『2人とも何か願い事は見つかった?』
『う~ん…まどかは?』
『う~ん…』
魔女退治を終え、無傷の身体で夜の歩道を歩く4人。
魔法少女の力をその目で感じた2人に巴マミが帰り道にふと質問をした。
一つだけ叶う奇跡を代償に魔法少女になる。
命をかけた選択ともなると2人とも慎重になるのは当然だろう。
『まぁそういうものよね。いざ考えろ、って言われたら。』
『マミさんはどんな願い事をしたんですか?』
『そういや俺も聞いたことなかったな。よかったら教えてくれよ。』
『えっ?』
この場で唯一の魔法少女である巴マミ。
魔法少女である、ということは奇跡を叶えてもらったということになる。
3人は巴マミの手に入れた奇跡に興味を向けた…が巴マミが急に悲しげな表情を浮かべたことで少しの罪悪感がわき出てくる。
すぐさま鹿目まどかが質問を撤回するように慌てふためくが、巴マミはその様子に思わずほおをほころばせ、思い出すように自身の願った奇跡について口を開いた。
『私の場合は…考えている余裕さえなかった、ってだけ。後悔してるわけじゃないのよ。今の生き方もあそこで死んじゃうよりはよほど良かったって思ってる。…でもね、ちゃんと選択の余地がある子にはきちんと考えたうえで決めてほしいの。私にできなかったことだからこそ…ね。』
『マミ…』
夜空は星が照らすことはなく、今にも一雨降りそうな厚い雲に覆われている。
小一時間もすればバケツをひっくり返したような雨が降るかもしれない。
巴マミは過去の弱かった自分を思い出しながら、2度目にあたる4人での魔女退治の帰り道にそんなことを考えていた。
…ただ運命を憎むことしか出来なかった自分を。
第8話 SUPERNOVA
生まれたばかりの使い魔が臓器のようなどす黒い色をした廊下を、ピョコピョコ飛び跳ねるように進んでいく。
脇目も振らず先の見えない廊下を進み、やがて使い魔は視認できなくなった。
そこでようやく、壁際に隠れていた瀬津そうまと美樹さやかはホッと一息吐いて姿を現した。
「キュゥべえ。次はどっちだ?」
「今度はこっちだ。」
美樹さやかの肩から飛び降りたキュゥべえは、三つ叉に分かれた道を先導するように歩いていく。
その四足歩行する白い生物を、2人の人間が足音をたてないように追いかける。
結界内部では何が刺激になり、何が孵化を促してしまうのか分からない。
そのため自然と忍び足のような足運びになってしまっても仕方のないことだろう。
2人と1匹は朱の洞窟を歩いていく。
やけに地面は柔らかく、まるでマットの上を歩いているような気分にさせた。
「何回か魔女退治を見てきたけど、魔女の結界って現実とリンクしてできるのね。」
「ん? …あぁ、確かにそうなのかもしれないな。」
美樹さやかが見つめる先にはグニグニと蠢く紅の肉が、そして瀬津そうまの見つめる先には番号の書かれた真っ白な扉がズラリと並んでいた。
前者は病院のホール、後者は連なる病室を連想させる。
他にもベッドのような白と茶色の台座や手術器具が空間に突き刺さるように散らばっていた。
宙に浮かぶ人体模型に美樹さやかは少し気分を悪くした。
「もしかしたらこの結界を創った魔女は不治の病だったりしたのかもな。それで社会、世界を呪い、魔女へと形を変えた…てか。」
「人の悩みが集まって魔女になった、ってこと? そう考えると魔女退治ってなんだか罪悪感感じちゃうわね。」
「…奇跡を望んで、結果呪いを生み出し魔女になる…魔法少女の存在を知る俺達にはかなりヘビーな話だな。」
人体が悠々と収まる程の巨大な円筒器だけが青白く光る真っ暗な部屋を2人は歩く。
キュゥべえ曰わく、あと2、3分歩けば魔女の潜む最下層に到達する。
奥に進むにつれ魔女の呪いを身体にため込んでいくかのように、2人の心は重く縛られていく。
「この先だよ、そうま、さやか。」
キュゥべえがとある鉄格子の前で立ち止まる。
鉄格子の上には『手術中』と書かれた蛍光ランプが付けられていて、チカチカと点滅を繰り返しながらも血を連想させる赤色を放っていた。
「そうま、キュゥべえ。これが魔女なの?」
「そうだよ、美樹さやか。まだ孵化していないから分からないかもしれないけどね。」
鉄格子の奥、石柱の台座に祀られているようにグリーフシードは突き刺さっている。
