魔法少女の騎士   作:アンリ

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第1話 転校生

 左右を木に囲まれたクリーム色のコンクリートタイルで舗装された歩道。

 その道は一つの建物に向かって木を避けるようにくねくねと伸びていて、その建物に用のない人には無用の産物。

 しかしながらその道は平日の朝、夕方に限り混雑を見せる歩道である。

 センター街から幾分か離れた所にこの歩道へと入る分岐点がある。

 その分岐点に建てられた看板を見れば、その理由はだれしもが納得できるものだろう。

 

『← 市立見滝原中学校』

 

 その道はとある中学校へと続くだけの一本道。

 朝は登校する生徒であふれ、夕方になると下校する生徒であふれる。

 それ以外は閑散としたもので、せいぜい見滝原中学の広大な土地に住むタヌキが右の林から左の林へと横断するくらいしか使われることはない。

 そんな登下校時以外の時間帯は人の気配の感じさせない朝の通学路に一つの影が存在した。

 影の正体はどうやら遅刻してきた男子学生であり、少年は見滝原中学に向かって全速力で走っている。

 300mほどの長い歩道をわずか40秒で抜けた少年の前に、見滝原中学校の校門が迫る。

 しかし登校時間はすでに過ぎていて、各クラスが朝のホームルームを始めている時間だ。

 正門は固く閉ざされていて、正門の前に一人の体育教師が仁王立ちしていた。

 登校時間を過ぎたものは体育教師から有り難いお言葉をいただき、心身ともに疲弊しきってからではないと校舎の中に入れない、という制度がある見滝原中学。

 …実際には体育教師の独断と趣味によるものなのだが。

 

 少年は固く閉ざされた校舎までの道をちらりと見ると、勢いを落としすでに何人かの遅刻してきた生徒に有り難いお言葉を話している体育教師の前へと向かうのではなく、逆にさらに足に力を込め勢いをつけていく。

 

「おいっ! お前も早くこっちに来い!」

 

 校門まであと20メートルといったところで体育教師は走ってくる少年を視認し、今現在自分自身の有り難い言葉で涙を流す生徒の群れに呼び寄せようとした。

 …しかし少年は見向きもせず校門に向かってまっしぐらに走り続ける。

 

「おっ、おいっ!? 聞いているのか!?」

 

 少年は勢いを落とさない。

 そして固く閉ざされた門まであと1メートルといったところで、少年はあろうことか高さ2メートルほどの門を超えるべく、空へと体を放り投げた。

 およそ中学生とは思えないほどの跳躍力。

 しかしそれでもとても人間が簡単に越えられるような高さではない。

 案の定少年の体は門の上部にぶつかる高さまでしか飛翔することはなく、その場にいた誰しもが少年の行為を愚かだと感じていただろう。

 しかし少年はその門を超え校舎へと入って行った。

 誰しもが目を瞑るような醜い光景を予想していたが、少年はいとも簡単に裏切る。

 足りない高さを、門の縁を掴んで跳び箱の要領で自身の体を持ち上げ、その難攻不落の城門を突破したのだ。

 

 そして少年は何事もなかったように校舎の中へと入っていく。

 校門の前に残ったのは何が起きたのか理解のできていない複数名の生徒と、一部始終を見ていたためかあいた口がふさがらない体育教師の姿だけであった。

 

 

 

 

 第1話 転校生

 

 

 

 

「今日は皆さんに大事なお話があります! 心して聞くように!」

 

 このクラスの担任である早乙女和子先生は、一度咳払いをすると生徒たちが静かになった時を見計らって話しを始めた。

 声色に憤怒の感情が顕著に出ていて、まるで親の敵と対峙している時のような面持ちをしていた。

 しかし生徒たちは怯えることなく、またか…とため息をついて静かにしている。

 

「目玉焼きとは半熟ですか? それとも片焼きですか? はいっ、中沢君!」

 

