また気紛れにやりますので、皆様も暇なときにお目汚しの方お願い致します。
青々と茂る竹林の中を、濃密な闇が充している。
この日天に登っていた筈の丸々としたカンボクの実は、今は薄い雲に覆われて、煌々と降り注いでいた光はすっかりなりを潜めていた。そこは最早、一寸先も見通せない暗黒の世界と化していた。
そんな森に灯をともすかのように、甲高い金属音と赤銅色の光が幾度となく瞬く。
光は一拍の間に一度、二度、三度と数を増やし、やがて十を超えるようになった時、一際大きな金属音と共に二つの影が森を飛び出した。
ズン‼︎と轟音を響かせて着地したのは、異国風ながらも何処か『和』を感じさせる外套に身を包んだ巨漢。自身の背丈ほどの巨大な野太刀を肩に担ぎ、歯をむき出しにした獰猛な笑みを浮かべている。
それに対して、踵を地面に突き立てるようにして勢いを殺し、洗練された無駄のない動きで白銀の槍を構えたのは、艶やかな黒髪を肩口で切り揃えた絶世の美女。しかし彼女の服装は、彼女自身の髪色と同じ漆黒のスーツで、あたりを覆う深緑の木々の中にあって、その姿は些か景観を損ねているといっても過言ではなかった。
向かい合い互いを睨んでいた二人は、数秒の沈黙の後どちらからともなく再び激突した。
女は呪術と、生涯の伴侶から『授かった』力を持って地面を蹴り出し、人間の姿形をしているにもかかわらず、種としての限界を超えた文字通り異様な速さで槍を振るう。
負けじと大男もその槍先を悉く見切り、野太刀で弾き、身を捻って躱し、隙をついて返しの斬撃を繰り出した。
獲物同士がぶつかり合い、火花を散らすたびに、竹林に強風が吹き荒ぶ。
きゃりぃぃん‼︎と鈴が鳴るかのような金属音が響き、女が突如後方に跳躍して大男との距離を空けた。
顔を顰め謎の行動を訝しむ大男を冷たく見据え、唇を僅かに開き、囁くようにその『口上』は告げられた。
「第四真祖の血の従者 暁雪菜が汝の枷を解き放つ…」
「‼︎?」
血相を変えて女に飛び付き、そうはさせまいと頭に向けて太刀を振り下ろす。
しかし、頭蓋を叩き割る筈だったその軌道は、女の鼻先数十センチのところで白銀の槍に阻まれた。
「来なさい!
閃光、雷撃が迸る。
無数の千鳥が鳴いているような音が響き、やがてその奔流は巨大な獅子の姿に変わった。
「ぐぅ……ッ‼︎」
獅子は大男を呑み込み、なおも直進を続ける。力任せに腕を振るいようやく大顎から抜け出した時、大男の外套からは焦げ付いた匂いと煙が立ち上り、感電による無数の火傷が刻まれていた。
両手両膝を地に付き肩で息をする男は、土煙の向こうから近づいてくる女の影を睨み付けた。
「安心してください、殺しはしません。拘束した後に少々話を聞かせて貰うだけです」
「…くく…随分と甘いのう、眷属の女よ。暁雪菜と言うのか?」
名前を明かされた不快感に一瞬眉を顰めて、雪菜はその問いかけを努めて無視し、未だ顕現させていた
脚にフィットする黒のズボンのポケットから携帯端末を取り出す。もう二十年来の付き合いになるかつての恩師の女性に連絡を取ろうと考え、ふと動きを止めた。
果たしてこの電話は繋がるのか。
どうやら大事かことを失念していたようだ。
今雪菜がいる場所は、深まった森のど真ん中である。更に言えば、この世界はそもそも雪菜が元いた世界とは次元を異にしている。案の定、電源を入れた携帯はさも当然のごとく一本のアンテナも立っていなかった。
頭を抱えたくなる思いで、雪菜が大きなため息を吐いたその時。
目の前の森で、巨大な火柱が上がった。
「な……ッ!」
少し遅れて轟音が雪菜の全身を叩いた。
烈風が吹き荒れ、森をかき乱す。
拘束している大男にも注意を配りつつ、爆煙の方向に向き直り愛槍『雪霞狼』を構えなおした。
「くくかかかっ! ようやっと来たか
ウズヒメ? 聞いたことのないその名前を、記憶の中にある文献、情報から探るが、全く見当が付かない。
雪菜は、炎上する森を背景にふわふわと不可思議な動きで上空を浮遊しながら接近してくる人影を見た。
「何をしておるのじゃ、
「いやぁすまなんだ! なんせ『隷獣』が使えんからの! 今」
ウズヒメと呼ばれたその女は、恐らくフシミヒコという名なのであろう雪菜が拘束している大男をたしなめた。