先程見た状態から変化はなく、鼓動を刻むように白、黒と発光を繰り返していた。
耳を傾ければトクットクッとリズム正しい音さえ聞こえそうなほど、様子は安定している。
「ねぇ、そうま…孵化する前にコレをどうにかしちゃえないの?」
しかし美樹さやかはその様子が嵐の前の静けさのように感じてしまう。
このまま何もしないと、後で手痛いしっぺ返しを味わってしまうのではないか…と不安を募らせてしまう。
故に目の前の不吉の塊をどうにかしたい。
しかしその考えはすぐさま否定される。
「それはちょっと厳しいね。」
「キュゥべぇ?」
「今この魔女は所謂殻に閉じこめられている状態なんだ。周りに覆われたグリーフシードという殻を壊して、外に出ようと必死になってるんだよ。」
「だからその殻ごと先に壊しちゃうとか…」
「駄目なんだよ、さやか。これが鶏の卵ならそれが出来たかもしれない。でもグリーフシードを人間の力だけで壊すことは、どんなに鍛えても不可能なほどに強固なんだ。試しにグリーフシードを叩きつけてみても傷一つつかないどころか、殻の中の魔女を刺激して孵化を早めることになる危険性もあるからな。」
「そっか…くぅ~っ! ここまで来て見てるだけなんて…」
「魔法少女ならグリーフシードを破壊する事が出来るんだ。美樹さやかが契約してくれれば、直ぐにでもこの魔女を倒すことが出来るよ。」
「えっ!? マミさんなら出来るの?」
「その代わり魔女と戦うよりも膨大な魔力を使うことになるけどね。ソウルジェムの穢れを浄化するグリーフシードを壊すのに、穢れを大量に溜め込む、なんて効率が悪い上にグリーフシードも手に入らない。だからあまり前例はないね。」
魔法少女は魔女を退治するために存在する。
キュゥべえと契約の際に得た奇跡の代償であるため、それは当然と言えた。
それと『世界平和のために魔女退治をするのが魔法少女』という考えは、似ているようで全くの別物である。
『競争になることも多いの。』
美樹さやかの頭に、巴マミの自室で聞いた言葉が響き渡る。
暁美ほむらに襲われ、初めて魔法の存在を知った日に疑問に思っていた。
魔法少女同士は協力して闘えないのか…
それに対する巴マミの返答がこれだ。
魔法少女が魔女を倒すために必要な魔法。
その魔法を行使する度に、魔法少女のソウルジェムは穢れを溜め魔法の使用に制限がかかる。
そして穢れを浄化する効果を持つのが、魔女が消滅する際に落とすことのあるグリーフシードだ。
魔法少女にとってはグリーフシードがなければ魔法の行使は十分にはできない。
しかし魔女を退治してもグリーフシードは最大1つしか手に入れられない。
…そこで魔法少女同士の争いが生まれる。
そういった経緯からグリーフシードを手に入れる為に闘い、孵化直前の魔女を敢えて叩くようなことをしない魔法少女ばかりとなった。
被害は生まれるかもしれないが、魔法を行使できなくなればまた別の場所に来る魔女に対応できない。
もちろん単純に魔法を使用不可になることを嫌って、ということもあるのだが。
しかしそれは美樹さやかにとって、今回限りはそう簡単にあきらめきれない事情がある。
「ねぇ、キュゥべえ…質問なんだけどさ。」
「なんだい、美樹さやか?」
「叶えてもらう奇跡、って『私以外が叶えたい奇跡』でもいいのかな?」
脳内に浮かぶのは左腕に包帯を巻かれた少年の悲しげな表情。
美樹さやかは続けて言葉を紡ぐ。
「世の中には私よりずっと奇跡を待ち望んでる人がいる。例えばそんな人のために奇跡を使う、ってのはありなのかな?」
「それって恭介のことか?」
「うっ!? た、例えばだって!」
「奇跡の対象が本人である必要はないよ。前例が無いわけでもないし。」
キュゥべえは相変わらず表情一つ変えることなく、淡々と言い切った。
その言葉に美樹さやかは顔を綻ばせる。
幼なじみを想って産まれた奇跡を叶えてもらうために、口を開く。
喉は干上がり手は自然と握りこぶしを作っていた。
今一言奇跡を望めば、美樹さやかの運命は歪にねじ曲がる。
平穏無事な世界から、殺伐とした世界へと移り住む。
それでも美樹さやかの想いは変わらない。
胸の奥から絞り出すように、美樹さやかは大きく息を吐き出し…
「そこまでだ、さやか。」
