書きにくいったらありゃしないぜ。
寝不足で書いたので、誤字、変な文目立つかもしれませんが、よろしくお願いします。
え?いつも変だろって?
HAHAHA
夏休みとあって、正午を迎えた彩海学園は人も疎らといった様子だった。
赤道に近い島国である暁の帝国は季節に関係なく年中熱帯気候であったが、今日の太陽はいつになく燦々とその恵みを地表へと降らしている。
元来、夜の魔族『吸血鬼』は日差しを嫌う傾向にある。その証拠に、最強の吸血鬼たる現『第四真祖』の男も、普段からフード付きの衣類を好んで着用し、日中は概ねそのフードで頭部を隠して生活していたという。
しかしそれは、あくまで「出来ることなら日差しに当たらないようにしたい」という程度のものだ。仮に日光が吸血鬼を殺傷できるほどの力を持っていたとしても、実際には不老不死と驚異的再生能力を有する彼らにとって、さしたる害にはならないのである。
つまり、
「あっつー……」
その吸血鬼の血を半分継いだ少女、暁零菜にとっても、強すぎる直射日光は得意なものではなかった。
昨夜の寝床であった萌葱の研究室を出てモノレールに乗り込み、通い慣れた学び舎彩海学園に到着した零菜は、遠くの景色で陽炎が揺らめくのを眺めながら、中等部の本校舎に向かっていた。
当初の予定では校庭や体育館の辺りをブラブラしようかと考えていたが、あまりの暑さにクーラーが恋しくなったのである。
舗装されたアスファルトの通路をおぼつかない足取りで歩いていると、道の横に並べられたタッチパネル式自動販売機が目についた。これは買うしかない、と思って駆け寄り、丁寧に横に陳列されたサンプルのパッケージを見ていると、一つ、大事なことを忘れていたことに気付いた。
「……モノレール代でもう殆ど小銭ないじゃん」
暁家では、子供たちへの支援金には『月払いのお小遣い』制が導入されていた。配給される金額も、子供たちが各学年のクラスメイトたちのお金事情を聞いてから、不自然に思われない程度の金額に設定してある。
これは、学生の頃から一般的な生活の範疇でしか金を扱わなかった世帯主 暁古城の強い要望により実装されたものである。
彼が、「小さいうちから下手に大金持たせてると、ろくな大人にならない」と日頃から何度も言っていたのを、零菜も聞いたことがあった。因みにその度に、一国の皇帝だというのにケチくさいな、と思っていたのは秘密である。
故に、日頃からまとまったお金は全て財布に入れていた零菜は、貴重品類を全て家出前に自室に置いてきていたので、ポケットを漁って何故か入っていた少量の小銭でモノレールに乗車したのだった。
「このままじゃ、熱中症で死んじゃうよ……」
自販機に両手をついて、がっくりと肩を落とした。皇女が飲み物を買うお金が無くて死亡、なんて報道されでもしたらたまったものではない。
あ、私不死身だった、と思い出したように呟く。しかし辺りを見回すと一切の人気が無いこの一角では、誰からの反応も得られなかった。
「へぇ? で、そんな不死身の姉さんは、こんなところでなにやってるのかな?」
「うわぁ‼︎」
ついさっき人気が無いと確認しただけあって、突如聞こえた声に零菜は思わず声を上げて驚いた。
「やっぱりここだったか、萌葱姉さんの推測は当たったね」
「そ、奏麻……」
「亞矢音も来てるよ。二人で手分けして探してたから、もう少ししたらここに来ると思う」
そこに居たのは、1年近く歳が離れているが同学年の妹だった。ダンガリーシャツと白いショートパンツに身を包んだ爽やかな美少女は、ポケットから取り出した小銭を自販機に押し込み、適当な清涼飲料水のボタンを二回タッチした。下に取り付けられた受け取り口に、中身の入ったペットボトルが落ちてくる音が二回、立て続け響いた。
奏麻は、『なし汁ソーダなっしー』と書かれたパッケージのそれを、一方は零菜に向かってひょいと投げ、もう一方は自分で開けて飲み始めた。
零菜は、奏麻が飲み口から口を離すタイミングを見計らって、先ほどから疑問に思っていることを質問した。
「一応聞くけど…なんでここが分かったの?」
すると、キャップを閉めながら奏麻が呆れ顔で言った。
「あのねぇ、あの萌葱姉さんだよ? 姉さんの研究室なんか使って、姉さんにバレないわけないだろ」
「……うわぁ、そっか」
「制服に着替えたことから、学校に向かうだろうってことも推理されてたよ」
確かにそうだ、と零菜は思った。
