魔法少女の騎士   作:アンリ

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第21話 憂い顔

 

 

第21話 憂い顔

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チッ、と鳥が鳴くようにコンクリートが削れていく。

 剣と槍の乱舞は辺りに纏う人工物を粉々にして飛散させた。

 地面を這うように少女に突進する美樹さやか。

 そしてそのまま顎を切り上げるように剣を振るう。

 それを一歩下がるだけで簡単に避け、柄を使った反撃の横薙ぎ。

 顔に直撃する直前、前へと踏み込み少女の横を抜けるように身体を放り出すことで辛うじて回避した。

 今度は柄の尻を起点にするように反転しながら長槍を振り回す。

 地面を抉るように長槍が美樹さやかへと迫るも、その刃は転がる美樹さやかに紙一重届かない。

 

「さやかちゃんっ!」

「不味いね。佐倉杏子(さくらきょうこ)が圧してる。」

「キュゥべえ!? あの子のこと知ってるの!?」

「うん。だって彼女と契約したのは僕だからね。巴マミと同じくらい経験豊富な魔法少女だよ。成り立ての美樹さやかじゃ、ちょっと手に負えないだろうね。」

「そんなっ…」

 

 胸に目掛け一直線に何度も突かれる槍を、右へ左へと逸らすことで対処する。

 大きく打ち払い、崩れた所に袈裟切りするも槍の柄に軽々と受け止められる。

 少女、佐倉杏子は美樹さやかの反撃に慌てることなく淡々と対処していた。

 薄ら笑いを浮かべる程に余裕を保っている。

 その点美樹さやかは少しずつ焦りを感じ始めていた。

 剣を振れどもその身に届かず、増してや一撃必殺の思いを込めて放つ剣戟は悉く弾かれる。

 更にそこから神速の槍術を繰り広げられ、回避するのに神経を削っていく。

 魔法少女として基本スペックが高くなっているにも関わらず、戦闘開始5分後には肩で息をしていた。

 

「どうしたんだい? もうお疲れか、弱虫(ルーキー)…」

「くっ…まだまだっ!」

 

 3m程離れた2人の距離。

 接近戦を挑んでいた美樹さやかは一転距離を取り、両手にサーベルを握った。

 その距離を一瞬で埋める剣の投擲。

 お互い近距離の得物を得意としている中で、美樹さやかは射程の範囲外から優位に攻める事が出来る。

 美樹さやかは何本も何本も佐倉杏子に向け投擲していく。

 これには佐倉杏子も守勢に回らざるえない。

 一本を避け、一本を叩き落とす。

 次の二本は身を屈める事で避けた。

 踊るようにくるくると回転しながら剣を握り、そのまま遠心力を利用し発射される二本の剣。

 二本の剣は必ずと言っていいほど佐倉杏子の顔と胸目掛け飛んでいく。

 遠距離ながら必殺の一撃。

 次第に佐倉杏子の表情に曇りが見て捉えられるようになる。

 

「おらおら~っ! どうしたどうした~!」

「チッ…調子に乗りやがって…」

 

 佐倉杏子は半身ずれる事で二本を避ける。

 剣は何も貫く事無く、鹿目まどか目掛けて飛んでいき、結界によってその勢いを止められた。

 鹿目まどかには眼で追うことすら叶わない攻防だ。

 当たらないとはいえ、突然剣が目の前まで飛んでくれば恐怖に怯え、身構えることもしてしまう。

 …事実結界が存在しなければ鹿目まどかは既に十の刃に身を貫かれていた。

 幸い佐倉杏子が展開した結界は強固なもので、その身に届く剣は一本足りとも届くことはなかった。

 

「…あんた、本当にバカなんだね。」

「負け惜しみ? 防戦一方で砂だらけの姿でよく言えるわね。」

 

 ランス型の剣を一本投げる。

 それは先程までの光景の焼き増しのように、長槍に簡単に弾き飛ばされ空高く舞い上がり、そして地面に突き刺さった。

 突き刺さった剣は拳ほどの穴を空け、コンクリートの地面から霧散して消える。

 

「…それじゃあこっちも少し本気を出させてもらうよ。」

「…当然よ。手を抜かれる筋合いなんてないし。」

「これで終わらせるっ!」

「させるかっ!」

 

