ち、頭は熱を帯びていく。

 全ての感覚を無視し、魔女を撃ち抜くために必要な意識を全てフル稼動させているためか、ポツポツと産まれている小さな光点には気付いていない。

 恐らく十数分後には先程までと変わらない、使い魔が囲む絶望が待っているだろう。

 しかし巴マミは使い魔に意識を向けず、一丁のマスケット銃をしっかりと右手で握り締めた。

 残り3発…これが今の巴マミに残された弾丸の数。

 魔力の枯渇も近い。

 それを承知の上で巴マミは撤退の二文字を切り捨てた。

 

(魔女の動きは鈍い…今ならいける!)

「これで…終わりよっ!」

 

 砲身を光点に向け、反動で照準がずれないようしっかりと支え、素早く引き金を引く。

 鼓膜を破るかの如くの爆音を打ち鳴らし、オレンジ色の魔力の弾丸は光点に向け真っ直ぐに飛んでいった。

 巻き戻しされた流星のように、弾丸は闇を切り裂く。

 

 

 

 硝煙の匂いが立ち込める。

 辺りは静寂に包まれ、気配すら感じない。

 …しかし暗闇は一向に晴れることはなかった。

 発砲後瞳を開き、変わらぬ状況に少なからず巴マミの心に陰りを与えた。

 

(…これでもダメなのね。)

 

 巴マミは精神的に脆弱である。

 それは幼い頃から独りきりだったツケが回ってきたからかもしれない。

 その脆弱なメンタルに絶望的な状況が足音を立て向かってきていた。

 足音に怯え、そしてその恐怖に抗うように足を踏ん張る。

 しかし…その足を踏ん張る力すら尽きてきた。

 そうなれば後は崩れるのみだ。

 辛うじて立ち上がっていた身体はふらりと倒れ、瞳は力無く閉じていく。

 身体が勢い良く倒れることに、何も抵抗することも出来ない。

 そして巴マミの身体は勢い良く地面に叩きつけられる。

 

 

 

 

 

 

 その直前、巴マミの身体は柔らかく抱え込まれ、そしてすぐさま勢い良く身体は重力に抗い起き上がっていった。

 

「こんな暗けりゃさぞかし寝やすそうだけどな。」

 

 突然無気力な身体が起き上がったことに驚き、つい目はパッチリ開かれる。

 

「でも寝るにはちょっとばかし早いんじゃない? マミ。」

「…そうま…君。」

 

 巴マミの右肩を掴み、抱きかかえるように身体を支える男性。

 先の見えない暗闇の中、巴マミ以外にぽつんと浮かび上がる人物。

 それは6日ぶりに顔を合わせる騎士だった。

 

「何そんな唖然としてんだか。むしろ俺が驚きたい状況なんだからな? 馬鹿でかい結界が展開されてるから、ちょっとばかし確認しに入ったら見知った顔がちょうどぶっ倒れてたとこだったんだからな。」

 

 なにやら不満げな表情を浮かべる瀬津そうま。

 ジト目で巴マミを見下ろす瀬津そうまは、不機嫌を雰囲気でも醸し出していた。

 

「どうして…」

「…ったく。ここ一週間手当たり次第探しまくったんだからな? それこそ森の中から地下街まで。さやかには、探せ探せ…って滅茶苦茶急かされるし、まどかなんて一緒に探す、とか言い出して…。大変だったんだからな? あの2人の機嫌取るの。」

 

 支えていた肩から手を離し、そして巴マミにデコピンを放った。

 イタッ、と可愛らしい声を上げ、赤くなった額をさする。

 

「まぁとりあえず説教と愚痴はこんくらいにして…あとどのくらい使える?」

「…あと2発がリミット…かな。」

 

 真面目に巴マミの容態を訊ねる瀬津そうまに、巴マミは笑顔で返す。

 それは無理やり作ったような偽りの笑顔であり、とてもではないが安心感を与えるものとは言えなかった。

 勿論自身の身体の様子など巴マミ当人が一番よく分かっている。

 それでも巴マミは笑顔を絶やすことはなかった。

 最初こそは驚き、困惑していた表情も、今は張り付いたような笑顔。

 その笑顔には1つの意志を隠そうとする目論見があった。

 

(きっとそうま君は私を引っ張ってでも、ここから逃げる一手を選んでくれる。…でもそれじゃあダメなの! 私が魔女を見逃せばそれだけ…)

 

 巴マミは魔法少女。

 魔法少女とは人の絶望を生む魔女を打ち倒す正義の味方。

 つまり一般人の為にこの身を削り、命を賭して魔女を殲滅しなければ、より不幸な人が生まれることとなる。

 それを心優しい巴マミは放っておけないため、損得勘定抜きで魔女退治を行っていた。

 …しかしそれだけでは救えない現実を知ってしまった。

 誰か別の魔法少女が放置したかもしれないグリーフシードが原因で、大切な人の腕は無くなってしまった。

 それは巴マミの過失も含まれてのことでもあった。

 そのため巴マミは魔女に対し全力で挑み、逃げることは許さない。

 この魔女を放置する危険性と自身の贖罪のために。

 

(お願い、そうま君…今だけは気付かないで…)

 

 笑顔を絶やさぬよう注意しながら、心の中で強く念じる。

 届くはずないだろうと確信に近い何かを感じながらも、固まった笑顔を作り続けた。

 そして瀬津そうまはゆっくりと口を開いた。

 

「充分だ。次で決めれば万事解決だ。」

「えっ…」

「マミ。一丁貸してくれるか?」

 

