「新人が来るのは今日だったか」
制服を整え肩章を付け執務室へ向かう。
一歩ほど遅れて高雄が隣を歩く。その手には幾つもの資料を持っており辞書でも持っているのかと思うほどだ。
高雄はその中から一枚の紙を抜き取り内容を確認する。
「宇山 浩二さんですね。 小塚大将からの推薦とのことです」
「あの狸ジジイからか」
男は思わず顔をしかめる。 どうせ上の意向を無視した異動だろう。そうでもなければこんな所にあいつが"推薦"という形でねじ込むわけがなかった。
執務室にたどり着くと早々にテーブルに向かう。割と新しいテーブルには黒いマジックで馬鹿だの死ねだの罵詈雑言が書かれている。引き出しなどの様子を見るに、鍵を開けられず中の書類をどうかしようとしたらしいが開けられなかったらしい。 しかし破壊しては音が出過ぎるためこういう落書きに走ったのであろう。男は気にすることもなく座り、高雄も無言で書類をテーブルに置いた。
「一応犯人を探せ。 無駄だとは思うがな」
「……了解しました。 これ、他の者に見られても面倒ですので覆い隠せそうな物も探しておきますね」
そう言うと執務室から去っていった。その様子を見て男は大きく溜息をついた。
腕時計は朝6時前を指している。恐らくこの時間なら明石は食堂だろう。そう思い高雄は食堂へと足を向ける。朝早くから起きて作業していた明石ならば何か知っているかもしれない。
食堂には少ないながらも艦娘達がいた。恐らくは秘書艦であったり、深夜からの遠征帰りであろう。その中には明石の姿があった。
明石の元へ歩いて行く途中様々な視線を受ける。同情、侮蔑、憐憫ーー様々な感情を向けられてなお、高雄は無感情であった。
「明石さん」
「ん? ああ高雄さんじゃあないですか。 どうしたんです?」
「朝、というよりも深夜帯ね。 誰か夕霧提督の執務室へ向かった者はいるかしら?」
そう言うと、明石は何か納得したように「あー…」声を漏らした。
「2時半に一回3時にもう一回工廠前で足音が聞こえましたよ。 二回めで気になってチラッと見たんですけど宿舎の東の方に歩いてってましたね」
と、言うことは。宿舎の東側の人物。長門型や暁型、長良型などがそうだったはず。そして容疑者は大人というよりは子供。 駆逐艦の子達か。
パッと思いついたのはこれだけだが、正直な所犯人はわからない。東側に行ったというだけであって、東側を通って別の所へ行ったかもしれない。何故わからないのか、といえば。
「東の執務室は久城提督でしたか」
「ええ」
東の執務室には久城提督がいる。やたらとちょっかいを出してくる人物だが、野心家で頭が回る。彼が犯人とは決まったわけではないが、非常に怪しい人物でもある。
しかし下手な手を打てばこれ幸いにとこちらを叩き潰しに来るだろう。確かに無駄だったなとおもったが、そんなことは分かりきっていたことである。 明石に感謝を述べて立ち去ろうとしたが引き止められた。
「夕霧提督に渡したい資料あるんで後で行きますって伝えといてもらえます?」
「今渡してもらえれば私が届けますけど?」
「正式な書類ってわけじゃないんですよ。 個人的というかまぁそんな感じなので」
明石は半笑いで視線をそらしながらそう言った。それにしてもなんとも歯切れの悪い返事である。いつもであればもっと真っ直ぐにいうものなのだが。なんとも彼女らしくない物言いである。つまり私には言いづらい内容である可能性が高い。しかも夕霧提督に直接ということは重要性が非常に高い内容だということだ。
「……伝えておきますわ」
これ以上厄介ごとが起きませんように、そう願わずにいられなかった。
書類作業を一通り終え、高雄が持ってきた無駄に豪華なテーブルクロスで机をうまく隠した。今日1日隠す分には問題は無いだろう。
時間は9時を指し新人を待っていると1人の艦娘と共に現れた。見覚えのある顔に小塚がどういう意図で送り込んだのかを理解した。
「新人提督の臨地実習補佐を務める暁です。 宇山提督はここで半年、場合によってはそれ以上になるけれど、ここで提督の仕事を学んでもらうことになるわ」
