どうやら、記憶を失ってもどうでもいい知識は残っているらしい。型月、いやTYPE-MOONの作品である月姫の登場人物アルクェイド・ブリュンスタッド、彼女の姿に私はなっているらしい。
「アルク……アルクかぁ……いや好きだけど、どちらかというと最近はFateじゃないの? ほら、セイバーとか」
GOもようやく林檎で配信されたし、月姫のほうはリメイクはどうなったんだっけ? 確か発売日は……うっ頭が!
「……いや、そんな益体もない現実逃避してる場合じゃなくて。というよりどうして私は月姫のことを、アルクェイド・ブリュンスタッドのことを覚えているんだ?」
記憶がないのは確かだ、自身についても胡乱なのになぜはっきりと認識できたんだ?
「……あ、失ったのはエピソード記憶って奴なのかな?」
未だ曖昧な自分の脳が解を導き出す。つまるところ、現在の自分は知識はあっても経験が抜け落ちているといった感じだ。
「んー、まぁ分からないことをこれ以上考えてもしかたないか」
現状、分からないことは放置する他ない。語りえぬことには沈黙をというやつだ。
「んで、なんで私はアルクェイドの姿になってんのかねぇ」
最大の疑問はそこにある。アルクェイド・ブリュンスタッドという存在はフィクションだ。どこぞのきのこによって生まれた存在だと私は認識している。そういうものだと意識せざるをえない。
「……」
どこまでも不確かな私の記憶。覚えていることさえ疑ってしまったらなにが残るのだろう。
「……やめやめ、とりあえずは考察だ。この身体をアルクだと仮定するなら……」
とりあえず知っておくべきは身体能力だろう。作品上でのアルクェイドの能力は凄まじい、確実にあの世界での最強クラスの一角に数えられる。条件は限定されるが大陸でピンボールできると言われたらそのヤバさも伝わるだろう。
そんな彼女の主な戦闘方法は、
「うわっ、ホントでた」
鋭利な爪による近接格闘だ。ジャキンという音が聞こえてきそうなほど一瞬で自分の手が凶悪なそれに変わる。
「試して……みるか」
海岸を背に鬱蒼と広がる森を見つめる。その中の目ぼしい木に狙いをつけ腕を一振り。なぜかできないという不安はなかった。
ザンッという手ごたえともに切り裂かれた木が傾ぐ、最後は大きな音をたてて倒れた。
「はんぱねぇ威力」
改めてこの身体の化け物スペックぶりに若干引いてしまった。鋭い爪は言うまでもないが筋力、速度、耐久も人間の比ではないほど高い。見た目だけじゃなくてホントにアルクなんだなと爪の状態の手をしみ一つない白魚のような手に戻し、にぎにぎしながら実感する。
よくよく考えてみるとずっと歩きっぱなしだったのに全然疲れていない。今更になってようやくその事実に気付いた己の間抜けさに小さく嘆息した。
「まあいい、次だ次」
アルクェイド最大の能力、空想具現化。
「……これできたら本当になんでもありになるよなぁ」
空想具現化、マーブル・ファンタズム。
精霊種である彼女は思い描いたままに自然を操り、捻じ曲げる。字面から分かるようにその用途は物凄ーく広い。そんなチート能力。
パッと思いつくのは『千年城ブリュンスタッド』の鎖か。
やるだけやってみようと、腕を振り上げたその時、
「なにやってんだ、お前?」
背後から私じゃない誰かの声が聞こえた。
「誰ッ!」
振り返ったときに下ろされた腕の前方でジャラリとした音がなった。
◇ ◇ ◇
「本っ当に、ゴメン!」
「いやー、ひどい目にあった」
あのあと、急に声をかけられてあまりにもびっくりしたためか空想具現化が発動してしまった。何もない空間から現れた何重もの鎖は背後にいた少年にぐるんぐるんと巻きつきあっという間に拘束した。
なにすんだ、てめーと叫ぶ少年の惨状にようやく我にかえった私は慌てて拘束を解除し、ひたすら陳謝して現在に至る。
「ごめんなさい、急に声をかけられてびっくりしてしまって」
「俺だってびっくりしたぞ、急に鎖でぐるぐる巻きにされて。なあなあ、あれどっからだしたんだ!?」
どうやら目の前の少年はさっぱりとした性格らしい。すでに興味は先ほどの鎖に向いているようだ。
「え、えっと……ごめんなさい、私にも分からないの」
「変な奴だなー、自分で出したのに分からないのか?」
「なんというか、出ろって思ったら出た」
「マジで! すげー!」
バカな会話だった。どうやら多少混乱しているらしく、初めての現地人との会話にどこかふわふわした空気が流れる。
目の前の少年は俺も出ねえかなと、目をつぶって肉ー肉ーと唸っている。……さっぱりしたというより馬鹿なのか?
「あ、あの! 私の名前はアルクェイド、アルクェイド・ブリュンスタッド。あなたは?」
とりあえず肉体の名前で自己紹介をする。仮名だが本名を思い出せない以上適切だろう。
「ん? 俺か? 俺はモンキー・D・ルフィ。海賊だ」