―――若葉君が学校に来なくなってからもう5日は経つ。日が経つにつれて小猫が落ち込んでいるのが分かる。イッセーもそうだ。私もずっと悩んでいる。特に酷いのは堕天使と過去に因縁がある朱乃や祐斗だ。
原因は分かっている。あの夜の一件だ。
結局、あの堕天使をそのままにしておかなかった方がこんな事にならなかったかもしれない。そう思った方がまだマシに思えるくらい、今の状況が恨めしい。自分が招いた結果だというのに。
――――あの夜、イッセーの力が完全に覚醒して、その後も説得によりアーシアを私の眷属にして、色々と私は嬉しかった。そしてその為に、あの時に湧き出た色々な疑問を一つ一つ潰さずに放っておいた結果こうなったのだと思う。
朱乃が堕天使がこちらに向かってきていることを感知し、慌てて若葉君を迎えにイッセーが走り出した。それに続くように私達は走り、教会の扉をイッセーが開いた瞬間に見えたのは、若葉君が堕天使と話している光景だった。
すぐに堕天使は消えたがその特徴からすぐに分かった。堕天使の名前はシェムハザ―――グリゴリでも有力な幹部の中でも特にアザゼルを支えるトップ2。
それを見た瞬間、理解が出来なかった。なぜあのクラスのレベルの堕天使と人間、それもただの高校生が普通に会話をしているのか。そもそも、彼はどうして教会に居たのか。なぜあの堕天使の命を見逃してくれといったのか。なぜ、なぜ、なぜ。
それまで、心のどこかにあった彼への疑問が一気に湧き上がってきた。同時に私は焦りも覚えた。彼は何者なのか。私は、彼が怖かった。不安で仕方がなかった。
もし、彼が小猫やイッセーに向けていた笑顔が嘘偽りのものだったとしたら。笑顔で私の可愛い下僕にすり寄り、傷つけようとしていたのなら―――。そんなことまで私は考えてしまっていた。これではまるっきり、被害妄想のそれだ。
結果、焦った私は彼に問い詰めた。どこかで、彼が満足な答えを出してくれると思いながら。そして彼を追い詰めた。それで結局得られたのは、彼が涙を流しながら何処かへと魔法で消えていく姿とその際に発せられた言葉だけだった。
ただ、その言葉を聴いた瞬間。私は動揺を隠せなかった。
―――もしかしたら私は、先輩と慕ってくれる後輩を、私の考えうる限りでは最悪の方法で突き放したのでは。そんな考えが今までずっと消えることなく、耳元で囁き続けるように私の心に残っている。
その考えを理論的に完全否定したこともある。事実だけを見れば彼はどの勢力についているわけでもないと言いながらも、シェムハザという堕天使の中でもドップクラスの者と普通に話していた。その事実は変わらない。その事から彼は堕天使側の人間だと予測することも簡単だ。
ただ、倫理的に完全否定できても心が、感情が何処か彼に期待している。もしかしたら、もしかしたら―――と。
彼ともう一度話がしてみたい。もう一度話を聞けば何もかも解決するかもしれない。ただ、それは叶わぬ願いだ。
私が彼への信頼を失くして突き放した以上、彼だって私への信頼を失くしているに決まっている。そもそも、私は彼を信頼していたのかすら怪しい。私がもはや自分ですら彼を信頼しているかどうかが分からないのに、そんな私を彼が信頼するわけがないだろう。だからかもしれない、こんな事になってしまったのは。
もし私が彼を信頼できたなら。彼が私を信頼できたなら。彼が私を仲間だと思っていたとして、私もそう思っていたとしたら。
彼は真実を話してくれていただろうし、私はどんな真実だって受け入れられただろう。彼が堕天使側の人間だったとして、私達を仲間だと見てくれていたなら……私はどうするだろう。彼を殺すのだろうか? 彼をこちら側に誘うのだろうか? それとも今までどおりの関係で居ることを望むのだろうか……?
こんな考えをすること自体が馬鹿げているのは分かっている。所詮は自分の頭の中の絵空事、考えれば考えるほどに深みにはまり、抜け出せなくなる。
考えるのをやめて彼に会うのが一番手っ取り早い解決方法かもしれない。けれど、小猫から聞いた話だが一日おきに若葉君の家を訪ね、インターホンを押しても呼びかけても返事はなかったそうだ。さらに日を追うごとに新聞受けに新聞が増えていくことから、どうやら彼は全く家に帰っていないとのことだ。
この様子だとおそらくイッセーも彼を探している筈だ。ただ、小猫と同じくまったく探し出せていないだろう。
「私はどうすればいいのよ……」
休日の、誰もいないオカルト研究部室で私はそうため息をつく。すると、床の魔方陣が光り輝いた。誰かが来る。誰だろうか?