あの『電子の魔女』の愛娘が、自分の身の回りのセキュリティ管理を怠るはずが無い。きっとあの研究室にも監視カメラがどこかに設置されていて、その映像から零菜の動向を把握したのだろう。
「本当は、零菜があそこに着いてすぐの段階で分かってたんだ。僕と亞矢音は迎えに行こうとしたけど、『少しだけそっとしておいてあげよう』って、おばさんと夏音さん……あと、雪菜さんが」
零菜は、その言葉を聞いて思わず発生した胃の不快な痛みに、鋭く息を吸った。喉が震えて、心がざわつく。心配そうに見つめてくる奏麻を傍目に、しばらく俯いていた。
一晩を越えたところで、やはりどうしても、母 雪菜の涙は頭に焼きついて離れないままのようであった。
「僕も、無理に帰ろうとは言わないよ…でも、みんな心配してる。雪菜さん、ずっと元気無いんだ」
母は今どんな顔をしているんだろうと想像して、すぐいたたまれない気持ちになって思考を投げ出した。想像しなくたって、零菜にはありありと感じられた。
きっとあの白く美しい顔を、酷く悲壮に歪めているのだろう。
零菜だって、そんな母の姿は見たくないと思った。それでも、今帰るわけには行かない。きっと今帰ったって、それは問題の解決にはならないからだ。
ではいつならばいいのか。と、心の中でもう一人の零菜が問いかけてきた。
そうだ。
いつ帰ったって、何も変わらない。自分は問題を先延ばしにしているだけだ。嫌なことから、辛いことから逃げ出してしまった現在の自分こそが、父の言った『半人前』の証拠になっていると、誰よりも零菜自身が分かっていた。
「私は……」
答えの出ないまま、先ほどから沈黙したままの奏麻の顔を見る。
しかし、ここで零菜は異変に気付いた。
奏麻の視線が一点に釘付けになったまま、その瞳を大きく見開いている。
頰にはじわりと汗を滲ませていたが、それが暑さのせいではないと、直感的に零菜は悟った。
明らかに、尋常ではない反応だった。
「……なんだ、アレ……⁉︎」
奏麻の視線の先にいたのは、黒い人影。
光を全て呑み込んでいるような黒に、全身を染めた何か。それが、二人の二十メートルほど離れた先のアスファルトの上に力無く立ち尽くしていた。
変装か、それとも特殊メイクかとも思った。確かに大都会の学園内でその風貌はかなり目立っているが、この地は元より魔族特区である。超常的力を振るう知的生物に溢れる暁の帝国では、異常が日常であるといっても過言ではない。
しかし、本当は零菜も気付いていた。
信じたくなかっただけなのだ。
未だかつて出会ったことのない、異質の恐怖を。
「……奏麻」
「分かってる。僕も今気付いた」
微かに震える足で、二人はゆっくりと黒影と距離を縮める。
真に特筆すべきはその気配であった。
言語化不可能の恐怖。視界に入れているだけで鳥肌がおさまらないような、体の内側にぬるりと直接滑り込んでくる気配。
そしてもう一つ。
黒影からは、一切の魔力が感じられなかった。
「どういうこと? アレは魔族じゃないの?」
「分からない…分からないよ」
「……じゃあ、」
零菜は、自身の愛槍にして眷獣、『
現在の距離はおよそ十メートル。
槍による近距離攻撃と、雷撃による近、中距離攻撃を得意とする零菜から言わせれば、十分に必殺の間合いである。怪しい動きを見せた瞬間攻撃を開始する、と零菜は決めていた。
喉をせり上がってきた、一際大きな緊張の塊を呑み込んで、先ほどから微動だにしない背中に問いかけた。
「聞こえるわよね、あなた……何者?」
「………………………………………………」
粗方予想はしていたが、返事は無かった。
魔力が感じられないという事実が指し示す可能性は二つ。
一つは、相手が直前で体内の魔力を、何かしらの方法で消耗し切っていた場合。
そしてもう一つは、その相手がそもそも魔族では無い場合だ。
現状況で最も可能性が高いはずなのは後者である。
だか、それは無い。
それだけはあり得ない。
目の前の黒塊が放つ気配が、何よりもそれを雄弁に語っていた。
ゆっくりと、黒影が振り向いた。
その顔面を視界に捉えて、奏麻と零菜はもう何度目かわからない戦慄を感じた。
筆で書き殴ったかのような、虚ろな二つの眼。鋭利な刃物で切り込んだかのような十字の口唇。
疑念が確信に変わった瞬間でもあった。
この物体は、人間では無い。
「……おぉぉぉ……おぉぉお……」
掠れた重低音の呻きが聞こえてくる。
それは明らかに、十字に裂けた深淵から発せられていた。
「お…お?……お……お……お!……お‼︎?」
「⁉︎ 様子が変だ…逃げよう‼︎ 零菜‼︎」
