そんじゃ、のんびりと書いていきます
時系列は本編終了後です
読んでいただけると嬉しかったりします
後日談~その1~
どうやらいつの間に寝てしまったらしく、目が覚めると時刻は既に夕方となっていた。開けっ放しの窓からは生暖かい風が流れ込み、そんな風で揺れたカーテンの隙間からは赤く染まった光が差し込んだ。
見えてきた景色はガタゴトと揺れる馬車の上でもなく、あの狭い部屋の天井でもない。そして背中へハンマーを担いでいないことに、違和感を覚えた。
たった3ヶ月ほどしかいなかったはずなのに、随分と向こうの生活に染まってしまったらしい。そのことがわかると乾いた笑い声のようなものが溢れた。
「何しようかね……」
独り言が落ちる。
でも、そんな言葉へ何かを返してくれる人はいなかった。
馬鹿みたいに長い大学の夏休み。悪いことではないけれど、流石に長すぎる。まぁ、大学が始まったら始まったで、どうせまた文句を言うのだろうけれど。
何もやることがない。
でも、暇だった。
だから、寝る前に閉じた3DSをなんとなく開けてみた。
画面には閉じる前に眺めていたギルドカードが表示されている。そこに書かれてあったプレイ時間はなんと、2000時間を軽く超えていた。
そうだと言うのに、HRは7。クリアしたクエスト数だってかなり少ない。こりゃあ、他の人にこのギルカは渡せないな。
そしてボーっとしながらギルドカードを眺めていると、ふとあの笛の彼女のことが気になった。彼女も無事この世界へ帰ってくることができたのだろうか?
とは言え、向こうの世界にいた時、此方の世界のことを話すことはほとんどなかった。お互いに。だって、帰って来るなんて思っていなかったのだから。
むぅ、こうなるってわかっていれば、もうちょっと色々話したんだけどなぁ。
まぁ、今更そんなことを言ったところでどう仕様も無いんだけどさ。話をしたことなんて……
――もし、元の世界へ戻ったら何したい?
そんなことくらいか。
とは言え、アレだけの時間を一緒に過ごしたわけだし、やっぱり会いたかった。でも、どうすれば会うことができるのかはわからない。
確かあの時の彼女は、戻ったらまたジンオウガを倒すとかって言っていたと思う。俺もジンオウガは嫌いじゃないけれど、やっぱりテオとかの方が好きだ。
今頃は本当にジンオウガを倒しているのかねぇ?
……うん?
ちょ、ちょっとタイム……もしそうならいけるのか?
上手くいけばもう一度会えるのか?
開いていたギルドカードを閉じ、震える手でオンラインへ繋ぐ。
そして部屋を検索。ターゲットはジンオウガ。
結果、画面にはいくつもの部屋がヒットした。
まぁ、そりゃあそうだよな。ジンオウガは元々人気があるし、やりたい人は多いのだろう。それにそもそも、あの彼女がこの時間にオンラインでしかもジンオウガをやっているとは思い難い。
それでも、一応確認するだけ確認。
そんな中、どうも見覚えのある名前な主の部屋を一つ見つけた。部屋名は『仲間と遊んでいます』。でも、一人。そして武器は笛。
……いやいや、まさかね?
だってねぇ。流石にアレですよ。都合が良すぎると言うか、何と言うか……
たまたま彼女と同じ名前のハンターが、たまたま笛を担いで、たまたまジンオウガを狩っている可能性とか……
心臓が暴れ、呼吸が僅かに乱れる。
そんな情けないような状態でその部屋を選択。
4桁のパスワードを要求された。
……パスワード?
い、いや、それは知らんぞ。
混乱していた頭が急に冷静になった。
ん~……単純に考えるとパスワードは全部で10000通り。それを全て試すのは現実的ではない。どうすっかね。てか、部屋に入ろうと必死すぎる自分がちょっと怖い。
それでもとりあえずパスワードにされそうなものを試そうかと思ったとき、ふと彼女の言葉を思い出した。
――貴方の好きな数字って何?