フシミヒコと似た意匠の着物と、薄い衣に身を包み、真っ白な顔、その唇には赤々とした口紅を塗っている。
どれ、
そう呟いたウズヒメが、体の前に突き出した右手の人差し指を曲げる。
すると一瞬の間をおいて、雪菜の
「いやはや、其処の女よ。なんの因果か知らんが、そちはこの別世界に紛れ込んだようじゃ。先程はその男が情け無い戦いを見せて済まんかったの。どうじゃ提案なのだが、今回は妾の顔に免じて立ち去ってはくれんか? 」
底冷えするような微笑を讃えて、提案とは名ばかりの命令を飛ばす。見た目こそ美しい女だったが、滲み出る底知れない圧力が、言外の強制力を伴って皮膚を撃った。
そして、
仕掛けが一切わからない能力。
背後では、外套についた土汚れを軽くはたきながら、フシミヒコが軽々とした動きで立ち上がっていた。
久方ぶりに感じる死の気配に、僅かに足が後退する。
しかし、着物の女はすでに雪菜に興味をなくしていたようだ。宙で踵を返して、元の爆炎の方向に去っていく。
そうじゃ、と思い出したようにウズヒメは付け加えた。
「妾の名は
「そういう訳だ、暁雪菜。我が名は
十年前の人工島『絃神島』は、第四真祖という強大な力を持つ男を王として祭り上げ、急発展を遂げた。今や世界最先端の技術力を誇る、有数の魔族特区である。
ここ数年の埋め立て作業でその国面積を増加させていた暁の帝国、その首都。かつて絃神島だったときから縁の深かった国、日本の影響が強いこの帝国では、基本的な街並みもほぼ日本国となんら変わりはなかった。
夜空を穿つようにそそり立つビル群の中で、一際異彩を放つ建物があった。
白を基調とした北欧風の意匠。三階建てと高さに関しては特筆するところがないが、代わりに横の広さはかなりのものであった。明らかに本館とわかる建物の周りに、離れのような建物が幾つか並んでいる。
作り、色、雰囲気。どれを取っても日本に馴染めていないその巨大な館は、何を隠そうこの国の皇帝、第四真祖『暁古城』とその血族が住まう領域だ。
「零菜ー? 雪菜さん帰ってきたってよー」
緑がかった金の長髪をサイドアップに纏めた美女暁萌葱が、自室で不貞寝をしているであろう少女に定期報告のようなものを伝える。
ドア越しに行われたそれは、彼女の意識を無理矢理に覚醒させるには十分なものだった。
「萌葱ちゃんっ!博士の監視カメラでママの動向をリアルタイムで伝えて!」
高速で道場着に着替えながら部屋から飛び出してきたのは 暁零菜。
皇帝 暁古城とその妃 暁雪菜、旧姓 姫柊雪菜との間に生まれた一人娘である。
しっかりと帯を締めて小走りで廊下を進む。萌葱もその後を追いかけてきた。
「毎回毎回、あなたも大変ねぇ」
「全くよ! ホンットに堅物なんだからあの人。言いつけ通り、勉強とか訓練とかしてないときに遭遇するとすごく機嫌悪いの。いっつもタイミング測って体面作るこっちの身にもなってって感じ!」
零菜は、雪菜のことが嫌い、というわけではない。
母親としても、国のために働く攻魔官としても尊敬しているし、幼い頃から今まで変わらず目標とすべき人として慕っている。
それでも、零菜だって年頃の女の子である。必要以上の束縛や強要は、思春期の子供にとって非常に大きなストレスとなる。暁雪菜は良い意味でも悪い意味でも直情的で頑固な人間なのだと、共に過ごした十数年の歳月の中で理解していた。
それもあるけど、と心内で繰り広げられる愚痴大会は止まらない。
自分と母はあまりにも容姿が似過ぎていると感じるのだった。
以前雪菜から、雪菜が学生だった頃の写真を見せてもらったことがあった。目玉が飛び出んばかりに驚いたものだ。まさに生き写し。中学三年生の姫柊雪菜は、一目見ただけで零菜との血縁が分かるほどに、瓜二つであった。違うところといえば、父から受け継いだ瞳の色と胸部のボリュームくらいのものだ。今でこそ学生時代と髪型を若干変えているとはいえ、それ以降毎朝鏡を見るたびにドキッしてしまうようになった。
「あ、」
突然萌葱が惚けたような声を上げた。
なに、と尋ねると、監視カメラチェックの為に先ほどからずっと手に握っていた携帯端末を、零菜に投げて寄越してきた。
「雪菜さん、今夜は先客があるって♡」
