執務室の新人提督   作:カツカレーカツカレーライス抜き

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それから
第24話


 皿に盛られた肉団子を口に放り込み、力強く咀嚼した。喉を大きく鳴らして嚥下し、今度はテーブルに置かれたフライドチキンを手にして齧り付いた。噛み千切り、何度もかみ締めてまた飲み込む。それから、霞はコップを手にして大きく呷った。テーブルにコップを勢い良く戻し、霞は周囲を見回す。

 場所は、彼女達が常から使う間宮食堂だ。普段とテーブルの配置が違うのは、今夜は宴会だからである。それも特別な、だ。

 それぞれのテーブルに、姉妹、或いは親しい者達が集まって各々が料理や飲み物を手に笑顔で言葉を交わしている。

 

 霞は更に目を動かし、それらを良く見た。

 鳳翔、間宮、伊良湖、瑞穂、瑞鳳といった、今夜の宴にと料理に腕をふるった艦娘達が苦笑を浮かべ、金剛姉妹達はべろべろになってテーブルに突っ伏す長姉の介抱中だ。青葉は珍しく馬鹿笑い中で、意味も無く古鷹や加古の肩を叩き、衣笠がそれをたしなめている。酒を好む連中は明日の事も考えてない様子で杯を空けては満たし、また空けては満たしと繰り返し、酒を飲めない連中も場の空気に飲まれて普段よりどこか開放的だ。

 

 霞はそれらを見てから、また自身の前に目を戻して、自分の前にある料理を口に放り込んだ。愛らしい少女姿に似合わぬ、どこか乱暴な仕草だ。それを横目でみていたらしい、彼女の姉である満潮が咎めた。

 

「汚いわよ、霞」

 

「はぁ……? 別にいいでしょ、あたしがどう食べても」

 

 姉に対しても、霞の調子は変わらない。が、その姉も姉できつい性格の持ち主だ。満潮は霞に対して挑発的な笑みを浮かべて口を開いた。

 

「甘えん坊よね、霞は」

 

「……なに? 喧嘩売られてる?」

 

「図星だからって、すぐそうやって睨むのはどうなの?」

 

「……はぁ?」

 

「なによ?」

 

 霞と満潮は相を険しくして睨み合い、やがて同時にため息をついて力を抜いた。周囲の艦娘達が自身達に注意を寄せていると気付いたからだ。

 

「まったく、あのクズ司令官……」

 

「まぁ、あれはあれで司令官らしいともいえるけれど……」

 

 二人はまったく同じ仕草で肩を落とし、またため息を吐いた。同じ型の姉妹であるためかその姿は良く似ている。そんな二人がまったく同じタイミングで、同じ仕草を行ったのだ。それを目にしてしまった者は、二人に悪いかと思いながらも微笑んでしまう。

 

「……もう良い、今日は食べる」

 

「……せめて食事と、作ってくれた人に失礼にならない食べ方をしてよね」

 

 笑われている、という訳でもないのだが、周囲から生ぬるい視線を送られる事に二人は我慢できず、他の事でそれを紛らわせようとした。今彼女達がもっと簡単に出来る事は、自分達の前に置かれている様々な料理を食べる事だ。

 

 満潮はハンバーグを一口サイズに切り分けて口に運び、明日はいつもより動かないとお肉つくわね、これ、と考えながら口を動かし、霞は特に何も考えずに再び周囲を見始めた。ただし、今度はゆっくりとだ。

 べろべろになった金剛を見て、霞は今夜の宴の、その一番最初を思い出した。

 

 

 

 

 

「えー……」

 

 何故か食堂に置かれていた小さな台に乗って、提督が目を泳がせながら口を動かしていた。

 

「あー……」

 

 言葉になっていない、一文字を伸ばすだけの簡単なお仕事中の提督を、そこに居並ぶ艦娘達はただ静かに、ただ見つめていた。背を正し、顔をあげ、歯を食いしばり、彼女達は全神経を耳と目に集中させていた。その相がまた、提督に一文字を伸ばして口にするだけの簡単なお仕事をさせる。

 

「んー……その、なんだ」

 

