ストライク・ザ・ブラッド ー暁の世代ー   作:愚者の憂鬱

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どうしても余裕が……。
高校生にはキッツイで。


異次元の真祖編Ⅱー⑤

 咄嗟に眷獣を消して、抵抗の意思がないことを示す。

 

 時間を稼がなければ。

 

 真っ白に塗り潰された脳内で、萌葱が思ったのは只それだけ、されどあまりに危険な賭けであった。

 対峙しただけで既に解る。

 自分は、この男に確実に敵わない。

 それは、眷獣が一切の有効な攻撃手段を持たない萌葱だからというだけの話ではなく、恐らく熟練の攻魔師でも手も足も出ないであろう、絶対的な強者の気配を男が発しているからであった。

 萌葱は、今にも勝手に折り畳まれそうになっている自らの膝に血が滲むほど爪を立て、努めて余裕を持った表情を形成してから、挑発的な口調で言葉を紡いだ。

 

「あら、ずっと私をこっそり見ていたのかしら? あまり良い趣味じゃあ無いんじゃない?」

 

 応援がいつ来るのか、そもそも来たところでこの巨漢に対応出来るのかは定かではなかったが、萌葱は胸中で、現状の最重要目標を『妹たちを救うこと』から、『恐らく結界の術者である眼前の男の撃破』に変更していた。

 勿論、彼女にその目標を達成する力は無い。

 しかし、後続の者たちに情報を伝えることと、対処に必要な時間を作ることぐらいはできると考えていた。

 男は暫く黙っていたが、唐突に言葉を返した。

 

「……まぁ其れに関しては返す言葉も無い、というものだな。それよか、己れの質問に答えよ娘。お前さん、荒事は得意かの?」

 

「……」

 

「いいから答えよ」

 

 なんだってのよ、と内心で萌葱は毒付いた。

 全く会話に乗ってこない。

 このままでは最短コースで殺されてしまうではないか。

 生命の危機に瀕した肉体がかつてない程に活性化し、思考が加速していくのを感じ取った萌葱は、それでも必死に、急速かつ慎重に、最適解となる言葉を探した。

 

「いいえ、持っているモノは『吸血鬼』の身体能力だけ。きっとあなたには敵わないでしょうね。他の人が到着するのを待ったら?」

 

 嘘ではない、すべて真実である。

 萌葱はこの土壇場で、敢えて一切の嘘を吐かずに話すという作戦に打って出た。

 その場凌ぎの嘘ではいつかボロが出て、会話がスムーズに運ばないかもしれない。より会話を長引かせることが目的であった。

 

「そうか、お前たちは"こちら"では『吸血鬼』と呼ばれるのか。では我が『天之常立(アマノトコタチ)』に何かしていたのはお前の『隷獣』ということだな」

 

「……何を言っているのか、よく解らないわね」

 

「それもそうだ、よし娘。始めるぞ」

 

(人の話を聞きなさいよ!)

 

 思わず口を出そうになる。

 どうやら作戦は既に失敗したようだ。

 騙し切れない緊張の汗が一筋、頬を落ちた。

 すぐ後ろには漆黒の壁、眼前には謎の大男、逃げ場はどこにもない。

 しかし、あまりに事が思い通り運ばない苛立ちと、一周回ってしまった死の恐怖が互いを打ち消しあって心に余裕を生み出したのか、萌葱の思考はより冴え渡っていった。

 

「だから、私じゃ楽しめないわよと暗に言ってあげたのに、なんで気付かないのかしら。待っていたら、その内強い人なんてここに死ぬほど来るわよ」

 

 もしかしてオツムは残念なの? と、出来得る限りの侮蔑を顔に浮かべてみと、男は難しげに短く唸り、何かを考え出すかのように口元の髭をなじった。

 果たして、乗せることに成功したのか。

 一瞬、薄い影をその顔に落とした後、男は笑った。

 

「なるほど! よし解った。では己れは此処で他の兵が集まるのを待つとしよう」

 

「は……お解り頂けた……の…?」

 

「? 何を驚いているのだ、お前が言うたことであろうが」

 

「あっ」

 

 慌ててコホン、と咳払いをして、萌葱は元の"何にも、全く動じていない"とでも言いたげな表情を顔に貼り直した。

 正直ダメかと思った矢先、呆気なく相手が術中にかかったのだ。萌葱からすれば、先ほどまでの緊張感との落差もあり、つい間の抜けた声が出てしまうのも仕方がないことだった。

