暁美ほむらが転校してから2週間が過ぎようとしていた。
それは瀬津そうまが転校してから約3週間ということになる。
本日も変わらない朝が夜を照らし、すっきりとした青空を見せていた。
夏の気配は次第に影を潜めていき、夜中に半袖だと少し肌寒く感じる気候だ。
それでも比較的過ごしやすい気温に、何日も続く快晴に人々の心は少し弾んだものとなっていた。
そんな過ごしやすい気温の下、少女は屋上で1人、郊外を見下ろしながら考えにふける。
(未だ巴マミは生存、美樹さやかも魔法少女になることに抵抗がある。)
艶やかな黒髪は屋上を這うように流れる風で棚引き、長い髪に覆われている少女の首筋には湿度を適度に含んだ風が通り過ぎた。
昼休みだというのに相変わらず人気のない屋上は、少女にとって心安らげる数少ない場所。
校内では唯一と言っても差し支えないほど、少女、暁美ほむらは心を休めていた。
(正直順調に進んでいる。…けど彼の存在…)
頭に浮かぶのは1人の少年。
暁美ほむらが最も警戒し、そういった事情を無視しても嫌悪感を感じている不確定因子。
(彼が抑止力となってまどかを遠ざけているようには見えるけど…)
難しい顔をしたまま考えを纏めようと試みる。
…が、あまりに情報が足りなさすぎず、ハッキリとした解答を導き出すことが出来ない。
暁美ほむらは小さくため息を吐いた。
(とにかく巴マミを探し出す。話はそこから…)
暁美ほむらは一度寄りかかっていた金網をギュッと音がでるほど強く握り締め、そしてきびすを返す。
考えるよりも先ず行動…
それが暁美ほむらに出来る最善の行為だった。
第14話 急転直下
「魔法少女…かぁ~…」
鹿目まどかは学校から帰ると、そのままベッドへと倒れ込んだ。
微かに積もった埃が舞い上がる。
制服もぐしゃぐしゃに折れるも、それを気にすることもなく暫し柔らかなベッドに身をゆだねていた。
「悪さをする魔女を倒して、平和な世界を作る…んだよね。」
世界が朱に染まる夕刻、珍しく鹿目まどかは1人帰路についた。
といっても肩には定位置とばかりにキュゥべえの姿があったのだが。
「マミさんはどうして続けられるの?」
「それはまどかも魔法少女になってみれば分かるんじゃないかな?」
「キュゥべえ…」
肩に乗っていた白き奇獣だが、今は内窓の縁に座って横になる鹿目まどかを見下ろしていた。
鹿目まどかは気怠げにキュゥべえを見上げる。
「…ごめんね。今はなりたくない。…怖いの。」
「確かに魔女との戦いは熾烈を極めるものだよ。でもその代わり1つなら何でも願いを叶えることが出来るんだ。それでもかい?」
「…うん。…それに不安なの。」
「不安? 何を不安がることがあるんだい?」
理解出来ない、と頭を傾げるキュゥべえ。
鹿目まどかは身体を起こし、キュゥべえの紅い瞳を見ながら紡いでいく。
「私…正直に言うとね、魔法少女に憧れてた。みんなのために頑張って…みんなの役に立てて…」
口角を上げ、形ばかりの笑みを作る。
自嘲にも似たそれに、鹿目まどか自身の胸が締め上げられるような感覚を抱いた。
「私、昔から何も得意なこととか無くて。自分に自信が無くて…このままみんなに迷惑をかけて生きていくのかな、って考えてたの。」
薄いカーテン越しに差す夕陽が胸を温めた。
しかしその程度ではまだ鹿目まどかの精神を休めることは出来ない。
「そんな時、キュゥべえに会って、マミさんに会って、そして魔法少女になれるチャンスを貰えて、私凄く嬉しかった。わ~、って騒ぎたくなるくらい嬉しかったの。」
「それならどうして魔法少女にならなかったんだい?」
「…怖いのが半分。死んじゃったらパパやママに会えなくなっちゃう、ってことを瀬津君がちゃんと教えてくれたから。」
「もう半分は?」
「…やっぱり自信がないの。足手まといの私が魔法少女になっても、結局マミさんや瀬津君の足を引っ張ることになるんじゃないか、って…。私が足を引っ張った所為で、他の人が傷付くのを見たくないの…」
