両立って難しい……。
空には最高点に登った太陽。その光が辺りのあらゆるものに反射して、まるで景色そのものが宝石のように輝いている。
「あっつー……い」
広大な面積を誇る暁邸の中庭。
そこに、学校でよく見かけるオーソドックスなタイプの屋外五十メートルプールがあった。
せっかくの夏休み、姉妹が多く集まった久々の機会に何かみんなで楽しめることをしようと、水着に着替え泳ぎに来た四人の皇女たちだったが、言い出しっぺであったはずの萌葱はプールサイドでぐったりと青空を仰いでいた。
「ひっさびさのアウトドア……。やっぱり色白美人吸血鬼には日差しが強すぎたかしら」
「萌葱姉さん、わざわざ"色白美人"とか言わないで、素直に"引きこもりモヤシ"って認めなよ……」
隣で肩で息をしながらツッコミを入れたのは奏麻だった。
先ほどまで、個人メドレーを延々と繰り返し泳ぐと言う体力お化けっぷりを披露していた奏麻も、一息入れたくなったのか今はプールサイドに上がっていた。
「……水着似合ってるわよって言おうと思ったけど、やっぱ辞めたわ。この脳筋妹」
「ああそう。姉さんは似合ってるよ、そのビキニ」
「うっさい、ばか」
事実、萌葱は明るい黄色のビキニを完璧に着こなしていた。ここが民間に解放された海水浴場であったなら、男たちが放っておかないだろう。
自分でも顔の造形にはそれなりの自信がある。その点に関しては母や、父方の親族に多々存在する美女たちの遺伝子に感謝するところだ。だがそれとは対照的に、ボディラインには今ひとつ自信を持てなかった。
四肢も長ければ、脂肪のつき具合も標準より少し細め、腰のくびれも十分にある。
ただし、胸元に限り全国水準と比べてもかなり控えめ。
今プールサイドにいる姉妹たちの面々でも、一番年上だというのに胸は一番小さい。
萌葱は、隣に座る濃い青地のビキニとホットパンツの水着を着た少女の胸元をジトっと見つめる。
健康的に少し焼けた肌のソレは、やはり自分のより二回りは大きかった。
「そんなに気にしないで。大きさが全てじゃないと思うよ」
「だからうるさいのよ!もう」
気付かれていたか、と歯軋りをしながら奏麻の額にチョップを入れた。続けざまに、その無駄に豊かな胸を揉みしだいてやろうと飛びかかる。
「くっ…中三のくせに、中三のくせにっ‼︎」
「三歳も年上なのに大人気ないことしないでよっ! ちょ、力強っ⁉︎ 誰か助けて! 実の姉に乱暴されるーーっ!」
「元気ないわね、姉様」
ピンクと黒のチューブトップ型の水着を着て、遊びに来てからずっとテンションMAXで泳いでいた亞矢音は、プールサイドに腰掛け膝から先を水に浸からせたままボーっと虚空を見つめている零菜に気付いた。
一時間ほど前。古城の誘導で一部屋に集められた亞矢音たちの元に、目を赤くした零菜が苛立ちをぶつけるように力強くドアを開けて入ってきた様を見た時は、全員揃って驚いたものだ。
事情は全て聞いた。その時初めて零菜以外の三人は、親族たちが大事な会議をしていることを知ったのだが、今にも泣き出しそうに瞳を潤ませている姉妹を三人がかりで慰め、気分転換も兼ねて姉妹で遊ぼうと萌葱に連れられてプールに来たはいいものの、その心は未だ晴れ晴れとはいかないらしかった。
「何度も言うけど、古城君だって姉様が嫌いだからそんなこと言ったんじゃないのよ。それは姉様だって分かってるでしょ」
「……分かってる、そんなこと」
足を水から出し、膝を抱えて俯く。
年子の妹にここまで心配をかけているようでは自分もやはりまだまだ子供か、と自虐的なことを思った零菜だったが、突如顔面を襲った冷たい衝撃に思考が強制ダウンさせられた。
