執務室の新人提督   作:カツカレーカツカレーライス抜き

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第33話

「うーん……うーん…………」

 

 初霜は自身に与えられた秘書艦用の机から顔をあげ、執務机にへばりついて唸り声を上げる自身の主――提督を見た。

 腕を組み、頭を乱暴にかきながらノートパソコンを睨む提督の相は、普段共に過ごす事の多い初霜をして余り見ない類の物であった。

 提督は腕を解き、ノートパソコンの電源を切って頬杖をついた。初霜は気遣うように提督に声をかける。

 

「あの……提督、どうされましたか?」

 

「ん……あぁ、いや、別になんでもないよ」

 

 と提督は初霜に返すが、彼女からすればここ数日の……少年提督の鎮守府から戻ってきて以来の提督の様子が乱れがちである事に不安を覚えていた。

 提督が他の鎮守府で何かよからぬ、或いは先ほどの様に思い悩む様な何かを見聞きしたのではないか、と初霜は思ってしまうのだ。

 

 ――あぁ、いっそあのまま引きこもって……いえ、閉じ込めてしまえばよかった。他の誰にも触れないよう深海の奥底に沈めるように静謐な世界に包んでおけばよかった。

 

 初霜は相当物騒な事を考えながらも、常の相に戻せていない提督に近づき、その背を優しく撫でた。労わるようにな手つきに、提督は苦笑を浮かべる。

 

「まぁ、ちょっと調べ物があってねぇ……僕も聞いた事はないから、多分こっちにも無いとは思うんだけれど……」

 

 初霜は提督の背を撫でたまま、首を傾げた。子犬の様な仕草だ。

 

「提督は、何をお探しで? もし宜しければ、私達もお手伝いしますよ?」

 

「んー……」

 

「私達では、提督のお力になれませんか?」

 

 提督を撫でていた初霜の手に、僅かだが力が込められた。当然、それを感じられない提督ではない。彼は首を叩きながら、まいった、と続けた。

 

「実はね、僕のことじゃないんだ」

 

「……?」

 

 またも首を傾げる初霜に、提督は鼻の頭をかきいて肩をすくめる。

 

「特定のレシピをね、探してたんだ」

 

「特定の、レシピ、ですか?」

 

 提督の口から出た言葉に、初霜は疑問符の透ける相で返す。初霜とてそのレシピとやらは知っている。提督がこの鎮守府の開発や建造で用いた資材のレシピ、だ。ただ、初霜と提督ではそのレシピの考えに少しばかり違いがある。

 初霜たち艦娘はそういう物もあるが、確定されたレシピは少ない、としか知らない。まさか自身たちがほぼ確定された艦種別レシピで建造されたなどと、PC内の世界に在った彼女達には理解の外だろう。

 

「その、提督はレシピをお求めで、でもそれは自分の為ではない、と?」

 

「うん、まぁそうだねー」

 

 判然としないながらも、初霜は提督の言から情報を固めていく。そして初霜は、それ――提督が悩みだしたのがいつ頃からかに気付いて頷いた。

 

「よく演習をされる、あの提督にレシピを公開したいと?」

 

「公開というか……高確率である艦種、とある型が出るレシピをねぇ」

 

「それは――」

 

 提督と初霜達がやってきた世界では、艦娘の特定レシピといえばレア艦レシピしか公開されていない。提督の数は少なく、誰もが試行錯誤を繰り返して建造、開発を繰り返している状態だ。何万、何十万の提督達が攻略ウィキで情報を交換しながら精査出来る世界ではない。どうしても、レシピなどは提督の居た場所に比べれば解明し難くなるのだ。

 

 それを、公開しようかと言い出したのだ、この提督は。

 初霜の相から読み取ったのだろう、提督はまた肩をすくめて笑った。

 

「しないよ、流石にね」

 

 その言葉に、初霜は大きく息を吐いて胸を撫で下ろした。ただの情報一つであるが、その情報にどれだけの有用性があるかを思えば、公開した提督の立場が危うくなる。一つ情報を出せば、もう一つあるだろうと公開を迫る筈だ。そして、それを何度も繰り返すだろう。大本営が。

 そうなれば、提督は飼い殺しだ。情報は貴重であるから意味があり、切り札であるからこそ価値がある。ならばその情報を握る提督が、不確定多数と交友を持つなど、大本営が許す筈がない。