 指示棒を最前列にいる男子生徒に指し、たいていの人には唐突すぎて意図の分からない質問をする早乙女女史。

 しかしこのクラスの生徒たちにとっては日常茶飯事なことなので、誰一人違和感を覚えることはない。

 現に早乙女女史のクラスの生徒である鹿目まどかと美樹さやかは、また駄目だったか…と苦笑いを浮かべている。

 

「その通り! どっちでもよろしい! たかが卵の焼き加減なんかで女の魅力が決まると思うなんて大間違いです!」

 

 生徒から空気を読んだ答えを聞くと早乙女女史はさらにヒートアップし、勢い余って指示棒を軽々と真っ二つにする。

 このクラスの担任である早乙女女史は普段は優しい先生なのだが、プライベート(主に恋愛関係)で嫌なことがあるとすぐさまホームルームや授業にその話を持ってきては、クラスの生徒たちに愚痴まがいの助言を一方的に送りストレスを解消する癖があった。

 今回もその癖が出てしまったためヒートアップしてしまって、生徒たちにまた一つ同情の念を送られる。

 すでに何度もその光景を見た生徒たちには見慣れた光景だ。

 

 ひとしきり愚痴…ではなく助言を終え、すっきりした様子の早乙女女史。

 そこには普段の早乙女女史と変わらない柔らかな笑顔が浮かんでいた。

 

「あと、それから今日は皆さんに転校生を紹介します。」

「…そっちが後回しかよ。」

 

 柔らかになった先生の言葉遣いに、美樹さやかは聞こえないよう小さな声でツッコむ。

 せっかく機嫌が良くなったのにわざわざ機嫌を損ねさせるようなことをしていたら、転校生は紹介されないまま今日を終えてしまう危険性をほんの少し感じ取っていたため、聞こえない程度の声でしか言うことができなかった。

 

「じゃあ暁美さん。いらっしゃい?」

 

 早乙女女史の言葉を受け、一人の女子生徒が扉を開け廊下からクラスへ入ってくる。

 鹿目まどかや美樹さやかの目線は、自然と転校生の方に向けられていった。

 

「うわっ、すげ~美人…」

 

 美樹さやかは転校生を見るや否や自然とそんな言葉を溢していた。

 キューティクルを適度に含んだ長い黒髪、すらりと伸びた四肢、凛とした顔立ち…

 クラスメイトであり親友である志筑仁美も美人であると美樹さやかは考えるが、志筑仁美が欧米の人形のような可愛らしいものならば、転校生は日本人形のような繊細さを秘めているように感じていた。

 

 そんな容姿端麗な転校生にざわめくクラスメイト。

 鹿目まどかも転校生から目を離すことができなかった。

 

「暁美ほむらです。よろしくお願いします。」

 

 転校生…暁美ほむらは教壇の真ん中に立つと、自身を中心に起こっているざわめきに一切関心を持たないで、静かにはっきりと自己紹介を始める。

 名前と挨拶だけの自己紹介とあまりにあっけのないもので、生徒たちは今日から迎え入れる転校生に拍手をすることすら一瞬忘れてしまった。

 一瞬の静寂、そしてその後まばらな拍手が教室内には響き渡った。

 

 自己紹介の際横に置いていたカバンを手に取り、暁美ほむらは最前列の開いていた席へと向かう。

 …まるでそこが自分の席であることを知っているかのように。

 

「あっ、暁美さんの席なんだけど…」

「こちらでいいんですよね。」

 

 床からせり出された機械デスク、そこに自身のカバンを置き中から授業の道具を一式取り出す。

 真新しい教科書とノートは転校生にふさわしいものであったが、その態度はまるで転校生ではない。

 田舎の学校からの転校生であれば、使用時以外床に収納されている機械デスクにすら戸惑いを感じてしまうものだが、暁美ほむらにはそんな様子など一切感じない。

 いつものように学校に来て、いつものように席に座り、いつものように教材をカバンから机に移し替える…そんな印象であった。

 

