「ネルスキュラって……あの蜘蛛みたいなモンスターのことだよね?」
原生林へ向かう馬車の上、相棒がぽそりと呟いた。そしてその顔は少しばかり不安そうにも見える。
今回のクエストはネルスキュラ一頭の討伐。クエスト名は“ネルスキュラに愛を込めて”。蜘蛛好きな依頼主がネルスキュラへ頬ずりをしたいんだってさ。頭おかしい。それにギルドもそんな依頼受けるなよ……
「うん、そうだよ。俺たちがHR1から2へ上がる時に倒した奴」
脚の数がちょっと足りないけれど、一応蜘蛛らしい。
まぁ、いかにもって感じの糸を出すのだし、蜘蛛じゃなければなんだと聞かれると、答えられそうにもないんだけどさ。
以前戦ったのは……もう1ヶ月くらい前のことだろうか? あの時は地底洞窟だったけれど、今回は原生林。それに今は笛の彼女もいるのだし、状況はかなり違う。
そして何より今の俺は上位防具。腕はまだ完成していないけれど、防御力は以前の3倍。負ける気がしません。
「う~ん……ネルスキュラってちょっと苦手」
まぁ、アイツ乗り難いもんね。
でも、頭怯みで大ダウンしてくれるところとか、スタン耐性が其処まで高くないところとかは好きだよ。
上位となり、毒攻撃が猛毒攻撃に変わったけれど……あとは、特に変わったことはないはず。ジョーとかに乱入される危険はあるけれど、そしたらネルスキュラにこやし玉を当て、6番へ誘導すれば問題ない。
「私の新しい武器って素材結構必要かな?」
いや、流石に必要素材数までは……でも2回ほど行けば足りると思う。だから本当は2頭クエストを受けたかったのだけど、残念ながらありませんでした。まぁ、ゲームでも今から行くクエストをクリアしないと出ないし仕方無い。
それにしても、なんだか相棒がネルスキュラと戦いたくないように見える。
ん~……ああ、そう言えば前回戦った時も、嫌そうな顔をしていたような気がするぞ。そっか、ネルスキュラは嫌いだったのか。フルフルを可愛いとか宣うこの相棒のことだから、好き嫌いの基準がわからないけれど、どうやらネルスキュラは苦手らしい。
「……運がよければ1回で集まると思う」
そんな笛の彼女のセリフ。
あら、そうなのか。もし1回で集まってくれるなら嬉しい。えっ? てか、この彼女はアサルトロッドの必要素材数とか覚えてるのか? そりゃあ、すごいな。俺なんてハンマーですら素材数まで覚えているのは少ないのに。
「ホント? はぁ、1回で集まれば良いなぁ……」
たぶん、この相棒なら集まる気がする。
何か俺の分の運を吸ってそうだし。そうとでも思わないと納得できん。
さて、原生林まではまだまだ時間がかかる。だからちょいと寝させてもらおうかな。
――――――――――
「っしゃ、それじゃ行くか!」
「おおー!」
「おー」
いつも通り大きな声を出した彼。
ネルスキュラの初期エリアは確か2番。彼女がネルスキュラが苦手だって言っていたけど、私もあまり得意じゃない。虫、嫌い。
でも、これで彼女の操虫棍ができるから私も頑張ります。
マスターバグパイプも完成し、これで私は防具と武器が上位装備になった。負ける要素はないはず。それに今はソロじゃなくてパーティー。それが一番大きいかな。
「前回と同じよう、できるだけ上段で」
「了解!」
「……了解」
エリア2へ着くと、カサカサとした音が聞こえた。
ネルスキュラの動きは速い。隙もなかなかないからどうしてもゴリ押しになっちゃう。もうちょっとゆっくり動いてくれても良いのに。
蔦を使って上段へ上がってからとりあえず自分強化。ガララ笛よりは笛っぽい音になったのかなぁって思う。
「赤は頭、白は脚と爪、橙は胴体。乗り頼んだ!」
「は、はい!」
いつも通りの彼と彼女のやり取りが聞こえた。やっぱりこの二人は良いコンビだと思う。
前方攻撃からディレイをかけて後方攻撃で頭を狙う。当たって怯めば大ダウン。まぁ、なかなか当たらないのだけど……
彼の立ち位置を確認して私の攻撃が当たらないよう、連音攻撃で旋律を調整。そして、私の方を向かないことを祈りながら攻撃力強化【大】。上位武器となってから、やっと【大】を演奏できるようになった。
マスターバグパイプの見た目はそこまで好きじゃないけど、旋律は優秀。
「ナイス、助かる」
彼の声。
私が演奏する度に彼はそう言ってくれる。それがちょっと嬉しい。
「の、乗ったぞー」
ぐぅれいと。
難しいと思うけど、頑張って。
あの娘が乗りを頑張っている間、柄攻撃、連音攻撃、もう一度柄攻撃で旋律を合わせてから防御力強化【大】を演奏。
これで私の仕事は終わり。あとは効果を切らさないようにすることと、ひたすら頭を狙うだけ。
「せ、成功です!」
大丈夫、ちゃんと見てたから。
最近は彼女も乗りを失敗しなくった。ネルスキュラって結構難しいと思ったけど……うん、ナイスです。