 両者の表情が変わる。

 空気はヘドロのようにベッタリと重く、10秒が1分や2分に感じる程だ。

 佐倉杏子は摺り足でじりじりと美樹さやかへと近付いていく。

 対する美樹さやかも両手に投擲用の剣を装備し直した。

 ビルの隙間を通る風の音だけが包む最終局面。

 結界の外にいる鹿目まどかの唾を飲み込む音ですら2人には聞こえてしまいそうな静寂が広がっていた。

 

 先ず美樹さやかは牽制の意味合いが強い投擲を一本。

 剣は刀身に魔力を帯び、正に乾坤一擲と言える威力を纏っていた。

 それをいとも簡単に長槍で弾き飛ばす。

 剣は再び高々と舞い上がった。

 更に佐倉杏子は弾き飛ばすと同時に距離を詰める一歩を踏み出していた。

 鹿目まどかには目で追うことも叶わない神速の突撃を、美樹さやかはしっかりと視認しサーベルを構え備える。

 佐倉杏子は長槍を右手一本で握ると身体を捻り力を蓄え、そして解き放つように全身を使った横薙ぎを放った。

 辛うじて剣を盾にするが、勢いの付いた佐倉杏子の長槍を完全に止めることは叶わない。

 美樹さやかは自分から後ろに下がることで、衝撃を多少緩和させることで対処した。

 続けざまに佐倉杏子は神速の突きを心臓に向ける。

 それもすぐさま大きく左に飛ぶことで何とか避けていく。

 

 宙高くへと避けた美樹さやかは反撃に造り出した剣を佐倉杏子に放つ。

 風を割き身を割く一振りの剣はまたしても長槍に高々と弾かれた。

 悔しげな表情を美樹さやかは浮かべた。

 重力に引かれるまま、美樹さやかの身体は落ちていく。

 普通ならば身動きが取れない無防備な状態であるのだが、佐倉杏子からは数mほど離れていて、またいざとなれば魔法で足場を創れば方向転換も可能であるため大した危険は存在しない。

 だからこそこの距離は安全だ。

 

「切り札ってのはこう使うんだよっ!」

 

 …しかしそれは今まで常に長槍を利用しての接近戦のみを披露していた佐倉杏子なら、の話に限られる。

 佐倉杏子は再び大きく振りかぶって長槍を振るう。

 接近することもなく、明らかに届かないであろう長槍を、美樹さやかを睨み付け大胆不敵な笑みを浮かべながら。

 握る柄はやはり何も感触なく目の前を通り過ぎる。

 それは当然な事だ。

 射程圏外の槍はどれだけ早く振ろうとも、相手を捉える事はない。

 それは美樹さやかが持つ剣にも同じ事が言えた。

 だからこそ美樹さやかは剣を投げることで射程圏を引き伸ばした。

 相手よりも優位に立てる方法の1つなのだから、その判断は1つの正解であっただろう。

 

 …しかし美樹さやかはその時に気付くべきだった。

 自分にも射程圏を広げることが出来るのなら、どうして佐倉杏子は同じ事をしないのか、を…。

 

「えっ!?」

 

 驚愕の声を上げたのは美樹さやかだったか、それとも鹿目まどかだったか…。

 そこには美樹さやかの眼前まで迫り来る槍の刃先があった。

 槍は狂い無く美樹さやかの瞳に狙いを定めている。

 美樹さやかは想定外の危機に身体を反応させることが出来ない。

 ただ頭の中で、どうして槍が近付いてきているのか、と考えることだけしか出来なかった。

 迫り来る槍を視界に入れながら、美樹さやかは佐倉杏子の手元を見る。

 そこには先程と同じように槍の柄が握られていた。

 しかし明らかに見て取れる相違点が存在している。

 佐倉杏子が握る柄の先…

 先程まで真っ直ぐに伸び、先端に槍にしては大きめな刃を付けていた長槍とは形を変えていた。

 とは言っても刃自体が形を変えた訳ではなく、相変わらず大きめな刃が夕日を浴びてきらりと光っている。

 変わったのは刃から柄尻までの柄の部分だ。

 柄が何本にも分解され、その一本一本を繋ぐように鎖が連結しているのが見て取れる。

 鎖はジャラジャラと音を立てながら変幻自在に形を変え、刃先は意志を持つように美樹さやかへと向かう。

 

