執務室の新人提督   作:カツカレーカツカレーライス抜き

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第2話

 鎮守府。

 そう呼ばれる敷地内の、まだ朝霧が僅かに漂う一画に、軽快な足音が木霊する。白い裾の長いセーラー服をワンピースのように纏ったその足音の主は、目に飛び込んできた前を行く黒い後姿を見て、笑みをこぼした。

 手を大きく振り、足を早め、急くようにその黒い後姿に近づき――

 

「はぁつしもー。おはよー!」

「っ!?」

 

 ばしん、と、少しばかり勢いを乗せた手のひらで背を叩いた。驚いたのは叩かれた方だ。

 彼女は首だけを動かし、背を叩いた少女へ涙を浮かべた瞳できつくにらみ付ける。……まぁ、にらみ付けているのだろうが、どうにも迫力がない。少しばかりの痛みで浮かべた小粒の涙も迫力を削ぐ小道具になっているのだろうが、どうやら彼女――初霜には迫力といった物が今一つ足りないのだろう。

 

「雪風さん、おはようございます」

 

「はい、おはようです!」

 

 本当に今一つ二つ迫力が足りない。それでも、流石に言いたい事があるらしく、白い少女――雪風の二度目の朝の挨拶を聞いてから、初霜は迫力の足らぬ相で眉を吊り上げ、口を開いた。

 あとしつこい様だが、本当に迫力がなかった。

 

「雪風さん、一日の始まりなんですから、そりゃあ親しく体をたたくのも、まぁあって良いとは思います。思いますけど、まずはその人を確りと見てからお願いします」

 

「あ、そうか。ごめんなさいです」

 

 初霜の言葉に、何か思い当たる事でもあったのだろう。雪風はぺこりと頭を下げ、いまだ動かぬ初霜の両手を見た。

 普段であれば、何かしらの叱責――と言えるほどの物では到底ないが――を落とす際、初霜は腰に手を当て、反対の手で指を一本立てつつ、正面から相手の目を見る。が、今朝はそれがない。

 体を正面にむけるでもなく、ぴっと指を一本立てて叱るでもない。それも当然であった。

 彼女の両手は、今塞がれていた。雪風は、初霜の両手を塞ぐそれを、ほー、っと口にしながら眺め、

 

「それが今日の司令の?」

 

「うん、そう。朝ごはんなの」

 

 初霜は嬉しそうに、白い布に包まれた弁当箱を撫でた。

 

「今朝は、初春姉さんがどうしても炊き込みご飯を入れたいって言うから、少し早くて……」

 

「なるほどー、たきこみですかー」

 

 ちなみに、弁当の調理中に必死に出汁巻きを入れようとする軽空母が居た訳だが、特にこの話とは関係ない。

 眠そうな、しかしそれ以上に幸せそうなかつての相棒の顔に、雪風はなんとなく双眼鏡を弄りながら続ける。

 

「司令も、食堂に来れたら良かったんですけれどねー」

 

「……そうね」

 

 同意しておいて、けれど、と初霜は返した。

 

「だから、こういう事が出来る、と思いたいの」

 

 両の手にある弁当を僅かに持ち上げて、初霜は雪風の目を真っ直ぐ見つめた。

 

「一昨日は綾波型。昨日は暁型。今日は初春型。明日は――」

 

「白露型の皆さんですね。じゃあ、そろそろ私達の番かなー」

 

 提督のために弁当を作り、初霜のように微笑む順番である。だがしかし。

 

「誰が持っていくかで、大抵荒れますが」

 

「前の時も陽炎型とか大混戦でしたよ」

 

 ハイライトさんが仕事を放棄した顔で初霜が呟くと、普段の元気印など知らぬと言った顔で雪風が返した。

 駆逐艦娘寮○○型部屋からお送りするホットなセンソウカッコガチである。最悪の場合他の艦娘も巻き込む仁義なきセンソウカッコガチである。いや、彼女達の仕事は冗談抜きのガチ戦争ではあるのだが。

 

「姉妹の数が多いですものねー」

 

「ねー」

 

 なんとなく、苦くではあるが微笑んで、二人は肩を並べて歩き出す。話題は、そのままだ。

 

「吹雪さんとこみたく、分けた方が良いかもしれませんね?」

 

「でもそれやると、改白露型とか、陽炎姉妹なのか夕雲姉妹なのかはっきりしない末っ子が暴れるかもですよ? いや、秋雲だと両方のお弁当当番に顔出すんじゃ……」

 

「んー……そこはまぁ、言い含めておかないとね? あぁ、あと霞さんのとこも、姉妹多いですから、ちょっと荒れる、かなぁ?」

 

 何を好きこのんで男一人の弁当当番を争うのかと思われるかもしれないが、なんの因果か少女へと転じた艦達にとっては、提督、或いは司令と呼ばれる男は特別な存在なのだろう。

 

「あ」

 

「なんです? なんです?」

 

「霞さんと言えば、前のお弁当当番のとき、得意料理のカレーを入れたそうなんですけれど」

 

