魔法少女の騎士   作:アンリ

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第7話 リップサービス

 ホールのような真っ白なドーム状の広大な空間。

 床一面は芝に覆われ、不自然なまでに平らに均されている。

 鹿目まどかと美樹さやかはその室内コロッセオのような戦場を、数十メートル程の高さから俯瞰していた。

 広場の中央には10メートル程の大きさを誇る蛞蝓のような魔女と、その魔女を守るように多数の瞳とカイゼル髭を携えた手のひらサイズの使い魔が佇む。

 そしてその魔女の巨体を外周するように、共に疾走する2つの影があった。

 

「マミは攻撃に専念っ! 俺は周りの邪魔な使い魔を退かす!」

「分かったわ、そうま君っ!」

 

 外周を続けていた影は魔女に対して一定の距離をとり立ち止まる。

 魔女に対して突き刺すような強い視線。

 それだけで鹿目まどかと美樹さやかの2人は、次の攻撃でクライマックスになることを感覚的に理解した。

 金色の影が胸元で結ばれた黄色のリボンを解くと、リボンは目にも留まらぬ内に巨大なマスケット銃へと早変わりした。

 主を一撃で沈めようとする銀の兵器に、使い魔達は阻止せんばかりと金色の影に牽制を仕掛ける。

 …が、それも金色の影を囲むように動くもう一つの影に弾き飛ばされた。

 地中から金色の影目掛けて頭突きを仕掛ける使い魔も、まるで予知しているかのように地中から出てきた所をピンポイントに狙われ、一匹たりとも金色の影に届くことはなかった。

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

 そして無情にも使い魔の努力は届かない。

 巨大な砲身から放たれた暴力は、射線上の使い魔を巻き込みつつ巨大な魔女の図体を貫いた。

 鹿目まどか達には光の線が魔女を包み込み、その輝きに目を奪われている間に魔女や使い魔の存在が消え去ったように感じていた。

 魔女が消えた空間には先程まで駆け回り、そして魔女や使い魔を殲滅した2つの影しか存在しない。

 闘いの熱が引き、静まるコロッセオ。

 はしゃいでいたのは、観客と化していた鹿目まどか達だけだった。

 

 魔女が消滅した結界は音もなくその空間を歪ませ、次第に現実世界へと画を塗り替えていく。

 2つの影が死闘を繰り広げていたのは公園の広場に、鹿目まどか達がいた客席はその広場に繋がる階段へと早変わりしていた。

 

「今日のはすごく大きかったですね?」

「魔女だったからね。この前も言ったと思うけど、使い魔よりも呪いの力を溜めこんでいてその分スケールが大きくなるの。」

 

 巴マミは魔女が消滅した場所に落ちている宝石を拾い上げる。

 宝石は辺りにまぎれるような漆黒で不気味な雰囲気を漂わせていたが、それを巴マミは気にすることはなかった。

 

「あとこれが魔女と呼ばれる敵が持っているものよ。」

「ソウルジェム…ですか?」

「形は似ているけどこれはグリーフシードって言うんだ。ソウルジェムとは別物だよ。それは魔女の卵のようなもので、それが孵化することで魔女がこの世に誕生するんだ。」

「なんでそんな危険なものがここにあるのよ!?」

「確かに危険だけど、これは魔法少女にとってはむしろとても役に立つものなんだよ。マミ、見せてあげてよ。」

「分かったわ、キュゥべえ。鹿目さん、美樹さん、これをちょっと見てくれる? 私のソウルジェムが少し輝きを失っているのが分かる?」

 

 ヘリオドールを思わせるような輝きを持つソウルジェムが手のひらに現れる。

 闇を照らし安心感を与える光を輝かしていた先程よりも、少しばかり様相が異なっていた。

 

「本当だ。昨日見せてもらった時より少し濁ってる気がする。」

「魔法少女が魔法を行使するたびにソウルジェムは澱んでいくの。これが真っ黒になると魔法が使えなくなっちゃうんだけど…」

 