 何故佐倉杏子は長槍を投擲しないのか…

 その理由は投擲するまでもなく、そこが射程圏内だったからだ。

 

 槍は美樹さやかの右目を打ち抜くように伸びていき、そして抵抗無く槍を見つめる美樹さやかを刺す…。

 その直前で槍は急遽方向を変え首に巻き付き、美樹さやかを拘束した。

 何が起きたのか分からない美樹さやかを後目に、佐倉杏子は多節槍を強く引く。

 すると多節槍は文字通り美樹さやかの首根っこを捉え、佐倉杏子の下へと引っ張られた。

 人間的に弱い部分である首を勢い良く引かれ、美樹さやかは顔をしかめ、そして地面に叩きつけられた。

 

「さやかちゃんっ!?」

「あんた…美樹さやか、って言ったっけか。何考えてあんなことしたんだい?」

「ゴホッ! ゴホッ! …何の事よ?」

 

 首の拘束が解けた美樹さやかは四つん這いのまま佐倉杏子を見上げる。

 表情は悔しげで、自分の敗北を認めたくない、といった意地に満ち溢れていた。

 佐倉杏子は槍を美樹さやかに向けながら話しを続ける。

 

「何って『剣を何本も投げた』事さ。あれはどういうつもりだ?」

「…あんたが手を焼いてたからやっただけよ。」

「まぁ発想は認めるよ。実力で足りない所は知恵で補うしかないからね。でもあの方法はダメダメだ。」

「っ!? …なんでよ?」

「あんな魔力をいっぱい消費する戦略のどこが良いんだい? 魔法少女は魔法が無きゃ只の一般人なんだよ?」

 

 やれやれ、といった表情を浮かべ首を振る。

 これが佐倉杏子が槍を投擲しなかった2つ目の理由だ。

 佐倉杏子は本気で呆れたのか、美樹さやかに向けていた槍を肩に担ぐ。

 

「第一さやかはグリーフシードを持ってるのかい? 今回だけでも大分黒ずんちまっただろ?」

「くっ…五月蝿いわねっ!」

 

 金属が弾かれる音が路地に響いた。

 腕を振り上げたまま動かない美樹さやか。

 その姿を佐倉杏子は事も無げに見下ろしている。

 右肩に担いでいた多節槍は形を変えず地面に突き立てられていた。

 

 …剣はやはり空高く舞い上がる。

 

「そうそう。そんな奇襲も有りだよ。所詮ルール無用の喧嘩みたいなもんだからね。でもそんなバレバレな考えじゃまだまだ。」

「くっ…」

「…それじゃあ、そろそろ先生気分はお終いだ。」

 

 佐倉杏子は再び多節槍を美樹さやかに向ける。

 万策尽きた美樹さやかは悔しげに俯くばかりで、頭を上げることも出来ない。

 

(折角恭介の腕が治って… この間漸く弾けるようになって… それなのに私は…)

 

 コンクリートを握りつぶすかのように美樹さやかは強く、強く拳を固める。

 それだけで指の腹は内出血しているのだが、今はそれを気にしている余裕はない。

 

「キュゥべえ! 私契約す…」

「その必要はないわ。」

 

 親友を、美樹さやかを助けるため鹿目まどかは1つ決心を固め、そして2つの意志にそれは阻まれた。

 

「なっ!?」

 

 鈍い音が響くのとほぼ同時か少し遅れて、何か悲鳴のような短い音が路地に響いた。

 それは突如として発せられた佐倉杏子の驚愕の声。

 佐倉杏子の様子を窺った鹿目まどかも釣られるように声を上げる。

 結界の中を見ると、そこにはいるはずのない姿が佐倉杏子の前の美樹さやかと入れ替わっていた。

 困ったように笑みを作り、刃を立てながら彼は口を開いていく。

 

「とりあえずここは引き分け、ってことで1つ手を打ってくんない?」

「っ!? どうやってここに!?」

 

 佐倉杏子の多節槍を踏みつけ、美樹さやかが造った剣を佐倉杏子の首筋に当てる。

 多節槍は上からの強い衝撃を受け地面に深く突き刺さっていた。

 

「どうやってって、ただ単に上から来ただけだ。運良く周りのビルの窓が路地側にあって助かったぜ。」

「っ!? 飛び降りてきたのかい!?」

「まぁこれくらい出来なきゃ魔女退治なんてしないさ。剣が飛んできた時は死ぬかと思ったけどな。」

 

