執務室の新人提督   作:カツカレーカツカレーライス抜き

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第28話

「では、お手元の資料をご覧ください」

 

 その言葉に、室内に居るほとんどの艦娘達は資料とやらを手に取った。

 遠征終了後、大淀に引っ張られるように会議室まで連れて行かれた初霜も、釈然としない相ながらも資料を手にとっていた。厚みはない。精々十枚あるかどうかの代物だ。

 であれば、そう大した事でもないのだろうと初霜は考えたが、その自身の思考に素直に頷く事は控えた。

 初霜は室内に居る、自身と同じように訝しげに資料を見る者、または事情を知っているのか、熱心に手元の資料を見つめる者、そういった同僚達を流し見て、心中穏やかならぬ溜め息をついたのだ。

 

 鎮守府のまとめ役、長門。秘書統括とも言うべき大淀。一水戦旗艦阿武隈、二水戦旗艦神通、三水戦旗艦川内、四水戦旗艦那珂、第一艦隊の両目にして歴戦の龍驤と鳳翔。他にも、赤城、加賀、白雪、多摩、妙高、最上、高雄、古鷹、雷、暁等などといった一軍及び各艦種代表又は苦労人たちばかりが集められている会議室である。さらに初霜の隣には、俯いて親指の爪を噛みながら何事かぶつぶつと呟く提督の嫁艦山城まで控えているのだ。提督の秘書艦初霜までここに加えれば、会議室で今から行われる会話が資料同様軽い物であるとは、到底初霜には思えなったのである。

 さて、何か物騒な山城の隣に座らされた上、どう考えても楽観視出来ない会議の行方に肩を落とす初霜を尻目に、まとめ役の長門が席から立ち上がり腕を組んで周囲を見回した。

 

「さて、この度の提督重婚作戦の指揮をとる長門だ。よろしく頼むぞ」

 その意味不明な言葉に数名は首をかしげ、数名は頷き、数名は吹いた。初霜は当然首を傾げた側だ。様々な反応の彼女達を冷静に眺めたまま、長門は重々しく頷いた。

 

「事情を知らぬ者もいただろう。だが、兵は神速を貴ぶ。この作戦は速やかに発動すべしと私と大淀は考えた。驚いた者もいただろうが、許して欲しい」

 

「あぁ……いえ、良いんですが……」

 

 初霜と同じく、事情を知らなかった白雪が胸の前で小さく手を振っていた。そして、その隣に座る赤城は、落ち着いた顔で長門へ声をかける。

 

「それは、提督の御意志でしょうか? 事情を説明しないまま、事を運ぼうとはしていませんか?」

 

 その言葉に、長門と大淀は僅かに顔を強張らせる。それを目にした瞬間、数名の艦娘が体に力を込めた。阿武隈、暁、雷、初霜だ。特に阿武隈は顕著であった。彼女の相は普段のどこか甘さの抜けない末妹の相ではなく、完全に戦士の顔になっていた。

 

「落ち着いて下さい、一水戦の皆さん」

 

 宥めたのは、神通である。ただし、彼女の相も常の物ではなく冷たく険しい。

 

「まずは事情を。ただし、納得いかなければ、相応の覚悟をお願いいたします」

 

 阿武隈、神通の鋭い眼光を受けてなお泰然と佇み、長門は心身乱れぬ様子で口を開いた。

 

「確かに、提督はまだこちらでのケッコンカッコカリの意味を、私達とは違い理解しておられないようだ」

 

 提督は、理解していない。ただ、艦娘達は多少違う。

 彼女達はここに来た際、いや、ここで待機していた間にこの世界での自分達と同調していた。当然、その中で大淀のように、大本営から派遣された大淀と、提督の下に居た大淀が混じって暫し冷静に混乱していた者もいたが、それ以外は混乱無く馴染んだのだ。ゆえに、ある程度の事は理解している。例えば、初霜はここでの艦娘の在り方を提督に教えもしたし、青葉などは他の鎮守府の青葉と違和感無く、また違和感を覚えられない程自然にこの世界に馴染んでいる。

 

「だが――私は、これに価値を見出した。敵の弱い所をつくのが戦術であり、敵の知らぬ所から侵攻していくのが戦術だ。卑怯と罵られ様と、まずは勝つ為に進むべきだ」

 

 言いたい事は初霜にも分かる。敵に察知される前に奇襲する、というのは戦術上なんの間違いもない。常道だ。が、今回それを仕掛ける相手が悪い。阿武隈や神通などはやはりそこが気に食わぬようで、その双眸から冷たい光は消えていない。だが、流石にこの二人も次の長門の言葉で相を常の物に戻した。

