執務室の新人提督   作:カツカレーカツカレーライス抜き

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第13話

 浜風は、その豊かな胸を撫で下ろし、ほっ、と一息ついた。

 右手にある、今は演習用の模擬弾が詰められている連装砲を一瞥してから、浜風は自身の周囲を見回した。右足のつま先で地面を、とんとん、と叩く時雨。陸に上がってもまだ物足りなさげに海を眺める夕立。潮風に流される髪をおさえながら空を眺める綾波。肩から力を抜いて、ほう、っと立つ高波。眠そうな顔で棒立ちの初雪。

 浜風は連装砲を軽くたたいて、

 

 ――今日も勝ちましたよ、提督。

 

 微笑んだ。

 

 通常、演習という模擬戦は違う提督につく艦娘同士で行われる。その組み合わせは大本営が用意し、その中から希望に沿った演習相手を選び、あとは提督同士で話をする。自分はこの編成でいきますが、どうでしょう? あぁ、でしたらこちらはこれで行きますが、大丈夫ですか? そういった具合だ。

 この大本営が用意する演習相手は、その提督と同期が7割、ベテランが3割ほどだ。同期には自身の状態は相手と比べてどうであるかという判断基準にさせ、ベテラン相手には実戦に近い形で揉んで貰え、という事である。

 これでさまざまな事を学ぶ提督は多い。可能性の模索や先人の知識を垣間見る機会となるからだ。

 ただ、それは通常の鎮守府の話だ。

 

「んー……っ! 今日の演習、なかなかでしたねー」

 

「っぽい!」

 

「まぁ、うちの鎮守府だからね」

 

 歩きながら右腕を突き上げ背を伸ばす綾波に、夕立が笑顔で頷く。そんな二人のすぐ後ろを歩く時雨が、空を見上げて笑う。

 

 彼女達の今日の演習相手は、重巡洋艦娘2人、軽巡洋艦娘2人、同じ駆逐艦娘が2人であった。駆逐艦6人の演習相手としては、相当重い相手である。

 しかし、彼女達はその演習で白星をとった。勝利の理由は実に単純明快だ。

 

「彼女達も、経験を積んで錬度をあげれば、化けますよ」

 

「かもですね。艦種が違うし、多分次から危ないかもです」

 

 浜風の言葉に、高波が何度も頷いて返す。

 今回、この鎮守府の提督に演習を申し込んできたのは、提督歴一ヶ月になる同期の提督であった。当然、そこに集った戦力はまだまだ乏しく、配属している艦娘達も未成熟だ。対して綾波、時雨、夕立、初雪、高波、浜風が所属するこの鎮守府の戦力は――充実していた。最前線海域を任されたベテラン提督となんら遜色無いほどに、充実していたのだ。

 ゆえに、演習での編成を組む際、長門は駆逐艦娘6人を選んだのだ。侮りではない。決してながもんの趣味じゃないと拳を突き上げて。

 

『見せてやるんだ。教えてやるんだ。駆逐艦であっても長い時間で積み上げた努力と経験は、時として艦種をも超えるのだと』

 

 錬度の違いが、この編成を良しとした。六対六の海上演習は段違いの経験と錬度差が、艦種の差を飛び越えて如実に現れた。ましてや、相手は最近建造したばかりの駆逐艦娘、雪風を出してきたのだ。いかな不沈艦と言えど、錬度と経験が無ければ戦場と運命は覆せない。

 二段階目の特殊改造が施された艤装をまとった綾波、時雨、夕立が砲雷音楽を海上に高らかと響かせ、三人に劣らない錬度を誇る高波、初雪、浜風がそれをサポートする。

 

 結果は、前述したとおりだ。

 演習相手の艦娘達、そして彼女達の提督に、彼女達は確りと言外で語った。「これが、未来の貴方達である」と。

 

