執務室の新人提督   作:カツカレーカツカレーライス抜き

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第12話

 ぺらり、と視界いっぱいに広げていた紙面――新聞をめくり、提督は次の頁に目を通した。

 提督は執務机にひじをつき、広げた新聞を眺めながら一人頷きつつお茶をすすっている。そしてそんな休日のお父さん的姿で寛ぐ提督の向こうでは、白いエプロンと髪をポニーに結った初霜がソファ-に座って提督の衣服等を畳んでいた。

 

『新人提督氏、念願の雪風』

 

 そんな記事に一人頷いて、提督は自身の遠い記憶を思い出していた。提督となった皆が通る道である。出ない五航戦姉妹、二航戦の黄色い方、卵焼き製造機。

 

 提督はなんとなく胃の辺りをおさえて記事の続きを読んでいく。どうやら、記事になるだけあって異例の事態らしく『着任一ヶ月の快挙、天佑なる哉』と大きく書かれている。

 

「あぁ、この人同期なのかー」

 

 小さく呟いてから、胸中で同期であるらしい新人提督に応援を送った。

 

 ――さぁ、次は島風だ。

 

 そしてその後も五航戦姉妹、二航戦の黄色い方、卵焼き製造機、タウイタウイ、グワット、ホテルに御殿にと、地獄は続いていく訳である。もっとも、一番地獄の苦しみを味わうのは潜水艦娘達であるが。

 それにしても、と提督は新聞を畳み、初霜へと視線を動かした。

 

「この共同青葉通信っていうのは、案外悪くないねぇ」

 

「各地の青葉さんの合作ですからね。私達の間でも、購読者は増えているみたいですよ」

 

「なるほどなー」

 

 机の上に置いた新聞、青葉通信の一面に目を落として、提督は感心感心と小さく手を叩く。趣味ごとに重きをおく艦娘は数あれど、ここまで突き抜けた艦娘はそうは居まい、という感心だ。この青葉、という重巡洋艦娘は、前述された雪風、島風などと比較すれば建造しやすく、海域で発見もしやすい。早めに提督の下に配属された彼女は、その生来の気質か、従軍したとある人物の影響か、兎に角"取材"とそれらで得た情報の公開に酷く熱心なのだ。もちろん、常識の範疇で許された情報の公開である。軍属である青葉は、いうまでも無くその辺りは規律的であった。まぁ、同艦であっても個体差はある訳だが……。

 

 そしていつしか彼女達は、自身の範疇にある情報だけでは満足できなくなったのである。一人の古参の青葉が、また古参である他の青葉にそれを漏らし、また他の青葉は他の青葉からそれを聞き、と続けているうちに、一つの集いが生まれた。特別情報公開班、通称青葉会である。彼女達はそれぞれ所属する鎮守府、警備府、基地、泊地の名を書いた腕章をつけて参加し、互いの情報を交換して吟味し、それぞれの所属する上に確認を取って刷って行く。

 三ヶ月に一度の集いが、今一番楽しいと笑顔でこぼす青葉は多く、青葉を嫁艦とした提督など屈託の無い無垢な笑みに惚れ直した、と言ったほどであるらしい。

 

 ――情報の交換、なぁー。したいんだけどなぁー。

 

 なにぶん、執務室から出ない提督である。情報は艦娘達から聞くか、青葉通信か、インターネットか、だ。ただそれも情報の取得であって、交換ではない。交換の方法が無い訳でもないのだが。

 

 ――例えば、これか。

 

 机の上の青葉通信をもう一度手にして、末頁を目にする。そこには、提督同士のやり取りが書かれていた。

 

「○○鎮守府の○○提督、レアレシピどうもでした」「嫁(戦艦)の料理が不味い」「○○提督、前の飲み会ではどうもでした。またお願いします」「嫁(駆逐艦)の料理が不味い」「たべりゅー」「うちの飛龍が俺にたくさん食べさせてくる、これ何?」「ワレアオバ」「にゃあ」

 

 などなど、である。

 

 それぞれの青葉が所属する提督のコメント欄だ。当初はただの挨拶だったのだが、いつの間にか互いへの感想やレス、コメントになってしまっていたらしい。当然、ここに彼が参加する権利はある。彼は提督だ。彼の青葉もこの通信に参加している。

