「……寒い」
氷海へ向けて進む馬車の上、笛の彼女がぽそりと呟いた。
バルバレから離れもう数時間は経っている、そりゃあ寒くもなるだろう。今回は俺も毛布をちゃんと持ってきているし、前回よりはかなりマシになった。
「ホットドリンク飲んじゃおうかな……」
「いや、それはあまり意味ないと思うけど」
確かにホットドリンクを飲めば温まりはする。けれども、10分しか持たないしあまりオススメはしない。結局のところ、毛布に包まっているしかないだろう。
相棒だって今はスピスピと眠っている。そう考えると、寝てしまうのが一番なのかもね。
「結局、ガララ笛って担ぐの?」
「うん、でもできるのは今日の夕方」
そかそか、それじゃあ、次のクエストでは担いでくれているのかな。フォルティッシモも優秀な笛だとは思うけれど、耳栓が吹け、麻痺を取れるガララ笛はやはり強い。
「アレがあれば、寒さ無効だって吹けたのに……」
馬車の上で吹くのは止めてください。あとアレはホットドリンクより効果時間が短いし、本当に意味がない気がする。
今は日が沈み始めたくらい。氷海へはまだまだかかるだろう。ま、のんびり行こうじゃないか。
「……貴方は余裕そうだね」
確かに寒いとは思うけれど、今回は毛布がある。前回だって我慢できる程度だったのだし、これくらいなら大丈夫。
そんなに寒いのなら俺が温めてあげようか? なんてアホみたいな考えが一瞬頭を過ぎったけれど、そんなことをした何をされるのかわかったものじゃないから、口には出さなかった。パーティー解散の危機は避けたい。
それにしても、今日の彼女はよく喋る。いつもはほとんど喋らないと言うのに……それほどこの寒さが嫌なのだろうか。
さてさて、そんな彼女には申し訳ないけれど、俺も寝るとしようかな。一睡もせずに狩りに望むのはよろしくないのだ。
それじゃ、おやすみなさい。
――――――――
目が覚めても、相変わらず辺りは暗いままだった。
むぅ、しまった。もしかして全然寝ていないのか? 寝覚めは良いからそれなりの時間寝ていたと思うんだけど……
「あっ、おはよう」
「おう、おはよう」
相棒が声をかけてきた。
一方、彼女の様子は頭まで毛布に包まり完全防寒耐性。寝ているのか起きているのかわからないけれど、まだ声はかけない方が良さそうだ。
「笛ちゃんってなんだか、ネコちゃんみたいだね」
「装備的に犬だろ」
正確に言うと狼だけど、ワンコだから犬。お手とかしてくるし。まぁ、そんな可愛らしい存在でもないが、モンハンで犬と言えばアイツな気がする。
「いや、そう言うことじゃなくて……まぁ、良いけど。あっ、お肉お願い」
じゃあ、どう言うことだろうか? ん~……よくわからない。
あと、お肉かしこまりました。
「あと、どれくらいで着くのかわかる?」
「そんなにかからないみたいだよ。もう直ぐ日が昇って、それくらいには着くってネコちゃんが言ってた」
あら、そんなに来ていたのか。
じゃあ、ちゃんと寝られていたんだな。これが終わればいよいよ緊急クエスト。楽しみだ。
その後、肉を焼いて、その肉を相棒と雑談しながら食べていると笛の彼女が動き始めた。相変わらず寝起きはボーっとしていたけれど、直ぐに元気ドリンコを飲んだため、いつもの調子に。
いつもの調子と言っても……まぁ、寒そうではあった。
そして日が昇り暫く進むと、氷海のベースキャンプへ到着。
「着いたー!」
このクエストが終わったら当分此処へは来なくなるだろう。次に来るのは……上位ハンターになってからかな。まだまだ遠い未来の話だ。
支給品ボックスからいくつかのアイテムを取り出す。ご丁寧に今回は支給用音爆弾も入っていた。でも、4つもいらないです。1クエストで1回も使わないことの方が多いし。
支給品ボックスから取り出したホットドリンクを一気に流し込む。寒さは和らぎ、これで少しは頑張れそうだ。
そして何時ものように気合を入れるため、大きな声を出す。
「っしゃ! 行くか」
「おおー!」
「おー」
ザボアザギルの見た目は鮫だ。背びれを出し泳ぐ様など鮫としか見えない。でも実際は蛙らしい。そしてガノトトスのように未発見時なら釣ることもできる。好物は釣りカエル。てかアレって、共食いだよね……ブナハブラとか食べれば良いのに。
そんなザボアの初期エリアの2番。平坦で広く、ガンナーにも優しいエリア。
エリア2へ到着すると、氷で覆われた地面を泳ぐヒレが見えた。
「……サメ?」
相棒の声。
カエルです。
「赤は頭と腹、白は脚、背びれと尻尾が橙。乗りは頼んだよ」
「はい、任せろー!」