 こんな事により、この鎮守府が他所の警備府や鎮守府から「あそこはやばい」「流石切り札部隊だ」「まじぱねぇ」「嫁(軽空母)の飯が旨い」と評価されてしまう原因の一助となっている訳だが、とある軽空母に「このぴこぴこはなんですか?」と質問されている最中の引きこもり提督は何も知らない事である。

 

 

 

 

 

 間宮の食堂はそれなりの喧騒を見せていた。食堂に入った浜風は店内にある時計に目を向け、現在の時刻を確かめる。昼少し前だ。あと少ししたら込み出す頃だと浜風が隣の時雨に言うと、

 

「じゃあ、ゆっくり食べよう」

 

 時雨は平然と言った。

 

 きょとん、とした浜風に時雨は彼女の背を叩く。

 

「演習とは言っても、僕らは海上帰りだよ。ちょっと位のわがままは、させてもらおうよ?」

 

 あいている適当なテーブルに近づき、時雨は椅子を引いて腰を下ろした。その隣に夕立が座り、各々がそのテーブルに適当に座っていく。

 

「さてさて、今日は何を食べようかな?」

 

 メニューを手に取り、時雨は今日食べる物を吟味し始める。夕立は勢い良く手を上げ、カウンター向こうの間宮に声をかけた。

 

「夕立、焼肉定食大盛りっぽーい!」

 

 綾波と高波は、むむむ、とうめきながらメニューを睨み、初雪はテーブルに突っ伏して浜風にメニューを渡す。

 

「てきとーに……お願い」

 

「またですか……」

 

 あぁもう、等と口にしながらも、浜風は初雪からメニューを受け取りに口を動かす。

 

「気分はどうですか?」

 

「んー……悪くない」

 

「重い物は?」

 

「別に……いい」

 

「じゃあ、焼きソバ定食でも?」

 

「おけ」

 

「はい、じゃあ私もそれにしますから、二人前頼みましょうか」

 

 浜風は頷き、メニューの角でテーブルを軽く叩くと、間宮に声をかけた。

 

 それぞれが注文した物は十分ほどで彼女達のテーブルに揃い並び、最後に綾波のじゃがバター定食が彼女の元に届いてから、彼女達は一斉に手を合わせそれぞれ目の前にある料理に一礼する。

 

「いただきます」

「っぽい」

 

 或る者は勢い良く食べ、或る者はゆっくりと食べる。味わい方もさまざまで、少女と言うのはたった六人でもこうも多種多様なのだと言う事を見る者に深く深く思わせる事だろう。

 が、ここは鎮守府。艦娘達が集う一種の花園である。誰も誰かが食べる姿など見ては居ない。なにせ自身がその多種多様の一人なのだから、興味も無い上にただの日常風景だ。

 そんな多種多様の一人である初雪が、意外にも上品に焼きそばを口に含み、こくん、と嚥下してから、ふぅ、と小さく息を吐き口を開いた。

 

「それにしても、今日の演習は……疲れた」

 

「夕立は面白かったっぽい」

 

「意味わかんないし……」

 

 テンションの高い夕立とテンションが低い初雪は、余り意見の一致が無い。駆逐艦娘のアウトドア派代表が夕立であるなら、初雪はインドア派の双璧であり代表だ。ただ、それだけで二人の仲が危うい物かと言えば

 

「初雪のおかげで相手の足を止めれたっぽい、ナイスアシストっぽい!」

 

「まぁ……あぁいうの、ほんとは得意だし」

 

 そんな事もない。人間も艦娘もこの辺りは同じだ。同じような性格の友人、知人が並ぶ中で、どうにも似ていない友人、知人が混じってくる。それは何故かと首をひねるも、当人に会って話をしているとどうでもよくなってくものだ。

 

「初雪、焼きソバ美味しい? 美味しい?」

 

「うん……じゃあ……そっちのお肉と交換」

 

 ――猿山って、偶に他所の猿を受け入れて新しい血を求めるんでしたか?