 やっと言葉を出す事に成功した提督の口は、そのまま動いていく。ただし、この時提督はもう目を閉じていた。視界に飛び込んでくる真剣な相の艦娘達が怖かったからである。

 

「長く、待たせたみたいだけれどもー……今日から、まぁ、なんだ。提督を頑張ってみたい、と思っている、かなーっと」

 

 提督の締まらない言葉も、艦娘達は誰も笑わない。悲願、念願、そういった物が、ただそこに立って喋っているだけの提督に詰まっているからだ。

 食堂に、立っている、ただそれだけの提督に。

 

「じゃ、じゃあ……かんぱい?」

 

 提督はその言葉で小さな台から降りて後ろに控えていた山城に笑顔を向けた。山城はそれに、仕方がない人だ、といった相で応えようとしたが、出来なかった。提督が山城の視界から消えたからだ。

 山城は目を瞬かせつつ周囲を慌てて見回し、耳を打つ奇矯な声に気付いた。その声が発せられる足元に目を向け、彼女は眉を顰めた。

 

「へ、へへへへヘーイ提督! ヘーイ! ヘヘヘヘーイ!! ヘヘヘヘーイてぇいぃいいいいいいとくぅう!」

 

 提督の腰辺りにしがみつき、倒れこんだ提督の体に一生懸命頬を擦り付け瞳にハートを映したなんかきめてるんじゃないかと疑いたくなる大分言語中枢がぶっ飛んだ感じの金剛がいた。そしてそんな金剛にタックルを決められ宴会開始早々死に掛けている提督もいた。

 山城は暫しそれを無言で眺めてから、はっと我に返り金剛を引き離しに掛かった。

 

「金剛……! 金剛、気持ちは一応理解できるけれど、今は離れてください!」

 

「山城! 後生、後生ネー! あと五分提督分を摂取できたら私もっとやって行ける感じがめっちゃするけんだはんでちくとまってつかぁさいネー!!」

 

 もうどこ生まれの何人であるかも分からない金剛を、一人では提督から剥ぎ取れないと確信した山城は周囲にいる艦娘達に声をかけた。

 

「比叡カレー、装填用意!!」

 

「え、ちょ」

 

「はい!!」

 

 何やらびくりと震えた金剛の傍に、恐ろしい速さで神通が現れた。当然山城が言ったそれを手にしてだ。速攻で取りにいったのか、山城が言う前から用意して隙さえあれば金剛の口に放り込むつもりだったのか、それは誰にも分からない。

 多分後者で間違いないし確定だが誰も怖くて目を合わせられないからだ。こうやって多くの真実は闇の中へ埋もれていくのである。

 普段なら神通の出現に、比叡カレーを前にした金剛の如くぶるぶると震えだす山城も、こういう場面では心強いと感じたのだろう、力強く頷いて口を開いた。

 

「主砲……よく狙って、てー!!」

 

「いや、それは流石にちょっと――」

 

「比叡カレーも次発装填済です……これからです!」

 

「おかわりあるんデスかー!?」

 

 開始早々、宴会はもう駄目な方向に向かっていた。

 

 その後、結局腰を痛めた提督は山城と共に執務室へと逆戻り、金剛は比叡カレー×2によって大破着底したあとバケツで帰還、そのまま自棄酒に入った。この鎮守府の先行きを不安にさせる気まずい滑り出しであった。

 

 が、今夜がそうなってしまっただけだ、と多くの艦娘達は笑い飛ばした。今まで半月、いや、彼女達からすれば提督が彼女達の提督になってから今まで、長い時間制限されていた様々な事が解除されたのだ。

 実際、今回の宴会で料理を作ったメンバーなどは、前向きだ。

 

「まだ材料に余裕もありますし、明日が無理でも明後日か明々後日辺りにまたやりましょうか?」

 

「そうですねぇ……今度は提督へのおさわりは禁止、という項目込みですね」

 

「あ、あははははー」

 

「提督に、卵焼き食べて貰えなかった……」

 

「大変そうですね……提督……」

 