「ちょっと……! なに、いきなり⁉︎」
「何時までもうじうじしない! 古城君には一緒にお話しに行ってあげるし、いつかは姉様のことだって認めてくれるわ」
プールの中にいた亞矢音は、零菜の足首を掴んで無理矢理水中に引っ張り込む。
大きな飛沫が上がり、お尻から水面にダイブした零菜はびしょ濡れになって再び浮かんできた。
深緑色のビキニの上から大きめの白いTシャツを着た体は、水でシャツが体に張り付いて下の水着が透けてとても煽情的な姿になってしまった。
「ぷはっ、ちょっと! もうあなたねぇ……」
亞矢音は続けざまに文句を言いだした零菜の頬を両手で押さえて、互いの鼻が触れ合うほどの距離で綺麗に澄んだ瞳を覗き込んだ。
零菜の顔が、僅かに朱に染まる。
十秒にも一瞬にも感じられる間見つめ合っていた2人だったが、やがて零菜の方から亞矢音の手を退けてプールから上がった。
「分かった、分かったよっ。もう気にしない…」
「…………そう」
私じゃダメだったか、と水面を見つめて呟き、シャツの水気を絞り足早に去っていく背中を見送っていると、不意に零菜がその歩みを止めた。
少し遠くで何やら取っ組み合っていた一番上の姉と妹も動きを止めている。
なにごとか、とプールサイドに乗り出して零菜の視線の先を見ると、
そこには、馴染み深くも懐かしい、亞矢音たち皇女にとって第二の母と言っても差し支えない二人の人物が立っていた。
「あれあれー? どこに行くの、零菜ちゃん」
「何かあったのですか?」
「……おばさん…かのねぇ…」
皇帝 第四真祖の血を分けた妹 暁凪沙と、北欧 アルティギア王国に在住する暁の帝国外交大使 叶瀬夏音。記憶の中にある数年前の姿と全く変わらない女性たちであった。
おまけ
「ねぇ、その動画僕にもくれない?」
「あら、何に使うつもり?」
「何にって決まってるわけじゃないけど、まぁ武器は多いに越したことはないよ」
「あ、私も欲しいです!」
「ふぅん……二人とも何か考えがあるの?」
「さぁ、どうでしょう」
「えぇー……? そうですね私はぁ、まぁ自分用っていうか……欲求不満になった時用っていうかぁ」
ふふふふふ……と地の底から響くような悪どい笑いを交わす三人の女性を、紗矢華は引きつった顔で見ていた。
「あなたたち…古城はいいけど、あんまり雪菜に酷いことしないでちょうだいね」
妹分がどんな目に遭わされるかあまりにも心配になってそう言った瞬間、脳裏に雷に撃たれたような閃光が走る。
古城と、雪菜の……盗撮動画、は、ハ、ハ◯撮り…………?
よくよく考えて口にすると凄まじいインパクトだ。
紗矢華は背骨を舐めあげられるような淫靡な響きに今更気付き、衝撃を受けていた。
愛している男と、妹のような親友のハ◯撮り。
彼女の目には、先ほど一瞬だけ見たその動画の、半裸で互いの体液を交換しあう古城と雪菜の姿が未だに焼きついていた。
「ちょ、ちょっと紗矢華さん……あなた大丈夫?」
「……疲れてるのかな?」
「目が…目がヤバイですよ、紗矢華さーん…?」
今度は逆に自分が引きつった顔で見られていることにも気付かず、紗矢華は頭を抱えて悶絶し始めた。
心の中で、良心と純粋な親愛が、一種の寝取られのような背徳的下心とせめぎあっている。
怖いもの見たさもある、だが雪菜には悪い、でも自分も妃の一人であって引け目を感じることなどないのでは……。でも雪菜の嫌な顔は見たくないし、でも古城が自分以外の女を抱く時の姿も見てみたい……。
そんな自問自答がぐるぐると頭の中を回り、やがて紗矢華が下した結論は、
「ねぇ、あの……。やっぱりその動画、私にも頂けないかしら……?」