その日は朝から彼の様子がなんかおかしかった。
私がおはようって挨拶しても、なんだか生返事。そんな彼の顔を見ようとすると反らされるし……最初は、もしかして私が酔った時に何かしちゃったのかと思って慌てたけれど、どうやらそうじゃないみたいだった。だって、笛ちゃんに対しても同じような反応だったし。
一応会話はしてくれるみたいだけど、とにかく目を合わせてくれず、顔がそっぽ向いてるんです。
明らかに様子がおかしかったから、何かあったのか聞いた。でも、なんでもないって言われてしまい、それ以上は何も教えてくれない。なんでもないわけがないでしょうが。君は顔に出やすいんだから。自分が嘘つくの下手だって気づいてないのかなぁ。
とにかくまぁ、その日の彼の調子は変だったのです。
笛ちゃんに聞いてみても知らないって言ってたし、何が何やらさっぱりです。
悩んでいることがあるなら相談してくれればいいのにね。いつもいつも一人抱え込んじゃう彼。せっかくのパーティーなのに……
それがやっぱり寂しかった。
そんな彼の様子のおかしかった日の目的は笛ちゃんの武器強化。ターゲットはガララアジャラと私たちが一度戦った相手。
彼の様子的に大丈夫かなぁとクエストへ行く前は滅茶苦茶心配でした。
何とも嫌な予感がする。
そして当たるのはいつだって嫌な予感なんだ。
――――――――――
丸々1日馬車に揺られ原生林へ到着。
此処に来たのももう何回目だろうか。最初は遺跡平原と地底洞窟の採取ツアーにしか行けなかった私。それが今じゃ毎日のように大型のモンスターと戦っている。
人生どうなるかわからないものだね。それもきっと彼のおかげなんだと思う。あの時、勇気を出して彼に声をかけて本当に良かったと思う。
そして、そんな彼の様子は結局変わらなかった。
相変わらず、私が話しかけても目を見てくれません。んもう、本当にどうしたのさ?
なんとも嫌な予感がした。
私たちが今までで失敗したクエストはあの遺跡平原の採取ツアーだけ。でも、あの時は失敗しても何の問題もなかった。けれども今回は違う。もし失敗してしまったら、依頼をしてくれた人は困るだろうし、彼女の武器だって強化することができず丸々2日を無駄にしてしまう。
それは嫌だった。
でも彼の様子はおかしくて、その原因はわからなくて、そんなだから私じゃどうしようもなくて……
結果、嫌な予感は当たってしまい――
私が一度ベースキャンプに運ばれた。
……いや、もうなんだろうね。
穴掘ってください。私が入ります。
クエストですか? 私が一回倒れたことを抜かせば、普通にクリアしましたよ。
で、でも、もし彼の様子がおかしくなければ私だってやられることはなかったんじゃないかなぁって思います。クエスト中も様子のおかしい彼がついつい気になっちゃって……気がついたらガララアジャラに囲まれていました。
ヤバいヤバいと思いながらも、ジャンプすれば抜け出せることは知っていたのでジャンプしようとしたんです。でもね、ガララアジャラさんってば噛み付いてきたの。
直撃しました。
ああ、はいはい、これ知ってますわ。前回も一度喰らいましたし。なぁんて頭の中では余裕ぶってみたけれど、身体は痺れて動かない。
そして何もできずに地中からの突き上げ攻撃が直撃したところで、私の意識は途切れました。
もうね、恥ずかしく恥ずかしくてしょうがなかったです。他人の心配ができるほど私は上手くないことだってわかっているのに……
そして真っ赤な顔を下に向けながら、二人が戦っていたエリアへ戻った瞬間、ガララアジャラが倒れました。あっ、でもちゃんと2回は乗ったし、一度眠らせたから仕事をしていないわけではないんだよ?