 鳳翔、間宮、伊良湖、瑞鳳、瑞穂が口にした内容を耳にした霞は、まぁ仕方ないわよね、と特に否定もせずまた次のテーブルに目を移した。

 霞が目を向けたその先では、青葉が衣笠に抱きついて馬鹿笑いを上げていた。

 普段、抑えた笑顔を浮かべるだけの青葉にしては、相当珍しい顔である。が、今回ばかりはこれも仕方ない事であった。少なくとも、霞は共感できていた。

 

「で、そこでですねー、提督がばーって出てきましてー……んで、がーって声を上げてですね」

 

「うんうん、衣笠さんそれもう何回も聞いたんだけどね、青葉ー」

 

 青葉は自分が目にしたこと、耳にした事を真っ赤な顔でアルコールによって乱れた怪しい調子のまま、時には身振り手振りを交えて話していく。

 

「あぁもう、あぁもう悔しいなー、青葉もうすごいくやしいなー! なんであの時青葉はていとくをカメラでとっておかなかったんですかもー」

 

 あの時、と言うのが霞には判然と出来ないが、凡その事は分かる。というよりも、あの時間鎮守府に居た事務方、または待機中、もしくは休日を楽しんでいた艦娘は全員耳にした。

 

 提督当人が、ここに確りと着任したという宣言を。

 

 或る者は口に含んでいた紅茶を吹いて咽せ、或る者は今日に限って遠征、または演習で鎮守府を離れた同僚や姉妹に事を一秒でも早く伝えるため港まで走りまだかまだとそわそわと待ち、或る者は今夜は宴会だと食材をチェックして料理になれたメンバーに声をかけ、或る者は今夜は宴会だとカレーの材料をチェックして自身に勝るとも劣らない腕を誇る駆逐艦娘(陽炎型)に声をかけ、或る者は赤い芋ジャージを脱いで下着姿のまま執務室に突撃しようとしたところを迷彩塗装の艤装装備済みの長姉の腕ひしぎ逆十字固めによって阻止された。この鎮守府は本当に先行きを不安にさせる材料が豊富である。

 

 結局、皆がそれぞれ浮かれて流されて、蓋を空ければ提督即離脱の現実である。

 

 ――明日がどうなるか分からないけれど、そろそろ部屋に戻ろうかしら。

 

 こうもなれば、明日まともに動ける者は僅かだろう。そうなれば鎮守府自体が開店休業の状態になる。勿論、大本営からの最低限の任務はこなさなければならないが、その辺りは自制しているメンバー……例えば霞などが動くしかない。

 

 霞は額に手を当て、またも周囲を鋭く目配せし危険を察知した。

 今霞たちが居るここに、とある艦娘がいないのだ。そう、提督と一緒に執務室に戻った、山城が。

 

 提督の介抱の為にと一緒に執務室まで付き添った山城が戻ってこないという現状が、そろそろ新たな爆弾になるのではないかと感じ取り、霞は腰を上げた。今でこそ場の空気に飲まれ皆ほろ酔い――一部除く――気分だが、一度冷静になれば皆すぐに気付く筈である。そこまで想像してから、霞はテーブルから一人離れようとしていたのだ。しかし、霞とほぼ同じタイミングで腰を上げた者達が居た。

 

 霞の姉である満潮と、それぞれ座っていたテーブルは違うが、扶桑、最上、朝雲、山雲、時雨だ。霞は彼女達を見つめ、西村艦隊の仲間がいない事が心苦しいのか、と思い少しばかり熱くなった目頭でもう一度彼女達を見た。立ち上がった彼女達の相から、「西村艦隊旗艦を気遣った振りして執務室に行けば誰も文句なんて言わないよね」的なオーラを感じ、霞はまた違った感じで熱くなった目頭をおさえ顔を背けた。

 

 ――やだ、大人って汚い。

 

 場の雰囲気に呑まれ大分思考回路がおかしくなっている霞は、一人そんな事を考えた。が、その霞の肩に手を置いた者が居た。姉の満潮である。

 彼女は霞の目を真っ直ぐに見つめて、口を開いた。

 

「霞だって、初霜が介抱に行っていたら21駆の仲間を気遣った振りして行くでしょう?」

 

「当たり前じゃない」

 

 この鎮守府は本当に先行きが駄目だった。


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