人々を守る魔法少女が原因で傷を負う人。
親友の美樹さやかにも心優しい、と称される鹿目まどかにはそれが耐えられなかった。
また生来の自信のなさも拍車をかけているのだろう。
魔法少女になりたい気持ちと、なることを避けたい気持ちの2つが激しく葛藤していた。
不安が体を押しつぶし、希望が頭を悩ませる。
板挟みの鹿目まどかは身体を震わすことしか出来なかった。
「そんなことない。前にも言ったけれど、まどかはもの凄い魔法少女になれる。それこそマミや暁美ほむらが手も足も出せないほどのね。」
「…そんな自信がないよ。これまでも遠くから見てるだけしか出来なかったのに…」
「それはまどかに力が無かったからだ。誰しもが持つ自分の弱さに、まどかは過剰に不安になっているだけなんだよ。でもこれからは違う。まどかは強大な力を得ることが出来るんだ。それこそそうまの腕を治すことも簡単に出来るくらいに、ね。」
「キュゥべえ…」
秒針のカチカチ…と時を刻む音が部屋に木霊する。
鹿目まどかの視線はキュゥべえの紅い瞳に吸い込まれるように向けられている。
キュゥべえが話す鹿目まどかの価値。
それは鹿目まどかにとって他人からは得難い賛辞の言葉だった。
それだけで鹿目まどかの不安定な心は更に揺れ動いた。
体を押しつぶす不安は薄れていき、頭を悩ます希望は晴れていく。
「さぁ、まどか。まどかはどんな願いを叶えたいんだ?」
「キュゥべえ…私は…」
ピリリリリ!!
と、そこで不意に大音量の電子音が、鹿目まどかの可愛らしい携帯電話から鳴り始めた。
うひぁ!? と突然の電話に声を出し驚き、慌てふためく両手でなんとか電話に出る。
『もしもし、まどか?』
「さ、さやかちゃん!? どうしたの!?」
『どうしたの、慌てちゃって?』
「な、何でもない! …ふぅ、それより何かあったの?」
『? まぁいっか。まどか、今からマミさんを探しに行こう。』
「えっ!?」
『もうそうまだけに任せてられない。マミさんともう10日は会えてないんだから。』
「でも、探すってどこを?」
『ひたすら歩くっ! 魔女退治の基本でしょ?』
「あはは…さやかちゃんらしいや。」
『それでまどかはどうする? 私は1人でも探すけど。』
「ううん、私もマミさんを探したい。一緒に探そ?」
『よっしゃっ! それじゃあいつもの場所に今すぐ集合!』
「うん! すぐ行くから待ってて!」
ツー…ツー…
鹿目まどかは電話を切り、座り込んでいたベッドから勢い良く立ち上がる。
折り目の出来ていた制服を簡単に伸ばししわをとった。
ついでに机の上に置かれた手鏡を使い、髪を括るリボンの乱れを直していく。
「キュゥべえ、ごめんね。やっぱり私、魔法少女にならない。」
「…決心が堅そうだね。それじゃあ僕からは何も言わないよ。」
残念がる様子もなく言葉を放ち、鹿目まどかの肩へと登る。
どうやら付いて来る、のだということの意思表示なのだろう、と鹿目まどかは理解した。
「それじゃあ行こっか。」
パタンと静かにドアは閉められた。
部屋の主は戸惑いを持ったままだが、はっきりとした意志の元、大切な先輩を探しに夕暮れの町へと出て行く。
どうしてだろうな。
出会ってまだ1ヶ月も経ってないのに、こうなっちまうなんて。
…って言ってもなんとなくこうなっちまう気もしていた。
慣れてる…って言ったら失礼だけど、こういう経験はしてきた方だろうからな。
そして俺はいつも通り言葉を紡ぐ。
激情的にならないようゆっくりと。
「さやかちゃん、待たせちゃってごめんね。」
「突然呼んだのはこっちなんだから気にしない気にしな~い。」
「じゃあ早速行こっか?」
「おっ? まどかもやる気出てきた? キュゥべえもちゃっかり付いてきてるし。」
「2人だけじゃ心配だからね。何か遭ったとき大変だろう?」