 その場にどかっ、と座り込んだ男は、今までの殺気が嘘のように、人が良さげで豪快な笑顔を浮かべ、饒舌に話し出した。

 その背丈は、立ったままの萌葱よりも尚大きい。

 

「いやー、煩わしい! 確かに遠目に見ていたお前の隷獣は、攻撃が得意そうには見えなかった。なに、顔見知りに近い『気』をお前さんから感じたものだから、つい興奮気味になってしもうたわ!」

 

 意外に良い人なのか……、と萌葱は今日何度目か解らない戸惑いを感じた。

 しかし、彼女も自身の目的を忘れたわけではない。

 予想外の友好的な態度に、「もしかしたら話し合いが可能かもしれない」と考えて、会話に乗ったフリをして説得しようと試みる。

 

「顔見知り? どういうこと」

 

「お前の中に在る『気』。その半分を構成するものが、己れの出会った或る槍使いの中にも混じり込んでいた、というわけだ。いやーこれはとんだ偽物を掴まされた!」

 

「それはとんだ災難ね……」

 

「いや全く!」

 

 くくかかかか、と特徴的な笑い声をあげる男。

 偽物、などと称され内心萌葱はむっとしていたが、そんなことに逐一目くじらを立てている場合ではない。

 

(アマノトコタチ……結界のこと?)

 

(私の半分を流れる気…魔力?)

 

(槍使いに混じっていた……)

 

(……古城君と、雪菜さん?)

 

 僅かな情報の断片を推測で繋ぎ合わせ、やがて一つの答えを出す。

 

「あなた、雪菜さんと以前接触したことがあるのね」

 

「! やはりその女を知っていたか! 答えよ娘」

 

(……喰いついた……!)

 

 確かな手応えを感じた。

 この男の目的は妹の母親。

 それならば、と萌葱は一気に畳み掛ける。

 

「いやぁ、その女と闘いたくて己れは此処まで来たのだ! して娘よ、今奴は何処に居るのか!」

 

「ええ、奇遇にも、すぐに連絡が取れるくらいに私の身近にいる人よ。何なら今すぐに呼んであげましょうか」

 

 本人の居ないところで勝手に売りに出すような行いに罪悪感は禁じ得なかったが、それでも構わないと萌葱は考えた。

 今は結界に閉じ込められている妹たちが最優先。それに、義理の母にあたるあの攻魔官がそう簡単に殺られるとは思えないし、第一にそんなことは夫である皇帝 第四真祖が許すはずが無いのだ。

 

「ただし、代わりにこのよく分からない結界を解除してくれないかしら。このままだと、色々と少し困るのよ」

 

 敢えて多くは語らず、ただ交換条件として提案する。

 この時萌葱は、男は多少悩むそぶりは見せようとも、まさか断るはずはあるまいと確信していた。

 だが、男はさも当然とも言いたげな顔で答えた。

 

 

 

「何を言う。己れがお前の言うことを聞いて何の利点があるのだ」

 

 

 

「……な、」

 

 絶句。

 まさに、開いた口がふさがらないといった様相。

 萌葱は目に見えて焦り始め、思わず言葉も早口になる。

 

「なんで⁉︎ あなたさっきは私の提案を聞いて……」

 

 男は突然、不快感に襲われたかのように眉間に深い皺を刻んだ。

 

「あまり図にのるな小鬼めが。己れはやりたいようにやる。強者ならばまだしも、弱者の願いを聞き入れるのに、逐一事情を加味するなど意味のないことだ」

 

「でもっ、あなたは雪菜さんと闘いたいんでしょ! だから私なら……」

 

「くどいぞ、餓鬼‼︎」

 

 まるで音の壁のような檄が萌葱の全身を叩いた。その顔は、一層焦りを加速させていく。

 

(まだ五分も時間を稼げていないのに……!)

 

 更に、男は言葉を続けた。

 

「己れがお前を見逃したのは、手応えのない相手だとすぐに分かったからだ。まさかお前の言葉を鵜呑みにしたわけがあると思っていたか?」

 

 男の感情を現したかのように、突風が辺りを吹き荒ぶ。

 それが男が深く被っていた外套を捲り上げ、巌のような顔と口元の髭を露わにした。

 ゴツゴツとした頬骨、薄く張り付いた無数の切り傷痕、デフォルトで眉間に寄っている皺、まさに鬼を連想させる様相をしていた。

 