結果的に、倒れたのは私だけ。これで2回連続私だけが倒れています。そんなすこぶるよろしくない状況なんです。
でも、今回はきっと彼のせいなんです。頼むからそうであってくれ。
まぁ、うん。どうとでも罵ってください……
―――――――――
何かおかしいって思ってた。
特におかしかったのは彼の様子。話しかけても何故か目を……てか顔を此方に向けてくれない。
そんな彼の様子がおかしいと思ったのはあの娘も一緒だったみたいで、一生懸命何があったのか聞いていた。私も私でやっぱり気になったけれど、彼は何も教えてくれない。
むぅ……絶対また一人で抱え込んじゃってる。
そう思ったけれど、彼の性格的にそのことを私たちに話してくれることがないことは知っている。もう少し私たちを頼ってくれても良いのに。
そんな何とも微妙な雰囲気のままクエストの時間に。
最初は大丈夫かなぁって思っていたけれど、そんな私の心配を余所にクエストが始まると彼はいつもの調子に戻っていた。流石と言うべきなのかな。
しかし、そうではない人が一人。
クエスト中もあの娘は頑張って彼をいつもの調子戻そうと頑張っていた。彼は既にいつも通りだと言うのに。それは明らかに空回り。彼も何が何だかわからず、困った顔をしていたのを良く覚えている。どうして貴女がテンパる!
だから私が、なんとかあの娘を落ち着かせようとしました。でもね、ダメでした。私の言葉が全然届いていないみたいで……
ああ、こりゃあまずいなぁ。なんて思い、ひたすら嫌な予感ばかりが膨らんだ。
そんな嫌な予感は見事に的中し、あの娘が一乙。そんな状況でも乗りを成功させていたのは流石なんだけどさ。
ただ、まぁ、誰が悪いかって言うとやっぱり彼になると思う。彼の調子が最初からいつも通りだったらあんなことにはならなかったと思う。……たぶん。
一応、ガララを倒したわけだし、武器の強化はできると思う。そのことは良かったのだけど……
「はぁ……」
ガタゴトと揺れるいつもの帰り道であの娘のため息が聞こえた。
未だにその顔は赤い。たぶんよっぽど恥ずかしかったんだと思う。そんな様子はなかなか可愛い。
一方、彼の様子は多少マシになったもののやっぱりちょっと変。クエスト中は大丈夫だったように見えたけれど、また戻ってしまったらしい。ホント何があったんだろう。
このままじゃ不味い。まずはあの娘のフォローをしてあげたいところだけど、そこはコミュニケーション能力の乏しい私。なんて声をかければ良いのかがわからない。下手したら止めを刺しそうで怖い。
そうなると彼をどうにかするしかない。でも、どうせ聞いても教えてくれない。
お酒を飲ませて酔わせれば話してくれるかなぁ。押しに弱い彼のことだ、私が頑張れば話してくれるはず。
ふむ、帰ったら無理矢理でも聞き出そう。
だって今のパーティー状況はちょっと不味いのだから。
――――――――――
大変なことになりました……
「それで? 何があったのさ?」
場所は俺の家。状況は大ピンチです。
珍しく打ち上げはやらず、今日は解散となった。あの加工屋の話もあり、俺は心身ともにヘトヘトだったから、解散となったのは嬉しかった。馬車の上で寝たとは言え、寝心地が良いわけではない。だからさっさと家に戻り一眠りしようかと思っていたら、相棒と彼女が俺の家に入ってきた。しかも何故かお酒を持って。
いや、もうね。嫌な予感しかしないわけですよ。
何が始まるのかと思っていたら、とりあえずお酒を飲めと彼女に言われた。断ることなんてできるわけがない。どこぞの体育系サークルばりにお酒の強要。なるほどこれがアルハラか。
しかも、ビールとかなら良かったけれど、飲まされたお酒のアルコール度数は滅茶苦茶高いわけですよ。吐き出さなかっただけでも褒めて欲しい。
どうしてこんなことをされなきゃいけないのかと思っていたけれど、原因は俺にあるらしく、文句なんて言えませんでした。
どうやら俺は一生懸命隠していたつもりだったけれど、やっぱり今日の俺の様子はおかしかったらしい。いや、だってあんな話をされた後にいつも通り接する方が無理だろう。でも、相棒が乙ったのは俺のせいではないと思う。
