―――の身体がぼろ雑巾と化し宙を舞った。
グシャリと音を立て、地面に伏す。
『―――っ!?』
―――の耳につんざくような、それでいて柔らかな声が微かに届いた。
あまりの優しい声に自然と笑顔がこぼれる。
筋肉のしまった腕があらぬ方向に曲がっていることに気がつくが、痛みを感じない。
それどころか腕を伝う血液の流れすら感じることが出来なかった。
視覚による情報はなぜか触覚とリンクしていない。
幾何学模様な空は緑から赤へと色を変えていく。
『リ…ホ…』
最愛の人の名を呟く。
既に赤で浸食された世界で視認することもできなくなっていたのだが、根拠のない自信がその人が近くにいることを教えてくれた。
『―――っ!』
自身を呼ぶ声が聞こえ、先ほどまでの勘が間違っていなかったことに安どする。
なぜか何も感じなかった腕からぬくもりを感じ取っていた。
(あったけ…)
赤しか見えない世界に光が差し込む。
それはまるで太陽のようで、柔らかな光が全身を包みこんでくれていることが感覚的に分かった。
もちろんそれを生み出しているのが誰かということも。
(大丈夫だ…お前を独りにするわけないだろ…?)
唇が伝えたい言葉を告げる。
自身のヒューヒューとかすれた呼吸音しか聞こえない世界で、声にすることが出来なかった言葉が通じた気がした。
それでも彼女が不安に押しつぶされそうになっていることも分かってしまい、どうにかしてその不安を取り除いてやろうと、無理やり口角を上げる。
(…ん? なんだって?)
―――は優しく聴き返す。
ちゃんと言葉を聞き取りたくて、彼女の頬に手を伸ばしながら笑顔を見せる。
その時、腕が動くようになったことなど気に留める余裕はなかった。
『こ…が…た…か…!』
(えっ?)
『こん…わた…がか…た…ける…ら…!』
(もう一回…)
『今度は私が必ず助けるからっ…!』
そこで意識が覚醒する。
飛び起きた身体は汗にまみれ、呼吸はなぜか不安定。
カーテン越しに薄暗い光を感じ、そこで漸くここが自宅だということが分かった。
「また…あの時の夢か…」
瀬津そうまは天井を見上げ、落ち着かせるように深呼吸を数回行った。
何度目かで漸く呼吸は落ち着く。
「チッ…胸糞悪ぃ。」
ベッドから這い出てバスルームへと進む。
気持ち悪いほど汗でぬれたパジャマを脱ぎすて、熱すぎるくらいのシャワーを頭から浴びる。
汗は流れるものの、厭な気分は一向に流れ出てくれない。
その予感は当たっていて、今日魔女の攻撃から鹿目まどかをかばい怪我を負う。
…もしかしたら、今日怪我を負ってしまうことを感覚的に感じ取っていたのかもしれない。
お湯だけが排水溝に流れていく。
瀬津そうまの一日は最悪のスタートだった。
第35話 ゴシック
右足を踏み出して剣を勢いよく振るう。
最後に残った使い魔が見事に真っ二つになった。
空間がゆがみ、薄暗い廃ビルの一部屋へと形を変える。
そこでようやく一息を吐いた。
硝子の入っていない窓から外の景色を眺めると、研ぎ澄まされた剣のようなスッと空を切る三日月が浮かんでいた。
「なんかポテトチップスみたいな月だな、今日は。」
「…まさかそんな発想があるとは思わなかったわ。」
窓枠に顎を突いて月を眺めていると、瀬津そうまの背後から足音と小石を蹴飛ばした音、そして少し大人びている、というより必死に大人になろうとしている子供のような、凛とした声が響いた。
発言に怪訝な表情を浮かべて振り返ると、すその長い真っ赤な衣装に身を包んだ少女の姿があった。
少女の手には少女の身長よりも長い槍がある。
月明かりに照らされ、少女の八重歯がやけに強調された。
「働いた後は腹が減るもんだろ? 食うかい?」
「おっ、サンキュー。」
放り投げられた小さな包みを右手でキャッチする。
掴むとクシャッと音のなった物を見ると、可愛らしくデフォルトされたイチゴがプリントされている物があった。