 

 浜風は自身の前で仲良くおかずの交換を始めた二人を眺めつつ、これはなかなかに失礼な事を考えてしまったと己を恥じ、俯いた。だが、それを見ていたのだろう。時雨が浜風に笑顔を向けて、こそっと囁く。

 

「多分、僕も同じような事を考えていたよ」

 

 その言葉に浜風は顔を上げ、くすり、と笑った。

 

 浜風は自身の周囲を見回す。ゆっくりと、ゆっくりと。

 時雨はマイペースに湯飲みを仰ぎ、夕立は、焼きソバ美味しいっぽい、とにこにこ笑い、初雪は焼肉をこれもまた上品に口に運び、高波と綾波は、初雪と夕立と同じ様に互いのおかずを交換して穏やかに微笑んでいる。

 

 ――良かった。

 

 浜風は豆腐とワカメの味噌汁を飲みながら胸中で呟いた。

 浜風は、提督の下に来たのが遅かった。今同じテーブルについている中では、後ろから二番目だ。どういう訳か判然としないが、建造では生み出せない艦娘達が居る。浜風もその一人だ。彼女を含むそれらの艦娘達の多くは、大本営が三ヶ月に一度発令する特別海域作戦や、高難易度を誇る海域でしか発見できない。

 そのてん、浜風は比較的安易な海域で発見、邂逅出来る艦娘であるのだが、その発見率は極めて低い。ベテラン提督の鎮守府でも、彼女が未所属であるのは珍しい事でもないのだ。

 

 ――ここで、良かった。

 

 所属した時期が遅かった。だが、そんな物はまったく問題にならない。

 演習、実戦、海上護衛……様々な任務が、経験が浜風に与えられ、彼女はすぐ一線に立てるだけの錬度を得た。それは、浜風と同じテーブルでおとなしく咀嚼している高波も同じだ。

 

 ――これで、もっと先に進める。前より、もっと先に。

 

 浜風は、かつて艦であった頃に不満は無い。やるべき事はやったのだ。最後まで、坊ノ岬沖で沈むその最後まで。

 

 ただ、艦娘となった浜風は、いつしか未練はあったのだ、と思う様になった。少女の形になったからこそ、彼女はそれに気づけた。

 笑いたかった。共に。泣きたかった。共に。怒りたかった。悲しみたかった。ただ、共に。

 硬い物言わぬ兵器では叶わなかった願いを、少女の体が叶えた。僅かにしか邂逅できぬ彼女の身が現世に触れた時、懐かしい潮風と眩しい太陽を"身体"に感じながら、浜風は確かに喜んだのだ。

 

 ――共に。ただ、共に。

 

 浜風はここで、戦い、守り、笑う事が出来る。

 浜風は葱とみょうがが沢山振られた焼きソバを頬張りながら、思う。

 気心の知れた戦友を与えられた。この鎮守府に。少女として友を与えられた。提督に。幸せだと思う事を与えられた。自分の、提督に。

 

 ――そうだ。

 

 浜風は沢庵と白米を口に運びながら、頷いた。今度提督が暇している時にでも執務室に行こう。その時、その場で演習の事、遠征の事、普段の事、色んな事を話そう。と。そして沢山、一杯誉めて貰うのだ、と浜風は笑みで相を輝かせた。

 

 浜風は小皿に盛られたポテトサラダを口に入れた。

 それは甘く美味であった。

 ふと、浜風と綾波の目が合った。浜風がふわりと微笑み、綾波もふんわりと笑みを浮かべる。

 

「何と交換します?」

 

「じゃあ、この明太焼きと……」

 

 そんな浜風と綾波の隣では、高波と時雨が同じようにそれぞれのおかずを取り替えていた。夕立と初雪はいまだ演習の話を続け、綾波はポテトサラダを幸せそうに噛み締めている。

 

 ――ずっと、ずっと、ただ、共に。

 

 浜風は強く願った。


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