 

「私が第二嫁艦に推したいのは、鳳翔さんだ」

 

 鎮守府のまとめ役をして、さん付けされる鳳翔は、その言葉に目を丸くした後固まってしまった。脳まで言葉の意味が届かないのだろう。そんな鳳翔を放置したまま、長門はまだ続ける。

 

「あるいは、古鷹、夕雲、雷……そうだな、あとは新参ではあるが瑞穂もいいだろう」

 

 長門の上げる艦娘達を脳裏に描き、皆が頷いた。長門の言いたい事が分かるからだ。そして、判然としたからだ。長門は提督を守るつもりだ、と。

 長門以外の全員が、初霜の隣に座る航空戦艦に目を向ける。そこには未だ親指の爪を噛みながら孤影悄然の山城だけが居た。

 どう見ても、誰が見てもホラーである。そこに癒しの要素はまったく無い。ために、皆長門の上げる艦娘達へ反対意見を出さなかった。ただ、名を出された艦娘で現在この会議室にいる者達といえば……鳳翔は固まり、古鷹は俯き、雷はドヤ顔で胸を張っていた。実に様々である。

 

「私は、やはり前例がある、という意味で白雪さんと赤城さんです」

 

 長門の隣に座っている大淀の発言に、一部を除いた艦娘達が首を傾げた。その様に、今度は大淀まで首を傾げる。やがて彼女は何か思い至ったのか、手を、ぽん、と叩いてまた発言する。

 

「私はこちらの、大本営の大淀を取り込んだので知っているのですが……私達の世界でも、このお二人は大本営から与えられるのですが、実はこちらでも同じなんです」

 

 彼女達がここに来る前に居た世界では、任務の報酬という形でこの二人は鎮守府に与えられていたが、それはこの世界も同じである。ただし、この世界においてはただの報酬、という訳ではない。大淀が言うように、前例、なのだ。

 

「このお二人は、結婚された提督と子を残しておられます」

 

 その言葉に、皆が言葉を失った。当人――というよりは同族同艦である白雪と赤城は勿論、固まっていた鳳翔や、俯いていた古鷹やドヤ顔っていた雷もだ。

 それほどの衝撃であった。彼女達がかつていた世界において、提督と艦娘の間に子が出来たと言う話は決してなかった。在りえなかったのだ。

 不確かで、触れも出来ない相手とどうして子を生せよう。ケッコンカッコカリというシステムはあっても、触れられない互いの温もりはあまりに一方通行だったのだ。通わなければ、生す事もできないのは当然である。

 

「あああ、あぁ、その、その、それで、その提督や艦娘や子供は……?」

 

 普段は自身を崩す事が少ない赤城が、何とも言えない相で大淀に続きを促した。隣の白雪は、真剣な顔で何度も頷いている。大淀は眼鏡を光らせて応じる。

 

「子を生されてからは一線を引き、今はどちらのご夫婦も退役です。白雪さんのお子さんは、最近提督になられて雪風を建造され大本営から一目置かれています。赤城さんのお子さんは、此方も提督になられて、特に空母運用に長けておられるようですね……最近の特別海域でも奮闘し、照月を迎えたと聞いております」

 

 ゆえに、大本営はこの二人の艦娘を提督の下へ配属させる。それが人類の為になるからだ。

 あぁそれと、と大淀は続ける。

 

「最近ケッコンカッコカリをした飛龍さんによく食べ物を口に放り込まれているという情報が青葉さん経由で来ています」

 

 そこまで聞いてから、長門が目を閉じ大淀に問うた。

 

「それで……その退役された提督達は、重婚はしておられたのか?」

 

「はい。どちらも100人以上の嫁艦がおられます」

 

 その二人の言葉で、会議室に完全なる沈黙が舞い降りた。そう、山城でさえ黙ってしまったのだ。……いや、良く聞けばやはり口が動いていた。

 運悪く隣にいた初霜は、偶然その声をきいてしまった。

 

「どうして……どうして……なに? 山城が出る幕はもう無いというの……? どういうことなの……? ……不幸だわ……あぁ、そうよ……たとえあいてがねえさまでも……」

 

 初霜は慌てて耳をふさぎ、そこから先を遮断した。姉妹の愛憎劇など、ドラマや本でしか見たくは無いからだ。そもそも初霜にとっては、ドラマや本でも進んで目にしたいジャンルではないが。

 

 長門は腕を組んだまま、仁王立ち姿で目を開ける。

 

「聞いたとおり、ここでは珍しい事ではない。だからこそ、提督には急ぎここのルールに馴染んで貰いたいと思っている」

 