「…ってその前口上なのに、渡すの飴かよ!?」
「しょ、しょうがないだろ。今手持ちはそれしかないんだから。」
ちょっと頬を紅くしながら、ブドウ味の飴を頬張る佐倉杏子。
舐める、というよりは噛み砕くように食べていて、飴を口に含んでから1分程度で食べ終わっていた。
突如佐倉杏子の身体が光る。
すると佐倉杏子の派手な魔法少女のコスチュームが普段着に代わっていた。
黒のインナーに若緑色のパーカー、下はロールアップショートパンツにブーツと明らかに冬を無視したような格好をしている。
魔法少女は風邪引かないんだぜ、と自信満々に言われた時、瀬津そうまは本気で叱ってやろうかと考えたほどだ。
「それにしても、兄ちゃん怪我してたんだね。道理で使い魔如きも倒せなかったわけだ。」
「ちょっと油断しちまってな。今回は助かったよ。」
「連れの二人はどうしたんだい?」
「他の奴のことなんて考えるな。今は俺のことだけを見ててくれればいいんだ…」
「そりゃナンパのつもりかい? 兄ちゃん、意外と見境ないんだな~。」
「ありゃりゃ、反応薄いね~。」
けらけらと笑いながら新しく取り出した飴を舐める。
2人して肩を並べながら廃ビルを出ると、冷たい風が吹いた。
身を切り裂くような風を浴び、着けていたマフラーを佐倉杏子に渡す。
それお節介だよ、とちょっと茶化しながらも、素直に受け取り首に巻く。
「それじゃああたしは行くよ。」
「あぁ。今度見かけたときはこっちが手助けするから。」
「はっ! あたしは一匹狼なんだよ。そんなもんいらないよ。」
佐倉杏子は後ろ手に手を振りながら、見滝原中学校の近くにある森の方に向けて歩きだす。
静かな夜にブーツの軽快な音が響いた。
「一匹狼、ね。彼女もそんな強かったら、俺は…そんなこと考えても仕方ないか。」
佐倉杏子とは反対の方向へと歩き出す。
マフラーが無くなり寒くなった首筋をすくめ、寒さに耐える。
ふと、以前使っていたマフラーのことを思い出した。
1人で巻くには長く、彼女と2人で使うとちょうど良い長さになった赤のマフラー。
今はもう手元にはない。
隣を歩く彼女の姿もない。
考えに耽りながら歩いていると自然と歩む速度は遅くなり、遂には立ち止まってしまった。
体の向きを今歩いていた方向とは反対の、佐倉杏子が歩いていった方向へと向ける。
遠くからでも見える森の頭上には月が輝いていた。
「相変わらずだな、ここは。」
キィーッと金具のこすれあう音が耳をくすぐる。
人によっては不快を感じてしまうであろうそれは、瀬津そうまにとっては聞きなれた音。
家に帰ってきた、という感情さえわき出てくる思い出の音だ。
靴が6足程度並んだら埋まってしまいそうな小さな玄関を抜け、土足のまま家に上がり込む。
どちらかといえば和式の家屋であるが、既に許可は得ているのでそのことに関して何も罪悪感はない。
寧ろそれが当然、という感覚すら持ち合わせていた。
第一、ほこりが積もった廊下を歩こうものなら、一日で靴下をダメにすることを覚悟しなければならないし、ましてや目的の部屋に入ることも躊躇される。
人一人通れるほどの廊下の奥、途中の階段を上り2階へ。
階段を一段上るたびにギシッギシッと音を鳴らすが、瀬津そうまはそれに対し何も反応することはなかった。
階段を上り正面、ドアには『リホの部屋』と書かれたオレンジのネームプレートが掛けられている部屋に、ドアの前で靴を脱いで入る。
中に入って部屋の電気を点けると、木製の箪笥にピンクの掛け布団がかかったベッド、それに加え小学生用の学習机が置かれた和室が目に飛び込んできた。
カーペットがオレンジ色なので、カーペットとベッドの2つから女子の部屋であることが辛うじて分かるほど飾り気のない部屋だ。
瀬津そうまは部屋に入るととりあえずベッドの縁に座り、部屋の中を眺め始めた。
蜘蛛の巣なし、汚れなし、ほこりは…少し。