 漆黒の宝石、グリーフシードを巴マミはソウルジェムに近づける。

 するとソウルジェムにため込まれた澱みが、グリーフシードに吸い込まれるように浄化された。

 澱みを吸収したグリーフシードはより漆黒を醸し出し、ソウルジェムは再び周囲を照らしだすように輝きを纏った。

 

「こうやってグリーフシードはソウルジェムの汚れを吸い取ってくれるの。」

「へぇ~、これがあれば魔法を使い放題になるんだ?」

「それがそんなに簡単でもないんだな、これが。グリーフシードは汚れを吸収しすぎるとまた魔女が孵化する原因にもなるんだ。だから吸収量は限られてくるんだよ。」

「それじゃあ汚れがたまったグリーフシードはどうするの?」

「それは僕がちゃんと安全に処理するから安心して。」

 

 一通り簡単に魔女とグリーフシードの説明を2人にする2人と一匹。

 今夜で鹿目まどかと美樹さやかが経験した魔女退治の数は3にまで増えた。

 その間巴マミは一度も苦戦を強いられることはなく、2人も瀬津そうまの護衛により無傷の生還を常に味わっていた。

 そして今夜は初めて魔女のスケールを体感した2人であったが、結果だけを見ればこれまでの魔女退治と何も変わらなかった。

 それほどまでに巴マミと瀬津そうまのコンビネーションは、安心感を与えるほどの鉄壁の布陣。

 鮮やかに悪を倒す巴マミとそれをサポートする瀬津そうま。

 奇しくもそれが鹿目まどかに、魔法少女への興味を持たせる大きな要因となっていた。

 

 

 

 

 

第7話 リップサービス

 

 

 

 

 

「まどかはいつもここで待ってるのか?」

 

 多数の人が行き交うホールのソファーに腰を落とすと、開口一番鹿目まどかに訊ねる。

 日が傾き顔を引っ込めようとしている時間帯だからか、入り口の自動ドアは開閉を繰り返している。

 

「そうだよ。一度さやかちゃんと一緒に上条君のお見舞いをしたことがあるんだけど、さやかちゃんがなんだか居辛そうな顔してたから。たぶん私達に上条君と話してるとこ見られたくないんじゃないかな?」

 

 3人のクラスメイトである上条恭介が入院する病院の一階。

 診察の受付をする人や、お見舞いを終え病院を後にする人で混雑しているホールに2人はいた。

 鹿目まどかの肩にはキュゥべえが定位置とばかりに居座っている。

 

「そんなさやかも見てみたいな~。それでやたら弄ってやりたい。」

「それは可哀想だよ~。」

 

 美樹さやかが1人上条恭介の病室にお見舞いに向かっている間、鹿目まどかと瀬津そうまの2人は暇を持て余していた。今日こそは…、と上条恭介に挨拶をしようとしていた瀬津そうまは少し不満げにソファーに座っている。

 

「なぁ、まどか?」

「どうしたの、瀬津君?」

「さやかと恭介って本当に付き合ってないのか?」

「う~ん…さやかちゃんに聞いても、顔を真っ赤にして否定するだけだから分からない…かな?」

「そりゃ分かり易いこって。まどかは誰かいないの?」

「えっ!? えっと~、わ、私はいないよ~! 今はさやかちゃんや仁美ちゃんと一緒にいるだけで楽しいし!」

「そこは是非、俺の名前も言ってほしかったな~。」

 

 え~、どうしよっかな~…と鹿目まどかが微笑みながら隣に座る瀬津そうまを見る。

 すると瀬津そうまの身体に半分ほど隠れていたが、エレベーターから出てくる美樹さやかの姿を視界の端に捉えた。

 

「あっ、さやかちゃん来たよ。」

「ん? 今日はやたら早い逢瀬の時間だったな?」

「お待たせ~。なんか今日は検査があるみたいで部屋にいなかったのよ。…ったく、わざわざ来てやったのに失礼しちゃうわよね~…。」

 

