日本のある場所に、学園都市と呼ばれる都市が存在していた。
総人口230万人に及び、その8割ほどが学生を占めている。
学園都市とは、その名の通り学問を学ぶための都市であるが、そのためだけに
存在しているという訳ではない。
学園都市の技術発展は凄まじく、数十年は先を行っているとも言われる。
その中でも特に異質なものが存在していた。
それは『超能力』。
体から炎や雷を出せる者もいれば、体を遠い位置に空間移動できるような者もいる。
様々な超能力が科学の実験や開発により完成されていき、今ではレベル0から5までの
超能力が作られている。
そんな便利な能力だが、それを軽々しく使うような一般人はいない。
何故なら、その便利さゆえに人を傷つけることが簡単にできてしまうからだ。
レベル3や4ともなれば大怪我だってさせてしまうだろうし、5ともなれば被害は予想以上に
及ぶこととなるだろう。
総人口230万人の中に、
その中の一人――『
中学生にも関わらず、電気系統最強の能力を持つ少女――御坂美琴は、二人の男を追いつめて橋の上に立っていた。
時刻的に大半の学生は帰宅もしくは寮にいる時間帯。
そんな時間に関わらず、二人の高校生と一人の中学生がいた。
「……ったく、逃げ足だけは一級品ねアンタ達」
苛立ちを表すように、彼女の髪がバチンと電撃で跳ねた。
その様子に、高校生がため息を吐いた。
髪はツンツンとしており、シルエットで見ればウニを想像できてしまうほどに
尖った髪を揺らして御坂へと目を向けた。
彼の名前は上条当麻と言って、
なのだが、彼の右腕にはどんな異能の力も打ち消してしまう『
異能の力――それにはもちろん超電磁砲も含まれ、御坂は彼を傷つけたことは一度もなく
また彼も彼女を傷つけたことは一度もない。
御坂美琴は超能力者ということに誇りとプライドを持っており、それを無能力者に止められるということが
気に食わず、何度も勝負を挑むも全て彼の逃走によって成り立たなかった。
「そりゃあ超能力者に追いかけられたら誰だって逃げるっての」
上条の代わりに、傍らに立つ男が答えた。
彼も上条と同じく無能力者であるが、幾度となくこの逃走劇に参加している。
茶色の髪を揺らし、手を突き出しながら上条へと顔を向ける。
「今回は俺の番だったよな?」
「そうだけど、大丈夫か?」
茶髪の男は少し笑う。
毎回自分が撒く番になると上条は必ず言う台詞だ。
お人好しというかなんというか……。
「ジャンケンじゃ俺が勝っちゃうから交互ってお前も納得しただろ。
それに俺が怪我したことあるか?」
「……ないな」
お互いが笑みを浮かべ、それを合図に上条は踵を返して走り出した。
ここから自分達の寮まで三十分もかからない。
精々数分ほど足止めをして自分もさっさと逃げよう。
「逃すと思ってんの!?」
御坂が手をかざすと、閃光と共に雷が上条へと放たれる。
それでも上条は振り返らない。
それは信じているからだ。あの男が囮になる時、自分もアイツも怪我をしたことがない。
「――
男は雷の前に飛び出し、腕を突き出した。
「『
凄まじい轟音が鳴り響く。
雷は、突如現れた円形の盾によって受け止められ、霧散して消え去った。
その事に御坂が顔を顰める。これが初めてではない。
「追わせると思ったか?」
男――
「アンタが
御坂が橘と戦って既に二桁を超えているが、今までに御坂の電気が
橘に届いたことは一度もない。
「俺から言わせりゃお前が超能力者なんてのが信じられないけどな」
あからさまな挑発――それに御坂は乗ってしまった。
それは仕方がないことだろう。彼女は能力以外は一般的な中学生だ。
怒りを表すように彼女の体が帯電を始める。
「言うじゃない……さっきの盾でこれが受けられるかしら!?」
御坂はポケットから一つのメダルを取り出し、それを突き出す形で止まった。
彼女の最強最大の技である『超電磁砲』を放つつもりなのだろうが、それには構えた状態で
電気を蓄える必要がある。僅か数秒な時間であるが、その隙を逃すつもりはない。
待ってたと言わんばかりに橘は力を行使した。
