振り向きへホームラン【完結】   作:puc119

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第32話~自棄糞にスタンプ~

 

 

 別に狂竜化したところで、劇的に何かが変わるわけではないだろうと思っていた。どっかの砕竜や黒狼鳥のようにカメラが追いつかないスピードで動き回る奴は別だけど、その他の奴らは大して変化はないだろう。そう思っていた。

 

 油断していたわけじゃない。むしろいつもよりは慎重な動きだったと思う。

 それでも、狂竜化したザボアと戦った経験が俺には少なすぎた。

 

 

「っつ……まぁた、俺ですか……」

 

 

 ガリガリと氷を削る音を立てながら、足元の地面が揺れた。

 いつもならモンスターが自分を狙ってくれたことを喜ぶところだけれど、今回ばかりは無意識に舌打ちが出る。

 

 そして、突き上げ攻撃が直撃。

 幸いにして、このジャギィ一式装備でも即乙はしないらしい。まぁ、これで乙るとかたまったものじゃないんだけどさ。

 

 本来のザボアの突き上げ攻撃は、足元の地面が揺れ、振動による怯みが解けた瞬間にローリングをすれば躱すことができる。それにローリングではなく、ダッシュでも躱すことはできただろう。

 

 けれども、狂竜化した怒り状態のザボアは速かった。

 立ち位置が悪いと振動による怯みが解けた後、最速でローリングをしても突き上げ攻撃が直撃する。

 

 突き上げ攻撃は向かって右側の判定が厚く、左側が薄い。だからザボアの潜った位置を確認してから、左へローリングをし続ければ躱すことができるはず。

 そう頭ではわかっていても、実際には上手くいかない。現に、狂竜化してから2度の突き上げ攻撃が俺に向けてやられているが、2度とも直撃。支給品ボックスから受け取った応急薬は使い果たし、持ってきた回復薬も残り僅か。

 

 詰まるところ――大ピンチです。

 

 まだ一人も乙はしていないけれど、それもいつまで持つのかはわからない。笛の彼女も余裕がないのか、演奏の効果が切れることも多くなっている。

 

 相手の体力はそれほど多くないはず。ちょこちょこと頭へも攻撃できているため、もう一度くらいならスタンだって狙える。

 けれども、状況はよろしくない。

 

 せめて膨らんでくれれば一気に畳み込むこともできるのだけど……

 

 

「え? なにこれ。今、モワってなった……」

 

 

 相棒の声。其方を見ると、体からは濃い紫色の煙みたいな奴が出ている。

 祝。相棒さんが狂竜症を発症しました。

 

 自分で言っておいてアレだけど、全くもってめでたくない。

 

 狂竜化したザボアは今までと違うパターンでの攻撃をしてくる。1度だったものが2度続けたり、攻撃と攻撃のインターバルが馬鹿みたいに短くなったりと。

 そのせいで、此方の手数はどうしても減ってしまう。そろそろ俺も狂竜症になるかも……

 

 

「んっ……よいしょ」

 

 

 ちょいとマズイな。なぁんて考えつつ、溜めモーションへと移行したザボアへ無理矢理カチ上げを決めようとした時、そんな声とともに笛の彼女の叩き付きけがザボアの顔面へ直撃した。

 ついでに俺も吹き飛びました。

 

「あっ、ごめん」

 

 大丈夫、俺のカチ上げも確かに入ったから。

 

 そして、ザボアの身体が一気に膨張した。

 此処までクエスト開始10分弱くらいと言ったところ。やっとですか……

 

 

「うっわ、かわいくない……」

 

 相棒の声。

 可愛くないのは同意見だけど、フルフルよりはまだ可愛いと思う。

 

「えと……これ、どうすれば良いの?」

「……ぶよぶよのお腹に叩き込めばいい」

 

 ぶよぶよって……まぁ、ぶよぶよか。そんなぶよぶよとなってしまったザボア。其処に鮫の面影なんてありゃしない。

 しかしこれで弱点は剥き出し。まさに殴りたい放題。畳み掛けるチャンス。

 