 その上で、長門や大淀が選んだのが前述した艦娘達であった。そこに、長門と大淀の在り方が良く見える。長門は第一嫁艦が少しばかりジャンル:ホラー寄りであるため、癒し要素を第二嫁艦に求めた。自身を推さずに、泰然自若と構えて、だ。例え自身も嫁艦になりたいと思っていても、長門はそれを見せず、感じさせない。これが鎮守府のまとめ役の二番手である金剛であると、血涙を流しながら長門と同じ人選をしただろう。そこがこの二人の明確な違いであった。

 

 ちなみに、金剛は現在大和と比叡と榛名と霧島と陸奥と扶桑と伊勢と日向とイタリアとローマとグワットにおさえつけられている。この会議室に戦艦娘が長門と山城以外いないのは、これが原因であった。

 

 さて、片や大淀であるが。これは彼女の情動が理性よりであることを示している。流石に感情を全て殺して、とまでは行かないが今後の事も考えて発言しているのだろう。提督はこの世界の人間として生きていくと決めたのだから、そのために必要なのは家庭である。ならばその環境の為と前例をもつ二人を推したのだ。

 

「私達としても、強化できる上に繋がりも今以上に持てるってのはいいけどさー」

 

「でも那珂ちゃんはちょーっと反対かなー」

 

 川内、その妹である那珂が口を開き、神通が比較的穏やかな相で頷いた。長門はその三人に目を向け、続けろ、と目で促す。川内がそれに首を縦に動かして応じた。

 

「急ぐ事は無いと思うんだよ、人の一生は夜戦じゃないんだ。ぱっと輝いて一瞬で水底へ沈む物じゃない。私は、提督にはもっと穏やかに、ゆっくり在って欲しいね」

 

「そうだよ、それそれ。急いで売れたアイドルは、一発で消えちゃうからねー。那珂ちゃんとしては、提督にはそんな風になってほしくないなー」

 

「そうそう、那珂の言うとおり、慌ててやる事はないと思うのよ。十年二十年見て行けばいいって。たとえ今が戦争の時代でも、私達がしっかりと守れば時間的余裕だって生まれるだろうし」

 

 発言する二人と、それに頷く二人。川内と那珂の意見に、神通は勿論のこと、阿武隈まで賛成している様であった。長門は彼女達から目を離し、周囲をぐるりと見渡した。

 水雷戦隊は、全員その意見に賛成の様であり、古鷹や鳳翔等も賛成の意がその相から見てとれる。他の者達は殆どがどうしたものかと思案顔であり、山城はやはり俯いたままで、加賀は常の相で佇むだけだ。

 その加賀に、何かあるのではないか、と長門は感じ声をかけた。

 

「加賀、何か意見は?」

 

「そうね……」

 

 加賀は小さく頷いて席から腰を上げた。

 

「私は赤城さんと同じね。まず提督にしっかりと説明すべきだと思うわ……その上で、あの人が選んだ事に沿えばいいんじゃなくて?」

 

「……このまま、進むべきではないと?」

 

「あの人は、倒すべき相手でも、私達が戦術的行動、戦略的行動で翻弄していい相手ではないでしょう? それに、私達だけ納得しても仕方ないのではないかしら?」

 

 アドバンテージ、イニシアチブ。そういった物を握って向こうに回すべき相手ではないと、加賀は言ったのだ。たとえそれが守る、癒す、そういった目的であっても、片方だけで話を通せばただのわがままにもなるからだ。その言に、長門は眉を顰めた。

 

「……言ってはなんだが、あの人は本当に凡庸だぞ。今決めてしまえば、後々有利に事を運べるじゃないか。それが、追々あの人の為になる筈だ。戦力の増強にもなるのだから」

 

 加賀は、長門が口を動かしてるその間も、じっと相手の目を見ていた。その加賀の目には、長門の瞳の奥底に宿る猛る炎が見えていた。鎮守府のまとめ役、艦娘のトップ、常に自分を殺して皆の意見を拾う、そんな長門らしからぬ情が、加賀にはよく理解できた。ここに来て、語り合う事が出来た、触れ合う事が出来た、愛する事も、愛される事も可能な現状が、今が、彼女を曇らせ焦らせている。加賀は長門からわずかばかり視線を外し、初霜を見た。見られた初霜は、苦笑いで頷くだけだ。

 

 ――この場で提督に対して冷静なのは、初霜と私だけね。

 

 どちらかと言えば内では激しやすい加賀は、自身がここで冷静な事を不思議な物だと思いながら、溜息交じりの声を上げた。

 

「例えば……」

 

「?」

 

 怪訝そうな長門を無視して、加賀は続ける。

 