 ソファーに座る2人の姿を見つけるや近付き、美樹さやかは溜め息混じりに話し始めた。

 暗い表情とも相まって、会えなかったことを本当に残念がっていることがハッキリと目にとれた。

 そんな美樹さやかの様子に、2人は先程の会話を思い出し軽く微笑む。

 

「なっ!? 何で2人して笑ってるのよ!」

「そんじゃあ待ち合わせ場所に行きますか。」

「そうだね、瀬津君。」

「ちょっと待て~ぃ! その『分かった分かった』みたいな顔するんじゃな~い!」

 

 ホールの自動ドアを抜け、夕焼けに染まる病院を後にする3人。

 一時間後には魔女退治へと向かっている筈の3人に、命懸けの闘いに意気込むような雰囲気は微塵も感じられない。

 学校の用事でこの場にはいない巴マミが恐れていた、油断を生み出す心境へと変化してしまったことに2人は気付いていない。

 3度の死闘も鹿目まどかと美樹さやかの2人にとっては劇を見ていたかのような高揚感や恐怖感を味わい…

 

 そして同時に観客席から眺めるだけで物語に入り込むことはない、という安心感を感じるものが魔女退治という認識に変わっていた。

 

 

 

 

 …しかしそれも今日までのこと。

 

 

 

 

 

「あれ? さやかちゃん、瀬津君。あそこ…何か…」

 

 紅く染まる病院の駐輪場。

 暖かなそよ風が3人の肌を沿うように流れる。

 いつもの夕方、いつもの風景。

 そんな『普通』は鹿目まどかが見つけた、病院の外壁に突き刺さる宝石によって簡単に崩壊した。

 

「グリーフシードだ! しかも孵化しかかってる!」

「うそっ!? なんでこんなところに!?」

 

 どくどくと鼓動を奏でるように点滅を繰り返すグリーフシードに、キュゥべえが表情を変えず声を荒げた。

 グリーフシードが突き刺さる壁の間近はすでに結界を形成しかけていて、蜃気楼のようにゆらゆらと景色をゆがませている。

 

「まずいよ、早く逃げないと! もうすぐ結界が出来上がる!」

「…しゃーなしだな。まどかとさやかはマミを呼んで来てくれ! 俺はキュゥべえと結界を見張っとく!」

 

 グリーフシードが孵化すれば魔女が身を守る結界を作り、そして結界に近づく一般人を迷いこませる。

 そして迷い込んだ一般人は二度と帰ることはないだろう。

 そうした危険性を考慮し、また2人を安全な場所へと避難させたい瀬津そうまは2人に背を向けグリーフシードの様子をうかがう。

 

「うんっ! 行こう、さやかちゃん!」

「…待って! 私も残る!」

 

 瀬津そうまの考えを読み取れたわけではないが素直に言うことを聞き、待ち合わせ場所である喫茶店へと脚を向けた鹿目まどかだったが、美樹さやかはうつむいて何かを考えたまま動かない。

 鹿目まどかが急かすように呼び掛けると、美樹さやかは顔をあげて何か決意したような表情で口を開いた。

 

「…さやか。今はとりあえず俺の言うこと聞いてくれよ。正直何が起こってもおかしくない。…俺1人じゃさやか1人でさえ守り切れるか分からない。」

「そうだよ! 危険だよ、さやかちゃん!」

「ううん。私は残る。…そうまにだって何が起こるか分からないような状況を放っておきたくない。…私に何ができるかは分からないけど、何もしないよりはずっとマシだと思うから。」

 

 手をぎゅっと握り歯を噛みしめる。

 キッと睨むように瀬津そうまを見つめる美樹さやかの表情は、梃子でも動かないと告げているような鬼気迫るものだった。

 