 膨らんだ腹を引きずりながら動き回るザボア。怖いのはその巨体を生かした転がり攻撃だけ。その転がり攻撃に当たらないよう、正面以外から攻撃。

 頭には届かないせいで、スタンエフェクトを見ることはできないけれど、腹へホームランを叩き込んだ時のヒットストップが気持ちいい。

 そして狂竜症克服。会心率15%アップが美味しい。

 

 ザボアが上を向き、自分の周りへ口から氷弾を吐き出す時は絶好のチャンス。周囲へ氷弾を撒き散らすザボアは……もう、なんかすごい光景だけど密着すれば氷弾には当たらない。ひたすらに縦1始動のハンマー最高火力技を叩き込む。

 

 

「あっ、まずった」

 

 

 珍しく、焦ったような笛の彼女の声。

 慌てて其方を見ると、雪ダルマ状態の彼女がいた。うむ、なんか珍しいものを見た気分だ。

 

 むぅ、助けに行きたいところだけど、ミイラ取りがミイラになる可能性が高い。

 俺だって余裕ないんです。

 

「今、助け……おぅ?」

 

 相棒の声。

 どうやらミイラが増えたようです。

 

 ……洒落にならん。

 

 まぁ、転がり攻撃さえしなければ問題ないだろう。雪ダルマ状態って意外と早く動けるし。むしろ、解けた瞬間に起こる謎の硬直の方が怖い。

 

 そして、ハンマーを右腰へ構えた瞬間、ザボア大きく後ろへ飛んだ。ちょっとマズい。

 

 い、いや、まだだ、まだ転がり攻撃をするとかはわから……ああ、ダメだ。転がってきた。クソが。

 

 ザボアの転がる先には雪ダルマが二つと俺。そして、この転がり攻撃がザボアの中では一番痛い。直撃したら即乙もあるよな……

 下手したら3タテ。それでクエストは終了。

 

 半ば……と言うか、もう自棄糞で転がって来るザボアに当たる直前に右腰へ溜めていたハンマーを開放した。

 膨らんだ状態のザボアへハンマーが頭を狙える数少ないチャンス。けれどもそれは、圧倒的にリターンよりもリスクが大きい。

 

 どうか止まってくださいお願いします。と祈るような気持ちでザボアの転がり攻撃が俺へ当たる直前に地面向けてハンマーを叩き込んだ。

 

 揺れる地面。弾けるスタンエフェクト。

 

 

「……むちゃする」

 

 

 そして、ギリギリでザボアが止まった。

 

「怯み値計算してたから」

 

 括弧震え声。

 正直なところ、マジ怖かったです。

 

 けれども、とりあえずはこれでピンチを一つ乗り越えた。

 

 未だ雪ダルマ状態の相棒へ横降りを当て、雪を壊してあげていると、膨らんでいたザボアが一気にしぼみ始めた。

 あと、ちょっと……もう少しで倒せるはず。

 

 しぼみ切り倒れているザボアへカチ上げ。横振り、縦2、そしてホームラン。

 其処まで叩き込んだところで、少し間を置いてから怒り咆哮をフレーム回避、カチ上げ、横振り。

 

 其処で、本日2回目のスタン。

 

 おおぅ、まさか取れるとは思わなかった。

 怒り状態で硬くなった頭は諦め、スタンしたザボアの背びれへハンマーを叩き込む。ホント、あと少しだと思うんだけど……

 

「乗ったー!」

 

 相棒さん素敵!

 笛の彼女の演奏を聞きながら相棒を応援。此処は決めてくださいな。

 

 右腰へハンマーを構え、限界まで溜める。

 いやぁ……流石に今日は疲れました。

 

 そして、乗り攻撃が決まりダウンしたザボアへ溜めていたハンマーを振り下ろした瞬間、ザボアは仰向けに倒れ動かなくなった。

 

 たぶん、10~15分針。決して良いタイムではない。

 けれども、初めての狂竜化相手に0乙。それは誇っても良いことだと思うんだ。

 

 お疲れ様でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 クエストの帰り道はいつも騒がしいはずの相棒も含め、皆直ぐに眠ってしまった。