部屋の中の様子を確認すると、ベッドのそばにある窓を全開にして、ふすまの中から小さな掃除機を取り出した。
「おっとっと、まずは拭き掃除からだったな。」
指を一回鳴らし、再度ふすまから取り出したのはバケツと雑巾。
一度部屋の外から水を汲んで再び部屋の中に入ると、片手の握力のみで絞った雑巾で箪笥やベッドの縁を丁寧に、ほこりが残らないように拭き始めた。
蛍光灯の裏までしっかりとほこりを落とすと、掃除機を使って床掃除。
換気しながらの掃除のため、身体はどんどんと冷えていく。
積っていたほこりを吸い上げ、役目を果たした掃除機等を元の場所に片づける。
時間にして30分程度。
一つの部屋にかける時間としては長めの時間だが、時間と比例するように部屋は清潔感を取り戻していた。
自分の仕事ぶりに満足した瀬津そうまは一息吐いて、再びベッドに座る。
その際、窓を閉めるのも忘れない。
ふと窓を閉める時、外の景色を見て少しだけ手が止まるもすぐさま動きだし、鍵をかけカーテンもしっかりと閉めた。
「…よし、行くか。」
ベッドをポンポンと叩くと、未練を断ち切るように勢いよく立ちあがった。
一度だけ部屋の中を見返してから、部屋を出る。
相変わらずギシッギシッと鳴る階段を下り、キィーッとなるドアを抜け、木々がざわめく夜へと足を踏み入れた。
外に出てからも2階の部屋を見上げる瀬津そうま。
そこには先ほどまで瀬津そうまが掃除していた、暗い部屋がある。
見上げている家の横には廃工場が一つ。
以前美樹さやかが始めて魔女退治を行った場所がここ。
毎週のように通っていたこの場所にいきなり鹿目まどかが現れたときは、本当に驚いたものだ、と瀬津そうまは懐かしむように廃工場を見つめる。
どれほど眺めていただろうか、瀬津そうまが踵を返し歩き出した時には体中が冷え切っていた。
首も少しばかり痛む。
軽く首を回しながら、ようやく本来の帰宅ルートへと歩き出そうとした。
そんな時だった。
「巽(たつみ) 怜(りょう)。」
「っ!?」
突然森の奥から声が聞こえた。
慌ててそちらを振り向くと、木々によって月明かりの当たらない暗闇から、スッと人影が徐々に現れる。
瞳は紫でどこまでもまっすぐに、髪はつややかで深い黒色は日本人的美しさを感じさせる。
齢14程の女性では考えられないほど、大人の女性としての魅力を備えた女子。
魔法少女の衣装を身につけ、右手には拳銃を持ち、左腕には特殊な石板を身に付けた暁美ほむらがそこには立っていた。
その存在を認識すると、瀬津そうまはしくじったと顔をゆがませる。
それと同時に、朝から続く苛々感がふつふつと沸き上がってきた。
「あなたのことは調べさせてもらったわ。巽怜、去年の9月、両親の転勤を理由に笹川中学に転校。大人びた容姿と人当たりの柔らかさから、数日の間で男女問わず人気を集めた。また、成績も優秀で運動神経も他の追随を許さない、まさしく『神童』と呼ぶにふさわしい存在だった。…これで間違いないかしら?」
「…序盤はともかく、他は俺に聞かれても分からないところだなぁ。他人の評価を聞きまわったわけでもないし、今じゃ聞こうにも聞けないからな。」
「それなら大丈夫。私が直接聞いてきたから。あなたは間違いなく『神童』と呼ぶにふさわしい人物だったと。」
「そいつは光栄だ。」
両脚を肩幅に開き、両目はしっかりと暁美ほむらを注視する。
一瞬たりとも気を抜かない。
暁美ほむらの一挙手一投足、息遣いまでも全て把握する。
瀬津そうまのそんな様子に気にすることもなく、暁美ほむらは話を続ける。
「あなたには『桜井リホ』というクラスメイトと恋仲だった。時間場所構わず2人きりで過ごし、クラスメイトからも存分に冷やかされたそうじゃない。」
「確かにあの時は凄かったなぁ。クラス中が俺と彼女のことを1日中弄くり倒すんだぜ? 仲の良かった男子にはしょっちゅう殴られるし、女子にはどうして付き合ったのかとか質問攻め。真っ赤になった彼女を助け続ける日々だったよ。」