何かに気付いたかのように、突如声を大きくし痙攣し始めた黒影を前に、奏麻は零菜の手を取った。突然の出来事に思わず体勢を崩しかけた零菜を、それでも強引に向き直らせる。
この時既に奏麻は直感的に予測できていたのかも知れない。
これから待つ真の脅威。
隷獣『
「『
奏麻と零菜が天之常立に背を向けて走り出した直後。
無数の光矢が二人の頭を掠めて、漆黒の隷獣に殺到した。
抵抗も気付いた様子も見せないままに、体に幾つもの風穴が空く。それは四肢を分断し、人型の原型をバラバラに吹き飛ばした。
「うわぁ‼︎? 今度は何‼︎?」
「ちょっと‼︎ もう少し余裕を持った射撃をしてよ亞矢音‼︎」
「助けてあげたのに文句言わないのッ‼︎」
二人の前に、見慣れた顔の妹 暁亞矢音が私服で、更には不満気な様子で立っていた。
その背後には彼女の眷獣、百頭一対の翼竜『龍の尖兵』が四体顕現している。
亞矢音の背後に回るまで走った二人は、濃密な緊張感から解放された弾みで、膝からアスファルトに崩れ落ちた。
「あの黒い変態、まだ居たのね⁉︎」
零菜は亞矢音の言葉に初めはポカンとしながらも、一拍おいてその意味を理解した。
「あ、亞矢音も見たの? アレ」
「見たも何も、さっきいきなり興奮した雄叫びをあげて、いきなり襲ってきたのよ。まぁ、対面した段階で『式神』のようなものだと分かってたから、躊躇わずに壊したけど」
式神とは、呪術の一種である。
紙などの依代となるものに呪術的施しと魔力を込めて、擬似的な生命体のように変化させ、様々な用途で使用される。比較的初歩的な技術で、攻魔官も頻繁に使用するものである。
亞矢音の母親もとい修行教官は、元獅子王機関の舞威姫 暁紗矢華であった。
零菜と奏麻とは違い、日頃から呪術の訓練に重きを置いて鍛錬している亞矢音には、『謎の黒い変態』の正体を対峙しただけで断片的に明かすことが可能だった。
「でも、怖くなかったの? その…よく分かんないけど怖い! みたいな……」
「零菜、語彙力が残念なあまりに、何が言いたいのかあまり伝わってこないよ」
「それはきっと、私にはアレの正体が分かったからよ。ほら、人間は未知なるものに根源的恐怖を感じると言うし」
あまり釈然としない亞矢音の返答と、失礼極まりない奏麻の苦言に、むぅ、と思わずぶーたれる零菜。しかしその反面で、あれほど自分と奏麻が感じた正体不明の恐怖に屈することがなかったのか、と思うと、素直に亞矢音を賞賛していた。
呼吸も落ち着き始めた頃、零菜と奏麻は立ち上がって、膝の埃をはたいた。
「とりあえずもう大丈夫でしょう。一応この付近を一度見て回って、それから古城君たちのところに連絡をい……れ…………」
言葉を言い切る前に、亞矢音が表情筋を硬直させていく。
奏麻と零菜もその顔から、まさか、とおおよそを察した。
そう、それは『式神』では無い。
そんな生易しいものでは断じて無い。
バラバラになった無数の肉片が、釜が煮立つような不気味な音を発しながら膨張していく。
やがてそれは、それぞれが分割される前の元の大きさになり、再び人の型を形成した。
「嘘、でしょ…? 私の『
「再生能力、いや、分裂能力か」
辛うじて冷静に分析をした奏麻をよそに、二十七体に増えた黒影が、一斉に一歩前に出た。それに合わせるように、零菜たちは一歩退く。
乗り越えたはずの恐怖に、今度は亞矢音までもが飲み込まれかけていた。
「おおおおおおおおぉおおおおおおおお‼︎‼︎」
なんの前触れもなく、二十七のうちの一体が、天に向かって絶叫した。
「おおおおぉぉおおぉぉおおおおおおお‼︎‼︎」
「ぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお‼︎‼︎」
二体、三体と続いて、ついには全ての黒影が悲鳴にも聞こえる雄叫びをあげ始める。
亡者たちが奏でる絶望の輪唱に呼応するかのように、黒影たちの中央に球体の闇が発生した。
「あれは……魔力⁉︎ そんな、だってさっきまでは……!」
「そんなことどうでもいいわッ! コレは私たちじゃきっとどうにもできない。今は引いて古城君たちに……」
「ッ! 二人とも、何か来るよっ!」
三人の焦燥など知る由もなく。
突如爆発的に体積を膨張させたそれは、
三人を飲み込み、
校舎を飲み込み、
やがて、彩海学園の全てを飲み込んだ。
ちょっと、いや、しばらくは今回の戦闘の続き、かもですね……。
どうしたらもう少し読みやすい文にできるでしょうか。