 だが、彼は特に参加もしなければ、自身の情報も出さなかった。それぞれの鎮守府等の情報公開となれば、そのトップである提督の情報も含まれる。先にあった新人提督などの話は、まさにそれだ。そのうち小さな話程度は青葉に許可するつもりだが、その程度でお茶を濁すつもりしかないとも言える。

 

 ちなみに、提督の所属する鎮守府は、その情報が殆ど出ていない事から逆に注目されてしまっている。隠し玉、或いは切り札、そういった組織なのではないかと一部提督達から噂されているのだ。もちろん、それはただの思い込みで勘違いでしかないのだが。

 

 ――まぁ情報交換もなにも、相談したら一発アウトで病院いきだろうけどなぁ。……それにしても。

 

「若いなぁ……」

 

 提督はもう一度新聞を開き、一つの記事に目を落とした。黒い文字列の中に白黒の写真がある。そこに、はにかんだ少年と雪風が写っていた。少年提督の年頃は、どう見ても十代後半……いや、十代後半成り立て位にしか、提督には見えなかった。

 

「今は、珍しくありませんよ?」

 

「えぇー……」

 

 畳んだ下着類を箪笥に仕舞いながら微笑む幼な妻風初霜に、提督は唖然とした。珍しくない、と初霜が言ったのだから、それはつまり――

 

「平均年齢は?」

 

「19……くらいだった筈です」

 

「……」

 

 初霜の答えに、提督は頭を抱えた。確かに、そうだろう。提督自身、本来提督と呼ばれるには不相応な若造だ。自身もまた、その異常の証明の一助となる事例であった事に、提督は更に頭を抱えた。

 

「その……私達が艦であったころと、艦娘である今だと、提督の意味が違うんです」

 

「……あぁ、それか。個々の能力云々じゃなくて、艦娘が従える――なんだ、資格があるかどうか、と?」

 

「そうです。その資格、というのも未だはっきりとしていません」

 

 その判然とせぬ何かを持つ提督だけに、艦娘は従う。故に、軍は提督と言う存在を軽くしたのだ。資格保有者なら誰もが提督になれる程度に。

 

 提督は隅に在る書類へ目を飛ばし、なるほどと鼻を鳴らした。簡単な訳である。当然だ。これは飽く迄提督と言う存在をその程度だと理解させる物で、本当に必要な書類などは、例えば大本営が各鎮守府、警備府等に配備した大淀に処理させているのだろう。

 

「今度大淀さんに何か送ろうかなぁ……」

 

「金剛さんとかと修羅場に発展してもいいなら、良いと思いますよ」

 

「っべー、まじやっべーわ」

 

 意味不明な言葉を繰りながら提督は新聞を机の隅に置いた。大淀は極めて理知的であり、金剛もまた理性的であることは提督も重々承知しているが、その手の話は理性であるとかそれまでの常識といった類の物を軽く飛び越えてくるところがある。

 

 愛、恋、という人の想いはなかなかに枯渇しない燃料だ。それがある限り機関部は動き続け、運命とやらを左右する歯車は回り続ける。その歯車がかみ合っているのかいないのかは、提督には興味も無い事だが。

 

「しかしまぁ、不憫だね、そっちも」

 

 提督の気遣う視線にさらされ、初霜は首をかしげた。後ろで結ったポニーが揺れ、提督はなんとなくそれが初霜の肩に掛かるのを見届けてから瞼を閉じた。

 

「何か分からない物で、君達は"提督"に縛られている……いやはや、ご愁傷様だよ、申し訳ないねぇー」

 

 提督は肩をすくめてそれだけ口にすると、目を開けた。

 

「――え?」

 

 そして、驚いた。

 提督の目の前に、初霜の顔があったからだ。大きな赤い瞳、小さな鼻と柔らかそうな唇、それらが提督の前にあったからだ。

 

「は、初霜さん、ちか――」

「ぷっぷくぷー」

 

 提督が初霜に近すぎると文句を言う前に、初霜が提督に言葉を刺した。

 

「え?」

 

 意味不明な言葉で。

 いや、意味不明ではない。この鎮守府にも所属するとある睦月型駆逐艦娘の口癖の一つだ。だがそれは、少しばかり特徴的であり、提督からすれば初霜の口から出ると温度差の余り眩暈がするだけなのだ。