「縛道の一、『
「ひゃっ!?」
グイッと引っ張られる感覚と共に、腕が突然後ろ手に縛られる。
目を向けても紐や縄で縛られているわけでもない。
なのに腕が全くと言っていいほど動かなかった。
「こん、の……!!」
力を込めようと踏ん張ったところで、御坂は尻餅をつくように転けた。
腕だけではなく足にも似たような感覚が走り、動かすことがままならない。
「……何が無能力者よ! バカ!」
「バカは余計だ。それの効力は精々1、2分ってところだけど逃げるにゃ十分ってな!」
あばよと手を振って橘は踵を返して走り出した。
後ろで怒りの声と共に電流が流れた気がしたが、決して振り返らずに寮へと走っていった。
橘蒼太は無能力者の『
彼は原石と呼ばれるもので、小さい頃からこの力を扱うことができた。
ある科学者によれば、本来頭の中で演算して使う能力とは違って、言霊――詠唱を口にすることによって
能力を扱うことができるのではないかとの結論に至った。科学者が頭を悩ませたのは、その言霊だ。
橘はその言霊によって雷も風も炎も出すことに成功し、果てにはテレパシーなどもできた。
これを多重能力者として認めるか否か、議論が続く。
本来多重能力者は脳への負担が大きすぎるために実現が不可能と決定づけられた。
だが彼は脳ではなく言霊に頼ることで脳の負担を避け、このようなことが可能なのではないかともされた。
そこで測定をしても、全ての評価が『0』とされ、これに科学者はまた頭を悩ませることとなる。
そんなことは本人――橘蒼太には関係はない。
高レベルに憧れがないといえば嘘になるが、それで有名になって目を付けられることは御免こうむる。
ただ、高レベルに羨ましい出来事がひとつある。
それはレベルが高ければ高いほど奨学金の額が違うという事である。
0でも受け取れるが、1や2と比べると差は広がっていくし、3ともなれば額は凄まじいことになるだろう。
基本的に生活する分には問題ない程度には支給されるが、あればあるほど助かるのも事実。
銀行で奨学金の額を確認して、橘はため息をついた。
もしも自分の能力が2、いや……1でも高ければ少しは楽な生活になっただろうに。
そんなIFの想像を切り替えて橘は銀行を後にしようとして……事件は始まる。
何かが炸裂するような音の直後に、女性の悲鳴が響き渡る。
振り返れば、拳銃を天井に向けた大柄の男が一人立っていた。後ろに控えるように二人の男もいる。
「……マジかぁ」
一般の客は恐らく人質だろう。
その場で座らされ、動くなと一言言って銀行員にバックに金を詰めろと脅しをしている最中だ。
橘も逆らうことなくその場で座ったまま、場を眺めていた。
今この状況はとても静かだ。
シャッターも他の男に占められ、客も全員が殺されることを恐れて黙っている。
この場で言霊を使って詠唱を始めても確実にバレることは避けられない。
詠唱破棄という手段もあるが、詠唱破棄で行った際に効果が期待できるのは一番から十番までのだけだ。
一人を狙う間に確実に撃たれるか捕らえられるかしてしまうだろう。
誰かがシャッターや異変にきづいて通報でもしてくれればその隙を狙えるのだが。
「急げ! 風紀委員だって来る可能性だってある!」
バックに札束を詰めている銀行員に拳銃を突きつけながら男は脅す。
銀行員は汗を流しながら殺されないことを願って札束を詰めていく。
直後、三人のうちの一人――不審な動きをしないか、見張っていた男――が突如その体が吹き飛ばされた。
銀行内にいた全員の動きが止まる。
吹き飛んだ男は、張り付けにされたように壁にぶつかって止まった。
「――風紀委員ですの!」
銀行内にいた全ての客を把握していたわけではないが、見覚えのない少女が声をあげて現れる。
右腕につけている腕章を左手で引いて、プリントされた証を見せながらの登場だ。
さっきまで誰もいなかったはずの空間に、さっきまでいたような感覚さえ感じるが、彼女の能力だろう。
全員の目が彼女に集中してる上に、ターゲットは二人……これなら弱い言霊でも不意を突くことは容易い!