 提督の持つ情報は、戦力なのだ。幾つもの鎮守府や警備府を御す為の、必要戦力となるのだ。

 

「まぁ、僕が見た限り、そういうのはやっぱり無いみたいだし……多分初霜さんの顔だと、出したら即アウトっぽいしねー」

 

「即アウトではありません」

 

「え、そうなんだ?」

 

「エターナル監禁です」

 

 提督に合わせたその初霜の造語に、提督は、うへぇ、と表情をゆがめ肩を落とした。

 

「あぁ、勿体無いなぁ……」

 

「勿体無い、ですか? その、それほど才能豊かな提督なのでしょうか?」

 

 珍しく、どこか攻撃的な初霜の双眸に提督は上半身を仰け反らせた。まさか自身の艦娘が提督以上の提督、という存在に嫉妬しているなどと気付けない提督は、右手で初霜をなだめながら言葉を返した。

 

「才能は……どうだろうねぇ、僕はそう言うの分からないけれど、多分、良い提督だとは思ったかな」

 

「良い、ですか?」

 

「そそそ。秘書艦の吹雪さんとも仲がよろしかったし、大淀さんとも仲良くやっていたよ。ちょっと見ただけだけど、鎮守府の雰囲気とかも良かったし、案内役の片桐中尉だって馴染みやすい感じだったしさ」

 

 提督の右手が置かれた肩を視界におさめて、初霜はその提督の右手に自身の掌を乗せて微笑んだ。

 

「お友達が出来たんですね」

 

「うん、お友達までのお友達がね」

 

「じゃあ、今日は間宮食堂を使って皆で輪形陣になってお祝いしましょうか?」

 

「やだ、それなんか怖い」

 

「勿論提督が真ん中ですよ?」

 

「やだもっと怖い」

 

 提督は割りと本気で慄いていた。そんな提督を双眸に移し、自身の肩にある提督の右手を掌で何度も優しく握りなんだから初霜は提督に問うた。

 

「ところで、なんの艦種をその提督に建造させたかったんですか?」

 

「重巡、高雄型」

 

 らしからぬキメ顔で提督は即答した。そのまま彼は語りだす。

 

「吹雪さんでもいいけれど、やっぱりあの手のショタ提督には重おっぱい艦の高雄型二人とか加賀さん長門さんが似合うと思うんだ僕は。基本というかお約束だよ初霜さん。多分秋雲さんとか秋雲さん寄りの人がこのツーショット見たら悶える上に創作意欲を刺激されるとは思うんだけどもねぇ」

 

「あの、提督?」

 

 自身の手をにぎにぎとしながらも、どこか戸惑いがちな様子の初霜に提督は暫し無言で佇み、やがて空いている左手で自身の顔を覆った。

 

「……なんでもないよ。忘れていいからね?」

 

 そう零した。

 

 ちなみに、秋雲等の艦娘が一番創作意欲を刺激されたツーショットが、提督と少年提督であった事を後に初霜は知ったが、彼女は提督にそれを伝えなかった。流石にそんな理由で引き込まれても困るからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 とてとて、と提督は廊下を歩いていく。提督の隣を歩くのは初霜ではない。初霜の代理秘書艦をよく任される大淀、加賀でもない。提督の隣を歩くのは――

 

「今日は良い天気ですね、司令官!」

 

「うん、そだねー」

 

 提督の初期艦吹雪である。本日の演習メンバーの旗艦だ。今回の演習相手は、エースで相手をする程の鎮守府でもない事もあって、エースではないがベテラン、という吹雪を提督は旗艦に置いた。初期艦、という事もあるのだろうが、吹雪に旗艦を任せたときの艦隊は山城とはまた違った安心感がある。皆提督の一番艦である吹雪を軽んじないし、吹雪もまた提督と皆の期待に応えようと結果を出しているからだ。

 

 提督は嬉しそうに隣を歩く吹雪を見た。と、吹雪は突如相を一転させ泣き出しそうな顔で提督を見上げる。

 

「あ、あの、でも本当に大丈夫でしたか? これ私やっぱりかなりいけないことしていませんか司令官?」

 

「大丈夫大丈夫、僕が許可したんだから、吹雪さんは悪くないよー」

 

「……すいません、初霜にも悪い事をしてしまって」

 