身体を蔦へ半分埋めた状態のネルスキュラの頭へとりあえず後方攻撃。どうせ直ぐ下に落ちるから無理はしない。それはちょっと面倒だけど、下で戦うよりは良いと思う。
そして彼のカチ上げが入ったところで、ネルスキュラが下へ落ちた。それに続いて私も下へ。
うーん、そろそろスタンを取る気がする。頭は彼に譲り私は止めておこうかな。
そう考えお腹へ行くと彼がいた。あら、気が合いますね。どうやら考えていたことは同じだったみたい。
じゃあ私が頭へ行けばいっかと思い頭へ行くと、また彼がいた。
……き、気が合いますな。
「……頭お願い」
「お、おう」
初めから言葉にすれば良かった。
連携って難しいね。
そして、乗りダウンからネルスキュラが立ち上がったところで本日1回目のスタン。流石です。
ネルスキュラのスタン中は爪が邪魔になってしまうから、流石に彼と共存はできない。だから私はスタンを取ったあとも、あの娘と一緒にネルスキュラのお腹を叩き続けた。頭はお願いします。
結局、このクエストも体力がなくなる人はいなかった。
強いて言うのなら猛毒をくらい、解毒薬を忘れたらしい彼がちょっと危なかったぐらい。解毒薬くらいいつも持ち歩けば良いのに。
あと途中でネルスキュラの餌が乱入してきたけれど、その時はネルスキュラもエリアチェンジしようとしていたし、問題なかった。でも、ゴーヤが乱入してきたらちょっとまずかったかもしれない。アレとは当分戦いたくないかな。
結果的に2スタンと2乗り。そしてたぶん5分針。ぐぅれいとです。
「おおー! 倒したー!」
嬉しそうに大きな声を出した彼女。
この娘も日に日に上手くなっている気がする。このパーティーでは一番の火力要員。色々と思っていることがあるとは思うけれど、どうかこのパーティーを抜けないでもらえると嬉しい。
「っしゃ、終わった。ん~……お疲れ様」
うん、お疲れ様。
……私たちがゴーヤにやられた帰り道。あの時、確かに彼女は起きていた。そして私と彼の話を聞かれてしまった。その時は、やっべーよ、聞かれちゃったよ。なんて思いかなり慌てた。
そしてあの娘の性格を考えると、どうせまた私たちに無駄な気を遣ってしまう。それがわかって、それが嫌だったから、何も気づいていない彼にどうにか喋らせた。恥ずかしいこと言わせちゃって、ごめん。でも、その代わり彼の言葉はあの娘にはちゃんと届いたと思う。
だから、結果的にそれは正解だったんじゃないかな。
私と彼の話を聞き、あの娘がどんなことを考えたのか詳しくはわからない。でも、とりあえずは私たちの思っていることを知ってもらえたんじゃないかと思う。
このパーティーは好き。
この3人のパーティーが好き。でも、私以外の二人は我が儘を言わないから、自分の感情を殺してしまうから、ちょっとしたすれ違いだけで壊れそうになる。
だから私が頑張ってみる。私は我が儘にこのパーティーを壊さないように頑張る。私と彼の話を聞いたあの娘が今、どんな思いを持っているのかはわからないけれど、こうやって今もパーティーを続けてくれているのだし、たぶんそう言うことなんじゃないかな。
二人が遠慮しているせいで、どうにもバランスが悪いから私が上手く調整するのです。そう言うことは苦手だけども、たぶんそれは私にしかできないこと。だから頑張る。それくらいこのパーティーが好き。
それは随分と我が儘なことだとは思うけど、それで良いのだ。二人が我が儘を言わない代わりに私が我が儘になる。
私と彼がこの世界の人間じゃないことをあの娘は知ってしまった。そして、そのことを彼は気づいていない。
う、うーん……その辺のことを考えるとなんだか複雑。たぶん、一番大変なのはあの娘だと思う。でも、私からそのことを聞くわけにはいかないから……これは大変だ。
相談とかしてくれれば良いけど、どうせしてくれない。いつかバレてしまうとは思っていたけど……うん、頑張ろう。
本当は彼がもうちょっとあの娘に言ってあげれば良いのだ。でも、彼も彼で口下手で恥ずかしがり屋なところがあるからそれも難しい。私が言えたことじゃないけど、彼も頑張ってほしい。
他人とコミュニケーションを取ることが苦手な私。そんな私が今はなんとも板挟みのような状況だけど、どうしてなのやらそれがそれほど嫌だとは思わなかった。
むしろ、今の状況はちょっと楽しい。
あれ? 楽しい……? そんな歪んだ性格ではないと思っていたのだけど……どうしてだろう。
……うん、まぁ、考えてもわかんないよね。
でも、それもそれで良いのです。今は3人とも他の人には言えない色々なことを持っているんだと思う。
そして秘密を抱えすぎるのは良くないと思うけど、それくらいの方が良いのかなぁって最近思うようになりました。
詰まるところ、これからもよろしくお願いします。