ストライク・ザ・ブラッド ー暁の世代ー   作:愚者の憂鬱

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キャラが多いェ……。
まぢ動かしにくい。

頑張れ雪菜ママ。


異次元の真祖編Ⅱー①

 どこまでも続くかのような海洋。

 かすかな島影すら見えない夜の海のど真ん中に、白い装束を身に付けた二人の人影があった。

 空には流麗な正円を描いた月が浮かび、暗闇の世界にぼんやりとした灯を点している。

 

「なんじゃ、少し座標がずれたかのぅ。妾もこう見えて抜けているところがある、ということか」

 

 海面を踏み締めて直立するフシミヒコの肩に座ったウズヒメが、口元に手を当ててクスクスと笑う。月下のその姿は、まるで御伽噺の中の一場面のような、幻想的かつ妖艶な美を醸し出していた。

 

 

「無理もあるまい。こうも立て続けに次元跳躍を繰り返していれば、いずれは疲れも出てくるというものよ」

 

 フシミヒコは左肩に乗る華奢な着物姿の女に気を遣ったのか、あえて利き手でない右腕をもたげて、立派に蓄えられた顎髭をなじり、むぅ、と難しげな表情で微かな弧を描く水平線を睨む。何かを探していることが直ぐに察せられるその顔に、ウズヒメは再び笑いをこぼした。

 

「なぁに、言うほどのものではないわ。疲れの方もずれの方もな。……どれ、少し上に昇ってみぃ」

 

 言われた通り、フシミヒコがその筋肉質な足に身に付けた高下駄で水面を蹴り、風を切って月天に昇っていく。ぐんぐんと高度を上げていくと、やがて二人が顔を向けた先の水平線から、巨大な黒影が頭を出し始めた。

 

 太平洋に浮かぶ巨大な人工島、暁の帝国。

 世界最強の吸血鬼 焔光の夜伯(カレイド・ブラッド)の継承者が治め、魔族と人間が混在する魔族特区だ。東京から南方三三〇キロ、人口は二十年前の倍にも及ぶ百二十万人。

 かつては島国日本の一部に過ぎなかった小さな領土は、今や数多の種族が共生する、正に帝国と呼ぶにふさわしい一国家となっていた。

 

「くくかかか……。此処が暁雪菜の世界か、ええのう! 強者の気配がごろごろしておる」

 

「あまり羽目を外し過ぎるでないぞ、伏見彦。あくまで妾たちの目的は『世界の収束』にある……邪魔者を潰すのは、その過程に過ぎん」

 

「分かっとる分かっとる! しっかし背骨が疼く! 嗚呼、兵どもが己れを呼んでいるぞ!」

 

 反響する物が一切無い虚空に雄叫びが轟く。

 ウズヒメは、全く聞く耳持たぬでは無いか、とこめかみに手を当てて悩ましげに呟いた。

 共に旅を続けて最早幾星霜、こと闘争に関しては異様な執着を見せるこの男の性質はなんら変わるところは無かったようだ。

 ウズヒメは、左手に持っていた細い黒糸を海に投げ出した。

 暁雪菜の髪。

 それは、この世界では数日前、二人にとってはもう数ヶ月前の戦闘で回収された、白銀の槍使いの毛髪であった。

 この世界に飛び移るための道標として使った物だったが、今はもう用済みだ。

 

「うむ!」

 

 フシミヒコが、肩に乗ったウズヒメを降ろした。手首回りだけで彼女の胴ほどの太さを誇る剛腕であったが、その手つきはまるで絹を織る者かのように繊細で優しげな挙動だ。

 ウズヒメは直ぐに男の意図を察して、つんとした表情で不満を漏らした。

 

「なんじゃ、一人で行くのかえ?」

 

「悪いのう、まぁ暫くは疲れを癒すついでに見ていろ! お前が来ては何もかもが直ぐ『終わって』しまう」

 

 そう息巻いて右の袖を捲る。

 

「ふんッ!」

 

 短く鼻から息を吹くと、露わになった無骨な筋肉に覆われた腕が黒く変色し、その表面を血管のような赤い線が走った。

 あたりの大気がうねる。どす黒い霧のような力の奔流が渦を巻き、一つの『塊』に押し固められて、

 

 現れたのは、天に広がる夜空と同じ色をした、小柄な人影だった。

 

天之常立(アマノトコタチ)

 

 人影は力なく脱力したまま、自身が召喚された天高き虚空から自由落下を始め、やがて夜の海に音もなく吸い込まれていった。

 かかか! と響いた陽気な声の方に、これまでの光景を傍観していたウズヒメが向き直った。

 