んで、尋問が始まりました。
黙秘権は無いそうで、弁護士なんているわけがない。
「えと……そのですね」
さてさて、どうしたのか。
いや、ホントどうしよう……
「何があったの?」
今日は珍しく彼女も積極的だ。洒落にならん。
言えと? 加工屋から聞いたあの話を俺の口からを言えと? 本当に勘弁してください。
とは言うものの俺が喋るまで二人は納得してくれそうにない。完全に詰んでます。
なんとか誤魔化すことはできないものかと考えてみたけれど、先ほどの一気飲みのせいで頭は回ってくれない。逃げ道は潰されている。嫌な汗が止まらない。今のこの二人はあのイビルジョーよりよっぽど怖い。
「……もう少しさ、私たちを頼ってもいいんだよ?」
そんな何とも不安そうな相棒の声。
……罪悪感がヤバい。
いや、ですね、頼るとか頼らないって話ではなくてですね。むしろ、この二人のことは信頼しているのであって……ああ、もう! 頭が回らない。
はぁ。
うん、仕様が無いか。
……流石にこれ以上は無理です。
こんなくだらないことでパーティーの仲が悪くなるよりはよっぽどマシだ。ただ俺が恥ずかしい思いをすれば終わる話。
一つ大きく深呼吸をした。
それから、ポツリポツリと加工屋から聞いた話を二人に話しました。
「あ~……うん、なるほど。そ、そう言う理由だったんだ」
全部話してまず相棒がそんな言葉を落とした。
穴掘ってくれ。俺が入るから。
お酒のせいもあり、顔が熱くて仕様が無い。でも、今回は俺も被害者側だと思うんだよなぁ。
とは言うものの、恥ずかしくて顔を上げることができない。いったい彼女たちからはどんな視線を向けられているのやら。
「……別にそんなこと気にしなくて良いのに」
「うん、そうだよね。君が悪いわけじゃないんだもん」
二人の言葉。
相変わらず顔を上げることはできないけれど、どうやら俺ほど気にはしていないらしい。あれ? もしかして俺がおかしいのか? 一人で馬鹿みたいに気にしていただけ?
ヤバい、余計に恥ずかしくなった。
「私はできる限りこのパーティーにいるつもりだよ? そう決めたもん。だから気にしなくても良いのに」
「……私も」
……うん、ありがとう。救われます。
どうやら俺一人でうだうだと考えていただけらしい。彼女たちの顔を見ることはできないけれど、きっと呆れたような顔をしているはず。
「てか、そんなことだったんだね。てっきり、何か大きな問題でもあったのかと思った」
すみません。俺の中ではかなり大きな問題だったんです。
こう言う時、女性はやはり強い。
うん、まだかなり恥ずかしいけれど、どうにかなりそうです。死にたくなるほど恥ずかしかったけれど、彼女たちには感謝。
「じゃあ、この問題は解決ってことでいいよね! これからの予定は?」
「えと……とりあえず、彼女の武器を強化して、次は防具を作るから……」
そして漸く、顔を上げることはできました。
でも、やっぱり恥ずかしくて彼女たちの顔を見ることはできず……仕様が無いね。恥ずかしがり屋なんです。
けれども、ポツリポツリとこれからの予定を話し合っていくうち、少しずつだけど彼女たちの顔を見ることもできるように。
本当にご迷惑をおかけしました。
んで、話し合いの結果、次はようやっと地底火山へ行くことに。ターゲットはグラビモス。ただ、それは彼女の武器ができてから。だから早くても明日の夜出発とかになると思う。
グラビはなんとも面倒な相手ではあるけれど、たぶん大丈夫だとは思う。何も考えずひたすら乗りまくるだけ。うむ、頑張ろう。
そんな予定を話し合ったところで、その日は本当の解散となった。
……加工屋から聞いたあの話には全く興味がなかった彼女たち。
そのことを少しばかり残念に思ってしまう自分がいます。そんななんとも複雑な想いはあるけれど、まぁ、とりあえずは一安心と言ったところ。
でも、正直なところ彼女たちは俺のことをどう思ってくれているんだろうね? まぁ、この臆病者がそんなことを聞けるはずがないんだけどさ。
最後は主人公視点にしました
はてさて、主人公が下をむいていた時、彼女たちはどんな顔をしていたのやら……