「この場にも数名居るけれど、絶対に怒らせてはいけない艦娘が居るでしょう? 高雄、古鷹、妙高、龍驤、鳳翔さん、吹雪、初霜、那珂、赤城さん、扶桑……この辺りは鉄板かしら」

 

 実際、この面子は鎮守府における各艦種代表であり相談役のようなものだ。そして普段おとなしく、また笑顔ですごすがゆえに切れにくい。が、何かの間違いで一度切れれば容易な事では止められないのである。また、名は挙がっていないが神通や阿武隈は自身の感情のコントロールに長けており、海上と陸上での切り替えがスムーズに行える為、怒らせてはいけない、という艦娘の中には入らない。ただし、訓練中の神通に近づくな、護衛中の阿武隈に触れるな、という暗黙のルールはある。

 

「さて……代表として一人……そうね、妙高」

 

「はい?」

 

「あなたに聞きたいのだけれど、あなたなら、この鎮守府で誰が一番、怒らせたら怖い?」

 

 問われた妙高は加賀をじっと眺めてから、長門に目を移して俯き……暫し黙った後、口元に手を当てて肩を振るわせ始めた。そんな妙高を長門は黙って見つめ、加賀は小さく頷いて

 

「あなたが一番怖いと思った人、長門に伝えても?」

 

 言った。隣の高雄に背を撫でられていた妙高は、真っ青になった相で頷いた。

 艦時代を含め、この鎮守府でも燦然たる武勲を持つ歴戦の艦娘が見せた青い相である。誰もがいったい誰を脳裏に描いたのだと慄いた。そして自然、答えを知っている様子の加賀に目が向いた。

 

「……で、誰だ?」

 

「……簡単でしょう?」

 

 加賀はゆっくりと口を開いた。

 

「提督」

 

 その言葉に、皆は一瞬首をかしげ、暫し思考に沈み――顔を青くした。

 極楽トンボの凡人提督であるが、それゆえに艦娘達は彼の怒り狂った相など知りはしない。知りはしないが、想像は出来た。普段おとなしい人ほど、一度火を吐けば恐ろしいものだ。それは、人も艦娘もない。そう、ないのだ。

 極楽トンボの、凡人が、どの様に火を吐き、どのような言葉をたたきつけるかなど、誰も確りと描けはしない。

 しかしそれでも……

 

「なるほど……これは……駄目だな」

 

 長門などは、提督の怒った相をまず脳裏に描けなかった。描けなかったが、それより二つ三つ下の相は想像できてしまった。落胆、失望、そんな相の提督だ。彼女はそれだけでもう駄目だった。建造され、まみえ、提督の指揮の下海上を奔った。特別海域よりも通常海域での火力として期待されていた長門は、当然とその期待に応え、応えた分寵愛も得た。触れなくても、語り合えなくとも、だ。その存在が自身に価値を見出せない、裏切られた、そんな相を見せただけで、長門の足元は簡単に瓦解した。立ち位置が崩れさり、ただ自身の意味がなくなった事だけが長門にははっきりと分かったのだ。

 ただの想像一つで。

 

「私も……長門と大淀の挙げた人選に文句はないわ。でも、これはまず提督に話すべきよ。後でうらまれ、怒られてもいいというのなら……どうぞ。ただし、私は知りません」

 

 加賀の言葉に、皆一斉に頷いた。いや、一名を除いて。

 

「まず、嫁艦は一人でいいと思わないの……?」

 

「あなた、提督を普段から労わっていて?」

 

 加賀の言葉に、山城は黙り込んだ。少なくとも、山城に癒し要素を見つけるのは難しい。

 そんなことは当人も一応理解はしているのだ。

 

「普段からホラージャンルを鑑賞しているなら、偶には料理番組なども見たいでしょう、提督も」

 

「なに、ホラージャンルって何……? 私そういう扱いなの?」

 

「分かりました、もう少し表現を提督よりにしましょう……貴方リ○グとかで井戸の中から這い出ていなかったかしら?」

 

「なにそれ……私ホラーとか怖くて見ないんだけど……」

 

「あなた自身がホラーなのに?」

 

「やだ、姉さま私いま凄いナチュラルに喧嘩売られてるわ……そ、そんなに私ホラーなの……?」

 

 加賀は、いや、誰もが山城から目を逸らして黙り込んだ。周囲の反応を目にした山城は、再び俯き親指の爪を噛み始めた。

 

「不幸だわ……」

 

「本当は幸せなくせに」

 

 山城の左手の薬指にある銀色の光を見ながら、誰かがそう言った。




一応後日談の短編なので、ケッコン話はこれで一旦終了。
長い連作だと番外にした意味がないんで。

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