「そう。それはどうでもいいのだけれど、本題に映っていいかしら?」
「…ほむりゃから言いだしといて、それはないだろ?」
ため息交じりに言い返すも、暁美ほむらは何一つ反応することはない。
瀬津そうまに許可されている発言は一つ、『Yes』か『No』のみだった。
反応の無い暁美ほむらを見て、瀬津そうまの方が折れる形となり首肯した。
「あなた、本当の名前は『巽怜』なの? それとも『瀬津そうま』なの? 答えなさい。」
有無を言わさない、清廉でありながら聞く人によっては恐喝のように聞こえなくもない声色で言葉を放つ。
顎を上げ、暁美ほむらよりも背の高い瀬津そうまを見下すように話す姿を見て、瀬津そうまの頭の中で継承が鳴り響く。
ただ逃げることも、戦って説き伏せることも、相手が魔法少女である暁美ほむらでは不可能であろう、とすぐさま頭の中ではじき出した。
「…それを聞いて、ほむりゃはどうす…っ!?」
瀬津そうまが口を開くと、耳が割れるほどの炸裂音が鳴り響いた。
瀬津そうまの足元には小さな穴が突如現れる。
「そんな答えを期待してないわ。次は当てる。」
冷酷さを含ませた声で瀬津そうまに告げる暁美ほむらの右手。
拳銃の砲身は瀬津そうまの足元に向けられていた。
そこでようやく瀬津そうまは足元に撃たれたことに気付く。
「早く答えなさい。」
「…分かった、降参だ。」
右手を挙げ真っ直ぐに立つ。
降参の意を示すように、右手を後頭部に置いた。
「どちらか、と言うのなら俺は『瀬津そうま』だ。」
「…それじゃあ『巽怜』という名はどこにいったのかしら?」
「その名前は捨てた。知ってるだろうが、彼女が死んだのを切っ掛けに、な。」
「そう…」
「そんな暗くならなくてもいいさ。彼女は俺の中で生きてる。彼女が残してくれた物が確かにあるからな。」
「別に同情なんてしてない。それじゃあ次の質問。貴方はどうして魔法少女の事について知っているのかしら?」
「それは簡単だ。彼女が魔法少女だったからだ。」
「桜井…リホが?」
「彼女も、弱い人間だったからな…」
顔を上げポテトチップスの月を眺める。
清廉で、幻想的で、そして手の届かない。
「俺だったら食べないで取っておくかもな。」
「? どういうことかしら?」
「すまん、こっちの話だ。」
「そう。」
有益な話ではないと判断すると、直ぐ様興味を無くし身を引く。
そんな一瞬のやり取りですら、暁美ほむらが優秀な魔法少女であることを示していた。
瀬津そうまはおもわず感嘆のため息を吐いてしまう。
「それで…次は此方が質問したいんだが?」
「…何かしら?」
拳銃を握りしめ、瀬津そうまの話を促す。
「ほむりゃは何か目的があって魔法少女をやってるのか?」
「それを答えるとでも?」
「じゃあ何かしら目的があると仮定して話す。…その目的に俺は邪魔な存在なのか?」
「…」
銃口を向けられて尚、瀬津そうまは小学生が親に質問する時のような表情で、純粋な好奇心を満たすように訊ねた。
思わず暁美ほむらの言葉が詰まる。
暁美ほむらの目的、願いは難攻不落の物だ。
1人の力ではどうすることも出来ず、仲間の力を足しても尚足りない。
未だに正解の糸口すら見えない問題なのだ。
だからこそ…瀬津そうまという不確定要素を簡単に切ることが出来ない。
「その様子だと、『まだ決まってない』ってところか。」
「っ!?」
「それなら、今日は帰っても大丈夫か? 怪我してんのに使い魔退治なんかしちまって、正直疲れてんだ。」
「待ちなさい。」
「俺を撃ちたきゃ撃て。その時は必死に抵抗して、一矢報いてから死んでやる。それに…」
「なっ!?」
一瞬の出来事だった。
棒立ちの瀬津そうまが素早く銃口から身体をずらし、森の中へと身体ごと飛び込んだ。
木や茂みが障害物となり、拳銃による圧力は少しばかりゆるいものとなった。
瀬津そうまの身体能力による一瞬の離脱。