「結界など所詮は暇潰しよ……。中にいるのはお前の姉妹であろう。そんなことは閉じ込めた段階で分かっておったわ! 第一、本当に結界を解除するつもりなら、お前を見逃した段階でそれと同程度の力量と予測される小娘共も見逃すはずだろう。どうせ己れと闘ったところで大して楽しめるはずもないからな」

 

 男は、先刻とは打って変わった獰猛な笑みを浮かべて、萌葱を正面から見据えた。

 元来、男はそういう質であった。

 自分と渡り合える強者にこそ認める価値がある。その他のものは彼にとってただの有象無象だ。

 

「己れには見えるぞ、あの闇の中が、手に取るようにな。どれ、教えてやろうか、『今中で小娘らがどんな目にあっているか』を」

 

 呆然自失で脱力していた萌葱の身体が、その言葉を聞いてピクッと震えた。

 やがてその震えは全身に広がる。顔は俯いていて、影が落ちていた。

 

「弱者に選択の余地など与えられるべきではない。人間は力を得て初めてその命に価値を持つ、それ以外は全て虫けらも同然だ!」

 

「……ざ…け……」

 

「貴様は耳元を飛ぶ藪蚊を、わざわざそっと捉えて逃がすか⁉︎ そんなはずはない! あまりに力量差が開いた生き物同士が対峙した時、強者はそこに一切の感慨など感じ得ないものなのだ!」

 

「……いで…よ……」

 

「だがそんな羽虫共でも、己れの暇潰し程度にはなる! 実に爽快だ! 翅をもがれ、地を這いずり回る下等生物を眺めるのはな!」

 

「ふざけないでよ‼︎‼︎」

 

「どれ! お前の翅も捥いでやろう‼︎‼︎」

 

 萌葱は怒りのままに魔力を放出し『天女排斥(スピカ・プロデティオン)』を召喚した。

 しかし、男は一切慌てた様子を見せずに虚空を握る。紫に光る粒子を迸らせ、その手の内に大ぶりな野太刀が発生した。

 超至近距離での激突。

 側から見ればどちらに部があるかは明らかであったが、今の萌葱にそんなことを客観的に判断する心の余裕はもう無かった。

天女排斥(スピカ・プロデティオン)』が、その『魔力強制操作』の力を持つ両腕を伸ばして、男の頭に掴みかかろうと試みるが、大きく腰をひねって円環状の斬撃が放たれる。

 それは『天女排斥(スピカ・プロデティオン)』の両腕を斬り飛ばし、力余って萌葱の胸部をも横一文字に裂いた。

 

「…………あ……ッ………」

 

 大量の血が体内から逆流し、口から溢れた。萌葱は、瞬く間に形成された温かい血溜まりの中に崩れ落ちた。

 

「弱い。なんと弱いのか小鬼よ…」

 

 刀を握った腕を下ろして、男は足元の萌葱を見下ろす。

 その女の姿は既に、風が吹き漏れているかのような呼吸音を出し、虚ろな目で空を仰ぎ見ているだけである。

 せめてあと十年出会うのが遅ければ、もしかしたらということもあったかも知れない。あまりに突然すぎる幕引きに、少しばかり後悔を感じながらも、喉笛を切り開きトドメを刺そうと太刀を構え直し、

 

 女の口角が、僅かに上がっていることに気付いた。

 

 萌葱が視界いっぱいに広がる晴天に捉えたのは、逆光を背負い黒く染まった、小さな影。

 だが、吸血鬼の視力を持つ萌葱には、それが何なのかはっきりと分かっていた。

 軍事ヘリ。遥か上空のその機体には、『暁の帝国』を象徴するエンブレムが刻まれている。

 

 そして"何か"がそこから投下され、やがて衝撃が立続けに三回起こった。

 未だ状況を把握できていない男は訝しげに、その衝撃が起こった方を睨んでいる。

 萌葱は、血で粘つく喉で、それでも笑顔で。

 この世で最も信頼している男の名を呼んだ。

 

「……お、とう……さ………」

 

焔光の夜伯(カレイド・ブラッド)』の継承者にして皇帝。

 第四真祖 暁古城。

 そして、暁の帝国が誇る二人の攻魔官。

 暁雪菜、暁紗矢華。

 

 コンクリートに蜘蛛の巣状の亀裂を刻んで現れたのは、史上最強の吸血鬼と、その従者たちであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




普段はノリで『古城君』って言うけど、大事な局面では知ってか知らずか『おとうさん』って呼んじゃう萌葱。
さて、次はずっと古城のターン‼︎

……になるかな?

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