「あぁ、大事な決戦の前に用意して食べるくらいですもんねー」

 

 坊の岬の実話である。あと雪風はさらりと流したが、朝からカレーは一定の年齢を超えた人間にとっては拷問である。さらに言えば弁当に向いた物ですらない。あと通常紫に光ったりは決してしない。あの高速戦艦は何を混ぜているのだろうか。 

 

「お昼って、軽巡、重巡と戦艦の人が当番でしょう?」

 

「夜は軽空母と正規空母と航空戦艦の人でしたっけ。住み分けですねー」

 

 雪風は微妙に間違っていた。

 

「そうね。で、お昼、足柄さんだったらしくて……」

 

「あ」

 

 朝昼ダブルカレーである。そして始まったまさかの礼号組を巻き込んだ内部抗争は、提督内で一生語られる逸話となった。胃へのダメージと共に。

 

 雪風と初霜は、互いに目を合わせて、柔らかく微笑んだ。微笑ばかりの朝ならば、多分それはきっと幸せな事なのだろう。

 

 

 

 

 

 

「うん、おはよぅ……はつ、しもさん?」

 

「はい、初春型四番艦、初霜です。おはようございます、提督」

 

 朝は弱いらしい提督を手伝い、初霜は執務室の隅に広げられたままの、つい先ほどまで提督が包まっていた布団を持ち上げ、前もって開けておいた窓へと向かい、干しにかかる。

 

「この部屋の窓が大きいから、こうやって干せますけど……やっぱりベランダかお庭で干したほうがいいと思いますよ?」

 

「でも、ここにはベランダないし、庭となると、誰かに持っていって貰うって話でしょー?」

 

 寝ぼけ眼のまま、提督は頭をがしがしと少しばかり乱暴にかきむしり、やっぱりそれは、と口を動かした。

 

「駄目だな。嫌だ。僕の事でそこまでは、駄目だ」

 

 確りとした声音である。こうなると、これ以上は無理だ、と初霜は感じ、ちょっとばかし頬を膨らませた。年相応、実にらしい姿である。

 

「じゃあ、してもいい事はしますよ?」

 

 布団を干し終えた初霜は、櫛を手に取り、だらしなく床にあぐらをかく寝ぼけ姿の提督の後ろへあっさりと回り込んで、髪を梳かし始める。

 

「慣れてるねー」

 

 先ほどの様子はどこへやら、むにゃむにゃと夢見心地のまま無防備に佇む提督へ、初霜はにこりと笑った。

 

「うちの姉妹は、若葉以外みんな髪が長いですから。時間がないときなんかは、皆で手伝ったりとかしますよ?」

 

「あぁ、なるほどなー」

 

 撫でるように髪を梳き、見れる程度には髪形を整え終えた初霜は、今度は室内に置いてるクローゼットから、提督が今日着る第2種軍装――見慣れた白い軍服――を取り出し、余計な皺がよっていないか確かめながら、執務室にあるソファーに掛けていた。その姿をなんとはなしに眺めている提督に、いつの間にやら箪笥からシャツやトランクスと靴下を引っ張り出し終えた初霜が、声をかけた。

 

「朝のお弁当、初春姉さん入魂の炊き込みご飯をはじめ、それぞれ初春型皆の気合の一品ですよ」

 

「子日は何つくったのかなー?」

 

「子日姉さんは、ハート型の鯖の味噌煮ですね」

 

「やだちょっと怖い」

 

「若葉はハート型の麻婆茄子です」

 

「それハート型にしていいの?」

 

「私は、ハート型の北京ダックなんですけれど」

 

「やだはつはるがたってなんかこわい」

 

「では、私は食堂に行って来ます。0800から、仕事に参ります」

 

 ぴしり、と海軍式の手のひらを見せない敬礼を提督に送り、初霜は退室して行った。

 去っていく小さな背を見送り、軽い軋みをあげて閉まる扉を、起きたばかりの半眼でねめつけてから、提督は初霜の置いていった弁当を探した。

 

 探した、などとは言うが、朝の弁当当番である駆逐艦達は皆同じ場所にそれを置いていく。見やすく、分かりやすい、という点で選ばれた、提督の執務机の上である。

 白い布に包まれた弁当を手に取り、布をほどいていく。するりするりとほどけていく布を簡単に畳んで隅に置き、提督はなんとなく唾を嚥下してから蓋をあけた。

 

「……」

 

 そこにあったのは、初霜の言葉通りの物であった。ハート型の鯖の味噌煮と、同じくハート型の麻婆茄子、それと初霜作のハート型の鶏肉らしき物である。

 

「なんと言うかー……」

 

 そして、初霜に初春入魂との言わしめた――キング型の炊き込みご飯。

 

「違うんだなー……違うんだぞ初春さん……誰もトランプの絵柄を作ってた訳じゃないんだぞー?」

 

 ――ネームシップは流石だなぁ。

 

 そんな事を思うまだ眠い提督であった。

 

 

 

「あ、旨い」




潜水艦は何当番かって?
オリョクルだよ!

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