「そこそこのを放った……まぁ三百から五百といったところか」

 

「良いのか、もしこれであの島の全ての物が壊されたとしたら、うぬの楽しみは水泡とかしてしまうぞ」

 

「なぁに、勿論己れも付いて行く。そんな事はなかろうが、もし本当に島の者が全て成す術なく薙ぎ倒されるようであれば……」

 

 先刻まで浮かべていた無邪気な子供のような笑顔から一転、獲物を狩る狩人のような獰猛で鋭い笑みで、フシミヒコは言う。

 

「所詮、その程度のことだった……それだけよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 零菜が目を覚ますと、そこは寝室だった。

 締め切ったカーテンの隙間から、朝日が溢れている。

 馴染み深い自室の景色は辺りに無く、いつもは一人二人が寝転がるともう許容面積の限界を迎えるベッドも、今零菜が寝ているのは、十人二十人が寝ていてもまだ余裕があるかも分からないほど巨大なものになっていた。

 来客用の部屋、つまりここは別館だ。

 そう気付いて寝台から出ようとすると、右手を誰かに掴まれていることに気が付いた。

 

「……凪沙おばさん…」

 

 最早育ての親と言って差し支えない、親愛なる叔母の姿がそこにあった。薄い部屋着に着替えて、すうすうと健やかな寝息を立てている。

 思えば、自分が父親を『古城君』と呼ぶようになったのもこの人の影響だったと、姉妹が物心ついた頃を思い出し、つい笑みをこぼした。

 仕事で家を開けることが多かった零菜たちの母親は、勿論無理にとは言わなかったが、その度に凪沙に予定を空けてもらうよう頼み、凪沙の方も喜んで姪っ子たちの面倒を見たという。お陰で一国の妃たる雪菜たちは、未だに凪沙に頭が上がらないでいた。

 まぁこの話には、『叔母の口調を真似した愛娘たち漏れなく全員から君付けで呼ばれる父親(皇帝)』という悲しい状況が作られたというおまけ話もあったりする。

 なにはともあれ、彼女も暁の姓を持つ大事な家族であった。

 

「…でも、なんでおばさんが横に……っていうか‼︎?」

 

 徐々に朦朧としていた意識が覚醒し始め、現状の異常さと、それに伴う昨晩の記憶がクリアになってきた。

 辺りを見回すと、見慣れた姉妹たちの姿、かのねぇこと叶瀬夏音と暁凪沙。皆一様に広大なベッドの上で半裸だったり薄着だったりと、年頃の女の子大人の女性があられもない姿で熟睡している。

 

「そうだ……プールから上がった後、萌葱ちゃんの部屋のカラオケマシーンで皆で歌いまくって、飲み物に何故かチューハイが混ざってて、それで……うっ!」

 

 そこまで思い出して、突如頭痛に襲われた。

 昨晩の記憶の中で暴れまわっている女性たち。二日酔いで頭が殴られたような痛みを感じながら、どうやら自分もその例外に漏れることはなかったらしい、と嘆息した。

 取り敢えず水を飲んで落ち着こうと、部屋を出て厨房に行こうとした時、ドアを開けてすぐ目の前に『自分』が立っていた。

 

「……鏡?」

 

「まだ酔いが抜けてないのかしら、この不良娘は」

 

「あ、なんだママか……ってイタタタタタ‼︎」

 

 千切れんばかりに耳を引っ張られ、思わず涙目で手足をばたつかせる。

 

「なんだとは何ですか、失礼な」

 

 雪菜が手を離すと、真っ赤になった耳を押さえて、弾かれるように母から距離をとった。

 少し前に同じようなやり取りを誰かとしたような既視感のある光景だったが、この後始まるであろう雪菜のありがたいお説教のことを思うと、そんなことは割とどうでもよかった。

 朝から気が滅入るなぁ、と小さく呟く。雪菜の耳に入りでもしたらなおのこと面倒だ。そんな細やかな抵抗の数秒後、案の定雪菜の口から、最早十五年間で聞き慣れてしまった怒声が飛んできた。

 

「いくら夏休みとはいえ浮かれすぎです! 学生の本分は勉学と鍛錬! あなた昨日は一度も道場に行っていませんね⁉︎ 確かに一日サボるくらいなら、姉妹が多く揃ってつい羽目を外し過ぎるのもわかります! でも飲酒にまで手を染めるなんて‼︎ お陰で話があったにもかかわらず、私は今の今まであなたとまともに会話ができませんでした! 少しは自重しなさい! そんなこともできないように、私はあなたを育てた覚えはありません‼︎」

 

