一人でも多くハンマー使いが増えてくれれば私は幸せです
「やー、今回は惜しかったねー。あと10秒だったのに」
いつものように間伸びした声で、闘技大会の受付をしている女性が言った。
4分41秒。あと11秒遅かった。
途中までは良かったんだ。あそこで突進をされなければきっとSランクを出すことができたはず。はぁ……まぁ仕様が無い。また今度頑張れば良いさ。
「それにしても、どうして君はそこまでソロにこだわるのさー? 友達いないのー? やーいぼっちー」
失礼な。張り倒すぞ。
俺はただ、闘技大会イャンクックでソロSも取れないような奴が、集会所のクエストを受けるべきじゃないって思っているだけだ。集会所でクエストを始めれば、友達だってきっと直ぐにできる。できるはずだ。
「どうかなー。君って噂になっているから難しいと思うよー」
「えっ……マジで?」
「うん、マジマジー。ずっと一人で闘技大会をやってる変な奴だって噂だよー」
確かにここ一ヶ月はずっと闘技大会をしているが、えっ……そんなにおかしなことだったのか?
いやだって、そんな実力もないのに集会所クエストなど行っちゃダメだろ。
「そりゃあそんなハンターはいないよー。私が言うのもアレだけど、闘技大会やるくらいならー、クエスト行った方が絶対に儲かるもん」
それは俺だってわかっている。
しかし、闘技大会ほど初心者にとって良い練習の場所となるものはない。何より契約金ロハって言うのが一番助かる。それでいて討伐できれば報酬金がもらえるのだ。至れり尽くせりじゃないか。
まぁ、最初の頃は討伐なんてできなかったが。
先生(笑)とか思っていた昔の自分を殴りたい。クックさんマジ強い。だってアイツ火吐くんだぜ?
「とりあえず俺はソロSが出るまでは続けるよ。また明日来る。またな」
「またなー」
受付嬢とそんな言葉を交わしてから集会所を後に。
今までは気になっていなかったが、確かに周りのハンター達からは見られているような気がした。クスクスとまるで嘲笑しているかのような声も聞こえる。
このやろー、見てろよ。絶対に凄腕のハンターになってやるからな!
自宅へと帰り、装備と武器を外してからベッドへ倒れ込む。
此処へ来てもう一ヶ月以上も経ってしまった。未だ集会所で受けたクエストは採取ツアーのみ。何が凄腕を目指しているハンターなんだろうか。一番簡単な闘技大会ですらソロSを取れない。そんな自分が情けなかった。
メイン武器はハンマー。けれどもそのハンマーを使ったのも、採取ツアーでの一回のみ。今では片手剣の使用回数の方が圧倒的に多い。このままじゃ一番好きな武器の使い方だって忘れてしまう。
ホント、上手くいかない人生だ。
俺は……いつになったら元の世界へ帰ることができるのだろうか。
ホント、どうすりゃ良いんだろうな。
――――――――
今でもはっきりと覚えている。
それは莫迦みたいに長い大学の夏休みの日のことだった。部活にも所属せず、バイトも休み。実家へも帰る気になれず、ただひたすらにモンハンをやり続けていた。
「はぁ、またゴミ武器か。別に最高倍率なんて求めてはいないんだけどなぁ」
何が自分をそこまで駆り立てていたのかはわからない。理由があるとしたら、他にやることがなかったと言うだけだろう。
金冠マラソンも終わり、称号も全て集めた。プレイ時間は1000を超え、HRはとっくにカンスト。それでも惰性で続けていた。
「もうテオも飽きたし、ゴリラに変えようかな」
一人暮らしを始めてから、独り言がやたらに増えたと思う。
メイン武器以外の発掘はある程度終わっていた。けれども、一番欲しいものだけが手に入らない。別にやる必要なんてなかった。何処まで行っても自己満足でしかないのだから。
もし理想の発掘武器が手に入っていたら、俺は何をやっていたんだろうか?
「よぉ14代目、今度こそ使えるお守りを頼むよ」
喋り返してくれることのないゲーム画面に向かって声をかける。周りから見ればさぞ滑稽な光景だろう。それでも何か声を出していると、それだけで気持ちは楽になった。
「……全部売却で」
やはり俺の気持ちは画面の向こうまで届くことはないらしい。たまには俺の気持ちに応えてくれても良い気がする。
「はぁ、リセマラに切り替えるか」
乱数調整をする気にまではならないが、やはり良いお守りは欲しかった。頑張れ14代目。期待しているぞ。
セーブをせず電源を切る。
電源を入れる。
データが全て消えていた。
「…………」
言葉が、出なかった。
聞いたことはあった。リセマラはデータが“まかふしぎ~”されるから止めておけと。
所詮はただの電子情報。それが消えただけ。けれども俺の1000時間を超える軌跡は一瞬で無と化した。
ため息しか出ない。もうこれを機会に止めようとも考えた。それでも俺は――ハンターのセカンドライフを選んだ。
自分でも思う。馬鹿だって。そんなの何の意味もないって。
それでも俺はその道を選んだ。
前回のデータと同じ名前。同じ顔、髪、声。行く宛の無い怒りは、筆頭オトモとか言う明らかなバグに“畜生”と名付けることで多少は軽減できたような気がする。
キャラクターメイクの間、独り言の多いはずの俺は終始無言だった。
またこれで楽しむことができる。初心に帰って楽しめるじゃないかだなんて、一人で強がってみた。
はぁ……ため息しか出てこない。
キャラクターメイクを終え、ゲームスタート。
このデータはハンマー以外使わないぞ、と心の中で小さく誓った。
そして、目の前が真っ白になった。
真っ白な世界から何処かの船の上のような世界へ変わった。太陽が眩しい。風が強く、飛んできた砂粒が顔に当たる。
「よう! ハンターさん。もう少しでバルバレに到着だな! どうだ、こっちに来て一緒に眺めないか?」
低くいかにもダンディーな声が聞こえた。
そちらの方を向く。大きめの帽子を被り、なかなか良い身体をしているおっさんがいた。あら、カッコイイですね。
そのおっさんは画面越しに見たあのキャラとよく似ていた。
「楽しみだなァ。ハンターさんも待ちきれなくなって、船底から出てきたんだろ? 実は俺もなんだ」
……なんだこれ。
なんなんだこれ。
混乱。パニック。意味がわからなかった。
「こうしている間にも、到着が待ちきれなくて血がザワザワと騒ぎ立てるよ」
いや、もう……なんだろうね。
誰か今の状況を説明してくれる人はいませんか?
「それで、ハンターさんはどうしてバルバレを目指しているんだ?」
日差しが強い。肌が焼ける。
風が強い。皮膚に当たる砂粒が痛い。
夢? 現? それがわからない。
それでも一つだけはっきりとわかった。
「凄腕のハンターになるためだよ」
此処、モンハンの世界だわ。
この時から俺の物語が始まった。
それは臆病で弱虫で馬鹿でどう仕様も無い男が、昔の栄光にしか縋り付くことのできない、最弱とまで言われるようになってしまった武器を担ぐ物語。
それはプライドなぞ捨て、ただひたすらに生き抗った男の物語。
それは意地っ張りで負けず嫌いな男の物語。
鼻で笑ってくれ。お前は馬鹿だって。
笑われながら生きていくくらいが丁度良いのだから。
そんな物語を書き始めようと思う。
やっぱりハンマーって楽しいよね!