 佐倉杏子は結界の上、開け放たれた窓を見上げる。

 窓の数から3階だと判断する。

 確かにあそこからなら結界を乗り越える事が出来る、と納得し難いのだが無理やり認める。

 

 続けて瀬津そうまの手を見る。

 力強さを感じさせるその右手は綺麗なままだ。

 それはつまり瀬津そうまは落下しながらも片腕で飛来する剣を正確に柄で受け取った事を意味する。

 如何に魔法少女として身体能力も経験値も豊富な佐倉杏子ですら成功する確率は少ない。

 そもそもわざわざ受け取らなくても弾き飛ばせばいいのだから、そんな能力は必要に値しない。

 しかし…そんな能力だとしても、一般人であるこの男子、瀬津そうまは成功させたのだ。

 弱々しく笑う瀬津そうまに佐倉杏子は少なからず恐怖を抱いてしまった。

 

「…っても俺が出しゃばる必要は無かったかな。なぁ、ほむりゃ?」

「…その呼び方は止めて、と言わなかったかしら。」

 

 瀬津そうまは振り返らず背中越しに声を掛ける。

 暁美ほむらはその問いかけに反応することはなかった。

 瀬津そうまの後方3mほど、もう1人の転校生はただ目を瞑りホッと一息吐く。

 暁美ほむらの足元には白昼夢でも見たかのような表情をした美樹さやかの姿があった。

 

「…しょうがない。これは完全に私の負けだし、兄ちゃんと後ろのを相手にするのは骨が折れそうだ。」

「助かるわ~! 平和主義万歳っ!」

「なぁ…、私は佐倉杏子だ。」

「あぁ…、俺は瀬津そうま。これからは仲良くやろうぜ。」

「冗談! …だけど兄ちゃんに免じて手加減はしてやるよ。」

「おっ!? もしかして俺に惚れちゃった? 参ったな~、俺には心に決めた人が~…」

「何冗談言ってるんだい。…出来れば2度と会いたくないね。」

 

 首筋から刃を離し、踏みつけていた多節槍から退く。

 剣を地面に突き立て、決して騙し討ちはしない、と証明するかのように佐倉杏子から離れた。

 

 ありがとな、と軽く謝辞を交えつつ多節槍を確認するように一振りし、そして跡形もなく霧散させた。

 続いて囲っていた結界も解かれていく。

 未だぼんやりとした表情で地面に座る美樹さやかを一瞥し、佐倉杏子は振り返りゆっくりと離れていった。

 背中越しに手を振りながら。

 

「…鹿目まどか。あなたは間違っている。奇跡は他人の為に叶えるものじゃない。」

「なっ!?」

「あなたは今の生活で満足している筈よ。…くれぐれも甘い言葉に靡かないで。」

 

 それだけ言い残して暁美ほむらも路地から去っていく。

 弾けるように魔法少女のコスチュームが消え、そこには見滝原中学校の制服を着た暁美ほむらの姿があった。

 すっかり日は沈んでいて、闇に覆われた路地には3人の姿しかない。

 

「…やっぱりあの転校生気に入らない。」

「でもほむらちゃんもさやかちゃんのこと助けてくれたんだよ?」

「それは分かってるけどさ…」

「またいきなり突撃していくなよ? …全く勝ち目が見えない。さやかを助け出した瞬間を見る事すら出来ない始末だ。」

「うん、私も全く分からなかったよ。」

「…正直私にもよく分からなかった。気がついたら転校生が隣にいて、そしてそうまとあいつが少し離れた所にいた。」

 

 3人は仲良く全員で頭を傾げる。

 しかし答えに至ることは出来ず、暁美ほむらの凄みをぼんやりと理解するに留まった。

 

「…とにかく今日は帰ろう。もう暗くなっちまう。」

 

 瀬津そうまのその言葉に2人は黙って頷き、キュゥべえも定位置である鹿目まどかの肩に軽快によじ登る。

 そしてそれぞれが路地を抜け、暖かい自宅へと帰宅した。

 

 …ただ1人、美樹さやかだけもやもやと苛々を心に抱いていた。

 

『奇跡は他人の為に叶えるものじゃない。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あと、さやか。明日は今日の反省会な。」

「…わっかりましたよ~だ!」

 

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