「――そこで強盗犯に出くわした、という訳ですね?」
「あぁ。出ようとした直後だったかな」
「なるほどなるほど」
現在彼は風紀委員第177支部と呼ばれる場所に居た。
そこで事情聴取を受けて数十分程度だろうか。
頭に花のアクセサリーをつけた少女が受け答えを紙にメモしていく。
そして書き終われば次の質問が――というのを何回繰り返しただろうか。
橘のウンザリした顔に気づいたのか、少女――
「もう少しで終わりますよ」と言った。
「その時、白井さんが貴方の能力を見たと言っていたのですが」
白井――恐らく、銀行内に現れた風紀委員の子だろう。
確か空間を移動する能力者だった筈だ。
白井と呼ばれた少女は、御坂と共にソファーに座っていた。
近いというか近すぎるのではないだろうか。肩と肩なんてもうくっついている。
御坂の表情は既に諦めに入っていた。
「何でも、犯人の一人を捕らえ、火球を出したと」
「……まぁ、出した」
「言霊使いとおっしゃっていましたが、どのような能力なんですか?」
どのような。なんて説明すべきだろうか。
というか御坂がいる状況で説明するのは困る。
興味ないふりをしつつしっかりと聞き耳をたてているのがバレバレだ。
「演算の代わりに言葉を使う能力って言えばいいのか? 脳を使わずに言霊を使ってる
から念動力や発火能力に近い能力が使える。どういう原理かは正直分からん。
傍から見れば多重能力者に見える、らしい」
「因みに、どのような能力を使えるんですか?」
初春の問いに橘は瞬時に御坂に手をかざした。
「縛道の四『這縄』」
「そんなことだと思ったわよバカ!!!」
突然橘の手のひらから縄が出現し、うねうねと蛇のように這いながら御坂の両腕を拘束した。
「こんな感じだ」
「ぐぬぬぬぬぬぬ!」
御坂の腕を縛っていた縄がバチンと弾け、御坂は思いっきり仰け反った。
ソファーに座っていなければ床に頭を打ち付けることになっていただろう。
「俺の能力は、あまり決定打になるような言霊は少ない。
どちらかといえば決定打に繋げるって言えばいいのか?」
赤火砲などの例外も存在するが。
基本的に捕縛や動きを止めるといったのが多いのは確かだ。
「俺の能力の説明はこれくらいでいいだろ? 事情聴取が終わりなら帰っていいか?」
立ち上がった橘を白井が静止した。
内心うんざりしながらも、それを表に出さずにそちらへと顔を向ける。
「貴方、風紀委員に興味は?」
「興味なんて無いよ」
本心だった。風紀委員なんて興味も敵対心も持ち合わしてはいない。
せいぜい頑張ってるなぁなんて思う程度だ。
「その能力を人のために生かしてはみませんこと?」
白井の言葉に橘はだいたい察した。
基本的に風紀委員が罪を犯したものを捕らえるときは、基本的に無傷で捕らえることが
暗黙の了解となっている。だが、犯人が無抵抗で囚われるなんてことは無いに等しいだろう。
そんな暴れる犯人を捕らえるためには、能力を使って怪我をさせずに無力化させることが条件となる。
怪我をさせてもいいというのなら、白井の能力を使って幾らでも捕らえることができる。
それができないのは、怪我をさせてはいけないという理由があるからだ。
そんな条件の中で、橘の能力に勝るものはないだろうと言っていい。
攻撃防衛捕縛と、三つのことが一人でできる能力は喉から手が出るほど欲しいのだろう。
つまりは白井の言いたいことは『風紀委員に入って働け』の一言に尽きる。
「……風紀委員なんて入るつもりはないぞ。そんなの御免こうむる」
橘の返答に、白井は僅かに顔を顰めるもすぐに表情を戻した。
「それは残念ですわ……最後にひとつ、宜しくて?」
「まだ何かあるのか?」
「貴方の力でお姉様を雁字搦めに縛って――――」
――パタン。
返事をしないで橘は部屋を後にした。
後ろから電撃の放つ音と喘ぐような悲鳴を聞かなかったことにして逃げるように支部を飛び出ていった。
今日は事件に巻き込まれてとても疲れてしまった。
まぁあのような事に巻き込まれでもしないかぎり、能力を使ってのストレス発散を行うことはできない。