溢れかけた言葉を瀬津そうまによって栓をされた。
グリーフシードは今も妖しげに点滅を繰り返す。
「なっ…なんでよ? そうま。」
「『恭介の怪我を治す』…それはさやかの願いじゃないだろ?」
「えっ?」
美樹さやかは短く言葉を吐き出す。
ぽかんとした表情を見せるのは、けして瀬津そうまに願いを見抜かれたことが原因ではない。
2人のクラスメイトの視線がぶつかる。
その間に周囲の様子は少しばかり様相を変えていて、無機質な桟橋や巨大な牛乳瓶、サッカーボールほどの飴玉やチーズが突如部屋の隅に現れていた。
もちろん美樹さやかはその変化に驚いた訳でもない。
先程までこの異質な空間で、笑顔を絶やさず話しかけてくれた瀬津そうまの表情が厳しいものに変わっていたことが原因だった。
「恭介の腕が治って、恭介がヴァイオリンをまた弾けるようになって…それでさやかは何がしたいんだ?」
「それ以上何を望むのよ!」
爆発するように自身の気持ちをさらけ出す美樹さやか。
勢い任せに脊髄反射の返答。
「それだけじゃ恭介はさやかのものにはならないかもしれない。」
しかしその即答すら偽りである、と瀬津そうまは語る。
美樹さやかとは対照的に静かに淡々と、まるで子供を諭すかのように話す。
脚の長い椅子が紅の地面よりニョキニョキと生え、頭上には薄気味悪く笑う太陽のような光源が現れていた。
美樹さやかは何も話せない。
「いいか、さやか? さやかがもしその奇跡を叶えたら、魔法少女として魔女を殺さなきゃならない。その事実は恭介に一生理解されることはないんだぞ? 下手したら一度も恭介の演奏を聞くことが出来ず死んじまうことだってあるんだぞ?」
「そっ…そんなの…」
「それともさやかは奇跡だけ叶えて、後は魔女と戦わないで平穏無事に過ごす魔法少女になるのか? さやかはそんな薄情で打算的な人間じゃないだろ?」
ぴょこぴょことキュゥべえが尻尾を左右に振り回し、2人の人間を紅い瞳で見つめている。
その時笑顔を絶やさず…というより笑顔を張り付けているキュゥべぇの耳がピクンと反応した。
『そうまくん、キュゥべえ。状況は?』
『さやかちゃん! 瀬津君! 大丈夫!?』
突然頭に響いた声に2人は頭上を見上げる。
見上げた先にはもちろん人影はなく、その声がキュゥべえによる念話であることに美樹さやかは少し時間がかかった。
『マミか。とりあえずは問題ないな。見たところまだグリーフシードは安定してる。』
『そうまの言う通り、すぐに孵化する様子はないよ。むしろ迂闊に大きな魔力を使って卵を刺激する方がまずい。急がなくていいから、なるべく静かに来ててくれるかい?』
『わかったわ。それじゃあ2人とも、待っててね。行くわよ、鹿目さん。』
『はい。さやかちゃん、瀬津君。無茶しないでね。』
頭の中に響く声が遠のいていく感覚。
「とりあえず今回は何とかなりそうだな。」
どくんどくんと鼓動を繰り返すグリーフシードに目を向けながら、瀬津そうまは少し安心したような表情を浮かべた。
今はまだ脅威とはなっていないが、瀬津そうまの目の前には孵化しかけているグリーフシードが存在している。
最悪の場合美樹さやかを守りながらの戦いを強いられていたため、巴マミの到着は少なくとも一息吐くことが出来る程の安心感を与えた。
「とにかく今日は俺とマミに任せろって。そんな焦って決めることでもないんだからさ。」
美樹さやかの頭をポンポンと、子供をあやすように撫でる。
感じる柔らかな重みに片目を閉じることで反応する美樹さやかの表情は優れない。
むしろ瀬津そうまに恨むかのような視線を向けていた。
(何も知らないくせに、何を分かるってのよ…)
自身を賭けてもいいと思えた願いを見破られ、挙げ句の果てに否定された。
魔法少女でもない、自分の命を軽視するかのように魔女退治に参戦する瀬津そうまに否定されたのだ。
例え自己満足な願いだとしても、それを自己満足で戦う瀬津そうまに言われたくない…美樹さやかは不満の表情を浮かべたまま、そんなことを考えていた。
…そしてこの時を一つのきっかけとして、一つの運命は歪みを帯びていく。
その分岐点を見届けているのは白き奇獣の紅い瞳と…
少しずつではあるが、点滅の感覚を早めているグリーフシードだけだった。