「あの~暁美さん?」

「なんでしょう?」

「えっとね…暁美さんの席は…」

「こちらですよね?」

 

 何か言いにくそうな表情を浮かべる早乙女女史。

 それに対し暁美ほむらも頭を傾げた。

 

「そこは暁美さんの席じゃなくて…」

「よっしゃあ~! ぎりぎりセ~~フ!!」

 

 早乙女女史が一言一言迷いながら言葉を紡いでいたその時、再び教室の扉が盛大な音を立てながら一人の男子生徒が教室へと足を踏み入れてきた。

 

「おはようございます、早乙女先生! 瀬津そうま、ただいま参りました!」

「…この子の席なの。」

 

 折れた指示棒をニカッと笑う男子生徒に向けつつ、頭を抱えた早乙女女史は暁美ほむらに言葉を紡いだ。

 長身痩躯の男子生徒、瀬津そうまは悪びれた様子もなく、その整った顔立ちをほころばせてどこか嬉しそうに笑顔を向けているだけだ。

 

「そうま~! 転校早々遅刻か~?」

「いやいや、遅刻してないから! 体育の建部にだって捕まってないし!」

「どうせまた門を越えてきたんでしょ~?」

「まだ2度目っ! そんな常習犯みたいな言い方やめてくれ!」

 

 瀬津そうまがクラスへ入ると、先ほどまでの異様な雰囲気がどこ吹く風で、教室の様々な場所から瀬津そうまに向けて声が飛んでくる。

 そして教室には大きな笑い声が生まれた。

 その中心はもちろん今教室に入ってきたばかりの瀬津そうまであった。

 

「あれっ? えっと…もしかして席替えがあったとか? 俺の席にすごくかわいい子が座ってるんだけど?」

「暁美さ~ん! そいつすぐ手を出すから気をつけてね~!」

「初対面の人に誤解されるようなこと言うな!?」

 

 またも教室のどこかから声が飛んできて、それはやはり瀬津そうまに向けたものだった。

 そんな状況を暁美ほむらは驚愕の表情で眺めている。

 

「えっと…もしかして暁美さんって転校生?」

「………」

「あの~?」

「…ごめんなさい。ええっ、よろしく。」

「おっ、きれいな声してるね。俺は瀬津そうま。実は俺も転校してから5日しか経ってないから、この学校のことよく知らないけどよろしくね。」

 

 瀬津そうまは片手でカバンを背負ったまま、空いている方の手を暁美ほむらの目の前に差し出す。

 差し出された手に暁美ほむらは少し戸惑いを見せるが、そっと手を差し出し軽く握る。

 その反応がうれしかったのか、瀬津そうまは暁美ほむらの腕ごとぶんぶん縦に振りまわし、ひとしきり満足してからクラス後方に空いていた機械デスクの方へと歩き出す。

 

「かずちゃん。俺の席今日からあそこでいいでしょ?」

「早乙女先生、って呼びなさい! 次、元彼と同じ呼び方したらただじゃすみませんからね!」

「あっちゃ~、やっぱり振られたんだ~。昨日から怪しいなぁ~とは思ってたんだけど…さやかの言ったとおりだったな。」

「ぶっ!? ちょっとそうま! あんたチクるんじゃないわよ!」

「瀬津君と美樹さんは後で職員室に来るように。分かりましたね?」

「そんな~!? あたしは被害者ですよ!?」

「分・か・り・ましたね?」

「…はい。」

「…失恋したかずちゃんはめっちゃ怖いんだな。また今日も一つ学習したよ。」

「…瀬津君が怒らせたんだよ?」

 

 教室には張り付いた笑顔の早乙女女史、苦笑いを浮かべる鹿目まどか、机に突っ伏す美樹さやか、口に手を当てほほ笑む志筑仁美、何事もなかったように一番後ろの開いている席に座る瀬津そうま。

 

 …そしてそんな光景に驚愕と戸惑いを浮かべる暁美ほむらの姿があった。

 

 

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