「どうしたんだい、リアス。随分と浮かない顔をしているじゃないか」
「お、お兄様」
突然、お兄様が訪れてきた。下僕で女王のグレイフィアも一緒だ。でも、魔王であるお兄様は仕事で多忙なはずなのに、どうしてここに来たのだろうか?
「少し、人間界に用があってね。ある人物と会いに来たんだ。名前は……若葉啓介君だったかな」
お兄様から若葉君の名前を聞いた瞬間、頭が混乱しそうになった。もう、訳が分からない。なぜお兄様までもが彼の名前を知っているのだろうか? 彼はそこまで名の売れた人間なのか?
「お、お兄様? 若葉君のことを知っているのですか?」
「……これは、大きな声では言えないことだけどね。彼はこの先おそらく重要な人物だよ。私も一目彼と会って話をすることになってね」
そうお兄様は言うが私にはそれでもまったく理解が出来ない。彼が重要な人物? どうしてそうなるのだろうか。
いやしかし、彼はシェムハザと対等の会話が出来るほどの人物。やはり、彼は堕天使側の人物なのだろうか……。
「彼は、堕天使側の人間なのですか?」
「ふむ……。わが妹よ、君は色々と勘違いをしているようだ。彼の身元を調べたところ、ただの高校生だよ。しかし、彼は堕天使とも悪魔とも繋がりがあったようだね」
「堕天使と……悪魔の両方に繋がっていたと?」
それを聞いて、私は驚いた。そんな人間がいるとは知らなかった。ましてや彼のような一般人がそんな人間だと誰が思っただろうか。
「そんな、彼は普通の……」
「彼は確かにただの高校生だ。しかし、彼には驚くべき行動力があったようだ。知り合いである堕天使と悪魔の衝突を恐れた彼は、まず手始めにアザゼルと接触を試み、成功した」
「できるのですか? そのような事が」
そう簡単に堕天使勢力のトップであるアザゼルと接触できるはずがない。まず、冥界にどうやって一般の人間が行くというのだろうか? 理解が出来ない。
「方法は不明だが、彼はやってのけた。そして、彼はアザゼルとの話し合いの末に和平を取り結ぶことに成功し、次はレヴィアタンと接触した」
もはや何も言うまい。これがお兄様以外の誰かから聞いたのなら嘘と確実に分かるくらいに無茶苦茶だ。事実は小説より奇なりというが奇怪にもほどがある。
「そして彼はアザゼルから渡された密約書を渡してきた。そして彼は次に堕天使と悪魔の争いを止めた。つくづく、彼の行動力……いや、人間の行動力には驚かされるよ。リアス、もう分かるだろう?それが昨日のことだよ」
一連の話を聞いた私はまるでひとつのおとぎ話を聞いているようだった。今でもそんなことがあったとは信じられない。つまり、彼は本当にただの一般人だったのだ。
そう気づいた瞬間、私は深い後悔に襲われた。私は彼を傷つけただけでなく、私自身の下僕も傷つけてしまったのだ。これでは私は王失格だ。
「……お兄様、一つ良いですか? どうしてアザゼルを信用しようと思ったのですか?」
そう私が聞くと、お兄様はいつもより優しく私に微笑みかけてこう話す。
「いいかい、リアス。関係というのは、どちらかがどちらかを信頼して初めて関係たりうるのだよ。誰かが自分を裏切るかもしれない、などと常に考えている人間に友人関係なんてものが生じないようにね。人を一度でも信じてみようという心が私達には必要だ。もっとも、それも度が過ぎると恐ろしいものだけどね」
「誰かを一度でも信じる……ですか」
ほんの少しだけ、希望を持とう。私が彼を信頼するのなら、彼もまた私を信頼してくれると信じよう。
そう決心した瞬間、私のケータイにメールが来た、イッセーからだ。題名は、”ケースケを見つけました”と書いてある。詳細文を見てみると、彼の居場所も書いてあった。場所はそう遠くない。
「お兄様、私は少し用事が出来たので失礼させていただきます」
「そうか……私もたった今、急用ができてね。もう戻らなければいけなくなった。彼と会うのはまた今度にしよう」
そういうと、お兄様はグレイフィアをつれてまた冥界へと戻っていった。そして私は急いで部室をあとにした。
※
最悪な日が最近はよく続く。バイトは失敗の連続でオヤジさんからは心配されてしばらく休暇をもらうことになったし、家に帰りたくもないし、仕方なくネットカフェを宿代わりにしたりする日がもう4日くらい続いている。