そう言って小さく微笑む暁を見て、小塚に似てきたなと思ったがくだらない事は早々に頭から叩き出した。
名目は実習補佐、実際はパラオ泊地内部の視察。 そして知りたい事はオレに関する出来事の真偽と事の顛末か。
「貴君らの着任を歓迎する。 短い間になるだろうがよろしく頼む。 高雄、彼に部屋の案内をしてやれ。 暁、実地予定について話がある。 ここに残れ」
部屋から2人が出て行き、部屋の周りに誰もいない事を確認する。部屋は妙に静まり返り、なんとも言えない空気が辺りを支配する。
「……随分と殺伐とした雰囲気になったのね」
先に口を開いたのは暁だった。 暁が初めてここを訪れたのは俺が着任して1年目事だったからさぞ驚いた事だろう。
我々提督との相性や嫌いの大小はあったとしても、まだどこか仲間としての空気はあった。しかし今ではまるで負の感情を煮詰めて集めたような鎮守府になってしまった。
「死んだやつがあまりにも多すぎるからな」
「……」
一年も前のことだが、決して忘れることのできない惨劇。 あの日、生きていた多くの仲間が散り、多くの民間人が犠牲になった。
「今のパラオ泊地は、随分練度の低そうな子が多いのはそういうこと?」
「およそ一年前に着任した者ばかりだ。 全員がそういうわけではないが、君が知る仲間の多くは散ったと思った方がいい」
「それは……第六駆逐隊も?」
暁は恐る恐る口にした。
横須賀鎮守府にいる第六駆逐隊こそ彼女の戦友であり仲間であったが、ここパラオ泊地にいた第六駆逐隊も彼女の大切な友人であった。 横須賀鎮守府にいるのが姉妹だとするならば、パラオ泊地にいるのは仲のいい従妹といったところだろう。 そんな彼女たちの安否を気にするのは仕方のないことであった。
「……第六駆逐隊は、電を残し全員轟沈が確認されている」
ギリッと歯ぎしりが聞こえた。もしここで罵倒されても甘んじて受け入れるしかなかったが、彼女はしなかった。ただただ自分の中にある感情を押さえつけるのみであった。
それを見て俺は何を言えばいいのかはわからなかった。謝ればよかったのか、見ぬふりをすべきだったのか。何の結論も出ないまま、ただ静かに暁を見ていた。
「……ごめんなさい、取り乱したわ」
「仲間を失ったんだ、仕方もあるまい」
そう言った後、A4サイズの二枚の資料を暁に手渡した。暁は何だろうかと顔に疑問を浮かべていたが資料の題に目を通してすぐに顔をしかめた。
――パラオ泊地、艦娘轟沈記録。
それは、ここパラオ泊地においてのいわゆる
金剛型、伊勢型、扶桑型、二航戦、五航戦――主力級の艦娘だけでもこれだけの轟沈が確認されている。名簿を見るに金剛型全員というわけではなく榛名だけが生き残っていたりと型内でもまばらに生き残っていたりもするが、やはり全員轟沈しているのもいくつかあった。
駆逐艦に至っては被害が甚大というレベルではなかった。生き残っている艦の方がはるかに少ないくらいである。
「駆逐艦は如月、睦月、吹雪、綾波、電、初春、雪風、時雨、秋月を残し壊滅した。 リストは頭に入れておいてくれ。 久しぶり、などと言われても混乱を招くだけだからな」
そう言うと、暁は無言で資料を返してきた。俺は黙ってそれを受け取りしまった。
「君が聞きたいのは――」
「言わなくていいわ」
俺が話をする前に、暁はさえぎった。怒りだろうか、悲しみだろうか。そう思っていたが、暁の表情は何か決意したかのような表情であった。
「夕霧提督、あなたの話を聞いてもいいのだけれど、
「俺は――」
「
意味が分からない。自分は至ってまともな精神状態であったと思うのだが。
「分からないでしょうね。分からないならそれでいいわ。きっと私の役目じゃないから。まぁ、これに関しては私自身が勝手にやるから夕霧提督は宇山提督のことお願いね。では失礼するわ」
そう言うと執務室から出て行ってしまった。彼女はいったい何を言っているのだろうか。その言葉の意味を夕霧は理解することができなかった。