 

「へいへーいでも、ひえーでも、ひゃっはーでもかまいません」

 

「え、なにそれは」

 

「たとえ提督が、突然それらの奇矯な雄たけびを上げて鎮守府の廊下を走り回っても、私はかまいません」

 

「やめよう初霜さん。各方面にナチュラルに喧嘩売るのはやめよう。あと僕はそこまでストレスためてないから」

 

 初霜は提督の言葉に、更に顔を近づける。提督の双眸に映った初霜の顔がまた大きくなり、提督の瞳の中に初霜の瞳が映りこんでいた。

 

「提督がぶくぶく太っても、特別海域で毛根が死滅してしまっても、何もしないで食べる飯は旨いか、と聞かれる人生を送っていても私はかまいません」

 

「おいやめろ」

 

「どんな形でも……私達の提督は貴方です。貴方こそが、貴方だけが、私達の提督です」

 

 おもむろに、初霜は提督から身を離した。自然、両者の顔は離れていく。呆然としたまま、提督はあぁ、と零しながらうなずき、初霜は

 

「貴方の元に来たのは、皆それぞれだけど……私達は、貴方が提督で、司令で、良く分からないままの想いでも、それで良いと決めたんです。それだけは、否定しないで下さい」

 

 ささやいた。

 

「……当人にも分からない想いを、ねぇ」

 

 提督は頭をかいた。分からない、分からない。何もかもが、そんな調子だ。彼の周囲は。

 かつて帝国海軍に在った艦達が少女の体となって再び現世し、提督と言う何かの資格を持つ人間の元で喜び、怒り、哀しみ、楽しむ。死地に誘われようと、地獄へ送られようと、彼女達はそこに佇むだけだ。ただ、提督の傍に、と。

 その根源は、彼女達にも理解できぬ物で、少女の姿である事も彼女達には理解できぬ事で、当然、他者にはもっと分からない事だ。

 

 ――当初は、さぞ疑われた事だろうさ。

 

 提督は腹の中で当時の世相を予想し、多分当たりだろうと笑った。実際、その通りであった。自身にとって都合のいい物を求めるのは万国共通人の欲だ。都合が良すぎると疑うのが万国共通人の性だ。自身の欲と世間の性の曖昧な中間を探し出し、自分が納得できる間を見つけてやっと理解出来る。

 

 そういった点で見れば、艦娘達の歪さはよく理解できた。歴史的に見れば人類のパートナーとなった犬の様である。が、犬ではない人間の形をした艦だ。おまけに、それは少女の体と心を持つ。しかも、見目麗しい。

 分からない、が当然の生き物だ。判然とするべきではない存在とも、提督には思えた。

 

「兵器か人かで分けても、ろくな事になりそうにないなー」

 

「提督……」

 

 提督が零した言葉に、初霜はただ開きかけた口を閉ざしただけだ。

 

 ――なんでこんな話してるだい、僕らはさ。極楽トンボがせめて今くらいはお似合いだというんだよ、なぁ。

 

 提督は隅に置いてあった新聞から覗く、はにかんだ顔の少年提督に唇を歪ませ、

 

「かまうなよ、初霜さん」

 

 苦笑を浮かべた。

 脈絡の無い提督の言葉に、初霜はまたしても首をかしげ、そんな初霜を視界に納めながら提督は声を上げた。

 

「へいへーい」

 

「――え?」

 

 小さな声だ。

 

「ひえー」

 

「……え?」

 

 普通の声だ。

 

「ひゃっはー!」

 

「――……え?」

 

 大きな声だ。

 それも、両手を広げてのパフォーマンスつきである。いきなり奇声を上げ、らしからぬ事をやって見せた提督に、初霜は目を見開いて若干身を硬くしている。

 その姿を見て、提督は肩をすくめて笑った。

 

「どうだい、僕もなかなかどうして、分からないモンだろう?」




おまけ
隼鷹「よんだー?」ガチャ
提督初霜「呼んでないです」
隼鷹「えー」
卯月「よんだぴょん?」
提督初霜「もっと呼んでないです」
卯月「ぷっぷくぷー」
比叡「ひぇー?」カレー
全員「ヒェッ……」

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