「そっかそっか~。なかなか考えちゃってくれてるのね~。可愛い顔してやるじゃない。そうまとは大違い。」
「はははっ…」
美樹さやかは残り少ないアールグレイを勢い良く飲み干すと、隣の席に置いていた荷物を纏めて持ち上げる。
荷物の中にはいつも持参していた布で包まれた金属バットがあった。
制服姿のままの美樹さやかを見て、きっと急に思いついて家に帰ると同時に、バットと鞄だけ持ち出てきたのだと判断した。
「とりあえず駅の方にでも向かってみる?」
「行く宛も無いしね。それで良いと思う。」
そして2人きりの魔法少女探しが始まる。
日は刻一刻と落ちていき、町を闇に染めていく。
とりあえずの目的地である駅に、2人は何の苦労もなく辿り着いた。
ほっと一息吐くもすぐさま宛もなく歩き始める。
駅から商店街。
商店街からデパート。
デパートからスーパー…
駅を中心として、東西南北に足を運んだ。
すっかり日は落ちきって、夜道を照らす街灯が点いている。
既に一時間程度歩きっぱなしの2人は少し疲れた顔をしていた。
探し始めでは集中を切らさない程度の会話をしていた2人も、今では視線を地面に落とすことも増えてきた。
ふと制服のポケットに入れていた携帯電話で時刻を確認すると、門限の時間が迫ってきていることに鹿目まどかは気がついた。
「さやかちゃん…」
「…そうね。今日はこのくらいにしよっか。初日から上手くいくなんて、そんなラッキーでハッピーなことそうそう無いわよね~。」
美樹さやかも笑顔を浮かべるも、疲れが顔に表れていた。
効率的な面においても、ここで終えるのは悪くない選択であった。
夜空にはか細く光る星が散らばり、夜の町を彩っている。
冷たい風も吹き始め、人を探すには悪条件が揃っていた事実もある。
幾つかの条件が重なって、2人はすんなりと捜索を中断し…
…そしてあっさりと探していた人物を見つけてしまう。
「…まどかとさやかか?」
「えっ?」
先程まで闇に隠れ先の見えなかった道の先から、聞き覚えのある声で名前を呼ばれ2人は振り返った。
そこにはチカチカと点滅する街灯に包まれた人間が1人。
「そうま!? アンタどうしたの!?」
「おっす、さやか。相変わらず声が大きいな。」
「一番に気にするとこがそこっ!? 何ふざけてんのよ!」
「瀬津君!? 後ろにいるのって…」
「えっ…?」
鹿目まどかが肩口からはみ出して見える金色に指を指す。
そこで漸く美樹さやかは瀬津そうまが誰かを片手で背負っていることに気がついた。
熱くなっていた頭も少しばかり冷静になる。
「…マミだよ。」
…が冷静になったのも束の間、瀬津そうまの一言に足が勝手に動き出し、鹿目まどかと2人、瀬津そうま…いや、巴マミへと駆け出す。
立ち止まっている瀬津そうまの背中側に回ると、完全に脱力した状態の巴マミの姿があった。
腕はだらりと垂れ下がり、頭は力無く背中にもたれている。
綺麗な髪と肌がまるで人形なのではないか、という誤認をさせるほどに安らかに眠っている。
「そうまっ!? マミさんどうしたの!?」
「マミさん! マミさんっ!」
鹿目まどかが巴マミの肩を揺するも反応がない。
鹿目まどかの手の力で、身体を左右に震わすだけだ。
「…俺の所為だ。ごめんな。」
「何があったのよ!? そうまっ!」
「さやか、まどか。マミを任せても良いか?」
ゆっくりと巴マミを地に下ろす。
近くの塀を背もたれにぺたりと地面に座ることとなった。
巴マミを下ろした瀬津そうまも並ぶように腰を下ろす。
「ちょっと限界だ…マミのこと任せ…た…」
「瀬津君!?」
最後にもう一度巴マミを任せると、がくりと意識を失った。
先程までと違い息遣いも小刻みなものとなっている。
「まどか! とりあえず救急車!」
「う…うん!」
夜は昼間の熱気を奪い、寒気を与える季節となってきた。
鹿目まどかの目の前で倒れるのは1人のクラスメイトと…
憧れた少女の崩れ落ちた姿だった。