このまま森の中を突っ切って町へ出れば、何の交渉を必要とせず無事に帰宅する事が出来る。
茂みの中を突っ切り、枝で肌に傷を作りながらも位置を探られないように茂みから茂みへと移動していた。
獣のように身をかがめ、既に暁美ほむらの姿も見えないほど森の奥へと進んでいく。
ここまでは順調。
後は気を抜かずに、素早く移動を繰り返していくだけで…
「動かないで。」
「…」
そこで時間が止まった。
瀬津そうまの頭に突きつけられる冷たい無機物の塊。
ゴリッと頭に突きつけられた拳銃が瀬津そうまの身体を止めた。
「まだ話は終わってないわ。」
身をかがめる瀬津そうまを見下ろす視線。
とても人には追えないほどの速度で、暁美ほむらの視線から逃れるように、離れるように移動していたにもかかわらず、いつの間にか暁美ほむらは瀬津そうまの横に立ち、拳銃を突きつけている。
決して油断していたわけではない。
辺りに気を配り、眼で確認し、そして天性の勘を持って逃走ルートを判断していた。
それだというのに、今暁美ほむらは瀬津そうまの横に立っている。
その受け入れがたい事実に対し、瀬津そうまは笑みを浮かべた。
「…そうだな。俺が言いたかった事は、ほむりゃの能力なら俺を仕留めることなんて朝飯前だろ、ってことだ。」
「…」
「ほむりゃの能力、それは『時間操作』だろ?」
「っ!?」
拳銃を突きつけられているのにもかかわらず、瀬津そうまはすっと立ち上がり暁美ほむらを見る。
切れ長の瞳を見つめると少しばかり動揺が見て取れた。
「ほむりゃは俺を殺せる力を持っていて、そして俺の存在を必要としている。」
「…後者はまだ決めかねているわ。」
「未だに俺を殺していないことからそう判断しただけだ。間違えたと判断した時は、その引き金を容赦なく引けばいい。」
側頭部に突きつけられた拳銃をどかし、町の方へと歩き出していく。
「俺は魔法少女と行動を共にしていたからキュゥべえのことも視認できるし、話すこともできる。前の学校を転校した理由は、彼女がいたはずの景色を見ているのが辛くなったから。これからの行動の指針としては現状維持だな。…これ以上何か聞きたい事があるのか?」
「…最後に一つ。どうして私の能力が分かったのかしら?」
「最初は転移系統なのかと思ってたさ。ほむりゃ自身や武器を転移させることが出来る能力。でもさっきのでそれが違うことが分かった。」
「どういうことかしら?」
「スカートの裾に葉っぱが付いてる。それはつまり瞬間移動したわけじゃなくて、この茂みを移動してきた、って事だ。気配を感じさせず、視覚にも映らず、なおかつ俺が逃げる前に接近できる能力…それだけ限定されれば、ほむりゃの能力が何なのか見当つくだろ? もちろん『どこまで』応用が利く能力かは分からないけどな。」
「…」
「ほむりゃがどんな目的で奔走しているかは分からないけど…俺たちの前に出てくるなら、容赦なく退けるからな。」
制服に付いた葉っぱを払いながら、瀬津そうまは街の方向へと歩いていく。
それを暁美ほむらは黙って見送った。
いや、見送ることしかできなかった。
瀬津そうまが去り際に見せた威圧感…鋭い目つきが暁美ほむらの口を縛ったのだ。
鷹のような目つきは暁美ほむらが見たことのない瀬津そうまの新たな一面。
視線だけで人を殺せるのなら、この瞬間暁美ほむらは死んでいただろう。
叩きつけられる敵対心。
漸く体が動き出した時、瀬津そうまは森の奥へと完全に姿を消した時だった。
止まっていた心臓が急に動き出し酸素を求めて呼吸を荒げる。
「やっぱり…あの男は信用ならない。」
暁美ほむらがポツリとつぶやいた一言は誰にも届くことなく、森の喧騒に消えていく。
緊張感も解けるように無くなっていった。
暁美ほむらは拳銃をしまい瀬津そうまの歩いていった方向とは別の方向に歩きだす。
暁美ほむらにしか達成することのできない使命を背負って、暁美ほむらは1人歩くことを再開した。