「反省会を始めます」
テオを倒しての帰り道。
いつも通り、何を考えているのかわかりにくい表情の彼女がそんな言葉を落した。
「……はい、お願いします」
正直なところ、何を反省すれば良いのか全くわからない。
今回は一度も彼女をカチ上げなかったし、ホームランも当てていない。立ち回りをミスって突進連発させた覚えもないし、攻撃だってほとんど喰らってないはず。そうだと言うのに、何を反省すれば良いのだろうか……
因みに相棒はこの反省会へ参加しなくても良いらしく、今はいつも通り寝息を立てている。
「……初めてゴアと戦ったとき、気をつけるって言ったの覚えてる?」
……気をつける? そんなこと言ったかな。てか、何に気をつけるって話だろう。
そしてそれと今回の反省会にどんな繋がりがあるのやら。
「あー……そんなこと言いましたっけ?」
はて、気をつける……いや、ホント何をだ?
そして、俺の答えに彼女はため息を一つ落した。
非常に申し訳なくなる。不味い、そんな大事なことを俺は忘れたのか?
「今日の貴方の戦い方はちょっと……てか、かなり危ない」
そりゃあ相手はテオだし、危なくないなんてことはないと思うけど……いくら慣れているとは言え、弱い相手じゃないのだから。
しかし、立ち回りはそんなに悪くなかったと思うんだけどなぁ。
「貴方が上手いのは知っている。でも、流石に今日は無茶し過ぎ」
……なるほど。なんとなく彼女の言いたいことがわかってきた。
確かに今回はフレーム回避を多様しまくった。ゴリ押しと言っても良いくらいに。たぶん、そのことを言っているんだろう。
ああ、そう言えば、ゴアを倒した時の帰り道でも同じような会話をした気が……す、すっかり忘れていました。
しまったなぁ、そりゃあ彼女だって怒るはずだ。
「いや、その……つい、いけるかなぁって」
テオと戦っていたらテンション上がっちゃったんです。ギリギリのあの感覚が楽しかったんです。そんなギリギリのプレイができることが嬉しかったんです。
そしてそれはどう考えても俺の我が儘だった。
「……どうして貴方は無茶するの?」
どうしてかねぇ。
別にTAをやっているわけじゃないから、慎重に安全に戦った方が良いのはわかっているんだけど、どうしてか身体は勝手に動くんです。
より火力を出すことができれば、それが安全に繋がることはある。でも、あの時の俺はそんなこと全く考えていなかった。ただただ攻撃のチャンスへハンマーを振り回し続けた。喰らった後のことなど何も考えず。
改めて思うと、かなり身勝手な行動だ。
ゲームをやっていた時でさえ、此処までの行動はしなかったかもしれない。じゃあ、どうして今、この世界に来てそんな行動をするかって言ったら……
「たぶん、此処がゲームの世界じゃないからだと思う」
そう俺が言うと、彼女は首を傾げた。
俺だって良くは理解していない。でも、今の俺の無茶な行動はそれが原因。
「……どう言う意味?」
まぁ、そう聞かれるわな。
正直、恥ずかしいからあまり話したくないんだけどなぁ……でも、誤魔化そうにもなんて言えば良いのかわからないし……
「自分の思ったように行動できるからかな」
そしてやっぱり恥ずかしかったら、一番大きな理由は隠して表の理由だけ口に出してみた。申し訳ないけど、プライドを優先させてもらおう。
俺の中にプライドがどれくらい残っているのかわからないけれど、見栄くらい張りたい。
「よくわからないけど……やっぱり危ないことはダメだと思う。それに、彼処で無理矢理回避したところで手数はそんなに変わらない」
はい、その通りです。
返す言葉もありません。
まさにサンドバック状態。こんなことになるのなら、相棒を叩き起こしておけば良かった。ああ、でも、なんか状況は悪化する気もするな。
近距離爆破を避けたところで、どうせホームランまでは入らないもんね。入ってもカチ上げくらい。そんな攻撃を1発入れるのに対してリスクはあまりにも大きい。
そりゃあ、手数を増やすことは大切だけど、それ以上に安全に戦うことが大切。
頭じゃわかっているんだけどなぁ……このまま続けたら、いつか絶対痛い目を見る日が来るだろう。全ての攻撃を回避し続けることなんてできないのだから。
それはわかってるんです。