人の悪い笑顔を浮かべて、萌葱がワザとらしく甘ったるい声で言う。
一体全体なんだ、と訝しげに端末を覗き込むとそこには、娘として非常に気まずい、いや、実の娘だからこそ、あまり見たくない光景が生々しく映し出されていた。
謎の二人組との戦闘から一日。
「古城さん」
「ああ、雪菜か。お帰り」
柔らかな笑顔で雪菜を迎えたのは、現暁の帝国皇帝にして最強の吸血鬼、黒のワイシャツに黒いスーツズボンを着た、暁古城その人だった。
真祖としての性質から、外見こそ学生時代から全く歳をとっていないが、積み上げてきた経験、乗り越えた修羅場が彼に王としての威厳と落ち着いた雰囲気を滲ませていた。
「早急に伝えなければいけない事があります」
「……何があった?」
二人の間に張り詰めた空気が流れる。
今二人がいるのは古城の書斎。高価な家具や装飾こそ無いものの、落ち着いた雰囲気と一切の無駄がない、正に今の暁古城を体現したような部屋だった。
雪菜が、昨日体験したことの全てを語り始めた。
国外での活動の途中、不思議な空間を発見し、そこに入っていったこと。そこで出会った大男と戦闘になったこと。後から合流したもう一人の女が持つ強大な力のこと。自分がその女の気紛れで生きて帰ってこれたこと。
その全てを語り終えた時、雪菜は古城に優しく包み込むように抱きしめられていた。
突然のことに思わず赤面し、胸を蝕んでいた未知の敵への不安と恐怖が溶け出していくのが分かった。もう二十年近く付き合っているのに、未だに"こういう"ことをされるのには慣れない。
対称的に、古城の方は学生の頃に比べて"こういう"スキンシップを取ることに躊躇いが無くなっていった。
思えば当然のことかもしれない。
今や古城の女性関係は、浮気だとか不倫だとかの領域をはるかに超えている。雪菜を皮切りに複数の女性と正式に結婚をして、既に何人も子供がいるのだ。まぁそれももちろん、一国の王だから実現し得たことなのだろうが。鈍感でムッツリだった学生時代からしたら驚愕の変化だ。
「何はともあれ、お前が無事で良かった」
背中に回された、男らしいごつごつとした掌が、雪菜の髪を梳く。自分が大事にされている、愛されている、その事実がわかっただけで、雪菜は体の芯から温かな熱が発生するのを感じた。古城は鼻先がくっつくほどの距離で真っ赤に染まった顔を見つめた。雪菜も蕩けた眼差しで、古城の青い瞳を見つめ返した。
「……せ、んぱい……」
「未だにそう呼ぶ時あるよな、お前」
雪菜がゆっくりと顔を近づけて、唇を重ねようとした時。
古城が不意にズボンのポケットから携帯端末を取り出した。
「取り敢えず、うちのやつらには連絡入れとかないとな。最近顔を合わせてないやつらも居るし、明日の昼には全員集合して貰おう」
思わずキョトンとしてしまう。
古城は、国の指揮者として当然のことをした。雪菜の話に出てきた敵が、何時この暁の帝国を襲撃してきてもおかしくないとなれば、情報の即時伝達は重要なことだ。
それでも、誘惑されてから思い切り肩透かしを食らった気分になった雪菜は、黒とピンクのドロっとした感情が湧き出るのを感じた。
じっと様子を見ていると、古城は端末から誰かに電話をかけるつもりのようだ。ボタンをタップし、コールするまでを見計らって、シャツの襟から覗く古城の首筋に吸い付いた。
いつもとは真逆のその行為に、雪菜は言語化が困難なほどの背徳感を覚えた。
「っ……おい、雪菜…」
「ずるいです、せんぱい…わたし、だって」
「……全く、仕方がないな、雪菜」
コール期間が終わり、相手が電話に出た。
それでも二人の熱は止まらない。
古城は通話状態の携帯を片手に持ったまま、もう片方の手を雪菜の腰に回し、書斎の椅子に深く腰掛けた。
雪菜が古城のシャツのボタンを外し、同時進行で自身もスーツを脱ぎ、ワイシャツのボタンに手を掛けた。
「久しぶり。元気してるか、紗矢華」
原作と比較した時の相違点、また違和感など感じましたら是非質問ください。こっからもバンバンオリキャラ出そうと考えております。全部が全部、要件を呑めるかは分かりませんが、できるだけ読者様の意見に沿おうと考えております。
個人的に、雪菜はタガが外れたら一番淫乱だと思うんですよね。
あー吸血してぇ。