「ぷはー!やっぱ朝に飲む牛乳はうんまいなぁ!」
巫女装束の少女を家に上げ、風呂に入るよう勧めた宙良は、冷蔵庫の前で腰に手を当て、喉を鳴らしながら牛乳を飲んでいた。
彼が無類の牛乳好きで、昔は朝昼晩と飲んでいるような中毒者だった。しかし、現在の旅をする生活をし始めてからは朝にコンビニで買って飲むくらいしか出来なかった。
それが家に帰ってくれば浴びるほどの飲み放題。しかし、物は限度があるので、あと一杯だけと宙良は手を冷蔵庫にかけた時だった。
「あの・・・お風呂ありがとう」
巫女の少女は服を着替え、すでに巫女装束ではない。小夜子さんの服だが、宙良は手に触れられる範囲で女物の服がそれしかなかったので、上下ダボダボではあるが裸では風邪を引かせないために入らせた事が無意味になるので、背に腹はかえられないと貸したのだった。
もちろん後で無断で借りたなどと言えば怒られるのは必至なので、小夜子にメールで一応確認は取った。見ているかどうかは別として。
「どういたしまして。あんたも牛乳飲む?」
宙良はコップをもう1つ用意し、少女に渡す。少女は物珍しそうに牛乳を眺めるものだから、宙良はこうするものだと自分のコップに入った牛乳を飲んでみせた。
少女は様子を確認すると、おそるおそる口に含む。どうやら口に合ったようで、少しずつではあるが全て飲み干した。
「美味しいねこれ。なんていうの?」
「不思議そうにしてるから、もしかしたらと思ったけど知らないのか。牛乳って言うんだ。この世で最も人を笑顔にした飲み物さ」
宙良は少女を見ると、笑顔で口元を指差す。
「ここ、ひげになってるぜ」
「・・・ほんとだ」
少女は自分の口元を触ると、宙良と共に太陽のような明るい笑顔を見せた。
・・・
・・・・・・
「それで、風邪引く心配がなくなったところで聞きたいんだけど、君は朝からなんでこの家に来たんだ?」
客間に少女を招待した宙良は、不信感と敵対心かつ失礼のない程度の軽い言葉で質問した。
重い言葉が出ても真摯に受け止める覚悟をしていた宙良にとって、その後の少女の返事は意外なものだった。
「あの、王様。今ってショーワ何年?50年くらい?」
「え」
質問に質問で返すという思ってもない言動に面食らいながらも宙良は考える。
「えっと、それはまだ昭和が続いてたら~みたいな事か?だったら今が平成27年だから、昭和に換算すると91年・・・ってところか。あ、でも64年は短かったから90年になるからえーっと・・・」
「へい・・・せい?もしかして次の年号?」
「うん。昭和は64年で終わったし」
宙良の返答に少女はそっか、と淡々と答えると、牛乳が入ってあったコップを両手でぎゅっと掴んだ。そして、目の前の宙良に対して頭を下げた。
「王様・・・私遠いところからこの街に来て・・・右も左も分からないの。図々しいって分かってるけど、この家に住まわせてくれないかな・・・お願いします」
普通の人なら、身元も分からない少女を自宅に連れ込むことなどしないだろう。誰だって妙なリスクは負いたくないからだ。だが宙良は違った。勿論少女のその真摯さと妙な緊迫感に押されたというのもある。それよりも、宙良自身の境遇が、少女のそれと被ったのだ。
「頭をあげなよ。・・・悪いけど、俺はこの家の持ち主って訳じゃなくて住まわしてもらってる身だからなんとも言えないけど、頑張って話つけてやるよ。ただし、なんでここに来たとかさ・・・気持ちの整理済んだら話してくれよな」
少女はなお頭を下げて、ありがとう、王様と言った。表情は見えないけど、掠れ掠れの声から、宙良は親近感を覚えた。
「わ、分かったから顔をあげなよ、後王様禁止!」
「・・・王様って、やっぱり嫌?」
「嫌っていうか・・・気分はそれほど悪くない響きだけど、呼ばれるような人間ではないっていうか・・・俺には相田宙良って名前があるから、宙良のほうがしっくりくるな、歳も近いだろうしさ」
「・・・・・・やっぱり、最初から兄さんって呼んであげたらよかった」
「どうした?」
「ううん、こっちの話。よろしくね宙良くん」
「ああ、よろしくな。で、俺はなんて呼べばいい?」
「なんでもいいよ、仕えてる王様・・・今なら宙良くんの好きなように呼んでいいから」
「まじで?A子さんでも、トバルタダバダディギャッティーでも?」
「呼んでて恥ずかしくないならどうぞ」
宙良は普通に自分の言ったことが恥ずかしいので黙りこくると、彼なりに一生懸命考える。その時先ほどの少女が笑う情景が浮かび、それを口にした。
「『ティーダ』なんてどうだ。この前行ってきた沖縄で教わったんだけど太陽って意味なんだ」
「いいけど、なんで太陽なの?」
さすがに笑った顔を見てそう思ったとか小っ恥ずかしい事を言う勇気は17歳の普通の少年にはなく。
「い、今は秘密。とにかく呼ぶあだ名が出来たし良いだろ!」
と顔を赤らめそっぽを向いていった。その時宙良は客間に取り付けてあった古時計で時刻を知る。
「いっけね、そろそろ行かないと」
慌ただしく客間を出る宙良の後ろを付いていくティーダ。自転車にまたがって出かけようとする素振りを見せても横で自分を何も言わないで見ているものだから、宙良は事情を説明する。
「南に行ったところに海南って街があってさ、そこにある海南病院ってとこに用事があるから待っててくれるか?」
「待っててもいいけど・・・知らない私がいて、この家の人びっくりしないかな」
「んー・・・」
確かに、このままティーダが家に残っていれば確実に小夜子に面倒くさい絡みをされるだけではなく、怒りの鉄槌を物理的に喰らうことは確実だ。宙良はリュックを前のカゴに乗せる。
「右も左も分からないって言ってたな。ちょうどいいや、今日はティーダに色々周辺の事教えて回る事にしようか。ほら、俺の後ろに乗りなよ。腰に手回したら振り落とされないからさ」
「分かった」
ティーダはとりあえず持っていたコップを宙良に渡す。渡されても困る、という表情だが今更鍵をまた開けるのも面倒なので、宙良はコップ底に付いた牛乳をティッシュで拭き取ると、リュックの中に入れた。その後、ティーダは言われるがまま宙良の腰に手を回した。
自転車が動き始めるとぎゅっと掴む力が強くなり、宙良の背中に柔らかくてあったかい物が押し当てられる。不可抗力だと自分の心に言い聞かせながら、宙良は目的地へと向かった。
今日は1000文字を大幅に超えて2500文字程度となりました。
キリの良いところで区切れなかったりした場合はこう長くなってしまうので申し訳ありません。
それではまた次回宙良達が自転車で向かった先でお会いしましょう。