 俺も色々と疲れていたせいか、少しばかりの考え事をしているうちに意識は落ちた。

 

 

 

 

 そして、目が覚める其処は真っ暗な世界となっていた。

 むぅ、これは昼夜逆転してしまったかもしれない。帰ったらどうせ打ち上げをやろうとか言うだろうし、もう今日はずっと起きていようかな。

 

「あっ、起きた。ん~……やっぱり寒くないっていいね」

 

 そんな相棒の声。その隣には毛布に包まり、すぴすぴと寝ている何時も通りの笛の彼女の姿。

 

「そりゃあ、そうだろ」

 

 これで当分、寒いところでやるクエストはないだろうけれど、その分暑い場所で戦うクエストは増えるはず。

 あっ、でもまだ地底洞窟の火山が活動期に入っていないかもしれないのか。そうなると、暑い場所では戦わなくても済むかもしれない。

 

「それにしても、ザボアザギルってあんなに強いんだね……」

 

 いや、今日のはちょっと特別。

 そもそも、通常ならHR2が狂竜化個体と戦うことはないはずなのだし。だから、たぶん今回はギルドの手違いだろう。

 

 ふむ、それにしても俺は予想外のことが起きると途端にダメになるな。明らかに手数が落ちていた。確かに狂竜化するとモーションの繋がりは変わり、動きは速くなる。けれども、流石にビビリ過ぎだ。臆病なくらいが丁度良いとは言え、このままはちょいとマズいかもしれない。

 今後も今回みたいなことが起きる可能性は十分にあるのだから。

 

「これからはあんな奴らばっかだと思うよ」

「うわぁ……そうなの?」

 

 ゲーム通りなら狂竜化個体とは戦わなくても上位ハンターになることはできる。けれども今回のことを考えるに、これからはどのモンスターが狂竜化してもおかしくはない。

 緊急クエストに狂竜化ブラキが来ないことを祈ろう。アイツばっかりは今の装備じゃ勝てる気がしない。地底洞窟の火山さんがおとなしくしていてくれれば良いが。

 

「そっか、これからはあんなのばっかなのかぁ……」

「まぁ、今回もなんとかなったのだし大丈夫だろ。頑張っていこう」

 

 それにもう少しでHRも上がる。そうすれば新しい武器を作ることもできる。それが何より大きい。

 

「はい、頑張ります」

 

 このパーティーのメンバー的に、この相棒の頑張り次第でタイムはかなり変わってくる。重い役割を押し付けてしまっているようで申し訳ないけれど、俺も精一杯やるのでどうか頑張ってくださいな。

 

 

 その後も、バルバレに着くまでは相棒と雑談を続けた。長いはずの夜も二人で過ごすと短く感じる。調子の良い体なことですよ。

 一方、笛の彼女は一度起きたかと思ったらまた直ぐに寝てしまい、結局着くまで起きなかった。いや、流石に寝すぎじゃ……

 寝る子は育つと言うけれど、そんなこともないんだなって、彼女の身体の一部を見ながらふと思った。

 そんなことを口にしたら、何を言われるのかわかったものではないから、そっと自分の中へ隠すことにします。この世の中、やっぱり不公平なものですね。

 

 

 

 

 

 そしてバルバレに着くと、ギルドの人から滅茶苦茶謝られた。

 何をそんなに謝るのかと思ったら、ザボアが狂竜化していたことに対してらしい。詳しく聞くと、ギルドも必死で情報を集めているものの、狂竜ウィルスのことは未だはっきり解明ができてないんだとさ。

 

 戦っている最中はギルドもしっかりしてくれよ。なんて思っていたが、結果的にクリアできたのだし、それほど文句はない。結果論万歳。

 それに、狂竜ウィルスに感染しているのかどうかは、やはりわかりにくいのだろう。それは仕方の無いこと。だからギルドの人にはそんなに気にしなくて良いと伝えてから、直ぐに別れた。

 

 そして使うことがあるのかわからない、ザボアの素材を受け取ってから、その日は一旦解散に。今日もまたお昼から打ち上げだとさ。

 

 そんななんとも愉快なパーティーはやっぱり嫌いじゃない。

 

 

 


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