……もしかしてそれ、なのか? あの彼女が何を思ってそんなことを聞いたのかはわからない。でも、今考えられる中では、一番筋が通る。
タッチペンを持った手が震えた。
そして何度か打ち間違えながらも“1248”と言う4桁の数字を打ち込んだ。
1248……それは発掘ハンマーの理想値。結局、最後の最後まで出ることのなかった数字。
深呼吸を一つ。
そして――決定ボタンを押した。
『パスワードが違います』
「違うんかいっ!!」
思わず叫んでしまった。
いやいや、これはおかしいだろ。流石にこの流れでこれはおかしいだろ! いやだって、明らかに感動の再会に繋がる流れだったじゃん。
ヤバい、急に恥ずかしくなってきた。回りに誰もいないけれど、滅茶苦茶恥ずかしい……
「はぁ」
ため息が一つ溢れる。
う~ん、アレが正解だと思ったんだけどなぁ。けれどもあの数字はどうやら違ったらしい。そうなってしまうと、本当にわからない。
他にヒントなんて……
――ふふっ、じゃあ私は1196だ。
ああ、ヒントあったわ。
とは言え、それが正解だとすると、俺はこの部屋へ入っても良いのだろうか? もし、さっきまでの数字が正解なら……あの会話で俺が伝えた数字が正解なら、俺にこの部屋へ入る権利はあってもおかしくない。
けれども、あの時彼女が言った数字は彼女の好きな数字。
そこに俺との繋がりはあまりない。
ただ、やっぱり期待しちゃうのですよ。例え可能性が低かろうが、思ってしまうのですよ。
俺が彼女と会いたいように、彼女も俺と会いたいんじゃないかって、そんな都合良い考えをしてしまうのです。
「ああ、もう! 知らん」
怒っているとはちょっと違うけれど、どうにも感情がゆらゆらと揺れたから、その勢いに任せて、あの時彼女が言った1196と言う4桁の数字を打ち込んで決定ボタンを押した。
そして、画面が暗転した。
真っ黒になった画面へ再び色が戻り、見えてきたものは――あの彼女と同じ装備のハンターだった。
そんなハンターのHRは32。それは決して高い数字ではない。
ドクリと何かが跳ねた。
勢いに任せて、後先考えず入ったせいで、どうして良いのかわからない。えと、まず何を話せば……
どうすれば良いのかわからず、おろおろしていると画面の向こうのハンターが動き出し、何かのクエストを張った。
そうしてから
『いこ』
と、一言。
一瞬、何か言葉を返そうと思ったけれど、やっぱり何を話せば良いのかわからず、結局何もしないまま、クエストへ出発した。
クエスト名は『縄張りに進入するべからず』つまり、下位のジンオウガがターゲットのクエスト。
画面が暗転し、それが直るとあの世界のように一日以上もの時間をかけることなんてなく、一瞬で天空山のベースキャンプへ到着。あの世界もこうだったらもっと楽だったんだけどなぁ。
そして気づいたことが一つ。ああ、しまった。飯は食べてないし、アイテム整理もしていない。
ま、まぁ、下位クエストだし、流石に大丈夫か。
そう思っていたけれど、クエストの内容はそりゃあもう酷いものだった。カチ上げで何度も味方を吹き飛ばしてしまうし、馬鹿みたいに緊張していたせいか全く上手くできない。
そしてそれは、もう一人も同じだったらしく、後方攻撃をしようと思ったのだろうけれど、叩きつけが何度も暴発。その度に俺の操るハンターは吹き飛んだ。
結果、10分針。
上位装備でしかも二人だと言うのにこれは酷い。流石に乙りはしなかったけれど、まさか此処まで下手になっているとは思わなかった。
そんなグダグダなクエストを終え、集会所へ。
『難しいね』
直ぐにそんなチャットが飛んできた。
『そうだな』
先ほどよりは多少マシなった震える手で、そうチャットを返した。
『私は二日ぶり』
『こっちはさっきぶりかな』
ただでさえ、打ち難いチャット。それにあの震える手が合わさり、1回1回のチャットでの会話に酷く時間がかかった。
『そうなんだ』
あれ? もしかして彼女は二日間ずっと部屋にいたのか? まさか、そんな……ねぇ?
それから暫くはチャットで会話をしていたけれど、それが面倒くさくなって、スマホのあるアプリのIDを交換することに。それで会話をした方が楽だもんね。
そして、IDを交換すると直ぐに相手から電話がかかってきた。
驚きの早さです。
慌てて通話ボタンを押し、スマホを自分の顔へ近づけた。
「も、もしもし?」
声が震えた。
情けないなぁ……
「……うん、聞こえる」
そうやって聞こえてきたのは、電話越しではあるけれど、確かにあの彼女の声だった。
「あれってさ……なんだったんだろうな?」
「……わかんない。わかんないけど、私は楽しかった」
表情は見えない。
でも、その声は何処か楽しそうに聞こえた。表情が見えないからこそわかることだってあると思うんだ。
それから彼女とは色々なことを話した。
あの世界での思い出話だったり、こっちの世界での話だったりと。そんな会話の中でわかったのだけど、彼女が暮らしているのは、俺の住んでいる場所からかなり近いと言うこと。てか、歩いて行ける距離です。そして通っている大学も一緒だとさ。
そんなこともあるんですね。
彼女の年齢は俺よりも一つ下だけど、彼女曰く――
「私は貴方より一年長くあの世界にいたから、実質的に同い年」
だそうです。
別に、一つくらい年齢が離れていようが俺は気にしないんだけど……
それにしても、一つ下だったのですか。俺よりも上だとは思っていなかったけれど、もう少し下だと思っていた。どうしてそう思ったのか理由は言いません。ほら、小さい方が好きと言う人だっているわけですし。
それから、彼女が俺の住んでいるところへ良く遊びに来るようになり……まぁ、色々とあったわけですけど、それはまた別のお話だったりします。
我武者羅にハンマーを振り回すハンターの物語はもう少しだけ続くらしいです。
次話は……たぶん相棒さんのお話です