笛の彼女の演奏を聞きながら、エキスの場所を指示。そしてガリガリと何かの削れる音が響き、氷を割ってザボアが飛び出してきた。
フレーム回避できっかなぁ……
此方に気づき、ザボアが上半身を上げながら大きく息を吸い込むのが見えた。
引きつけて、引きつけて……
氷海に響き渡るザボアの大咆哮。はい、フレーム回避失敗しました。耳を塞いでいる自分が少々情けない。コイツの開幕咆哮のフレーム回避はいつも失敗する。怒り時の咆哮のフレーム回避は楽なんだけどなぁ……
ザボアはあのテツカブラと同じ両生種。そしてテツカブラと同じように、スタン耐性が馬鹿みたいに高い。更に厄介なのはテツカブラと違い、顔が大きくないから非っ常に頭を狙い難い。
前脚を引き、丸まるような格好となったザボアへカチ上げ、そして直ぐに左側へローリング。丸まったあとは、ブレスか突進、回転攻撃に派生する。
その中でもブレスは当たり判定が見た目より厚いからちょっと苦手。そして何より、水やられだけは防ぎたい。ハンマーが水やられになると本当に何もできなくなる。
できるだけひっかき攻撃を誘導するように顔の前でウロウロ。そして攻撃の隙にカチ上げ。
本当は顔を狙わず、後脚を攻撃した方が良いけれど、どのモンスターでも一度はスタンを取りたいのです。そして、コイツの場合、一度膨らんでしまうと貯めていたスタン値はほぼなくなる。面倒な相手です。
「あっ、今度は潜っちゃった」
ガリガリと氷を削りながら潜るザボア。
むぅ、貴重なスタン値が……笛の彼女がどれだけ攻撃を当ててくれたのかはわからないけれど、たぶんスタンまでもう半分くらい。カチ上げをもう2回も当ててば取ることができるはず。
そして、俺の下の地面が揺れた。
あら、珍しく俺狙いですか。いつもこうなら嬉しいんだけどなぁ……
揺れによる怯みが解けてから直ぐにローリング。その瞬間、ザボアは水中から飛び出してきた。流石に一発で乙ることはないと思うけれど、大ダメージであることは確かだと思う。
ローリングをしてから直ぐ、右腰へハンマーを構え、ハンマーが光ってから直ぐにカチ上げをザボア顔面へぶち込む。
スタンまできっとあとちょっと。
笛の彼女の後方攻撃でザボアが怯んだのを見て、もう一度ハンマーを構える。そしてカチ上――
「乗ったー!」
あぶねぇ! どうにかカチ上げの方向を変え、カチ上げを空振りさせる。
これでスタンを取ったら流石に怒られる。
砥石でハンマーを研ぎつつ、乗りダウンに備える。ガンバレ、ガンバレ。
「あっ、ごめん」
そして見事に振り落とされる相棒さん。しゃーなしです。次、ガンバレ。
相棒を振り落としたザボアの顔面へ、俺のカチ上げと彼女の後方攻撃が直撃。其処で、本日1回目のスタンを奪った。本日のノルマ達成です。
笛の彼女の立ち位置を見ながら、バタバタと暴れるザボアの顔面へ縦1始動でホームランを1回。横振り始動でホームランを1回。
さて、次は流石に怒り咆哮が来るはず。此処までは順調。後は膨らむまで耐えれば……あら?
「あれ? も、もう倒しちゃったの?」
間の抜けたような相棒の声。
スタンから起き上がったザボアは咆哮を上げることなく、その場にくたりと倒れ込んだ。
そんなザボアを見て思わず手が止まってしまった。
ああ……こりゃあ、マズイですな。
「……なぁ、星2でなるっけ?」
「ならないはず。でも、これは……」
ですよねぇ。
――最近ね。何やら嫌な空気が流れているんだ。
攻撃をしなければいけない。
けれども、俺の頭の中ではギルドマスターのじいさんの言葉ばかりがグルグルと回っていた。
――同じようで何かが違う。そんな空気が。
ザボアを倒すと仰向けに倒れる。けれども今のザボアうつ伏せ。
更に、その口からは濃い紫色のような吐息が溢れていた。つまり、まだ倒していない。
はぁ……あのじいさんも随分と余計なことを言ってくれたものだ。
そして終に、起き上がったザボア。その身体は黒く染まったようにも見える。
「なに……これ? どう言うこと?」
何が起きているのかわからないといった様子の相棒の声。全く……ギルドもちゃんと調べておいて欲しい。随分と面倒なことになってしまった。
「戦ったことある?」
「……ううん、初めて」
そっか……彼女ですらまだなかったのか。
それは初めての狂竜化個体。
伏線の回収が早すぎると思うんだ。もう少しくらいのんびりしてくれたって良いだろうに。ゲームでは、ザボア単体の狂竜化発症個体の下位クエストはなかったはず。
ま、戦うしかないか。
今の装備で勝てっかなぁ……
随分と恐ろしい姿へと変わってしまったザボアの大咆哮が氷海へ響いた。