 雪菜の言葉の最後の方で、零菜の体が一瞬、わずかに震えた。

 その通り、全てその通りだ。

 雪菜の説教には、反論するとよりヒートアップするという厄介極まりない特性があった。いつも通りなら、ごめんなさいと言い続ければいつかは収まる。ようは台風のような天災と同じなのである。

 しかし、痛みに歪んだ涙目は、次第に眉間に皺を寄せ始めた。薄っすらと影も落ち始める。

 今回の零菜は、一切下手に出ようとは思っていなかった。

 昨晩の大騒ぎで凪沙や夏音が慰めてくれた思いが、起き抜けの説教嵐で掘り起こされかけていたからだ。雪菜の説教は、息継ぐ間も無くなおも続く。

 雪菜は、父の顔、母の声、様々な思考、思いが頭の中をかき乱し、まるで三半規管を壊されたかのような感覚に陥っていった。

 ああ、もうやめて。

このままじゃ私、きっと酷いことを言ってしまう。

 ママ、

……古城君。

言葉が、想いが、トンネルを反響するように頭蓋の中を乱反射して、やがて、思考が真っ黒に塗りつぶされる。

 

 そして、決壊の時は突然訪れた。

 

 

 

 

 

「育てた覚えは無いとか、偉そうなこと言わないでよッ‼︎‼︎」

 

 雪菜が、口の動きを止めた。

 驚愕に染った瞳を見開く。零菜も初めて見る表情だった。

 

「普通の親が子育てに費やす時間の半分も体験してないくせに‼︎ いっつも凪沙おばさんに任せっきりで‼︎」

 

 先ほどから騒がしくしすぎたのか、背後のベッドから微かに物音がすることに気付いた零菜だったが、一度堰を切った思いは、留まることを知らずに矢継ぎ早に溢れてくる。

 もう、止まれなかった。

 

「学校の友達がずっと羨ましかった‼︎ 普通に遊んで、普通に勉強して、普通に毎日を過ごして、普通に…親子で一緒に居る皆が‼︎」

 

「皆がそんなことしてる間に、私はずっとママに従って槍を振るってた‼︎ 手が血豆でいっぱいになって、皮が擦りむけても、ずっとずっとずっと‼︎‼︎」

 

「なんでそんなに強くならなきゃいけないの……⁉︎ そう思ってたけど私は我慢してた‼︎ ママが見てくれてて嬉しかったから‼︎」

 

「私はママじゃない……。どれだけ姿が似てても、ママが獅子王機関で血の滲む修行をしてた頃の、姫柊雪菜じゃないッ‼︎‼︎ 」

 

「そうしたら、今度は古城君が……。どんなに辛くても、私が歩んできた人生なのに、ママが教えてくれた、ことなのにッ‼︎」

 

 気が付けば、先ほどまで寝ていた夏音と凪沙たちも目を覚まして、零菜たちを見ていた。

 振り返った時、凪沙の悲しそうな顔と目が合い一瞬息が詰まったが、飲み込みかけた言葉を、最後の力で振り絞った。

 

「私はどうしたらいいの……どうして認めてくれないの‼︎? ………………どうして、」

 

 瞳を震わせて黙っていた雪菜が、鋭く息を呑んだ。恐らく本能と勘で察したのだろう。呼吸が際限なく早くなっていく。

 今にも娘の前から逃げたしそうになる体を、必死にその場に縛り付けて、

額にじわりと嫌な汗を滲ませ、それでも雪菜は言葉を待った。

 

 

 

 

「どうして私は、ママと古城君のところに生まれてきたの‼︎‼︎?」

 

 

 直後、零菜の頬に鋭い痛みと閃光が走った。突然の衝撃に対応しきれず、崩れかけた体制をなんとか片足で踏ん張った。

 霞む視界出前を見ると、目の前で雪菜が肩で息をしながら、涙目で腕を振り抜いた姿勢を取っている。

 ぶたれたのだと気付くまでに数秒を要した。

その瞳は、殴られた当人よりも驚愕に染まっている。きっと、思わず取ってしまった行動なのだろう。

 真っ白な頬を、一筋の煌めきが尾を引いて落ちる。

 それは気丈な母の、生まれて初めて見る泣き顔だった。

 

「……ごめんなさい」

 

 下を向いたまま、全速力で駆け出す。

 背後から自分の名を呼ぶ声が複数聞こえたが、そんなことは構わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 おまけ

 

「イェーーーーイ‼︎ いいねーッ! 零菜ちゃんも奏麻ちゃんもサイコーだったよー‼︎」

 

「いぇーーーーい、でした」

 