それを考えると少しはいい日だったのかもしれない。
「……いや、ないな」
ポジティブに考えようとしても流石に無理があった。
能力を加減ナシで使えるとは言えあのような事件に巻き込まれるのは御免だった。
それに、結界をはれば見つからないように能力を使うことなんて造作もない。
せめて夏休みが始まるまでは平穏に過ごしたいものだ。
――――――――――
なんて考えていたのが数週間前と考えるとあっという間に感じる。
本当に何も起きなかった。御坂に追い掛け回される上条とも遭遇しなかったし
不良に追い掛け回される上条にも遭遇せず、はたまた能力者に追われる上条とも遭遇せずに夏休みを迎えた。
ほとんど上条のせいで巻き込まれてるんじゃないだろうか。
上条と縁を切ればいいんじゃないかとすら思う。
現在は7月20日。今日から夏休みだ。
流石に今日から課題なんてやる気もせず、橘はぶらぶらと街中を歩いて過ごしていた。
タラリと頬を汗が垂れる。生憎と雲一つない晴天だった。
太陽の光をモロに食らって橘はゲンナリしながら自分の住んでいる寮へと足早に戻っていく。
水色の棒つきアイスを咥えながら橘は進む。
上条は洗濯日和なんて主婦みたいなことを言っていたはずだから、部屋にいるだろう。
適当に買ったアイスを土産に、橘は階段を登っていく。そこで橘は違和感を感じた。
まるで薄い膜の壁を破ったような不快感。
ここから先に行ってはいけないという本能。
――何故だ?
直後、僅か数階上から轟音が響き渡る。
音が過ぎ去り、耳を澄ませば誰かが口論しているような声と、燃えるような音の二つが耳に入る。
上の階には知り合いと自分の部屋がある筈だ。
「どういうことだっての……!」
橘は残りのアイスを全て口に含み、階段を二段飛ばしで駆け上がる。
燃えているであろう階層に到着すれば、階段の前で通路側を睨みながら立っている男――上条当麻がいた。
「上条!!」
「橘!?」
何事かと駆けつければ、上条の前に炎が燃え盛っていた。
「バカ! 燃えんぞ、下がれ!」
詠唱を始めようと手をかざしたとき、炎の向こう側に誰かがいるのが見えた。
もう一人いたのならば、ソイツも助け出さなければならない。
そう判断したとき、炎が不自然に揺らいだ。風を受けて揺らめいたわけではない。
それは人を形作りながら橘と上条へと立ちふさがった。
「っ……上条! さっさと逃げるぞ!」
「逃げれたらそうしてる!」
上条が後ろへと視線を飛ばした。
釣られてみれば、真っ白な修道服を着た少女が倒れ込んでいる。
白い修道服が赤く染まっている箇所を見れば、大きな怪我をしているのだろう。
「んじゃその子抱えてさっさと逃げろ! 俺はコイツなんとかする!」
「なんとかって……!」
「――話はまだ終わらないのかい?」
炎で遮られていた筈の、向こう側にいた人物がいつの間にかこちらへと歩み寄ってきていた。
見れば、炎が避けるようにして道ができている。
よーくわかった。アイツは助けなくていい対象のようだ。
赤髪に大量のピアスをして、眼の下にバーコードのような痣がある男がこちらを見ていた。
「人払いはしたハズなんだけどね……君にも消えてもらうよ」
男の言葉を合図に、炎が大きな人を形作ってこちらへと襲いかかってきた。
「――縛道の三十九、『
円形の盾が空中に現れ、炎の巨人の拳を受け止める。だが、一発でヒビが入ったのを確認して
橘は舌打ちをした。
「早く行けって! 守りながらは戦えねェぞ!」
「っ……悪い!」
少女を抱き上げ、上条はできる限り揺らさないようにしながらも、全速力で階段を駆け下りていった。
上条が駆け下りていくと同時に甲高い音を立てて盾が完全に壊された。
破片が光をまとって消えていく。
「フン……能力者か」
「テメェにも上条にも聞きてえことが山ほどある。さっさと終わらせてやんよ」
とは言ったもののどうするべきか……。
本来橘の能力は1対1ではとてつもなく不利だ。
詠唱などすれば格好の的になるし、かと言って詠唱破棄でやれば威力は落ちる。
隙をついて逃げるのが得策だが、そうすれば上条が捕まるだろう。