 巴マミは困惑状態のまま、マスケット銃を生み出し渡す。

 それを真面目な顔で受け取ると、不意に虚空に向けその砲身を向けた。

 しかし発砲する事はなく、ゆっくりと右肩を下ろす。

 暫くの間、瀬津そうまはそんな動作を繰り返し行った。

 マスケット銃を向ける速度が早いためか、虚空に向ける度にヒュンヒュンと風切り音が暗闇に響いた。

 

「そうま君…」

「どうしたんでしょうか、お姫様?」

「その…なんで…」

「そんなの決まってる。マミが決めたことを全力でサポートするのが、この俺の役目だろ?」

 

 マスケット銃を上げ下げする瀬津そうまの表情は至って真面目だ。

 マミに先程までの集中力があったなら気付けたのだが、銃を虚空に向けた際砲身は常に宙を羽ばたく魔女に向けられていた。

 魔女は砲身を向けられる度に慌てて、弾丸の軌道上から外れる。

 『暗闇』の魔女は他の魔女に比べ、生物的な感覚を持ち合わせていることを瀬津そうまは理解する。

 

「そんじゃまぁ、そろそろ決めますか。マミ、手伝ってくれ。」

「えっ…うん。」

「それじゃあ失礼して…っと」

「そ、そうま君!?」

 

 一言入れてから、瀬津そうまはマスケット銃を返すと、いきなり巴マミの右肩を抱き寄せた。

 そして腰を屈め巴マミの頬と自身の頬がくっつくギリギリまで顔を近付ける。

 

「マミ、銃を握って。」

「は、はいっ!?」

「出来たら右手で引き金を引けるようにしてくれないか?」

「わ、分かったっ!?」

「よし。そしたら左手で砲身を支えて…これで…よし。」

「ひゃっ!?」

 

 おずおずと砲身を支えた巴マミの左手に、瀬津そうまは巴マミの右肩越しに伸ばした右手を重ね合わせる。

 重ね合わせると同時に、巴マミから何やら脇でも突っつかれたような短い悲鳴が飛んだ。

 それでも瀬津そうまの表情は真面目そのものだった。

 

「マミ、よく聞けよ?」

「う、うん!」

「たぶん標的の魔女はもう虫の息だ。」

「えっ!?…どうして分かるの?」

「動きが単調すぎる。銃を向ければ、必ず真上に飛翔して避けようとする。そしてその後ここから見て右にゆっくりと滑空していく。行動パターンが1つしかない。」

「…それで?」

「人間もそうだけど、得てして生物は生命の危機に陥った時、本能的に行動するからパターンが決まってくる。今の魔女と同じ状態だ。」

「…だから弱っていると?」

「そうだ。勿論これは普通の生物に当てはめた答えだから、当たっているかは分からないけどな。」

 

 言い終えると、瀬津そうまは重ねた右手を押し上げ、再び照準を虚空へと向けた。

 すると巴マミにも分かるほどの気配が、確かに飛翔し滑空した。

 

「こんな感じだ。後は俺が照準合わせと背もたれを担当するから、マミは引き金と砲身の固定を頼む。」

「そ、そこまで分かれば、私1人でも…」

「そんなふらふらの脚してるマミじゃ不安でしょうがないんだよ。俺がしっかりと土台は作る。だからマミが決めてくれ。」

 

 ハッ…と短い笑い声が巴マミの耳元で発せられた。

 自身に満ちあふれた表情が瀬津そうまから伺える。

 その雰囲気がより一層巴マミを安心させた。

 

 瀬津そうまの胸に寄りかかる。

 左手はしっかりと砲身を握り締め、右手人差し指は引き金に掛かる。

 そしてその状態のまま静寂の世界が広がった。

 暗闇の中、浮かび上がるのは銀の装飾銃を持つ、一つの男女。

 キーンと超音波が聞こえてきそうなほどの静寂の中、巴マミの身体に響くのは背中から聞こえる鼓動の音。

 とくん…とくん…と柔らかなリズムを刻む鼓動に、巴マミは優しく包み込む慈愛のようなものを感じていた。

 

「いくぞ、マミ。」

「分かったわ、そうま君。」

 

 引き金が引かれると暗闇を打ち砕く流星が1つ生まれた。。

 流星はただ真っすぐに飛んでいく。

 巴マミの願いと光を乗せて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、そうま君。」

「俺は少し手伝っただけ。手柄はマミのものさ。」

「例えそうだとしても、お礼を言いたい気分なの。良いでしょ?」

「まぁ…それなら良いか。」

「ふふっ…」

「それよりマミ。ソウルジェムは大丈夫か?」

「あっ!? …今回の魔女もグリーフシードを落とさなかったのね。」

「…ってことは。」

「…今グリーフシードを持ってないから、ソウルジェムを浄化出来ないわ。」

 

 

「大丈夫よ、そうま君。一晩ぐっすり休めば、きっと少しは浄化されるわよ。」

「…そういうものなのか?」

「そうなの。だから心配しないで。」

 

 

「…そうか。それじゃあちょっとマミのソウルジェムを借りていいか?」

「えっ? え、えぇ…」

 

「大分黒ずんでるな…」

「えっ!? どうしてそれを…」

 

 月が2人を明るく照らす夜。

 全てを飲み込む暗闇は巴マミの活躍により打ち砕かれた。

 そして一般人に平和な夜は訪れる。

 

燦然と光り輝くソウルジェムが照らす夜が…

 

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