 ノリノリでタンバリンを叩き鳴らす凪沙に対して、平坦な声ながらも温かい笑顔で拍手を送る夏音。

 二人の母代わりの女性と皇女たち四人は、なぜか部屋にカラオケマシーンを置いている物萌葱の部屋に集まり、日が傾き始める夕方から馬鹿騒ぎをしていた。

 

「ふぅ、ふぅ、ありがと」

 

「いやぁ、本気で歌うと結構キツイね、コレ」

 

 若者向けロックバンドの新曲を全力で歌い切った二人は、乱れた息を整えながら、厨房から勝手に持ち出したペットボトルで喉を潤した。

 もう大人だというのに懐かしい子供番組を歌う凪沙と、一度も聞いたことのない謎の洋曲を統一性なく歌う夏音の番が巡ってくる度に、正直なんとも言えない空気にはなったが、それでも全員が日頃積もっているであろう鬱憤を爆発させてはしゃいでいる。

 もう全員で何順したかも覚えていない。皆歌うたびに熱がこもるのか、時間が経つごとに一枚ずつ服を脱いでいく。折角プール上がりに私服に着替えた皇女たちも皆一様に薄着で、オシャレはほぼ無意味なものと化していた。

 

「よし! じゃあ次は私たちね! ほら歌うよ亞矢音‼︎」

 

「ええっ⁉︎ で、でも私この歌知らないわよ、姉様」

 

「ノーーリが悪いこと言っちゃダメダメ‼︎ あ、でも亞矢音ちゃんがどうしてもって言うなら、『この後ずっとメイド服着て私たちにご奉仕させる』で手を打ってもいいよ? さぁどっちがいい? 歌かな、メイドかな、それとも別のコスプレかな‼︎?」

 

「頑張ってください、楽しみにしてます」

 

「うぅっ……」

 

 亞矢音は顔を赤くして硬直していたが、待ち兼ねた萌葱に引き摺られながらセットポジションに着かされた。どうやら否応無しに歌わされる展開のようである。

 

「亞矢音ー。かのねぇもこう言ってることだし、頑張ってー」

 

「僕からもお願ーい」

 

 面白がってダメ押しとばかりに声をかける零菜と奏麻。そんな様子を、凪沙と夏音はホッとした思いで見ていた。

 どうやら、少しは元気になったらしい。

 悩みなさい。悩んで、悩んで、そして大きくなりなさい。

 キラキラと輝く笑顔を見せる娘たちを見て、二人は感慨深い思いを抱くのだった。

 

「ち、違うのお姉様、私本当は……歌が…」

 

「あーもう知らん! 行くよ! 3、2、1、はいっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご、ごめん、ごめんね亞矢音……」

 

「ま、まさかこんなことになるなんて」

 

「君に…こんな、秘密があったなんて……」

 

「あ、亞矢音……あなた」

 

 萌葱が深刻な表情で、本気の謝罪の意を示す。それに、凪沙、奏麻、零菜も続いた。

 

「ふふふ、そうよ、私、度し難いほどの音痴なのよ…………………意外と姉妹でカラオケに行ったことってなかったわよね…………」

 

 知らなくて当然よね……。

 膝を抱え込んで床に座り、際限なく落ち込んでいく亞矢音の背中を、全員でさすって慰める。

 確かに酷いものだった。全ての音階を同じだけズラして歌い切るその手腕は、むしろ才能なのではと皆に思わせたほどだ。

 日頃は両親への愛を遠慮なく、且つ無差別にクラスメイトにばら撒く稀代の『逆親バカ』(奏麻命名)も、こういった方向の羞恥心は流石に持ち合わせているようであった。

 

「? 皆さん何を言っているのですか。亞矢音さん、とっても素敵な歌でした」

 

 本気で言っているのか……と、皆、亞矢音ですら信じられないものを見るかのような目で夏音の方を見た。

 キョトンとした表情から察するに、どうやら本気らしい。全員の視線を受けて、流石に夏音も何らかの異常に気付いたのか、とにかく誤魔化すように少し頬をほころばせた。

 それは夏音からすれば、僅かに微笑んだに過ぎない。

 それでもその笑顔が、その時亞矢音には菩薩のように見えたという……。

 

「夏音姉様……、今度一緒に買い物に行かない? 二人で」

 

「? いいですよ?」

 

「い、いきなりどうしちゃったの、亞矢音ちゃん……」

 

 凪沙のツッコミが、静まり返った部屋の中に響いた。




毎度恒例、落書き。


【挿絵表示】


家族写真その1。

正直、あとがきで何言っていいかわかんないから落書きのっけてる感はあります。

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