 しょんぼり、と呟く吹雪に提督は頭をかいた。

 仕事が早く終わって暇をしている提督達のもとに、頭を下げながら入ってきたのはこの少女、吹雪であった。何度も頭を下げながら吹雪が言うのには、

 

『その、深雪がちょっと元気がない感じで……申し訳ないんですが、司令官に見送ってもらえば、あの子も元気になると思うんです……駄目、でしょうか?』

 

 吹雪が言う駆逐艦吹雪型4番艦深雪、つまり吹雪の妹も今回の演習メンバーの一人だ。

 こうやって人を気遣い、誰かの為に動くのが彼女の美点であり、また誰もが吹雪に一目置く理由でもあった。

 提督は吹雪に頷き、初霜は執務室に残って彼らを見送った。吹雪は秘書艦初霜にとって唯一人の先任艦娘である。初霜は吹雪と提督の邪魔をしなかったのだ。決して、吹雪は初霜を邪魔だとは思わないとしても、最初の、この鎮守府の始まりの二人の間に入るべきではないと初霜が決めているからだ。

 

 初霜に見送られ、二人は演習メンバーが揃って待つ港前の控え部屋まで歩いていく。語ることは、やはり最近の出来事では一番大きかった、他の鎮守府行きの話だ。

 

「あの後大変だったんですよ、金剛さんと山城さんが食堂でばったり鉢合わせして、無言でにらみ合ったり、神通さんと長良さんが完全休暇中の艦娘達に実戦形式の特訓やろうとしたり、清霜とリベッチオが戦艦の艤装装備しようとして明石さんに怒られたり、赤い芋ジャージ着た人が隼鷹さんとやけ酒はじめて迷彩艤装を装備した人に腕挫十字固決められて本気泣きしたりしたんですから」

 

「うん、居なくて正解じゃないかな、それは」

 

「司令官がいないから、そうなったんですよぅ! 居たらこんな事…………多分、してない……かなぁ?」

 

 吹雪自体、ないとは言えない艦娘が数名いたので言葉を濁した。やる奴というのは、大抵常からやらかすモノである。赤い芋ジャージの狼さんとか金剛型一番艦とか扶桑型二番艦の事であるとは誰も断言しない。断言はしない。

 

 表情をころころと変えながら吹雪は提督に話しかけていく。そんな姿を見ながら、提督は柔らかく微笑み呟いた。

 

「あぁ、やっぱ違うなぁ……」

 

「……はい?」

 

 提督の零した呟きに、吹雪は首を傾げた。型も違う、外見も違う。それでも、何故か初霜と良く似た何かを提督は感じた。

 

「うん、この前行った鎮守府で、同じ吹雪さんと大淀さんに会ったんだ」

 

「あぁ、それで違うと?」

 

「そうそう」

 

 提督は笑顔のまま頷いた。彼は少年提督の鎮守府で吹雪と大淀と出会い、言葉を交わした。それでも、彼は違うとはっきり理解できた。吹雪などは、確かに少々違う。少年提督の吹雪はまだ青いセーラー服だが、提督の吹雪の服装は黒いセーラー服で細部も違う。経験から来る自身や自己構成もあるだろうが、顔つきも少々違って提督には感じられた。だが、大淀はどう見ても大淀だった。提督の知る大淀と違いは見られなかった。それでも、提督はそれも見分けがついた。

 理由は彼にも分からないが、分かる物は分かるのだ、と彼はそれを至極当然と受け入れた。受け入れて困るような物でもなかったからだ。

 

 一人うんうん、と頷く提督と、それを見上げる吹雪が歩いていく。その提督に吹雪はまたも泣き出しそうな顔で声を上げた。

 

「そ、その、司令官! 私は私ですよ? 司令官の吹雪ですよ?」

 

「うん? そうだよ?」

 

 提督はもう前の前にある港の控え部屋へ歩み寄り、ドアノブを掴んで回した。その動作と共に、彼は何気なく声に出した。何の捻りもない素直な答えを。

 

「吹雪さんは僕の吹雪さんじゃないか」

 

 そのまま、提督は演習メンバーが待つ控え室へ入っていく。その背を追う様に吹雪は慌てて控え部屋に入り――

 

「お、本当に提督連れてきたのふぶk――きらきらしとる! 吹雪がめっさきらきらしとる!」

 

 演習メンバーの一人であった球磨がまたアイデンティティを放置して叫んだ。




このあとめちゃくちゃMVPとった。

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