やれるところまでやるしかない。
「いけ、
魔女狩りの王と呼ばれた炎の巨人が橘へと迫る。
肌で熱風を感じてわかる。あれに触れられただけで四肢など焼け落ちてしまう。
橘は柄にもなく緊張していた。御坂や不良などのふざけた戦いではない。
相手は自分を殺す気であの巨人を動かしている。
少しでも判断ミスを犯したならば、イコール死に直結するだろう。
恐らく、あれは異能の類ではない。
あんな発火能力など見たことはないし、超能力者の発火能力なども聞いたことがない。
仮に発火能力だとすれば、周りに貼られている訳のわからない文字が書かれている紙など必要ないだろう。
ゲームや小説だとこういう原理のわからねぇ魔法みたいなものは術者を叩くのが定番だ
「破道の三十一! 『赤火砲』!」
橘の手のひらから大きな火が、真っ直ぐに魔女狩りの王へと直撃した。
穴が開いて向こう側にいる男が見えたのは一瞬。瞬く間に炎は再生されていく。
やはり有効打にすらならないか。
「あまり時間をとらせないでくれ。すぐに禁書目録を保護しないといけないからね」
「インデックス……?」
「何だ。さっき逃げた男から何も聞いてないのかい?」
「聞きたいことが山ほどできたな」
上条に問いただすためにも、今はこの状況を脱しなければならない。
だが、炎には縛道も破道もほぼ通用しないといっていいだろう。
術者を狙おうにも、その炎が邪魔をして狙えないし、詠唱で強化して放つ時間もない。
――考えろ。
「――おっと、失敬。君には魔法名を名乗っていなかったね」
奴は油断している。自分の炎が看破されることはないという自信だろう。
慢心とは言えない。橘にその炎をどうこうする術がないということを分かっているからだ。
炎を消すことはできないが――
「魔法名はFortis931。言ってしまえば――」
炎の巨人が、橘を燃やし尽くさんと迫る。
「――殺し名、かな?」
「――破道の五十八、『
瞬間、暴風が男と炎を襲った。
加えていた煙草が後方へと吹き飛び、思わず目を伏せるほどの風だ。
男――ステイル=マグヌスは嘲笑した。この程度の炎で魔女狩りの王が消えるとでも?
仮に、本当に仮に消えたとしても、ルーンがあれば何度でも魔女狩りの王は復活する。
「悪足掻きを……」
風が収まり、視界が晴れれば魔女狩りの王が何事もなかったように立っている。
この局面であの風を出したということは、あれが最後の手だったのだろう。
「いけ! 魔女狩りの王!!」
主人に反応した魔女狩りの王が、橘を殺さんと動こうとしてその動きを止めた。
ピクピクと痙攣のような動きをしたあと、ドロドロとその体が崩れ始める。
「なっ……!?」
「――俺に炎を消せるような技は持ってねぇけどさ」
崩れ落ちた魔女狩りの王の横を通り抜け、拳を握り締めながら橘が迫る。
「壁にくっついた紙ぐらい吹きとばせんだよォ!!」
次の詠唱をさせる間もなく、橘は右ストレートでステイルをぶん殴った。
派手にステイルは吹き飛びそのまま意識を手放した。
「……殴って終わらすって上条じゃねーんだからさ」
こう、最後の一撃に決めるような技が欲しい。
そう呟いたとき、携帯に着信が入る。
携帯をポケットから取り出し、着信画面を映す。
画面には『上条当麻』と映し出されていた。
「もしもし」
『橘! ようやく繋がった……大丈夫か!?』
「ちょうど終わった。お前には聞きたいことがやまほどできた」
『あー……それはだなぁ……』
妙に歯切れが悪い。上条のことだ、危険な目に巻き込みたくないという考えなんてことは
まるわかりだった。
「もう魔法名とかも聞いちまった。これで関わらせませんじゃ怒るぞ」
『……悪い。今は小萌先生の家にいるから、来てくれるか?』
そこで切って、橘は倒れているステイルを一瞥する。
息はあるし、外傷は殴った頬程度。いずれは目を覚ますだろう。
流石に小萌先生の家までは知らないだろうし、コイツが起きる前に自分もさっさと移動しよう。
静まり返った学生寮。
表から消防車と救急車のサイレンだけが鳴り響いていた。