いや……本当は何もわかってないのかな。
「そして、貴方がもし乙った時、私たちは一気に崩壊する。だから貴方はできるだけ乙っちゃダメ」
「いや、それは――」
「乙っちゃダメ」
「あっ、はい。わかりました。全力で頑張ります」
逆に難易度が上がったように思えるのは気のせいだろうか? いくら慎重に戦おうが、乙る時は乙るんだが……
まぁ、彼女が言いたいのはそう言うことじゃないんだろう。
「でも、やっぱりその約束はできないと思う」
俺がそう言うと彼女の頬は膨らんだ。
なにこの人、可愛い。
「だからさ、もし今日みたいに俺が勝手な行動をし始めたら……」
「?」
「1度スタンプで吹き飛ばしてくれないかな?」
此処で、いくら口約束をしたところでクエストが始まってしまえば、どうせ忘れる。前回だってそうだったのだから。できるだけ気を付けようとは思うけれど、ダメかもしれない。
だからその時はお願いします。
「……うん、わかった」
そんな俺の提案に、彼女にしては珍しく笑いながら答えてくれた。
いつも心配させてすみません。これからも迷惑をかけると思いますが、よろしくお願いします。
―――――――――――
彼女による反省会という名のサンドバック化も終わり、無事バルバレに戻ってきた。
そしてバルバレに戻ると、何故か今回もギルドマスターに捕まった。何? あんた俺たちのこと好きなの?
申し訳ないけれど、俺にそんな趣味はない。
「ほっほほ。まさか古龍であるテオ・テスカトルまで倒してしまうとは……いやはや、キミ達が居てくれて本当に良かったよ」
普通に褒められた。照れる。
でも、テオのクエストならいくらでも受けたい。やはりアイツは戦っていて楽しいから。
「そう言えば、ラージャンが大量発生したみたいなことを言っていたけれど、大丈夫なのか?」
そのことが少し気になった。
ゲームの中では絶滅してもおかしくない量が毎日狩られていたけれど、この世界じゃそうはいかないはず。
「うむ、かなり落ち着いてはきたんだけどね、その原因がわからないんだ。こんなことは今までなかったのだけど、何があったのやら……」
また妙なフラグを立ててくれるじゃないか。
そう言うのは本当にやめてもらいたい。予想外のことが起きると途端にダメになるハンマー使いがいるんです。
「そして、ここだけの話なのだがね。最近になって異常な地形変動が報告されているんだよ。現在、原因を調査中だけど、そちらも未だ何もわかっていない」
ほら、来ちゃったよ。言わんこっちゃない。
とは言うものの……どう考えてもそれはダラのことだよな。ゲームの中でも同じようなセリフを言っていた気がするし。
ただ、それとラージャンは関係ない気がする。ダラくらいなら良いけれど、他にも何かあるとなると困る。ん~……俺の気にし過ぎだろうか?
「ほっほほ。もし何かわかったときはキミ達に頼むと思うよ。キミ達にはとても期待しているんだ。さあ、これからも頑張んなさい」
言われなくとも頑張ります。
しかし、ふむ……そろそろダラと戦うことにはなりそうだ。今の装備でも充分勝てるだろうし問題はないはず。
ただ、どうにもモヤモヤとした何かが残った。いや、まぁ、考えてもわからないことなんだけどさ。
「じいさんの話どう思う?」
ギルドマスターが離れてから、彼女に尋ねた。
「……ダラの話だと思う」
まぁ、普通に考えればそうだよなぁ。
う~ん……やはり俺の考え過ぎなのだろうか。
「ねぇねぇ、せっかく古龍種を倒したんだし、打ち上げやろうよ」
そんな相棒の声が聞こえた。
それもそうだな。せっかく倒したんだし、飲まなきゃもったいない。
何が待っているかわからないけれど、このメンバーならなんとかなるとは思う。
な~んて、その時はいつも通り安易な考えでしかなかった。いや、まぁ、知らないものは知らないのだし、どう仕様も無いことではあったんだけどさ。
多少の違いはあったものの此処までゲーム通り。予想の範囲内。
けれども、全てがそう上手くはいってくれないらしい。コイツったら知らないことが起きたらもうダメなんです。初見モンスターとか本当に苦手なんです。
そんな自分の無力さを知るのはもう少しだけ先の未来のこと。
あと3話ほどお付き合いいただければ私は幸せです