「それにそうま1人に任せてなんかいられないわよ! あたしだってやる時はやるってとこ見せてやるんだから!」

「…とりあえず時間をかけてる暇はないしな。それじゃあまどか。1人じゃ心細いかもしれないが、マミを呼んで来てくれ。こっちは俺たちに任せてくれ。」

「瀬津君…分かった! さやかちゃんも気をつけてね!」

 

 不安げな表情を胸に押し込め、鹿目まどかは喫茶店へと走り出した。

 鹿目まどかの後姿を眺め、再び孵化しかけのグリーフシードを見つめる2人。

 

「こいつ、あとどのくらいで魔女になるの?」

「もう少し時間はかかりそうだけど、油断はできない状況かな。」

「そっか…」

「結界が出来てすぐは魔女もまだ目覚めてない。魔女が目覚めるまでは被害が広がることもないから安心しなよ。」

「そうなの?」

「あぁ。だから俺たちのすべきことは、出来るだけ眠っている魔女に刺激を与えないように監視し、結界が形成された後も同じように刺激しないで魔女の巣食う結界の最深部までたどり着くことだな。」

「? わざわざ結界の最深部まで行く理由は何よ?」

「僕がいればマミがここに来た時、僕の気配を追ってすぐに最深部まで来ることが出来るんだ。周りに被害を出さないようにするには、魔女を素早く倒すことが最も有効だからね。」

 

 点滅を繰り返すグリーフシードに落ち着いていられない美樹さやか。

 先ほどより少しばかり点滅する速さとその輝きが増している事から、もうすぐ孵化してしまうのではないか、と気が気でない状態であったためだろう。

 ちらりと病院を見上げ焦りの表情を浮かべる。

 体も目に見えて震えてきていた。

 そんな華奢な女の子の一面を見た瀬津そうまが口を開く。

 

「でも本当にさやかは恭介のことが好きなんだなぁ~。こんな思ってくれる彼女がいて恭介も幸せ者だなぁ~。」

「ぶっ!? ちょっ、ちょっと何いきなり言ってんのよ!?」

「だってさやかが残った理由はそれだろ? さっきから一つの病室をずっと見つめてるし。」

「ぐっ…」

「はははっ。恋する乙女のパワーは無限大~、てか?」

「ちょっと! 緊張感なくすようなこと言わないでよ!」

「緊張感なんてもん、今から準備したってしょうがないだろ? それより準備しとくもんはそういった感情が先だよ。」

「はぁっ?」

「これから俺たちが向かうのは一歩間違えれば簡単に命を落とす場所だ。両手じゃ数え切れないほどの危機が俺たちを迎えるかもしれない。…そういった時に一番役に立つのがそういった『生への執着心』だよ。いざって時に最後の力を振り絞れる奴は、大抵死にたくない理由を持っている奴だ。さやかも魔法少女になるんならそういった気持ちを大事にしなくちゃあっさりくたばっちまうぞ?」

 

 揺れ動く景色は徐々に範囲を広げていき、グリーフシードも直視できないほどの光を帯び始めた。

 そんな中でも美樹さやかは瀬津そうまの言葉に耳を傾け続け、自然と体の震えを止めていた。

 

『生への執着心』

 

 美樹さやかにとって上条恭介がそういった力を生み出してくれる存在かどうかは分からない。

 しかしただ一つだけ感じていることが、美樹さやかに勇気と冷静さを与えた。

 

(もう一度あいつの笑顔が見たい)

 

 グリーフシードが閃光玉の様に辺りを光で包み、2人の身体を包み込んでいく。

 2人の身体が周囲から見えなくなるほど輝きを放ったグリーフシードは徐々に光量を抑え、夕焼けに染まる駐輪場を視界に収められるほどに戻る。

先ほどまでと何ら変わらない風景。

 しかしこの場が光に包まれる前にはいたはずの2人の人間の姿が忽然と消えていた。

日はどんどんと傾いていき、まもなく夜の帳を迎える。

 

 この日本当の魔女退治を2人は経験する。

 

 

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