「――
響く声で詠唱を始め、対象へと狙いを定める。
男は声にビクリと反応しながら、何かをしようとする橘を止めようと近寄っていった。
「風紀委員! 動くんじゃねぇぞ、コイツが――」
橘を人質に取ろうとも考えたのだろうが、男の指が届くよりも先に橘が詠唱を終え、発動をする。
「縛道の九、『
男の周りを赤い光がまとわりついたかと思えば、男はジタバタをもがき始めた。
あと一歩遅れてたら自分事ああなるところだった……。後は風紀委員が何とかしてくれる事だろう。
一安心と思った矢先、ガシリと腕が掴まれる。
「ご同行お願いしても宜しくて?」
……風紀委員の彼女が、いい笑顔で橘の手を掴んでいた。
ギリギリと掴まれて若干傷みが走るが、問題はそこじゃない。
「……もう一人」
「はい?」
橘の呟きに、少女は首を傾げる。
「強盗犯は三人だっただろ? もう一人は――」
爆音が銀行内に響き渡る。
耳を抑えながら爆発音へと目を向ければ、強盗犯の一人の手から炎が吹き出していた。
邪魔だったシャッターをその炎で吹き飛ばしたようだ。
「能力者だったのか……!」
被害はできる限り食い止めることに越したことはない。
追いかけるように橘も銀行を飛び出していく。
目を凝らしても男の姿は見えない。
空間移動の能力者ではないことはさっき確認済みだ。
「離せ!」
男が大声を上げ、少女を突き飛ばした。
見れば、少女は小さな子供を庇うようにして倒れこむ。
男は逃げるようにトラックに飛び乗り、エンジンをかけた。
車を壊す為に橘は手をかざす。殺さない程度には威力は下げはするが。
「――ちょっと、あれは私の獲物よ」
「あ? 何だ……第三位か」
橘の傍らに、いつの間にか第三位こと超電磁砲である御坂美琴が立っていた。
流石に街中でばったりであったからといって決闘などと騒がないあたりは常識は持っているらしい。
まぁ、それよりも優先したいことがあるのだろう。
「ざけんな、あれは俺がぶちのめす。お前の超電磁砲じゃ殺しちまうだろ」
「ちゃんと手加減するわよ」
ポケットから銀色の小さなポケットを出しながら、彼女は放電を始めた。
「ぶちのめすって言ったって、アンタ攻撃手段あんの? 防御と捕縛系しか見たことないわよ」
「攻撃手段なんて山ほどあるっての。まぁ速度は劣るだろうけどな」
使うのは三十番台でちょうどいいだろう。
「じゃあそれに合わせてあげるわ」
自分が優ってると彼女は一瞬ニヤついた笑みを浮かべてそう言った。
一言、サンキュといって橘は言霊を詠唱する。
「――
橘の手の平に、赤い球体ができあがり、徐々に膨れ上がっていく。
「
凄まじい速度で突き進む火球に遅れて、御坂は超電磁砲を撃ちだした。
火球に追いつく形で突き進み、二つは同時にトラックに直撃した。
赤と光が弾け、大きな爆発と爆音を引き起こす。
トラックの運転手である強盗犯の最後の一人は、見事に吹っ飛んでその衝撃で気絶したことで
この事件は幕を引いた。
「あー……スッキリした」
「アンタのあれ、大能力者か強能力者くらいの威力じゃない?」
関心するようにいった彼女に、橘は少し汗を流す。
あれでも威力は抑えたほうなんてことは口が裂けても言えない。
「それは俺の台詞。あれで威力抑えてるとか流石超能力者だな」
最早化物だろ、と続けようとした橘は急いでそれを飲み込む。
上条のように一言付け足しただけで彼女は切れて決闘へと発展することを何度も目にしているからだ。
「んじゃ俺帰るわ。事情聴取とか避けたいし」
じゃあな、と逃げるように……というか逃げようとした橘の手を、誰かが思いっきり掴んだ。
あれ? さっきも似たようなことなかったか?
ゆっくりと橘が振り返ると、そこにはさっき銀行で出くわした風紀委員がいい笑顔で掴んでいた。
「先程も言いましたが、ご同行お願いできますか?」
有無を言わさないその笑顔に、橘は小さく頷くしかなかった。