「……もう俺、じーさんに頼み込んで帰ろうかな」
誰もいない河川敷の川原で寝転びながら俺はそう一人でつぶやく。ここは色々と懐かしい、俺の始まりの場所だ。初めてここでカラワーナさんたちと出会ったり、その前に死にかけてたりする。俺が最後に来た場所としてはうってつけだ。
そんなことを俺が考えていると、電話がかかってきた。全く知らない番号だ。小猫さんのとも違うし、リアス先輩かもしれない。
「……もしもし?」
『俺だ』
「詐欺師は帰れ」
そう言って俺はアザゼルさんからの電話を乱暴に切った。今あの人と話すとイライラしてしょうがない。
しかししつこくアザゼルさんはもう一度電話をかけてきた。めんどくさいのでそのまま寝ようと思ったが、着信音のビッグ●リッジの死闘がやたらとうるさく耳に響くので仕方なくもう一度出ることにした。
「なんですか、俺にはもう用済みでしょう」
『シェムハザから聞いたぜ。お前と話してるところをグレモリーに見られたとな』
それを聴いた瞬間、無性に悲しさと苛立ちが込み上げてきた。あの日のことを思い出したからだ。
『……悪かった。タイミングを誤った俺のミスだ』
「いーんじゃないですかね別に。簡単な算数ですよ、算数。俺一人がたかだか5人と険悪な仲になるのと数え切れない人が数え切れない人が険悪な仲を続ける。数は少ない方がすっきりしてシンプルでしょう?」
あからさまな挑発。俺はアザゼルさんが怒るのも重々承知でこうして喧嘩を売っている。
アザゼルさんは以外にもそれを聞いても普通に話を続けた。
『……そうか、お前がそう思うんなら俺は何も言わねェよ。それと、報酬の件だったが―――』
「別に要りませんよもう。どうせ俺には必要なくなるでしょうし」
今俺が金を持って何の意味があるっていうんだ。使い道もないし遊びに使う気にもならない。
『いーや、お前は報酬を受け取れ。何があっても受け取らせるぞ、俺の提督としてのプライドが許さねェ』
「じゃあ好き勝手に振り込むなり何なりしてください。俺寝ますんでもう』
そういうと俺はすぐにアザゼルさんが何かを言う前に即座にケータイを切って昼寝を続ける。次はなり続けても無視だ無視。
※
――――また、夢を見た。最悪な夢だ。ここ最近よく見る夢だ。俺の知り合い全員が俺の敵になって、俺を追い回す夢だ。結局、それは俺が知り合い全員を殺すか、俺が殺されるまで覚めることのない最悪な夢だ。
今日もまた俺を追いかけてくる。俺も逃げて道知らぬ道を走った。走っていくうちに、どこか不思議なところへと出てきた。随分と大きい橋だ。そのまま走っていくと、誰かが先にいる。
腕が何本もあるあの男は……
「ギル●メッシュかよ、ビッグブリッジじゃねーかここ!?」
そう叫んだ瞬間、俺は飛び起きた。俺のケータイがまた鳴っている。電話だ。なんとアホらしい夢だろうか、ビッグ●リッヂの死闘を聞いてビッグブリッジが夢に出てくるとは。単純にもほどがあるだろ俺の夢よ。
何はともあれ、この着信音はとてもやかましい。悪夢から開放されたが眠りを妨害されたので苛立ちつつも電話に出る。どうせアザゼルさんだろう。
「だーかーら! 俺は何も要らないって……」
怒鳴って俺がそういうと、何かおかしい。全くしゃべらない。いたずら電話か?
「『やっと……見つけたぜ』」
後ろから、突然そんな声が聞こえた。電話からも同じ声がする。
「先輩……?」
間違いない、この声はイッセー先輩だ。どうやら俺の電話の着信音をたどってきたようだ。
「ケースケ、俺と喧嘩しようぜ」
「はい?」
いきなりの提案に俺がボケっとしていると、イッセー先輩がさらに続ける。
「負けたら勝った方の言うことを聞くって事でどうよ? あ、先輩命令だから拒否すんなよ!」
先輩の言うことはいつも突拍子も無いし意味も分からない。
どうも、私です。
今回は前回のことを踏まえて少し短めにしてみました。あっさり目で読みやすくすることを意識してみました。
それというのも、私の小説を読んだ友人から『くどい、読むのが大変、もっと軽めに』との意見があったからなのです。今回はなるべく読みやすいようにと読みやすさを重視してみました。なんとか読みやすくなったことを祈ります。
次回、今度こそ次回、やっと物語は感動のエンディングを迎えます。乞うご期待ください。